| 2003年08月31日(日) |
いい加減しにしろ、横浜そして、Jリーグ! |
こうも顕著に前後期制の弊害が出るとは思わなかった。サッカーのJリーグである。筆者はVゴール制度と並んで前後期制度は日本サッカー界の発展にマイナスであることを言いつづけてきた。このたび、Vゴールがなくなり、Jリーグは一歩前進した。残された弊害が、この前後期制である。 この制度の欠陥を繰り返せば、短期のため、クラブの実力が結果に反映されないことだ。それでも、これまで、磐田が高いモチベーションでこの制度の欠陥を補ってきたため弊害が顕在化しなかったのだが、横浜はまるでだめだ。露骨に後期を捨てている。先に岡田監督が実績を残したことを誉めたけれど、彼はJリーグの欠陥制度で優勝できた幸運な監督として、その名をとどめることになりそうだ。 横浜の選手を、岡田氏を、責めることは簡単である。しかし、勝つより負けたほうが収入が多くなる制度の下で、勝利を求めることは難しい。前期優勝したあとは、主力をゆっくり休養させ、けがを治し、若手に実戦経験を積ませてチームの底上げを図ったほうがいいに決まっている。後期残り数試合の段階で実戦形式の調整をし、チャンピオンリーグで勝利する。そうすれば、年間チャンピオンの報奨金が転がり込む。プロならば当然、後期の戦い方はこうなる。こんな戦い方が恒常化すれば、後期のJリーグは、16チームのうち1チームが本気モードでないことになる。 終了した前期も同じである。横浜の優勝にケチをつけるつもりはないが、後期優勝に照準を合わせたチームが数チームあれば、前期の優勝は優勝ではない。証拠はないが、鹿島が前期を調整に使っている戦い方を恒常化しているのではないかと、私は思っている。 とにかく、シーズンが短かすぎる。このままでは、調子に乗ったチームが優勝をさらう。実力のないクラブがトップに君臨することは、ファンに対する冒涜である。いい加減にしろ、Jリーグ。Jリーグのダラ幹が、日本のサッカーを悪くする。スポーツマスコミも、ファンを代弁して、Jリーグ幹部を批判せよ。先の国際親善試合では、おかしなアフリカチームを呼んで興行を打ち、ファンを欺いた。ファンは真剣勝負を求めている。Jリーグ幹部たちは、日本サッカーを強くするつもりはないのか。リーグがすべての基礎になることを忘れてはいけない。
あれれ、優勝候補に挙げたC大阪が開幕早々2連敗。短期のリーグ戦で痛い星を落とした。残念ながら2試合とも見ていないが、速報Jリーグで見た限りでは、点が決まらない。歯車が合っていないようだ。 ところで、清水も調子が上がらない。問題の三都主だが、この試合を見た限りでは、Jリーグでは群を抜いている。ジーコジャパンで左サイドバックにコンバートされた三都主だが、この試合は本来の左サイド。攻撃は非凡である。実況アナによると、プレミアからオファーがあったにもかかわらず、断って清水に残ったという。もったいない。三都主の才能を伸ばすのならば、プレミアだろう。プレミアで左サイドの結果を出して、俊輔と日本代表の座を争ってほしい。俊輔だけが日本代表で特別な選手ではない。ジーコが自分の人気取りの手段として、つまり、前監督のトルシエをただただ否定する手段として、俊輔を特別選手にしているが、俊輔のリーグ(セリエA)でのポジションはボランチである(今シーズンはわからないが)。実力でいけば、日本代表の左サイドは小野(フェイエノールト)、三都主、俊輔のうちの2人である。確かに、この3人のうちの1人を外すのはもったいないが、ボランチ経験のある小野、俊輔のボランチ起用を含みとして残したうえで、現段階、日本代表の左サイドのレギュラーの座に最もふさわしいのは、三都主である。 前監督のトルシエは、苦渋の選択をした。数試合の実験の末、守備重視の彼は小野、三都主を残して俊輔を切った。当然の選択であるが、世論は厳しかった。ジーコも自分のポリシーを持って選手を選択してほしい。三都主のコンバートは、破綻していないが、危ない。真剣勝負では使えないだろう。
| 2003年08月20日(水) |
なにしに来たの、ナイジェリア |
凡戦である。切れのないナイジェリア代表が、ホームで勝ち星のない日本代表に、初勝利をプレゼント。ナイジェリアは中盤でプレスなし、バックラインの戻りが遅い。こんなチームならば、FC東京(?)でも勝てる。 結果を求められる試合というが、勝つ気もない相手に勝ってどうする。フレンドリーマッチの悪い面が出た。この試合をみて日本代表は万全だと思う人がいたとしたら、そうとうおめでたい。 私はこの試合結果をゼロとカウントする。遠路はるばるやってきた高原をはじめとする海外組には、本当に気の毒というほかない。滑り出し好調の高原、稲本の調子が狂わないことを祈る。 審判もひどい。日本の3点目はオフサイド。さらには、ナイジェリアのGKがペナルティーエリアを飛び出してハンドのセイビングだが笛なし。普通は一発レッドのプレーである。ことほどさように、緊張感ゼロのなか、ジーコ監督と、おめでたいサポーターだけが盛りあがっている。いったいなんのお祭か。こんな親善試合を何度繰り返しても、プラスにならない。日本代表が厳しい状態にあるという私の評価は、もちろん、変わらない。
ナイジェリア代表のメンバー、来日予定が発表された。メンバーを見たがベストなのかどうか私にはわからない。少なくとも、カヌー、オコチャ、ヨボ、オコロンコの名前はないが、だからどうなのか判断できない。来日するメンバーのほぼ全員がヨーロッパのクラブに属している。その能力は日本より、はるかに高いだろう。一部報道では、「若手で構成」という評価があった。来日は18日らしい。試合の2日前だ。時差ぼけは解消されまい。 迎え撃つ日本代表。ほぼベストメンバーである。しかもホーム。この試合はナイジェリアには負けても失うものはないが(ただのフレンドリーマッチ)、日本が負ければ相当なダメージとなる。こういうマッチメークはいかがなものか。日本サッカー界が国際親善試合を正しく位置付けないと、代表選手、代表監督にプレッシャーばかりがかかる。そろそろ、フレンドリーマッチをうまく有効に使う土壌をつくらないと、代表のチームづくりに悪い影響が出る。 そもそもこの傾向のもとを正せば、日本サッカー界のワールドカップ至上主義だ。国内にサッカー文化が定着しないまま、ワールドカップに興奮し入れ込みすぎるマスコミ、一部サポーターの悪い影響が出ていると別言できるだろう。いつもワールドカップに出場できるとは限らないのが、欧州各国の実情である。昨年も、強豪国のオランダ、チェコが出場できなかった。指導者は責任を問われただろう。それでもサッカー人気が下火になることはない。オランダ国民は、ナショナルチーム以上に、自分達の地域のクラブを愛しているからだ。 逆に言えば、ワールドカップへの道の険しさも知っている。だからといって、クラブを犠牲にしてまで代表を優先することもない。ほどよいバランスが両者に保たれている。クラブも代表戦も立場を代えて楽しもう、というのがヨーロッパサッカー界なのだ。 リーグ戦は自分達の分身の骨肉の争いか。代表同士の親善試合は力を抜いて、異文化間のサッカーの違いを楽しんでみる。欧州選手権、ワールドカップは国をあげて、ナショナリズムに酔ってみる。それぞれ別の角度で楽しむことができるのが、サッカーなのだ。 わたしはジーコがこんどのナイジェリア戦を悲壮な覚悟で迎えることが気がかりだ。さんざん、ジーコを批判してきたけれど、それはジーコの監督能力に対する批判であって、目先の一勝を期待してのものではない。もちろん、この試合、勝つにこしたことはないが、この試合をジーコが彼なりに位置付けてくれていればそれでいい。ところが、ジーコに代表戦一試合一試合の意図が見えないから・・・と、毎度このコラムで同じ批判を繰り返し展開してしまうのだが。
J1後期は8月16日(土)に開幕する。当たらない予想だけれど、こりもせず繰り返そう。ずばり優勝はセレッソ大阪とみた。理由は、ブラジル代表経験のあるジョアン、アクセウの二人が日本に慣れ、守備がより安定することだ。攻撃力には定評がある。ということで、順位は以下のとおり。 �。誕膾�、�∋垳供↓L掌轍亜↓づ豕�V、�ダ郷紂↓�鹿島、�РI諭↓�磐田、��FC東京、��柏、��浦和、��G大阪、��京都、��仙台、��神戸、�安臺� 全体にいえるのは、世代交代がうまくいったチーム、外国人選手が活躍するチームの順位を上げてみた。 その両方の意味で、C大阪が一番いい。また、Jでは抜きん出た能力のエムボマを擁する東京Vが台風の目。エムボマに異変がなければ、東京Vの順位はもっと上がるだろう。磐田は円熟期の藤田が抜け戦力ダウン。世代交代がうまくいかず、レギュラーが下り坂というところが苦しい。鹿島も柳沢の抜けた穴が埋まらない。ネルシーニョに監督が代わった名古屋は、上位をキープするものの、優勝はない。市原はチェ・ヨンスに頼りがちなチーム。前期と同様、チェが調子を落とした時点、もしくは何らかの事情で出場できなくなった時点で、優勝を惜しくも逃す。
ナイジェリア戦(8月20日開催)の代表選手が発表された。そのなかには、海外組の稲本(プレミア)、ヒデ、中村、柳沢(セリエA)、高原(ブンデスリーガ)の名前がある。プレミアの開幕は15〜16日、セリエ31日、ブンデスリーガはすでに開幕している。親善試合に彼らを呼ぶか。セリエAは開幕前とはいえ、直前の大事な時期だ。欧州のクラブ側は契約上、ジーコの要求を断れない立場にあるようだが、納得がいかないだろう。日本人選手への影響も心配だ。クラブとしては、日本人選手を獲得しても、シーズンで最も重要な時期の1つである開幕前後に日本に呼び戻され、疲れきって帰ってくるというのでは、戦力として計算ができないだろう。このチグハグさは、Jリーグの日程が変則なためだ。 さて、ナイジェリア戦がどれほどのウエイトを占めるのか。代表のコンビネーションを醸成する数少ない実戦の1つだ、という見方もあるが、私はそう思わない。はっきりいって、この親善試合は練習試合に準ずる程度のもの。ナイジェリアはサッカー強国の1つだが、優秀な選手は欧州に出ている。そのうちの何人が日本に来るか。彼らのコンディションは・・・。そこが未確認なので確言はできないが、おそらく、試合の前日くらいに来日して、時差ぼけのまま試合に臨むだろう。彼らの実力の何分の1も発揮されまい。 日本代表メンバーはどうか。優勝チームの横浜からDFの松田、中沢が選ばれた。とくに中沢は優勝を決めた試合で大活躍したのだから印象度も高いだろう。市川も選ばれているが、問題の右サイドバックか。この時期、海外組など呼ばずに、大久保、久保のFWでもいいのではないか。 ここまでジーコが海外組にこだわっている理由は、前述したことがあるとおり、トルシエの影への怯えである。ジーコは代表監督として、ホームで一勝もあげていない。さらに、ジーコはトルシエが代表選手を固定せず、テストを繰り返してきたことを批判してきた。つまり、トルシエ流に反発した自分のやり方で、どうしても、勝利を飾りたいというわけだ。完全な焦りである。監督が焦って目先の一勝にこだわったところで、代表チーム、海外移籍選手、海外クラブ並びにリーグとの関係などに、なんのメリットもないどころか、おおいにマイナスを及ぼすのである。代表試合を一試合であるともおろそかにできない、というのは建前でいい。この時期には、いろいろなテストを繰り返し、あるべき代表チームのイメージを固めるべきなのだ。なぜ、ジーコが焦るのかといえば、ジーコ自身に代表チームのあるべき姿が描けていないからだ。自分の理想が描けないから、この時期に勝利をほしがる。勝てば、先の見えないファンやマスコミはジーコ批判をやめるだろう、と考える。それがジーコ流である。 先日行われたU22代表がエジプトに負けた。試合を見ていないが、敗戦から明確な事実は、アウエーで勝利することは相当難しいということだ。このことは、代表にも通じている。 親善試合をどう生かすかといえば、新しい戦力のテスト、自らが描く理想のサッカーの完成度のチェエクである。それでいて、ホームなのだから勝利することはあたりまえのことなのだ。
| 2003年08月09日(土) |
フォークボール禁止令 |
昨夜、なんとなく、読売vs横浜の消化試合を見ていた。読売の投手は林。才能のある若手左腕である。腕、肘の角度がいいと思う。特に左打者には見えにくいようだが、逆に右打者には見えやすい角度のようで、簡単にホームランを打たれていたところが課題か。 林の武器はまずストレート。次に、同じ腕の振りと角度から繰り出されるスライダー。私のお気に入りだ。このボールが低めにくると、右打者はボールゾーンでも振ってしまう。ちょうど、中日の野口の好調時のスライダーがそうだった。林は、右打者対策にスライダーを多投して欲しいのだが、キャッチャー阿部があいかわらず、勝負球にフォークを要求する。弱気である。今シーズン、私の予想通り読売投手陣は崩壊したが、その理由の一つが阿部のリードの悪さだ。ピンチでの勝負では、ことごとくフォークを要求して、投手陣のリズムを壊していた。シーズン前半、抑えの河原が打たれた球種は、角度のないフォークだった。ストライクゾーンにくると合わされ、ボールゾーンだと見極められていた。この試合、救援の久保へのサインも納得がいかない。解説のT氏もさかんに阿部のリードの問題を指摘していたが、同感である。久保投手の場合、右打者へのカットボールのコントロールがよく、まず、打たれまいと思ってみていたのだが、勝負球がフォーク。きのうの久保ならば、ストレート、カットボール、スライダーのコンビネーションで、まず右打者は手が出ない。それなのに、フォークを要求する。新人久保には阿部のリードに首が振れない。納得しないまま投げるから、コントロールが定まらず、ストライクゾーンに入ってしまう。結果それをベッツに打たれた。続くラミレスも同じパターンだったが、ラミレスが打ち損じ助かった。あのボールはヒット(長打)になってもおかしくなかった。 なぜ、阿部は投手を信頼しないのか。バットがボールに当たることを心配して、ボールを落とすことばかり考えている。投手のボールが生きている時は、ボールの威力を信じて、バットをへし折るくらいの勢いを要求すべきだ。要するに、阿部はガッツ、戦う姿勢・根性がないのだ。弱気=フォークボール偏重は、若手投手成長の妨げである。 読売の中堅投手陣が伸びない要因は、フォークに頼りすぎるからだ。若手はまず、戦う姿勢を身に付けることだ。ボールの威力を増さなければ、打者との戦いに勝てない。バットを折らなくとも、芯に当たらなければいいのだから、カットボールなどで凡打で打ち取ることを覚えさせよ。打者との駆け引き=タイミングを外すためには、チェンジアップやカーブも必要だ。打者はスライダーが最も打ちにくいのだから、これも有効に使うべきだ。 消化試合、阿部も覚悟を決めて、「一試合フォークなし」でやってみたらどうか。
| 2003年08月05日(火) |
大外れ―横浜優勝(その2) |
わたしが予想したJリーグ前期の順位は以下のとおりだった( )内は実績。 �\郷紂�11)、�⊆�島(8)、�5�都(16)、�と愿帖複押法↓ヌ掌轍亜複掘法↓ΣI諭複院法↓В蚤膾紂�12)、��東京V(10)、��浦和(6)、��市原(3)、��神戸(11)、��FC東京(4)、��仙台(15)、��C大阪(5)、��柏(9)、�安臺�(14) というわけで、まったく当たっていない。優勝候補とみた清水がなんと11位、3位とした京都が最下位。一方、10位とした市原が3位、6位にした横浜が優勝へと躍進している。市原に関しては、オシム監督がこれほど短期間に結果を出すとは思わなかった。 弁解するわけではないが、Jリーグの前後期制度においては、クラブの実力と成績は比例しない。理由は変則日程にある。試合が断続的に行われるため、試合期間と調子の波がうまく合ったクラブがいい成績を残す。ある時期調子がいいクラブが優勝する可能性が高いといえる。 とはいえ、清水の11位、京都の最下位は意外である。清水はリーグのスタート時、守備が崩壊したことが原因だった。また、京都は黒部の故障、中心選手の一人だった韓国選手の退団などが主因だろう。 Jリーグの実力クラブといえば、鹿島、磐田、横浜、清水だが、清水がこのまま後退するか、巻き返すかが後期の最大の関心事。また、守備を固めたC大阪にも注目したい。内紛がささやかれる鹿島が監督交代に踏み切るかどうか。 後期の順位予想は、また改めて近日中に発表したい。
| 2003年08月03日(日) |
補強の成功―横浜優勝(その1) |
サッカーJリーグ前期は、横浜が優勝。まずはおめでとうございます。 さて、横浜優勝の第一の要因は、補強が成功したことだ。横浜の中心選手というと、久保(広島)、マルキーニョス(東京V)、佐藤(FC東京)、奥(磐田)、中沢(東京V)。で戻りのユ(韓国)の存在も大きかった。彼らが、前のチームにいたとき以上の活躍をした。中村俊輔を送りだした後にリーグ優勝を成し遂げたことの意義は大きい(中村がいたら優勝できなかった、というわけではないが)。日本代表監督、札幌の監督と、これまで、それほどの実績を残せなかった岡田氏だが、やっと一つ実績を残した。監督として評価が低かった岡田氏の面目躍如といったところか。 横浜の優勝にけちをつけるわけではないが、Jリーグの変則日程・2シーズン制が「優勝」の価値を低めている。リーグ戦がまったく盛り上がらないではないか。前期は、コンフェデ杯・国際親善試合のための中断があり、欧州が開幕するいまごろ、ごちゃごちゃと優勝が決まり、再び、後期開幕までの中断に入る。リーグがこれほどまでに分断され無視される国は、欧州には見当たらない。 Jリーグは、まず1シーズン制に戻し、リーグ運営の筋を通すべきだ。それ以外に発生する国際大会には、それなりの対応をすればよい。それなりとは、クラブはリーグへの影響を最低限にとどめて代表に選手を送り込むという意味だ。クラブはリーグを優先し、リーグ優勝を最大の目標にしてリーグ戦に最善を尽くしてほしい。国際親善マッチのためにクラブ(リーグ)が妥協をするというのは、サッカー本来の姿ではない。何度も同じことを書くが、国際親善試合は、エキビジションマッチである。ボクシングなら、8〜10オンスのグローブを着けて行うもので、6オンスの真剣勝負ではない。 もちろん、それでも、意味がないわけではない。出場する側には、金銭的なメリット、調整のメリット、新しい選手を試すメリット・・・などがある。わたしには、そのような試合に高いお金を払い見にいく趣味はないけれど、それが好きな人にいくな、とは言えない。
| 2003年08月02日(土) |
不可解、名古屋グランパスエイト |
サッカーJ1名古屋のベルデニック監督が解任された。知将と呼ばれた同監督、本人は解任に納得していないらしいが、そのとおりだろう。第1ステージの成績としては、優勝は逃したものの、悪くはない。そもそも同監督の名古屋就任は、同監督が市原で実績をあげたのをみた名古屋経営陣が、強引に引き抜いたものだった。名古屋グランパスの成績は上昇軌道だったのだから、就任の経緯からして、第2ステージまでやらせてもよかったのではないか。名古屋のクラブ経営者は、「他人の芝生」の喩えのごとく、次から次へとブランド(監督)を乗り換えるのか。そういえば、ベンゲルがこのチームの監督だったことがあった。 次期監督は、ネルシーニョらしい。彼はいまのヴェルディ東京の前身、ヴェルディ川崎の指揮をとり、リーグ優勝の実績がある。優勝後、日本代表監督の有力候補に挙げられたが、就任することはなかった。日本を離れてから今日に至るまで、ブラジルのクラブチームの監督をいくつも歴任しているところをみると、その手腕はブラジルでも評価が高いのだろう。 この人選は、悪くはない。少なくとも、監督経験のないジーコをいきなり、日本代表監督にもってくる、日本サッカー協会よりはましである。それにしてもさすが名古屋、ベルデニックからネルシーニョとくれば、次は、ブラジルの代表監督経験者しかいないだろう。日本にいたことがある磐田を率いたフェリッペか、清水、東京Vの監督経験をもち、サントスで実績をあげたレオンか。それともブラジル代表監督を更迭されたが、ブラジルでは知将の誉れ高い、ルシェンブルゴという手もあるが、知将はベルデニックでたくさんだ、というのなら、ルシェンブルゴの芽はないか(笑)。
この時期、ハイスクールベースボールの異常な報道ぶりにうんざりする。自分の高校時代を振り返って考えてみよう。あのころのクラブ活動が己の人生の中でどれほどの位置を占めるのであろうか。県大会優勝、日本一、たしかに小さくない体験には違いないが、青年期のささいな出来事である。野球に限らず、いろいろな大会が開かれ、それぞれの得意分野で高校生が腕を競い、勝った者も負けた者もその結果をひっそりとした思い出にして胸にしまいこみ、大人になっていく。無論、そこから人生のかじを切り、プロスポーツ選手への道を進み、世界的に有名な選手になる者もいるだろう。それはあり得ることだが、稀な事例である。 ある大新聞の一面にカラーの大きな写真が載っていたのでみると、どこかの高校が地方予選を勝ち抜いた記事だった。そのスペースは、米国がイラクに攻め込んだときの報道写真の半分を占めており、同時期発生したソマリア紛争よりも大きい。 私は大新聞のいう「公平性」にいささかの幻想も抱いていないが、自社の開催するスポーツイベントを「公器」と称しながら宣伝する「社会の木鐸」とやらに、辟易する。 ハイスクールベースボールになぜ、人は熱中するのだろうか。私は社会学的アプローチからその回答を得ることはできないと思っている。答えは簡単。マスコミが報道するからである。この国の人々は悲しい体験をもっている。先の大戦で人々は勝利の報道に酔い、戦局が後退しても大本営が発表する勝利に酔いつづけたのだ。人々は報道を信じ、己の判断をマスコミに委ねたのである。人々にその責を問うことはできない。マスコミが嘘を言うはずがないと信じていたのだから。 報道する側には、だから、記事掲載の責任がある。人が知りたいものを報道する、というのはマスコミ側の虚言である。本来、ハイスクールベースボールの地方予選の勝敗を知りたい人がいるとしたら、その地方のよっぽどの野球好きだけである。冷静に考えてみればいい、高校生の野球の結果など、報道しなければ存在しないに等しい事実である。人々の多くは、高校生の卓球の試合の結果に関心がないだろう。なぜ野球だけに関心を集中しなければいけないのか。マスコミ側は人々が野球が好きだからだと説明するだろう。いや、そうではない。野球だけを報道するから、人々の関心はそこに向かうのである。 こうして人々はマスコミがつくりだす、世論操作にのせられていく。いつのまにかハイスクールベースボールが人々の夏の最大の関心事になり、その価値が必要以上に肥大化する。 ハイスクールベースボールをやめる必要はない。選手達は大いに練習して、腕を磨けばよい。応援する人は応援すればいい。ただ、その結果を世界的大事件以上のスペースを割いて新聞に載せるというマスコミの行動は異常である。こうしたマスコミの異常報道は、高校生の価値観のみならず、社会全体の価値観を歪めている。
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