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拒否権の話。 | 2005年03月22日(火) |
神代に創られたななつの剣。 それは己の意思を持ち、自ら守護者たる聖女を定めるのだと言う。 また、信仰篤い聖職者はそれは神の御意思であるとも言うが、どちらが正しいのかは明らかにはされておらず、また明らかにする必要もないことだ。 肝心なのは、ひとの側では剣の守護聖女を決められないということ。 ただそれだけである。 * 「私、聖女に拒否権がないのはどうかと思うの」 最も位が高いとされる神剣レガイアの守護聖女である彼女は、唐突に呟いた。 「何ですか突然」 「だってさァ、剣には拒否権があって、人間の方に拒否権がないのよ? おかしくない? 私みたいに修道女やってたらまだマシだけど、これが婚礼直前の女の子なんかだったりした日には一生が台無しよ?」 剣の守護聖女は原則婚姻が禁止されている。 唯一の例外は、人間の中で最も神に近いとされ、ときには御意思の代行者とも呼ばれる教皇との結婚であるが、それを望んだ聖女も教皇も存在しなかったため一度もその例外が誕生したことはない。 「まぁ、剣に選ばれることは名誉なことですから」 「甘いわねアンタ。普通の女の子はワケ分かんない名誉よりも恋人との甘い新婚生活を選ぶわ」 「そういうものですか?」 そういうものよ、と修道女は深く頷いた。 「では貴女もそういう幸せな結婚を望んだことがあると?」 「そんなもの全力でイラナイ。私男ってキライなの」 「……僕も男ですがとりあえず」 「そこでとりあえずが付くのがアンタの駄目な原因よね。ていうかアンタ私に好かれてるとでも思ってたの?」 「いえ貴女のような女性だったら嫌いな人間は無視しそうだなぁと思って。だったらまだ構われてる僕は嫌いという範疇には入ってないんじゃないかと」 思わぬところで指摘を受けて彼女はぴしりと固まった。 しかし数秒も経たぬうちに立ち直り、ふるふると頭を振って思考を切り替え、彼女は話を続けた。 「で、何で聖女には拒否権がないの」 「無視しましたね。まぁいいですけど。だって拒否する理由ないでしょう」 「さっき言ったみたいな場合だったら立派な理由があるでしょう! ていうか剣が拒否する理由は何!」 「まァ至高の七剣の機嫌を損ねることに比べたら人間ひとりの一生くらい大したものじゃないんでしょう、教会にとっては」 聖職者たる彼のあまりに醒めた物言いに同種の職業に付いている彼女は臆すことも非難することもなく、むしろその意見に迎合した。 「サイテーよね。こういうとき聖女辞めたくなるわ」 「辞めないで下さいね、後釜探すの大変なんですから」 「探すのアンタじゃないでしょ」 軽く首を傾げて、じゃあ、と彼は反論した。 「さっき貴女の仰ったような婚礼直前の女性が選ばれたら大変でしょうから辞めるのはよして下さいね」 「……分かってるわそのくらい。そもそも私は剣の聖女になるために修道女になったようなものだもの、辞めたりなんかしないわ。そもそも剣の聖女は辞めたいからって言ってやめられるものでもないでしょ」 「まァ、雇用するのも剣なら解雇するのも剣の一存ですし。それより意外でしたね、貴女は名誉を選ぶ人間でしたか」 空気が冷える。 彼女は大地と同じ色をした目を細めて目前の神父を見つめる。 「教会がくれる名誉なんて甘い新婚生活よりもっともっとイラナイわ」 「じゃあ、何が欲しかったんです?」 数瞬の沈黙のあと、彼女は視線を合わさずにぽつりと呟いた。 「レガイアが」 ****** 続・剣の話。 何か書き始めたら止まらなくなってきました。まだ名前も決まってないのに(!)。 |
ななつの剣。 | 2005年03月02日(水) |
「この世には、神代に創られたななつの『剣』があることを皆さんはご存知でしょう――」 朗々とした神父の声が光射す朝の教会に響く。 その視線の正面、木製の長椅子に腰掛けた信者たちは、荘厳な空気に息を詰めて彼の話に耳を傾けていた。 「我らが御神が混沌溢れる世界を秩序に導いた折、その御手に握られていた、大地より生まれし神剣レガイア。その脇に常に控えておられる神の御子、終末に降り立ち再び満ちる混沌を制す王者メイ=シェが剣、聖剣デヴァエル。混沌を導く者、神に背き地に落ちた悪しき魂カリスの所有せし魔剣レベルラ。我らに神の御言葉を届ける聖なる使いメイエルの短剣、聖剣ディンガラ」 そして時代は下り、と若い声は落ち着きと深みを持った響きで続ける。 「猛き英雄、或いは神の尖兵ゴゥエルが大剣、炎を呼びし名剣エヴァン。そして最後の、神の懐刀であった失われし双剣の正しき銘は我らの知るところにありませんが、その片割れは今も教会に安置され、ひとびとの心の拠り所になっていることも、お集まりの皆さまはご承知のことと思います」 手に持つ聖なる書物から視線を上げ、青年は穏やかに微笑んで聴衆を見返した。 * 「……なかなか素晴らしい演技力ですこと」 「いやぁそれほどでも」 ぽあぽあとした無害そうな、或いは頼りなさそうな声と顔で、先ほどまで説教を行っていた神父はへらりと笑った。 「別に褒めてないわ。あのひとたちの誰も、あの真面目で熱心そうな神父サマが実際はこーんなへろんへろんした情けない男だとは知らないでしょうねー罪作りだわーという話よ」 「あっ酷い。これでも僕、神学校を主席で卒業したんですけど!」 はッ、と塀に寄り掛かっている修道女は鼻で笑った。 「そりゃよっぽど他の生徒が駄目なヤツだったか教師の目が腐ってたかのどちらかだわ」 「うう酷い。罪作りという点で言うなら、巷で聖女と騒がれている修道女がこんなに態度と口の悪い貴女ということの方がよっぽど酷いですよー!」 「うるさいわね好きで聖女やってるんじゃないわよ文句あるならレガイアに言ってちょーだい」 「しかも神剣レガイアを軽々しく呼び捨てにするし……ああ神よ、どうかこの聖女をお許し下さい、出来ればついでに貴方の御膝元まで召しちゃって下さい僕の心の平安のために」 「何その私情こもりまくったいい加減なお祈り」 良いんですよ、と彼は真顔で答える。 「そもそもお祈りなんて私情でやるもんなんですから。それにこれは僕だけじゃなくて他の被害者の方も救うという点で私情からは外れごふぅッ」 「うるっさいわね」 見事な回し蹴りを食らった神父は見事にその場に尻餅をついた。 「ああ神よ、貴方の選ばれた聖女を愚弄する神父の風上にも置けぬこの男をどうか貴方の御膝元に召し上げてその罪をお許し下さい」 「ひ、ひど……っ」 うわあああん、とその場で泣き真似をする神父を、聖女は呆れ返った目で見下ろした。 ****** 起承転結の起と結だけは決まっているのに真ん中がすっぽり抜け落ちているせいで始末に困る話。 ちなみにそれぞれにひとりずつ聖女さまがついています。 |