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2011年02月02日(水) アジア王者は通過点

2011年アジア杯は、日本がオーストラリアを破って優勝した。筆者は、韓国戦後、当該コラムにて、ザック・ジャパンの不安について指摘した。ところが、決勝戦では、エース香川の離脱というチーム状態のあまりよくないなか、いずれの不安要素をも払拭し、最良の結果を出した。ここは素直に、ザック・ジャパン(日本代表)に敬意を表しなければなるまい。だが、アジアチャンピオンで満足しているわけにはいかない。世界の壁は厚く高い。

◎「サッカーの日本化」という方針の正しさを証明

筆者は、日本とオーストラリアのアジア杯決勝戦を見ながら、昨年のW杯決勝戦、スペインとオランダの試合を思い出していた。フィジカルの強さとロングボールで押し捲る、[力のフットボール]のオーストラリアをオランダに、そして、早いパス回しとスピードのあるサイド攻撃を重視する、[技術のフットボール]の日本をスペインに、更に、日本ゴール前の一対一を決められなかったキューウェルを、W杯で決定機を外したロッベンにそれぞれ重ね合わせていた。

結果としては、W杯、アジア杯とも、「技術」(スペイン、日本)が「力」(オランダ、オーストラリア)を上回ったことになる。大雑把にいえば、世界を二分するサッカースタイルの潮流のうち、スペイン・日本型が優位にあることが、直近の2つの世界的大会を通じて、証明されたようにも思う。だがしかし、かような二項対立に意味があるのかといえば、答えは「ノー」。技術と力、ゲルマンとラテン、高さと平面・・・と並べても、単純な二項対立の枠組みにおさまるほど、サッカーは単純ではない。

今回のアジア杯に送り込まれたオーストラリア代表は、だれがみても、少なくとも日本選手よりは体格の立派な選手で構成されたチームだった。でも、W杯決勝戦においてアンチフットボールを選択できるオランダほどの凄みはない。オーストラリアのケーヒル、キューウェルらの攻撃陣は、オランダのファンペルシー、ロッベン、カイト、スナイデルらに比べれば、はるかに落ちる。しかも、オーストラリアは、この試合に限れば、フィニッシュに難があった。日本のGK川島の好セーブもあったが、前出のとおり、キューウェルらが決定的チャンスを外したことも事実(日本にとっては、ラッキー)だった。

守備面でも、李の決勝ゴールのシーン、オーストラリア守備陣が自分たちのゴール前をがら空きにしてしまったわけで、オーストラリアDFの痛恨のミスといえなくもない。もちろん、決めた李の位置取りや動きがよかったことは賞賛に値するのだが・・・

サッカーの勝ち負けは運次第、というわけではないが、勝負の女神の悪戯という面も見逃せない。ただ、確率的にいえば、W杯8強クラスのチームならば、日本は失点を免れなかっただろう。フィニッシュに関する技術レベルとしては、オーストラリアはB級だ。

昨年のW杯におけるスペイン優勝を契機として、体格、体力に劣る者が、パワー依存のサッカーを撃破できる可能性を認識できたことは、日本サッカー界に限りない勇気を与えた。そして、このたびのアジア杯で日本がオーストラリアに勝ったことにより、オシム元日本代表監督が唱えたとおり、「サッカーの日本化」によって、日本が世界と渉りあうという方針に誤りがなかったことが追認された。このたびの日本のアジア杯優勝をもって、日本が採るべき路線は、だれが代表監督になっても、間違いようがなくなった。今後、日本代表チームの路線がブレることはあるまい。

◎本気の相手と戦う経験を積むこと

2011年アジア杯の優勝を通じて、「サッカーの日本化」という基本路線が固まったことは成果の1つだが、このテーマは、日本サッカーが国内に閉じこもることを意味しない。どころか、世界各国の代表チームと、どれだけ本気で戦う機会を得られるかという、日本代表のグローバル化に行き着く。

さて、驚いたことに、偶然、アジア杯後のインタビューでザッケローニ監督がこの件についてコメントしていて、彼は日本代表チームの海外遠征、欧州合宿の必要性を強調しているではないか。彼は、おそらく、これまでのような、未調整の「××代表」を海外からつれてきて、日本で行う国際親善試合を否定したかったのではないか。そんな親善試合よりも、日本がアウエーという厳しい環境のなかで試合をする経験を、1試合でも多く、代表選手に積ませることの重要性を強調したかったのではないか。

◎日本代表の個別的課題

第1の課題は、個々の選手のフィジカル強化だ。脅威のスタミナを誇る長友佑都、抜群のキープ力を誇る本田圭祐の2人を除けば、かなりの鍛錬を必要とする選手が日本代表チームには多いように見受けられる。

第2は精神力の強化だ。今回は代表選手が等しく力を発揮したが、毎回そううまく回転するとも限らない。日本代表選手に必要なのは、前出のとおり、アウエーという厳しい環境において、Jリーグを上回るプレッシャーのなかでプレーする経験を積むことだ。

日本の左右のSBを例に取ると、左の長友は、イタリアセリエAで概ねフル出場を果たし、世界各国の選手と試合を重ね、そのなかで、自身のあるべき姿を構築してきたように思う。一方の内田は、ドイツにおいて、長友ほどの経験を積んでいないように見える。長友の大活躍の源泉である経験という要素を敷衍すれば、日本代表の個々の選手に求められるのは、重圧のかかる状態で、いろいろなスタイルのチーム・選手との試合をこなすことではないか。

真剣勝負の経験という意味でいえば、オーストラリアがアジア地区に入ってくれたことは、日本、そして、アジア全体にとって、この地区のサッカーレベルを高めることに貢献してくれている。だが、日本代表が4年に一度のアジア杯を待つだけでは強化にならない。パワーサッカーを持ち味とする世界レベルの代表チームとのアウエー戦を増やすことが、日本代表のチームと選手の双方の強化の一助となることは明らかだ。

◎準決勝の不安を払拭した決勝の監督采配

筆者は、準決勝韓国戦におけるザッケローニ監督の采配を批判した。PK戦で日本は韓国を下したことは幸運以外の何者でもない。そういう意味では、アジア杯の日本にツキがあったことは事実である。筆者は、仮定(もしも)の話をすることに意味はない、とする「結果至上主義者」ではないので、日本が韓国にPK戦で負けていたことも考えてしまう。仮定に規定されたマイナス思考も、けして無駄でないと信じてさえいる。

「もし」、日本が韓国にPK戦で負けていれば、ザッケローニの采配のうち、� ̄篦晃緘升嬰瀬蝓璽標紊忘陵僂靴殖汽丱奪�へのシステム変更について、�▲�タール戦でミスを犯していたGK川島の先発起用について――という彼の采配の2点は、強く批判されたに違いない。韓国相手のPK戦勝利は、日本国内において、ザッケローニのみならず、日本代表の地位を救ったといっていいすぎでない。

いずれにしても、日本が韓国を退け、決勝に進んだことにより、日本代表が内包した不安は一旦留保され、決勝戦でオーストラリアをくだしたことで、清算された。清算されたどころか、優勝したことにより、�…考Г離櫂献轡腑麒儿后↓�岩政のCB起用、�7莨‥世鮠紊欧殖藤徑�の投入・・・等々のザッケローニ采配(選手起用)が成功し絶賛されるところとなった。決勝戦では、1点リード後も5バックの採用はなく、最後まで追加点を取る姿勢を見せ、オーストラリアに付け入る隙を与えなかった。ザッケローニは、自らの采配ミスを自らの采配により、帳消しにした。

◎選手層は本当に厚くなったのか

控え選手が活躍した本大会であるが、そのことをもって、日本代表の選手層が厚くなっていると結論付けるのは早急だと思う。�‖膤萍�した長友(インテル移籍)に次ぐ左SBは、�⊃雄猊埖�の右SB(内田では不安)は、�9睥隹修靴娠麁�に代わるセントラルミッドフィルダーは、�す發気鳩亳海防坩造里△襭達造蓮↓ツ拘�離脱する香川の代役(柏木、藤本がフィットせず)探しは、�Α柄暗聴幣紊法剖�いワントップは・・・と、ほぼすべてのポジションで、不安が残っている。

アジア王者という立派な成績を残した日本代表を貶めるつもりは毛頭ないが、ここが頂点ではない。本大会における日本代表は、ドラマティックで、ハラハラする試合を見せてくれたが、そのことを逆に表現すれば、安定性に欠けていたともいえる。アジア杯優勝をもって、アジア杯日本代表チームは「解散」したのだ。より高度なチームづくりに向けて、新たな一歩を踏み出してほしい。


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