だいありー

2004年01月30日(金) こんな引継ぎって・・・

ぱんちゃんの課に、
2月からThank Youに入る
・・・じゃねぇ、産休に入る
40歳のママさんOLがおりまつ。
2人目なんですけどね。

11月に6ヶ月に入ったのでつが、
子宮が開いちゃって流産の恐れあり。
40代での出産なにょで、
横浜の市大病院に通っちょりまちゅ。
そうでつ、あの、心臓と肺の手術の
患者ちゃんを間違えて手術しちゃった
病院でちゅ。
あの事故以来、市大病院は
とっても信用がガタ落ちでちて、
病院をあげて信頼回復に一生懸命でちゅ。
これが功をなしたのか、
ここんとこ、患者ちゃんが戻って来つつ
ありゅんだそうな。

んでね。

お医者ちゃんがね、

「7ヶ月で生まれても病院で育てられりゅけど、
6ヶ月で生まれて来られちゃうと病院の保育器でも
無事に育つかどうかは、何とも申し上げられないでちゅ」

と言ったんでちゅね。
んで、お医者ちゃんはね、

「今すぐ会社を1ヶ月休みなちゃい」

って言ったそうで、そんでママさんOLは
お休みしたんでちゅ。
元々子どもが出来にくい体質だそうで、
っつーか、中々2人目が出来ないので
(1人目も結婚3年目で出来まちた)
ママさんが病院へGO!
検査の結果 「異常なし」
だもんで、お医者ちゃんはこう言いまちた。

「パパ連れといで♪」

パパさんは既に子どもが1人いるので、

「別に2人目はいらん。
出来たら出来たで産めばいいし、
出来なかったら出来ないで別にいい。」

なんて言ってて、病院に行きたがらにゃい。
だからママさん、エサ撒いた。

「美人の女医さんだじょ」

・・・パパ、即病院へGO! ←なんだオマエ。(笑)

男の人の検査のバヤイ、おたまじゃくしを
採取しないとならんじゃない?
ぱんちゃん、考えたこと無かったかりゃ、
話を聞いた時に、

注射をブスッ=3   チュ〜・・・
・・・ スッポン!

とやるんだと思ったにょ。
普段っつーか一生のうちに1度も注射なんて
しないような箇所に注射するなんて、
痛そうだじょ。

・・・したら違くって。
容器渡されてトイレへGO! なんだって。

あ。なるほろ☆

んで、パパちん、調子に乗って

「看護婦しゃんはお手伝いしてくれないにょ?」

ってついつい言ったらちい。
したら元おねーちゃんの看護婦しゃんが
「私がしまちょーか?」
って言うので、パパちん、
速攻でお断りしたらちい。
ってなわけで看護婦しゃんに軍配が
あがりまちた(笑)

んで、パパにも異常はなくて、
結局「ママが出来にくい体質でちゅね」と
言われただけ。

ところが諦めかけた途端、出来たもね(^^)





で。




10月に早めに引継ぎをしようと考えた
ママさんOL。
その仕事の9割をぱんちゃんが勝手に
割り振られまちた。
(なんでよ? 涙)

ところが!!

引継ぎって普通、
引き継ぐ人がちゃんとマニュアルをこさえて
それで説明しながら引き継ぐじゃない?
このママさん、全て引き継ぎは














口頭












なんだよ(涙)



















え?













って感じでちゅ。
どのフォルダに入っているのかも
全て口頭なにょ。
ぱんちゃん、派遣で何箇所か勤めたけど、
こんな引継ぎの仕方されたのは
初めてでちゅ。(-_ー;)

12〜1月には出て来まちたが
高齢出産ということもあって
週1の通院は仕方ないにせよ、
その他に何日も休むんでちゅ。
つわりも済んだって言ってたのに。
引継ぎもしたからと、毎日机の整理してんの。
そんなに荷物あるんですか?
って感じなんだけど・・・。
しかも人から貰ったお土産とかも
食べ物以外のものは全部ぱんちゃんに
くれるのね。
あんまり嬉しくないでちゅ。

だって、いつ貰ったのか判らないような
フィジー島のココナッツ石鹸とかくれても
使ったところで汚れ落ちなそうなんだも。

そして。

2/1から正式産休なにょに、
既に来週月曜日からお休みでちゅ。

妊娠は病気じゃないんだからさ、
せめて仕事ぐらいはちゃんと引き継いで
欲しかったでちゅ。



まったくもう=3



2004年01月29日(木) 狂ってる。。。

ぱんちゃんのママ、
なんだか時計が好きみたいでちゅ。
ぱんちゃんは腕時計って殆ど
使わにゃい。
特にバンドの物は。

ぱんちゃんね、
すっごい×100 汗っかき。(^^;)
だかりゃ時計のバンドの部分なんざ、
汗でビチョビチョになるもね。
(夏ですけど)
チェーンの物もすぐ錆びちゃうんで
しないでちゅ。
特に携帯を持つようになってからは
携帯で事足りるもね。
一応、自室には時計とかあって、
目覚ましとして掛けてるけど
なぜか体内時計で鳴る前に起きるもね。
ただ、ぱんちゃんは一度起きても
30分くらいはお布団の中で
ウダウダしている人なんでちゅ。
ママはその逆で、その30分が勿体無いから
キッチリ寝て、時間にパッと起きる人でちゅ。

でね。

ママがこれまたリサイクルで
時計を色々と買ってくんだ、こりが・・・。
家中の時計、探したら軽く50個は
出て来ちょお。( ̄皿 ̄)

だって、ぱんちゃんのお部屋だけで
時計は4個あるもね。
腕時計を入れると6個。

んで、どういう訳だか
ママはトイレにも時計置くんだもね。
上と下のトイレに。
各部屋にはそれぞれ3個以上は確実に
時計がありゅね、うん。。。

結構オマケで貰ったりして、
使い古して捨てた時計とかあるだしょ?
するとママがゴミ袋から出して飾っちゃうの。
しかも全てが全て、







時間が合ってねぇのよ( ̄△ ̄;)






パパの仏壇のお部屋にある
壁掛けの時計なんざ、
現在夜10時だっつーのに、
午後14時指してるもね。( ̄_ ̄|||)

トイレに至っては2Fの時計なんざ、
17時27分になってるもね。
なんつーか、
もう、時計なんてぇのは

目安っつーか、頼りっつーか、

それは、













ぱんちゃんの


















腹時計














が頼りなんだナ。 ←をい



2004年01月28日(水) 助かって欲しい

先日、恐ろしく、悲しいニュースが
放送された。

中3の男の子が実父と
その内縁の妻から虐待を受け、
現在意識不明であるという
ニュースだった。


助かって欲しい。


助かっても重い障害が残るだろうと
言われているけれど、
でも世の中捨てたもんじゃないよ。
だから頑張って生きようよ。

ボク、・・・こちら側へ帰っておいで。
三途の川を渡らずに、こっちに帰っておいで。

君を苦しめた人は捕まったんだよ。

だから帰っておいで。
待ってるから。
みんな、君が帰ってくるのを待ってるから。









とても悲しいニュースだった。
命をなんだと思っているんだろう。
ストレス解消の為の道具と考えているのだろうか?

狂ってるよね、
何かが狂ってるよね。



2004年01月27日(火) file a suit for divorce 〜離婚調停中〜

file a suit for divorce
 〜離婚調停中〜

↑ ちなみにぱんちゃんではありましぇん。

 ☆ ・・・・・・・・・・・・・・・・ ☆

1月23日、携帯に突如メールが入った。
お仕事中だったにょで、
かばんの中に入れっぱなしの携帯を、
何気なく覗いて携帯(2つ折り)を
覗いてみたらメールが来てたにょで、
見て見たにょ。

「遊びに行こうと思ったんだけど、
私、今、離婚調停中だから、
落ち着いたら行くね」

とだけ入っていた。













��(`□´/)/ ナニィィイイイ!! 










彼女は高校の同級生。
3年間クラス替えのない面白い高校でちた。
(幼稚園から専門学校までのエスカレーターだじょ)
ぱんちゃんも彼女も高校からこの学校に
通ってんだけどね。
んで、常に仲良しグループに居たにょ。
女子高だかりゃ、そりゃぁ、すげかったよ。
言いたい事もガシガシ言うし、
なんつったって恥じらいってもんが欠如してるもね。(爆)

それまでぱんちゃんは無口で大人しくて
目立たない子だったんだす。
(誰よ、そこで ”信じらんない!”とか言ってんのは!)
んで、女子高に入って言いたいことが言える
という状況に入ってからはすこ〜しずつ
自分の言いたいことが言えるようになったにょ。
で、気が付いたらこんなんなってた・・・と。
 ↑ うるさいよ!

チビでのんびり屋でマイペースで
内気なぱんちゃんとは正反対な彼女。
背が高くて、明るくて、細かい事や型にいちいち
嵌らないサバサバした性格の彼女。
四六時中一緒に居ることはなかったけど、
仲良しだったでつ。

卒業後、彼女は某大手化粧品メーカーの
売り子として就職ちまちた。
が、1年で退職。
理由は

「お金が大変だから」
    &
「上司が嫌だから」

実は、デパートなんかで化粧品のワゴンセールとか
あるぢゃないでしゅか。
あれ、安くないのはご存知?
女性なら知ってると思うけど、
男の人は知らないでしょ?(笑)
普通、ワゴンセールってバーゲン並みに安かったり
するぢゃないでしゅか!
でも、化粧品は違うんでちゅ。
ま、バーゲンっていう時もあるけれど。
実はワゴンセールは単に客の目を引くという
それだけのような気がすりゅ。
1個5万円のクリームとか陳列してたり
するんだすよ。
大概は5000円くらいまでのクリームだったり
口紅だったり化粧水だったりするんでつが。

小売店はどうだか知らんが、
デパートでは店舗の1日の売り上げノルマが
あるのだそうで、ワゴンセールもご他聞に漏れず
1日50個売れとかそういうノルマがありゅ。
っつーか、ワゴンの中を完売しろという
勢いだったりするんでつが。

んで、売れないと実は売り子さんが買うんだじょ、
あれって。
だから化粧品の売り子さんは入社するとまず最初に
クレジットカード作らされるってさ。
ワゴンセールだって年に1度じゃないでつかりゃ、
支払いが大変になるんでちゅ。
だもんで、上司に相談しようもんなら
上司が女でつから、

「あたしたちもそうして来たのよっ!」

と一蹴されりゅ。

「支払いが大変ならあなたが買ったものを
友達に買ってもらえばいいじゃないの!」

と来た。
なんか、保険屋さんみたいでちゅね。(汗)
彼女はクラスの仲良しグループの中では
2番目に嫁に行った。
まだ20歳になる前でちた。
旅行先でナンパされ、同棲し、嫁に行き、
それから子どもが出来まちた。
彼氏が出来ると

「私、結婚するかも〜」

っていつも言いつつ、別れてたかりゃ、
この時もぱんちゃんは本気にせず、

「どの男と?」

とか聞き返してたくらいだもね。←をい
そんでもって。
彼女とは1年に1度、電話で話すだけ、
年賀状をやりとりするだけの関係でちた。
でも、それでも仲良しだじょ。
ただ、ぱんちゃんからじゃなくて
いつも電話くれるのは彼女からだけど(爆)
パパが亡くなって、去年彼女に喪中ハガキをだちた。
そしたら電話が掛かってきて、

「酷いよ、水くさいよ、葬儀に呼んでくれても
いいんでないかい?
お線香くらい上げられる距離にオイラいるんだじょ!」

って言わりた。
。。。っつーか、そこまで気が付かなかったよ。
だって、友達といっても、パパと彼女は面識ないし、
うちに遊びに来たことは彼女はないし、
だいいち、1年に1度、ハガキのやり取りと
電話しかしないかりゃ・・・。
忘れちゃったというよりも、ぱんちゃんの親だかりゃ
知らせるほどでもないと思ったにょと、
忙しくてそれどころじゃねかったもん。
ママは廃人同様で使い物にならないくらいだったから
ぱんちゃんが全て仕切ったし。
(叔父も参加してまちたが)

彼女、去年のお正月に年賀状くれてて
子どもが1人生まれていた。
上の子が小学校に入るくらいの時、
余り年が離れた兄弟はねぇ・・・と
言っていたかりゃ、驚いたよ。
ねーちゃん、小学校卒業してるのに、
弟は3歳でしゅから・・・。
いや〜、従姉妹のAちゃんの息子と同じ年でちゅが、
Aちゃんの息子R君は言葉が遅くて
大人しくて、可愛いんだ。
一周忌の時なんて、マリービスケットの
箱ごとあげたら、じ〜っと箱を見つめて、
「美味しいねって書いてあるね」
なんて言うんだよ〜(^▽^)/
だのに、彼女の息子は電話口で
ワーワー・ギャーギャーうるせぇのなんの・・・
すんごい ”くちょガキ”でつた。(笑)

子どもが3歳だというのに、
離婚調停でつかい?
メールには

「色々あってさ」

ってあったけど、3年の間に色々と
離婚したい程のことが積もり積もったとは
思えないので、結婚当初から少しずつ狂ってきた
歯車が本当にかみ合わなくなったというのが
正解なんだろうけど。
それにしても3年前にくちょガキまで
生まれてるのに、なんだかなぁって
思ったじょ。(笑)

お陰で、その日の夢では嫁に行った友達が
片っ端から離婚するという夢を見まちた。








げっ。



2004年01月25日(日) 写真

一周忌の法要と関連ちて・・・。

ぱんちゃん、写真を撮るのが好きでちゅ。
学生の頃は別に好きでもなく、
嫌いでもなかったでちゅが。
宝塚の生徒を撮ることになって、
看護婦しゃんをしているお友達から
一眼レフを5万円で譲って貰ったにょね。
えっと、キャノン社のサイレントEOS
っていう一眼レフ。
レンズは2種類ついてて、50〜80倍迄の望遠と
100〜300倍ズーム。
手がちっこいぱんちゃんは、
ちと重くて大変でちた。
でも、これによってすっごく写真を撮ることが
おもしろくなったのでちゅ。
その後、サイレントEOS Kiss が
発売され、買いまちた。
このKissという一眼レフは
コンセプトが「ママが撮る写真」というフレーズで
CFでも宣伝されておりまちた。
手が小さい人のために、女性が撮りやすいように、
ママも手軽に写真が撮れるように・・・。

写真を撮るのが好きになったぱんちゃんは、
従姉妹のAちゃんの結婚式ではサイレントEOS
1台しかなかったので、それで撮りまちた。
後で後悔したのは、「もっと撮ればいかった」
ということ。

実は、従姉妹の姉Mちゃんがコンパクトカメラで
動き回って妹の写真を撮っていたのでつが、
現像して見てがっくり。
全部まっくろけ。
だから従姉妹のAちゃんはほとんど写真が全滅状態
だったのでつ。
ぱんちゃんはとりあえず一眼レフで
27枚撮りのフィルムを入れて1本撮りまちた。
現像したらすんごいアップだったりで
それなりに良く撮れておりまちた。
もっと撮っていれば、従姉妹も写真がもっと
手元に残ったのになーって・・・。

そして、子どもが年子で♂2名生まれ、
ぱんちゃんもずっと猿を撮り続け、
こんな下手なぱんちゃんの写真を喜んで貰いつつ、
今に至りゅ。
今はデジカメも普及してとっても綺麗に写りまつが、
ぱんちゃんはフィルム派。
たぶん、現像に出す楽しみ、出来上がった写真に
がっかりしたり喜んだりする楽しみ、
焼き増しに出した後、仕分けする楽しみ、
送った後のお礼の電話の楽しみ、
そういうものがあるからだと思うにょ。
デジカメは、なんか好きじゃない。
でも、コンパクトカメラのデジカメは
1台は持っていたいけど。

パパの一周忌もご他聞に漏れず、撮り捲りまちた。
2台の一眼レフと1台のコンパクトカメラで。
従姉妹のMちゃん(Aちゃんの姉)が去年の10月に
初めて息子を産んだんでちゅ。
Aちゃんの息子たちを赤ちゃんの頃から撮っているので
ねーちゃんの息子も撮らねば!(笑)
フィルムの写真はね、デジカメと違って
その場で撮った写真が見れないので、
何本も使ってやっと良い写真が1〜3枚あるかないか。
まだ首がすわらにゃいベビーを撮るのは
ある意味簡単、ある意味難しい・・・。

そして、出来上がった写真はその日のうちに
焼き増しに出し、仕分けし、梱包。
従姉妹の旦那しゃんの実家の分も
ぱんちゃんはいつも用意するのでちゅ。
だって、叔母の孫であると同時に
従姉妹の旦那しゃんの実家にとっても孫でちゅもんね。

「子どもの頃の写真はともかく配りまくれ」

というのがぱんちゃんの考え。
なぜなら、火事を出したり、放火にあったり、
お隣の火事のもらい火だったり、家が沈んだり、
埋まったり、流されたりした時に
親戚に配りまくっていれば、その写真が種となって
複製が出来るかりゃ。
大人の頃の写真が紛失してもそんなに嘆かないけど、
子どもの頃や赤ちゃんの頃の写真が紛失すると
すっごく悲しむぢゃないでしゅか!
だから、赤ちゃんの頃の写真はともかく
配りまくって欲しいとぱんちゃんは思うのでちゅ。

叔母はいつもぱんちゃんが1週間以内で確実に
送ってよこすので驚く。
でも、実はこれも理由があって・・・。

人が撮った写真って、モデル側はよく
「焼き増しはいつでもいいよ」
って言うじゃないでしゅか。
でも、本当に半年〜1年後くらいに渡されたら
渡された方はどうでしょうか・・・。
写真は増えていくものだし、そんなに間が空いた
間にさらに写真は増えているだろうし、
後から貰った写真を整理するのは面倒くさいよね。
特に小さい子どもがいる家庭なんかは・・・。
ぱんちゃん、自分が不精で写真の入れ替えするのが
好きじゃないから、早めに貰ってアルバムに入れて
しまいたい性質なのでちゅ。
いちおう口では「いつでもいいよ」とはいうけど。
あ、でもこれはスナップ写真に限るけど。

不精だから早めにやる。

これがぱんちゃんだす。
掃除と同じね。(笑)
汚くなってからでは汚れを落とすのは倍の力が
いりゅんでちゅ。
だから日ごろから綺麗にしまちょー。
っていうやつです。
(掃除に関しては不精なんですが、余り掃除してませんが。)

 ↑ え?(汗)



2004年01月23日(金) 法要その後 2

お昼の食卓に就いたみんな。
あんまりお腹が空いてない。。。
空いてないんだけど、食べりゅ(笑)
13時13分のバスに乗って帰るため、
食べ終わってから荷造り開始。
来て下さった方にだけお土産がありゅ。
ラーメン(家族分)と山くらげ。(調理済み)
どちらもとっても美味しいのでつ。

お正月などは従姉妹のAちゃんにも
お土産に持たせまちた。
今回判ったのは、
田舎とこちらの考えが
余り違わないということ。
ただ、それは若い人であって、
やっぱり年配では違うなと感じりゅ。

たとえば、
こちらではパンは主食の1つだけれども、
田舎ではおやつ、あるいは代用品でしかない
ということなどなど・・・。

今回と納骨の時も引き出物は
ジャムだったんでちゅ。
Aちゃんたちも朝は皆パン食だし、
叔母(ママの妹)もそうだし、
ぱんちゃんもママもそう。
だからジャムにしたんだけれども、
田舎ではパンはおやつと
捕らえているというので、
3回忌の引き出物は考え直さないと
なりませんねぇ(^^;)
でも、白と緑のおまんじゅうじゃ、
田舎の人は食べてもAちゃん達は
食べないしなぁー。
焼酎は好き嫌いがありゅし、
日本酒は飲めない人もいりゅからなぁー。

そうそう。
お昼に揚げたての春巻きを出したら
皆ペロリだじょ!(笑)
Kさんの「肉じゃが」も
パパが大好きだったということや、
それを知ってKさんが「ご供養に」と
作ってくださったということを
お伝えしながらのお昼だったにょ。
T子叔母さんは1年前に食べた
Kさんのおにぎりを覚えていて、
「お通夜の時に食べたやつだべ?」
って美味しそうに食べていた。
Kさんのおにぎりは本当に美味しいんですにょ。
お米の美味しさを充分に引き立たせた
握り方なんですね。
ぱんちゃんも握り方を教わりました。
 ・・・教わっただけで作ってませんが(笑)
我が家特性の大根サラダも好評でした。
このサラダはママが製薬会社に勤めていた頃の
お友達(部長&奥様)のおうちに
遊びに行った時に教わったそうな。

で。

13時13分のバスに乗るべく、
食べ終わって支度して、バス停へ。
1泊するだけなのに、
色々と持って来ているから(礼服とか)
カバンが重い・・・。
紙袋も底が抜けそうだから2重にしまちた。(笑)
バス停までママと送りに行ってきまちた。
暖かい日差しを受けて、
皆は帰って行かれました。
なんにもおもてなし出来なくて、
本当にごめんなちゃい。m(_ _)m

家に帰ると叔母が掃除機を
ガシガシとかけてくれていた。
布団を出した張本人のぱんちゃんが
布団をしまう。

しまってあった布団が、何故はいらん?(汗)

たたみ直して押入れに頭を突っ込み、
手と頭を使ってお片づけ。
後は毛布だけ! ってところでお茶タイム。
お茶を飲みながらダラダラと世間話をし、
気がつけばもう夕方。
叔母も帰らないとならない。
お土産をこれまたたくさん持たせて、
すんごい大荷物・・・。
前日、Aちゃんに海老名の家に寄るなら
と持っていって貰った叔母の荷物・・・。
それがあれよあれよという間に、
お土産で紙袋3〜4袋になってしまう。
うーちゃん号で送ることに。
○○駅は駅前が一方通行なにょで、
車の場合は松○町を右折して
妙○寺のガード下をくぐって
○○駅へ行くという周り道をしないと
なりまちぇん。
未だに右折が未だに大嫌いなぱんちゃんは、
同じ右折ならと松○町の交差点の少し手前、
Kさんちへ行く道を右折する。
ここは1箇所、えらい狭い道があります。
車がここを通る時は人も通れません。
だから結構車が電柱をこすった後が
ワンサカありまちゅ。
何度ここで若葉のぱんちゃんが
バックさせられたことか・・・。
(出会いがしらに車が来た 涙)
ぱんちゃんはここを通る時は
ソロソロと徐行するので
まだここでこすったことはありまちぇん。
(でもあんな広い道路の新横浜でこすったけろ)
ここは細い上に右に急カーブした道
なのでちゅ(^^;)
でも、ここは○○駅へ出る近道なんでちゅよぅ。

「ぱんちゃんが運転するようになって、
本当に楽になったわね」

と叔母。
う〜ん、でもぱんちゃんの運転は
車が少ない日曜日限定で、
更に知っている慣れた道しか
行かないでしから(^^;)

○○駅から我が家までは歩いて20分。
でも、今は寒いし、暗いし、
それに何よりも疲れているのだし、
夜の運転はまだ怖いんでちゅが、
うーちゃん号を運転することにしたのれつ。
叔母のお陰で本当に助かりまちたから(^^)
暫くエンジンを掛けて、うーちゃん号GO!

叔母を送って帰ってくると、
あたりはもう真っ暗。
雨戸を閉め、洗濯物を取り込んで、
余りお腹も空いていないので、
昼間の残りをつまんで夕食は終わる。

1時間後、叔母から電話がありゅ。
無事に着いたというお知らせ電話だった。
夜、21時には従姉妹のYちゃんから
電話があった。
夕方6時半には田舎に着いたそうで、
その足で今回来れなかった
M叔母さんの所へ引き出物を
届けてくれたという。
M叔母さんは、パパが食道の手術を受けた頃、
大腸癌の摘出手術を受けらりた。
肝臓への転移もあり、
パパは最後まで末の妹を心配していた。
M叔母さんは薬と、利尿剤
(たぶんパパが使っていたような
肝臓機能を低下させる薬を服用しているので、
利尿剤をも服用しているのだろうと思う)
を使用しているので、
午前中はともかくやたらめったら
トイレが近いという。
だから体調が悪いわけではないんだけれども、
今回はトイレが近すぎるからと
法要参加は見送られたにょ。
宮城はまだ雪がちらついていたというから、
そんな寒くて暗い中を届けてくれて
本当にありがとうね、Yちゃん。

22時にはS竹さんちで泊まることになった
K叔母さんから電話があった。
あの後、横浜高島屋でお人形展を見、
鎌倉へ行って、中華街でご飯を食べて
帰ってきたという。
翌日にはT子叔母さんから電話がある。

「弔いに行ったんだか、
旅行に行ったんだかわからないくらい
楽しかった」

と言ってくださったという。
「また、夏ごろ来たい」とも。
なんのおかまいもできないで
本当に申し訳けない状態だったけれど、
こんなところでよければ、
またいつでもいらして下され。

今回、たくさんの方の力をお借りしました。

本当にありがとうございました。



2004年01月21日(水) 法要その後 1

全員朝8時起床。
実は女の子達はみんな
夜中の12時まで色々と
喋り捲っていたにょね。
M子叔母さんの息子の嫁と
ママの弟の嫁(私の叔母)の性格が
良く似ているという話になった。
人は。。。特に女性は
そういうことに気付くのって、
すこぶる早い。
勿論、そういう話だけじゃなく、
パパの事がメインだったんだけど。
T子叔母さんはパパのすぐ下の妹で、
ママと同じ年。
パパの事を「男版おしん」と言う。
若い頃から東京に出て、
一生懸命に働いて、
戦後は中島飛行場(戦争中は軍用の飛行機を
作っていた飛行場で群馬県にあった)で働き、
戦後はその飛行場が解体されたので、
退職金をがっぽり貰って暫く実家に戻り、
パパは足がカッケだったこともあって、
湯治場へ暫く養生へ行って体を治し、
N○Kの求人を見て横浜に来た。
その頃はもう大人だったにせよ、
知り合いもいない横浜に1人で出てきて、
大変だったろうとT子叔母さんは言う。
中島飛行場に行く時は、
「金の卵」ともてはやされた
若い子ども達が親元を離れて
集団で上野に降り立った。
T子叔母さんは宮城からでた事はないけれど、
パパの葬儀の時や今回も、
新幹線が通り過ぎる上野の駅を車窓から見て、
当時のパパの苦労が目に見えるようだったと
言う。 そして、涙が出てきたと言う。

そんなこんなで遅くまで起きていたので、
朝は8時くらいまでゆっくりと寝ていたにょ。
ぱんちゃんは夜12時半からお風呂に入って、
髪の毛を洗い(毎日お風呂 + シャンプー
してますのよ、おほほほ)、
乾かさないで寝たので、
翌朝は頭に爆弾が落ちたように
凄い状態になっていたのら〜。とほほ

ホストであるママと叔母(ママの妹)は
夜眠れなかったようで、既に起きていて、
食事の準備をしていた。
ぱんちゃんは、まず顔を洗って、ドライヤーで
好き勝手な方を向いている髪をセットして、
準備に加わりゅ。
徐々に皆おきてきて、食事となる。
元々6人掛けのテーブルに7名の田舎の皆。
きついなんてもんじゃありましぇん(笑)
それにまずはママを加わらせて食事を摂らせた。
そして田舎の皆がお茶を飲む頃、
叔母が食事を摂る。
叔母とぱんちゃんは朝はパンなので、
叔母のパンを焼きつつ紅茶を用意し、
パンにはハムを挟んで食べる。
次はぱんちゃんの番。
田舎の皆はホッコリタイム、
でも、私は休んでなんていられなくて、
空いたお皿を下げ、洗う。
既に9時を回っているので、
あと2時間もすればお昼の支度をしないとね。

ひと段落ついたところで、S竹さんが来る。
S竹さんは、パパの妹であるK叔母さんの
ご主人の妹さんでしゅ。
宮城から川崎に嫁いで来られまちた。
名前はT枝さんと言い、
叔母(ママの妹)と同じ名前です。
叔母はカタカナですけど。
S竹さんのご主人は、
パパが亡くなって3ヵ月後、
突然、倒れて亡くなられた。
心筋梗塞だったらしくて、
救急車で病院に搬送中に救急車の中で
帰らぬ人となった。
パパの葬儀の時や納骨の時にも
手を合わせに来てくれた方でした。
倒れるまで元気だっただけに、
ご主人の突然の死のショックは
奥様にとってはすさまじいものだった。
お通夜の時、奥様の憔悴しきった顔は
今でも忘れられない。
一番手前に座って、
お客様に頭を下げていたというのに、
ぱんちゃんもママも
奥様だと全く気が付かなかったほど、
やつれきった顔だった。
お焼香が済んで頭を親族に下げた時にやっと、
奥様が一番ぱんちゃん達の傍に座られて
お客様に頭を下げられていたのだと
気が付いたくらいなにょ。
あの時、ママと奥様と、目で会話した。
そして、奥様はたちまち顔が歪んで
ポロポロと涙を溢された。
ぱんちゃんも辛かった。
ぱんちゃん達とは違って、
覚悟も準備も何もない突然の夫の死。
可哀想で声を掛けることすら憚られた。

その彼女がK叔母さん
(彼女からみれば義理の姉)がS竹家で
泊まるということになっていたそうなので、
迎えに来られたにょ。
あれからずっと会う機会がなかったのだけれど、
子ども達が支えとなって今は元気になられている。
良かった=3
本当に安心した。
K叔母さんはもう1泊、
S竹家で泊まるので、
S竹さんと我が家を後にした。

11時頃、お昼の準備に取り掛かる。
もうお昼? と言われそうだけれど、
いや、実際言われたんだけれど(笑)
男性陣はご近所を散策に。。。
宮城に比べれば横浜は凄く暖かいんだそうな。
うっそぉ〜(驚)
ぱんちゃんと叔母とママは、
春巻きの下地は既に作ってあったので、
皮を巻き、あと、大根サラダを作って、
後は朝の残り(笑) ←手抜き?
11時半にはKさん夫妻(旅行を一緒に行ったご夫婦)
がご主人と車で来られた。
パパが大好きだった「Kさんの肉じゃが」を持って。
それと、「おにぎり各種」と
ぱんちゃんに「Kさん特性カレー」も!
玄関で田舎の人にばったり会ったそうで、
挨拶しようと思ったら田舎の人に

「どーぞ、あがりなさい」

と気軽に言われて、
ご挨拶が一気に全部ぶっ飛んじゃったそうな。
それまであれやこれや挨拶を考えていたらちい(笑)
仏壇に手を合わせて帰られた。
今日はKさんは自宅にてランチの日なのです。
(Kさんは自宅を開放して、
週2日、ランチを開いています)
Y田さんという、リサイクルショップで
お友達になった方に手伝って貰いつつ、
しかも留守番もさせて車で駆けつけて来らりた。
そして、仏壇に手を合わせて下さった。
本当にありがたい。
KさんはY田さんの事を
「くそなまいき」って呼ぶけど、
全然くそなまいきな方じゃないけどなぁー。
(年は40代後半〜50代前半くらい)
とても背の高い、綺麗な方で、
お料理もお上手らしい。
で、お客さんも来ることもあるので、
Kさんは直ぐに帰らりた。



2004年01月20日(火) 一周忌法要 4

Aちゃんの携帯の留守電に
「後で叔母さんが郵送するって!」
というメッセージを入れりゅと、
折り返し「取りに行く」と電話が
ありまちた。
叔母は「送るからいいのに」と言うけれど、
「もうUターンした」というのら。
で、取りに来て直ぐに帰った。
せっかく横浜市民病院の所まで行ったのに・・・。
これから海老名の実家に寄ってから静岡へ帰る。
叔父の家からも遠くからKちゃん(♂)が
来てくれまちて、
MちゃんもAちゃんも遠くから
チビ連れて、駆けつけて頂いて、
ありがとうだじょ!

=法要その後に続く=



2004年01月19日(月) 一周忌法要 3

従姉妹のAちゃんの息子、
兄ちゃんと弟くんは、
どこへ行くにもいつもママやパパの車で
移動しているから嬉しくてたまりゃない。
運転手さんの隣にどっかりと陣取って、
動かにゃい。(笑)
すれ違う市営バスと○○バスを見て
上機嫌。
助手席の所にAちゃん、
その膝の上に弟くん。
その後ろにAちゃんのお母さんである、
叔母、その横の補助席を開いてAちゃんの息子
兄ちゃん、運転手さんの後ろにパパ。
今日は日曜日ということもあって、
道路は空いていりゅ。
レストランに着いて2階へ。
施主であるママは、
幼い頃から人前で話すことが嫌いで、
国語なんかで先生に当てられて

「読んでみれ」

とか言われてヒキツケを起こすほど
ガタガタと震えて凄い状態だったことが
あるらすぃ〜。
だもんで、施主じゃないけど、
娘だからおのずとそのクジは
ぱんちゃんがが引き受けることとなりゅ。
だはは(^^;)
たいした挨拶もしないで、
田舎の本家(パパの実家)のMさん
(従姉妹のYちゃんの旦那さんで、婿どの)
に献杯をお願いちた。

納骨の時と同じレストランで、
納骨の時よりも1000円高い食事にしたのに、
量はいまいち。 ありぃ?(汗)

・・・ん〜、しょ、食材が高いのでせう・・・。

ひと段落ついて、
従姉妹のMちゃんの息子を
じっくり・とっくり・こっくり見せて貰う。
でもって、抱かせて貰う。
まだ首が据わっていなくて、
ぶらぶら・ぐらぐらしていりゅ。(^^;)
メールで添付されてきた生まれたての
息子の画像どおり、
どっこもMちゃんに似てない。
ほんっとに、パパのコピー。(笑)

カメラのフラッシュが怖いので、
廊下にて写真撮影会。
眠いのに次々と抱っこされ、
寝心地の悪い腕に次々たらい回しにされて、
息子は全くお昼ね出来ず。
うとうと・・・とすると、
すぐに起こされる。(笑)
かわいそ〜(笑)
っつーか、
起こしている張本人だったりするオイラ。(汗)

会食を終え、場を我が家に移すべく、
バスにて移動。
霊園まで無料のバス送迎が行ってくれりゅが、
我が家の前を通るため、途中で大半が降りる。
霊園に車を置いている、ぱんちゃん・
パパの息子のYさん・Aちゃんのご主人・
Mちゃんのご主人はバスに乗って霊園まで。
ただ、Mちゃんのご主人は
我が家には初めて来られるため、
道案内にAちゃんが息子の弟を連れて
一緒にMちゃんのご主人の車に乗る。
当然、最初に運転して出発するのは
・・・ぱんちゃん。(^^;)

家では途中だったビデオ
「パンダコパンダ」のビデオを
Aちゃんの息子は食い入るように
1本全部観きった。
我が家に着いてもMちゃんの息子は
たらい回しに抱っこされて、
ちっとも寝れず。
しかもミルクも与えられず。(笑)
午後6時頃にぐずったので、
Mちゃんがミルクを作ったのに、
出来上がった頃には息子は夢の中。。。
寝ている間に帰ろうということで、
Mちゃん夫婦は帰って行った。
ずっとMちゃんの息子はおならしていたので、
う○ち近いんじゃないかなって思ってたら、
案の定、家に着いて見てみたら
ベッチョリしていたそうな。
Aちゃんも海老名の実家には泊まらない
ということで、高速に乗って静岡に帰るという。
一旦、海老名の実家に寄る予定というので、
叔母が自分の引き出物等を車に乗せて貰って、
海老名に置いてきて貰った。

チビちゃんが帰ると
何だかちょっと寂しくなった。
おっさん、おばさんばかりじゃ、
華がないね(をい)

ふと見ると、ピアノの横に
小さなダウンジャケットがちんまりと
置いてあった。
この大きさは・・・・・Aちゃんの息子の
兄ちゃんの方のジャケットだわ(^^;)



2004年01月18日(日) 一周忌法要 2

施主はママなんだけれども、
一切をぱんちゃんが引き受けて
全てぱんちゃんがやっているので、
ともかく霊園には先に行かねばならんの。
叔父(ママの弟)には前日より話をして
あったにはあったんだけれど、
12時15分に先に車で霊園に行くと
言ってあったのに来ないので、
一旦従姉妹のAちゃん夫婦が一緒に車で
霊園に行って、チャイルドシートと
Aちゃんと子ども達を降ろしてご主人が
ピストンすると申し出てくれた。
とりあえず携帯で叔父の携帯を鳴らすと
既に家の前にいるという。
もっと早く来てくでよ。。。(-ー;)
時間は12時半。
これではピストンすると全員が揃うのは
ギリギリの時間になってしまう。
それでもしなければならないかりゃ、
取り敢えずAちゃんたちは
上記に書いたようにしてくれることとなり、
ぱんちゃんと叔父がうーちゃん号に乗り込む。
運転はもちろん、ぱんちゃん(汗)
さすが連休の真ん中だけあって、
余り車は走ってなかった。よかった=3
今回も叔父の子どもらは全く呼んでないのでしが、
叔父も見事に子どもら全員呼ばれていない事に
何かを感じたのか、会食は参加しないが
法要には長男を参加させたいと前日に
言ってきた。
「行きたい」というものを
断る理由もないので了承した。
(了承という言葉を使うということ自体が
既にアレですが)
叔父の嫁、すなわちぱんちゃんにとっては
叔母は人間嫌いなので(自分でパパの
お葬式の時に言ってたので本当だろう)、
当然、叔母(ママの妹)と違って前日に
「準備が大変でしょう」と察して泊まりに来る、
手伝いに来るという気を遣う人ではない。
全く期待していなかったとはいえ、
時間ギリギリに本当に来たのには
ハッキリ言ってあきれるばかりだす。
あんた、ホスト側の人間なんだからさ!
ったく=3

霊園ではまだ12時の法要の方が
終わっていなかったにょで、
中の準備も大わらわ。
霊園を管理している○○寺の方でも
法要が4つもあるというのに、
女性1人で全てを任せているために、
不慣れなその女性は1人であたふたしていた。
ちと可哀想でちた。
ぱんちゃんに説明も不十分だったので、
よそ様の(お寺さんで用意した用具らしきもの)
を勝手にぱんちゃんが持ち歩くという場面も。
ぱんちゃんちのお坊さん「○○寺」さんの
お坊さんもその慌て振りに見かねたのか

「準備は私がするからあなたは他の方の対応をなさい」

と霊園を管理する○○寺さんの女性に
声を掛けていた。

次々に到着した親戚達とお堂に入り、
パパのお位牌と供物をお供えし、
読経が始まる。
今回は生まれてまだ3ヶ月の息子を連れて
従姉妹(Aちゃんの姉)Mちゃんがご主人と
夫婦で参加。
息子のお披露目でもありゅ。
お墓の前でのお坊さんの読経は
風も強かったこともあって、
チビちゃん達に風邪をひかせてもマズイ
ということで、お堂だけにしてあった。
かわいい事に従姉妹のAちゃんの
3才になった長男もパパに手を引かれて
一緒にナムナムしてくれた。
そして読経の後、お坊さんの説法を聞いた。

「法要はお金や布施じゃない、
何度か皆で集まって派手にやるものでもない。
ご供養とは心でするもの。」

というお話だった。
どっかの誰かはちゃんと聞いていたろうか。。。

さて、お堂を出てYさん(パパの息子)が
お線香を買って下さった。
ちゃんと持ってきたんだけど
車の中に置いてきたので取りに行っている間に
買ってくれちゃいました。
Aちゃんは静岡に住んでいるとはいえ、
ママの親、つまりぱんちゃん達の
おばあちゃん・おじいちゃんのお墓に
春・夏・秋と高速に乗ってお墓参りに
行ってくれている。
おのずと2人の息子達は
親たちが桶に水を汲んで、
柄杓でお墓にお水を掛け、
お花にも水をあげ、
お線香を灯して手を合わせる姿を
ずっと見て知っているから、やりたがる。
さっきまで田舎の人を見て

うぇぇぇ〜ん(ノ△T)

と泣いていたくせに、
パパの妹、K叔母さんと一緒に
いつのまにか水を汲みに行き、
一緒に持って歩き、お墓に水を掛け、
更には人んちのお墓にまでお水を掛けて
あげようとしていた。
田舎の皆からは

「あら〜、もうお友達になったねぇ」

と言われ、最後には

「長男、よぐ働ぐごと〜」

と言われていた(笑)
1人ひとり手を合わせ、駐車場に出りゅと、
会食予定のレストランの送迎バスが
迎えに来ていまちた。
普段、Aちゃんの軽自動車と
パパの乗用車にしか乗ったことがない
Aちゃんの2人の息子は、
まず滅多にバスには乗らないので
一目散にバスへ向かう。
2人でバスの一番前を奪い合ったらしい。。。
うれしいんだろうね(^^)

ぱんちゃんは霊園の女性に挨拶をして、
車は全員、霊園に置いたままバスで会食場所へ。
それにしても霊園は風の通り道なんだねぇ、
すごい風でちた。



2004年01月17日(土) 一周忌法要 1

朝7時半に起きたぱんちゃん達は、
11時に我が家に到着予定の宮城の
親戚を迎える準備で大わりゃわ。
そうこうしているうちに10時半に
宮城から親戚がタクシー2台で到着ちた。
挨拶を済ませ、寛いで頂く。
パパの仏壇は小さくて茶箪笥の上に
ポチンと置いてあったかりゃ、
皆しばらく気がつかなかったみたい(笑)
納骨の時と同じ13時からの法要なので、
お茶とお茶菓子と果物だけしか
出さねかった。
納骨の時はビールやらサラダやら
何やら色々と出したけれど、
出せば食べるわけで、
そうなると会食に行っても
そうお腹に入らにゃい。
でも、会食は2時頃なので、
フルーツを食べていただくことに・・・。
田舎の人は朝7時に家を出てきているので、
お腹空いた筈なんだよね。。。
田舎の皆はくりこま高原から新幹線に乗って、
一旦仙台で降りた。
というか、その新幹線は仙台から東京まで
ノンストップの新幹線で、
仙台にはパパの弟の○叔父さんが
住んでいるので、叔父さんが新幹線に
乗り込む予定。
仙台から発車までは、
約15分の停車時間があるので、
予め何号車に乗り込むかを決めておけば
直ぐに皆と一緒になる。
そして、この新幹線で来れば、
通常の新幹線に乗るよりもノンストップの分
30分早く東京に到着するという。
だから11時に我が家に到着予定が
10時半に来れた訳なんでしね(^^)
3連休の真ん中の法事ということもあって、
霊園ではこの日4組の法要予定だった。
我が家は13時からの法要なんだけれども、
11時・12時・15時の組があった。
それぞれの家族がお寺さんが違うらしいので、
霊園を管轄している○○寺さんも
大わりゃわ。(笑)

さて。
従姉妹のAちゃんが早めに到着したので、
我が家に来られた。
一応Aちゃんからは
直接霊園に行くと伝えられていただけに、
ちょっとびっくりした。
何よりも、出迎えに出た叔母を見て、
Aちゃんの息子達はビックリ。

どうしてびびな(海老名)の
おばーちゃんがいるの?

という顔をしている。(笑)
Aちゃんとご主人が仏壇に
手を合わせるべく、
また田舎の皆に挨拶すべく
床の間の襖を開けると、
見知らぬ人がずら〜っといるので
長男はビックリ。
パパにしがみついて泣く。
田舎の人も

「はいはい、そっちは見ないようにするからね〜。
目をあわさないようにするからね〜。」

と本当に目を合わさない。(笑)
うわ〜ん!
と泣いたわりにはすぐに慣れちゃって、
皆の傍でバナナなんぞを食っている(笑)
次男(2歳)は前日の夜中、
夜泣きして「バナナ〜」と言って泣いたそうで
本当にバナナが置いてあるのを見て
満足げに食べている(笑)
で、ちょっとだけビデオを見る。
Aちゃんのご主人は、
10日前に我が家に来た時よりも
ビデオが増えているのにびっくり。
初めて見る「パンダコパンダ」のビデオに
2人のチビちゃん達は釘付け。
12時15分、
霊園に向けてピストン輸送が始まりました。



2004年01月16日(金) 法要準備 2

土曜日。
普段から日曜日よりも土曜日の方が
新横浜や○○街道は混みまちゅ。
朝9時半にまずうーちゃん号に
ガソリンを入れにママを横に乗せて
うーちゃん号発進!
今までは松○町の交差点にありゅ
ガソリンスタンドで入れていたんだけっとも
安くない上に道に出る際に誘導してくんない
その傲慢な態度に腹立って(?)、
最近は大○戸の交差点のスタンドへ行ってまちゅ。
土日・祝祭日は通常価格よりも2円安い
というのが呼び込みらちい。
環状2号線の大○戸の交差点にあるため、
交通量も多いという事もあるのか、
はたまた本当にサービスからなのか、
ちゃんと車を出す時に誘導してくれりゅ。
その足で新横のペペとジュピターに行く。
1万円もの食材を色々と買って、
サミットでイカの塩辛とかパンを買って帰る。
ぱんちゃんとママはイカの塩辛は全く口に
しまちぇん。
なにょで、これは田舎の人用でち。(^^)
実はペペでおいしい塩辛があるんだけれども
買い忘れちゃって、引き返すのも嫌だったし、
サミットで買ったにょぉぉぉ。(〃▽〃)/
サミットのパン屋さんの食パンは
非常においしいの〜♪
ぱんちゃんはマーガリンなしで
ハムを挟んで食べちゃってまちゅ。
それだけでも充分おいしいのでちゅ。
・・・決して不精しているわけでは
ないで〜しゅ。(笑)

帰りの運転中、従姉妹のAちゃんから
携帯が鳴りゅ。
運転中だった為に出られず、
家のガレージにうーちゃん号を入れてから
車内で電話してみると、
なんと叔母(ママの妹)がすでに横浜に
来ていて立ち往生していて
困っているとの事だった。
叔母は携帯を持っていないため、
静岡にいるAちゃんがパイプとなって
動いていた。(^^;)
Aっちゃん(叔父)にも来て貰って
うーちゃん号を運転して貰いつつ
○名で叔母を拾い、新横へ。
ビッ○カメラでちょっと品定めだけして、
お食事。
ペペの胡弓という中華レストランで食びた。

帰って来てから少しお茶をすると
Aっちゃんは帰った。
どうやら嫁に内緒で来ているらしい・・・。
で、ママと叔母とぱんちゃんで
大掃除が始まったのでつ。(笑)
ママはキッチンに入って11・12日と
7名お泊りする、パパの宮城の実家(姪子夫婦)と
甥っ子・兄弟たちのおもてなしの料理の
下ごしらえに一生懸命。
叔母は掃除機で下から上から掃除してくれ、
ぱんちゃんは叔母の後を追いかけて
ワックスを掛けりゅ。
リサイクルが縁でお友達になったKさん
(一緒に旅行に行った方)が大きな鍋を
ご主人の車で取りに来たっす。
そう、元パパの車だった日産ブルーバードSSS。
足が病気で少しご不自由(歩くとき少し引きずって
歩くんですよね)なので車は本当に足代わりに
なって良く働いてくれていまちゅ。(^^)
六本木でレストランをも開いたという奥様の
Kさんは料理の腕はやはり凄い。

「パパさんに直接会う事もなく、
いつも玄関で失礼していたから、
今回は是非、ご供養にと思って・・・」

と、パパが大好きな「Kさんの肉じゃが」と
「おにぎり各種」、そしてぱんちゃんが大好きな
「Kさんのカレー」を作って運んでくれるという。
パパはKさんにお会いしたことはないけれど、
Kさんがママに下さった「肉じゃが」や
「砂肝」や「おにぎり」や「マカロニサラダ」などは
食べているんでちゅ。
中でもKさんの肉じゃがは本当に好きだったにょ。
じゃがいもが大好きだったパパは
お芋がまるごと1個を柔らかく煮て
しかも煮崩れしないまま味が浸み込んだ
上品な味のKさんの「肉じゃが」が
本当に大好きだったんでちゅ。

で。

ママがKさんに
「田舎の皆は7名も来てくださるから・・・」
と言っていたので、Kさんが

「もしかしたら足りないかもしれない
と思って、ぱんちゃんはお客さんじゃないから
カレー食べさせときゃいいよね」

。。。って事でカレーだそうな(笑)

でも、侮る無かれ、Kさんのカレーは
金曜日から何十時間と煮込んで
野菜やフルーツのエキスをふんだんに出し、
カレーにとろけさせ、更にルーを目の細かい
篩で裏ごしするという念の入れよう。
更にその後に牛肉を大きく切った物を入れる。
もちろん牛肉は生ではなくて、
火を通して柔らかく煮込んだ牛肉の
ヒレステーキに使う部分を入れるのでちゅ。
口に入れた時は甘いのに、
後から辛さがじわ〜っ。
大人の辛さっていうんでしょうか。(笑)

でね、夜はというと。
3人しかいないし、
叔母は今日はお客ではないので
簡単なものをつまんで、順々にお風呂に入り、
ぱんちゃんが最後に入るので
(最初に入ったのは叔母だす)、
ぱんちゃんは叔母がお風呂に入っている間に
自分の部屋に布団を敷いた。
ママを私のベッドに寝かせ、
叔母はベッドの横に敷いた布団で
寝る予定。
夜11時にそれぞれが寝まちた。

明日はいよいよ一周忌法要だじょ。



2004年01月15日(木) 法要準備 1

1/9、11日のパパの一周忌法要に向けて、
午後半休を取ったでしゅ。
派遣で働いているので、
実は半休という休みはなくて、
早退扱いなんでつ。
で、早退理由は、

「買い物」と「1Fの窓拭き」。

12時に打刻しても
エレベーターに乗れたのは
なんと12時20分だぜよ。(^^;)
12時13分の横須賀線には当然乗れず
(実は乗るつもりだった)、
28分の電車に乗ったんでつ。
横浜で下車してトトロの専門店へ。
「パンダコパンダ」というビデオが
売っているのでそれを買いに行った。
東京の幼稚園に勤めていた時、
子ども達はこのビデオが大好きだった。
従姉妹のAちゃんのチビちゃん
(男の子で年子、3歳と2歳)も
見てくれる・・・かな? と思ってさ。(笑)
1人で出歩いている時は、
どんなにお腹が空いても
絶対に1人ではお店に入って
食事しないぱんちゃんは、
直ぐに地元へ戻った。
大型スーパーで買い物をする。
まず、1人用の納豆(1パック4つ入り)を
3パック買い、横浜銘菓ハーバーを買い、
ディズニーのビデオ「ピノキオ」の
ビデオを買う。
そこでテレビ朝日が秋に放送したドラマ
「流転の王妃 最後の皇弟」の
サントラ盤を買う。
音楽を担当しているのが
大好きな葉加瀬太郎氏だったのでちゅ。

次に法要用の黒のストッキングと、
寒いかも。。。と思って黒のタイツを
買う(1袋3足入り)。

家に帰ると障子の張替えを
業者がしていたにょ。
リフォームの時にクロスを張り替えてくれた
音楽大好きにーちゃんだった。
松田聖子ちゃんのアルバム(レコード盤)を
全部持って帰ってくれたのが
このにーちゃんでしゅ。(笑)
ところが、ママが

「大事な法要を前に窓拭きなんかして
台を踏み外して怪我でもされたら
困るから窓は拭かないでいい。」

と言い出して、結局窓拭きはせず。

・・・いったい何のために
会社を早退してきたんだか。(^^A;)

夕方5時半頃、
ママと食材を買いにちょっと
散歩がてら歩いて15分くらいにある
八百屋さんへ行く。
ここの野菜は新鮮で安くて
対応も感じいいのです。
まぁ、この時間に散歩っつったって、
寒いんですよ、ええ。
で、たくさん買い込んで、
一旦荷物を家に置きまちて、
近所のゴルフ場へ食事に行った。
もう作るのが嫌になったんだよね(笑)
ママは以前、私が食べていた
「アサリとシメジのスパゲティ」
が食べたいとずっと言っていた。
どちらかというと和食等のママが
自らパスタ食べたいと言うのは
とても珍しい。

ど、ど、どうしたんだ、一体。。。

で、私は、チキンカレーを食びた。(笑)
・・・だって別に食べたい物も無かったし。
でもって、サラダを2人で食べた。
いつもはコーヒーとか飲むんだけど、
色々と準備もしたかったから
コーヒーは家でも飲めるということで
食べ終わったら早々に帰ってきた。

・・・別に早退なんてしなくても
良かったような・・・。
いや、やっぱりして良かったんだな。うん・・・。



2004年01月14日(水) 法要終了!

一周忌法要が終了したんでちが、
非公開のもうひとつの「だいありー」
○○闘病日記 by えんぴつ
に書いてあるので、後日そこから
コピってきます、ええ(^^)

同じ事を2度書くのはめんどくせぇ(爆)



2004年01月08日(木) 変な日本語

昨日の朝、ママと

「今日はパパの命日だかりゃ、
パパが大好きだったお寿司をお供えしよー!」

って話をしたにょ。
だかりゃママは、午後お買い物へGOだの。
その間にえっちゃんが来たらすぃ。
えっちゃんとはもう何度も書いてるけど、
ご主人を42歳で亡くしたご近所に住む
飲み屋のおかみさんです。

門に沖縄の黒糖で作ったカステラが
2袋(1袋5個入り)、
スーパーの袋に入ってぶらぶら
ぶら下がってた。
毎日ママが呼ぶので、
毎日ご飯を食べに来りゅえっちゃん。
彼女はパパの命日を覚えていたんだね。
(パパがまだ闘病中は毎日は来ねかった)
必ず来ると仏壇にまずは手を合わせる彼女。
とっても有難いし嬉しい。
元々はママよりパパが飲み屋に1、2度
飲みに行った事があって、
パパの方がえっちゃんと顔見知りだったにょら。

んで。

ぱんちゃんが会社から帰って来たりゃ、
ママの製薬会社時代の同僚Y木さんご夫妻が
来ていた。
同僚なのは奥様の方で、ママは技術(研究)
なんでしゅが、Y木さんの奥様は
ぱんちゃんがお医者ちゃんをぶっ飛ばす勢いで
うなり飛ばすほど大っ嫌いな注射課なのでし
(^^A;)アセアセ

ママとY木さんの奥様は姉妹のように
仲良しこよし。
2人の間には誰も入り込めないほどの
仲良しこよしなのでし。
去年、旅行に一緒に行ったKさんご夫妻も
ご主人が

「あの2人は本当に仲良しだねぇ。
お互いに気を遣いつつ、でも気の置けない仲だじょ」

って感心したくらいでしゅ。
お隣の奥さんも何度かママから
Y木さんを取り上げようとして、
失敗いたしますた。ぎゃはは

そのY木さんご夫妻も、
やっぱりパパの命日を覚えてくれていて、
お香代を包んで来てくれた。
彼女達はこんなにママと仲良しなんだけど
あんまりうちに来ない。
彼女もえっちゃん同様に創価学会に入っていて
お子さんがいない上に一軒家ということもあって
いつも座談会などの会合に利用されてしまっている。
学会のことでも大忙しなうえに、
時間が一般の人とズレているので
中々カチッと時間が合わない。

彼女は寝るのは夜中の2時。
起きるのは9時、朝ごはんは11時、
昼ごはんが2時で夕飯が7〜9時・・・。

ぱんちゃんたちと合わないはずでし(笑)

Y木さんは昼間、ママに電話したそうでしが
ママが買い物に飛び出てたので、
夕方来られたにょ。
そんで、どうせあとちみっとで
ぱんちゃんが帰って来りゅかりゃ、
一緒にご飯食べよ!
って事で、ずっと居たんでし(^^)

食卓は昼間からママがすっ飛んでいたので
お寿司は4人分無いでし。
ああ、ぱんちゃんは一人っ子でちて、
兄弟がおりまちぇん。
パパには子どもがおりまちゅが、
ぱんちゃんとは血が繋がっておらんのでし。
っつーか、兄ちゃんの方は別れたパパの
元嫁がいるもんで、こいつがまたエライ
くちょばばぁなんだな、(笑)

で、お寿司はお供えしゅるパパの分のみで
後は小さいカツ丼を買ってきたって感じ。
で、ママが鰊を煮るのが上手いので
お正月にはいつもそれがでまちゅ。
その鰊と、ママが煮た黒豆。
(ぱんちゃんはママが煮た黒豆じゃないと
絶対に口にしないにょ)
んでもって、ママが漬けた赤カブの漬物と
ごまめ(田作り)、んでもって
新潟は佐渡のイゴ!
土地によってはエゴとも言うらすぃ。

これはイゴ草といって海草を煮立てて
トロトロに煮て、トレイに流し込んで固めて
食べる時に千切りにしてからしと
ゆずポンで食べましゅ。
「ところてん」だと思ってくらちゃい。
 ↑ぱんちゃんは食わんでしゅが。

佐渡では冠婚葬祭に良く食べまちゅ。
でも作れる人はそういないでちゅ。
うんとー、ママは生まれは佐渡でちゅ。
おばーちゃんとおじーちゃんが
佐渡出身なんでちゅ。

んで、イゴ草を送って貰って
ママが作るでちゅ。
新潟物産展に行くとイゴは売ってましゅが
草は売ってなくて、出来上がったものが
売られていましゅ。
が。
えらい高いのでちゅ。
作るのも大変でちゅが、何よりもゴミを取るのが
大変なんでちゅ。
ぱんちゃんちはお正月にママが作りまちゅが、
ぱんちゃんはイゴを食わないので
(ところてんすら食わんのでちゅ)
いつもゴミ取り・・・。
ほんと、大変なんだよ、これ〜!

今年のごまめ(田作り)はKさんのおうちで
ママとKさんとあと2、3人で作りまちた。
ママが作る田作りはちと苦いんでちゅが、
Kさんのレシピの田作りはとってもおいしぴ〜♪
ごまめ自体も良いごまめを使っている事もあってか、
いーーーーーーーーーーーっぱい食べたもね。

で、ママが



「ありゃ、めじゅらすぃ〜。
いつもは食わんのに、今年はペロペロ食うわね、
どったの?」


・・・ペロペロ食う?












なんだ、その変な日本語は!?



2004年01月07日(水) 命日

今日はパパの命日だ。
1年前の今日、朝5時39分、
お医者ちゃん(主治医ではなくて
11月まで主治医のM先生の下について
パパの担当だった先生だった。
ずっと担当を降りてもパパが入院する度に
顔を出してくれる先生だった。)によって
パパが亡くなった事を悟らされた。
ぱんちゃん達はHPのパパの闘病日記

「医師(せんせい)の手は魔法の手」

に書いてあるとおり、
病院に寝泊りして付きっ切りで最後は
パパと一緒に居たわけではない。
病院に泊まることは1度も無かった。

朝方4時、看護婦さんから電話を貰った時のこと、
大きな道路への抜け道とはいえ住宅街だから
夜中〜朝方は車もタクシーも普段は通らない。
なのにタクシーが直ぐに捕まって、
病院に飛び込んだ時のこと、
病院ではパパが薄目を開けながら看護婦さん
3人に励まされながら燃え尽きる命を
ぱんちゃん達が到着するまでパパは懸命に頑張っていて、
ママやぱんちゃんが到着するのを待っていたパパ。

「お父さん!」

と声を掛けながら飛び込んで来たぱんちゃん達に
薄目を開けていたパパが大きく瞳を開いて、
そのままゆっくりと瞳を閉じ、
1回だけ息を吸った。
そして、息を吐くことをせずに時が止まった。
ぱんちゃんが到着してものの1分もしないうちの
出来事だった。

U先生は、5分だけ様子を見て、
ゆっくり近づいてきた。
手にはひったくって投げ捨てたいという衝動に
駆られた程のペンライトが握られていて、
その光はパパの瞳孔に向けられた。

6日の夜は大変だった。
5日の夜に外国のタレント(Ruben Gomez)
のサイトを開いたとたん、買ったばかりのPCが
おかしくなった。
IEのお気に入りに変なファイルが
勝手にインストールされてしまった。
どうしても消えない。

それが悪さをして、PCを立ち上げると
35個ものショートカットがデスクトップ上に
表示される。
すべて外国のサイトの広告だった。
消しても履歴もすべて消しても、
PCを立ち上げると勝手にショートカットを
デスクトップ上に作る。

しかも、IEを開くとトップは英語のサイトに
勝手になってしまう。
お気に入りに入れておいた自分のサイトも
勝手に消されている。
前のPCも新しいPCもIEを開くと
トップに自分のサイトが出るように設定してある。
なのに、設定しても設定してもIEを開きなおすと
外国のサイトに勝手になるように
そのファイルが動く。
FFFTPも動かない。エラーとなる。
結局どうにもこうにも直らないので、
お正月(元旦)の状態にPCを戻した。
お陰でFFFTPもポスペもメールも消えてしまい、
アウトルック・エクスプレスは設定し直した。
それでもFTPは動かない。
どんなに設定をしても設定しても
「パスワードを入力してください」と出る上に
動かない。

・・・ビルダー入れないとだめか。

と思った。
FTPなんだからビルダーをインストールしないでも
よいはずなのに。
(ぱんちゃんはビルダー内のFTPからの
アップロードじゃないんです)
結局、ビルダーを入れて
思い当たるPASSを入れたら動いた。
昨日は動かなかったのに。。。

7日は命日なので、朝5時に起きて
お線香を灯そうと思っていたのに、
気がつけば夜中の1時半を回っていて
この分じゃ起きれないと思った。

案の定、寝坊した。
(起きたら6時過ぎだった とほほ)
パパ、ごめんね。

ベッドに入って目を閉じると、
あれやこれや思い出す。
パパが胃癌になった時の事、
食道癌になってから亡くなる迄の事、
葬儀の翌日に近くに住む従姉妹と叔母
(ママの弟の嫁)に暴言を吐かれて
大激怒した時の事、

不思議なもので、これまで生きて来た中で
パパとの思い出はたくさんあって、
楽しい思い出もたくさんあった筈なのに、
思い出すのは上記に書いた事だった。
たぶん、一番、親孝行でもあり、
一番パパと心が通った時でもあり、
そして家族の絆を実感出来たからだろうと思う。
お医者ちゃんとの会話や、お医者ちゃんの顔の表情、
本当にパパに尽力頂いたと感じたあの感覚を
今でもハッキリと覚えている。
たぶん、一生忘れない。
自分が死ぬときになっても、忘れないと思う。

こんな悲しい思いをする人が
1人でも少ない年であって欲しいと思う。

今年、いよいよ自衛隊がイラクへ行く。
何人の人が命を落とすだろう。
何人の人が負傷するだろう。
何人の家族が最後を看取ってあげられるだろう。

国際貢献もよいが、
決して安全ではない土地へ送り出す家族の気持ちを
少しでもわかっているのだろうか、あの人たちは。。。

小泉っちー、石破っちー、
自衛隊に行かせる前に、まずは自分で、
その足で現地に立ち、その危険を感じて見れっつーの!

1/11(日)は、1周忌法要です。



2004年01月06日(火) 1月7日

1年前のこの日、
朝5時半、パパが逝った。

今日は、日記かけない(涙)



2004年01月04日(日) いや〜、すまん、すまん。

なんか新しいPCのキーボードが
今まで使い慣れたのとはキーの配列が
ちこっと違うせいもあってか、
はたまたXPの使い勝手があまりよくないからか
PCを動かす気に中々ならんもんで・・・。
(買ったばっかなのに駄目ぢゃん)
ま、明日からまたちょろちょろっと
やります、はい。

ところで、ポスペが上手く作動しないんだが、
なんでかしらん?

ポスペ、ウサギのナディーから
ハムスターのはむっちにしまちた。
どうぞよろしう。


っつーか、ポスペ使ってるオトコマエとか、
ペットよこせ〜!!(絶叫)



2004年01月02日(金) 迎春

みなさま、新年おめでとうだじょ。
元日をもちまして、
ぱんちゃんたちは喪が明けまちた。
とはいえ、11日にはパパの一周忌が
ありまちゅ。
のんびりしてられまちぇん。

新しいPCも12/29の夜に届いて
てんやわんやでちた。
移行はえらい簡単だったんでしゅが、
部屋の中が偉いでかいダンボールの箱で
場所を取られてちまい、
更に中からはダンボールのゴミが
たくさん・・・。
いや、精密機械を入れてるわけでつから
当たり前なんでちゅが。

でもって。

5年も使い慣れたPCに指が慣れているため、
新しいPCの使い勝手がイマイチなのでちゅ。
・・・仕方ありまちぇんが。

んで、今、新しいPCにて日記を更新中でつ。
うんとー。
古いPC、実はすんごいデザインが
気に入ってて、誰にもあげたくなかったくらい
なんでちゅ。
でも、家に3台もPCは入らないし。。。
それに、従姉妹のご主人も液晶ディスプレーは
ずっと欲しいって言ってて、でも従姉妹たちは
早くに結婚しちゃったこともあって、
家を建てた事もあって、子どもが年子で
男の子2人もいることもあって、
なかなかディスプレーだけを買うのは
勇気がいりまちゅ。
で。
本当はディスプレーだけを持って帰る予定でちた。
ご主人のPCはぱんちゃんと同じメーカー
だったので不具合も起きないと思いまちゅ。
ところが、ご主人のPCはぱんちゃんが買う
1年くらい前に買ったので、本体はスリム型
なんでつがCD−RWではないでつ。
なので、RWは外付けを買いまちた。
やっぱ猿が生まれるとね・・・。(爆)
んで、ぱんちゃんのお古のPCは
スリム型でRW内臓なわけで、
結局、従姉妹たちは本体も持ち帰りますた。
んで、データ移行が済んで、こちらに来る時
自分たちのPCをぱんちゃんとこに持って来まちゅ。
んで、それをKさんにあげるわけでつ。
まぁ、早く言えばぱんちゃんのお古のPCと
従姉妹のPCをソックリ取り替えるという
事になったのでちゅ。

そんなわけで、今年もよろしう。m(__)m


 < 過去  INDEX  未来 >


ぱんな(Panna) [MAIL] [BBS]