長渕剛 桜島ライブに行こう!



東京で暮らしたことはありますか? (桜島ライブ52)

2004年10月30日(土)

『東京で暮らしたことはありますか?』−桜島ライブ(52)

                 text  桜島”オール”内藤





剛にとっての故郷の味、海乃屋ラーメンを剛が訪れたときの写真。
海乃屋ラーメンの店内に飾られています。


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M-37 東京青春朝焼物語 −アルバム『JAPAN』(1991)−



今でも不思議に思うことのひとつなのですが、
ライブの定番曲というものの条件とは、
いったいなんだろう。

剛のライブで言えば、
『巡恋歌』
『勇次』
『泣いてチンピラ』
『STAY DREAM』
『とんぼ』
などが定番曲で、

『ろくなもんじゃねえ』
『家族』
『いのち』
『SUPER STAR』
『人間』
などは、人気がある曲だけど定番じゃない。

定番曲はもちろん素晴らしい曲ばかりだけど、
定番じゃない曲が劣っているかというと、
そうでもないように思えます。
それなのに、残る曲、残らない曲がある。
そこには、何らかの基準があるのでしょう。

それはもちろん、厳格なものではなくて、
例えば、安定して歌いたくなる歌詞であるとか、
ライブで独特のムードを醸し出すメロディがあるとか、
はっきりと目に見えない基準なのだと思います。

JAPANツアー以降、定番、と言っていいラインナップに、
新しく加わった曲がありました。
出発点、原点、という言葉を感じさせる曲でした。
ファンの中の心の一部分に、確実に共振を起こす何か。
その何かを持っている歌でした。
新しく何かが始まる予感というよりは、
スターティングオーバー。
何かをやり直すときの覚悟に、少し物悲しく馴染む歌です。

ステージでは、ギターとハーモニカの剛。
わずかな時間で次の歌に気持ちのギアを切り替える。
ハーモニカを吹き鳴らし、ギターのコードを確かめる間にも、
数え切れないほど、名前を呼ばれながら・・・


両足が 鉄の棒のように 痛かった
お前と二人で 不動産屋を廻った
はり紙を 何度も 何度も
なぞりながら
井の頭線で 五つめの駅で 降りた

愛想の悪い酒屋で 俺は缶ビールを買った
植木鉢の下に 鍵を置く事に決めた
荷ほどき できない
ダンボール箱を 背中にして
俺たちは えびのように 丸くなった



歌詞のように、
鉄の棒のような両足で、リズムを取りながら、
僕も剛に合わせて歌いました。
休憩時間を除いても、
かれこれ、6時間は立ちっぱなしでした。
ライブ中に腰を降ろすことは、
第三部、ここまで、ついにありませんでした。
きっと、最後まで、立ちっぱなしでしょう。

あの日の不安よ、あの日の覚悟よ、
俺たちの定番、『東京青春朝焼物語』!


今日から俺 東京の人に なるー!
のこのこと 来ちまったけどー!
今日からお前 東京の人に なるー!
せっせせっせと 東京の人に なるーっ!



地方から上京してきた人は、
剛のファンになる確率は高いと思います。
剛の歌の中に、共感する部分が多いから。
剛の歌の中に、自分の姿を見つけることが多いから。
僕もそうなのです。

桜島で歌いながらも、心は、15年前の、
トラックで東京に荷物を持ってきた日に飛んでいたのです。
剛の歌のように、二人での上京ではないけれど、
そのぶん、そんな上京への憧れを、
あのときの、不安な、泣きたいような気持ちを、
歌が綴る物語と混ぜ合わせて、
剛の歌う、この歌を噛み締めているのです。


二人でおんぼろの 自転車に乗り
野良猫のチロを お前は拾ってきた
不釣合いな花柄の カーテンには 困ったけど
南向きの窓が たまらなく よかった

豆腐屋のばあさんは 
ゴムのエプロンに 長靴で
いつもそこら中に 水を まいていた
「ごめんよ」がこのばあさんの いつもの挨拶で
そこを通るたびに 笑ってた



この曲を聴くと、なぜかいつも思い出すことがあります。
特にとりたてて、
歌の内容と強い結びつきがあるわけではないのですが、
それは、5年くらい前に故郷の幼なじみにあったときのことでした。
たしか、小学校の同窓会のようなものだったと思います。

東京での最近の暮らしの様子を、問われるままに、
僕はその友達に話していました。
僕らのような山奥の村で少年時代を送った者でも、
たくさんのクラスメートたちが、上京した経験を持っていました。
二十歳前後、多くのクラスメートが、夢を抱き、上京したのです。
その中には、僕も含まれているのです。

その集まりの会話の中で気付いたのですが、
そんなクラスメートたちも、ほとんどがこの故郷に戻ってきていました。
まだ東京で暮らしていたのは、ほんの数人になっていました。
その数人の中の一人である僕に、Mくんがいいました。

「俺もそうだけど、一度は東京に出て行く。
 みんな、5年もすればあきらめて戻ってくる。
 でも、おまえの話を聞いていると、
 戻ってくる気が全然しない。
 10年、東京で頑張るって、根性あると思うよ。
 俺は3年が限度だったけどさ。」


なぜか、そう、Mくんに言われたことを、
必ずといっていいほど、この曲を聴くと思い出すのです。
Mくんは、そのあと、こうも言っていました。

「負け惜しみじゃないけど、
 戻ってきて、やっと俺の人生が始まった気がする。」

僕には、Mくんが言いたかったことの意味が、
よくわかった気がしました。
戻ってきたって、人生に負けたことにはならない。
Mくんはそう言いたかったのではないかと思います。


カンカーンと遠くで 踏切が 鳴いてた
夕暮れ時の雨は 嫌だった
つっかけを履いたまんま 女ものの傘をさし
角のバイク屋へ 空気入れを 借りに行く

鉄柵の 向うからは
空が 見えなかったけど
暮らすのに 何の理屈も いらなかった
ただ初めて お前の 台所に立った背中を
抱きしめたのは
ささやかな 俺の覚悟だった



上京したころの僕のアパートも、
近くで踏切の鳴く音が聞こえるところでした。
あの、薄暗い街の路地の湿った空気を思い出します。

秒針が刻むような、チクタクという音が、心に突き刺さりました。
その音をバックに、この曲で僕が一番好きな、
踏切のフレーズを、ささやかな覚悟のフレーズを、
剛はいつものように大事に、大事に、歌ってくれました。


今日から俺 東京の人に なるー!
のこのこと 来ちまったけどー!
今日からお前 東京の人に なるー!
せっせせっせと 東京の人に なるーっ!



多くのファンが、
「東京の人になるーううーううー」
「来ちまったけどーおおーおおー」
と歌っていました。
なぜかむしょうに寂寥感(せきりょうかん)が沸きあがるのです。
あの歌い方には・・・

だから、僕は、剛に合わせて普通に歌うのです。
歌いながら、あらためて覚悟するのです。
せっせせっせと東京の人になる覚悟を。

一心不乱に吹き鳴らすハーモニカ、
一心不乱に掻き鳴らすギターストローク、
寂寥感を振り払うかのように、
剛は物語のフィナーレを演じていました。

またしても、いつも歌うこの歌を、
桜島でも歌えたことのしあわせを、
噛み締めている僕でした。

そして僕は、辺りの夜の密度が、
少しだけ薄くなっていることに気が付きました。

振り返って桜島を仰いでみると、
ずっと真っ暗闇の中でたたずんでいた桜島の背後に、
うっすらと白く、稜線が浮き出ているのが見えました。

とうとう・・・夜明けです。



続く



<次回予告>
ライブの始まりから、僕らがずっと向かっていたのは、
「明日」!「明日」!「明日」!
その「明日」がついにやってきた!
ここまできても体力十分!見捨てたもんじゃない、この僕も。

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時間に追われていますか? (桜島ライブ51)

2004年10月29日(金)

『時間に追われていますか?』−桜島ライブ(51)

                 text  桜島”オール”内藤





作りました。剛のクレジットカード。
カードが届いて見ると、これがなんともいい感じ。
同じデザインのミニキーホルダーも付いていた。
思ったことは、ゼッタイにこのカード傷めないぞ、ということ。
買物にもキャッシングにも使わずに、ただ大事に持っていようと・・・
(なんのためのカード・・・?)


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M-36 GOOD-BYE青春 −アルバム『From T.N.』(1983)−



『STAY DREAM』に引き締まる、観客の顔つき。
『STAY DREAM』で増す、心の純度。
誰もが少年少女の顔をしていました。
聴く者の背骨を伸ばす歌でした。

『STAY DREAM』を終えたことで、
いい空気ができあがっていました。
ひとつの大きな終わりへ向かう覚悟が、
すべてを完結させるための納得が、
観客の中に漂ってきていました。

『桜島』が来る。
夢の時間が終わってしまう。

もはや、次はどの曲だろうと、
胸をワクワクさせる時間は過ぎ去り、
一曲、一曲、確実に迫っているライブのフィナーレの影に、
怯える僕がいたのです。

笛の音のようなイントロのメロディが流れました。
どこかで聴いた、メロディ。
最近の曲のような気がしました。
なんだろう。でも、とにかく『桜島』じゃない。
まだ、終わりにはならない。
僕は安堵しました。

少し前方の観客が、持ってきたひまわりを差し上げていました。
そうか、『ひまわり』のメロディか・・・
ここで『ひまわり』ってのもスゴイな・・・

そんなことを、ぼうっとした頭で考えていると、
やがて、主旋律のメロディが・・・

違う!

『ひまわり』じゃない!
この曲は・・・

あのときの苦い涙に『GOOD-BYE青春』!

そうでした。
ZEPPでも聴いたのでした。
あのときも、違う曲かと思ってイントロを聴いていたので、
『GOOD-BYE青春』とわかって口アングリで驚いたのでした。
なのに、また、この桜島でもビックリしてしまった・・・


GOOD-BYE 青春
いいことなんか なかった季節に
夢だけ 置き去りに
白い手紙を 破り捨てれば
ひらひらこぼれて ジグソーパズルのようさ


パズルのようさ・・・のようさ・・・


しかし、すぐに気を取りなおして、
「パズルのようさ・・・のようさ・・・」
のリフレインに即対応する切り替えの見事さに、
我ながら感心してしまう。


GOOD-BYE 青春
答えを 探して
あてのない風に吹かれて 立ち止まる
夜明け間近に 膝を抱えて
懺悔のウォッカじゃ なんだか酔えないみたい


酔えないみたい・・・ないみたい・・・


本編も歌うのですが、この歌で、このリフレインの合唱は欠かせない。
しかし、さすがに古い歌すぎて、知らない人が多く、
そのリフレインの合唱は音量不足、パワー不足。
なんだか歌っている自分がマイナーな気分になってしまいました。
あるいは、マニアな気分というべきか。

しかし、そのあとのサビは、
相変わらずの大合唱!
マニア気分から脱出に成功だ。


誰のせいでもなくて
背中がとても 寒くて
俺の抜け殻だけが 宙に舞う
ライ! ライ! ライ! ライ!

ああ このまま 悲しみよ 雨になれ
ああ このまま 悲しみよ 雨になれーっ!



いい時間帯に持って来てくれた。
そう、思いました。
『GOOD-BYE青春』、メロディは剛なんだけど、
詩が剛の作品じゃないから、どうも深みが甘い。
秋元康も剛っぽく書いているんだけど、
やっぱり体温の低さは隠せない。

ZEPPのようにサプライズならテンションも上がるが、
今回は2回目だし、予想の範囲。
普通なら、『STAY DREAM』のあとでは荷が重過ぎる。

しかし、なんといっても、夜明け前。
この時間帯、『桜島』の露払いとしては、
こういうポップな曲調がなんとも嬉しい。
歌い心地も快適そのもの!
ライ!ライ!ライ!ライ!

それにしても、ZEPPでもアンコールで演奏され、
桜島でも、第三部でと、かなり破格の扱いでした。
剛には、かなりの思い入れがある曲なのかもしれません。

考えてみれば、
剛主演の初期のドラマ『家族ゲーム』の主題化であった、
『孤独なハート』と『GOOD-BYE青春』が演奏されました。
その一方で、
後期のドラマや映画の主題化はほとんど演奏されませんでした。

『ひまわり』
『RUN』
『しゃぼん玉』
『SUPER STAR』
『ろくなもんじゃねえ』
『しょっぱい三日月の夜』

やっぱり、軌道に乗ってからのドラマよりも、
初めて役者として認められたころのドラマの方が、
印象に残っているからかもしれません。

『孤独なハート』は演技者としての第一歩を記したときの曲。
『とんぼ』は時代の先端へと踊り出たときの曲。
『激愛』は大ヒットで業界を震撼させた映画の曲。

そんな、桜島で歌われた主題歌たちはどれも、
剛の歴史の中でも特筆される作品の主題歌でした。
『GOOD-BYE青春』も、演技者としての剛の才能が開花し、
世の中に広く認められたときの主題歌曲なのです。

僕はここにきて、ようやく気付きました。
桜島ライブの演奏曲は、
剛の歴史を網羅することをコンセプトにしていることに。
ほとんどすべてのアルバムから、
曲を選んでいることにもようやく気が付きました。

ZEPPで演奏した曲、
そして、桜島で時間がなくてカットしたと噂される曲も含めれば、
曲のセレクトがなかったアルバムは『ふざけんじゃねえ』くらい。
まさしく、剛の音楽キャリアの集大成が、
桜島の選曲に結集されていました。

『STAY DREAM』で、
終わりに向かって突き進むかに見えたライブでしたが、
『GOOD-BYE青春』がそんな空気を和らげてくれました。

ほとんどCDサイズで、スパッと『GOOD-BYE青春』を歌い上げた剛は、
言葉を客席に送ることなく、また、次の曲の準備に入っていました。
ハーモニカホルダーをセットし、ギターを抱えて、
センターマイクの前にそそくさと戻ってきました。
一曲でも多く歌うためにと、一切の無駄を省いて、
演奏と歌だけに集中していました。

時間を気にする必要などないはずの、
オールナイトライブなのに、
なぜにこんなにも時間に追われねばならないのか・・・

帰りの足を気にしてのことだとは知っていても、
できることなら、
時間の足かせのない中で、
思う存分歌わせてあげたい・・・

そんなことを考えながら、
歌い急ぐ剛の姿を、追い続けていました。



続く



<次回予告>
朝焼けに桜島の輪郭が、うっすらと見え始めた。
グッバイ青春と歌った悲しみの夜はもう終わり。
鹿児島青春朝焼物語のど真ん中で、
僕の両足は鉄の棒のように重いのでした・・・

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命の音が聴こえますか? (桜島ライブ50)

2004年10月28日(木)

『命の音が聴こえますか?』−桜島ライブ(50)

                 text  桜島”オール”内藤





剛から鹿児島へのメッセージは、これ。
何も言うことない。
シンプルだけど、究極のメッセージ。
南日本新聞の広告ページに掲載されました。


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M-35 STAY DREAM −アルバム『STAY DREAM』(1986)−



第一部、そして、第二部の、
じっくりと、こってりと、
曲をこなしていった頃が嘘のように、
この第三部の剛は、
明らかに急いでいました。

MCもなく、曲が終わると、
すぐに次の曲の準備に入りました。

『電信柱にひっかけた夢』が終わるやいなや、
ギターを替え、
ハーモニカを吹き鳴らして音を確かめると、
ステージ中央に戻ってきました。

そんな剛のあわただしい仕草からも、
ライブが終わりに向かって加速度を増していることが、
否応無しに実感されました。

一曲でも多く、一分でも長く、
このライブが続いて欲しい。
そんな願いが、一曲ごとに高まってきていました。
でも、大丈夫。
少なくとも、これが演奏されるまでは、
ゼッタイにライブの最終曲はやってこない。
そう、僕に思わせてくれた曲がありました。
そのうちの一曲は、『桜島』。

そして、もう一つは、
歌詞のどこを切り取っても、
曲のどこを切り取っても、
すべてが剛の肉と骨のような歌でした。

聴きたい。でも聴くのが惜しい。
その曲が歌われるときが、ついにやってきてしまいました。


死んじまいたーーい ほどの
苦しみ悲しみ 
そんなものの
ひとつやふたつ



とうとう来た。来てしまった。

「おおーーーっ!」

特上級の観客のリアクションが、
この曲の存在感を雄弁に物語っていました。

手探りしてでも、『STAY DREAM』!

剛がくるしみのどん底で産み出した歌。
くよくよするな、あきらめるなと、
繰り返し、繰り返し、ささやいてくれる歌。
苦しみ、悲しみにぶち当たったとき、
自由は不自由さの中にあるのだと、
ほんとうのことを思い出させてくれる歌。


誰もがここ あそこに
しょい込んでるもの
腰を降ろし ふさぎ込んでも
答えは Nothing

ぶっとばしたい ほどの
怒りやくやしさ
そんなものの ひとつやふたつ
殴られた 痛みは
トライへの ワンステップ
尽きせぬ自由は
がんじがらめの 
不自由さの中にある



いつも必ずと言っていいほど、ライブのハイライトに歌われる歌。
でも、おなじみだからと言って、衝撃を伝えないかというと、
それはまったく的をえていない。

いつも聴いている歌だからこそ、
この桜島で、その歌を聴くことに衝撃がある。
いつも聴いている歌だからこそ、
この桜島で聴いていることのスゴさが、
五感を通じて伝わってくる。

かつて武道館で、東京ドームで、
代々木体育館で、横浜アリーナで観たライブ。
それらのライブたちと、桜島ライブの違いを、
これでもかと感じることができました。

いろんな会場で聴いた『STAY DREAM』とは、
歌は同じでも、それ以外は何もかもが違う。

剛が違う。
あんなにも消耗し、気力だけがギラギラしている剛。

場所が違う。
何にも囲まれていない。壁にも、天井にも、フェンスにも。
桜島の整地された空き地に、人間が集まっているだけ。

時間が違う。
午前5時前の『STAY DREAM』。
かつてない時間帯に、夜明け前に、この歌を受けとめている。

僕らが違う。
汗まみれ、疲労をアドレナリンでごまかして立ち尽し、
やっと、やっと、この歌にたどり着いた。


くよくよーー するなよ
あきらめないで Just like a boy
そのやせこけた 頬のままで
果てしない 迷路の中を
人はみんな 手探りしてでも
STAY STAY DREAM
そう STAY STAY DREAM
STAY STAY DREAM



言うまでもない。大合唱だ。
心にも、脳裏にも刻まれたフレーズを、
剛と歌い上げた後に待っているのは、
ドラマチックなブルースハープ。
ここ桜島でも、心が震える音色。

ほとんどアコースティックギターだけで、
飾り気なく歌われた『STAY DREAM』でした。
それだけに、なおさら、
剛の体を切り裂いて飛び散った、肉片や血流が、
言葉とメロディになっているような生々しさ。

僕が、初めて観た剛のライブ。
Never Change ツアーの東京ドーム。
あのとき、なんなんだ、これはと、
呆然とするしかなかった、
あまりにもドラマチックな歌、『STAY DREAM』。
その音源は、シングル『とんぼ』のカップリングに収録され、
今でも、その感動を思い起こすことができます。

僕は、そのときの『STAY DREAM』を思い出していました。
目の前で繰り広げられているのは、最新の『STAY DREAM』。
二つの『STAY DREAM』のあいだに、
僕がリアルタイムで経験した剛の歴史が、
見事に挟み込まれていました。


もう これ以上 先へはーーー
進めない・・・・・



ライブでは恒例の、
『STAY DREAM』の曲のストップに、
あらん限りの声で、剛の名前を叫ぶ観衆。

あのときも、あの、初めて足を踏み入れた東京ドームで、
去って行く恋人の名を叫ぶように、
別れの駅で友達の名を叫ぶように、
剛の名をあらん限りの声で叫ぶ観客たちがいました。

あれから15年。
僕も剛の名を叫び続けているのです。

「ツヨシーーーーっ!」

届いたでしょうか。
15年の万感の思いを込めた叫びが。
声帯が張り裂けるほどの叫びが。


たとえば 挫折が
目の前に 立ちはだかる
そんな夜は 心で
命の音を聴け

たかがこんな自分はと
一度だけ からかってみなよ



『STAY DREAM』の味わい深い歌詞の中でも、
ひときわしびれるフレーズが歌われていました。

『STAY DREAM』は、挫折に打ちひしがれたときに、
何をしたらいいのかを僕に教えてくれました。
命の音を聴けばいいのだと教えてくれました。
自分をからかってみればいいのだと教えてくれました。
そして、それは、ほんとうのことでした。
ほんとうに、そうするだけで、よかったのです。


くよくよーー するなよ
あきらめないで Just like a boy
そのやせこけた 頬のままで
果てしない 迷路の中を
人はみんな 手探りしてでも
STAY STAY DREAM
そう STAY STAY DREAM
STAY STAY DREAM
STAY STAY DREAM
STAY STAY DREAM



剛、ついに『STAY DREAM』が終わりました。

剛のファンは、みんな真面目な人ばっかりだけど、
『STAY DREAM』が歌われるときには、
そんなみんなが、さらに真剣な目をしているよね。

剛、僕はいつも母親に、
「もう夢を見るのはやめとくれよ」
と言われるんだ。
図らずも、その言葉で、
自分が夢を見続けていることに気付かされます。

でも、まだまだやめられそうにありません。
勇気を失い、情熱が冷め、、
夢という言葉を忘れそうになったころには、
剛と『STAY DREAM』を歌うから。

桜島で歌った『STAY DREAM』は・・・
これから何年もあとを引きそうです。



続く



<次回予告>
夢・・・とくれば、青春だ!
サヨナラできない、青春には!いくつになっても・・・。
青春なんてラララ・・・じゃなくて、ライライライ。

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胸を叩くのは何ですか? (桜島ライブ49)

2004年10月25日(月)

『胸を叩くのは何ですか?』−桜島ライブ(49)

                 text  桜島”オール”内藤





「長渕剛 桜島ライブに行こう!」のエンピツ日記、
今日、2004年10月25日、75,000アクセスを超えました。
毎日ご覧いただいている500人弱の方のアクセスが積もり積もって、
こんなスゴイ数になりました。ありがとうございました。
ラストまでもう少し、お付き合いいただけると幸いです。
ちなみに写真はThank you Tシャツのバックプリントを加工したものです。


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M-34  電信柱にひっかけた夢
  −アルバム『JEEP』(1999)−



第3部のオープニングを飾った、
『女よ、GOMEN』で、懺悔を終えるやいなや、
まったくブレークなしで、
2曲目が始まりました。

バンバン、やるぞ!
ガンガン、行くぞ!

といったところでしょうか。

そのメロディは、
ゼッタイ聞き覚えがあるんだけど、
よーく、聴いている曲なんだけど、
なんだっけ!?
なんだっけか!?

ああ、ここまで出かかっているのに!
じれったい!

記憶も電信柱にひっかかる、
そう、『電信柱にひっかけた夢』!

ええっ!
そう来ますか!!

意外、意外、意外でした。
まだまだあった、サプライズ!
もう、残り時間も少ないし、
誰もが納得の曲しかやらないと思ったら・・・
このごに及んでも、まるで油断ならないライブ!


実に寒い 夜だった
貨物列車の 通り過ぎる音がした
これが最後と 腹に決め
26のたくらみから 足を洗った



あと何曲やるんだろう・・・
5曲?10曲?
といった、不安な気持ちは、
見事に消えうせていました。

全然、ラストが近い気がしない。
ここで、『STAY DREAM』『桜島』ときていたら、
あ〜終わりかあ〜・・・
という気にもなったけど、
『電信柱にひっかけた夢』だよ!
こういうサプライズなら、大歓迎!
テンション、上がる、上がる!


新聞配達の 自転車の音がした
酒の飲めない俺は 食パンをかじった
錆びた十円玉を ひっくり返し
ついてねえやと やぶ睨みした
明け方の東京



この曲は、JEEPツアーで聴いたきり、
まったく演奏されていない曲でした。
比較的、地味な印象のある曲です。
CDでも、ライブでも。
それなのに、この桜島で、
しかも、第3部という、いい位置に持ってきた・・・
またしても、深読みしたくなるんだよなあ。

できるものなら、剛に聴いてみたいよ。
どうして久しぶりに『電信柱』?、と。

それにしても、
JEEPツアーのときはただ聴いているだけだったけど、
今は拳を上げて、歌い、叫ぶ。
あの地味な『電信柱』で、
こんなにも盛り上がれるなんて!


生き恥をさらしても 裏街道は
まーっぴらさ!
ごめんよと 詫びを入れ
お前住む街へ 引っ返す
東中野の 駅前に ああ
突っ立ったまんまあーーっ!

電信柱に ひっかけた夢!
未練たらたら ひっかけた夢!

 

その答えは、アレンジにあったように思います。
特にドラム!
ガン、ガン、ガン、ガン!と、急かすような、
ドラムのリズムにあおられて、
盛り上がっている自分に気がつきました。


生き! 恥! をさ! らし! ても!
裏! 街! 道! はー!
ま−っ! ぴーら! さー!



文字にするなら、こんな感じ。
ビートに乗って、なんとも痛快無敵な、
『電信柱にひっかけた夢』でした。

それにしてもこの歌・・・
考えるまでもなく、暗い歌詞の歌です。
東中野なんて、マイナーな駅名が出てくる。
いくら新宿に近いと言っても、東中野だよ。
僕も何度か降りたことがあるはずだけど、
何も思い出せないようなところ。

そんな場所の名前が使われていることから、
実話の匂いがプンプンする歌です。
剛が昔、ほんとうに住んでいたのでしょうか。
そう思えて仕方ない。

新聞配達、貨物列車、酒の飲めない俺、
食パン、錆びた十円玉、東中野、
電信柱、公衆電話、ガンバレや、
抜き差しならない街、抜かれる背骨、あぶく銭・・・

こうして、あらためて聴いてみると、
剛らしさ満点の言葉がびっしり詰まっていて、
拳を上げながらも、僕は感心してしまう。

こういうわびしい歌詞なのに、
絶叫、合唱、アップテンポ。
こんな歌、長渕剛以外に誰が歌う!

比類なき音楽ジャンルをひた走る剛。
それにしても、どうして『電信柱』だったんだろう。
どんな思い出がこの歌にあるのだろう。

剛がその昔、
電信柱にひっかけたという夢、
その夢に・・・
ヒントがあるような気がします。


おーれの胸を たーたきやがる!
たらたらとーっ!
胸を たーたきやがるーーう!



まるで今も胸を叩かれているかのように、
未練たらたら、情感こめて歌う剛でした。

電信柱に引っかかった夢。
いつまでも・・・いつまでも・・・
あきらめきれない夢に胸を叩かれる日々が、
かつては本当にあったのでしょう。
あきらめなければ・・・。
でもどうしてもあきらめきれない。

そして、やがて剛は、
あきらめてはならない、
夢はけしてあきらめてはならないのだと、
強く思うようになったのでしょう。

そうです。
『電信柱に引っかけた夢』の向こうに待っていたのは、
終りのない迷路のような人生であろうとも、
暗闇の中を手探りしながらであろうとも、
けして夢をあきらめてはならないんだと歌った、
あの力強く優しい、究極のメッセージソングでした。



続く



<次回予告>
第3部のテーマは全力疾走。
これまでとはうって変わって、テンポよく曲がこなされていく。
そして、ついに剛の血液のようなあの歌が満をじして登場。
二度とない夜を駆け抜けた今こそ、耳を澄まし、命の音を聞け!

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身に覚えはありますか? (桜島ライブ48)

2004年10月24日(日)

『身に覚えはありますか?』−桜島ライブ(48)

                 text  桜島”オール”内藤





忘れては行けない、販売スペースでの良心価格。
ばっちりと食料も水も持ち込んだので、
利用することはできませんでしたが、
利用した知り合いから聞いた評判はとても良かったです。
もてなし満足! 鹿児島バンザイ!


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M-33  女よ、GOMEN  −アルバム『JEEP』(1999)−




最初の休憩明けは、なんとも寂しい状態で、
剛の登場を迎えたものですが、
今回の休憩明けは、
最後のステージに向かう剛を迎えるにふさわしいムード。

かなり力の入ったツヨシコール、
そして、観客の熱気!

バンドメンバーを引き連れ、
剛、みたび、登場!
今度は、渋いねずみ色のタンクトップです。
ちょっと戦闘服を思わせる色調に、
緊張感を感じました。

「つよしーっ!
 夜明けが近いぞーっ!」


誰かが叫ぶのが聞こえました。
そうです。
夜明けも近い。
そして、このライブのフィナーレも、
もう、間近に迫っているのです。

「行くぞーーっ!」

「うぉーっ!」

「行くぞーーっ!」

「うぉーっ!」

最後の覚悟を確かめるかのように、
剛と観客との間で、叫びの応酬。
さあ、いったい、どの曲で幕を開けるのか、
泣いても笑っても、これで終わりだ。
桜島オールナイトライブ最終章、第3部だ!

力強いビートがスピーカーから溢れ出しました。
即座に、拳を上げ、叫ぶ僕、そして観客たち。
やはり、第3部は、アップテンポで、
夜明けに向けて疾走するのだ!

ああ、この曲か・・・・

全面降伏、『女よ、GOMEN』!

通常のライブでも頻繁に演奏される、
盛り上がりソング、元気ソング。
観客全員が身振り手振りで女に降伏する歌だ。

第3部が始まるその前に
忘れてた言葉がひとつだけある
ごめん・・・

と、言ったところでしょうか。


今に見てろと 雨にはじかれながら
しょっちゅう 伏し目がちな昨日を
破り捨ててきた

四六時中 貧乏暇なし
頭もはげるほど
がんばれば がんばるほど
いらついていた



ライブの前日、ホテルでこの歌を聞きながら、
友人が言いました。

「いくらなんでも、剛には、
 こんな時期はなかったんじゃないかねえ。」

剛の歌は、すべてがすべて、
剛自身のことを忠実に語っているわけではないのですが、
この歌詞については僕には思い当たることがありました。

ドラマ『とんぼ』でブレークする前の剛の話を、
古くからのファンの人に聞いたことがありました。
その人は、憧れの目で剛を語る僕を見て、こう言いました。

「ほんとにこんなに人気が出て良かったと思う。
 今じゃすっかり落ちついたけど、
 ちょっと前まで、
 テレビに出るたびに剛はいらついていて、
 隙あらば、宣伝ばっかりしていて、
 番組のスタッフとかにはいやがられていたと思う。
 生きていく必死さがいやでも目についちゃって、
 見ていてつらいこともあったもん。」


僕は、その時代のころの剛を目にする機会は、
覚えている限り、まったくなかったのですが、
その話を聞いてから、
『女よ、GOMEN』の歌詞にも、
剛の歌らしいリアルさを感じるようになりました。


いたずらに女に 惚れてきたわけじゃねえ
考えてみりゃ 女にゃ謝りっぱなしだった
煮ても焼いても食えねえ おいらゴロツキに
柔らかい肌で 明日を見させてくれた



ガンガンに盛り上がる観衆に紛れながらも、
僕はちょっと困った気持ちになっていました。

実を言うと、『女よ、GOMEN』のときには、
いつも、困った気持ちになってしまう自分がいたのです。
サビのところで、両手の手のひらを差し上げて、
ゴメン、ゴメン、と謝るおなじみの振りがありました。
どうも、僕は、これにはイマイチ気分が乗らないのです。

この歌で、剛は、なんとも快活に潔く、
女よ、ゴメン!と詫びを入れるのですが、
どうも、僕は素直になれないのです。これほどには。
それもあって、通常のライブでは、
ほとんど、このアクションには不参加でした。

しかし、ここは桜島。
問答無用の第3部のオープニング。
僕もおずおずと、両手の手のひらを差し上げました。


女よーー ゴメン! ゴメン!
女よーー ゴメン! ゴメン!

百年経っても 千年経っても おー!おー!
おいら お前に 謝りっぱなしさ!



思いきりが悪いながらも、
ゴメンポーズに参加しました。
これまた、さぞかし壮観な光景だったことでしょうが、
なんとか参加するので精一杯で、
振り向いて、15万本の手のひらが、
ゴメン、ゴメン、する光景を目にすることはできませんでした。

そうこうする間にも、
歌の後半、繰り返し、繰り返し、
ゴメンねタイムがやってくる。

参ったなあー、
ふんぎりの悪い第3部のスタートになってしまうよ、僕だけが。

そんなことを思いながらもゴメン、ゴメンとやっていると、
コーラスの女性陣の声が飛び込んできた。


女よーー ゴメン! ゴメン!
女よーー ゴメン! ゴメン!



ジャッキーも、女だけれど、ゴメン、ゴメンか・・・

ふと周りを見回すと、
そこら中にいる女たちが、


女よーー ゴメン! ゴメン!
女よーー ゴメン! ゴメン!

百年経っても 千年経っても おー!おー!
おいら お前に 謝りっぱなしさ!



と歌いながら、ゴメンポーズに嬉嬉として参加していました。
そんな光景がいたるところで繰り広げられているのをまのあたりにして、
なんだか、うじうじしていたことがバカバカしくなってきました。

そうだな!
楽しまないとな!


女よーー ゴメン! ゴメン!
女よーー ゴメン! ゴメン!

百年経っても 千年経っても おー!おー!
おいら お前に 謝りっぱなしさ!



素直に叫んでみました。
ゴメン! ゴメン!

こんな僕の百倍は謝るべきことがあるだろう、
剛本人の表情には、
謝っているときの殊勝さなんてかけらも見当たらない。
眩しいくらいに生き生きとした表情だ。

くそー、この百戦錬磨!
ちょっとは申し訳ないような顔して、
謝りやがれ!

第3部、剛に疲れの色なし。
絶好調のスタートです。



続く



<次回予告>
なんと、第3部にもあったサブライズ選曲。
この限られた残り時間の中で、その昔、
電信柱に引っかけたまんま忘れていた曲が今・・・

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夜空に救われましたか? (桜島ライブ47)

2004年10月23日(土)

『夜空に救われましたか?』−桜島ライブ(47)

                 text  桜島”オール”内藤





ライブ前には、社説にまで取り上げられていました。
地元として恐れていたのは、事故、事故、事故!
群集心理、フェリー輸送などが懸念材料として述べられています。
心配した甲斐あって、無事ライブが終わりました。


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ニ部三部間・休憩時間 その2



僕はどうしても理解できなかった。
どうして、どうして、
いったいどんな事情があって、
この申し分ないブロックを離れることができるのか・・・

この、どデカイ桜島の特設会場。
Kブロックまである、この会場。
A・B・C・D・E・F・G・H・I・J・K。
BからKまでの、ざっと7万人が、
どんなにこのAブロックだったら・・・と思ったことか。

さらに言うなら、Aブロックといっても、右から左まで、
声も届かないほど広いのです。
その広いAブロックの中で、A−5ブロックは、
正真証明、ステージ前なのです。
ステージ正面は、A−4とA−5の2ブロックだけなのです。

さらに、さらに言うなら、
そのA−5ブロックの中でも、僕らのいた辺りは、
もっともA−4ブロック寄りでした。
それはどういうことかというと、
真っ直ぐに、正面を向くと、剛の固定マイクスタンドが、
ほぼ真正面にある、という意味です。

そんな、これ以上望むべくもない、
超VIPな場所から、
信じられないことに荷物をまとめて出て行く人たちがいたのです。

これから、第3部が始まろうとしているというのに・・・
これから、『STAY DREAM』が歌われるというのに・・・
これから、『桜島』が歌われるというのに・・・
これから、『何の矛盾もない』が歌われるというのに・・・
これから、『Captain of the Ship』が歌われるかもしれないのに・・・

いったい、どんな理由で・・・
いったい、どんな気持ちで・・・

到底、僕には理解できませんでした。

「なんで? ねえ、なんで?」

僕は友人に問い掛けました。

「出口付近で見てるんじゃないのかなあ。
 まさか本当に帰りはしないと思うけど・・・」

混雑を避けるために、後ろに移動しておくのだと、
友人は言っているのです。
そんな友人の予想を聴いても、僕には到底理解はできませんでした。

混雑を避けるため?
そんなことのために、この特等席を出るなんて、
少なくとも、僕には考えられない。
混雑を避けることの快適さと、このライブの最後を間近で見届けること。
この二つを天秤にかけられる?
比べるのもバカバカしい!

なんと、僕の前にいた男女も、荷物を片付け始めていました。
これまで窮屈だった、僕らの場所の周りには、
いくら激しく踊っても、いくら飛び跳ねても、
誰にも迷惑がかからないような空間ができていました。

身を寄せ合うようにしていた僕らは、
ちょっとお互いに距離を取って、足を伸ばして座りました。

僕はたまらなくなって、
今まさにブロック出口へと向かおうとしている二人に、
言葉をかけました。

「最後、見ないんですか?」

男性の方が、うつむき加減で答えました。

「7時くらいには、絶対、バスに戻らないと、
 飛行機、間に合わないんですよ・・・。
 Aブロック、いつ退場できるかわからないし・・・。」

僕には、何も言えませんでした。
やっとのことで、一言、言いました。

「残念ですね。」

「ええ、残念です・・・後ろで見ます。」

そう言って、二人で出口に向かって行きました。

広々とした空間が、なんとも寂しく感じました。
これまで、特に会話は交さなくとも、
同じ場所でライブを盛り上げてきた観客たちが、
ひとり、またひとりと、去って行きました。

やりきれない表情の僕を見てか、
友人が声をかけてきました。

「仕方ないよね〜。
 飛行機に遅れるわけにはいかないし・・・」

スカイマークエアラインの22日、東京への帰りの便を、
ネットでチェックしたことがありました。
午前中でも、予約で一杯になりそうな便がありました。
確かに、そのような便を予約していた人は、
終了と同時にダッシュで帰らなければ間に合わないかもしれません。

東京からはまだ便があるほうのようで、
もっと飛行機を抑えるのが大変だった地域もあったはず。
そう考えると、ライブ直後にダッシュしなければ
間に合わない便を予約するしか術がなかった。
それも理解できました、頭では・・・。

反感を買うことを承知で、
このとき僕が思っていたことをそのまま書きます。

飛行機に遅れたからって、なんだっていうのか。
仮に、飛行機に遅れて、今日、帰れなかったとしても、
仕事に行けなくなったとしても、それがなんだというのか。
責任があるというのもわかるけれど、
一日くらい休んだところで、何がどうなるというのか。

僕は、そう思っていました。

事実、僕がこの日、ギリギリの飛行機を待っていたとしても、
おそらく、ライブの方を取ったはず。
仕事に間に合わなくなったとしたら、

「すみません。飛行機に乗れませんでした。
 まだ鹿児島ですから、今日は会社に行けません。」

と電話していたと思います。
責任の大切さを自覚していると共に、
組織にとって、ほんとうにいなければ困るという人は、
ほとんどひとりもいないのだ、ということも、
事実として知っているからです。

それならば、僕は桜島ライブを迷うことなく取る!
と思っていました。

後日、いろんな人が、いろんな事情で、
いろんな無理をして、桜島にやってきていたことを知って、
僕のこのときの考えが、必ずしも正しくはないことを、
はっきりと自覚しています。

例えば、障害で体力がないために、
あらかじめ、最後までライブを見ることができないと、
わかっていたにも関わらず、やってきていた観客もいました。

しかし、あのときの僕は、ただただ、残念で、
なんだか悲しい気持ちで一杯になっていました。
自分には知り得ない、それぞれの事情で、
後ろ髪を引かれる思いで、それぞれのブロックをあとにする観客たち。
彼らの気持ちを理解する想像力や度量は失われていました。

(一生、忘れられない、素晴らしい思い出。
 作るチャンスなんて、そうそうあるもんじゃないよ。)

やりきれない思いを抱えながら、
僕は広々とした僕らの場所に寝転び、
大きく背伸びをしてみました。
桜島の夜空が吸い込まれそうな程に、広く、大きく、
広がっていました。

「おお・・・」

思わず、声を漏らしてしまうような、夜空でした。
僕の体は吸い込まれずとも、
ネガティブな気持ちが、スーッと吸い込まれて行きました。
悶々とした思いは、消化はしませんでしたが、
なにごともなかったように忘れた気分になりました。
またしても、桜島に救われた・・・
そう、思いました。

桜島の夜空をながめながら、
最後の一個のアンパンをかじりました。

「このまま眠ったら、気持ちいいだろうなあ」

友人は何もいわずに目を閉じて座っていました。

思えば、桜島の夜空をじっくりと眺める、最後のチャンスでした。
ちっぽけな自分と、大きな夜空。
ちっぽけな自分と、大きな長渕剛。
75,000分の1に過ぎない自分と、大きな、大きな、一等星。

いろんな考えがぐるぐると渦を巻きながら、
桜島の真っ暗な空に溶けていきました。

休憩に入って、50分ほどが過ぎたところでした。
BGMの音声が止まりました。

「よおおーっし!」

僕はムクッと置きあがり、
ミネラルウォーターの水ををぐいっと飲み込みました。

いよいよ、最後の力を振り絞る時が迫っていました。
どこからともなく沸き起こるツヨシコール。
眠りから再び目を覚ます桜島。

僕は、マフラータオルで胴体をぐっと絞り上げ、結びました。
泣いても、笑っても、これで最後だ。
大きく深呼吸をして、天を仰ぎました。

花びらの色が白か黒かのどっちかならば、
なあなあのラストなど、ないはずだ。
まあまあのラストなど、ないはずだ。
白か、黒か、はっきりと、どっちかなんだ。

ライブ開始のときのような、
力強いツヨシコールを叫びながら、
万感の思いを背に、剛の登場を待ちました。



続く



<次回予告>
運命の第3部の幕開けは、勢い重視の選曲。
身に覚えがあってもなくても、懺悔する75,000人。
歌の世界に身を投影する癖が災いして、
聴く度に、いつも困ってしまう・・・あの曲だ。

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不安な夜を過ごしましたか? (桜島ライブ46)

2004年10月22日(金)

『不安な夜を過ごしましたか?』−桜島ライブ(46)

                 text  桜島”オール”内藤





ゴミの問題は、剛が最近出演したラジオでも話題になっていたそうです。
剛の意見は、意外というか、当然というか、
性善説に惑わされない、
イベントというものを十分熟知した人の発言だったようです。


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ニ部三部間・休憩時間 その1



まもなく午前4時になろうとしていました。
5時半くらいには、きっと、明るくなるはず。
それもあって、当初、
ライブの終了予定時間は5時半だったのだと思うのです。
ライブの終わりと共に、
桜島から朝日を引きずり出す。
そんなタイムスケジュールだったことでしょう。

再び、静けさの中にたたずむ僕らでした。
さすがに僕も疲労困ぱい。
ライブ中はあんなに元気なのに、
剛がいなくなると、途端にこのありさま。
アドレナリンなしの、自分の頼りなさときたら・・・。

第一部に比べると、運動量自体は減っていたはずですが、
僕としても、未知の時間帯に突入していました。
これまで、最長のライブは、
2年前の横浜スタジアム、剛のバースデーライブ。
あの5時間ライブを上回る、6時間以上が経過していました。
休憩時間も含めて、
これほど長くライブ会場にいたことはありません。

「トイレ、大丈夫?」

「あと何時間かは行かなくてもいいよ」

「うん、俺も大丈夫。」

僕らは、ブロックを離れることなく、
休憩時間が明けるのを待つことにしました。

「あと、何曲やるかな・・・」

僕はそうつぶやきながら、時計を見ました。
第一部のあとの休憩は1時間以上ありました。
今度も1時間取るとしたら、もう5時だ。
30分遅れて始まった分、演奏するとしても、6時まで。
つまり、たった1時間で終わる可能性もあるのです。

これまでのペースだと、1時間では5〜6曲しかできないでしょう。
『STAY DREAM』
『桜島』
やらないということはありえない曲、は2曲。

次に僕は、ZEPPで演奏して、
まだ桜島では演奏していない曲を思い出しました。
『GOOD-BYE青春』
『愛しているのに』
『何の矛盾もない』
『人間になりてえ』
『Hold Your Last Chance』
『−100°の冷たい街』・・・

ああ・・・これだけで8曲だ。
それに加えて、『Captain・・・』があるとしたら、
それだけで30分は固い。

「これさあ、間違いなく押してるよ。
 7時や8時までやるんじゃないか!」


願望も込めて、ちょっと大きな声で、
僕は友人に向かってそう言いました。

「でもさあ、帰りの飛行機とか、ヤバイんじゃない・・・」

友人が言うことは、その通りでした。
僕らは日程に余裕を取りましたが、
多くの観客は、ライブが6〜7時くらいに終わると踏んで、
帰りの予定を立てているはず。
それを無視して、ぶっ倒れるまで、
いつまでも、いつまでも、ライブをやることは考えられない。

「キャプテン、ないかもね。」

・・・あり得る話に思えました。
友人の冷たい言葉に対して、僕はなにも言いませんでしたが、
かなり仏頂面だったかもしれません。

どう考えても、『Captain・・・』を用意していない、
という事態は許しがたく思えました。
許しがたい、というよりも、
僕がこれまで15年以上に渡って積み上げてきた、
長渕剛という人間に対しての考察の方程式からは、
『Captain・・・』を外すということはあり得ないのです。

大多数のファンが、大きな期待をかけている曲があることは、
間違いなく、間違いなく、剛には届いています。
それを汲み取るか、それとも、何らかの理由でそれをよしとしないのか。
すべては剛の一存にかかっているのです。
僕の結論は、ひとつ!
剛は、ゼッタイにやる!・・・でした。

僕は吉田拓郎の3度に渡るオールナイトライブを思い出していました。
1度目、2度目のラストを飾ったのは、
『人間なんて』という、イベント用の曲でした。
イベント用、というのは、通常のライブでは演奏されない、
お祭り用、発散用、燃え尽き用のイカレた曲、という意味です。

3度目、拓郎最後のオールナイトでは、
『明日に向かって走れ』という曲がラストを飾りました。
『人間なんて』は用意されていませんでした。

このときのオールナイトでは、
『人間なんて』がなかったことに不満を感じた観客が、
相当数いた、という話を聴いたことがあります。
『Captain・・・』はまさしく、『人間なんて』のような曲。

「キャプテンじゃなきゃ、終われないよ。
 ワンラストナイトになっちゃうもん。」


僕は、正直にそう言いました。
ワンラストナイト、とは、拓郎最後のオールナイトの名称でした。
拓郎のことはあまり知らない友人も、
前日、僕が熱弁を振るったこともあって、
僕の意図するところを理解したようでした。

「剛・・・まさか、そのあたりをひねって、
 『明日に向かって』で終わり・・・
 ってこと、ないよね。」


そう言って、友人は笑いました。
拓郎の『明日に向かって走れ』に似たタイトルの、
剛の歌、『明日に向かって』・・・

正直、当たってもおかしくない予想だと思いました。
まだ、『明日に向かって』は演奏されていないし、
『Captain・・・』に対して剛は良くない思い出を持っている、
そういう読みも自分の中にありました。

ラストと思われた第3部を前に、
僕らはどうもネガティブな会話ばかりに終始していた感があります。
唯一の救いは、最初の休憩のときにはなかった、BGMが、
会場に静かに流れていたことでした。
たかがBGMですが、あるとないとでは、大違いでした。

10分近く、ひとしきり友人としゃべったところで、
僕は、僕らの周囲に起きている、ある出来事に気がつきました。

それは・・・・

まったく、信じられない光景でした。

理解しがたい行為と言っても過言ではありません。

面積1平方メートルちょっとくらいの、
小さな場所が僕らの場所でした。
そこに、ビニールシートをひいて、
僕らは縮こまって座っていたのですが・・・

僕らの何メートルか前、そして、すぐ後ろ。
立ちあがり、ビニールシートの土を払い、
なにやら帰り支度のように、
周囲を片付けている観客がいたのです。

そして、それは、間違いなく、
帰り支度だったのです。

彼らだけではありませんでした。
荷物を抱えて、
Aブロックの前方からも観客が後方に向かっていました。

まだ、まだ、ライブは続くというのに・・・
この、申し分のない特等席である、
A−5ブロックを出て行く観客がいるなんて・・・
それも、数人じゃない。
僕が気付いただけでも、5人以上がそうやって、
剛の表情すら見ることができる、ファン垂涎のこのブロックから、
ライブのフィナーレを待つことなく、
引きあげて行こうとしていたのです。



続く



<次回予告>
後ろ髪を引かれる思いで、出口に向かう観客たちの心境やいかに。
やや短い休憩のあと、燃え尽きたい!との願いと共に、
運命の第3部の幕が開く・・・

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時代に目を伏せましたか? (桜島ライブ45)

2004年10月19日(火)

『時代に目を伏せましたか?』−桜島ライブ(45)

                 text  桜島”オール”内藤





南日本新聞には検証記事まで掲載されていました。
課題とされた、騒音対策と、案内の徹底。
この検証結果と反省を活かすチャンスは再び訪れるのか・・・?


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M-32 マリア

  −アルバム『 時代は僕らに雨を降らしてる』(1982)−




第1部がざっと2時間半、
そして、第2部が2時間続いていました。
時間はまもなく午前4時・・・

ライブの終了時間は6時くらいでしょうか。
そうだとすると、もう休憩はないかもしれない。
このまま最後まで行くのだろう・・・

やや、僕はあせっていたかもしれません。
正直、もう、休憩はいらない、と思いました。
まだまだ聴きたい曲がたくさんあったからです。
2時間では、とても足りないのです。

『乾杯』が拍手に包まれながら幕を降ろし、
やがてその拍手の潮が引いて行く中、剛が呼びかける。

「疲れてないかあーっ?」

正直、疲れてはいました。
しかし、まだまだへたり込むにはほど遠い。
歌から刺激をもらって、
活力に溢れる僕の体。
なんとも頼もしい限り。

信じられないことですが、
あれだけ歌っているのに、叫んでいるのに、
まったく声が枯れていない。
腕に鈍痛はあるものの、
あれだけ振り上げているにも関わらず、
僕の両腕には力がみなぎっている。
ギュッと拳を握り締めてみると、
よしっ、握力も十分・・・。

さあ、悔いのないように、
この体力も気力も、すべて、
残らず使い切ってしまおう。
大きく深呼吸をして身構える僕。


Woo Woo Woo・・・


まるで、僕の気負いをすかすような、
剛の声と、コーラスの声が形作る美しいハーモニー。
この、イントロは・・・

異色作、『マリア』!

思えば、第2部は、
ZEPPでの前夜祭で披露されなかった歌で占められていました。
その中で、この『マリア』だけは別でした。
『マリア』が歌われたのは、ZEPP2日目のアンコールラストでした。


Wow マリア
深い眠りから覚めた
Wow マリア
幾千もの悲しみを 越えて

地上に降り立ち 僕らを見た
胸の十字架 見つめられない 
僕らの時代に 目を伏せた
愛しすぎた 傷付けすぎた
数え切れない 歴史の中で



僕は、この曲の成り立ちについては何も知りませんが、
剛の曲の中では、明らかに異彩を放つ曲です。
剛の匂いを感じる言葉がほとんど見つからない。
唯一、「僕らの時代に目を伏せた」という言葉が、
それらしいと言えば、それらしいと思えるくらい。

剛の曲らしからぬ清々しさと、泥臭さのなさ・・・
しかし、間違いなく、剛の作詞・作曲の楽曲。
なんなんでしょうか、この、
洗練されたシンプルな詩と、澄んだメロディは。
この曲を作ったとき、剛に何があったのでしょう。
なんとも不思議な作品、『マリア』。


Wow マリア
深い眠りから覚めた
Wow マリア
幾千もの悲しみを 越えて

ララララ・・・
ララララ・・・



桜島で演奏された曲の中で、
ひときわ短い演奏時間。
聴きほれているうちに、
あっという間に終わってしまいました。

様々な思いと、感動で、
乱れた僕の神経を、
脈拍を、めくるめく思いを、
やさしく、静めるように、『マリア』は歌われました。
歌に身を洗われるような気分になったのは、
あれが初めてだったのかもしれません。

すっかり僕は、油断していました。
『マリア』の醸し出すムードに夢うつつでした。

「あっ」

僕は思わず、声を漏らしました。

何ひとつ、言い残すことなく、
剛は消えるようにステージを去って行ったのです。
まるで、『マリア』の余韻をそのまま残すかのように・・・

そうです、午前4時を目前にして、

第2部は、唐突に、
その幕を降ろしました。


あと、1時間半ほどで、
桜島の空は、白々と明けて行くはずなのです。
ここで、まさか、休憩に入るとは・・・

剛が去って行ったあと、
ツヨシコールが叫ばれていました。
僕も、我にかえって叫びました。
なぜだか、猛烈な不安に襲われていました。

いよいよ、終わりが近づいてきているのです。
次に剛が戻ってきたとき、
いったい何曲が演奏されるのだろうか。
まだ、『桜島』が演奏されていませんでした。
『STAY DREAM』も、『何の矛盾もない』も・・・
そして、あの曲は、果たしてあるのか・・・

やり場のない、みなぎる力と気負いをぶつけるように、
僕はツヨシコールを叫びました。

クライマックスを目前とした桜島ライブに向けて、
アンコールを叫ぶように・・・




続く



<次回予告>
信じられない・・・クライマックスを静かに待つ桜島の、
ファン垂涎の特等席とも言える、A−5ブロックから、
荷物を片付け、引き上げて行く観客たちの姿が・・・。

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故郷を捨てましたか? (桜島ライブ44)

2004年10月18日(月)

『故郷を捨てましたか?』−桜島ライブ(44)

                 text  桜島”オール”内藤





物事には必ずやってくる終わり。
充実感と、感動と、寂しさを抱いてフェリーに向かう人たち。
またどこかで会おう・・・そして、また、いつか、みんなで・・・


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M-31 乾杯  −アルバム『乾杯』(1980)−



「雨ニモマケズ」

雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ 
丈夫なからだをもち
慾はなく 決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを 自分を勘定に入れずに
よく見聞きし 分かり そして忘れず

野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり

西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい

日照りのときは涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず

そういうものに
わたしはなりたい


(宮沢 賢治)


あまりにも有名な詩、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」。
僕は小学校のころ、この詩を授業で習いました。
珍しく印象に残る詩で、かなり好きでした。

もっとも、授業で習った詩で、
印象に残っている詩というのはこれくらいのもので、
僕にとっての詩といったら、
あとは全部といっていいくらい、「歌詞」でした。

今もそうですが、僕は歌番組が昔から大好きで、
観ることのできる番組は、全部というくらい、
片っ端から観ていましたが、
テレビで歌うアイドルたちは、
見るぶんにはいいけど、歌っている内容は、
なんかつまらないものが多いなあと思っていました。
「雨ニモマケズ」のような歌詞は、
なぜかないんだよなあ・・・と。

そんなある日、当時の担任の先生が、
クラスで朝、歌うためにと紹介してくれた歌がありました。
それは、まるで、現代版の「雨ニモマケズ」でした。
詩しかない「雨ニモマケズ」に比べると、
メロディがあるので、歌えて、
歌えるから、もっと、自分のものになった気がするという、
そんな、素晴らしい歌でした。

ここまでは、前置きです。
20年以上、時計を進めて、
2004年8月22日、桜島、午前3時半過ぎへ。


♪♪♪♪♪♪♪♪・・・


ステージでは、バンドメンバーがピアノを残して、
剛の周りに集まってきていました。

こんな光景を、10年以上も前、
何度も見たことがある・・・
あれは、確か、JEEPツアー。

その後も、何度かライブでも聴くことができた、あの曲。
この曲に出会うとき、僕は、ほぼ条件反射的に、
あの教室の匂いを、授業の雰囲気を、
窓の外に広がる懐かしい田園風景を思い出すのです。

光り輝く日々よ、『乾杯』!


固い絆に 思いを寄せて
語り尽くせぬ 青春の日々
時には傷つき 時には喜び
肩を叩き合った あの日



誰もが認める、名曲中の名曲。
当然、大きな拍手が沸き起こる。
そして、もちろん、大合唱。

すらすらと、何も考えずとも、出てくる歌詞。
あのときのクラスメートの、垢抜けない後ろ姿が、
桜島のA-5ブロックの観衆の後ろ姿と重なりました。

あのころ、毎朝、8時半、
僕はあの教室で『乾杯』を歌っていました。
何も変わらない。
歳も取ったし、体も大きくなった。
でも、『乾杯』を歌うときの想いは、
あのときと何も変わらないんだ。


あれからどれくらい 経ったのだろう
沈む夕陽をいくつ 数えたろう
故郷の友は 今でもきみの 心の中にいますか



今だからこそ、より胸に響く歌詞もあります。
あれから、20年以上。
それなのに、僕はこの部分の歌詞を歌って、
新たな感動と少しの寂しさを胸いっぱいに感じます。
少しの寂しさ・・・その理由は、
故郷の友は、今、僕の心の中にはいないからです。

剛の真似ではありませんが、僕は故郷を捨てました。
故郷を捨てて、東京に出てきました。
体が動かなくなったら、戻ろうかとは思っていますが、
東京で、頑張るんだと決めています。
故郷でかんばろうとは思っていません。

故郷は、僕がそう決心してから、
どんどんその存在が薄くなっていきました。
たまに帰ったときに、それを実感します。
かつて心踊った祭りも、他人事になり、
かつて共に時間を過ごした友人たちからも、
僕は遠ざかっていきました。


乾杯 今 きみは人生の
大きな大きな舞台に立ち
はるか長い道のりを 歩き始めた
きみにしあわせ あれ



この歌を歌いながら、懐かしさと共に、
喪失感をこれでもかと感じている僕がいます。
故郷を捨てたときから、なにかの歯車が狂い始め、
それを解消しようとする努力を、
もう10年以上も、続けているような気がします。

ちょっとほろ苦い『乾杯』。
この曲もまた、剛にとってはもちろん、
僕にとっても大切な曲です。

剛がバンドに指示を出し、演奏が止まりました。
楽器の音が完全になくなりました。
剛の歌声もない。歌っているのは観客だけです。


乾杯 今 きみは人生の
大きな大きな舞台に立ち
はるか長い道のりを 歩き始めた
きみにしあわせ あれ



7万5千人のアカペラによる『乾杯』に、
背筋を走りぬけるような感動を感じました。
鳥肌が立ちました。
CDが発売になったら、ぜひ、聴いて欲しい。
ほんの数小節だけど、
僕には忘れられない桜島名シーンのひとつ。
何もないことが、何もしないことが、
桜島ライブを通しての、最高の演出となったのです。

実に、深夜、3時半。
7万5千人の生声だけが聞こえています。
なんていう非日常。
ニ度と出会えない、こんな空間には。
そして、それだけじゃない。
このアカペラ大合唱を、聴いているのは誰だ?

剛は、マイクを差し上げ、観客の歌に耳を傾けていました。
わずかな時間ですが、あの長渕剛が、
7万5千人の合唱の、オーディエンスになっているのです。

そう、この日に限っては、剛だけのライブじゃない。
僕らのライブだ。
自分の、ライブ、なんだ。


きーみに
しあーわせー・・・・・・
あーー!
あーーーーー!
あーーーーーーーーっ、
れええーーーーっ!



剛も加わって、『乾杯』のフィナーレ。

故郷を捨てた。故郷の友だちを捨てた。
喪失したものは大きい。
まだまだ時間がかかるでしょう。

遥か長い道のりだ。
これからも歩いて行くんだ。

雨にも負けず、風にも負けず、
雨に打たれても、風に吹かれても、
信じた道に背を向けずに。

しあわせになろう。
しあわせになるぞ。

きっと、いいこと、あるぞ。

僕に、しあわせあれ、だ。




続く



<次回予告>
あるとは思わなくなっていた、第2部のエンディング。
しばしの別れを告げたのは、ZEPPでラストを飾った聖なる歌。
そして、桜島は再び、深い眠りに就いていきました。

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ボロボロになりたいと願いましたか? (桜島ライブ43)

2004年10月17日(日)

『ボロボロになりたいと願いましたか?』−桜島ライブ(43)

                 text  桜島”オール”内藤





ライブ会場へ向かう人たちの行列なんですが、
仮装行列のように見えるのはなせでしょうか(^o^)。
変な集団ですね、こうして見ると。
ほんと、素晴らしい!
あんなに全身全霊でノレる祭って、もうないかもしれないなあ・・・


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M-30 一匹の侍  −アルバム『家族』(1996)−



『コオロギの唄』を歌い終わったあとの剛は、
けして、お母さんを思い出して、
感傷にひたる感じではありませんでした。

スクリーンに映った剛の顔は、
むしろ、さっぱりと晴れやかな表情です。

まもなく、僕らのすぐ近くの、メインステージで、
「1,2,3・・・」
とカウントを取る声が聞こえました。

バンドのアコースティックギターが、
力強いコードストロークを弾き出し、
剛は、そのテンポに合わせて、

Hey! Ho! Hey! Ho!

と叫ぶ。

反射的に、拳を上げて、同じように叫びました。
拳上げも、なんだか久しぶりな感じがする。
しばらく休ませてから、急に動かしたせいか、
少し、右腕に重さを感じます。

おそらく誰もが思ったように、
僕も、その掛け声から、『三羽ガラス』かと思いましたが、
どうも、メロディが違うように聞こえます。

まるでウォーミングアップのように、
歌の前の入念な腕上げ。
十分に上半身があたたまったところで、
耳をつんざく大爆音が響き、主旋律が流れ出す。

この夜に生き残れ、『一匹の侍』!

母親への思いを天に届けた男は、
思い残すことなく、サムライへと変わるのでしょうか。
一転しての、勇壮な、猛々しいサウンド、
野太い、Hey! Ho! の掛け声が、
僕の鼓膜をビンビンと震わせる。


傲慢無礼さになす術もなく
大切な男が目の前で死んだとき
俺たちは ただ黙って 
指をくわえるだけなのか
己、一匹のサムライ

売られたケンカなら 潔く買っちまえ
天空へ突きぬける 鉄拳をねじり込め
修羅場の向こうの葬式が終わったら 
今こそ、己、一匹のサムライ



言葉をしぼり出すように、剛は歌っています。
「天空へ突きぬける 鉄拳をねじり込め」
といった歌詞に、僕の体は強く反応しました。
歌に鼓舞されて、懸命に
ねじり込むように、高く拳を上げて、歌う。
そして、その一方で、
僕は、確かな疲労を感じていました。

これまでのような、手応えのある疲労感とは違った、
心身に降り積もるような、鈍い疲労感です。
午前3時過ぎ、
さすがに体のバイオリズムが変調をきたしているみたい・・・。


イカサマだらけの この街をぶった斬れ
朝となく昼となく夜となく
骨身を削って 汗水たらせ まだまだ
己、一匹のサムライ



そんな僕の一瞬の弱気に、容赦なく、
『一匹の侍』は、厳しい激を飛ばしてきました。
真夜中だろうと関係あるか!
まだまだ、汗水たらせ!
まだまだ、骨身を削れ!
おまえが一匹のサムライならば・・・
と、綴られた歌詞の手厳しいこと。

その一方で、
もっと、もっと、ボロボロになりたい
という感情が芽生えていました。

あと、3時間あまりで終わるかもしれない。
そこまでに、完全燃焼したい。
拳も上がらず、声も出ないところまで、行きたい。
僕は、そんな、自虐的な思いを持ち始めていました。
『一匹の侍』を歌いながら、
その思いは、切実な願望へと膨らんでいきました。

剛は相変わらず遠くにいましたが、
バンドは僕らのすぐ近くで演奏しています。
遠くの剛に意識を集中していたこれまでから一転、
Aブロックも喧騒の嵐に巻き込まれています。
そのムードは、剛が戻ってくると予感させるに十分なものでした。

はたして、『一匹の侍』の間奏で、剛はステージを降り、
ジープに乗り込もうとしているではありませんか。

とうとう、剛が、
メインステージに戻ってくる!


後方ブロックの人には申し訳ないのですが、
やっぱり、剛が戻ってくるとわかったときには、
ワクワクするような喜びを感じていました。

投げ入れられたタオルの間を縫うように、ゆっくりと、
剛を乗せたジープはメインステージへと近づいてきます。
不思議なことに、
これまでスピーカーから聴こえていたサウンドさえ、
剛が近づいてくるにしたがって、
音質と迫力がグングン増して行くような気がする。

ついに、ステージに剛が上がり、あらためて感じました。
近い! 近い! 剛が近い!
表情がわかる! 気迫が伝わる!

しかしながら、近くで見るからこそ確認できたこともありました。
『Keep on Fighting』でメインステージを去るときの表情に比べると、
剛は明らかに疲労の度合いを増していました。
メインステージでの弾き語りを中心としたパフォーマンスは、
剛の体力をごっそりと奪い取っていたのです。

重要な曲がラインナップされていたということもありますが、
メインステージに比べると、
けして演奏しやすい、歌いやすい環境ではなく、
遠く離れたバンドメンバーとのやり取りも含めて、
実に難易度の高いステージングをこなすことで、
剛は磨耗したのだと思いました。

しかし、体力は奪われても、気力は奪い取れない。
メインステージで拳を振り上げまくる剛の眼は、
よりいっそうランランと光を放っているのだから。

例えば、イチローのバッターボックスに立つ姿に、
僕はサムライを感じます。
江戸時代の侍たちでも、太刀打ちできないでしょう。
そのイチローが、数字と結果の世界のサムライならば、
剛は、パフォーマーとしてのサムライだ。

歌とステージングを通して、サムライになっていく。
歌い叫ぶ姿を通して、サムライを体現していく。
日本刀に近い威圧感を、剛のギターは感じさせてくれる。
武士道に近いメッセージを、剛の歌は伝えてくれる。

『一匹の侍』の世界に触発されて、
そんなことを考えながらも、僕は、
確実にフィナーレに向かって進んで行く桜島ライブ、
その終焉をしっかりと意識するようになりました。

こんな僕でも、潔さというものがあるのならば、
残りの時間に、すべての力を出し尽くそう・・・
すべての思いを吐き出してしまおう・・・

けっして、
悔いが残らないように・・・


願うように、心に誓う僕でした。




続く



<次回予告>
ブライダルソングだけど、必ず学生時代を思い出させる歌。
僕にとっての「雨ニモマケズ」。
僕にとっての、語り尽くせぬ青春の歌。
あの日々を共に過ごした仲間たちは、今も心の中にいますか?

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生まれてよかったと思いますか? (桜島ライブ42)

2004年10月16日(土)

『生まれてよかったと思いますか?』−桜島ライブ(42)

                 text  桜島”オール”内藤





剛の写真集「人間」の表紙は、剛のお母さん。
何曲もの歌が、この方のために作られました。


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M-29 コオロギの唄  −アルバム『空 -SORA-』(2001)−



ゆうに30分は、
センターステージでの演奏が続いていました。
時刻も3時を回っていました。

ふと、僕は、
終演予定時刻が5時半だったことを思い出しました。
開演が送れたから、6時までやったとしても、
あと、3時間もないんだ・・・

僕は初めて、このライブの終わりを意識しました。
ぼんやりと、しかし、確かに、
僕の胸には動揺が走ったのを覚えています。

(あと2時間もすれば、陽が登る・・・)

遠い遠いセンターステージは、
やけに静まり返っているように見えました。
その静寂を破るように、
剛の声が、突然、スピーカーから流れました。


かあちゃんが昨日・・・
死にました
夏の暑い 暑い 午後でした
空いっぱい蝉たちが しきりに鳴いていました
群れにまぎれて 僕も泣きました



生まれて良かった!『コオロギの唄』!

剛のお母さんの歌。
2000年の夏に亡くなった、剛のお母さん。
何度も、剛の歌に出てきた、剛のお母さん。
写真集『人間』の表紙に顔を出した、剛のお母さん。
剛は、やはり、この桜島で、
お母さんのための歌を、歌いました。

僕と友人は、ライブの前日、
『MOTHER』、『真っすぐな瞳のかあちゃん』、
そして『コオロギの唄』といった、
剛のお母さんをテーマにした歌の中で、
桜島で演奏されるのはどれかと予想して楽しんでいました。
僕は全部やるんじゃないかと楽観的に考え、
友人は、どれか一曲と考えて、
『MOTHER』だろうと言っていました。

剛が『コオロギの唄』を歌い出すと、

「コオロギだったか・・・」

友人が、何の気なしに、つぶやきました。

剛は、この曲ではギターを弾かずに、
メインステージにいるメンバーのピアノに合わせて、
じっくりと、大切に、『コオロギの唄』を歌っていました。


母ちゃんが 焼き場に放り出される
その前に
でっかい背中が ついに 崩れ落ちました
そうです 僕の親父は
最後の 最後の お別れを
おふくろのくちびるに告げました



桜島全体が、息をひそめて、
剛を見守っていました。
この曲に限っては、
僕も歌を口ずさむこともせずに、
ただ、黙って、直立不動のまま聴いていました。

スクリーンに映る剛は、
ほとんど客席に視線を落としていないように見えました。
僕らは僕らで、自分の意思で一歩下がって、
剛から距離を取っていたような感覚でした。

歌う剛に、僕らが立ち入れない何かを感じていました。
うまく言えないのですが、
僕は、厳かな儀式に立ち会っているような気がしていました。


息絶えるまでの わずかなぬくもりでした
僕は 母ちゃんの右手を 握り締めました
生きぬく力をふりしぼり 僕に向けてひとつだけ
母ちゃんは 息をして みせてくれました



会場の誰もが、
口をつむんでいたわけではありませんでした。
静かなことをいいことに、歌の間中、
最初から最後まで、ずっとお喋りしている女の人も、
僕の近くにはいました。

どんなに厳かな曲であろうとも、
どんなに剛が心をこめて歌おうとも、
地味な歌はつまらない、と思う人は、
ここ桜島にもいるのです。

それに気づいていた僕でしたが、
集中力をそがれることはありませんでした。
それだけ、このときの剛の歌唱には、
胸に迫るものがありました。

やがて、コーラスの歌声も加わり、
『コオロギの唄』はさらに厚みを増して行きました。
まるで、どんどん大きな花束になって、
天国に向けて差し出されているようでした。


生まれてよかったと
僕は初めて 思いました
そして この人が 
僕を生んでくれたんだなって
なぜか当たり前のことを考えていました



僕はこのとき、
この歌をライブで聴くのは、これが最後になる・・・
なぜか、そんな気がしていました。

歌にもいろいろあって、
普遍的な歌もあれば、あっという間に忘れられて行く歌もあり、
いい歌であったとしても、
あるときが来ると、役目を終えていく歌もあります。

好き勝手に予想しているときには、
まったく気がつかなかったことですが、
『MOTHER』や『真っすぐな瞳のかあちゃん』は、
既に役目を終えている歌でした。
そして、『コオロギの唄』も、目の前で、
静かに、その役割を終えようとしていました。


WOW MOTHER!
WOW MOTHER!
WOW MOTHER!



間違いなく、天空に向けて、
呼びかけている剛の姿がありました。
故郷での記念碑的なライブ。
4年も前に亡くなったお母さんですが、
ここでやる以上、ゼッタイに忘れることができない存在。
この桜島で最後のお別れをやるのだと、
剛は決めていたのだと思います。

十分満足のいくお別れができたのでしょう。
剛はスッキリと晴れやかな表情を見せて、
はしゃいだような声で言いました。


「天国のおふくろも、喜んでるよ!
 みんな、ありがとう、って言ってるよ!」



剛、天国へ届く歌、立派でした。

もう、母の死をライブで振り返ることもないでしょう。

さようなら、『コオロギの唄』。

桜島で聴けて本当によかった。

そして、天国の、剛のお母さん、

剛を生んでくれてありがとう・・・。



続く



<次回予告>
さらば、センターステージよ!
歌の余韻と感動を残して、侍はメインステージへ向かう。
お侍さま、おかえりでござる!(from Aブロック一同)

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くやしさ、はね返しましたか? (桜島ライブ41)

2004年10月14日(木)

『くやしさ、はね返しましたか?』−桜島ライブ(41)

                 text  桜島”オール”内藤





2週間かけて、東京から鹿児島まで、
ママチャリでたどり着いた、山内さんの記事。


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M-28 巡恋歌  −アルバム『風は南から』(1979)−



『Myself』が終わり、
剛は再びギターとハーモニカをセット。

「さっきはこっち向いたから・・・
 今度はこっち!」


僕のところからは見えませんが、
どうやら、剛は、センターステージで、
一曲ごとに向きを変えて歌っているようでした。
剛が顔を向けた方向と思われる観客が、
ワーワーと歓声を上げているのが、
マイクを通して聞こえました。

「この歌はデビュー以来、
 ずっと歌いつづけてきた。
 今日、歌わずして、どうする?
 という歌だな。」


そんな剛の前口上に該当する歌といったら、
思い当たる歌は、あれしかない!

ハーモニカを吹き鳴らしながら、
即興で「最高の夜だねーっ!」
と歌った剛が、かき鳴らしたのは・・・

来たぞ! 来たぞ!
お待ちかね、『巡恋歌』!

何回聴いても、
何回聴いても、
そのぶっといアコギのストロークと、
憂いを帯びたハープのメロディには、
鳥肌、鳥肌、鳥肌だ!


好きです 好きです 心から
愛していますよと
甘い言葉の裏には 
ひとり暮らしの寂しさがあった



瞬時に、瞬時に、大合唱!
『Myself』を上回る、その合唱率のものスゴさ。
デビュー以来、歌い続けてきたこの曲を演奏したことは、
センターステージに近い後方ブロックへの最高のプレゼント。


だから私の恋はいつも・・・ヘイ! 


そう、ここは長年、僕らのパート。
僕らが歌わずして、誰が歌う!


巡り、巡って、振り出しよ!
いつまで、たっても、恋の矢は、
あなたの胸には刺さらないーっ!



特に剛のファンになったころのライブでは、
『巡恋歌』はほんとうに楽しみでした。
それを剛もわかっていて、

「お待ちかね、行くぞ、お待ちかね。」

と言ってから、演奏することが多かったなあ。
そんな大好きな曲、『巡恋歌』。

僕が『巡恋歌』が好きだと言うと、
ちょっと音楽をたくさん聴いている友人の中には何人か、

「え〜、あんな女々しい歌があ?」

と言う人がいたんだよ・・・。

そういう友人には、
『LIVE'98』に収録されている『巡恋歌』を聴かせたり、
「夜のヒットスタジオ」で演奏した『巡恋歌』を見せてやりました。

僕はそんなことを思い出しながら、
いつも以上に気持ちよく、大声で『巡恋歌』を歌いまくりました。

思えば、この『巡恋歌』は、
1979年篠島で行われた吉田拓郎のオールナイトライブに、
ゲストで出演した剛が最後に歌った曲でした。

このときの模様は、剛の自伝『俺らの旅はハイウェイ』で、
詳しく紹介されていますが、絶版の本ということもあるので、
要点だけ紹介します。

まずは、当時の吉田拓郎のライブの雰囲気ですが、
かなり「硬派」だったそうです。

ちょうど、今、剛のライブの客層が、
浜崎あゆみやミスチルのライブの客層に比べて、
硬派な感じで恐い、と言われているように、
当時の拓郎のライブは、時代もあってか、
バリバリに硬派なファンが相当数いたようです。
軟派な歌でも歌おうものなら、かなりきつい野次が飛んだとのこと。

そんな拓郎のライブの中でも極めつけのオールナイトライブに、
な、なんと、剛はデビュー直後に出演。
なかなか立ち直れないほどの、手痛い洗礼を浴びたのは有名な話。

まあ、これも運命といいますか、
時を越えての桜島ライブの伏線といいますか、
よりによって、剛の出番は、拓郎の弾き語りのあと!
これ以上ない、きつい順番でした。
まさに桜島ライブのときの剛のごとく、
脂の乗り切った拓郎の弾き語りで、観客は興奮のるつぼ。

その興奮冷めやらない中、剛はあえて裸足で登場。
本の中で、足はガクガクだった、と告白しています。

サラサラヘアーで、きれいな声、きゃしゃな体の剛が、
そんな野太い声の男たちの群集の前に出ていったのですから、
それこそ、ひとたまりもありません。

帰れコールを浴び、野次が飛び交い、
騒然としたムードで剛は理性を失い、

「俺のファンだって来てるんだ、バカヤロー!」

「帰れって言うんなら、テメエが帰れ!」


と逆上・・・。
それでも、なんとか最後の『巡恋歌』まで歌ったのでした。

トラウマになるほどの試練と、本人が後に語っていたように、
ボロボロの心理状態で歌った『巡恋歌』が、
それから25年の時を経て再び、
オールナイトライブの観客の前で歌われていました。

場所は、篠島と同じ「島」。桜島だ。
見守る観衆は、篠島の2万人を遥かに越える7万5千。

かつては野次の中、くやしさを噛み締めて歌われた『巡恋歌』。
時代は巡り巡って、とてつもない大合唱に包まれている。

かつては足がふるえた剛も、
『巡恋歌』のラストを飾る、超高速ストロークによって、
大観衆を興奮の渦に叩き込む!
圧巻、まさしく圧巻!
僕の心臓をガリガリ掻きむしるコードストローク!

はたして剛の脳裏には、
あの、野次に我を失った篠島の記憶は残っているのでしょうか。
ひょっとしたら、もう忘れてしまっているかもしれません。
そんなものは、とっくの昔に越えてきたはずですから。

でも、あのときの記憶は、
きっと深い意識の底で、剛を導いていたのだと思います。
この、桜島へと・・・・

この『巡恋歌』の日記の最後に、
剛の本、『俺らの旅はハイウェイ』から、
桜島ライブの源流と思われる部分を引用したいと思います。


それからしばらくの間、
篠島のことばかり考えていた。
考えるたびに落ち込んで、
そのうち吉田拓郎という男に対する
強烈な嫉妬心を覚えはじめた。

自分一人のために、
あんな不便な所にまでやってきてくれる
二万人ものファンをもっている男を、
俺は本気で嫉妬していた。


(長渕剛著 『俺らの旅はハイウェイ』より)


離島という、不便な場所でのライブに2万人を動員した、
スーパースター吉田拓郎に本気で嫉妬していたという、
長渕剛というフォークシンガーが、

もしも、

自分一人のために、
あんなところにまで日本中から集まってくる、
7万5千人のファンを持つ男がいると聞いたら、
いったいどれほど激しく嫉妬するんだろうか?

ねえ、剛、どう思う?



続く



<次回予告>
歌わなければならない歌の最後は、
桜島の上空に向けて歌われました。
天国で微笑む、大切な人に向けて・・・。
静かに見守る7万5千人と共に、
桜島のコオロギも聴いていたのかも・・・。

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無数の手のひらを見ましたか? (桜島ライブ40)

2004年10月12日(火)

『無数の手のひらを見ましたか?』−桜島ライブ(40)

                 text  桜島”オール”内藤





あの時期、日本一熱かった新聞、南日本新聞。
まずは急ピッチで進む会場設営の模様を報じた紙面。
僕のいたブロックは2000人いたようだけど、中には500人のブロックも。


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M-27 Myself  −アルバム『JEEP』(1990)−



胸に迫る『気張いやんせ』で、
僕の気分は第2部の最高潮を迎えていました。
ほとんどすべての歌が素晴らしい。
何度も押し寄せてくる感動の波に、溺れそうな僕でした。

「どうしても歌いたい歌があるんだ。
 一緒に、歌ってくれる?」


と剛。

言われるまでもない!もちろん歌う!
これまでだって、ずっと歌いっぱなし!

どうしても歌いたいと剛が言うように、
第2部、センターステージで演奏されたのは、
そんな、大切な歌ばっかりでした。
桜島に捨て曲なんて、あるはずがない。
それでも、中には、
腐れ縁とも言える、切っても切れない歌があります。

「声があ、かれるまでえ、
歌ってくれるう!?」


苦しそうな表情を作り、
無理矢理ガラガラの声を作って、
剛はそう言って、再び観客に激を飛ばしました。

そして珍しく、剛は歌う前に、
曲名を紹介しました。

「Myselfって歌、知ってる?
 Myself、歌います!」


剛のその声がスピーカーを通して、
僕のいるAブロックにも届きました。

「うわーっ!
 こっちで聴きたかったなあ!」


誰かがいかにも残念そうに、
そう声を上げました。

ほんと、もっともだ!
とばかりに、笑い声が起きました。

そうです。
これまた、剛ファンなら誰もが愛する歌。

孤独へのレクイエム、『Myself』!

あの優しいイントロ。
剛の歌の中でも、屈指の美しさと優しさの、
『Myself』のメロディが、
真夜中のけだるさを洗い流すように、
僕らの上から降り注いでいました。


人ごみに紛れると なおさら涙が出るから
やっぱりひとりに なろうとした
それでも寂しくて 涙が出たから
俺ははじめて ほんとうの友を探した



いったい何度、この歌をつぶやきながら、
家路についたことだろう。
一日を終え、夜道をとぼとぼ歩くとき、
ふと思いがけず、この歌をつぶやいてしまうのです。


やりたいことと やりたくねえこととが
思いどおりに 行かなくて
夢はなんですかと 聞かれることが
この世でいちばん 恐く思えた



剛が歌い始めると同時に、
Aブロックからも歌声が沸き起こりました。
もちろん僕も、他のブロックもそうだったでしょう。
会場にいる、全員が歌っているような気さえしました。


だから まっすぐ まっすぐ
もっと まっすぐ 生きてえ
恥ずかしそうにしてる おまえが好きだ
だから まっすぐ まっすぐ
もっと まっすぐ 生きてえ
寂しさに涙するのは おまえだけじゃねえ



間奏で、拍手が沸き起こっていました。
僕も力いっぱい、拍手をしました。
ライブで『Myself』を聴くと、
なぜか、いつも、拍手をしてしまうのです。

剛ファンなら、
誰もが孤独を持っている。
誰もが挫折を持っている。
僕はそう思っています。

都会の雑踏の中で、孤独を感じたことはありませんか?

集団に溶け込めずに、悩んだことはありませんか?

一番欲しいものは、ほんとうの友達ではありませんか?

かなえる以前に、夢を見つけたいのではありませんか?

もしも、そんな問いかけにいくつか、
思い当たることがあるのなら、
『Myself』は、
そうだよね。そうなんだよね。
でも寂しいのはキミだけじゃない、俺もそうなんだ。
と歌ってくれるのだと思います。

この歌は、まるで剛のようだ。
意思が強く、潔くて、熱い男。
そんな強い剛の背中に張りついている、もうひとりの剛。
女々しくて、暗くて、辛気臭い男。
むしろ、それこそが、ほんとうの剛なのでしょう。
だからこの歌は、自分自身、”Myself”なのでしょう。


だから まっすぐ まっすぐ
もっと まっすぐ 生きてえ
恥ずかしそうにしてる おまえが好きだ
だから まっすぐ まっすぐ
もっと まっすぐ 生きてえ
寂しさに涙するのは おまえだけじゃねえ



何度も繰り返し歌いながら、
僕たちは、高く差し上げた両手を、
左右にゆっくりと振りました。
15万本の手のひらが、桜島の大地を埋め尽くしていました。

ぱっと開いた手のひらは、
無防備に、すべてをさらけ出して、
きれいに、きれいに、揺れていました。

演奏を終えた剛自身も、満足げに拍手を送っていました。
合唱して、笑顔で拍手をする。
『Myself』のあとは、いつもこうなるのはなぜだろう。

僕もいつまでも、いつまでも拍手を送りました。
それは、剛に向けての拍手でもあり、
歌に向けての拍手でもあり、
観客たちに向けての拍手でもありました。

そして、もうひとつ、
自分自身へ向けての、祈りの拍手でした。

寂しくても、思うどおりにいかなくても、
どうか、まっすぐ、生きられますようにと・・・




続く



<次回予告>
もしも、もしも、これをやらなかったら、
「おい、剛、一曲、忘れてるよ!」
と文句をつけたくなるような、歌がある。
最強のデビュー曲、センターステージに光臨だ!

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前つんのめりで生きていますか? (桜島ライブ39)

2004年10月11日(月)

『前つんのめりで生きていますか?』−桜島ライブ(39)

                 text  桜島”オール”内藤





日刊スポーツの23日掲載分。観客と朝の桜島が主役扱い。
剛の写真はちっちゃいですが、セットリストもあって、なかなかの扱い。
完走と書いた紙面の左側は、例によって杉田かおるです。


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M-26 気張いやんせ  −アルバム『JAPAN』(1991)−



僕らのいるAブロックは、会場で1番低い位置にありました。
そこから会場入り口に向かって、
緩やかな坂が伸びていました。
その途中、ほぼ中心、
GブロックとFブロックのあいだくらいのところでしょうか、
画面で見た感じでは、
えっ、あんな狭いところで歌っているの?
と思うような小さなステージがありました。

剛のすぐ足下から、
観客の頭が広がっているように思えました。
剛と、観客の距離感が異様に近い。
ステージ両側のサブステージで歌っているときと同様、
人間の頭の大海原で、ギターを構えている剛でした。

肉眼でその方向に目をやると、
東京ドームの2階席の後方から、
センターステージの剛を見ているようなイメージ。
違っているのは、上から見ているのではなくて、
下から見上げるように見ていることでした。

今は最高の場所となったFブロックあたりは、
それまでのあいだずっと、
今、僕が見ている距離からライブを見ていたのか・・・
それは、あまりにも、遠い場所でした。
会場の半分の位置でこんなに遠いなら、
JブロックやKブロックの距離感といったら、
それはもう、大変なものだったろうと思いました。

自叙伝的内容の『いつかの少年』は、
そんな遠いブロックの観客への、
剛からの挨拶代わりの歌だったのかもしれません。

「そんじゃあ、そろそろ歌おうかねえ!」

そんな剛の言葉からもわかるように、
この桜島ライブでゼッタイに外せないという歌が、
剛の曲の中にはいくつもありました。
そのひとつが『いつかの少年』でしたが、
次に歌われたこの曲も、
ゼッタイに、ゼッタイに、歌わなければならない歌でした。


どげんしてん やらんと いかん事がよ
おいにも わいにも ひとつくらいある
やっせんぼ やっどんからん よかぶいごろの
あげんな きっさね まねにゃできん
前つんのめりで 生きて 行こや
だいが 悪いち 言うもんか



ところどころ意味のわからない歌詞があろうとも、
普通の会話ではまったく使えなかろうと、
聴き込んでいるからこそ、
なぜか歌える、鹿児島弁まみれの歌!

歌いやんせ!『気張いやんせ』!

大学のころ、僕には佐賀出身の親友がいました。
僕は部屋に遊びに来たその親友に、
『気張いやんせ』を聴かせながら、
歌詞の意味を教えてもらったことがありました。

例えば、やっせんぼ、が、臆病者のことで、
よかぶいごろ、が、ええカッコしいのことだということを、
その親友は教えてくれました。

ここ桜島で『気張いやんせ』を聴きながら、歌いながら、
僕は、大学時代、もう、5年以上も会っていない、
その親友のことを思い出していました。
『気張いやんせ』を、CDに会わせて一緒に歌った、
その親友のことを思い出していました。


泣こごんなった時ゃ おいげえ 来んか
馬鹿されたときゃ わいも 向こて行こや
おいたちゃ どげんしてん 汚れもん
じゃっけど 譲れんもんも あろう
前つんのめりで 生きて 行こや
だいが 悪いち 言うもんか



「いい歌詞だな・・・」
そう僕がいうと、彼は、
「俺は佐賀(の生まれ)だけど、やっぱり田舎の言葉に近いから、
伝わり方がぜんぜん違う。」
と言っていました。

僕は関東近県の生まれなので、
彼のようにこの歌を感じることはできませんが、
それでも、手垢にまみれたような、
泥臭さのある、この方言のぬくもりを感じることはできました。

「わからないかも知れないけど、この曲、
 アルバムの中で、最高の曲だよ」

そう、彼は『気張いやんせ』を誉めていました。
そのときは、えー、そこまで言う?
と思った僕でしたが、桜島で合唱しながら、
まったく、彼の言うとおりだと思いました。

鹿児島弁の歌だから、桜島ライブで歌われた。
それは確かだと思うけど、
震えがくるほどいい歌だから、歌われたんだということが、
合唱していて身に染みてわかるのです。


気張れ 気張れ 気張いやんせ
いっどどま け死ん限い 気張いやんせ



「いっどどま けしんかぎい・・・って?」

  「一度くらい、死ぬほど、がんばってみろや」

「・・・かっこいいね」

  「・・・うん、めちゃくちゃかっこいいよ」


僕はたまらなくその親友に会いたくなりました。
行儀が悪くて、甘ったれで、スケベな親友。
まるで若い頃の剛のようなその親友は、
今は二人の子持ちだ。家も建てた。

「もう、俺、自分のことはいい。
 家族のために働いていく。」

最後に会った時に、そう言っていたアイツ。
剛ファンになったばかりの頃の僕に、
『LICENSE』のアルバムをくれたアイツ。

僕は会いたい!アイツに!
会って、桜島ライブのことを話したい!


一度くらい、死ぬほど、がんばってみろや・・・

いっどどま け死ん限い 気張いやんせ・・・

一度くらい、死ぬほど、がんばってみろや・・・

いっどどま け死ん限い 気張いやんせ・・・


このライブで何度目かのこみあげるような感動が、
僕の心臓を震わせていました。

ふとスクリーンに目をやると、
今まさに、け死ん限い、気張る男の姿がありました。
ときおり音を取るために耳に入れたイヤホンを気にしながら、
歌いにくそうに、演奏しにくそうに、
汗だく、必死の形相、余裕のかけらもなく、
一生涯をかけて、気張りまくっている男。

「気張れやーーーーーっ!!」

張り裂けんばかりに、絶叫した男だ。

何のために、何に期待して、
僕はこの桜島にやってきたのか。

今こそ、確信しました。

け死ん限い、気張る男の姿を目に焼き付けるため、
その男から、気張れや!のメッセージを受け取るため、
その姿を糧に、これからの人生を生きていくために、

僕は桜島にやってきたのだと思います。


あの日、桜島にいたのなら、
いっどどま、け死ん限い、
気張いやんせ!





続く



<次回予告>
まだまだ続く、欠かせない歌の数々。
目の前で聴きたかったと、Aブロックが地団駄踏んだ、自分自身の歌。
この日最高に優しいメロディが会場を包みました・・・。

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雨どいの雫を見つめたことがありますか? (桜島ライブ38)

2004年10月10日(日)

『雨どいの雫を見つめたことがありますか?』 −桜島ライブ(38)

                 text  桜島”オール”内藤





日刊スポーツも二日に渡って掲載。これは22日掲載分。
開演前の会場の様子。
ヘリはこういう写真も撮ってマスコミに送っていたのですね。


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M-25 いつかの少年 −アルバム『昭和』(1989)−



思えば、どんなに声を張り上げようと、
桜島の大地と空にやんわりと吸収されてしまい、
剛に届くような気はまったくしませんでした。
それはライブが始まったときから感じていたことです。

ひとつだけ、桜島ライブで予想を下回ることがあったとしたら、
それは、観客の声援の爆発力でした。
ほんの一ヶ月前にZEPP TOKYOで、
暴力的とも言えるパワーを感じていただけに、
物足りないなんてことはない、と言ったら嘘になります。

しかし、それは密閉されたライブハウスの小さな空間と、
桜島のオープンエアーの差なのだと自分に言い聞かせていました。
けして、観客がおとなしいわけではないのだと。
第2部のこの瞬間まで、そう思っていたのです。

それが、剛の言葉で揺らぎました。

剛と言えば、百戦錬磨のライブアーチスト。
25年に渡り、無数の公演をこなしてきました。
その剛が物足りなさを感じたとしたら、
そこには、空間のドでかさといった問題じゃなくて、
確かな熱量の物足りなさがあるのだと思います。

剛の激を聞いた瞬間、僕が凍てつき立ちすくんだのは、
予想していたような熱い声援が起こらないことから、
剛が気を悪くするのではないかと恐れたからでした。

剛には、この桜島ライブの間中、
ずっとハッピーでいて欲しいと思いました。
どんなに肉体的に追い込まれようと。
気持ちだけはハッピーでいて欲しい。

剛がハッピーなら、僕らもハッピーになれる。
桜島ライブは、最高のエンディングを迎えられる・・・
一方、剛が観客に落胆し、その剛を見て観客も落胆する・・・
これは、考えたくもない、最悪のシナリオです。

けして、ありえない話ではないのです。
僕は観客を前にして我を失ない、
錯乱状態になったアーチストを何人も見ているからです。
もともと、激情型の剛だけに、
第2部のいいムードに水を差すような事態を恐れました。

僕を立ちすくませた激に続いて、
剛が観客をあおる声が、
スピーカー越しに聞こえてきました。
それに応えるように、A−5ブロックでも、
ツヨシコールが沸き起こりました。

ぜったいに届かないとわかっていても、
剛、心配するな!俺たちは、いつも応援しているぜ!
という気持ちがコールを叫ばせていたのだと思います。

サブステージはどうだったのか・・・
それは残念ながら、
あまりにも遠すぎてうかがい知ることはできません。、
少なくとも、スピーカーが拾った音からは、
はっきりとしたコールは聞こえてきませんでした。

僕の胸の中で、ますます不安が大きくなりました。
そうかと言って、何をすることもできません。

ふたたび静寂の時間が流れていました。
僕は振り返り、スクリーンで剛の様子を確かめました。
スクリーンの中の剛は、観客をあおるのをやめて、
ハーモニカをセットし、ギターの音を確かめていました。

自らの思い描く観客の熱量と現実のあいだに、
もしも本当にギャップがあったとしたら、
そのど真ん中、7万5千人のど真ん中、
センターステージに立ちはだかり、
剛ができることはたったひとつ。
歌うことだ。


俺に とって 鹿児島は いつも
泣いてた・・・



避けては通れぬ、『いつかの少年』!

剛ファンなら誰もが一目おく、代表曲の登場に、
「うぉーーっ!」
と、ひときわ大きな感嘆の声!


ひ弱で 不親切で 邪険な街だった
親父とお袋は泥にまみれ 銭をうらやみ
そのど真ん中で 俺は うち震えていた



遠い昔、ここ、鹿児島での暮らし。
そのど真ん中で打ち震えていた少年は、
東京でのた打ち回りながら成長し、巨大になって、
出会った友人たちを連れて故郷の地に戻ってきた。
その数、7万5千人。
そのど真ん中で歌う『いつかの少年』。
愛憎交じり合う、悲壮な歌詞。
故郷の喉笛に刃物のきっさきを突きつける。


ごうごうと不安が立ち昇る 棲み家を
凍える風が 暮らしをすり抜けていった
雨どいを伝う雫を見るのが たまらなく嫌だった
逃げ出したくて 思いをかきむしるだけだった



どうだろう、この漆黒の歌詞とメロディ。
思わず目をそらしたくなるような人間のリアル。
そんな、モノクロフィルムのような歌なのに、
なんだ、この求心力は!

遥か彼方、スポットライトが集まる、センターステージに、
僕の意識はグイグイと惹き込まれて行きました。
遠いサブステージ。
僕の視界の右上、暗闇の中に桜島はそびえ立っていました。
桜島も『いつかの少年』に聞き耳を立てているような気がしました。
みじろぎもせず、悠然とその大きな体をたたえて・・・


俺の人生は どこから始まり
いったいどこで 終わってしまうんだろう
突き動かされる あのときのまま
そう いつかの少年みたいに



ふたたび桜島に静寂が訪れる中、
『いつかの少年』を歌いきった剛を目の前にして、
ようやく実感が沸いてきたのでしょうか。

剛のマイクが拾い、スピーカーを通じて、
僕の耳にも届いてきました。

センターステージ周辺の、
ツヨシコールの声援が・・・




続く



<次回予告>
桜島ライブの降り返し地点、センターステージは、
歌わなければならない歌の、オンパレードか?
一度どま、け死ん限い、気張るなら、
剛!それは、今、今、今しかないぞ!

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サブステージは燃えてましたか? (桜島ライブ37)

2004年10月09日(土)

『サブステージは燃えてましたか?』−桜島ライブ(37)

                 text  桜島”オール”内藤





スポーツニッポンは、この細い記事だけ。写真は第3部のときのもの。
隣に3倍以上のスペースで報道されているのは、
杉田かおるの24時間テレビマラソン・・・


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M-24 Keep on Fighting
  −アルバム『Keep on Fighting』(2003)−



ズン、ズン、チャッ!
ズン、ズン、チャッ!
ズン、ズン、チャッ!
ズン、ズン、チャッ!


『順子』で20年前に戻っていた僕の意識。

それはまるで幽体離脱のように、
今を生きる僕の体を離れて、
時空の壁を越えて、
小学生の僕に語りかけて・・・

そんな時間旅行の途中だった僕の意識は、
ホップなリズムにどよめく歓声によって、
大慌ての大急ぎで、
20年前から、2004年8月22日へと、
アクセル全開でワープするはめに!

きつい、きついよ、剛。
思い出をたっぷり吸い込んだ1979年の『順子』から、
2003年最新アルバムのタイトル曲かい!
24年間、ひとっとびかい!

そう、容赦ない揺さぶり、
これが剛のキャリアの頂点、ザ・桜島ライブ。
思い出にひたる隙もなく、
ミュートの効いたカッティングが追い討ちをかける。

ここが正念場、『Keep on Fighting』!

時空を超えて戻ってきた魂を吸い込んで、
僕の体もファンキーに揺れる。
サンプリングした剛の声に合わせて、
両手を挙げて人差し指を何度も突き上げた。

Keep on, Keep on, Fighting!
Keep on, Keep on, Fighting!


この歌を初めて聴いたのは、
オールナイトニッポン、『今夜はバリサン!』でした。
その前に、どこかのCDレビューで、
この『Keep on Fighting』の記事を読みました。
「剛がラップ!?」
「剛がヒップホップ!?」
イヤ〜な予感がしました。

行き詰まりを感じてか、それまでのスタイルを方向転換し、
ファンからそっぽを向かれてしまったアーチストはたくさんいます。

古くはボブディランなんかも、
エレキギターを持ち始めた頃に、
ブーイングの中での演奏を余儀なくされているし、
拓郎、泉谷、清志郎もそういう時期がありました。
最近では、椎名林檎や、鬼塚ちひろ・・・

他でもない、剛自身も、
弾き語りからバンドに変えたとき、
かなりのファンが落胆したと聞いています。
弾き語り時代を懐かしむファンの声に屈してか、
ファンクラブ会員限定で、
弾き語りツアーを復活させたりしたことも・・・

それに、どう考えても、
剛とヒップホップというのが結びつかない。
僕自身、剛の弾き語り時代、
つまりフォーク時代の曲調に思い入れがあり、
新機軸には拒絶反応が起きやすい部類のファンに入るはず・・・
さらに、さらに、音楽の嗜好としては、
ラップやヒップホップには、
あまり魅力を感じていませんでした。
なんだか言葉遊びのように思えて、
歌のイメージ、歌の世界が、
僕の頭の中で広がって行かなかった。

そんな状況があって、
おそる、おそる、聴きました。
新曲『Keep on Fighting』を。




よかったんだな、これが!

もうねえ、
バリサンによかったんだよ。


おなじみの素材を、一流のシェフが、
ちょっと変わったテイストで料理した感じ。
歌詞はいつもの、剛の世界。
頭の中で、歌のイメージが広がった。パーッと。


震えるてめえの小さな 
肩も抱きしめられもせず
臆病風にふらふら 
小突き回されてばかりで
泥水噛んだ負けっつらで 
路地裏をとぼとぼ歩き
背中丸め 今日も孤独よそおい 
歩くのは誰だ


チキショーッ!


変わらないその世界観。
入れ物がいつもと違うけど、
そんなのほとんど気にならない。
悪くないよ、いい曲だよね、
なんておざなりなほめ方じゃあないよ。

大好きなんだ、この歌!

だから、ノリノリで叫びました。
みんなと一緒にチキショーッ!て。


Fighting! Fighting!
Fighting! Fighting!
Keep on Fighting! Yeah!

土壇場、ここが正念場さ

Keep on Fighting!
Keep on Fighting!
Keep on Fighting!


Yeah! Yeah!


これまでとは違ったノリで揺れる体が心地いい。
自分を鼓舞するような歌詞も喉に心地いい。
充実、充実の、第2部。

気付くと、剛がステージ袖に消えて行きました。
なにやら、向かって左の奥の方で、
何かが行われている様子。
あまりにも遠い、Aブロックの端の方での出来事で、
僕の肉眼で捕らえられる距離ではなくなってしまいました。
いったい何が始まるんだと、スクリーンに目をやると、
スタッフが運転するジープに乗り込んだ剛の姿!

そうか、サブステージ!

ライブのブロック配置図が出まわるようになってから、
サブステージの存在はおおいに噂されていました。
ステージの左右もサブステージには違いないけど、
後ろのブロックの観客のための、
もう一つのセンターステージ。

そこへ向けて、剛を乗せたジープは、
『Keep on Fighting』の間奏を利用して移動して行きました。

さっきまで、超ド級の特等席だったA−5ブロックは、
みるみるうちに後方ブロックに成り下がり、
それとは好対照に、剛のジープの周辺は、
スクリーンで見る限り、大変な騒ぎ!

やがて、肉眼では剛の姿がまったく見えなくなり、
なにやらスポットライトを浴びて、
人波が揺れている個所が確認できるだけとなりました。

構わず『Keep on Fighting』は、
舞台を客席後方のFブロックあたりに移して、
2番の歌詞に突入!
ずいぶん遠くなった上に、機材の裏で完全な死角。
それでも拳を上げ、歌う、A−5ブロックの僕ら。

やがて・・・移動時間も含めての、
長い長い『Keep on Fighting』が、
剛の甲高い絶叫と共に終わり、
桜島に一瞬の静寂が訪れました。

一体全体、サブステージはどんな感じなんだろう?
必死に、探ろうと感覚を研ぎ澄ませた僕でしたが、
機材の裏では、その空気を読み取ることすら至難の技でした。

剛のマイクを通じて聞こえてくる歓声は、とても小さい。
さすがにちょっと心配になりました。
今まで、肉眼では見えないほど遠くにいた剛を目前にして、
果たして、盛り上がってるのか、サブステージは?

メインステージに背を向け、
はるか彼方、サブステージの方向を眺めている僕の耳に、
剛の声が飛び込んできました。


「何? 聞こえないよ!オイ!
 ツ・ヨ・シ! ツ・ヨ・シ! だろ!
 俺も、お前らも、
 今日は声が枯れるまで歌うんだぞ!」



怒鳴るような声で、剛の激が飛んでいました。

僕はその声を聞いて、
一瞬、凍てつき、立ちすくみました。



続く



<次回予告>
どうした、サブステージ!?
そんな僕の憂鬱を吹き飛ばしたのは、やっぱり歌の力。
ゼッタイ欠かせない歌の数々を、
突き動かされるように歌う剛。そう、あのときのまま・・・

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懐かしさをノックしましたか? (桜島ライブ36)

2004年10月07日(木)

『懐かしさをノックしましたか?』−桜島ライブ(36)

                 text  桜島”オール”内藤





当初シークレットだったThank you Tシャツのデザイン。
ライブ当日分はあっという間にソールドアウト。


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M-23 順子  −アルバム『逆流』(1979)−



やっぱり、剛も『海』みたいなラブソングが好きなんだな。
歌の世界から戻ってきた剛はなにやら陽気。
僕もつられて気分が弾む。

「懐かしいの、いってみようかねえ!」

剛が「懐かしい」というときは、たいてい、
僕にとっても、十分に懐かしい曲です。

「歌いなよ!
 めちゃくちゃ懐かしいよ!」


なぜか、ちょっと笑いながら剛は言いました。
なにか、含むものがあるようでした。
いったい何なのでしょうか?

そして、あの、4拍子のリズム。
おおー!
そうだ、そうだ、この曲、待ってたよ!

また吉田拓郎の例を出しますと、
ヒットし過ぎてフォークファンの反感を買い、
ずっと歌わなかった『結婚しようよ』の封印を解いたのが、
拓郎の初めてのオールナイトライブのときでした。
それなら、やっぱり剛もこれを歌わなければ!

この歌が大ヒットしたために、
染みついたイメージを払拭できずに、
ずっと苦労してきたという・・・

剛初のオリコン1位!『順子』!

しかも、しかも、
CDバージョンの、あの、笛のような音まで!!

この音色は、おおいに僕の琴線にふれました。
4拍子のところで『順子』に気付いて歓声を上げた観客が、
また、ここでも興奮して歓声を上げる!

ピコピコした音もいいけど、
やっぱり、こういう古いけど暖かみのある音って、
僕はたまらなく好きなんだ。


離れない 離さない
離したくないキミ
いろんな言葉で キミに
愛を告げてきた けれども
終わりさ みんな終わりさ 
僕のひとりよがり
きみへつないだ 心の糸は 
いま プツリと切れた



大合唱!めっちゃ気持ちいい!
代々木第1と東京ドームで聴いた『順子』は、いずれも弾き語り。
それも、「とんぼ」大ヒット時代の剛ということで、
ちょっと斜にかまえて歌った『順子』でした。
一方この日は、陽気に、素直に歌っている!
まさしく、オリジナルの『順子』!


おー 順子!
キミの名を呼べば 僕は切ないよ
優しさはいつも僕の前で カラカラ空回り
おー 順子!
キミの名を呼べば 僕は悲しいよ
だから心のドアを ノックしないで
ノックしないで ノックしないで



僕が幼いころ、ザ・ベストテンで見た、
あの懐かしい感じが溢れていました。
ちょっと涙腺がゆるみました・・・。

ステージを歩き回りながら、『順子』を歌う剛。
とてもリラックスした会場の雰囲気のためか、
間奏で気がゆるんだらしく、
2番の歌い出しのタイミングを逃してしまった。

「歌いなって、だから!」

観客のせいにして笑ってごまかす剛。
客席も笑いに包まれました。
なんとも優しく暖かい雰囲気だ〜。

この心地よい雰囲気に任せて、
繰り返し、繰り返し、サビを繰り返す剛。
ハッピーな空気が充満する桜島。
剛も、このムードに酔ってしまったのか、
2番以降はどうにも歌詞が危うい(^_^;)。

特に危ういのが、「切ないよ」か「悲しいよ」か。
サビを繰り返し歌っていると、次はどっちかわからなくなり、
剛自身もなんだか自信なさげに歌っているような・・・。
もちろん、僕も不安たっぷりに、
しかもバンバン間違いながらも大声で歌っていました。

剛はやがて、その部分だけ、観客に歌わせるようになり、
観客は観客で、もう、ぐちゃぐちゃだ!
「おー順子 キミの名を呼べば僕は・・・」
のあとに、微妙な、0.1秒くらいの間があったような・・・

もう、どっちでもいいじゃん!
もう、ハッピーなんだから、なんでも許せるって感じ。
ほんと、このときの雰囲気は最高だった。

しまいには、演奏をピタッと止めて、
剛自身も動きをストップ!

わーっと大歓声!

「つよしーーーっ!」

という叫びやツヨシコールに加えて、

「じゅんこーーーっ!」

と叫ぶ人、多数!

誰やねん!(^o^)

しばし停止したあと、ふたたび『順子』のサビを歌い出す。
ワンモアタイム!と言いながら、
ぜんぜんワンモアじゃなく、
ツーモア、スリーモアと、
延々と『順子』を歌いつづける剛と僕ら。

なんとも不思議な気分でした。
僕は小学生のころ、お小遣いをもらっていなかったから、
欲しいレコードがあっても、買うことができませんでした。
だから、「ザ・ベストテン」を見ながら、
父親のラジカセで、番組を録音して、
そのあと一週間、それを聞いていました。
そして、翌週の番組を、カセットに上書き録音して・・・
そのサイクルを一時期繰り返していました。

ある日、剛が『順子』で出演しました。
僕はその曲を大変気に入って、
次の週に消す前に何度も聴きたくて、
その週末は一日中、繰り返し、繰り返し、
カセットの『順子』を聴いていました。

その『順子』を、20年以上も経って、
剛本人と、7万5千人の観衆と、
剛の故郷、鹿児島の、それも桜島で大合唱しているのです。
人生って、ほんとうにいろんなことがあるものです。

『順子』が終わり、僕は力いっぱい拍手をしながら、
あの、いつかの少年だった僕自身を思い出し、
この20年間、元気に生きてこれたことに感謝していました。

できることなら、タイムマシンで20年前に戻って、
「ザ・ベストテン」の録音を聴いている自分に、

「今、キミが繰り返し聴いているその歌を、
 これから20年後、
 鹿児島の桜島で、
 長渕剛と歌うんだぞ!
 7万5千人と大合唱するんだぞ!」


と言ってあげたい気がしました。

もしそうしたら、小学生の僕は、
いったいどんな顔をするでしょうか・・・



続く



<次回予告>
懐かしい、典型的なフォークソングの『順子』から、
20数年の時空を超えて、ファンキーな最新曲へひとっ飛び!
チキショー!の絶叫のあの曲をキープオン!

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過去を錦港湾に沈めましたか? (桜島ライブ35)

2004年10月06日(水)

『過去を錦港湾に沈めましたか?』−桜島ライブ(35)

                 text  桜島”オール”内藤



◆ご依頼◆
「恥ずかしい事なのですが『春待気流』って何て読むんですか?」

(ご依頼人 ぺぺさん)

ぺぺさん、ご依頼ありがとうございます。
これ、「はるまちきりゅう」なのか、「しゅんたいきりゅう」なのか、
意外とわからないものです。
グーグルとかでも「該当なし」って出てくるんですから、
ぜんぜん恥ずかしい質問じゃないですよ。

これは剛の4枚目のシングルで(『雨の嵐山』を入れると5枚目)、
そのジャケットにはよみがなが書いてあるのです。
ジャケ裏の方がくっきり書いてあるので、証拠として掲載しましょう。



と、いうわけで、なんとか読めるかな・・・?
正解は「はるまちきりゅう」でした!
(昨日の日記にも、よみがなを入れておきました)

ちなみに1枚目のシングルは『巡恋歌』、2枚目は『俺らの家まで』、
3枚目は『祈り』です。
『雨の嵐山』は、『巡恋歌』よりも前で、
「長渕剛(ながぶち・ごう)」という芸名でのリリースでした。


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M-22 海  −アルバム『JEEP』(1990)−



気が付けば、またしても汗だくになっている僕でした。
マフラータオルを買っておいてほんとうによかった。
ハンドタオルだけだったら、不便なことこの上なかった。

『春待気流』ですっかり盛り上がった僕らは、
演奏が終わったあとも大ツヨシコール!
そうそう!この元気が欲しかったんだ。
A−5ブロック、スゴイ元気になってました。

「じゃあねえ、最高のみんなに、
 最高のラブソングを歌ってあげる」


この剛の言葉に、女の子の悲鳴のような歓声。

極上ラブソング、『海』!

おおおお!
これまた意表を突く、渋い選曲!
JEEPツアー以来です。懐かしい!


俺の背中で 力果てた
おまえの指が すべり落ち
ゆっくりと ゆっくりと
シェイドランプに 火を灯す



剛、得意の、シリアスタッチのラブソング。
描写するのは、いつも、寂しさを伴う愛情。
無邪気にじゃれあう恋人の風景ではなく、
悲しさと苦しさと覚悟が交差する愛の形。

映画『オルゴール』『英二』でのラブシーンでも、
一貫して表現されてきた、
これが剛の愛の情景。

剛は、きっと、
ひたすら明るいだけの女性とは縁がないんだろうな・・・
剛のラブソングを聴くたびに、
僕はそんなことを思っていました。

明るさだけではなく、
苦しみも、悲しみも背負っている女性。
そんな女性でなければ剛は愛せないのだと思います。
ことさらに深い「人間」を求めているのでしょう。

どこかのインタビューで剛は、いち時期、
「クサイ女」という言葉をよく使っていました。
これにはそのときどきによって、
二通りの意味を持たせて、剛は使っていたように思います。

ひとつは、ズルさを持ち、煮ても焼いても食えないような、
したたかな女性のことを言っているパターン。

そして、もうひとつは、
「人間くさい」女、という意味だったと思います。

「どうも俺は、クサイ女と縁があるんですよね」

と笑いながら言う時は、
この、人間くさい女、を指していると思います。

激烈な少年時代を過ごしてきた剛。
剛の苦しみ、悲しみに関しての繊細さは、
その少年時代に形成されたと思います。
きっと、苦しみ、悲しみの感情を共有できる女性でなければ、
剛は一緒に生きていくことはできないのでしょう。

切々と、切々と、愛を物語る剛。
かたずを飲んで、見守る観客たち。

思えば、剛のアルバムの中には、必ずと言っていいほど、
『海』のような切ないラブソングが収録されています。

「Bye Bye 忘れてしまうしかない悲しみに」
「愛してるのに」
「Don't Cry My Love」
「生意気なパートナー」
「Come Back to My Heart」
「パークハウス701 in 1985」
「ほんまにうち寂しかったんよ」
「かりそめの夜の海」
「ごめん」
  :
  :

そんな、桜島で演奏されなかった、
ラブソングたちの代表として演奏されたのが、『海』でした。
たくさんある、これらの作品群から、
桜島で歌うラブソングとして剛に選ばれたことは、
この曲にとってのドデカイ勲章です。

スローテンポのメロディと、モノトーンの歌景色を綴る歌詞、
そして剛の苦しげなボーカル・・・
真夜中の桜島を、否応無しに歌の世界に染め上げてしまう。


夜の海に 俺の過去を 沈めたら
明日から おまえと
二人で 生きよう



まさしく、夜の海をバックに歌う『海』。
いい映画のラブシーンを見届けたような気分でした。
静かに始まり、会場いっぱいに広がって行った拍手が、
『海』を演じ切った剛を包んでいました。

ステージの上の剛は、まだ、歌の世界から出て来れないようでした。
恍惚の表情でたたずみ、静かにつぶやきました。

「いい感じだね・・・」

剛のラブソングがたっぷりと溶け込んだ錦港湾は、
ワインの香りがするのでしょうか。

僕らはもちろんのこと、
歌っている剛もすこし、『海』に酔っているようでした。



続く



<次回予告>
ひそかに待っていたマイ・ファースト・ツヨシソング!
なんと、なんと、弾き語りではなく、オリジナルバージョン!
ノックしないでと歌いつつ、僕の涙腺をノックし続けました。

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寂しいからこそ、ひとりなんですか? (桜島ライブ34)

2004年10月05日(火)

『寂しいからこそ、ひとりなんですか?』−桜島ライブ(34)

                 text  桜島”オール”内藤





スポーツ報知の23日の紙面はとても扱いが大きい。
スポーツ紙ではナンバーワンではないかと思います。
タイムテーブルまであって、大変高く評価したいと思います。


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M-21 春待気流(はるまちきりゅう)
  −アルバム『From T.N.』(1983)−



文字通りの興奮の渦となった『STANCE』。
休む間もなく、ドラムは大忙し。
まだまだ、飛ばす気なのでしょう。
剛の集中力に一点のくもりもない。

やがて主旋律の音が加わったというのに、
これ・・・この桜島ライブで、
このときだけだと思うのですが、
僕はいったい何の曲だか、まったくわかりませんでした。

剛のアルバム全部、
すべて聴き込んで桜島にやってきたというのに、
いったいどうしたことだ・・・
そんなはずはないのに・・・

この僕の葛藤は、次の瞬間、
サクソフォーンの音色を聞いた瞬間、
一気に吹き飛びました。

え!! まさか、まさか!

この、剛にしては異様に明るい曲調は!
この、懐かしい、コード進行は!

驚愕の選曲、『春待気流』(はるまちきりゅう)!!!

これ、ほんとのほんとの、
マジ本気で驚きました。
どうだ、びっくりしただろ?とばかりに、
ハハハ!と剛は、
勝ち誇ったような笑い声をあげていました。

古い曲をよく聴いていない観客には、
さすがにこれは、まったく耳に馴染みがないでしょう。
オリジナルアルバムには収録されていないだけに、
剛のアルバムをかなり揃えている人でも、
新曲か?と思ったかもしれません。
(ベストアルバム系には何回か収録)

僕と同様、サクソフォーンの音でわかった人が、
驚愕の歓声を上げる!
そして、剛の歌い出しの部分でわかった人が、
また、驚愕の歓声を上げる!
そんな、時間差攻撃のように、
桜島の観客たちを驚かせた、『春待気流』!

これ、もう、一生、生では聴けない!

そんな確信が一気に沸きあがり、
もう、もう・・・もう、大変な真夜中だ。


寂しいからこそ ひとりなんですか
ひとりだからこそ 寂しいんですか
みんな みんな 胸を抱えては
新しい夜明けを待っているんだ



いやあ・・・たまりません。
70年代フォークの匂い。
剛のルーツ、吉田拓郎を彷彿とさせるこのメロディ。
くわしくない人には申し訳ないけれど、
コーラスが歌う、歌詞のリピートのニュアンスなんて、
もう、ほんと、拓郎っぽい!


今までいくつかの 恋をしてきたけれど
愛の言葉に しがみついただけだった 
だ・か・ら
時の流れの中で すきま風が吹こうと
逃げ道ばかりを 追いかけまわすのはやめて
きみひとりを 愛しつづけていきーたい



まさか、このサビのところで、
チャッ!チャ!チャ! チャッ!チャ!チャ!
の拍手をしながら、
剛と一緒に歌う日がくるなんて、
まったく、まったく、想像すらできなかったよ。

それも、CD音源を上回るような、
明るくて、元気なポップチューンに仕上がってる。
それでいて、どこか懐かしくて、
ジーンと染みるメロディ。
まさしく、70年代末期のあの感じ。
長髪で、きれいな声の、剛の感じ。
なにより、歌っている剛が嬉しそうなのが、最高だ!

「ツヨシーーーッ!」

「いいぞ、ツヨシーっ!」

「初めて聴いたぞーーっ!」


ひっきりなしに、声援が飛んでいました。
僕も、何度も何度も、剛の名前を叫びました。

剛の名前を呼びながら、曲の余韻にひたっていたら、
一瞬、拓郎のオールナイトにいるような、
そんな錯覚に襲われました。

行きたかった、行けなかった。
ファンになったときにはとっくの昔に終わっていた、
あの伝説のつま恋オールナイトライブ。

一瞬、ステージの剛の満面の笑顔が、
1975年つま恋のオールナイトライブの写真で見た、
拓郎の笑顔に重なりました。

ありがとう、剛。
ありがとう、こんないい気分。

ありがとう、
懐かしい人からの花束のような、この曲を。



続く



<次回予告>
剛のライブでいつも聴くことができた、王道ラブソング。
良かった・・・この桜島でも聴けたんだ・・・。
嫌な過去はみんな、真夜中の錦港湾に沈めてしまおう。

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自分のスタンスを見つけましたか? (桜島ライブ33)

2004年10月03日(日)

『自分のスタンスを見つけましたか?』−桜島ライブ(33)

                 text  桜島”オール”内藤





スポーツ報知は、かなり見上げた新聞でした。
なんと言っても、22日と23日の二日間に渡って、記事を掲載!
まず今日紹介したのは、22日の紙面。
速報的に、まだ明るい21日の桜島会場の写真を掲載しています。
そして、翌日23日の紙面は・・・


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M-20 STANCE  −アルバム『Hungry』(1985)−



深夜2時としては、なんともまったりと、
いい感じでした。
『JAPAN』から『ガンジス』までの3曲。

お祭りだの、命懸けだのと、
にぎやかな形容がされるこの桜島ライブですが、
まあ・・・実際問題、
一晩中ガンガンやるわけにはいかないんだしね。
バラードもいい曲がいくらでもあるし、
まあゆっくり行こうよ。ねえ、剛。

ドン!ドン!ドン!ドン!

あれ? なんだか、ずいぶん激しいドラム。

「行くぞーーーっ!
起きてるかーーーっ!」


と剛の絶叫。

そうですか・・・・
ガンガンやりますか(^_^;)


甘っちょろいことを考えてしまいました。
剛、やる気だ。一晩中。
一晩中、歌い、拳を上げるつもりなのだ。

よっしゃ!
腹はくくった。
何が第二部だ。何がゆったりまったりだ。
何が午前2時だ!
朝までやるぞ!朝まで歌うぞ!

もう、休憩なんかいらない!!(暴言)

僕はマフラータオルを今度は頭に、
はちまきを巻くように巻いて、臨戦体勢。
さあ、なんだ?
『明日へ向かって』か?
それとも『桜島』か?
もう、なんでもきてくれ!
なんでも、驚かないぞ!

そして、届けられたイントロのメロディは、
前日、僕が実際に聴いていたあいだだけでも、
1時間以上も、念入りに、念入りに、
リハーサルが行われていた、あの曲でした。

耳をつんざく花火が爆発!
千載一遇、『STANCE』!

きたーーっ!
激しいビート!
激しい観衆のリアクション!
みんな、大喜びだ!

臨戦体勢を取っていたはずの僕も、
赤子の手をひねるように驚いてしまう始末。

前日のリハでも、僕はこの曲を延々と聴いていたのですが、
本番の『STANCE』のかっこよさときたら、
ちょっと例えようがない。
これだけかっこいい曲が、
僕がファンになってからの15年あまり、
まったく演奏されていなかったなんて。

逆に言えば、なんという層の厚い、曲のレパートリー。
それとも、とっておきのとっておきか。
この人生最大とも言えるビッグイベントまで、
あたためにあたためてきたのか。

激しく、激しく、沸き立つ大観衆。
午前2時、関係なく熱狂フェスティバル!

早口でたたみかける剛のボーカル。
大きく足を開いてステージに突っ立ち、
キャップを目深にかぶり、
しびれるようにかっこいい『STANCE』を歌う。


背骨が折れるほどの苦しみを 
しょっちまった
俺はギターのゲージを張り替え 
いつものステージへ向かった
腹わたが煮え繰り返るほど 
愛した女を振りきり
まずは自分に勝つために生きようと
俺はのどをからした



一時期、剛は口癖のように、
スタンスという言葉を使っていました。
スタンスにこだわるからこそ、
芸能界において、ミュージシャンとして、
他に比類なきスタンスを探し出した。

そのスタンスを見つけるまでに10年かかったことを、
この『STANCE』では歌っているのです。


おお、スタンス!スタンス!スタンス!
俺は変わっちゃいないさ
おお、スタンス!スタンス!スタンス!
お前を守りたいから



この大舞台でも、いや、この大舞台だからこそ、
自らのスタンスをこれでもかと見せつける剛。

俺の魂はけして変わらないさ。
俺はお前ひとりを両手で守りたいんだ。
足を踏ん張り、そう叫ぶ男。

かっこ良過ぎる・・・。

変な意味じゃなく、男が惚れる男だ。

「なに、この曲!かっこええ!」

後ろから、そんな声が聞こえた。
そうだよね。もう20年も前の曲なのに、
なんだろう、このかっこよさときたら!

前日のリハーサルでさんざん聴いている僕でさえ、
この『STANCE』にはうならずにはいられませんでした。
観客の歓声もライブの演奏音の一部なんだということが、
身に染みて、体でわかりました。

それにしても・・・ライブ前日に1時間以上、
いや、その1時間のあと、
僕らが立ち去ったあとも、
いったいどのくらいの時間をかけて、
リハーサルしていたかわからない曲。

桜島入りする前もさんざんリハーサルを重ねているというのに、
さらに前日に、あそこまで入念にリハーサル・・・
『STANCE』の熱狂は、そんな努力に支えられている。

20日のリハーサルは、10時間以上に渡ったとのこと。
それも、深夜3時まで・・・
信じがたいことですが、剛は、
2日続けてオールナイトをやっていたのです。

なぜに・・・
そこまで・・・
やるのか・・・

剛は変わっちゃいないから。
剛は何かを守りたいから。

そう、それが、
長渕剛という男のスタンスだからなのでしょう。



続く



<次回予告>
まさしく、驚愕の選曲!
剛マニアですらア然のあの曲が、
問答無用のポップチューンとして堂々登場!
普通なら中だるみがあっても不思議じゃない、
深夜の第2部なのに・・・恐るべし・・・(-_-;)

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いのちの歌に癒されましたか? (桜島ライブ32)

2004年10月02日(土)

『いのちの歌に癒されましたか?』−桜島ライブ(32)

                 text  桜島”オール”内藤





ライブを伝えるサンケイスポーツ。白黒なのが残念無念。
9時間ブッ通しは・・・ちょっとオーバーかな(^_^;)。


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M-19 ガンジス −アルバム『Captain of the Ship』(1993)−



「毎日しんき臭いこと考えることないけど、
 一年に一度くらいは、
 じっくり考えるのもいいよね。
 俺、バカだから・・・へへへ。」


『静かなるアフガン』を歌い終え、
剛はまるでひとりごとのように、そうつぶやいていました。
俺、バカだから、じっくり考えないとね、
ということでしょうか。
間違いなく天才の部類に入ると思うのですが、
剛は、ちょっと卑屈に謙遜しつつ、
へへへ、と笑ってギターを弾き始めました。

でも、こんなとてつもないイベントなんて、
このとき剛が言ったように、
バカじゃなきゃできないことかもしれません。

全国からこの南の島に、
その男に導かれて集まった7万5千人が、
憧れと尊敬のまなざしで、
その自称”バカ”の一挙手一投足を見つめていました。

まだ音を確かめる程度に爪弾かれたギターからは、
前日、桜島の空をながめながらリハーサルで聴いた、
あの曲の旋律の断片を読み取ることができました。

「次の歌は、インドを旅したときの歌。
 俺はインドに行って、生きるということを、
 痛切に感じたんだ。」


そうか、『JAPAN』、『静かなるアフガン』、
そして、この歌か・・・。
この曲順の構成には、
すごく自然に身を任せることができた気がします。

いのちの歌、『ガンジス』!

剛のアコギのアルペジオ。
耳をすませる観衆。
『静かなるアフガン』あたりから、
シートに腰を下ろして聴いている人が多い。
僕のように立っている人は、
それほどいませんでした。


4本の火柱が めらめらと
燃えさかり 煙が立ち昇る
俺は今 揺れる小舟の上 
ガンジス河を 下ってる



いのちの歌であり、癒しの歌に感じました。
僕は『ガンジス』を聴きながら、
ひときわ心地よい時間に身を置いていたと思います。

第一部はもう激流の中にいたようなイメージ。
第二部も、第一部のようなめくるめく感じではないものの、
なにかと精神的に刺激を受ける曲が続いていました。
そのせいだと思うのですが、
僕は気楽に聴けるラブソングや、
のんびりと聴けるフォークソングのようなレパートリーを、
このとき望んでいたのかもしれません。

『ガンジス』は、ちょうど、そんな曲でした。
のんびりと心地よく聴ける歌。
長いライブには、そういう歌があっていい。
前日、桜島の道端に腰掛けて、
雄大な自然と空をながめながら聴いた『ガンジス』。
そして、この日も、体の力を抜いて、
耳というよりは、体全体で聴いていた『ガンジス』。


旅をするのは 帰る家があるからだ
さすらいの旅ほど 淋しい ものはない
ふと虚しさに 突き落とされそうに なったけど
死んだら 灰になるだけさ と笑ってみた
死んだら 灰になるだけさ と笑ってみた



いつのまにか、剛のアコギだけだった『ガンジス』に、
バンドの音が幾重にも重なってきていました。
さりげなく、しかし確かな技術とプロ意識で、、
オールナイトに挑む剛をサポートし続けるバンドメンバー。

剛の歌声とギターを支えるように、
それぞれの楽器の音が『ガンジス』に溶けこんでいました。
そして、コーラス陣も、実にさりげなく、
サビのフレーズを繰り返す剛の声に寄り添っていました。

僕は、この『ガンジス』で、
剛と共にステージで闘う仲間たちの存在を強く感じました。
ここ最近のライブで、おなじみのメンバーです。
剛はもちろん、僕らも全幅の信頼を寄せる、
凄腕のミュージシャンたちです。


バーイ バーイ ガンジス
Woo Woo Woo Woo・・・


バーイ バーイ ガンジス
Woo Woo Woo Woo・・・



そして、『ガンジス』は、剛の歌声ではなく、
コーラスの歌声で幕を閉じました。

第二部は、静かに聴ける曲がいい。
聴きたい人は、静かに一緒に歌い、
眠りたい人は、静かに眠れればいい。
そんな僕の考えのとおりに、
静かな曲が続きました。

・・・が、
一寸先に何が待っているか、
まったく読めないのがこのライブ。

次の曲で、例によって、
一気にドンデン返し、食らいました・・・



続く



<次回予告>
午前1時だろうと、2時だろうと、
容赦なくハッスルタイムはやってくる。
アルバム『Hungry』から、劇薬のようなロックナンバーに、
第二部最初のメーター振りきり、炎熱の大熱狂!

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鈍感で平和ボケの日本人ですか? (桜島ライブ31)

2004年10月01日(金)

『鈍感で平和ボケの日本人ですか?』−桜島ライブ(31)

                 text  桜島”オール”内藤



<桜島 雑誌紹介�◆�


これまた素晴らしい雑誌が発売されています。1,380円。
ようやく本日、書店で購入してきました。
なんと、桜島30ページというボリュームです。写真が素晴らしい!
ライブレポートと、イベンターの後藤豊さんのインタビューもあり。
剛だけではなく、吉田拓郎や矢沢永吉のライブも!(^o^)


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M-18 静かなるアフガン
 −アルバム『長渕剛BEST〜風〜』(2002)−



なにやら行進曲のような、
静かなドラムのリズムの中、
剛がとつとつと語りました。

「この曲は、
 どこの放送局もかけてくれなかった。
 今でも、納得できない。」


ああ、そうか、あの歌か。
空〜SORA〜ツアーで披露された、あの曲。
2002年にシングルで発売され、
当初、ラジオ局ではどこもオンエアされなかったという・・・

戦争への、アメリカへのNOの叫び!
『静かなるアフガン』!

この歌がリリースされたとき、
その内容が一時的に話題になりました。
社会派ソングがときどきそうなるように、
いわゆる放送禁止に近い状況になったことが、
メディアに面白がられていました。

その一方で、売れ行き的には、
剛のシングルの中では比較的おとなしめで、
タイトルのとおり、
静かなるチャートアクションとなっていました。

「なんだ、おまえ、こんな毎日、日記書いていて、
 そんな程度のファンだったのか!」

と言われることを覚悟で事実を書きますと、
実は、僕も、このシングルを買っていませんでした。
同じく、この曲が収録されているベストアルバム、
『長渕剛BEST〜風〜』も、僕はまだ買っていません。

正確には、いつか買おう、と思ったまま、
桜島ライブの当日を迎えていました。

CDを買い、ライブに出かける音楽ファンの大部分、
もちろん、僕もそのひとりなんですが、
実はそういうファンの多くは、
社会派メッセージソングを、
それほどしっかりと受けとめないものです。

そんな人たちは、このような歌を、
ただ、ただ、静かに聴いているのです。
僕も、そうして、この『静かなるアフガン』を、
ただただ、静かに聴いていたのです。


海の向こうじゃ 戦争がおっぱじまった
人が人を殺しあってる
アメリカが育てた テロリスト
ビンラディンが モグラになっちまってる

ブッシュはでっかい 星条旗を背に
ハリウッド映画の シナリオをすげかえる
悪と闘う ヒーロー
アフガンの空 黒いカラスに化けた

ほらまた 戦争かい
ほらまた 戦争かい
戦争に 道など ありゃしねえ
戦争に 正義もくそも ありゃしねえ



僕は、桜島でも、ただただ静かに聴いていました。
戦争を深く受けとめるでもなく、
アメリカを深く考えるでもなく、
このままでいいのかと真剣に思うでもなく、
愚かな僕は、
戦争に鈍感な平和ボケの日本人の僕は、
なんとなくCDも買わなかった先延ばし体質の僕は、
ただただ静かに、剛の語りに耳を傾けるように、
この桜島でも聴いていたのです。

その一方で、この歌は、
その内容に敏感に反応する人たちのあいだで、
大きなインパクトを持って受けとめられていました。
いくつかのメディアの記事で、
僕は『静かなるアフガン』の剛のメッセージを、
すり抜けることなく真剣に、受けとめている人たちが、
かなりの数存在することを知りました。

中でも、今でも思い出すのは、
剛自身がこの曲について語っていたインタビューでした。

「あの戦争があったとき、
 僕はツアー中だったんです。(空ツアー)
 こんな歌を歌っていていいのか!
 こんなライブをやっていていいのか!
 自分が恥ずかしくなった。
 そして、『静かなるアフガン』を作ったんです。」


ということを剛は語っていました。
僕らが熱狂していたあのライブを、
僕らが聴き惚れていたあの歌を、
「恥ずかしくなった」と剛が言っていたことに驚きました。


ああ はやく アフガンの大地に
平和と緑よ やどってくれ
あのときの少女の瞳を
壊さないで
僕は祈る アフガンの大地に
僕は祈る アフガンの大地に



スクリーンには、ときおり、
戦争をイメージさせる映像も映されていました。
一方、剛自身は、
歌の内容に関しては、MCで何も語りませんでした。

歌を桜島の観衆に向かって、そっと差し出して、
そして、きびすをかえして、立ち去って行ったように、
僕は感じました。


「どうもありがとう!」


静かに聴いていた僕らに、
剛は、妙に素直に、お礼の言葉を贈りました。
じっくり聴いてくれてありがとうな!
と言っているように僕は感じました。

『JAPAN』に続き、オリジナルそのままのアレンジで、
そのままのサイズで、『静かなるアフガン』は歌われました。
第一部に比べると、短い時間で、
快調に曲がこなされている印象でした。
ZEPPのライブでは演奏されなかった曲ばかり。
いったいどんな曲が演奏されるのか、まったく想像がつかず、
僕はワクワクしながら、
選曲についての剛の思いを汲み取ろうとしていました。

最後に余談ですが、桜島から帰ってきて、
僕は渋谷のタワーレコードに行きました。

戦争を深く受けとめるでもなく、
アメリカを深く考えるでもなく、
このままでいいのかと真剣に思うでもなく、
戦争に鈍感な平和ボケの日本人の僕は、
愚かな僕のままです。

だけど、今、僕の部屋のCDケースには、
『静かなるアフガン』が入っています。



続く



<次回予告>
剛の戦争への怒りの根源には、”生命”へのこだわりがある。
計らずも、それに気付かせられた、第二部前半の曲順。
生命の歌、大いなる河の歌に酔いました。


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