今週のメインイベントはエッセイの提出のはずが、 勉学以外の面でいろいろいろいろ、あったのでちょっと大変だった。 みんな、あんまり思い詰めちゃ駄目だよー。 エッセイ書けなくったって、試験落としたって人間生きていかれるんだから。
ともあれ、イギリスはW杯とゴールデン・ジュビリーという エリザベス�饗彜В毅絢�年記念とで、街中に国旗が溢れている。 クラスメートの手帳を覗いたら、放映予定がびっしり書き込まれていた。 彼曰く、「イングランド戦がある日は電車動かないらしいですよ。 ファイナンシャルタイムスに『予想病欠率』が載ってました。」 さすがだ、イギリス。平素から、 「この電車は、運転手が遅刻しているため遅れています」 と平気でアナウンスしている地下鉄のこと、絶対動かなくなるに違いない。
今日は最終試験に向けての、クイーン・アンとの質問面接。 いろいろ質問して、答えてもらって最後に。 「貴女は比較文化に集中しなさい!よくって!?」 と言われた。先生・・・別の教科に集中しろって。 彼女は比較文化の先生が途中で変わって、生徒が迷惑を 蒙っている事を気にしてくれている。 (本当はエルロンドやその上の「鉄の女」が気にするべきなのだが) 本当に良い先生だと思うのだけれど、 普段は面白さが先に立っちゃって、つい笑い話に・・・。 比較文化の前のレクチャラーマイケルも授業も良かったし、 キャラも立っていて面白かったのに。
今日のエクスチェンジレッスンはリデルのおうちでやった。 今、彼女は日本の昔話を読んでいるらしい。 彼女は日本で鎌倉に住むことになっているので、 鎌倉の大仏と鮫とかいう話をしてくれた。知らない話だった。 Competitionをカタカナ語の「コンパ」と思っているのを発見。 「大仏と、鮫はコンパをしました。」と言われて、何事かと思った。 週末にケンブリッジに行くと言ったら、フリーでコレッジを 見学できるカードを貸してくれた。(彼女の母校はケンブリッジ) 「でも、この苗字、私には無理があるんだけど」 と言うと、「結婚したと言っておけばいいわよ」大丈夫か? 大学時代の写真を見せてくれた。 野外での「お気に召すままに」や「ハムレット」の劇の写真が、 イギリスの大学生って感じで面白かった。
フラットメイトのガーナ人の引き笑いが響き渡っておりますな。
今日、ようやく2学期の比較文化のレポートが返ってきた。 遅い!出したのは2月だ! タイトルは "Translation is impossible" Discuss. (「翻訳は不可能である」議論せよ) 使ったケース・スタディーは「The Lord of the Rings」 そう、趣味と趣味と趣味と、実益を兼ねている。 「こういうものを書くよ」という面接は、前レクチャラーと行い、 採点は現レクチャラーなので心配していたが、 「トールキンに関しての意見には同意する、良い用例だ」 と書かれていたので安心した。 (前レクチャラーとはパブで「馳夫」について熱く語り合った) ヴィゴのインタビューをディクテーションする自分もどうかと思ったが。
この時は別に字幕問題は発生していなかったけれど、 発生していたら、違う結論になっていたかもしれないと思う。 私は結局、言葉は文化的歴史的背景を背負っているから、それを 越えることは出来ない。故に完全に翻訳することは不可能である。 という結論付けで、翻訳者の解釈が入るという点には余り言及 しなかった。焦点がぼやけてしまうからだ。 しかし同じトピックを取り上げた友人は、"interpritation"に ポイントを置いていたように思う。小泉八雲を例にあげていた。 ちょっと読んでみたい。
このレポートを書くときに、 「翻訳者がどれだけ翻訳対象の文化をくみ上げて訳すか。」 というのが要点になると思うと話していたが、 それは逆に意訳という名の元に、歪曲させてしまう危険性を 含んでいるのかもしれないなあと思う、今日この頃。 唯、翻訳者の能力と良心とが翻訳の限界点に近づくことを 可能にするというのは、そのとおりだと思う。
"Translater is a traitor."
セミナーの時間に 「Tom, you know Tom.」と聞かれて、思わず 「Ah, yes, his imaginary friend.」と、 脊髄反射で答えそうになった、あぶない、あぶない。 「Tom and Thomas」のトレイラーの見過ぎか。
今日は学食で久しぶりにとんでもないものを引き当てた。 あれはなんと言えばいいのだろう、小麦粉にフェンネルを加えて お酢で練ったものを、カレイの切り身で巻いて、 塩と砂糖を間違えたような微妙に甘いトマトソースをかけたものというか、 そう、そんな感じだ。
チョムスキーの続きを読んでみて、ネットでMITの講演を拾って 疑問に思っていたことが解決した。 私は、グローバリゼーションに対して結構ネガティブなイメージを いだいているので、アメリカが推進するグローバリゼーション≒ ポスト・コロニアリズムという認識の元で考えていたが、 チョムスキーはそうではないようだ。マクルーエンの言うような 世界規模での相互扶助の社会という認識に近いようだ。
だから、「彼らは我々を憎んでいる。 なぜなら我々が世界中で基準になるべき資本主義、個人主義、 世俗主義、民主主義の新世界秩序を擁護しているからだ。」 という認識は自分たちへの慰めであり、 「テロ撲滅のための戦争」とか「自由世界の擁護」という詭弁を止め、 「国家テロ」対「国家テロ」に過ぎないということを自覚しろ、 ということらしい、多分。 その意味において、「文明の衝突」ではない、と言っている。 ただ、新しい搾取の形態としてのグローバリゼーションも アメリカ文明を形作る要素の一つだから、自分たちの枠組みを押し付ける 文明に対する反発と言う意味では「文明の衝突」なのではないかという 気がするけど、日本語でも説明しがたいのにどうやって英文で書くか。
このチョムスキーの著作、インタビュー形式のせいもあるだろうが、 怜悧な印象を受けた。 講演の内容はかなり辛辣で面白い。
アンとのチュートリアルで、彼女が予測していた結論と違うことを 私は言ったらしい。 「もう少し洗練させれば、独自の意見として面白いわね。」 そしてお得意の台詞が続く。 「そう主張してもよくってよ、私を納得させられるならね」 むー、それが問題だ。
今日のテーマ。 「マニュアル化されていないマクドナルド」というパラドックス。
今日の比較文化のレクチャーのテーマは 「グローバリゼーション」 西洋による文化の均質化ということでよく取り上げられるのは ハリウッドとマクドナルドだ。 画一化されたマクドナルドのシステムは「"Just do it" branding」 と呼ばれ、単調な企業文化の象徴とされている。
しかし、大英博近所のマクドナルドはマニュアル化されていない。 と思う。 1回目、注文したものと違うものがでてきたので、 「これ、パッケージ違うけど、注文したものであってる?」 と聞くと、 「違うのはパッケージだけよ、私は気にしないわ。」 (貴方が気にするかしないかの問題なのか・・・?) と思いつつその場で開けてみると、やっぱり違うものが入っていた。 2回目、他にお客さんもいないのに、10分も待たされて 出て来たものは矢張り注文したものと違うもの。 なんなのだ・・・一体。 これは文化均質化に対する反証か、 マクドナルドのアイデンティティの喪失か。
昨日買ったチョムスキーの「9-11」を読んでいる。 今半分ぐらい。(間に合うのか?) インタビュー形式で比較的わかりやすいのだが、 「テロリストがワールド・トレード・センタービルをシンボルとして 選んだと仮定して、グローバリゼーションと文化覇権はどのように アメリカへの憎悪を作り出すことを助けたか?」 という質問に対して、 「それは都合の良い解釈」とか「慰めのための想像図」といった 返答をしているのが意外。この文脈で何がどう慰めになるのか、不明。 引用しているニューヨークタイムズの 「実行者は西洋を形作っている価値を憎んでいる、自由、寛容、繁栄・・・」 というのは確かに自分たちへの慰めかもしれないと思う。 (彼らの言う)自由は確かに西洋啓蒙思想から形成されていったと思うし、 実際、現在繁栄しているけど、寛容は? 何故「Charactarized Western」なのだろう。 西洋が寛容みたいじゃないか、とは言わないけど、 西洋以外が非寛容みたいじゃないか、とはちょっと言いたい。 昨年末日本に帰ったときに見たニュースの特番で ニューヨーカーたちが、何故攻撃されたかという問いに 「意味はない、彼らは悪魔だから」とか、「嫉妬しているから」 と応えていたのが印象的だった。そこには日本のメディアの意図が 入っているのだろうけれど。 その印象が強かった為に、チョムスキーのアメリカ人は冷静に 対応している、という返答は新鮮に感じた。
キッチンで友人に会ったら、サルマンの手先になっていた。 それ、パック・・・?なんで微妙に手の形なんだろう・・・?
明日は、クイーン・アンとの面接なのに未だにドラフトが 出来上がっていない、まずい。 比較文化のほうの「グローバリゼーション」で引っかかってたから。 Cultural Imperialismのケース・スタディで、 「ハリウッドのステレオタイプ」が手持ちの文献に載っていたが、 私は元々映画を観ないので、具体例が挙げられない。 今年は例年になく観に行っているほうだが、結局見他のは2種類、 「The Lord of the Rings」と「Don't say a word」だ。 ・・・なんとわかりやすい繋がり。 ではなく、全くエッセイの役には立たない。
熱がひかなくて、しんどいわ。 問題は体調よりも、エッセイの進捗だが。
先日、友人から薦められて行った心理テスト。 社内でのあなたはこう、という内容で面白かったので、 元上司に送ってみたら、今日返事がきて同じタイプらしい。 因みに結果は、 「岩を砕く波のような冬の稲妻」 私は私、ヒトはヒト。カモメはカモメ。 だそうな。 似たもの同士だったのだろうか? でも、結果を読んでいるとこの元上司にはことごとく当てはまるような 気がするけど、私はこんなに強くない、と思う。 でも、そう言えばうちのチームは「反乱軍」とか 呼ばれたこともあった気がする。何故だ。
今日は久しぶりにキッチンに行ったら、 フラットメイト達が就職の話をしていた。 皆、国連とかシンクタンクとか狙ってるんだなあ。 エリートだ。 私は別に大きな望みはないのだけれど。 自分の食い扶持を稼げればいいや、みたいな。
眠くて気絶しそうなので、事実の列挙のみ。 明日時間があれば修正。
1.大英博のアジア美術のPost Graduateの授業に参加した。 フランス人の先生の「縄文」の発音が微妙に鼻に抜けていて笑える。 このコースに入るに当たって、私は英語の試験は要らないらしい。
2.リデルのブルガリア音楽のコンサートに行く。 エキゾチック。本当に不思議な音階。面白かった。 ソロの女性が声が太くて、低く響く。 アイリッシュ・ダンス習いたいなあ。
今日はロンドン・キャッツ最後の日。 なんとなく、ずーっと続くもののように思っていたから、 終わってしまうのは淋しい。 UKツアーなんかはやるのでしょうけれど。 コヴェント・ガーデンでソワレの中継をやると聞いていたので、 行ってみたい気もしたのだけれど、ちょっとレポートが。
レポート・・・本当にどうしよう。 全然構想が固まらない。 グローバリゼーションとコロニアリズムを結びつけた文献が ないだろうか? しかも南北問題ではなく中東のほうの話で。 September 11thを使うつもりなのだけれど、 文献を漁るのが大変かもしれない。 ネットのソースは転がっているけれど。
友人と電話で長々と不毛な話をしてしまった。
今日はリデルとのエクスチェンジ・レッスン。 先日、日本と韓国でのフーリガン対策をテレビで放映していたらしい。 日本では役者がフーリガンに扮して、警官がそれを止める 練習をしていたそうだが、 「イギリスのフーリガンはあんなものじゃないわ。ふふ」 だそうだ。 頑張れ、ニッポンのおまわりさん! そう言えば、今日はアーセナル戦があった。
今日の誤訳大賞 「そのテニス選手の愛人は忍法をしました」 (本当は「妊婦になりました」と言いたかったらしい。) しかし、実際、彼女の日本語の上達はすごく早い。
今日の英熟語 「to be press-ganged・・・」 パブで酔い潰したりして、騙まし討ちで契約書にサインをさせ、 無理やり軍隊に入れること、らしい。 まあ、日常会話で使うことは皆無、ということだ。 当然のように話の流れとしては「Chosen Men」って何? って所から18世紀のイギリス軍とはこんな感じ、という流れ。
今朝、シャワーを浴びていたら、いきなり冷水に変わった。 あまりに寒いので、布団に包まっていたら、二度寝してしまった。 そして当然の如く遅刻した。なんという間抜け。
クイーン・アンのフィードバック面接。 「貴女の意見が聞こえてこないのよ、 70点が取りたければもっと強く主張しなさい、もっと強く!」と言われた。 かしこまりまして。 ついでに前タームの試験も返された。 「とりあえず忘れなさい、それよりもエッセイよ!」 明日、そのエッセイの為にフランシス・フクヤマの最近の記事を持ってきてくれるらしい。
ヴァージンで、友人に頼まれていたCDを購入。 ついでにDVDの雑誌の立ち読みをしていたら、 「If you think that I am sexy ・・・ and you want my body」 というキャプションが、オークの写真のところについていた。 それはギャグか、単なる誤植か? まあ、サー・マッケランのところについてても困るけど。
大英博物館のアジアン・アートコースに在籍している人に会った。 実際に展示のアレンジとかもやらせてくれるらしいし、 とても手に取れないような実物を触って学べるらしい。 サポートもきめ細かいようだ。 面白そうではあるんだけど、やっぱり問題は入学の英語力。 もう一度、TOEFLを受けなおさないといけないようだ。
なんだかまるで、「こう書いてはいけません」って言われる 小学生の夏休みの日記の悪い見本。
| 2002年05月07日(火)
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Sharpe's Eagle |
今日はまた、キングス・クロス周辺で事件があったらしい。 今回はかなり広範囲に立ち入りが禁止されていた。 その黄色いテープを見ながら友人のYさんが、 「ねえねえ、もしかして犯人が逃走中なのかな?」と言うので、 「違うでしょ、それだったら検問とかをするでしょ。」と返すと、 「やってるよ、検問。」と指を指したその先には、 通り抜けようとする車を素手で止めている警察官が。 この国ではバリケード(?)も作らず、警官が一人で車を止めるのか・・・。
比較文化の前タームの試験が返ってきた。 木曜日にフィードバックをやるらしいが、コメントが読めない。 だから、どうして皆読めない字を書くのだ。
"Sharpe's Eagle"というDVDを入手したので、早速友人の部屋で観る。 Riflesに続いてこれを観て、改めて思うこと。 私、やっぱりこういう時代劇好きだわ。 ただ、字幕を必死に追うので俳優をあまり注視してられないというのが 辛いところだ。シャープ役のショーン・ビーン氏は私の中で、 わかりやすい英語を話してくれる俳優No2にランキングされているが、 他ははかなり辛い人が多い。 それに多分、軍隊用語が(専門的ではないのだろうが)でてくるし。 横隊とか縦隊とか言ってるみたいだし、階級も一拍置かないと どっちが上だかわからなかったりする。 ストーリーは単純で面白い、そして主人公は首尾一貫して怪我してる。 だが、女にはもてる。理由はよくわかる。 前作から引き続き「美しきスペインゲリラの愛人」(←アマゾンでこう紹介されていた) テレサさんがでてきていて、一応この人は恒常的な恋人なのかな、と思われる。 一話に一人恋人パターンかと予想していたよ。 このテレサさん、ちょっと惚れそう。 ウェルズリー将軍(モリアーティーに似てる)の腹心の狸おやじのホーガンとか、 シャープの腹心で、上官がぼろぼろなのに一人元気なハーパーとか、他の脇役も面白い。 まあ、今回はあほな上司を持つと苦労するよねええ、という感じの話。 実践経験豊富で(15年闘った叩き上げの中尉、異常な出世だ)現実的だが、 自分なりの規範を持っていて、また、ロマンチストなんだよな、この人。
全作揃えそうで怖い。というより日本に帰ったら邦訳本を買うだろう。
今、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」を読んでいるが、 寝そうだ。 一章、一章はなんとなく理解した気になっても 全体を通してみるとよくわからない。 これでプレゼンをやる事は決まっているし、 次のエッセイはグローバリゼーションを選ぶつもりだから、 読んでおかないといけないのだけど。
比較文化のほうは、真贋のトピックを選ぼうか、と。 テーマはボードリアールから引用されているけど、 美術に焦点を絞って、ベンジャミンのAuraと デュシャンとかウォーホルとかを使おうかな。 現代美術は本当は苦手なのだが。
大学時代、ゼミの研修旅行で群馬県立美術館に行った。 そこで、ウォーホルの「毛沢東」(だったと思う)を見たのだが、 そのとき友人たちが、 「ウォーホルの作品を高額で購入して、こうやって大事に飾ってるのって ナンセンスよね。彼のメッセージにそぐわない。」 「ウォーホルの作品ってさ、 図版をセブンイレブンで適当にカラーコピーして、 部屋にばーって貼り付けて3日ぐらいで飽きて捨てるものだよね。」 って言っていたのをふと思い出した。 なるほどね。
| 2002年05月03日(金)
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When Saturday comes |
今日の午後はエクスチェンジレッスン。 リデル(仮名)は、日本に渡航する際に正式に結婚してないと、 週25時間以上働けないと知って、凹んでいた。 別に婚約者の収入は充分にあるのだが、(何せ外務省がらみだ) 「独立」していたいのだという。 今年は渡航準備や日本語の勉強で忙しいから、結婚する予定は なかったらしい。 それ以上に痛手なのは、前述のカップルだ。結婚できないから。 今週のヨーロピアンのトピックがフェミニズムだったと言ったら、 今度会う時にヴァージニア・ウルフの本を持ってきてくれるらしい。 別れ際、「そう!忘れるところだったわ、 今日ショーン・ビーンがテレビに出るわよ!」と教えてくれた。 ・・・ありがと、わざわざ。
というわけで、「When Saturday comes」だ。 最初を見逃した上に、途中で友人とおしゃべりしていたから、 ストーリーは追えてない。二人で推測で補いながら見ていたので、 アナザーストーリーを見ていた確信がある。 だいたい、友人にとって重要だったのは弟の名前がロスってとこだし。 (本当はラスじゃないですか?本名Russellみたいだったから。) そして「この人(ショーン)って、柄悪そうですねー。」と言った。 ほっとけ! 線路でのシーンは良かったかな。
次回のエッセイのテーマが発表になった。比較文化のほうの 質問が長くて意味がよくわからない。 もうすぐ、チュートリアルがあるから、 この週末にテーマを絞らなくちゃならないんだけど。
先ほど、友人(mino)からメール受け取って、 日記が最近疲れ気味との指摘を受けた。 体調不良というより、ちょっと最近後ろ向き加減なだけなんだけどね。 ちょこちょこ気晴らしをしながら、浮上しようかと。 因みに、今日知ったことだがこちらの生水は飲めることは飲めるが、 雑菌が多いらしい・・・。定期的に腹痛起こすのはそれが原因か。
なんだか、彼女がいろいろ愉快なものを送ってくれるらしく、 楽しみ。ありがとー。 例え、「*CD−ROMはwin95以上で動くのだ。 まさか未だにDOSのコマンド使いではないと信じているので発送するのだ」 という失礼なコメントがついていようとも・・・っ! 酷いわ、いくら私が昔COBOL使いだったからって。 統計コンピューターで、c:>DIRとかやってしまっている君の職場の方が、 すごいよ。 でも確かに彼女のおうちは、先端機器がそろっている。
君の好きそうなものを私も探しておくよ。 去年はルイス・キャロル絡みだったから、今年はケルト関連にしようか。
| 2002年05月01日(水)
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過去を振り返ってみたり |
今日は取り立てて、学校でもアクシデントは起こらなかった。 昨日のレクチャーはテーマは一応、 「ポスト・コロニアリズム」 「現在は本当にポスト・コロニアリズムという時代か?」 という問題提起は良いのだが、内容が植民地支配の歴史、 なのがちょっと。 アメリカの主張が「Bombing for freedom」というのは面白かったけど。 サイードの「オリエンタリズム」は私には難しいので (何が言いたいかはわかるが、方法論が。フーコーとかグラムシとか) そこを掘り下げてくれると有り難かった。 今日のプレビューは勿論レクチャーに沿って行われるので、 歴史の授業のようだった。 Cultural colonialismなどに焦点を当てたい友人は、不満そう。 というか、そこ、明日の昼休みにでも私に解説して下さい。
最近、少しネット社会のマナーというかルールについて 考えさせられる出来事があった。 私はネット社会に付いて疎いのだが、顔の見えないもの同士のやり取りで、 自分のスタンスを明確にしつつ、他者への気遣いを見せられる態度は、 尊敬できるものだと思った。
そう言えば。 以前、会社でネット使用上のマニュアルを作った覚えがある。 しかし、(イントラメインの)社内基準の叩き台というレベルだったし、 何より最初の会議で 「メールで仕事を依頼するのは失礼であると考えている 方々の意識改革の為の・・・」といわれたような代物だ。 ちょっと、ちょっと。それはトップダウンで命じてください。と思った。 しかし社内研修で、マウスを逆に握ってみたり、 「ダブルクリップ」と言ってみたり、 Caps Lockを外せと言えばランプの部分を力強く押してみたり、 するお偉方を見ていたら、このレベルで良いのだと悟った。 今頃ますます、IT化が進んでいるでしょうが、頑張ってくださいね。 グローバル社会で生き残る為の自助努力って、 言うのは簡単だけど、日常業務をこなしながらって大変だよね。
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