短いのはお好き?
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線路のずっと向こうで陽炎がゆらゆらと揺れている。
あゆみと別れた日も、ちょうどこんな暑い日のことだった。
ぼくらは、別れ話を一度もしたことなどなかった。 ふたりは、なしくずし的に、終ってしまったのだ。
突然にやってくる別れの方が、どれだけ幸せだろう。 別れというゴールが見えているにもかかわらず、ずるずると地を這うように 愛の残骸を引きずっていくなんて、辛すぎる。
しかし、そんな終焉もあるのだ。
あゆみは、大阪の生まれだったけれども、ぼくの前では一度も大阪弁を喋ったことがなかった。 それが、どういうことなのか、ぼくにはよくわからないけれども、敢えて喋らなかった ということではないような気がする。
大阪で生まれ育って東京にやってきたあゆみ。
あゆみとは、大学で知り合った。 最初は、大学がいやでいやで仕方ないようだった。 自分が望んだ学校に入れたのけれども、自分が描いていたものとはだいぶ異なっていたらしい。
ぼくと付き合うようになってとりあえずは通ってはきていたが、いつ大学を辞めてもおかしくはないような感じだった。
それから2年間ほど、ぼくはあゆみとつき合ったわけだけれども、ずっといつかは俺達は別れるんだろうな、という予感めいたものがあった。
たとえいくら好きでも、男と女が一緒に生きていくとなると不可抗力的な様々な障害があるものなのだ。
つまり、ぼくらはそれを乗り越えられなかった。
自然消滅みたいにして別れてから、2年ほどたったある日。
突然、あゆみから実家の方に電話がかかってきた。
母親から、そのことを聞き、本当に唐突だから驚いたけれども、以前みたいにぼくの心はざわざわと揺れ騒ぐこともなかった。
忘れもしないあゆみの電話番号。
電話すると、あゆみ本人がすぐ出た。
「借りているCDを返したいの」
あゆみはそう言った。
ぼくは、別に断る理由もないから、渋谷で会う約束をした。
ぼくらは、いつも渋谷で待ち合わせをしていたことを思い出した。
東横線の改札。
あゆみは、横浜に住んでいるから、ぼくのところとの中間地点が渋谷だった。
渋谷には、あゆみとの想い出がいっぱい詰まってる。
待ち合わせはどこにすると言われて、咄嗟に渋谷と答えていた。
そうして、ぼくらは一年ぶりに再会したのだけれど、なんとあゆみは妊娠していた。
もうはっきりと、そうとわかるほどお腹は大きくなっていた。
入ったこともないパスタ屋さんで、お昼を食べながらあゆみと、とりとめのないことを喋った。
主に、ぼくは聞き役だったけれど、あゆみの近況を聞きながら、この人が俺のかつての恋人だったんだな、なんて他人事のように思った。
あれほど、こいつとなら死んでもいいと思っていた女性だったのに、こんなに人の心とは変わるものなんだなぁと、なんの感慨もなくただそう思った。
お昼を食べ終わって、スタバでちょっとお茶して、ぼくらはまた別れた。
あゆみは、横浜へ。 ぼくは、吉祥寺へ。
以前には、東横の改札まで送りにいったものだったが、ぼくはそれもおかしいと思って、渋谷のスクランブルのところで、あゆみと別れた。
そうして、別れてから、あっ、と気が付いた。 CDを返して貰っていなかった。
だが、あゆみもむろん忘れてきたわけではないだろう。
ぼくは井の頭線の電車に揺られながら思った。
あゆみは、もしかしたら、妊娠したことをぼくに見せたかったのかもしれない。
でも、なぜ?
ぼくには、わからなかった。
あれから、もう十年。
あゆみは、どうしているだろう。
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