スカーレットの心のつぶやき
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2016年07月16日(土) 私の嫌いな言葉、使わない言葉

日本語がおかしくなっている。

そう思い始めて以来

日常的に交わされている言葉

テレビで流れる言葉に違和感を持ち

余計に気になって仕方がない。

今朝もテレビで若い女子が発するこの言葉に

嫌悪感を覚えた。

それは「やばい」という言葉だ。

辞書を見ると

下記の説明が載っていた。

「やばい」
( 形 )

〔「やば」の形容詞化。もと,盗人・香具師などの隠語〕

�/箸亡躙韻�迫るさま。あぶない。 「 − ・いぞ,逃げろ」


��不都合が予想される。 「この成績では−・いな」


�� 若者言葉で,すごい。自身の心情が,

  ひどく揺さぶられている様子についていう。

  「この曲,−・いよ」 〔若者言葉では「格好良い」を意味する

  肯定的な文脈から,「困った」を意味する

  否定的文脈まで,広く感動詞的に用いられる〕

つまりは元々の意味の�,砲靴討�

盗人や香具師の隠語だったようだ。

普通の人たちは使っていなかった言葉だった。

�,里△屬覆い琉嫐�と同義語である「やばい」

こんな言葉を使わなくて「危ない」と言えば良いじゃないか。

最近は女性も「やばい」と言っている。

それも、もともとの意味ではない

感動的助詞の意味でつかわれている。

「とても良い」「素晴らしい」の意味で

「やばい」が使われていることは

本当に気持ちが悪い。

私は今まで�,琉嫐�であっても言ったことがない。

これから先も決して使わない。

そう決めている。

それと「全然」の使い方にも異論がある。

私も「全然」は使うが

「全然○○ない」という風に

「全然」のあとには否定が来る。

それが

最近は肯定に使われているのだ。

「全然大丈夫」のように。

本当に嘆かわしい。

「ら」抜き言葉も同じだ。

「食べられる」が「食べれる」

「来られる」が「来れる」

なんでこんなに日本語がおかしくなったのだろう。

私たちの年代が亡くなったら

これからの日本語はもっと変になるかもしれない。

私はこれからも嫌いな言葉は使わないし

流行りの表現もしない。


スカーレット