『流れ星が消えないうちに』 橋本紡 (新潮社) - 2006年05月30日(火) <前向きに生きることの尊さを実感出来る作品> 最愛の恋人を失うのは、とても辛いことだった。この一年半、わたしはただ呼吸をしていただけで、ちゃんとは生きていなかった。たぶん、一度、わたしの心は壊れてしまったのだと思う。 近年ライトノベル界から一般小説に進出した作家が目立っている。 乙一さんを筆頭に桜庭一樹さんや米澤穂信さん、それに有川浩さん。 本作の橋本さんもライトノベルのジャンルで大活躍する作家らしい。 ほとんどライトノベルと縁がない私とすれば、一般小説に殴り込みをかけてきた本作でやっと作者と接点を持ったのであるが、さすが大手の新潮社が白羽の矢を立てたことはあるなと思ったのが正直な気持ちだ。 ストーリー的にはありふれている部分もあり、ほぼ予定調和的に終わると言ってよさそうだ。 ただ、この作家のただものでない点は敢えて主人公を2人にして交互の視点で描いているところであろう。 これは男女問わずに受け入れられる要素が高いと感じた。 深い感動はないのであるが、爽やかな登場人物のキャラと読後感に心を癒されるのだ。 ひとりは奈緒子。 1年半前に恋人であった加地を亡くしその後、加地の友人である巧と交際を続けている。 わけあって両親と妹が九州で暮らしており一人暮らし。 加地が亡くなってから想い出の残る自室では眠れなくなり、玄関に布団を敷きっぱなしにしてそこで眠る習慣となっている。 物語は九州から突然父親が「家出してきた」と戻ってくるところから始まる。 もうひとりは寛大な心の持ち主で菜穂子の現在の恋人である巧。 どうしても男性読者は巧と加地との熱き友情小説として読んでしまうことを許されたい。 巧みの中に加地や菜穂子の心の苦しみ・悲しみをすべて背負って生きている部分を見出せた。 これは男として素晴らしいの一語に尽きる。 さすがに加地との想い出のシーンに感傷にひたる菜穂子の気持ちは辛いものがあるものの、やはり菜穂子と同様、巧にとっても加地が大切な存在であったということが読者に伝わることがキーポイントだと思われる。 印象的なのは巧と菜穂子の父親との会話の部分。 お互いに酒を飲みながら好きな野球やサッカーの話題で盛り上がる。 個人的には父親の行動や菜穂子の妹の行動には、橋本さんも欲張りすぎたいうか焦点がぼやけた気もするのであるが・・・ 少なくとも父親が巧の好感度アップの為に果たした役割は大きかったと思うのである。 菜穂子はしあわせものである。 そう思って貰えたら橋本さんの想いが読者に通じたと言って良さそうであろう。 本作には大道具と小道具が効果的に使われている。 大道具はタイトルともなっている流れ星、これは読んでのお楽しみと言うことで・・・ 小道具は見知らぬ女性と一緒に亡くなった加地の真相を、巧が手紙を通してわかっていて菜穂子に黙っている点。 この設定は物語全体をかなり支配し、読者を引き付けながら読ませる要因ともなっている。 過去に縛られつつも前向きに生きようとする2人。 この作品を読んで誰しも感じることは、天国の加地が2人の幸せを1番願っていると言うこと。 少なくとも2番目の応援者となってナイスガイ巧と菜穂子の幸せを願いたい。 加地と出会った以上に巧と出会ったことが菜穂子にとって一期一会であったはずである。 評価8点 この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。 本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。(投票期間2006年8月31日迄) ... 『ひなた』 吉田修一 (光文社) - 2006年05月26日(金) “都会人の持つ空虚感”を的確に描写。 この作品は雑誌JJに連載されていたものを大幅改稿したもの。 やはり女性読者を強く意識して書かれたものだと容易に想像できる。 主な登場人物は大路浩一・桂子夫妻と浩一の弟である大路尚済と彼の恋人新堂レイの4人。 春・夏・秋・冬、4人それぞれの視点から描かれている。 ちょっと簡単に4人を説明すると・・・ 新堂レイは元ヤンキーであるが、大学でフランス語を習得しフランス本社の外資系有名ブランド“H”に就職。 その恋人、大路尚済はレイと同級生であるが一浪しているために大学4年生。 尚済の兄、浩一は中堅信用金庫に勤めている。 浩一の妻、桂子は出版社で編集の仕事をしていて帰りが遅くなることが多い。 物語は別居していた浩一夫婦が尚純と両親の家にて同居をはじめるところからスタートする。 あと浩一の友人・田辺もキーパーソン、どんな人物かは読んでからのお楽しみということで・・・ 本作は簡単に言うと、吉田作品の十八番である“都会人の持つ空虚感”を的確に描写している作品である。 特に考えさせられるのは“主婦のあり方” そして“人と人との距離感の取り方” 特にここでは大路桂子について語りたい。 凄く異性の私が共感出来る人物である。 女性の方が読まれたら逆かもしれないな。 でもやはり仕事をやめるにあたって、桂子もかなり葛藤していたんですよね。 特に男性読者の私としたら桂子の言動って本当に気になるのである。 桂子が遠野に魅かれているところがとっても人間らしいと言うか、ちょっと誤解を招く言い方かもしれないが、可愛げのある女性として強く認識出来るのである。 でもやはり桂子に専業主婦は似合ってないような気がする。 私の出した結論です。 こんな小説連載したら、本当に早く結婚したくなくなるよな(笑) 逆に桂子の夫、浩一の存在がやはりみじめなんだろうか。 会えば会うほど遠野という男が嫌いになっていく。いったいどこまで嫌いになれば、私はこの男に会いたくないと思えるのだろうか。会いたいのを必死に我慢するのと、会いたくなくなるまで相手と会い続けるのでは、いったいどちらが、夫や家族をより裏切っていることになるのだろうか。 桂子は家庭に入ってからも葛藤するのである。 あと、この物語においてはいくつか問題点を取り上げたい。 まずは大路兄弟の浩一と尚済が血がつながってないと言う点。 読むにあたってかなりのウェートを占める大きなポイントなんだが、読者の先入観を覆させられるような展開が待ち受けています。 展開というかひとつのドラマですね。少し泣ける話なのでお楽しみに。 そして田辺さん。こっちは日常茶飯事的によくありがちなエピソードなんだけど、どうしても浩一の人の良さと桂子の引け目(何に対してかは読んで気づいてほしい)がやけに目立ってますね。 やはり浩一は没個性的な人間として描かれすぎている感もなきにしもあらず。 単行本化にあたりどの程度改稿されてるのかわからないが、少なくとも独身の女性が読まれたら結婚というものに対してどうなんだろう、少なからず後ろ向きに感じても致し方ないかな。 独身時代=ひなたという図式も当てはまるような気がする。 もちろん、世の男性って作中の浩一みたいなどちらかと言えばおっとりした性格の男ばかりじゃないので、主婦の方が読まれたら桂子以上に私って愛されているのかしらと思うことでしょう。 本作は少し現実における危機感を持たせるリアルな小説です。 リアルなんですが、そこが吉田修一。 たとえ不倫を描こうが、決してドロドロじゃなくって読者はそれを許容してしまう。 言い換えれば、“常に周りの人との距離感を考えて生きていかなければならないんだ。だけど、常にリラックスして!” 吉田修一の凄さってそういうさりげなさなんだなと再認識した。 吉田作品のストーリーに陶酔し本を読み終えた瞬間、私たちはバトンを引き継ぐ。 兄弟、夫婦、恋人、親子。 私たちの身の回りの大切な人たち。 少しは身近に感じられるようになったのであろうか?それとも・・・ 人生も吉田作品のように“心地よく”生きたいものである。 評価8点 この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。 本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。(投票期間2006年8月31日迄) ... 『終末のフール』 伊坂幸太郎 (集英社) - 2006年05月23日(火) <“いさかこうたろう”が奏でるおとなたちのための童話> 本作は今までの伊坂さんの作風を継承しつつも、新しいスタイルというか方向性をも取り入れた新境地開拓の作品と言えそうだ。 簡単に言えば、少しの群像劇と大きな心の葛藤を描いたメッセージ色の強い作品。 同じく死を題材とした作品として『死神の精度』と言う作品があったが、本作の方がずっとメッセージ色が強い。 『死神の精度』では特異な能力を持つ主人公が登場したが、本作においては各編ごとに主人公が移り変わりなおかつごく普通の人間が描かれている。 だから、前者は単なるSFエンターテイメント作品の域を超えず、逆に本作は少なからず身につまされる作品である。 だから『死神の精度』と同系統と思って本作を手に取られた方は驚愕されることとなるはす。 展開のスピード感や会話の軽妙洒脱さに関しては他作より劣るが、読んだ誰もがひとごとではないと感じる筆さばきは見事のひとこと。 8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡するアナウンスされた2×××年。 それから5年、ようやく大きな暴動も収まりつつある小康状態の仙台市北部の団地が舞台。 伊坂氏は、本当に仙台の街が好きなのであろう。 伊坂氏の強みはたとえば暴動が起きている最中のパニック小説も書けるであろうし、本作のように小休止状態で少し考える余地が出てきた人間を描くことも可能。 過去の伊坂作品と比べると、作品の醸し出すテイストはどんよりと重い。 絶望的な状況のもとで葛藤する登場人物たち。 どの短編も1編1編読ませてくれる。 すなわちどの主人公にも感情移入できるのである。 とりわけ印象的だったのは「太陽のシール」と「鋼鉄のウール」。 前者は世界があと3年で終わろうとしている矢先に、今まで不妊で悩んでいた夫婦に生命が宿る。 生まれてきても3年しか生きられない子どもを産んで幸せなものかどうかと悩む夫婦の葛藤ももちろん素晴らしいんだけど、高校時代の友人・土屋の話にはホロッとさせられます。 後者はキックボクシングの武田幸三選手をモデルとした話なんだけど、苗場の生き方がとっても魅力的なんだ。 あと3年で世界の終わりを告げられても動じることなく、いつものようにボクシングのトレーニングに明け暮れる毎日。 苗場の次の言葉が伊坂氏の本作のメッセージを代弁している。 『明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?』『あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?』『できることをやるしかないですから』 もちろん連作短編集として、いや、長編小説としても上手く話が収束する。 あたりまえのことであるが、私たちの住む世の中は平和である。 ちいさな悩みなんかにとらわれずに、一生懸命生きて欲しいという作者の強い訴えを感じずにはいられない。 最近の伊坂作品は読者に呼びかけしているような気がする。 若干の作風の変化を感じずにいられない。 もちろん『陽気なギャングの日常と襲撃』のような例外もあるが。 ただ、本作を読み終えて『陽気な�◆戮里茲Δ粉袷瓦縫┘鵐拭璽謄ぅ瓮鵐蛤酩覆睇�要なような気がした。 伊坂氏の呼びかけに呼応するために、私たちは童心へと帰らなければならない。 童心に帰って読めば読むほど、明日からの生活の大きな糧をより多く得ることとなるはずである。 青春を熱く描いた『砂漠』、人生の意義を巧みに描いた本作『終末のフール』で伊坂氏のひとつの到達点を目の当たりにした。 読者は人生の意義をもういちど考え直すことを余儀なくさせられる。 どちらかと言えば本作の方がインパクトが弱いのであるが、『砂漠』と両方読むことによって伊坂流の生き方が伝授されそうな気がする。 単なるエンターテイメント小説の旗手から後世に名を残す作家へと、今まさにホップの段階が終わりステップ→ジャンプの段階に突入したと考えてよさそうだ。 これからも読者いや国民の心に根ざす作品を上梓し続けて欲しいなと思う。 伊坂氏なら使命をまっとうできるはずだ。 なぜなら『できることをやるしかないですから』・・・ そういう言葉がきっと返ってくるはずだ。 私は、作中のキックボクサーのモデルは伊坂さんじゃないかなと思っている読者も多いのであろうと確信している。 評価9点 オススメ この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。 本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。(投票期間2006年8月31日迄) ... 『強運の持ち主』 瀬尾まいこ (文藝春秋) - 2006年05月19日(金) <読者の心の扉を開けてくれる1冊> 通彦に初めて会って占ったとき、彼が強運の持ち主であることはすぐにわかった。でも、ここまで見通すことはできなかった。四柱推命でも、姓名判断でも、自分が通彦を好きになることまでは予想できなかった。だけど、一日そばにいただけで、通彦とずっと一緒にいたいと思うようになることが明確にわかった。自分で踏み込まないと根本的なことは何もわからない。確かなことは直接触れないと知れないのだ。 何と13ヶ月ぶりの待ちに待った新刊。 瀬尾さん特有の歯切れのいい文章は健在である。 瀬尾さんお得意の“食べ物効果”も恋人通彦の雑な料理を通して微笑ましく描かれている。 どういう作品か瀬尾さん流に言うと・・・ “ちょっとした気持ちの持ち方次第で明日は開けるのだ。” まず、本作の内容を簡単に説明しますね。 意外と奥が深いので2回読むことをオススメしたい(笑) 主人公はルイーズ吉田(吉田幸子)。 短大を出てOLとなるが上司と折り合いが悪く半年で辞め、「ジュリエ数術研究所」にてアルバイトで占いを始める。 1年ほど前から独立し1人でショッピングセンターの2階の奥で営業中である。 恋人の名は通彦で同棲中。彼は以前に前の恋人に連れられて占いに来たときに強運の持ち主であることを見抜き猛烈にアタックした。 前半の2編「ニベア」「ファミリーセンター」が家族小説的要素が強い。 どちらかと言えば今までの瀬尾さんのお得意の展開パターンである。 少しミステリー的要素も入ってるかな。 後半の2編「おしまいの予言」「強運の持ち主」は恋愛小説的要素が強い。 ユニークキャラで物事の終末が見えるという大学生の武田君が現れてから物語が動くのである。 ルイーズ自身が“おしまい予言”され慌てだす。 占いのように適当にするわけにいかず、通彦に対して急に接し方を変えたりして想いを募らせるシーンは読み応え十分。 少し彼のことを物足りないと思いつつも、もっとも大事な人であるという認識を深めていく女心が可愛い。 全体を通しては主人公のルイーズ吉田の成長小説として捉えることが出来る。 武田君がこの店に来て、一緒に働きだしてさ、なんだか、一人は面倒くさいなって思うようになったんだ 最初はひとりが気楽で始めたのであるが、アシスタントを雇い(武田と竹子)心を打ち解けられるようになる過程が描かれている。 竹子さんの明日を決めるのは、占いでも自分自身でもない。竹子さんの明日は子どもによって、動いていく。私の運勢を動かすのは、今はまだ自分自身だ。だけど、ほんの少し、私のこれからを決めるのに、通彦が入り込んでる。通彦も同じ。私が入り込んでるはずだ。 いろんなエピソードを通して人間的に成長したルイーズ吉田。 彼女の成長がふたりの恋愛の絆を強固にしていることを噛み締めて読んで欲しいなと思う。 絶対的な感動度で言えば過去の『図書館の神様』や『幸福な食卓』の方に軍配を上げたい。 しかしながら読書を終えて前向きになるのは本作がベストだと思っている。 是非、過去の作品と比べて欲しい。 瀬尾さんの全作品6冊を枕元に並べてみた。 “読者が人間としての原点に戻れる作品”の数々。 かつて『タイタニック』を繰り返し観て涙したように、瀬尾さんの作品も何回も何回も繰り返して読んで欲しい。 どれだけ瀬尾作品により勇気づけられたことであろうか。 たとえば、中学生以上のお子さんがいらっしゃる方は親子で楽しんで欲しい。 未婚の方は何回も擦り切れるほど読んで心の糧にして欲しい、そしてお子さんが誕生し成長された時に読ませてあげて欲しい。 少し考察したいのであるが、本作に描かれている4編は別冊文藝春秋の2004年5月号から2005年5月号まで掲載されたもの。 改稿もされず1年経過してから発売されている。 瀬尾さん自身は昨年の春に講師から教師へとステップアップされた。 二足のわらじをはくのは本当にむづかしいかもしれない。 複雑極まりない気持ちであるが、瀬尾さんは教師という職業が作家という職業よりファーストプライオリティーのようだ。 何かに打ち込んでいる人って素晴らしい。 きっと素晴らしい作家である以上に、素晴らしい教師であるんだなと、少し残念な気持ちもあるが瀬尾さんの今後を見守って行きたいなと思う。 評価9点 オススメ この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。 本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。(投票期間2006年8月31日迄) ... 『女たちは二度遊ぶ』 吉田修一 (角川書店) - 2006年05月18日(木) <この作品集について居酒屋で女の子と語り合えたら楽しいだろう。それが12番目の物語となるであろうから・・・> 本当になんにもしない女だった。炊事、洗濯、掃除はおろか、こちらが注意しないと、三日も風呂に入らないほどだった。 「野生時代」に掲載された11本の短編を単行本化したもの。 吉田さんの特徴である都会に住む男女の機微を巧みに描いたショートストーリー。 “都会の今”を切り取って描かせたらこの人の右に出るものはいないだろう。 あまりにもリアルであって、ついそこの居酒屋やアパートで同じ光景が現在進行形で行われているような気がする。 どの短編にも個性的な女とちょっとだらしない男が登場する。 だらしない男は各編に共通していてまるで作者の分身のようでもある。 ジャンル的には一応恋愛小説ということになるであろうか。 ただし、他のどの作家の描く恋愛小説とも一線を画する。 通常、恋愛小説って言えば女性読者がターゲットとなって書かれている部分が多い 純愛系、幻想系、辛辣系、露骨系さまざまなジャンルがある。 本作は上記のどれにも当てはまらず常識を覆している。 男女どちらが読んでも同じぐらい楽しめる作品である。 私は敢えて“現実系”というジャンルを設定したいなと思う。 お洒落な短編集だが、どの男達もまるで古いアルバムから取り出すように過去を語っているように見受けられる。 まるで後ろめたさと懐かしさを噛み締めるようにして・・・ 各編とも女性と距離を近づけることによって知ったこと。 それが語り手となっている男性側の想い出となっている。 作者は恋愛を達観しているのだろうか? 私はそういう疑念にとらわれながら読み進めていった。 このさめた視点はデザート感覚で読書出来た場合、すこぶる心地よいであろう。 もう少し美化してもいいような気もするが、そこが吉田さんの持ち味なんだな。 男性作家が描くと女性のしたたかさも可愛く思えるから不思議なものである。 吉田さんの男性主人公ってご多分に漏れずナイーブな人が多い。 本作においてもしかり。 個人的には中学の時の想い出を語る「最初の妻」がいちばんひねりも効いていてかつ切なく心に残ったかな。 でも本来はそういう読み方をすべき作品集ではないと思ったりする。 1編1編を味わうのじゃなくて、11編を読み終えて何かを感じ取る作品集だと思ったりする。 それでなければ物足りなく感じても仕方ないかもしれない。 最後まで読み終えて全体を思い返してみた。 やはり魅惑的な女性たちに賛辞を贈っているような気がしてならない。 11人の美しい女たちに。 まるで“女に男が必要な以上に男には女が必要である”と語っているかのようだ。 結局、吉田さんは何を言いたかったのか? 少し考えてみたいと思う。 まずタイトルの『女たちは二度遊ぶ』、お洒落で意味深なネーミング。 これはやはり11人の登場人物(女性です)に敬意を払った言葉であると解釈したい。 ひとつの結論として男性読者が読めば“女性の可愛さを再認識出来る”し、女性読者が読めば“男性の前で今まで以上に可愛く演じることが出来る”作品である。 少し余談であるが、11回なんでちょうど連ドラにどうかなと思うのは私だけであろうか? 毎回、旬の女優入れ替わりでやれば高視聴率間違いなし。 主演はイケメン男優“よっしゅう”さんに決定かな(笑) 現実になったりして・・・ 評価8点 この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。 本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。(投票期間2006年8月31日迄) ... 『陽の子雨の子』 豊島ミホ (講談社) - 2006年05月17日(水) <読者と一緒に成長していく作家・・・豊島ミホ> 豊島さんの作品はまだ全作読破していないのであるが、本作は作者の意欲作→今後の試金石的な作品と呼べそうだ。 作者本人のブログにて「ニート小説」とはしょられているが、そんな狭い括りでは表現できないと思う。 もちろん読む年代によって捉え方が違ってくるであろうが、私的には“自分探しの物語”であると捉えている。 というのは、誰しも登場人物の持っている希望や絶望感を少なからず抱えて生きているからに他ならない。 正直なところ、作者の現在の力量で言えばもっと無難な話を書いてしまえばよかったのでかもしれない。 もちろん『檸檬のころ』のような切なさを本作に求めようとしたらそれは酷であるのも確か。 作者はきっと現状に甘んじたくないのであろう。 試行錯誤を重ねて成長していくと信じ5年後・10年後を見据えたいと思う。 10年後に過去の作者を振り返ってみて、初期の代表作『檸檬のころ』とともに、ターニングポイントとなった作品であると本作は必ず取り上げられそうだ。 誰にも打ち明けたことがないのだけれど、僕は雨が怖い。<中略>雨の降っている世界が怖いのだ。 端的に言えば、本作は装丁はかわいいんだけど、中身はひとすじなわではいかないレビューアー泣かせの作品である。 24歳の不思議な女性雪枝を取り巻く少年2人。 私立中学に通う14歳の夕陽と雪枝の家に住んでいる19歳の聡。 ほとんどこの2人の視点を通して語られている。 絶望感に苛まれた人生を過ごす雪枝と聡。 凄く暗い設定なのだが、豊島さんが描くとそうでもなく感じられるから不思議だ。 一方、私立の男子中学に通う夕陽。 その家族は夕陽自身思っているように“ファミリーな感じ”で、ほんとに絵に描いたような・申し分のない家族だ。 聡が4年前に家出をしてきて雪枝に拾われてずっと一緒に住んでいるのと対照的である。 思いがけない出会い(メルアド交換)で始まる不安と希望の間で揺れるひと夏の青春物語であるが、人生に冒険も必要である。 でもタイトルの『陽の子雨の子』って誰のことなんだろう? 私的には下記のように考えている。 類型的でない登場人物→雨の子(雪枝、聡) 類型的である登場人物→陽の子(夕陽、松田、清水) 敢えて“類型的”という言葉を使わせていただいているのは、決して雪枝や聡の生き方を否定したくないからである。 大多数の読者が雪枝と聡の寂しさを分かちあえ、本を閉じるはずだ。 肩が軽くなったような気がするのである。 ラストの夕陽の手紙や聡が水漏れ処理を行うシーンなどを通して、それぞれの“ひと夏の成長”を確認出来たのが嬉しい。 作者が雨の子たちを肯定して筆を置いている姿に、現在の豊島ミホの暖かいまなざしを垣間見たつもりである。 評価8点 この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。 本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。(投票期間2006年8月31日迄) ... 『陽気なギャングの日常と襲撃』 伊坂幸太郎 (祥伝社ノンノベル) - 2006年05月15日(月) 伊坂 幸太郎 / 祥伝社(2006/05) Amazonランキング:位 Amazonおすすめ度: ![]() <あなたも5人目のギャングになったつもりで読んでほしい> 現在、第1作である『陽気なギャングが地球を回す』がロードショー中であり、映画の評判も上々。 続編の本作が発売されたので早速手に取ってみた。 面白くて当たり前。 ここ数年、直木賞候補の常連にのし上がって来た伊坂さんに対して私たち本好きの期待は膨らむばかり。 伊坂作品も10作以上となった現在、エンターテイメント性においてこのシリーズに勝るものはないと思われる。 しかしながら、最近の伊坂氏の作品の中で顕著に表れている“メッセージ性”という点においては、この作品に求めるべきではないと思われるので心して読んで欲しい。 第1章のギャングメンバーそれぞれのエピソードが素晴らしい。 タイトルもそれぞれ洒落ていて読者にとって教訓的。 日頃の仕事振り(たとえば成瀬の公務員姿)などが垣間見られ、読者にとって意外な一面が演出されている。 この各エピソードが第2章以降に勃発するある事件に絡んでくるという展開。 期待に胸を膨らませて読んだのだが・・・ 実は前作も読み返しました。 結果として本作は前作の素晴らしさを際立たせた作品と言えそうです。 ニュアンス的には前作は“痛快かつ爽快な作品”、本作は“痛快だけど爽快とはいいがたい作品”なような気がします。 なぜなら、軽妙洒脱な会話とストーリー展開の面白さが伊坂さんの魅力の2本柱なんだろうが、今回は後者においては少し平凡かなと思います。 ただし、他の作家と比べて言ってるわけじゃありません。 たとえばクドカンが書いた脚本と他の脚本家とのそれは比べにくいでしょう。 伊坂さんの場合、読者の好き嫌いは別として他の作家と比べられる段階じゃない(少なくとも同じようなジャンルの作家においてでは)と思われます。 もはやそういうレベルじゃない。 そのことが私のレビューの大前提です。 ちょっと伏線が多いというかひねりすぎているような気がしないでもない。 その結果として第1章が素晴らしすぎて第2章以降、落胆された方も多いんではなかろうか。 第2章にてお得意の銀行強盗が勃発、饗野の演説も堪能。 ただ第1章同様メインとなる話への伏線。 後の騒動はどちらかと言えば、スリの名人・久遠と演説の達人・饗野が中心。 ふたりの会話はとにかく面白い、これは前作以上で饗野のボケキャラがすこぶる心地よい。 問題点はここからである。 人質となった娘を取り返すところがポイントだったわけだけど、当の本人があんまり誘拐されている緊迫感がないのと、どちらかと言えば悪人の娘として登場している部分が読者にとってマイナスイメージだったような気がする。 前作の地道さんのようなハッとさせられるキャラの方が魅せられるかな。 いずれにしても、ギャングにつきものの仲間内において“軽い騙しあい”はあっても“裏切り”がなかったのが物足りなかった大きな要因のような気がする。 でも身構えて読んだつもりでも、柔道部員が出てくるシーンは面白かった。 あと前作から出てくるキーワードである“ロマンはどこだ!”のロマンについて自分なりの考えを記したいと思う。 本作の各編の真似をするようだが、ネット辞書で調べてみると・・・ 1 「ロマンス」に同じ。 2 小説。特に、長編小説。 3 感情的、理想的に物事をとらえること。夢や冒険などへの強いあこがれをもつこと。「―を追う」「―を駆り立てられる」 もちろん3の意味合いで使っているのだろう。 銀行強盗を颯爽とさりげなく行う4人組に対してのスマートなフレーズなんだろうが(もちろん読者受けするということも踏まえて) 私的にはたとえば、前作で雪子が地道に対して持った助けてやろうという気持ちや、地道がパチンコ店に息子を助けに来た気持ちに大きな“ロマン”を感じたのである。 それに比べると、本作は全体的に希薄で安易なような気がする。 あと惜しいと思われるのはまぬけな誘拐犯2人の後半の行方が描かれていない点と誘拐された娘の父親(チェーン店社長)の存在感の無さ。 私って贅沢な読者なのかな。 意外と辛口となったが、現在人気ナンバーワン作家と言って過言ではない伊坂氏の作品が新書版で読めるというのは嬉しいことだ。 普段、図書館で借りられてる方も財布の紐が緩くなって買われた方も多いのだろうと思う。 版元である祥伝社さんと伊坂さんのサービス精神を称え、本屋に直行して伊坂ワールドにどっぷりつかって欲しい。 なにっ、買わなきゃ久遠さんに財布掏られそう(爆) 久遠さんが言ってるよ。 「たくさん買えばまた強盗します」って・・・ 評価7点 この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。 本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。(投票期間2006年8月31日迄) ... 『青空チェリー』 豊島ミホ (新潮文庫) - 2006年05月11日(木) 豊島 ミホ / 新潮社(2005/07) Amazonランキング:49,342位 Amazonおすすめ度: ![]() R-18文学賞よりも、、 R-18大賞よりも、、 単行本を読んだ方も楽しめるそうです。<作者の成長振りが手に取るようにわかる作品集> 新潮社主催のR-18文学賞の第1回読者賞を受賞しデビューした豊島ミホ。 本作は彼女のデビュー作の文庫版である。 とはいえ、全3編のうち原型をとどめているのは表題作のみ。 実際のところは“デビュー作1編プラス新作2編”。 豊島ミホの“出発点と原点を噛み締めれる”贅沢な作品集と言えるのである。 「ハニィ、空が灼けているよ」は大幅リライトされたもので中編。 現時点で単行本掲載時の作品を読んでないので比較できないのが残念であるが、ひと言で言えばとっても完成度の高い作品。 日本に戦争が起こるというSF的設定となっているが、ハニィ、ダーリン、教授の三者三様の思いやりが心地よい。 女性読者が読まれたらハニィこと麻美ちゃんがいかにしあわせものであるか体感できるのである。 途中足を痛めるシーンは辛くって思わず目を背けたくなりますが、頑張って読み通しましょう。 次は表題作の「青色チェリー」。 予備校の屋上から隣のラブホテルを覗き見する男女を描いた官能的作品。 個人的にはこの作品は“ブレイクタイム的な作品”だと思っている。 うまく官能的な作品を青春小説的に仕上げている点は称えたいと思う。 そしてラスト、私のもっともお気に入りである「誓いじゃないけど僕は思った」。 男主人公である飯田浩介が印象的である。 中学時代クラスメートだったアツコという女の子に恋した2年間をずっと引きずって生きている。 そのアツコとは7年間会っていない。 主人公の想いは下記の言葉に集約されている。 アツコの中で僕は、昔浜辺で拾った小さなガラスのかけらのようなものでしかないのだろう まさに心の琴線に触れるという言葉であると言えよう。 よくわかるんだ、主人公の気持ち。 この作品に関しては女性読者よりも男性読者の方がより理解できることは間違いのないところ。 もちろん、豊島さんの作品を読む男女比率は2対8ぐらいであろうから、女性読者に対して、男性の本当の優しさを精一杯表現していると言えばそれまでなんだが・・・ 腐れ縁的友人の憲の友情も読ませどころとなっているがこれこそ真の男の友情と言ったらいいであろう。 不器用でどんくさいけど自分の信念を持っている主人公にエールを送りたい。 アツコちゃん、しあわせものだよ、きみは・・・ 文庫本の裏に“女の子のための三つのストーリー”と書いてあるが、この言葉に物議を醸したい(笑) 女性作家でこれだけ男性の気持ちを描けるのは驚愕物であると言えよう。 全体を通しては表題作と残りの2編との出来栄えの差が顕著に表れている。 もっとも表題作は娯楽作品、残り2編は心を揺さぶる作品ということなんだろうが・・・ 敢えて表題作をリライトしなかったのは作者の大いなる自信の表れであると受け取りたい。 逆に言えば「青色チェリー」を書いたから“豊島ミホという作家が前途を誤ることなく進んでくることが出来た”とも言えよう。 それにしても約3年間のあいだにこれほど成長するものなのだろうか。 私の言ってることが間違いじゃないと信じてもらうために、本作を手に取ることを是非オススメする。 豊島ミホ・・・素敵な物語を書く作家である。 評価8点 ... 『檸檬のころ』 豊島ミホ (幻冬舎) - 2006年05月08日(月) 豊島 ミホ / 幻冬舎(2005/03) Amazonランキング:42,840位 Amazonおすすめ度: ![]() 高校の同級生なのでは?と思えるほど 漫画っぽい 「成就」しない青春小説もビターで良いな<現代に生きる人の為の文学作品> 作者の豊島ミホさんは1982年秋田生まれの24歳。 2002年新潮社主催の第1回Rー18賞の読者賞を受賞、プロデビュー。 最新作の『夜の朝顔』を含めて現在まで6作品を上梓している。 年齢が近い島本理生さんと作風比較してみたい。 島本理生さんとの違いは、豊島さんの方が適度にスパイスの効いた文章を書くと言った感じでしょうか。 ひと言で言えば島本さんが“純粋”な気持ちを描写した小説、豊島さんが“素直”な気持ちを描写した小説と言えそうです。 島本さんの登場人物の方が“刹那主義”的な生き方をしているような気がする。 現段階では島本さんが“恋愛”に重きを置いた青春恋愛小説の書き手、豊島さんは“青春”に重きを置いた青春恋愛小説の書き手と言ったら良いのであろうかと思われる。 いずれにしても両名とも“これからの文壇を背負って立つべく逸材であることは間違いない”と断言したい。 さて本作、本当に読ませてくれます。 東北の片田舎コンビニもない高校が舞台。 女性主人公だけでなく男性主人公も登場(中には担任の先生も登場)する。 テクニック的にも連作短編集のもたらす特性・・・(登場人物を上手く繋げている)を十分に生かしきっている。 最後のあとがきにおいて作者が自分の高校時代とは違うって言っているがはたしてどうなのだろう。 人を成長させる大きな要素って何だろう? その答えを本書にて豊島さんは読者に明確にしてくれている。 それは“失恋”と“別れ”である。 このふたつの言葉は人生において表裏一体となっているからだ。 全7編からなるが「ラブソング」と「雪の降る町、春に散る花」が秀逸。 どちらも切なく胸キュン物で、前述した“失恋”と“別れ”が凝縮されている。 若い頃の恋愛って相手が唯一無二の存在。いったん思い込んだら、どうしてもとどめることができない世界。 辻本君に失恋しちゃった恵ちゃん、あなたはフィクションとは思えないほどとっても読者に身近です(笑) ラストの野球部のエース佐々木君と吹奏楽部の加代子ちゃん。 ふたりのなれそめに始まって、別れる(というか離れる)までの過程が読者の胸に突き刺ささって離れない。 まるで同じ教室で同じ授業を受けたクラスメートのような感覚でもって、2人の旅立ち(あえて別れじゃなくってこの言葉を使わせていただきますね)を見送った自分を誇りに思いたいような気分。 寂しい気持ちもあるが、安心感も漂う。 お互いが心の糧となっていることを見届けれたからだ。 反面、作者の豊島さんはあの年代特有の普遍的な悩み・苦しみを比較的淡々と語っているようにも見受けられる。 先に比較した島本さんが“切実”なら、豊島さんは“淡々”という言葉があてはまるかな? いや“淡々”という言葉は誤解を招くかもしれない。 淡々と書きながら最後には酸っぱく終わるのが本作の特徴なのであるから。 まるで檸檬の如く(笑) そのあたり感性豊かな女性読者に聞いてみたい気もするのであるが・・・ 若い頃って本当に小さなことで悩みますよね。 本作に登場するどの登場人物も悩んでいます。 もちろん、当事者にとっては小さなことではありません。 まさに、生きるか死ぬか・・・ハムレットの世界なのです。 ある読者には懐かしいあの頃を思い起こさせてくれ、また登場人物と同年代の方が読んだら隣の席のあの子って作中の○○にそっくりだと共感できそうな話。 少し傷つきにくくなったあなたにも是非読んで欲しいなと思ったりする。 かつて梶井基次郎の文学作品『檸檬』を読んだような感覚で読んで欲しい。 なぜなら生きてきてよかったというしあわせを感じる名作であるからだ。 個人的には、好きな女性に本作のような作品をプレゼントしたい衝動に駆られた。 きっと受け取って読まれた方にとって“忘れられない1冊”となりそうだからだ。 そう男性読者に思わせてくれる豊島さん、あなたは凄い。 これから追いかけますので待っててくださいね。 評価9点 オススメ 公式ブログ 告知板としま ...
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