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「またおめえかよ。」そう思わないでいただきたい。こんばんはあゆです。
携帯に「すマン」という題名のメールが来た。 またエロ業者からのメールかよ! と思ったら差出人がるるだった。 しかも内容が 「あたまが痛いのでネタがあったら代わりに日記を書いてくれ。おやすみ」だった。 「おやすみ」で締めくくるってことは、 「レスはいらない」=「こっちの事情など知ったことない」ってことである。 つまり、 ネタがあろうがなかろうがあたしの代わりに書かないと あたしの代わりに姑を大阪に行かせるよ。 というるるからのメッセージである。 今月の初めなど、更新が一週間もあいている時もあったというのに このところの更新ラッシュでプレッシャーを感じているのだろうか。 改めて目次を見てみると、この一週間毎日更新しているではないか。 驚き桃の木三条正人だ。(←知らなくてもわざわざ調べるまでもない人なので安心してほしい。) BBSにも書いてあるが、わしはスランプなのだ。 いれぎゅりゃにふさわしいネタが全然浮かんでこない。 それにわしだって眠いし、 身体の調子もイマイチで、このところ毎日背が低い。 それなのに、こうして書いているのは、 わしが律儀で情け深いからに他ならない。 因みに大阪では律儀で情け深いことを「パシリ」と表現する。 とりあえず今日はネタがないので、 GW初日の今日のわしのできごとを書こうと思う。 朝、起きるとダンナがいない。 ついに家出したのかなと思っていたら、 そういえば「ゴルフに行く」と言っていたことを思い出してがっかりした。 一人でパチに行く。 500円で大当たりを引いて喜ぶが、その後しょぼい展開で 最後は出玉を飲まれた挙句、追加投資までするが結局そのまま撃沈。 家に帰って昼寝をしているとダンナが帰ってくる。 またまたガッカリする。 そうこうしていると新しい車の納車の連絡が入る。 ダンナと共に新しい車の説明を受けつつ 車のナンバーを結婚記念日の日付に指定したのを激しく後悔する。 長女がバイトから帰ってくる。 残りのパンを当てにしていたので夕飯を作ってなかったのだが、 長女が「新しい車に乗って味噌カツを食べに行きたい」と言い出す。 しかし、私もダンナもビールを飲んでおり、「無理」と言うと 「一週間前からずっと味噌カツを食べたいって言ってたのに...」 と言って泣き出す。 確かに先週の「どっちの料理ショー」を見て以来毎日「味噌カツ食べたああい」と言っていたが、そこまで思いつめていたとは。 「じゃあ明日食べに行こう」と言うと、「もういいっ」と言って部屋に閉じこもる。高3女子。むずかしい年頃だ。 風呂に入ろうとすると「やっぱり明日食べに連れてって」と言ってきた。 ほっとする。これで明日もご飯作らなくていい。(←そっちかよ) 風呂から出るとるるからメールが来る。 現在に至る。 ほんと感心するわ。何にも家事してねえや。 こんなことでは、やっぱりゆみなの言うように、いつか馬鹿を見るのだろうか。 そんなゆみなは毎週末、馬しか見ていない。 鹿も見ろ。
こんばんわ。ゆみなだ。
るるじゃないぞ。どうせるるは寝てるんだろう。 るる風に言えば、 「こんばんわ。寝ているるるです。寝てい”るるる”ではありません」 と書くんだろう。 書き出しからも分かるように私は今ご立腹中なのだ。 出腹ではない。立っているのだ。 昨日、全然ヒマじゃなかったのになぜか過去の『いれぎゅりゃ!』を読み返してしまった。 するとどうだ。 あゆもるるも、やたら人の顔について書いているではないか。 やれすっとんきょうだの、やれすっとんきょうだの、やれすっとんきょうだのって、まるで私の顔がすっとんきょうな顔をしてるみたいではないか。 二人に聞きたい。 おまえたちは「すっとんきょう」の意味を知っているのか。 漢字で書くと「素頓狂」だ。狂っているのだ。 広辞苑で調べたら 「頓狂を強めていう語。非常に間の抜けたさま」と書いてある。 念のため「頓狂」の意味も調べた。 あ、おいっ!そこのおまえ。 もしかしたら私が「頓狂」の意味を知らないと思ったな。 冗談じゃない。あくまで念のためだ。知らない人が私以外にもいるかもしれないと思ったからだ。 すると 「慌てて間が抜けていること。出し抜けで調子はずれなこと」となっている。 つまりだな。 素っ頓狂というのはちょっとやそっとの間の抜けっぷりじゃないのだ。 抜けすぎて肝心なものがなんだったのか分からないほどのことを言うのだ。 私の顔は間が抜けすぎているというのか!肝心なものが抜けているというのか! 肝心なものがなんだったのかすら忘れてしまったではないか。 だいたいあゆとるるは私に対して一番の年長者を尊ぶという気持ちに欠けている。 確かに私は年より若くみられる。 あ、そこのおまえ!おまえだ。おまえ。ギョウチュウ検査を軽視してる「オイラ野郎」だ。 今おまえは「年より若くみられる」を「年寄り若くみられる」と読んだだろう。 なんで素直に読めないのか。平仮名で読め。 おまえたちは私が若くみられることを妬んでいるのだろう。 その気持ちも分からなくはない。でもな、いくら若く見られるからってせいぜい20歳に見られた程度だ。 それも21歳の時にだ。 それとな、まだあるぞ。 確かに私は藤原紀香に似てると言われたことがある。 しかも二人にだ。 その二人も酔っ払って目の焦点が定まらないオヤジと美の判断がまだつかない小学生だ。 最近では自分でも言っている。言うたびに周囲の人から冷笑を買っているのだ。 おまえたちは冷笑を買うというのがどうことなのか分かっているのか。 買うと言っても「お金も払わずに買えたから得したね♪」なんて思うな! それとな、確かに私はでかい。 大阪に行った時グリコの看板が頭に当たって邪魔だった。くいだおれ人形が足元でチャラチャラ踊ってて邪魔だった。 でもな、だからといってグリコの看板にいちゃもんをつけたことはない。 一粒で200m走れるとかなんとか言ってるけど、そんなもの食べなくなって200mくらい走れる。 あ、おいっ!そこのおまえ。おまえだ。おまえ。大阪でヒマに任せて2ch巡りをしてたら、、うっかり屁をこいてしまったおまえだ。 おまえは今、私が一粒食べないのは金がないからだと思っただろう。 冗談じゃない!金がないのは今に始まったことじゃない。 バカにするのもいい加減にしろ。 まったくどいつもこいつも私のことをバカにしすぎてる。 そんなに人のことをバカにしてると、いつか自分たちが「馬鹿を見る」という事になぜ気づかないのか。 そんなに馬鹿を見たいか。 よし!分かった。そんなに見たいのなら、 今度会おうじゃないか!
あゆ、眠いの。こんばんは。
お約束というのも大変である。「とうひ」でつなげばまともすぎるし、ちょっとヒネって「凍死」というのも季節はずれだ。そこでもうひとつヒネってこの題名だ。40過ぎたおばはんの考えることではないと思う。 「ほうひ」と入力したら勝手にこの字が出てきたので、これはパソコンのせいなのだ。 昨日、半身浴をしがら「2ch住人はバカじゃない」という、2chの名スレ、クソスレを抜粋した本を読んでいた。 その中に「ダンナを他のモノに例えると」というスレが載っていた。 昨日はタイミングよくゆみなんとこの結婚記念日だったというではないか。 ちょうどよいので、お祝いに気になった書き込みを抜粋してみよう。 【結婚前】猿 【結婚後】豚 ↑ありがちだ。ウチは「ギリシャ彫刻」→「豚」になったわけだが。 因みに「ギリシャ彫刻」はダンナ本人談なのであしからず。 もうひとつおまけに、わしは「太川陽介」→「豚」だ。どっちにしても豚かよ。食生活を考え直すべきなのか。 【結婚前】永遠の少年 【結婚後】幼稚園児 ↑これは、ダンナさんの幼稚度が増したとともに、奥さんの許容範囲も狭くなった結果だと思う。 【結婚前】辰巳琢郎 【結婚後】河内家菊水丸 ↑多分奥さん以外の人が見たら、はじめっから菊水丸だったのだと思われる。 ↓わしの中での��1はこれだっ。ゆみな夫妻にはわしからこれを贈ろう。 【結婚前】オードトワレ 【結婚後】屁 別にゆみなんちのダンナさんが屁ってわけではない。 そりゃあ、いいダンナさんなんだ。ゆみなにはもったいないくらい。 自らの身をひねって作り出した朝の芸術作品を見せたり、 奥さんを笑わすのを自分の日課とし、 夫婦で褒め殺し合いをしたり、 ほんとに満点な夫だ。 そんなダンナさんを選んだゆみなもさすがに男の中の男である。 ゆみな、ダンナさん、結婚記念日おめでとう。 そういえば、珍しく題名と本文がリンクしているではないか。 偶然とは言え(偶然かよ)、すごいぞわし。 さて、夫婦に話題を移す。 今日放送のドラマで柴田恭兵と酒井和歌子が夫婦役になっていた。 なんか違和感がある。 酒井和歌子ってわしらが子供の頃、すでにアイドルの峠を過ぎかけていたのではなかったのか。 それに対して柴田恭兵ってわしらが高校の頃に、きゃあきゃあ言われ始めたような気がする。 気になって調べたら、 酒井和歌子は昭和24年生まれ。柴田恭兵は昭和26年生まれだった。 なんや、年齢的には全然つりあってるやんけ。 ただ単に酒井和歌子のデビューが早くて、柴田恭兵のブレイクが遅かっただけなのか....。 柴田恭兵ってわしの中ではすごく「中身がうっすい男=万年チンピラ」という感じがするのだが。みんなはどうだろう。 ところで、るるんちはどういうふうに変わったのかな? 【結婚前】頼れる素敵な男性 【結婚後】頼れる素敵な男性鬼姑付 そのまんまかよ。
「オイラ」だった。
昨日のるるの日記の更新がやたら早かったのでてっきりあゆが暇に任せて書いたのかと思って見てみたら、いきなり茶色文字で「オイラ」から始まっていたことに驚きを隠せないゆみなです。轟二郎は以前姿を隠したままです。 こんばんわ。 さて今日は私の結婚記念日だ。 正確に言うと私とダンナのである。 不正確にいうと、るるとあゆのダンナの結婚記念日となる。 ダンナと結婚して20年以上になる。 もう20数年経ったのかというのが正直な気持ちだ。 あと何年一緒にいなきゃなんないんだよ!というのがもっと正直な感想だ。 我々のように仕事も一緒の夫婦はサラリーマン家庭の夫婦より共有している時間がはるかに多い。 しかも土日まで競馬だのゴルフだのと趣味まで同じだと、その時間だけで考えると結婚年数も100年くらい一緒にいたように錯覚する。 なのになぜか飽きない。 よく長く一緒にいる夫婦には会話がないという話を聞くが、ウチに限ってはそれはない。 金はないが会話に尽きることはないのである。 仕事が同じなので当然仕事に関しての話もある。子供も3人もいれば日々誰かかれかの話はしている。 競馬新聞を見てはあの馬はどうだ。あの騎手はどうだとかいう話もしている。 しかしよくよく考えてみると、どうもそれだけではない気がするのだ。 多分、どこの家庭でもやっていることなんだろうけど我々はよく別人になりきる。 夫と妻ではなくダンナが従業員で私が社長という時もある。ダンナがやたら敬語で話しかけてきたり私が命令口調で話す。 またある時はソープランド嬢と客にもなる。 「君はどうしてここで働いてるの?」 「おどごに騙されちまっただ・・・・」 「こんな仕事やめて田舎に帰った方がいいよ。」 「田舎さ帰っても兄嫁もいるし、もう帰るとこがないのよ。わだず。」 という会話をする。 ソープ嬢は決まって田舎から出てきた純粋な娘だ。客は会社でも家庭でも相手にされないような気の小さい中年男だ。 ただソープ嬢になってしまった理由はその時々で変わる。男に騙されたときもあれば親の借金返済バージョンもある。 だがソープランドだからといって、実際にお風呂に入りあんなことしたりこんなことをしたりするわけではない。 あくまで会話だけだ。 またこれもどこの家庭でもよくやっているありきたりのことだが、私たちは時々「褒め殺しごっこ」をする。 「あんたほどカッコイイ男は見たことない。」 「おまえの美しい顔を見てると他の女は目に入らない。」などと相手を褒めて褒めて褒めまくるのだ。 しかし残念ながらこの「褒め殺しごっこ」にはひとつ欠点がある。 すぐにネタが尽きてわずか一分で終了することだ。 それでも無理やり褒めようとして、だんだんと 「そんな二段腹を持っているのは世界でおまえと鏡餅くらいだ。」 「いやいや、あんたの足のにおいはどんな高級な納豆だってかなわないよ。」となってきて、 そのうち褒め殺しから、ただの殺し合いになりそうなので適当なところでやめておく。 また「褒め殺しごっこ」の応用として「けなしあいごっこ」というのもあるが、これはすぐに殺し合いになりそうなので、よほどのことがない限りやっていない。 よほどのこというのは、本当に殺したくなった時だ。その時は相当リアルな会話で楽しめる。 ネタにも尽きることはなく延々と続く可能性あるので、これも適当なところでやめとく。 またこれもどこの家庭でやっていると思うが、手旗信号とかモールス信号とかパントマイムで会話する時もある。 これは全身を使うので長時間の会話には不向きだが、ちょっとした会話の時なんかは笑いもとれてなかなか和む。 ただあまり的確にこちらの意図が伝わらないという難点があるが笑いもとれたし、まぁ良しとしている。 このように我が家では常になんらかの手段で会話をとるようにしている。 それも意識的ではなく、気がつけばどちらかがなんらかの方法で会話に持っていこうとし、それに対して片方が無意識にのってしまっている。 喋ってないのは寝ている時くらいなもんだ。と思っていたら、私はしょっちゅう寝言を言ってるらしくダンナは深夜でもそれに反応して返答しているようだ。 夫婦は空気のような存在だと言われるがそんなことはない。人間と人間なのだ。空気であってたまるか。である。 常に自分が今、何を感じ、思い、考え、どんな不満を持っているか、何が満ち足りているか、どんなに自分が幸福であるか、相手のどんな言葉が嬉しかったかなどを言葉に変えて伝えることが大切だ。 ウチのようにいつも喋っていると喧嘩の数もハンパではない。 しかし、喧嘩の数と同じだけ仲直りの数もハンパではないのだ。 そのたびごとに相手のことを知っていく。 知ったところで、別に知ったこったぁないのだが。
そんなにオイラが悪いのか。
ふてくされてる、るるです。 ふてくされて、るるる♪ではありません。しつこいです、我ながら。 ギョウチュウ検査ごときで、ガタガタ言うんじゃありません。 それじゃ、息子の生い立ちの記を丸ごと書いた、しかも昔の当用漢字をつかって書いた義母の立場はどうなるんですか。 どうなってもかまいませんけど。 ま、白黒はっきりさせるためにも大阪に行こうじゃありませんか、そのうち。 そのうちかよ。 やっぱり口先だけなのか、オイラ。 そんなことはどうでもいいです。 5月からの社会復帰に向けて、ワタクシは日夜勉強に励んでいるわけですが。 やっぱりねー、ブランク長いですからねー、 専門用語とか思いっきり忘れてるわけですよねー。 それが、英語だったりカタカナだったりするわけですよねー。 もう、ほんと覚えた先から忘れていくんですよねー。 でも、がんばるよ!オイラは! やらなくちゃいけないことや、覚えなくちゃいけないことは山ほどあるわけですが、 そうよ、研修が始まるってことはお友達がまた増えるってわけで、 そしたらあなた、名刺が必要ですよ。 というわけで、PCで名刺を作って終わってしまった今日の午前中。 これって、逃避なんでしょうか。 でも、がんばるよ!オイラは! むなしいです。 勉強で煮詰まった頭をリフレッシュさせるべく、名刺作りを終えたワタクシはお買い物に行ってきました。 研修始まるってことは、あれですよ。 学生気分再来ってことですよ。お勉強ですからね。 ってことで、メガネを新調しなくちゃですよ。 というわけで、メガネ作ってきました。 今って簡単にできちゃうんですね、30分でできちゃいましたよ。 しかも、安い!レンズとフレームで5000円って安いですよね。 そのメガネ屋さんで応対してくれた男の子が、何とも言えないキャラだったんで これは「いれぎゅりゃ!」のネタにできるぞと喜んで帰ってきたのですが、さっきも言ったように、「何とも言えない」キャラだったので、説明のしようがありません。 残念です。 強いて説明するならば、一昔前の高校球児的容貌をもちながらカバちゃん的な物腰を持つ青年とでもいいましょうか。 目を細め口角をきゅぅっとあげ、やわらか〜く微笑まれると、なぜか鳥肌がたってしまうというか、 お願いだから、こちらが何か言う度にそのスマイルのままで「うんうんうん♪」と小刻みに首を降らないでくれ、というか いちいち、「あ(はぁと)」みたいに小さく驚いてからモノを言うのはやめてくれ、というか、 ダテメガネなのかなんだかわからないけれど、その黒の丸いフレームはノビタみたいである意味すごく似合ってるんだけれど、メガネ屋さんの販売促進にはどうかと思うとか、 そう言う感じでした。 もし、ゆみながいたら、ゆみながするであろう表情、 つまりは、あのすっとんきょうな顔を必死に笑いを堪えているワタクシに向けて、唐突に 「オカマのノビタって見てみたいよね。」 と、言い出しそうな、そんなことまで想像できる感じでした。 ゆみなって人はそういう人です。 そんなことはどうでもいいです。 新しいメガネを作ってゴキゲンになったのは良いのだけれど 勉強が全然進んでいないことに気付いた、午後5時。 これも逃避なんでしょうか。 明日、研修に先立って一発目の試験があるっていうのに。 でも、がんばるよっ!オイラは!
相変わらず題名を考えるのがめんどくさいので、適当につけてみた。だれかが「ずびょびょーーーん」で検索してこのサイトにたどりつくかもしれないと思うとわくわくしてくる。
いるかよ。あゆです。こんばんは。 それにしてもるるんちって...厳格なんだかずぼらなんだか。謎だ。 るるは、きっちり家事もし、子供たちもしっかり育て、満点かあさんだと私は思っていた。実際そうであってほしいと思う。りゃんにんのうち、誰か一人くらいグータラでない主婦がいてほしいからである。 いや、別にゆみながグータラというわけではない。わしは正真正銘のグータラだが、ゆみなはちょっとパータラなだけだ。 まあ、なんだ。まあ、いいか。そんくらいのこと。代わりが兄弟のなんだから。 何かの本で誰かが書いていたが、自分のブツの代わりに犬のうんちを検便に出して大騒ぎになったとか。 しかも犬の名前がベンだったそうだ。←これは今わしが思いついた。そのわりにはイマイチだった...._| ̄|○ さて、そのちょっとパータラのゆみな。 今年こそ大阪に来るそうじゃないか。 来るなら来い!いつでも受けて立ってやるぜ。 しかし、ゆみなは 大阪という街は本当に不思議な街である。 看板が異常にでかく歩行に邪魔なくらいだ。 思わず蹴ってやろうかと思ったが、足元ばかりに神経を集中させると、今度は頭上にもまた邪魔なほどデカイ看板が突き出ていて危険極まりないのだ。 と書いているが、私は、ゆみなが前に大阪に来たときのことを思い出した。二人でバカ話をしながら歩いていると、いきなりゆみなが「痛っ」と言いながら肩のあたりを押さえている。驚いて見てみると この人にぶつかっていた。その後、「どこ見て歩いてるのよ!こんなとこで両手あげて走るなんてバカじゃないの」といちゃもんをつけることも忘れてなかった。 あと、「思わず蹴ってやろうかと」思い、「足元に神経を集中させる」と書いているが、 あの有名なくいだおれ人形にゆみなのつま先が触れ、結果的に蹴り倒してしまった。大騒ぎになるのを恐れたゆみなは、それをあわてて懐に入れて東京に持ち帰り、今ではキーホルダーとして使っているそうだ。 また今度大阪に来たときに、その後に新しく設置されたくいだおれ人形も持って帰って、前のと合わせてピアスにするといいかもな。 ところで、るる、本気で大阪に来る気はなかったのか....。 あれだけ 「行きたあああああああああい」と言ってたのは嘘だったのね....。 大丈夫。大阪にも大酒を飲んでクダまけるところもあるし、歌って踊り狂えるカラオケ屋もあるから。 それでも物足りないんだったら道頓堀川に飛び込んでもええで。わしが許す。その後はゆみな、頼む。 とにかく、一度来い。 話はそれからだ。 何の話だ。
るるが昨日書いてたことに驚きを隠せない。
隠さずにパソコンの前で口をアングリ開けていたら家族から奇異な目で見られたので、やはり驚きは隠すことにしたゆみなです。こんばんわ。 せっかくるるがやる気になったところ申し訳ないがはっきり言わせてもらおう。 「アンタんち、変だ。」 ちょっとギョウチュウ検査を軽く見すぎてないか。 ギョウチュウ検査というのは身体の中にギョウチュウはいないかどうか。 あるいは本人がギョウチュウでないかどうかを確かめる非常に大切な検査なのだ。 そんな大事な検査なのに兄弟どっちのウンコでもいいや。というのは間違っている。 検査でギョウチュウが見つかったとしよう。しかし実はそのウンコの持ち主は兄の物だ。つまり実際にギョウチュウを大切に保存していたのは兄だ。だが保健所はギョウチュウ保持者として弟のタッキーを捕まえる。 その時いくらタッキーが 「あれは僕のウンコじゃない!」 と声を荒げても、保健所はギョウチュウ保持者のレッテルから逃れたい一心から出たデマカセだろうと判断するに違いない。 それからタッキーは一生ギョウチュウ保持者の汚名を着せられたまま生きていかなければならないのだ。 また兄の立場も微妙だ。自分の罪を弟に着せてしまった兄は一生贖罪の日々を送らなければならないのだ。 どちらにしてもあまりにも気の毒である。 1200年ほど前に同じようなことがあった。 保健所でギョウチュウ検査を行った際、出席番号13番の河野(かわの)と14番の河野(こうの)のウンコを間違って検査し、河野(かわの)が実際ギョウチュウを持っていた河野(こうの)の汚名を着せられ、クラスのみんなから 「やーい!ギョウチュウんぼ!」と苛められた。 河野(かわの)は自分の体内にギョウチュウがいたことにショックを受け、こうなったら本物のギョウチュウになるしかないと覚悟を決めた。 名前も河野(かわの)から「営 業中」と変えて中国人として生きていく事にした。 後に、あの検査は誤りだったと気づいた保健所は陳謝したが、時すでに遅し、営業中は結婚し、たくさんの子孫を残していた。 修行中、休業中などがそれだ。 以来、このことは「ギョウチュウ取り違え事件」として後世に語り継がれ、 「ウンコには必ず記名すること」と法律で決まったほどだ。 入学式後に数え棒だのおはじきだのに名前をつけたるるが、どうしてウンコに記名することを嫌がったのか理解できない。 魔がさしたのだろう・・・ この「ギョウチュウ取り違え事件」のことをるるが知らないはずはない。 「赤ちゃん取り違え事件」と並び、二大取り違え事件として大きく事件簿にも乗っているのだから。 万が一、るるの家で第二の「ギョウチュウ取り違え事件」としてワイドショーを賑わすことになったら私は友人として辛い。 もし、るる家にマスコミが大挙押しかけてきたら私が代わりに取材に応じる覚悟は出来ている。 いや心配することはない。美容院にも行ってきた。大丈夫だ。 友人として当然のことをするまでだ。もちろん謝礼なんかいらない。でもどうしてというのなら貰っても構わない。 それでるるの気が済むのなら。 さて、話は変わり、おとといあゆが豹柄のスパッツについて書いていた。 さすが大阪人だ。目の付け所が違う。巷に豹柄が蔓延している大阪ならではの感性だ。 しかし私は時々疑問に感じる事があるのだ。 数年前、大阪に行った時のことだが、あのオバちゃんたちは本当にスパッツを穿いているのかと。 中にはどうみても足に直接、豹柄の模様を書いたとしか思えないほどパッツンパッツンの人がいるのだ。 大阪では足に豹柄の刺青を入れるのが流行っているのかと思ったほどだ。 また豹の顔をしたTシャツを着ている人も見かける。 あゆの言うとおり目の部分にスパンコールが埋め込まれ、シャープさを醸し出そうとしている。 しかしTシャツが気の毒になるほど横に伸びきっていて、シャープさどころか、どうみてもニキビヅラのたれパンダにしか見えない豹もあるのだ。 あれじゃ豹に失礼だろう。 それとも大阪ではあれが豹として教え込まれているのだろうか。 大阪という街は本当に不思議な街である。 看板が異常にでかく歩行に邪魔なくらいだ。 思わず蹴ってやろうかと思ったが、足元ばかりに神経を集中させると、今度は頭上にもまた邪魔なほどデカイ看板が突き出ていて危険極まりないのだ。 ここ数年、大阪には行ってないが今年こそは絶対に行こうと決めている。 るるも誘っているのだが 「行きたいねー。」と口先ばっかりで本心ではないことがミエミエである。 一回行ったら当分いいや。という気になる大阪だが、時間がたって身体が忘れたころ又行きたいと思わせる不思議な魅力を持った街である。 まるで私たち3人の飲み会のようだ。
おはようございます。
タイトルを伸ばすのが最近のここの流行みたいなので、伸ばしてみました。 明け方の3時に能天気なコラショに起こされて不機嫌なるるです。 コラショというのは、タッキーがやってる進○ゼミのキャラクターなんですけどね、最初のおまけで目覚し時計をもらったんですよ。 かわいいんですけどね、ええ、とっても。 起こし方がですね、なんか太鼓の音っていうんですか?おもちゃのオサルさんが叩く太鼓みたいな音なんですけど、それが、 トトトトン、トトトトン、トトト、トトトトン♪ とリズミカルに鳴ったあとに、若干舌足らずのかわいらしい声で、 「朝だよ、起きて!おっはよーー!」 と、ええ、もうそりゃぁかわいらしい声で叫ぶんですよ。 たとえるなら、タラちゃんの親戚のイクラちゃんみたいな声ですよ。 ハーイ♪のあの声です。 起きるまで叫びつづけるんですよ、太鼓と一緒に。 それで、起きますね?で、スイッチを押しますね?コラショの頭のてっぺんにあるスイッチを押すと、すかさず、 「ヨイショッ、コラショッ!ガンバルゾォ♪」 と応援してくれるんですよ。 ほかに、 「パンパカパーーン!起きたの、エライッ!」 と誉めてくれたり、 「楽しい一日、始まるよっ!」 と励ましてくれたりするわけですけど、 明け方の3時に、パンパカパーーンはいかがなものかと。 ええ、タッキーちゃんが昨夜寝る前にいじってましたから、間違ってセットしたのかなんだかわかりませんけど、ひどい目に合いました。 子供は熟睡してますからね、頭の上で太鼓が鳴ろうがタラちゃんが叫ぼうが起きやしませんよ。 隣りの部屋で寝てるワタクシは目がパンパカパーンだというのに。 当然、本来起きるはずの7時になっても子供たちは起きませんから、毎朝ふとんをはぎ取ったり、鼻の穴に指を突っ込んだりして起こすわけですが、3人それぞれにそんな手厚いことをしていると、朝の忙しい時間がもったいないので、今朝はフライパンを木じゃくしで叩くという、大変クラシカルかつエコロジカルな手法に出たところ、3人とも飛び起きました。 ちなみに、ワタクシの太鼓のリズムは 「トトントトーン、トントントン」でございます。 だいじょうぶだぁ〜のリズムです。 そんなことはどうでもいいです。 今日は、慈英とタッキーのギョウチュウ検査の日でした。 昨日の今日の朝、起きてすぐのフレッシュなお尻にテープを貼って採取するという例の検査です。 ところが、こんな感じの慌しい朝ですからついうっかり忘れてしまいまして、気がついたときには、タッキーはすでに朝のうんちをしてしまった後だったのでございます。 昨日の分は二人ともお尻ペッタンはしているものの、今朝忘れてしまったら今日の提出に間に合わないわけで。 慈英はなんとか採取できたものの、タッキーのうんち済みのお尻はフレッシュとは言いがたい。 一年生になったばかりで忘れ物、しかもお母さんの不注意で。そんなかわいそうなことはできません。 タッキーの先生はベテランの女の先生、きっちりとした先生です。 保護者会でもお手紙でも「忘れ物をしないようにご家庭でご配慮ください」と何度も言われています。 困った。。どうしよう。。。 と思っている時に、ワタクシにある記憶が甦ったのでした。 あれは祐二が一年生の頃でした。 その時は尿検査の日でした。 同じように、気がついたときはすでに祐二は朝のフレッシュな尿を最後の一滴まで搾り出した後で、どうがんばってもあのお弁当に入れるお醤油さしのような容器の 「この線まで」という量が出せる状態ではありませんでした。 困ったワタクシは、「わかりゃしないだろう」と慈英のおしっこを提出させたのでした。 祐二の(正しくは慈英の)結果はセーフでしたが、あの時、ユカちゃんのママは 「私もユカのおしっこを採るの忘れちゃって、私のを出したら再検査になっちゃったのよ〜」と笑い飛ばしていたのでした。 ああ、なんて良いことを思い出したんでしょう。3人育てれば3人分の経験ができるっていうのは本当だわ。前の経験を生かせば良いのだわ。ユカちゃんのママのように、ここで間違ってもワタクシのお尻を差し出してはいけないのだわ、と一瞬その気になっていた自分を制し、慈英のお尻を借りて今朝の提出に間に合わせたのでした。 ま、そう硬いこと言わなくても大丈夫でしょう。 そもそも、昨日採取した時点で、どっちのテープがどっちのだかわからなくなってるわけで。だって、おんなじテープですから。お尻もおんなじようなもんですし。 まさに瓜二つ状態ですから。 そんなこともどうでもよかったですね。
なんだかね、懐かしいなとは思っていたんですよ。横から見た私の姿。ずっと前に見たことあるなあって...。るるの日記読んで納得しました。お腹の大きなあゆです。こんばんは。
寒い。窓が開いてるからなんだが。 世の中いろいろな人がいる。 ゆみなのようなすっとんきょうな人間もいれば、そんな妻を一日8時間笑わすのが使命と思っている夫....。 かと思えば青木さやかなのに自分を黒木瞳だと思い込み、果てはストリッパーと名乗「るるる」。←もういいですか。 ほんとにつきあいきれないよ。 わざわざ言わなくても賢い読者の方なら気づいていると思うけど、わしなんか、二人に比べたらほんと、マトモ。悔しい。悔しいのかよ。 そんなマトモなわしだが、本当に昨今の物忘れの激しさにはシャッポを脱いでいる。 先日2chで(まだ見てるのかよ)、生活板の「おとんおかん語録」というスレを見ていた。 すると、 書き込んだ人のおかあさんが、 「ダイエットをしても リベンジ しないように気ぃつけな」 と言ったというのだ。 わしはこのリベンジの代わりに入る正しい言葉がすぐに浮かばなかった。 「ダイエットして復讐してどうする」というつっこみは浮かんだが、 じゃあ、リベンジじゃなくてなんだっけ....。いくら考えても出てこない。 人に聞くのは恥ずかしいのと悔しいのとで、ずっとそのことばかりを考えていた挙句、目が覚めたときに「あ、リバウンド」と唐突に思い出したのは翌々朝だった。 情けねえ...。 人の名前が浮かんでこないことなど日常茶飯事。市川左団次。 このあいだまで一緒に働いていた浅香光代の本名もど忘れしたりしていた。 痔に電話して「えええっとだれだっけあのあの.....浅香光代は...」 「ああ、○○さんですね」てな具合だ。 でも本人に呼びかけない限り、浅香光代で通じるからま、いっか。 果ては自分ちの電話番号など、とっさに聞かれてわからなかったり...。 そろそろ豹柄のスパッツの似合うお年頃ってことか。 先日、関西では高視聴率を誇る「探偵ナイトスクープ」を観ていたら 関西のおばちゃんの象徴である「豹柄」の洋服を見つけ、なぜ豹柄を着るのかという質問をする調査を放映していた。 確かに下町の商店街をリポートしていると、豹柄おばちゃんにこれでもかというくらい出くわすのである。 スパッツはもちろん、バッグ、靴、カットソーに至っては柄だけでなく、豹の顔がどばっと前面に描かれ、目はスパンコールで光っているというパターンがある。 そして豹柄を着るのかという質問の答えはこうであった。 楽やからかなあ。 ↑楽なのは豹のおかげでなく、洋服の素材や、ウエストがゴムであるおかげではないのか。 さあ、どうしてやろうねえ...。売ってるからちゃうかなあ。 ↑買う人がおるから売るねん。 お洒落やんか。 ↑お洒落じゃない...。 これらの回答はまともであった。 わしが一番笑ったのは .....なんか早そうやん。 という回答であった。 洋服の柄が早そうだからといってどんな得があるのだろうか。 しかし、確かに 豹柄の洋服を着て自転車をこぐおばちゃんたちは、マイクを向けられても、みな一様にものすごいスピードで走り去っていった。 わしはまず、下着から豹に挑戦しようかな。 杉本彩か。
何度読みかえしても「ストリッパーるる」と見えてしまうので、もう昨日の日記を読むのは止めようと決めたゆみなです。
こんばんわ。 しかし昨日のるる。 図々しいにもほどがある。 自分のことをストリッパーと言っただけでも許せないのに、その上女王だ。女王。 あげく黒木瞳まで持ち出してきたではないか。 あまりにも日中の時間を持て余しすぎて頭がパッパラパーになったとしか思えない。 だが頭がパッパラパーになったのはるるだけじゃないのだ。 実は何をかくそう、ウチのダンナの頭もおかしくなったようだ。 元々、正常の人間ではないことは薄々感じてはいたのだが、それでもなんとか正常に近い類人猿なんだと思いこもうとしていた。 ところがだ。 さっきリビングでパソコンをやってる私の背後でなにやら音が聞こえるのだ。 トントン。 確か私の後ろに部屋はないはず。 となると当然ドアもないはずだ。 ところがダンナは「トントン」と何かを叩いてる。 いやーな予感がして振り向くと、なんとダンナは 冷蔵庫の扉をノックしてるではないか。 おめえはバカかぁぁぁぁぁ!!! 「あんた。なにやってるの?」 「いや、誰かいたら悪いだろ。」 いるかよ! 怖ええよ! おめえが入れよ! それだけではない。 ダンナとちょっとした口論になり私がガタガタ言ってると言葉に詰まったダンナが 「うるっさいなぁぁ。二の三の言うもんじゃないっ!」 二の三かよ! 減ってるじゃねえかよ! この前新庄が松井稼頭央についてインタビューされてた時、 「いつか4の5くらい打ってくれるじゃないかなぁ」なんてノーテンキなこと言っていた。 打てるかよ。四打席五安打。 世の中にはこんなバカな男もいるんだなぁと思っていたけど、それに匹敵するパッパラパーぶりだ。 もしかしたら超越してるかもしれない。 私が「それを言うんなら四の五の言うもんじゃない。じゃないの?」と口論中だったことも忘れ、間違いを指摘してあげると、 ますます言葉につまったあげく言うに事欠いて 「俺はな、一日のうち8時間はおまえを笑わそうと決めてるんだ。それが俺の使命なんだ。」と言ってきた。 いいから。笑わせてくれなくても。 いいから。喋んなくても。
こんにちは、ストッパーるるです。
すきっ歯ではありません。芸能人は歯が命ですから。 いつから芸能人になったんでしょうか。 子供が3人とも小学校に入って、午前中ってこんなにたっぷりあったのね、と驚き感動すらして「るるる♪」です。あ、しつこいですか。 幼稚園の送り迎えがないってだけで、こんなに早く家の中が片付くものとは思いませんでしたわ。 じゃあ、そのたっぷりある時間で「いれぎゅりゃ!」を更新しろよと 紫文字の乙羽伸子と緑文字の太川陽介に怒鳴られそうですが、 ほら、ワタクシは「遅筆の女王」と言われた黒木瞳でしょ? 時間がかかることがわかってるだけに、後回し後回しになってしまって、終いには猿回しになってしまうんですよ。 そして夜になって力尽きて寝てしまう、というパターンなのでございます。 まぁ、そんなことはどうでもいいんですけど。 タッキーちゃん、さっそく新しいお友達とお約束をしてきて、先日遊びに行かせてもらったんですよ。 帰ってから、タッキーが 「ゆう君のママ、おなか大きかった。」と言うので、 ああ、そう言えば保護者会のときに妊婦さんがいたなぁ、あのママがゆう君のママだったのねぇ、とようやく顔と名前が一致したわけです。 さらにタッキーが、「ゆう君のママが一緒にボール投げしてくれた」と言うので、 まぁ、妊婦さんなのに申し訳ないわ!と思いお礼のお電話をしたときに言ったんです。 「ボール投げまでしてくださったそうで、ありがとうございました。」 「ええ、ええ、タッキーくん、上手ですねー」 「あ、あの、体調はよろしいんですか?赤ちゃんいらっしゃるんですよね?お腹に。」 「へ?」 「あ、あの、ゆう君のママは妊婦さんでしょう?」 「へ?」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 「あ、あら?あら?保護者会の時にお見かけした妊婦さんが、○○さんだと勘違いしてたのかしらー(大汗)」 「あ、ああ、いいんですよー、私は保護者会の時にるる子さんの斜め前に座ってたんですよー。」 「ああ! あのポッチャリしたママ!!」 なんて言えるはずもなく、 単なる勘違いであることを強調しつつおわびしたのですが、 誰もタッキーを責められない とだけ言っておきましょう。 さらに、ゆう君ママの情報によると、このクラスのママに妊婦はいないらしい。 私が妊婦さんと思っていたのは、 ただ単にそういう体型の方 だったようです。 ま、あゆのところの次女が言う、「中年らしい人」だったわけです。 そう言えば、あゆの日記以来、 「女子高生」「パンツ」「手鏡」などで検索されまくっています。 あゆ、次女の破れパンツが狙われてるかもしれないから、気をつけてね。 それにしても、ゆう君のママが明るくてさっぱりした方でよかったです。 タッキー同様、ワタクシもまた新しいお友達がたくさんできそうです。 さらに、ワタクシ来月から社会復帰することにいたしましたの。 連休明けからしばらく研修生活に入りますので、今までにも増してここをサボることになりそうですが、 そんな忙しいときこそ、読みたいのです、このくだらない文章を! だから、ゆみな、あゆ、がんばって書いてね。 夜露死苦。
スポーツ新聞の競馬欄で「フクシャチョウ」という名前の馬を見つけて、その一歩下がった謙虚さに感服したあゆです。こんばんは。
るるがサボっている。 まあよくあることなのだが。でも本当は今日こそるるは書くつもりだったかもしれない。それに全国6人のるるファンもるるの日記を楽しみにしているだろう。 それにね、ゆみな。 しかし昨日のあゆの日記にはとうとう最後の最後まで、小細工ボタンにさえ「おめでとう」の一言もなかった。 忘れてたのか。忘れたフリをしていたのか。それともめでたくないのか。 なんて書いてあるが、わしはこないだの日記の文中に 「るる、おたんじょうびおめでとう」と、一文字一文字ばらけさせて配置していたのに気づいてないのだろうな。ふふ。高度なテクニックといえよう。 見苦しい言い訳はこのくらいにして、 とにかくわしは書く。 ええ、今日はキッチリ書かせてもらいますよ、お姑さん。 別にウチは義母ともめているわけではないの。 唐突だが、わしは天ぷらが好きだけど嫌いだ。 コトの起こりは、昨日私がヨモギをいただいたことに痰を吐く。いや、端を発する。 今日はパチの帰りに旦那と買い物に行ったのだが、 わしはついうっかり「今日はヨモギがあるから天ぷらをしようかな」と言ってしまった。 旦那はケチな上に食い意地が張っている。 案の定「天ぷらだったら、れんこん と ピーマン と たまねぎ と ちくわ としいたけ と ししとう と、えび と いか と たけのこ と にんじん と なす と あと...豚肉がいいな。」と言い出した。ぶ...豚肉の天ぷら...まずそう。共食いだし。と思ったが、なにせわしも食い意地が張ってるうえ、その時は空腹だったため、頭の中は天ぷらのことしかなかったので、それらの食材をすべて買って帰った。後に起こる悲劇には思いも及ばないで....。 そして、いざ作り始めるとこれがめんどくせえのなんのって。 わしは決して料理が得意ではなく、要領も悪いせいか下ごしらえにやたら時間がかかるのだ。しかも大量の食材をすべて揚げてしまえという旦那。 やっと下ごしらえが済み、食材を揚げているうちにだんだん腹が立って来た。揚げながらみんなで食べればいいのだが、ウチの食卓はプリントやら消しゴムやら本やらいろいろ置いてあって、とにかくせまい。そんなスペースはないのだ。 とりあえず、腹を立てながらもできあがった第一弾を食卓に乗せた。その量は、普通の家庭の四人分はあっただろう。なのに、旦那と次女は(長女はバイトだった)ペロリとたいらげた。さすがにおなかいっぱいになっただろうと思い、「豚肉はいらんやろ。どうせまずいと思うし...」と旦那に言って見た。すると 「いや、いる。」と言うではないか。付け加えて「あとたまねぎとちくわちょうだい」とほざいた。 おめえはまだ喰うんかいっ!ぶくぶく太りやがって。 心の中で毒づきながら、わしは一年前のできごとを思い出していた。 あの日も旦那とふたりで買い物をしていた。 その時は旦那から「天ぷらが食べたい」と言った。わしはその時は空腹ではなかったので、頭の中がものすごく冷静だった。 天ぷら=作るのがめんどくさいうえに、上手にできない。 という図式が浮かんだ。 わしとて衣を溶くときは冷水を使ったり、つなぎにマヨネーズを使うとさっくり揚がると聞けばそれを実行したりしているが、やっぱりあまりうまくできないのだ。そこで思わずわしは言った。 「天ぷらって、ウチで食べるよりお店で食べたほうがおいしいやんか」 すると、旦那は一気に不機嫌になり、 「そら、アンタは外でおいしいものばっかり食べてるからそう思うんやろうな。もうええわ」と、すたすたと歩いていってしまった。 確かに旦那よりわしの方がはるかに外食する機会が多い。旦那は飲みに行ったりしないし、たまーに誘われても、「雨が降っているから行くのをやめる」だの「寒いから行きたくない」だの言って断っているからだ。そんな自ら交際範囲を狭めているヤツにそんなことは言われる筋合いはないわいとわしはその時思ったが、その場はそのまま流れてしまった。 そしてお互い無言のまま、買い物をすませ、車に乗って帰ろうとしたのは、ちょうど午後12時を過ぎたところだった。前にも書いた記憶があるが、その店は当時、日曜日の午前中に買い物をすると10%OFFという特典があった。わしら夫婦はその特典の恩恵にあずかるため、いつも日曜日の午前中に買いだめをしていたのだ。 わしらの車と入れ違いに一台の車が入ってきた。旦那がそれを見て言った。 「あの人たちってお金持ちなんだなあ」 は? たかだか10%OFFの特典を受けないのが お金持ち? んな大袈裟な...と思い、わしが 「そんなん、他人のウチのことは別にどうでもいいじゃん。あんたが損するわけじゃあるまいし」 と言ったところ.... 助手席にいたわしの横面にパンチが。 パンツが飛んできたわけではない。 旦那がわしの横面をはたいたのだ。 きゃあああDVよ!DV!下着はBVDよ。 「なんでいきなりそんなことすんの!」 日頃温厚なわしもその時は怒鳴った。 「オマエは経済観念がなさすぎるんや!」 やっぱり旦那の沸点は金に関することであった。 天ぷら問題でちょっとキていたとこに、 わしの能天気な発言で一気に頂点に達したらしかった。 わしが殴られたそもそもの原因は天ぷらかよ。 ぼわわわわぁぁぁん(←回想シーンから現実に戻る音) わしは一連のその出来事を思い出し、ますます腹を立てながら天ぷらを揚げ終わったのが下ごしらえを始めてから約2時間後だった。わしはもう天ぷらは食べたくなかった。 天ぷらなんか...天ぷらなんか....だいっきらいだいっ。 あ、今日揚げた天ぷらは案の定残りまくりました。 明日も喰えよ。 わしはどっかおいしいお店で食べよう。
こんばんわ。ゆみなです。
あゆとるるがやる気になってきたようだ。しかしこれもいつまで続くか分かったもんじゃない。 もしかしたら次回は一週間後、一年後、30年後となる可能性もある。 毎回「今日が最後」という思いで読んでもらったほうがいいだろう。 さて、るるんとこのタッキーちゃんが小学校に入学した。 るるも誕生日だったらしい。るるとはもう三年くらいつきあっているのに毎年自己申告されるまですっかり忘れてる私とあゆだ。 それでも去年までは義理で「おめでとう」の一言くらいは言っていた。 しかし昨日のあゆの日記にはとうとう最後の最後まで、小細工ボタンにさえ「おめでとう」の一言もなかった。 忘れてたのか。忘れたフリをしていたのか。それともめでたくないのか。 多分今年のるる家では入学と誕生日のお祝いをまとめてやったのだと思う。 まったく安上がりな家庭である。 きっと近所の焼き肉屋さんあたりに行き、一度の乾杯で済ませ、帰りには車を買うフリをして試乗がてら自宅まで帰ったに違いない。 ま、そんなことはどうでもいい。 本題に入るとしよう。 私は無宗教だ。もっというなら無学で無品性で、無金だ。 だが無宗教とはいっても家には仏壇もあるし神棚もある。 十字架のピアスだって持ってるから完全なる無宗教とはいえないのかもしれないが、わざわざXジャパンをやめてまでのめり込むほど信じきってる神様がいないということだ。 私はいつからXジャパンのメンバーだったのか。 だが、そんな私でも、何か良くないことがあると「バチがあたったのではないか。」と不安になる。 たとえばドラムのバチが顔面に直撃した時なんか、特に強く感じる。 あと植木鉢が上から落ちてきたときなんかも、それは思う。 またその反面もあり、なにか善行を施せば神様は見ていてくれるのではないかとも思うのだ。 この前の日曜日、朝起きてすぐに去年の大晦日でさえしなかった台所回りを丁寧に掃除した。 それだけではない。おととしの大晦日でさえしなかった換気扇も磨いた。 それでもまだ足りないと感じた私は、その前年の大晦日でさえ、ともすれば引っ越してから一度も開けてないと思われる押入れの上段の整理までした。 家族から見れば、「私は自殺でもする気なのか。」 「家出でもする気なのか」 「カツ丼でも食べたいのか」と不安にさせてしまうほど部屋中を掃除したのだ。 そんな私に触発されてか、ダンナまで朝起きてから庭に直行し、雑草とりに精を出していた。 するとほとんどが雑草だったのか庭は単なる土の広場となっていた。 夫婦揃って、こんなに良い事をしたのはおばあちゃんがボケた時に 「大丈夫だよ!おばあちゃんは200歳まで生きるから安心してね。」と慰めたとき以来だ。 ここまですれば神様だって黙っちゃいないだろう。 私は神様を信じて桜花賞に臨んだ。 結論から言おう。 やっぱり神様なんかいやしないってことだ。 あんなに掃除して損した気分だ。また元のように汚してやろうかとさえ思った。 もしかしたら掃除しながら第一レースから競馬にうつつを抜かしていたのがばれたのかもしれない。 それとも競馬しながら掃除してたのが神様にはお見通しだったのか。 だがこれできっぱり私の決意は固まった。 どうせ神様なんかいないのだからどんな善行を施したって無意味だと分かっただけでも収穫だ。 今度の皐月賞は心置きなく競馬に打ち込むことが出来るというもんだ。
前にるるをすっとばしちまったので、すっかり順番がわからなくなったあゆです。こんばんは。
題名の「やっぱり...」は、ウチの次女が幼少の頃に深夜に発した言葉ではなく、今、巷で話題の植草教授のことである。ちなみに今、港で話題なのはマドロスさんだ。(われながらくだらない) わしは毎朝「めざましテレビ」→「とくダネ」→「NHK朝ドラ」→「とくダネ」という朝ドラ以外は生粋のフジっこである。関西では関テレっこと言うのだが、そんなことはどうでもよい。 手鏡で女子高生のスカートの中をのぞいたという植草教授は、「とくダネ」のコメンテーターであった。 ちょっと物腰の柔らかい舌足らずな話し方で、わしは「絶対植草はおかま」とふんでいた。しかし、わしの予想を覆し、植草は女子高生パンツフェチだったのだ。予想を覆されたのにもかかわらず、なぜ「やっぱり...」なのかは、'旅先で出会った何かpriceless'っつーくらい曖昧な理由による。 手鏡一枚ですべてを失った男、植草。聞けば前科もあったというぢゃないか。とにかくなんかやらかしそうな雰囲気は、ブラウン管を通してもかもしだしていたわけだ。 しかし、女子高生のパンツには、すべての地位を捨てる価値があるのだな。 ウチには今、二人の女子高生がいるが、一人はデカパン、一人は破れパンツを履いているが、そんなんでもよろしければ世間には内緒で提供してさしあげたのに。 ウチの次女は「私が太っているのは痴漢にあわないため」と言ってのけている。次女は太っている=醜いと思っているのだ。ウチの一家は醜いものぞろいかい。わしは次女に言った。「おかあさんなんか、痴漢にあったこともないよ」と。すると次女、少し考え込んだ後 「そうか...痴漢にあわないのは遺伝だったのか」と言った。 残念なのかよ。痴漢にあいたいのかよ。 またあるとき、わしが歯磨きをしようと洗面所兼脱衣所に行くと、風呂から出てきた次女にでくわした。 次女は太っているので、当然乳もでかい。ちなみに父は小さい。なにがだ。 わしは言った。「あんた乳でかいねえ」と。 次女は巨乳=えっちな人という考えの持ち主でもあるので、 「私は巨乳じゃない。ただのデブだよ!」と開き直った。 「じゃあ、おかあさんのおっぱいはどうかな」と聞いてみた。 すると 「おかあさんは年とってるから...」とうつむき加減につぶやいた。 年とっているからどうなんだ。垂れているのか、え? 次女には、中年=醜いという考えもあるようだ。 自閉症気味な次女も高一お年頃。同じ年の子たちよりうんと精神年齢が低いと思っていたが、すっかり油断していた。学校では性教育の授業もある。 家庭ではまず、人は年をとっても醜くはないんだということから教えないといけないな。 ま、ぼさぼさの頭で尻をかきながらテレビを見ているわしを見ていたら「年をとったらあんな姿になる」という固定観念をうえつけてもしゃあないな。 次女よ。中には、綺麗な中年もおるねんぞ。
こんばんは。
昨日の久しぶりの更新に、驚き感動すらしてるるるです。 驚き感動すらして「るるる♪」ではありません。 ワタクシ、ここに登場するのは3月25日以来なんですね。 驚き感動すらして「るるる♪」です。 どっちでもいいです。 この間、スキーにいったり、実家に行ったり、タッキーの入学式があったり、3人それぞれの保護者会があったりと、怒涛のような毎日を過ごしてきました。 スキーは志賀高原。 すごく良いお天気で今シーズンの滑り収めという感じで、十分楽しんできました。おかげで、日焼け止め対策を怠った男性陣はゴーグル焼けしてしまい、 入学式では、タッキーちゃん、ブレザー姿も凛々しいはずがゴーグル焼けの顔でした。 顔の下半分が黒いというのは、なんというか薄汚い感ありますね。 ドロボーみたいな感じですから。 入学時に撮るはずの家族写真もまだ撮ってませんから、そういうわけで。 でも、タッキーちゃんは慈英がいることもあって、同じ幼稚園から入学したのが一人だけとは思えない勢いでお友達ができて、 毎日毎日楽しそうに通っています。よかったよかった。 幼稚園入園のころは、毎朝泣いてたのに、大きくなったものだわ。よよよ。。。 新学期といえばお名前つけという作業があるわけですが、 タッキーちゃんの学年は、恐怖の算数セットをフルセットで使うそうで、 そのお名前付け、ワタクシは吐血しながらやりましたよ。 もう、ほんと、おわったときは寄り目になってましたから。 おはじきの一つ一つにお名前って、どうですか。 それが30個ぐらい。 おはじき、お花の形なんですよ?その花びら一つのスペースに、ひらがなで書けと。 ワタクシ、こんなこともあろうかとお名前シールというのを発注し作っておいたのですが、それでもそれを一枚一枚はがして貼るだけでも死にそうでした。 爪楊枝とピンセットを駆使して30個のおはじきにシールをつけましたよ。 ブロックにも一つ一つシールを貼りましたよ。 ああ、5のかたまりと5のかたまりで10ってやるのねぇ、などと思いながらやりましたとも。 しかし、数え棒に至っては、ワタクシは気絶しそうになりましたよ。 数え棒って知ってます? 10センチぐらいの長さの細い棒なんですけどね、鉛筆の芯ぐらいの太さでしょうか。 10の束が2つで20、バラが3で23本とか、やるんでしょうね。 カリキュラマシーンみたいですね。知ってます?カリキュラマシーン。 昔テレビでやってたんだすよ、ワタクシは大好きでしたけど。 桜田淳子が出てたんですよ。 そんなことはどうでもいいです。その数え棒が40本!その1本1本にも名前をって、こうですよ。 鉛筆の芯の太さですよ?正確に言うと、鉛筆の芯の細さですよ? どっちでもいいですか。 お名前シールの一番小さいサイズのものでさえ対応できない細さなんです。 極細のペンで書きましたよ、タッキーちゃんのために。 ワタクシはこのときほど、タッキーの名前を「一(はじめ)」にすればよかったと思ったことはありません。 そんなこんなで、慌しい毎日を過ごしていた中、ワタクシは誕生日を迎えたのでございます。 ええ、この忙しい時期なんですっかり忘れていまして、クリーニング屋さんのメンバーズカードをレジに通した瞬間流れたハッピーバースデートゥーユー♪の音楽で気付いたというありさまです。 お誕生日はクリーニング半額なんですって。 しかし、うちのかわいい息子たちは覚えていてくれましたよ!! 3人で相談してお金を出し合って、お財布をワタクシにプレゼントしてくれました! パパにお店に連れて行ってもらったそうなんですけど、 ワタクシは本当に嬉しかったです。 今まで使っていたのは、お札を折らずに入れるタイプの大きいサイズのものだったんですが、二つ折りのお財布がほしいな〜と言ったことはあったんですよ、何気なく。バッグのなかで場所とるのでね。 そんなワタクシの一言を覚えていたんでしょうね、3人で買ってくれたお財布は、黄色い皮の二つ折りのお財布でした。 カードがたくさん入ること、小銭が取り出しやすいこと、シンプルなデザインであること、をポイントに選んだのだそうです。 お風呂掃除が1回30円のあの子たちが、何十回分ものお金をはたいて買ってくれたお財布。 どんなブランドのお財布より、ワタクシにとっては価値のある素晴らしいものです。 さっそくその日から使っていますが、ほんとうに使いやすいし 使うたびに、プレゼントしてくれたときの3人の嬉しそうな顔が思い出されて幸せな気持ちになります。 なお、誕生日プレゼントはまだ受付中でございます。 この素敵なお財布の中、とくに札入れの部分に若干の余裕がございますので、そこに入るものをいただけると嬉しいです。 こぶ平か。
どうもぉぉぉ。おひさしぶりですぅぅぅぅ。あゆですぅぅぅぅぅ。
ゆみなの「いれぎゅりゃ!は終わったわけじゃありません。」宣言以来気がつくと一週間も間隔があいてしまっているではないか。 全国2000000とび59人のいれぎゅりゃ!ファンが「ホントは終わったんじゃないの?」とか「また書くのがめんどくさくなったのかよ」とか「もしかしてやっぱりあの3人って仲が悪いだけじゃなくて頭も悪いんだろうなあ」とか「だけど案外3人とも美人ぞろいなんじゃない?」などと想像をめぐらせているのではないかと思い、敢えてるるをすっとばしてこのわたくしめが今、こうして日記を書いているのである。 でも正直、ネタがないのだ。 あ、そうそう。ゆみなも少しだけふれていたが、わしは、この春極秘に上京する予定だった。別に極秘にしなくてもいいのだが、なにせ唐突に決めて、ぱあっと行ってぱあっと帰ってくるつもりだったのだ。東京湾クルーズ・イタリアンランチ、行きたかったぜ。 わしは基本的に田舎ものなので、「東京」「クルーズ」「イタリアン」「ランチ」という言葉に非常に魅力を感じる。どうかすると「湾」にもそそられるものがある。あのゴジラも現れたというではないか。よく考えるとあれはゆみなだったのか。 とにかく、次回の上京の際にはぜひつれてってね。ゆみな。 あら...。終わってしまった。 これではあまりに短い。 自らるるの代打を買って出たくせに中途半端だ。 ってか自らというより勝手に書いているのだが。 なおさら中途半端だ。 でも、最近面白いこと、何にもないんだよなあ。 先月のパチでのアガリを旦那に3割持って行かれたとか タバコやめてから8キロ太ったんでまた吸いはじめたとか 朝ドラのヒロインの演技がBOSSのCMの浜幸なみだとか 長女のオタク度が増したとか 今、わしの足が非常に臭いとか 日常どこにでもある話しかないんだよな。 あ、そうだ。我が家で今乗ってる車が10年目を迎えるということで、 車を買うことになり、ディーラーめぐりをした。 まず旦那が電話で問い合わせをしたのがホンダだった。 電話を切り終わると旦那が「なんか今の営業のヤツ、気持ち悪いんだよなあ」と言った。話し方が「なんか気持ち悪い」ということだった。 旦那はわしのように物まねが堪能ではないので、「どんなふうに気持ち悪いか」を表現することができない。わしは是非その「気持ちの悪い」営業マンに会いたくなり、旦那にくっついてホンダに行った。 迎えてくれたのは若かりし頃のジュリーのような風貌の30代前半くらいの営業マンだった。 見てくれは昔風のオトコマエというだけで別段「気持ち悪い」ということはなかった。 「岡田様です ね。お待ちしておりました、はぃー。ナカソネでございますぅ。」(岡田は仮名、ナカソネは実名である。) 鼻にかかった声を聞いたとたん、「気持ちわるっ」と思った。 車の説明ではこの気持ちの悪さが全開だった。 「オデッセイはです ね、おかげさまで大変好評いただいておりまして ね、私共でも自信をもってお奨めしております、はぃー。」 ナカソネはゆっくりした口調なのだが、まず文節の区切りに「ね」をつける。そして必ず「ね」の前に微妙な間をとるのである。鼻にかかった「はぃー」で言葉を終えるのも特徴だ。 さらにナカソネの話は続いた。「カーブのときにです ね、このヘッドライトが かっ かっ と動くんです ね、はぃー。」 目を見開き半笑いの顔で、両手を「かっ かっ 」に合わせて動かせてみせたときにはわしはふきだしそうになってしまった。きっとナカソネにとってヘッドライトが動くというのは最大のセールスポイントであったのであろう。その後もナカソネは「ね」と「はぃー」を駆使し、懸命の営業トークをしてくれた。 最後に「実は、ワタクシ、今月一台も売れておりませんですので ね、是非ともお願いいたします、はぃー。」と深々と頭を下げられた。 しかし、ナカソネのもとを訪れたのは4月2日。一台も売れてないとしても全然不思議ではないのだった。 結局わしらはトヨタの車を買うことにした。
3月中の『いれぎゅりゃ!』の更新は14回だった。
半分しか書いてないというべきなのか半分も書いて偉いじゃないか。というべきなのか。 こんばんわ。ゆみなです。 確かに3月は卒業シーズンでなんやかんやと忙しかったことは本当なのだが、もっと本当のことをいうと私の場合、 仕事から帰りパソコンを立ち上げメモ帳を開き「さぁ書くか!」と気合を入れた途端なぜか眠くなったのだ。 これじゃいけないと思い、風呂に入り気持ちよくなったところで「さぁ書くか!」と再度気合を入れると又眠くなった。 これじゃいけないと思い、ビールを一気に飲み、景気をつけたところで「さぁ書くか!」と懲りずに気合を入れるとまたもや眠くなったのだ。 ここまでくると人を疑うことを知らない純真な私もパソコン画面の奥に何かが仕掛けられてることくらい気づく。 おそらく、あゆかるるが自分の順番を遅らせようと私が書くことを阻止しているに違いない。 私はさっそく二人に抗議のメールを送ってやろうと、パソコン画面に秘められた睡魔についての見解をとくと書いた。 しかし、それを送ることはやめた。 あの二人のことだ。 「そんなメールしてるくらいならさっさと書け!」と言うのがオチだとギリギリのとこで気づいたからである。 危なかった。 私は罠に嵌められただけじゃなく、もう少しのところで叱られるとこだった。 今日はここまで書いても、まだ睡魔が襲ってこないところをみると二人とも自分のしてる悪事にやっと反省し始めたのかもしれない。 さて、今となってはすでに時代遅れの気もするが掲示板に書いた以上、ひとつどうしても書いておかなければならないことがある。 以前、「長さん」と呼ばれてる人に不幸が続いてると書いたが、どうも不幸続きなのは「長さん」だけじゃないようなのだ。 数字の「3」も「長さん」に負けず劣らず不幸続きなのである。 まずは三ツ矢歌子が亡くなった。 その時点では「ああ、あの綺麗な人ね」くらいにしか思わなかったのだが、よく考えると長嶋さんの背番号は「3」なのだ。 しかも「3」は「SUN」→「太陽」→「太陽にほえろ」と続くのである。 その後、三○シャッター、三○ふそうの不祥事が発覚した。 このまま「ちょう」のつくもの、「さん」のつくものにトラブルが起こるとなると、世の中の社長や課長、蝶々や小腸にまで危険が迫る可能性もある。 サンタクロースだってオチオチ寝てる場合じゃないのだ。 それから何か事件があるたびに「ちょう」や「さん」に無理やり結び付けようとしたが、生憎それ以上は見つからなかった。 きっとそれらの低迷運気は3月が終わった時点で去ったに違いない。 世の中の「長さん」方、どうぞご安心してください。 話は変わるが先週の土曜日、次女と東京湾クルーズとかでイタリアンランチをしてきた。 本当はあゆが上京してくる予定だったので、それで予約したものなのだが、あゆがお義父さんの突然のご逝去という不幸に遭われたために、 次女を誘って行ってきた。 次女にはあゆといくつもりだったんだよ。という事は伏せて、 「あんたの高校入学のお祝いだからね」と言った。 次女はとても喜び「ありがとう。ありがとう」と何度も言っていた。 私は人に恩を着せることにかけては誰よりも長けてるのである。 船の上でひさしぶりにランチしながら高校生としての心得を520ほど伝授しておこうと思っていたのだが、 残念ながら一つしか思い出せなかったので 「自然でいろ」とだけ伝えた。 無理することなく頑張りすぎることなく見栄を張ることなく自然のままの君でいろ。と。 でも、今度は絶対にあゆと行きたい。
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