| 2009年12月20日(日) |
2009J1リーグを総括する |
世界クラブチームW杯(アブダビ開催)は、Jリーグクラブが出場しなかったこともあり、日本ではあまり話題にならないまま、バルセロナの優勝で終幕。そのJリーグの結果について、遅まきながら筆者の総括を書いておく。
●開幕前の筆者の予想順位 �ー�島、�∪邵蝓↓1栽臓↓ぃ禿豕�、�ダ郷紂↓μ掌轍亜↓�大分、�┣I唯諭↓�京都、��神戸、��柏、��広島、��G大阪、��新潟、��大宮、�鞍愿帖↓雲虱奸↓音碍�
●2009年順位 【J1】 �ー�島、�∪邵蝓↓�G大阪、�す�島、�ィ禿豕�、�Ρ栽臓↓Ю郷紂↓┸軍磧↓�名古屋、��横浜FM、��磐田、��京都、��大宮、��神戸、��山形、/(降格)�闇陝↓餌臺�、�伽虱� 【J2】 �\臑罅↓■誕膾紂↓�湘南(昇格)以下略
となった。1位、2位が当たっていたが、この予想は難しくなく、当たって当然のもの。筆者が大きく外したのは、G大阪の3位(13位)、広島の4位(12位)、新潟8位(14位)、大分の17位・降格(7位)であった。 ※( )内が筆者予想順位
筆者が下位に沈むと予想したG大阪だが、言い訳をするわけではないが、G大阪がそこまで順位を下げると本気で思ったわけではない。G大阪が、優秀な外国人FWを入れ替えつつ、遠藤を中心にした高齢化した中盤に依存した定番的チームであればいずれ崩壊する、と言いたかっただけなのだ。09年シーズンには、崩壊に至らなかったけれど、早期に“若返り”に着手しなければ、取り返しがつかなくなる。
広島の4位については、筆者の予見力不足に尽きる。ペトロビッチ監督の「攻撃サッカー」に対処すべき戦術を構築できない他チームの監督を批判しても始まるまい。「守り」の意味をもう一度、日本サッカー界が考え直してくれるのはいつのことになるのか。ちょっと横道にそれるけれど、日本で数少ない、否、ただ一人のサッカージャーナリスト・宇都宮徹壱氏は、アブダビから、以下のとおりのリポートを送っている。
■エストゥディアンテスは、後半以降は攻められっぱなしの状況が続く。延長戦を含めたシュート数は3:16。戦力差は圧倒的である。南米王者が勝つためには、1−0というスコアしかあり得ない。現に05年のサンパウロも、06年のインテルナシオナルも、それぞれリバプールとバルセロナに1−0で勝利してきた。エストゥディアンテスもまた、弱者の戦いに徹するしかない。ただし、彼らは誇りある弱者であり続けた。ディフェンスラインに9人並べて立てこもるのではなく、ボールが自陣にあっても常に攻めの姿勢を放棄せずに戦い続けた。その中心にいたのが、キャプテンのベロンである。(『スポーツナビ』)■
クラブW杯の開催のたびごとに同じことばかり書くけれど、南米のサッカーが、攻撃的で、ラテンで、奔放で、個人技で、サンバのリズムで・・・という固定概念を日本のサッカーファンに浸透させてきたのは、スポーツマスコミの大罪である。何度も力説するけれど、サッカーは守備と攻撃のバランスのゲームである。南米でも欧州でも変わりない。それは、相手の力量、自チームの選手のコンディション、ホームとアウエー等々の条件で変わる。南米を制した王者・エストゥディアンテスが“守備のチーム”というわけではない。世界選抜にも匹敵する欧州王者・バルセロナを相手にするときは、守備に比重をかけた試合をするのである。翻っていえば、ペトロビッチのやりたいようにやらせている、Jの他チームの監督が情けない。
シャムスカ大分の「崩壊」の理由は、筆者にはわからない。前半、多数のケガ人が出たことがその主因と考えて間違いはなかろうが、あそこまで泥沼化するとは・・・選手層の薄さが致命的であったのか。
柏の降格は分かりやすい。ファンタジスタのフランサ、若手成長株の大津(MF)、南米で腕を磨いた澤(FW)、日本サッカー界全体で人材不足のSBに、若く才能のある橋本、村上を擁する柏だが、監督が悪かった。主力選手のケガも重なった。ネルシーニョがJ2で若手を鍛え上げれば、いいチームになる。2010シーズンには昇格間違いない。選手層という意味では、J2で群を抜いている。
さて、2010年はW杯イヤー。Jリーグは変則日程を余儀なくされる。それにACL予選が重なる。順位予想のしにくいシーズンとなろう。
Jの移籍市場が本格的に動き出すのはこれから。闘莉王(浦和)の名古屋移籍、ポンセ(同)、高原(同)の退団、稲本(レンヌ)の復帰、俊輔(エスパニヨール)の復帰もあり得る。だから、今の時期に來シーズンを予想するわけにはいかない。
国内リーグのクラブ間格差拡大は、世界的傾向にある。英国プレミアは、マンU、チェルシー、リバプール、アーセナルの4強が固定化。日本も財力に基づくクラブ経営力からみて、鹿島、川崎、G大阪、浦和(09年は6位に後退)の4強に名古屋が参入して5強時代に入る可能性が高い。それ以外のチームが5強から勝ち点を奪うには、どういう戦いをしたらいいのか。Jのチームは、とにかく一戦一戦を大事に戦って、簡単に勝ち点を失わないようにしてほしい。「攻撃的」という言葉の呪縛にとらわれて、ノーガードの打ち合いをして大量点が入ったとしても、それがスペクタクルなわけではない。質の高い、簡単に負けない、頭を使った試合をみせてもらいたいものだ。
| 2009年12月06日(日) |
日本のベスト16は絶望的 |
W杯グループリーグの組合せが決まった。詳細は別表のとおりだが、グループ別に1・2位突破国を予想してみよう。
(グループA)は、開催国南アフリカのホームの力を信じて、1位フランス、2位南アフリカと予想する。もちろん実力からすれば、フランス、メキシコとするのが順当だが、ホームのアドバンテージをとりたい。
(グループB)は最も予想が難しいところ。南米予選におけるアルゼンチンは、とにかく安定性に乏しかった。マラドーナの監督としての適性にも疑問がある。代表選手選考にもビジョンがなかった。アジア代表の韓国にも希望があるが、1位ギリシャ・2位ナイジェリアとみた。
(グループC)は1位イングランド、2位米国で固いだろう。アルジェリアはアフリカ大陸の国だが、地中海沿岸のマグレブは、気候風土も大きく違う。準ホームとはいえないのではないか。
(グループD)はガーナの存在をどう考えるかであろう。ドイツの1位には異論が少ないと思う。2位をオーストラリアとするかガーナとするかで迷った結果、パワーとスピードを買ってガーナ2位。
(グループF〜H)は予想がしやすく、グループF=1位イタリア、2位パラグアイ、グループG=1位ブラジル、2位ポルトガル、グループH=1位スペイン、2位スイス、で波乱はない。
さて日本が入った(グループE)は、常識的に見て1位オランダ、2位カメルーンで固いところ。デンマークが曲者的な存在で、戦い方次第ではカメルーンと得失点差の2位争いを演じる可能性もある。日本の目標は、自国開催以外のW杯における「勝利=勝ち点3」をあげること以外にない。組合せ初戦で、アフリカ勢のカメルーンと戦うのも困ったもの。カメルーンに“ガツン”とやられ、グループEの「負け犬」に成り下がる可能性が高い。
組合せ抽選会では出場国各国の関係者が結果についてコメントしていたが、どこも対戦相手国に敬意を払って、勝ち負けやグループリーグ突破の可能性については慎重で控えめであった。いわゆる、「節度ある発言」である。そんな中、唯一、“ベスト4宣言”をしたのが、日本の岡田監督だったという。こういうのを「空気が読めない」「身の程知らず」「誇大妄想」というのであろうか。何を言ってもかまわない、という言葉の軽さが日本の風土にはある。政治の世界でも、マニフェストの軽さが問題になっている。目標は大きいほうがいい、夢を語れ・・・という具合である。
実力をわきまえず、大言壮語する指導者――岡田監督の“ベスト4宣言”というのは、大日本帝国のスローガンだった、「八紘一宇」「竹やり本土決戦」「鬼畜米英」に結びつく感じがする。とにかく、「いやな感じ」。
(グループA) 南アフリカ・メキシコ・ウルグアイ・フランス (グループB) アルゼンチン・ナイジェリア・韓国・ギリシャ (グループC) イングランド・米国・アルジェリア・スロベニア (グループD) ドイツ・オーストラリア・セルビア・ガーナ (グループE) オランダ・デンマーク・日本・カメルーン (グループF) イタリア・パラグアイ・ニュージーランド・スロバキア (グループG) ブラジル・北朝鮮・コートジボワール・ポルトガル (グループH) スペイン・スイス・ホンジュラス・チリ
| 2009年12月01日(火) |
内藤―亀田は最低レベルの世界戦 |
11月29日に行われた世界ボクシング評議会(WBC)のフライ級タイトルマッチは、亀田興毅選手(23)=亀田=が王者、内藤大助選手(35)=宮田=を破り、新王者になった。
“因縁の対決”“弟の仇を兄が討つ”・・・等々の話題を集めた試合だったけれど、見るべき内容のない、凡戦であった。カウンター狙いの挑戦者に対して、果敢に打ち合いを挑んだ王者という図式だけれど、王者が足を使ってアウトボクシングに徹する能力があったならば、打ち合いのない、お葬式のようなタイトルマッチで終わったであろう。この試合がとりあえずボクシングとしての最低限の要件を満たすことができたのは、仕掛けた側=敗者=前王者・内藤に負っているのであって、新王者=勝者=亀田の「作戦勝ち」にあるのではない。そういう意味で、内藤は、「国民の期待」を最後まで裏切らなかった、というよりも、こういう戦い方しかできなかったのである。
試合後の関係者の共通のコメントは、「これで終わりにしたかった」というものだった。某テレビ局が企画・演出した「亀田ファミリー物語」は醜悪なものだった。妻と離婚した男親に育てられたため、十分な家庭内教育を受けられなかった3人の息子たちとその父親が目指したのがボクシングであって、この一家にボクシングが選択されたことは、ボクシング界にとって、ボクシングというスポーツにとって、不幸であった。ボクシングを行う若者がみな、亀田兄弟のように礼を知らない、敬語も使えない、社会的常識をわきまえないものだと社会に認識されてしまったからである。
その誤解を解くきっかけになったのは、ワイドショーで亀田父と真っ向対決した、漫画家・やくみつる。そして、プロボクサー内藤大助だった。内藤は「いじめられっ子」として幼少期を過ごしながら、ボクシングを始めることによりそれを克服し、さらに貧困から脱し、世界の頂点を極めた。亀田弟との世界戦において、内藤に対する国民的支持は最高潮に達した。内藤は、亀田弟の反則攻撃にもめげず、防衛を果たし国民的英雄となった。その間、彼のキャラクターは好感をもって迎えられ、ボクシングの地位向上に資することになった。
こうしたサイドストーリーを振り返りつつ、内藤―亀田の世界戦をみていると、かつての亀田ファミリーに対する熱気は、ボクシングの普及にも、ボクシングの地位向上にも、一切つながらなかったことを改めて思い知る。テレビ局が視聴率稼ぎに血眼になるあまり、プロスポーツマンが少年少女の鏡となる道筋を無残にも破壊してしまった事実だけが残ってしまったのだ。
繰り返すならば、“因縁の対決”は、世界タイトルマッチのレベルに照らしてみれば、興奮のない退屈な内容であった。この試合で最後にすべきは、スポーツに奇妙な物語をくっつけて付加価値を増し、視聴率を荒稼ぎしようとする、テレビ局の「スポーツ企画」である。プロスポーツは、純粋なスポーツ選手の実力をリアルにみせればよい。スポーツ選手のまわりにいる、配偶者、親、子、兄弟、恋人・・・等の関係者を担ぎ出し、スポーツ選手の成功と失敗の物語を紡ぎだすとき、スポーツとは無縁の醜悪な興行が表立ってくる。日本のプロボクシングに客が集まらないのは、「企画力」が乏しいからではない。スポーツとしてのボクシングのレベルが低いからであって、それでしかない。
さて、「これで終わりにしたかった」はずの両者であったが、”再戦”の話がどちらからともなく、湧き上がっているらしい。物語は、内藤の側からのリベンジであるという。もう、いい加減にしたら、と言いたいのは、筆者だけなのだろうか。
|