恋文
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いつも買い物に行く時に通る路地に沿って 小さな畑が作られている 唐辛子の実が真っ赤に染まっていた 強い緑色の葉の陰で
なんどもここを通った あなたにメールしながら
今から買い物だから電話してもいいよ と、伝えるために
わたしは装う あなたの前でいつも女であるように
木々が季節と共に装うようにではなく
外が暗くなる間際の 空と地の間の色の変わり目が好きだ ぼんやりと滲んで どこかに無くなってしまう
家々の中から光が洩れて 台所仕事をしている姿が垣間見れたり まだ、オフィスで仕事をしている姿が 明るい窓に浮かび上がったり
確かに見える生活の ひとつひとつも この世の物ではないような あの、空と地の間に連なって 消えてしまいそうだ
色づいた街 風は、もう冷たい 空は鉛色だけれど 木々は装う
くすんでゆく風景の中で わたしは静かに沈む ゆるやかに 少しづつ
沈んでいく先は どこかもしれない 記憶の中
今朝、ベッドのい中で目覚めて あなたに抱かれたいと思った
この夜 バスの窓は曇っていた ぼんやりと透けて見える外の景色と 車内の光景が重なって ここには もう、内も外もない
ぼんやりと滲んだ光で 車がその世界を貫いていく
わたしは窓を見ながら 想い出に閉じこもる
あなたと電話で会話することも、 メールを交わすことも、 わたしたち二人とも制限をしていた。 会いたい気持ちが、わたしを押し潰しそうだったので、 わたしは、恋文を書き始めた。
毎日書くことは、わたしが自分に課したもの。 途絶えたら、あなたを失うような気がしたから。
今は、毎日のように会話をし、メールもする。 いつもは会えないけれど、たまには、会えることもある。
そして、わたしは、とても安心してしまった。 あなたは、ずっとそこにいるのだと。
以前のように、つらい恋文は、もう書かない。 そして、毎日書かないかもしれない。
でも、愛してる。 それは変わらない。
朝の階段の隅で、 あなたに、つかの間の電話をする。 その数分を罪だと思う。
あなたを好きなこと以上に、 あなたの前で、 わたしが女だということが。
今朝の寒さは、 もっと違う寒さだったのかもしれない。
それでも、あなたの言葉が嬉しかった。
振り返ってみれば、 暖かい思い出だけが残っている。 涙も不安も疑心も、そんな瞬間ですら、 思い出の中では暖かい。
こんな気持ちのままで行けたらいい。
でも、まだ思い出は作れるよね。
もう早くから暮れるようになったね。 電車の窓から町並みを見ていると、 あかりのついた窓から人影がよぎるのが見えたりする。 こうしていろんな生活の場がある。 あなたの生活の場所、 わたしの生活の場所、 一緒になることはない場所。 それでも、気持ちが通じていれば、 それは幸せといえるのかな?
家々では、もうクリスマスの飾りをしている。 あなたとクリスマスを過ごすことを想像してみる。 想像でしかないけれど。
あなたに渡したいものは、 まだここに残ったままだよ。
今度会うときのことを考える それは思い出の反芻のように 同じ情景しか浮かばない
きっとあなたの傍らで 安心しきっているだろう
雲があなたの方に流れるのなら わたしを乗せよう
わたしを乗せられないのなら 気持ちを乗せよう
気持ちも乗せられないなら せめて雲を流す風に わたしの声を乗せよう
それも届く前に消えてしまうんだったら ここで ただあなたの近くにいるように想うよ
あなたに寄り添っていたい 温もりを思い出している こんな寒い夜
しっかりとしがみついていよう 捨てられないように 離されないように
あのとき 暖かくて ずっとそのまま抱き合っていたかったよ
結ぶ、とか 契る、とか
逢瀬、とか 一夜、とか
そんな言葉を思い
京都は 紅葉がいっぱいでした
以前のどの瞬間にも戻れない まだ見ない先のことは分からない
あなたのことを考えている 今のわたしだけでいい
終わりはきっと来る なにもしないでもいい 何も怖れない それは必ずくるから
ずっと満ち足りている それまでは一緒だから
あなたはそこにいる。 それは、わたしの届かないところで、 決してわたしは近づけない。
それでいい。 わたしは、そこに足を踏み込むつもりはない。 それがわたしたちの約束事。 あなたもわたしに近づけない距離があって。
わたしたちの小さな居場所は、 でも、とても暖かだ。
夜空の下に灯る家々の明かり みんなそのなかで生活をしている
あなたも、その中のどこかにいる わたしが届かないところ
わたしは、わたしの場所で あなたと一緒にいる 姿がなくても 言葉や、想い出はいつもわたしと共にある
やさしい香りを纏おう あなたに抱かれたとき 腕の中で 胸元で ほのかに香るように
あなたに移してしまおう わたしの香り
あなたが知らないうちに わたしの髪はずいぶん長くなった あなたと会えない日々の長さのように
今度会ったら あなたの手で梳られたい きっと解けていく 積もった思いと一緒に
妻と向かい合いながら 窓の向こうの暗がりを透かしてみる そこにいるはずもないあなたを思う
こんな裏切りもある わたしは何重にも妻を裏切り 自分を裏切り
それで、あなたにつながっている それでも、あなたにつながっていたい
以前のように苦しくない 以前のように辛くない 以前のように取り乱さない
毎日のように繋がっていて わたしは、すっかり安心してしまった
そして あなたを思って焦がれたあの頃のわたしを 裏切っているような気がする
冷たい夜の空気の中を歩く よみがえるあなたの体温の記憶 今は想い出のなかにしかない
もう何度でも繰り返してきた言葉 今では毎日のように呼び合う
もう恋文の必要もないくらいに わたしたちは一緒にいるような気がする
まだ続けててもいい?
こんなに風が冷たく吹くと あなたの温もりを思う
手と手を重ね 身を寄せ合い 胸に顔を埋め
そんな時を思い出す 今は、ひとり
あなたからの応えがないと あなたから嫌われたのではないかと怖れたあの頃
いまは、あなたが忙しいのだと自然に思える
でも、後であなたから呼びかけられると やっぱり嬉しくて微笑んでしまうよ
わたしは、あなたの前で女の子でいられたらいい あなたに、かわいいと言ってもらえたらいい あなたが、大好きよ、と言ってくれたらいい どこにいても
それ以外に、望むことはない
小さくなってみよう あなたに抱かれて心地よい大きさから あなたに手を引かれて歩けるように あなたの胸元に抱き上げてもらえるように あなたのポケットに入れてもらえるように あなたの心の 一番奥底に しまえるように
ずっとふたりで綱渡りをしていた。 そう思うと、ずっと絆も強くなった。 今は、どうかしら? 少し慣れてしまったかな?
今みたいに自然になれたのいいけれど、 どこかに落ちこみそうな そんな気もする。
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