試合後、ボスニアヘルツェゴビナ代表監督が認めたように、チームのコンディションは外部の者の想像を超えた悪さだったようだ。勝って当たり前の相手。
親善試合――日・ボ両国の親善を深めるという、国際社会の一員としての役割を果たした試合だった。何度も繰り消すように、こういう親善試合を大々的に宣伝するTV局、サッカー協会の詐欺商法にあきれる。不当表示なのだ。詐欺商法を撲滅するには、サポーターがチケットを買わないことだ。試合3日前に到着し、しかも、自国でまともな調整をしてこない「代表」を代表と認めず、スタジアムを空席にして、抗議してほしい。サッカー協会とテレビ局の仕組んだ「親善試合」は、亀田ファミリーがマッチメークして呼んできた、ランキングを偽った外国人ボクサーと変わらない。偽装なのだ。
さて、日本のスポーツマスコミも相手の状態の悪さを否定しようもなく、岡田ジャパンの課題について、厳しい評価をくだしたところもあったが、「圧勝」を賛美する報道も散見した。ぬるま湯報道、提灯報道を中止することが、日本サッカー強化の一つの方策だ。
チリ代表は韓国に勝ったらしい。試合を見ていないのでなんともいえないが、若手といえども、南米でもまれた選手たち、アウエーで韓国に勝ったということは、地力がある証拠だ。W杯ベスト4の実績をもつ韓国だが、アジアのレベルは世界からみれば・・・というところ。チリ相手に韓国が負け日本が引分けたのだから、日本のほうが韓国より強い、と単純に割り切ることはもちろん、できない。
はるばる遠征して、真剣なファイトをした「チリ代表」に学ぶべき点は、スター選手がいなくても、きっちり体調を整え、終始強いプレスをかけられる規律あるサッカーをすれば、どんな相手にでも、必ず勝機があるということだ。日本選手は謙虚に、そして、きっちり練習して、90分間走れる体力をつけてほしい。
タイ戦にむけた代表選手が発表になったが、レフティーが一人もいないことは問題だと思う。フリーキックの選択肢が一つ少なくなるし、左SBからの素早いセンタリング、クロスボールが上がらない。日本を代表するレフティーはタイ戦に呼ばれなかった中村俊輔だが、彼はサイドの選手ではない。SBタイプのレフティー不在は、オシム時代からのもの。岡田はどう考えているのだろうか。
| 2008年01月30日(水) |
ボスニア・ヘルツェゴビナに失望 |
日本代表がボスニア・ヘルツェゴビナ代表(FIFAランキング51位)に3−0で勝利した。親善試合とはいえ、岡田ジャパンは欧州の中堅国代表チームに圧勝で初勝利をあげたと喜びたいところだが、筆者はこの圧勝に納得していない。�.椒好縫◆Ε悒襯張Д乾咼並緝修離灰鵐妊�ション、�▲椒好縫◆Ε悒襯張Д乾咼並緝修料�手構成、�J麁擦気譴拭峅�田流」と試合内容の齟齬、�げ�田の先発選手起用・・・について、疑問を抱いているからだ。
� �筆者は、日本代表が出場する親善試合の多くが「誇大宣伝」だと指摘してきた。相手は○○代表だといってチケットを売るけれど、その○○代表チームは、試合の2〜3日前に来日して時差ボケ、代表といっても欧州各国リーグが佳境の時期では有力選手が集まらず、試合前の練習はもちろん、本番でも真剣なパフォーマンスは行わず、世界のAKIBAでお買い物・・・というのが一般的だ。
�◆Д好檗璽張泪好灰澆�ボスニア・ヘルツェゴビナ代表の各選手がどのくらいの格の選手なのか報道しないので、代表の質の判断ができない。このたびのボスニア・ヘルツェゴビナ代表がAKIBAでショッピングをしたかどうかは未確認だけれど、彼らがこの試合で真剣なファイトをしたとは思えない。このことは、前の試合のチリのファイトぶりとの違いでわかる。ボスニア・ヘルツェゴビナはプレスをかけないで、日本にフリーにボールをもたせる。守備の応対はゴール前だけ。後半、簡単に裏を取られる・・・攻めの形、チームの規律が見えない。
��:結果は日本の大勝で、来週のタイ戦(W杯アジア地区3次予選)に向けた景気づけにはなったけれど、「岡田流」は試合中、まったく見られなかった。むしろ、その逆で得点した。
1点目のセットプレーのこぼれ(得点者・中澤)は除外しても、MF山瀬の上げた3点目が象徴するように、長い縦パスが得点を生んだ。サイド攻撃も有効だった。「岡田流」の接近(集合)・展開(離散)の攻撃パターンは皆無だった。「岡田流」を引っ込めて、サイド攻撃、チェンジサイド、2点目の前を追い越すランニング、3点目のロングボール、・・といった、ダイナミズムを攻撃のキーワードにしたほうがいい。
それだけではない。体力差を考えて、相手との接触を避けよといわれるが、中米の雄・メキシコの選手は、欧州の大型選手との接触プレーを厭わない。接触を避けるような弱気な攻撃方針は情けないのであって、鍛えれば、小型の日本人選手だって、大型の外国人選手と互角に渡り合えるはずだ。
ことほどさように、「岡田流」は現場で選手に反解釈されているのが現実だ。監督が掲げるコンセプトと、試合内容、選手の動きは逆方向。いまの代表は、オシム前監督の残した「オシム流」で戦っている。岡田の指導力のなさがむしろ、この試合では幸いしたとは皮肉だ。
�ぁВ夏静世鬚△欧燭里蓮�巻の負傷退場で出てきた山瀬だ。先発のこの位置は、大久保だった。巻の退場で、大久保はFWに上がり、山瀬が大久保の位置に入った。その山瀬が2得点を上げたのだ。この交代は、巻の負傷という偶然により生じた。監督の判断は、山瀬よりも大久保の方が調子がいい、とみたから、大久保を先発に起用したのだと思う。巻が元気でそのままピッチにいれば、山瀬の出番はあったのかどうか。
トップ下の起用については、岡田の判断は正しくなかった。岡田はトップ下にどのような動きを求めているのか、あるいは、岡田はトップ下の役割をチーム内にどのように説明しているのか・・・このあたりも見えてこない。
| 2008年01月29日(火) |
サッカーでは集合離散は無理 |
日本のサッカー・マスコミは、岡田ジャパンの対チリ戦に対して、厳しい評価を加えなかった。初戦の1試合だけで評価はできないという客観的な立場は間違っていないとは思うが、代表を強くしたいのならば、あえて鬼になって、新任監督を叱咤激励するくらいの姿勢がほしい。
繰り返すが、相手はチリ代表といっても、若手(24歳以下)中心。日本の五輪代表に近い。親善試合だが、チリからすれば力試し。ただ、これまでの親善試合と異なる点は、“ヤング・チリ”が20日に来日し十分なコンディション調整をして試合に臨んだことだ。さすがアルゼンチン代表監督を務めたビエルサ、就任した以上真剣に代表チームの近未来について考えている。その一方、試合後の日本代表監督は、誠にのんびりとした緊張感のない凡庸なコメントを発したので、こちらの緊張感までが失せてしまった。
何度も書くことだけれど、代表監督は一戦一戦を無駄にしてはならない。このたびの親善試合2試合(チリ・ボスニア)はW杯アジア地区第3次予選の調整という目的が第一、そして、長期間の予選を戦い抜く上で、戦力の補強が第二の目的だ。もちろん、第一、第二は関連しあっていて、新戦力の抜擢はレギュラークラスに刺激と緊迫感を与える。その意味で、右SB内田の起用は評価できる。レギュラー組に緊張感を与える一方で、控え組や代表に呼ばれなかったJリーガーに希望を与えた。
試合内容は省略するが、岡田の「集合・離散」の攻撃概念や、狭いところでのパス交換という「岡田流」はうかがえなかった。その理由は選手がその技術を習得していないからではなく、そもそも「集合・離散」の概念を実践すると、選手がボールに集まりすぎるというリスクをもっているため、選手が危険を察知して、「岡田流」を回避したからではないか。プレスの強いチリ相手では「岡田流」は得策ではないのだ。
狭いスペースのパス回しも疑問の多い戦術だ。甲府を率いた大木をコーチに招聘したことに筆者は素朴な疑問を抱いている。弱小クラブ・甲府をJ1に押し上げた原動力は大木の手腕よりも、FWバレーの存在が大きかった。その証拠に、J1昇格後、バレーがG大阪に移籍してしまった途端、降格してしまった。昨シーズン、すでに「大木神話」崩壊していたのだ。ワールドクラスの試合において、狭いところでのパス回しで勝負できる代表チームといえば、ブラジル代表くらい。もちろんそれもゴール前での話であって、中盤〜自陣でボールを奪われれば、カウンター攻撃の餌食となる。
まずもって、守備の基本はブロックであって、DFと中盤の縦関係は開きすぎず近づきすぎずだ。スペースを埋めるという横関係の定位置における選手間のそれぞれの距離は平均して等距離を保たなければならない。
その一方、攻撃――とりわけカウンター攻撃では、選手の距離は意識して近づく必要はなく、ゴールまでを結ぶラインが距離を問わず描けていることが重要だ。岡田がいう「集合」は、相手からボールを奪うためにプレスを強めることをいうのだと思う。だが、ラグビーの場合、ボールに応対する前線はボールに向かうが、バックスは、ボールを奪った瞬間、パスを展開する必要な距離を保っている。サッカーの場合、ボール奪った地点から見方にパスを送る距離が必要で、狭い距離で速いパスを出せば受けてのミスを誘う。サッカーではモールはまさかあり得ないから、ボールを展開するためのスペースを広げる動きが重要だ。その動きを「離散」と岡田はいうのだろうが、人間が走るスピードはボールより遅いから、「離散」という概念では対応できない。岡田の「集合・離散」理論は、選手がスクランブル状態でボールを奪ったり、ゴールに向かったりという、無秩序のイメージを与える。
その場合の選手とボールの動きは、無秩序の団子状態が思い浮かばれ、サッカーに必要な、幾何学的なボールと人間の位置関係がイメージできない。美しいエレガントなサッカーというのは、ボールの動きとピッチ上の選手の動きが流動性の中で、一瞬、幾何学的に結ばれたパスによって生じる。そのような瞬間が1試合の中で何度かある。その回数を増やせれば、ボールはゴールに向かった美しい軌道を描く。
日本代表には――というよりも、どこの国の代表にも――十分な時間はない。代表チームとクラブが有力選手を取り合うのも、日本代表だけの悩みではない。代表チームにはいろいろな制約があり、その中でやりくりをしながら、予選を戦わなければならない。岡田の「集合・離散」理論は、こじつけに近いし、大木のコーチ招聘も筋が悪い。そのことは、選手が一番理解しているはずだ。
| 2008年01月26日(土) |
岡田監督は更迭すべし |
ご覧のとおりの凡戦だった。相手はチリ代表といっても、24歳以下の国内組だという。これまでの親善試合では、少なくとも2〜3人は知名度の高い主力選手が混じっていたものだ。今回来日したチリ代表は、代表チームづくりの最中ということで、有名選手は一人もいない。チリ代表Bといったところか。日本ホームである以上、こんな相手には勝たなければいけない。
日本代表の最大の課題は、選手が目指すべきサッカースタイルを共通イメージとして、持っていないことだ。この試合は相手が軽かったので、日本代表選手の個人の力で応対できたが、アジア予選は甘くない。スコアレスドローは幸運だった。チリ代表Bに負ければ、岡田監督はデビュー戦で大恥をかくところだった。
テレビインタビューに答える岡田監督のコメントも最低だった。ダメな試合なのだから、コメントも出ないのだろけど、希望のない人だなと思った。こういう代表監督では、日本サッカーは衰退する。もっとサッカーを面白くしてほしいものだ。哲学なし、戦略なし、指導力なし――日本代表はいよいよ、混迷・後退局面に入ってしまった。
マスコミの間にも、岡田日本代表監督の手腕に対する疑問が出始めた。筆者は岡田の代表監督就任に反対する立場なので、“ふむふむ”といった感じだ。
あるスポーツ専門誌が「代表監督論」を特集していたので、昼休みに立ち読みをした。斜め読みというか、ざっと眺めたに過ぎないので誤読があるかもしれないが、どうしても納得いかない部分があるので、指摘しておきたい。
同誌のなかに、元日本代表監督のトルシエが監督論を寄稿している。その中に、「岡田氏の最も重要な仕事は、日本代表を南アフリカへ連れて行くことだ」とあった。代表監督の最も重要な仕事がW杯予選突破だということは自明のことであって、この部分が間違いというつもりはない。筆者の主観では、日本の実力はアジアで10位以内なので、トルシエの指摘はまったくのところ当然なのだが、筆者が不満なのは、日本代表監督の役割がそこにとどまってしまうことだ。
日韓大会で日本代表を率いたトルシエは、予選免除の開催国代表監督だった。彼は日本代表監督経験者ではあるけれど、日本代表を率いて予選突破を果たしてW杯に出場した実績がない。日本サッカー界において、W杯アジア予選を突破した実績を持つ監督は、実は岡田とジーコの2人しかいない。
トルシエはこの事実を十二分に認識していて、彼の野心は、再び日本代表を率い、W杯アジア予選を突破することだと推察する。トルシエが日本サッカー界と、つかず離れずの関係を維持している理由は、トルシエに好意的な国が日本以外ないことはもちろんだが、彼が日本で遣り残した唯一の仕事、すなわち、W杯アジア予選突破の実績を残すチャンスを窺っているのだと思う。
筆者に限らず、だれも他人様の野心を否定しようもないのだが、トルシエの監督論は、代表監督経験者のものとしては物足りない。彼は日本人の特性をコレクティビズム(集合主義)だと看過し、監督が選手に対して強い指示を出し、組織的規律を強めることが代表強化の得策だと確信し、それを実行し、実績を残した。彼は開催国優位というアドバンテージも手伝って、W杯ベスト16の結果を出した。
彼の日本人理解は間違いではない。だがいま現在、トルシエの日本人に対する確信とそれに基づく実績が彼の監督能力の足かせになっている。彼の論法はもはや通じない。筆者はトルシエの功績を認めるけれど、今後の代表監督として彼は相応しくないと思っている。彼は自らの過去の成功理論に拘泥し、日本代表強化の方策を自らの過去の実績からしか導き出せない。トルシエの頭の中は、日韓大会で停止し、以降進歩していない。
トルシエの後任であるジーコは、トルシエを否定することを代表監督としての自らの任務として定め、トルシエの遺産を再教育することで日本代表を強化しようと図った。だがジーコの目論見は外れ、ドイツ大会では予選リーグ勝点1(無勝利)で敗退した。トルシエは彼自身が信じる日本人の特性に基づいたチームづくりに励み結果を出した。後任のジーコはトルシエの確信の限界を直感し、そこから180度の転換を意図して失敗した。
ジーコの後任のオシムは二人の失敗に気づき、「第三の道」を模索した。オシムは日本人の特性である規律重視、組織重視、サッカーにおける高いテクニックを土台としながら、さらに、それ以上の創造性を代表選手に要求した。その志は道半ばで頓挫し、いまとなっては、その進捗状況を検証することができない。
では、岡田はどうなのだ。岡田が自覚すべきは、日本サッカーの実力が世界32位以上ではないということだ。日本サッカーの実力は、98年(フランス大会)の他国開催で32位以下、02年開催国アドバンテージで16位、そして06年ドイツ大会の他国開催で32位以下となっている。たった3大会で実力を云々できないけれど、昨年のアジア杯4位の結果を加味すれば、日本サッカーの実力が世界で40位〜50位程度であることは疑いようがない。
そのような実力の国の代表監督のあるべき姿とは――このことは当コラムで何度も指摘したけれど――「代表監督はサッカーを語れ」ということにつきる。コンセプト、日本人論、組織論、技術論・・・いろいろなアプローチがあるけれど、なんでもいいから、代表監督は代表およびサッカーを語らなければならない。たとえば、代表チームのコンセプトを語ることだ。はじめに代表監督の言葉ありき――そうすれば、気に入らない者から反論が引き出され、賛同者から賛成の意見が出るだろう。重要なことは、代表監督の言葉を中心として、日本中にサッカー論の渦ができることだ。
「岡田はリアリストだ」「状況対応型だ」という評価がある。それは監督として当たり前なのであって、それだけならば代表監督の資質を欠く。日本というサッカー後進国、発展途上国は、代表監督の言葉が日本サッカーを牽引する。換言すれば、代表監督の役割とは、「ことあげ」なのだ。
かつて、発展途上の日本経済にあって、企業が“成長のビジネスモデル”を必要としたように、発展途上の日本サッカーにもビジネスモデルが必要なのだ。かつての日本経済に「経営の神様」が君臨したように、日本サッカーにも「代表監督」が君臨しなければならない。トルシエという「赤鬼」の後任は、文字通り「神様」(ジーコ)であり、「神様」の後任には、「カリスマ」(オシム)だった。それぞれがそれぞれのビジネスモデルを「ことあげ」し、代表の下に位置するJ1クラブが、代表監督の「ことあげ」に倣った。たとえば、オシム語録という「ことあげ」は、サッカーのみならず、日本人の指針として読まれた。ジーコの「個」の重視は、新自由主義の経済政策に併走した。
このような現象は、すべて日本サッカーの後進性ゆえであって、世界共通の現象ではない。だが、サッカーを強くする方策は、一方でクラブや代表の強化であり、そのまた一方で、社会がサッカーに対して強い関心を持ち続けることであることは共通している。スポーツの底辺の拡大と言ってもいい。あるいは、スポーツ文化の醸成と言い換えてもいい。
そのどちらか一方が動かなくなれば、長い目で見て、日本サッカーは必ず行き詰まる。たとえば、かつてのスターリン体制の社会主義国家群のスポーツはステートアマを頂点として、限られたスポーツエリートが国家管理の下、純粋培養された。このような強化策は、スポーツ文化として国民に定着することはなく、国家プロパガンダの役割を果たすに留まった。結果、国家体制の転換と同時に、スポーツ文化の停滞を招いた。スポーツは国家に従属すべきではない。
岡田が「ことあげ」をせず、Jリーグ各クラブ、海外クラブから選手を強権的に召集し、「日本代表」に閉じこもって強化を図ろうとするならば、それは形を変えたステートアマ方式の強化策と等しい。現在のところ、この方法が可能な国は、世界広しといえども、北朝鮮以外思い当たらない。
岡田は、「日本代表」という「枠」に内向きに閉じこもってはいけない。いまの日本代表でアジア予選を勝ち抜くことは最重要だけれど、そこに閉じこもってはいけない。ましてや、根拠のない大言壮語もいけない。客観的、科学的な根拠と鋭敏な感性に基づき、日本サッカーをリードしなければいけない――のだけれども、岡田にこの役割を求めることは・・・
| 2008年01月20日(日) |
オシムチルドレンの移籍は失敗に |
昨年の6月、当コラムにおいて2度にわたってJ1千葉の崩壊について書いた。そのときは、アマル・オシム監督を解任しなければ、千葉の浮上はないという趣旨だった。クラブ側は、その後、千葉が地力で降格圏を脱出したこともあって、アマルを続投させ、13位でシーズンを終了した。ところが、アマルの父・イビチャ・オシムが日本代表監督を病気で解任された後、アマルのクビを切った。
08年を迎えた途端、Jリーグに異変が続いた。水野、長谷部、本田の若手3人の欧州移籍が決まり、高原がドイツから浦和に移籍した。千葉では、MF水野のセルティック移籍の決定後、ヨゼップ・クゼ(55)の新監督就任の報道があり、新監督就任のタイミングにあわせて、MF山岸(川崎へ)、DF水本(G大阪へ)、MF羽生(F東京へ)、MFで主将の佐藤(京都へ)の移籍が発表された。昨年の阿部に続き、いわゆる「オシムチルドレン」が一斉に千葉からいなくなった。イビチャ・オシムが育て上げたジェフユナイテッド(市原〜千葉)というクラブが崩壊・消滅した。このクラブは、J1というよりも、日本サッカーの在り方を変えたといっても過言ではない。
イビチャ・オシムに見出され育てられた千葉の主力選手が一斉に古巣を飛び出した理由は、報道によると、クラブ側の方針のなさ、投資の見送り、また、アマル・オシム監督解任の際、淀川隆博社長が“脱オシムサッカー”を宣言したことだ、といわれている。
筆者の直感にすぎないけれど、ヨゼップ・クゼがイビチャ・オシムの代役を務められるとは思えない。クゼが経験と実績の豊富な指導者であることを認めても、イビチャ・オシムのような指導力はない。
さて、千葉を離れた「オシムチルドレン」の行く末だが、これも筆者の直感にすぎないけれど、DF水本以外は、移籍先での活躍は期待できない。そもそも、MFの山岸、羽生、佐藤は個人の力で局面を打開できるタイプではない。彼らは、千葉というチーム(組織)で有機的に機能した。だから、戦力として期待できる条件は、3人が同一のクラブへ移籍することだった。バラバラになった「オシムチルドレン」の力量は、移籍先を引っ張る力にはなりえない。
しかも、3人が移籍したクラブの戦略・戦術は、千葉とはあまりにもかけ離れすぎている。たとえば川崎の場合、大型のDF陣が守備を固め、前線のジュニーニョの個人技で得点するパターンだ。後方からの押し上げにより、数的優位をつくるサッカーではない。筆者には、山岸が川崎で活躍するイメージがわいてこない。佐藤が移籍する京都は、入れ替え戦を見た限り、守備の意識が高いチームという印象がある。千葉のように、リスクを負って点を取りに行く場面は想像できない。佐藤の前線を追い越す動き、上がってきて、ミドルを打つような場面が試合中にあり得るだろうか。
羽生が移籍したF東京は、原前監督ならば、千葉と共通点があった。だが、原監督が辞任してしまったので、新監督がどういうサッカーをするのかわからない。わからないけれど、羽生が千葉にいたときのような奔放な動きができるかどうか疑わしい。
というわけで、「草刈場」といわれたジェフユナイテッド千葉の主力選手の移籍は、残念ながら、失敗に終わるというのが筆者の予想だ。もちろん、この予想が外れることが望ましい。
もっと心配なのは、崩壊した千葉をどう立て直すかのほうだ。新生千葉の形をつくるのに2カ月間しかない。08年シーズンのクゼ新体制の目標は、J1残留といったところか。さびしい限りというか、Jリーグの1つの光が消えたような気がする。
| 2008年01月12日(土) |
若手の欧州移籍を歓迎する |
先般、「日本サッカーは先細り」と書いた。その根拠の一つとして、日本人選手の海外移籍が途絶えたことを挙げた。ところが、その直後、J1千葉の日本代表MF水野晃樹(22)が、スコットランドプレミアリーグ・セルティックと2010年6月末までの仮契約を結ぶことが明らかになった。さらに、浦和の日本代表MF長谷部誠(23)が、ブンデスリーガ・ウォルフスブルクに完全移籍することが決定的になり、さらにさらに、名古屋のMF本田圭佑(21)が、オランダ1部VVV移籍が濃厚との報道が続いた。
3人の移籍先がそれぞれスコットランド、ドイツ、オランダであって、イングランド、イタリア、スペインの欧州最強リーグではないことは多少残念ではあるが、この動きは大いに歓迎すべきだ。
筆者は、オシム前日本代表監督が掲げた、「日本サッカーの日本化」という命題を全面的に肯定する者の一人である。が、このことが日本サッカーの閉じこもり傾向を増長する恐れもいだいていた。何度も繰り返すとおり、日本サッカーの実力は世界で50位程度、アジアで10位以内。その歴史は欧州・中南米の1世紀超の歴史と比べれば、はるかに短いものだ。世界から学ぶべき点は数え切れない。にもかかわらず、日本サッカーが閉鎖的な日本の風土に閉じこもれば、進歩も発展もあり得ない。世界を体感することによってしか、「日本サッカーの日本化」は成し遂げられないのだ。
大げさに申せば、真にナショナルなものの発見と創造は、インターナショナルな体験を通じてからしか、成し遂げられない。戦前の日本の狂気のナショナリズムは、「神国日本」という病理的閉じこもり=自国絶対化によって形成された。20世紀初頭、多くの日本の若者たちがいまのように、世界を自由に旅行していたら、日本が無謀な大戦に突き進むような事態は避けられたかもしれない。日本サッカーが「日本式」という神秘性に嵌まり込み、サッカー理論なき「日本化」に拘泥してしまえば、日本サッカーは弱体化するばかりだ。同義反復するならば、「日本サッカーの日本化」達成のための最短手段は、「日本サッカーの世界化」を成し遂げることといえる。
年明け、急転直下に3人の若手の海外移籍が決まった理由は、定かではない。テレビ報道では、財政規模が小さい欧州中堅国のクラブの集客手段として、移籍金が小額の日本人選手が重宝がられる、という意見もあった。果たしてそうなのかどうか、筆者の情報収集力では判断しかねる。とはいえ、若手3人が海外修業で得るものは多いはず。2010年、2014年に向けて、好材料が1つ揃ったことは間違いない。2010年、トップ下・長谷部、左サイド・本田、右サイド・水野の「黄金の中盤」が、南アフリカで実現しているかもしれない。
さて、今月15日、いよいよ日本代表候補合宿が始まる。ここで、岡田代表監督の考え方、代表チームのイメージが始めて提起される。
オシムジャパンを振り返ると、始動から2007年の終わりまでの間、ご存知のとおり、日本代表のキーマンは入れ代わっている。始動期の中心選手は、FWで我那覇、MFで三都主、DFは不在だった。ところが、後期になると両者とも代表から姿を消し、アジア杯におけるキーマンは、FW・高原、MF・中村(俊輔)、DF・阿部の3人となった。
オシムジャパンを通期的かつ安定的に支えた選手を挙げるならば、駒野(右・左サイド)ただ一人。しかし、豊富な運動量を誇る駒野だが、サイドの技術としては不満が残る。しかも、彼は左サイドより右サイドの方が力を発揮する。
日本代表の大きな弱点はFWだと常々言われているが、筆者が不満なのは左SBだ。とりわけ、左利きのSBで、守備力、運動量があり、ロベルトカルロスのようなキック力がある選手ならば最高なのだが・・・三都主が浦和に復帰したものの、4バックの左SBとしては守備が弱い。駒野は右サイドのほうが力を発揮する。山岸(千葉)の左SBは魅力なし・・・
岡田監督は4バックを採用するのか、4バックならば、左SBとしてだれを起用するのか――
| 2008年01月06日(日) |
2008年、日本サッカー、衰退の予兆 |
○高原の浦和復帰は日本サッカー先細りの象徴
2008年、明けましておめでとうございます。
年末29日から新年6日まで、トルコのイスタンブール他に観光に行っておりまして、年末年始のスポーツイベントについてはまったくわからない状態です。筆者のイスタンブール滞在は、かの有名なイスタンブールダービー(フェネルバフチェ 2 - 0 ガラタサライ)の終了後。でも、かの地のサポーターの間では興奮冷めやらぬといった状態なのでしょうか、たまたま入った地元の人びとが集まるレストランのテレビでは、ちょうどその試合のダイジェスト番組が放映されておりました。レストランの従業員は仕事そっちのけで熱心に観戦。「カルロス・・・、カルロス・・・」と、トルコ語でつぶやいていました。
帰国後、日本のスポーツ記事をチェックした限りの今年最初のビッグニュースは、高原の浦和入団だと言えましょう。今年、W杯予選を中心とした代表戦のたびごとにドイツから日本に戻るのは体力の消耗も激しいし、ブンデスリーガでベンチ要員ならば、日本代表に選ばれる可能性も低いかもしれません。岡田監督がオシム前監督と同様に「海外組」が必ずしも代表ではないという方針を貫けば、高原の選択は理に適ったものと考えられます。アルゼンチン代表のリケルメは、愛するボカや、母国・アルゼンチンのために、スペインリーグからボカへの移籍を何度か試みたことが報道されていますので、高原のケースもリケルメの場合と似ています。なお、昨年、オーストリアのザルツブルクに在籍していた三都主も、浦和に復帰することが決定していました。
高原・三都主が日本ではなく浦和に戻った本年、各国のトップリーグに所属する日本人選手は、イタリア・セリエAの大黒と森本の2選手と、ドイツの稲本のみ。だが、イタリアの2人は在籍しているものの試合に出られず、レギュラーとは言えません。レギュラークラスとなると、稲本(ドイツ・ブンデスリーグ)、松井(フランス一部リーグ)、中村(スコットランドリーグ)、宮本(オーストリアリーグ)、中田浩(スイスリーグ)を数えるのみとなりました。しかも、ドイツ、フランス以外の国は、必ずしもサッカー一流国とは言い難く、いまの日本人選手の実力は欧州トップリーグで通用しないと断言できそうです。2002年日韓W杯後、多くの日本人選手が海外に渡ったときと比べると、日本人選手の実力が低下したことと日本人選手のマーケティング上の価値が低下したことと相俟って、2008年は日本人選手が欧州強豪国で通用しないことを確認することから始まったと言えます。
このことは、いろいろな理由があるにしても、日本サッカー先細りの象徴以外のなにものでもありません。代表監督の岡田も指導者としては世界レベルから遠く、日本人選手も世界のトップリーグから遠いとなると・・・2008年は残念ながら、サッカーファンにとって悲しい年になりそうな予感がします。
○浦和一極集中
前出のとおり今シーズンに向け果敢な補強をした浦和は、順当に行けば、Jリーグで優勝を果たすことでしょう。ただし、昨シーズンのような大逆転もないわけではありませんから、油断は禁物。となると心配なのは、浦和がJリーグで早々と優勝を決め、リーグ終盤が消化試合になること。Jリーグが盛り上がらなければ、W杯アジア予選が盛り上がることはないでしょう。キリンカップ等の国際親善試合は、代表サポーターが「親善」の真実に気がつけばそれまでのこと。Jリーグ・日本代表のテレビ視聴率、観客動員数が減ること間違いありません。アジア予選を順当に勝ち上がったとしても、日本サッカーの未来はまったく開けていません。
Jリーグに伸び盛りの若手がいるわけではないし、岡田が2010年〜2014年を見越して、W杯予選の結果を出しつつ、若手を育てる力量があるとも思えません。となると、日本サッカーの未来は白紙どころの話ではなくなります。
○答えはすでに出ている――日本サッカーの「日本化」
2002年前後、トルシエ(当時・日本代表監督)が描いた日本サッカーのサイクルは、若手中心で2002年W杯日韓大会に臨み、2006年ドイツ大会で日韓大会以上の成績を上げるものだったはず。トルシエが大会終了後の記者会見でそのことを明言していたことは記憶に新しいと言えます。ヒデ、稲本、鈴木、三都主、中田浩、柳沢、小野、宮本らが2002年を経験することによって、2006年でその上を狙えるはずだった・・・が、結果としては、ドイツ大会は後退現象を引き起こしてしまいました。そのその原因については、既に議論が済んでいます。
では、岡田に2010〜2014年のサイクルが描けているのかといえば、答えは完璧に「ノー」です。なぜならば、この困難なサイクルに着手する気概があるのならば、「W杯ベスト4」などという「はったり」が出るはずがありません。つまり、岡田は日本のサッカーの現実も将来も、何も見えていないのです。
筆者はトルコへの観光旅行の往きの飛行機の中で、「オシム・ジャパン」の足跡を描いたビデオを見ました。このビデオはアジア杯が抜けたオシムジャパン=キリン杯のキャンペーンに過ぎないのですが、オシムの就任の言葉が筆者に強い衝撃を与えました。オシムは当時こう言ったのでした―― 「わかりづらい表現ですが、私のやることは日本サッカーの『日本化』です。日本が強くなるためには、日本人にしかできない、日本のサッカーを完成しなければ・・・」
そのビデオは、オシムの代表就任から2007年までの代表戦において、オシムの言葉が現実となった得点シーンや早いパス回しの場面を映し出していました。
そうだ、答えはすでに出ていたのだ・・・日本が世界に通用する選手を輩出できない時代が数年続いたとしても、換言すれば、与えられた選手の範囲で日本が勝負しなければいけない現実の中で日本が勝つためには、「日本サッカーの日本化」しかその方法がないとのだと・・・
筆者は、オシムがジェフ市原を強くした「走るサッカー」から、その延長線上にあると思われる「考えて走るサッカー」をオシム・ジャパンのコンセプトだと勘違いしていたのだと・・・オシムはもっと広く、そして深いサッカーを描いていたのだと・・・
退屈な飛行機の中の十数分、筆者は創成期のオシム・ジャパンのいくつかの試合で「日本化」が具現化できていることを確認していました。ああ、こういうことなんだなー。
岡田は「オシムさんのサッカーは、オシムさんにしかできない」と就任の挨拶で明言したけれど、まさにそのとおり。岡田には日本サッカーの「日本化」はできないでしょう。
2008年の日本サッカー界――代表の人材は先細り、代表の指導者は力量不足、Jリーグは浦和一極集中、そしてリーグ全体の衰退の開始・・・と、マイナス材料が揃ってしまいました。日本サッカーはどん底・手詰まり状態です。こんなとき何をしたらいいのでしょうか――筆者ならば、岡田をおろして、超世界級の大物を代表監督に起用して活を入れます。2008年の念頭ならば、2010年にまだぎりぎりで間に合うはずです。(文中敬称略)
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