デイズ
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2003年09月30日(火) サービス残業

日勤終わってから(というか実際は、仕事が残っていたけど強制的に参加させられた)病院主催の勉強会に行きました。
当然のように後半は爆睡。
だって4日勤の3日目だもん、仕方ないよ。

勉強会終わったのが19時、そこから20時半まで残って記録物を書く私…。
サービス残業なんて、嫌いです。

っていうか、こんなに仕事が残っている原因のひとつは学生さん。
昨日から病院と同じ系列の学校の看護学生さんが実習に来てるんです。
その学生さんのおかげで、何をするにも学生に説明しながらやらなきゃだし、ベビーの沐浴も学生さんがのろのろとやるし、で業務が全然はかどらないのです。
はっきり言って、邪魔。
でも、そんなに邪険に扱うこともできずにいるので、余計にストレスが…。

今日は、前置胎盤(胎盤が子宮の出口付近についているため、下からのお産ができない。しかも大量出血が起きやすいので危険が大きい)で管理入院していた35週の妊婦さんが、大量出血を起こして緊急帝王切開になったのです。
赤ちゃんはなんとか元気そうなので、NICU(赤ちゃんの集中治療室)に行かなくてもよさそうとのことで、産科管理、つまり新生児室でみることに。
そのあと、多呼吸とか低血糖とか、何度もNICU転科になりそうなラインぎりぎりで経過していたので、記録がとってもたくさん必要で、他にも赤ちゃんは10人以上いて、邪魔な学生がいて、でほんとに疲れた一日でした。

さて、明日は4日勤ラストです。

2003年09月28日(日) 云わば戦闘服

久々(1ヶ月半くらい)にお産をとりました。
18歳のお母さんと、19歳のパパさん。

そういえば、私、「ママ」と「お父さん」ってあまり使わない。たいていお母さんとパパさん。

とってもいいお産でした。
急にお産が進んでびっくりはしたんですけどね。
でも、赤ちゃんも元気にちゅるんと出たし、ドクタもごちゃごちゃ言わないし、とってもよかったです。

特に、印象に残ったのは、赤ちゃんが生まれた瞬間、お母さんが泣いていて、そのお母さんにパパさんがちゅっとキスをしたこと。
一瞬だったけど、私は見逃しませんでしたよ。
いや〜若いカップルはよいね。らぶらぶです。

私、お産のときは赤ちゃんが元気なら、赤ちゃん生まれた瞬間に性別は言わないで、お母さんとパパさんに直接性別を見てもらって、ついでにへその緒を切るところも見てもらっています。
そのときも、こっちがびっくりするくらい喜んでもらっちゃって、ほんとに楽しいお産でした。

いつもはだるだるしている私も、ナース服を着ると気持ちと顔が変わるし、それがさらに分娩の際、分娩衣(手術着と同じもの)を着ると、“ここが私のテリトリー”って気分になります。云わば戦闘服。
分娩室はある意味、戦場。なるべく血は流さないようにするけどね。

2003年09月24日(水) 餃子恋しや

間近に迫ってきた某学会で、一緒に研究したS科の友だち数名が発表をするので、そのお手伝いをちょこちょこしています。
発表原稿の見直しとか、パワーポイントの制作・修正とか。
会って話せる程、距離が近くないので、もちろんメールでファイル交換しながら。パワーポイントのファイルはさすがに重いです。>画像があるからでは?

学会の日は、無事にお休みをいただいたので、発表を聴きに行けることに。
今度はU市でミニ同期会になるかな。しかもU市と言えば、餃子でしょ!

その学会の案内が今日、届いていたのですが、K市の看護大に在学中、お世話になった先生も3人ほど、発表されるみたいです。
S科の子の発表と重ならなかったら、行けるかな、と。
A達先生は、去年会ったのでたぶん覚えていると思うのですが、K村先生・K脇先生は覚えてないだろうな…。いいんだけどね。

2003年09月22日(月) 薄幸の

街角で、「あなたの幸せを祈らせて下さい」って声をかけてくる方々いますよね。
私、あの方々に声をかけられやすいのです。しかも、急いでいても断れないので、結局、街中に立ち尽くして、目まで瞑らされて、祈られてしまいます。
恥ずかしいー。
年に2〜3回は確実にあるんですよね。どこに住んでても…。
そんなに私の顔って、「祈ってあげないと!」と彼らに強く思わせてしまう不幸顔なんでしょうか。

そんな悩みを、同期に話したところ、「あー、確かに。よく声かけられそうなかんじ」と嬉々として言われました。
さらに「でも、不幸そうってわけじゃなく、断らなさそうって意味だよ」と慌てて、追加されましたけど…。

同じ悩みを、某入院妊婦さん(21)に話したところ、「うんうん!ちょっと不幸っぽいかも。祈らなきゃって思ったんだよ、きっと」とにこにこ顔で断言されました。

そんな、患者さんにまで言われるほど、幸薄さげな私ってどうよ。

2003年09月20日(土) でびゅー

昨日、今日と準夜でした。
しかも初ベビー係の。
ほんとは、初めての係に入るときには、2回目まではダブルと言って先輩が業務を教えてくれることになっているのですが、いろいろ忙しく先輩曰く、「できるよね、とりあえずやって」と。
できる・できないじゃなく、していいの?ってかんじだったのですが、仕方ないないです。
オペ患(手術患者さん)は2人も未帰室(手術中ってことです)で、いつお迎えに呼ばれるかわからなかったし、陣痛室にもふたり産婦さんがいたので。


で、黙々と業務をこなしつつ、ベビーちゃんと戯れつつ時間が過ぎ、深夜のベビー係は誰?と見ると…。スーパー気分屋さんなY先輩。それを知った瞬間、背中に悪寒が。
この方に、仕事を残しておいたり、もれがあると、大変なのです。

その後、Y先輩が来るまでどれだけ緊張したことか。

何事もなく終わり、よかったよかったと思う反面、次からひとりなのに、こんなよくわからないまま仕事をしてていいのか、とも考えてしまうのでした。

2003年09月17日(水) ランド再上陸

同期のEとディズニーランドに行って来ました。
かんかんにいいお天気だったので、4回くらい日焼け止めを塗りつつ。

とにかく楽しい楽しいでうっきうき。

今回こそは、パレードで踊りましたよ。

すっきり爽快。

残ったのは、日焼けの跡と、写真と、想い出と、仕事へのヤル気(これは半分くらい)。

今年中にもう一度行きたいなぁ。でもクリスマスイベント期間は、避けたいかな。カップルだらけだからね。


2003年09月16日(火) Yちゃん

夏休み明けから、日日半深深の5連勤。3連勤すら辛いという友人もいますが、ウィークディ5連勤(しかも5日勤)のOLさんたちに比べればマシなはず。
ってわけで、夜勤明けです。
なのに、送別会があったので、再び出動。牛角です。
飲み放題をがんがん飲んで、コースの品を黙々と平らげる私たちのテーブル。たくましいですね。

今回移動になる、Yちゃん。
私より2コ年上で、去年まで同じ系列の病院で5年働いていたベテランナース。なのに、春からうちの病院に来て、病棟が変わったものだから、私たち1年生と同期になって、いったいどんな気持ちだったのかな。きっととても複雑。
なのに、今日、Yちゃんが私たちをほんとに同期だと思ってることを知って、かなりうれしかったです。
きれいで、仕事ができて、患者さんにも優しくて、私たちと一緒にばかなことで盛り上がってくれたYちゃん。
移動になっても、元気でね。ま、隣の科だし、産科と小児科は浅からぬ関係だし。また、きっと遊ぼうね。

2003年09月15日(月) メキシカン

Eと寮の近くのいい雰囲気のメキシコ料理屋さんに行ってきました。
タコスもサラダも、名前忘れたけどその他の料理もかなり美味!!はまる味でした。お酒もかなり美味しい(特にラムベースのカクテルが)し。
店員さんも、カクテルの説明をちゃんとしてくれる丁寧な方で、かんじいいし。月1くらいで通って、常連さんになりたいなぁ。

2003年09月11日(木) 遠くにありて

明日からまたお仕事です。
実家に帰省すると、仕事に戻るのがほんとに嫌で嫌でたまらなくなります。実家に根を張ってしまいたいくらい。
でも、きっとそれは、帰省だから。もう6年もひとり暮らしをしている私には、実家で家族と暮らすことはちょっと難しい。
つまり、離れてこその実家。遠くにありて想うもの。

2003年09月09日(火) 圧巻

予備校の午後の講義をさぼった弟�△畔譴函◆嶌惰�市」を観て来ました。
感想は一言、「圧巻」。
予想以上でした。ベネチア国際映画祭で監督賞などの賞を取った作品ですが、なるほどと納得。おもしろいです。特に、ラストの村祭りの草履タップダンスのシーン。あれだけのためにお金払ってもう一度観てもいいな、と思いました。

ところで、弟�◆�
楽しく浪人生をやっているわけですが、私が帰省すると、変な理由をつけて予備校をサボりがちになり、なぜか私が母に怒られます。私が悪いのか?

2003年09月08日(月) M→S

昨日の夜のように、ふたりに朝ごはんを食べさせて、私も朝ごはん。
そして、ご飯後のひと眠りを終えたふたりと、Oさんとでお散歩に。
日本一紫外線が強いと言われるM市。さすがに、じりじりと焼けそうな陽射し。そんな中を、ふたご用ベビーカーを押して歩くこと30分。大きな公園に到着。
帽子をかぶせて、靴を履かせて、水分とちょっとのおやつをあげてから、あんよスタート。1歳2ヶ月のわりにあんよの上手なNちゃんとSちゃん。いきなり進路をかえたり、しゃがみこんだり、とフェイント上手。かなり弄ばれました。ふたごちゃんの散歩は大変。目も手も足も倍必要。とってもいい運動になりました。
1時間くらい公園で遊んで、帰宅。確実に肌が赤くなってきてますが、見ないふり。

お昼を食べて(もちろんふたりにもあげながら)、一息ついて、さて、名残惜しい別れの時間。
ちょっとだけ泣きそうでした。

またすぐ会えるはず。でも、きっとふたりは想像以上に大きくなっていて、きっとまた会ってすぐは緊張してるんだろうな。
今回、Oさんご家族に会って、改めてOさんに会って、Oさんのお産を担当して、その後も仲良くしてもらっていることに大感謝した私なのでした。

M市を出て実家へ。
S市に着いたら、珍しく父がお迎えに。
何かと思えば、「これから沖縄料理を食べに行くぞ」と。
父よ、あなたも親バカだよ。と思いつつにこにこでGO。弟�△畔譴箸盥舂�して、お店へ。
おいしかったです。特にソーキそば。また来なきゃ。

2003年09月07日(日) 私もママよ

朝、一緒に泊まったAとホテルをチェックアウトして、またねのばいばい。
Oさんのお迎えで、半年ぶりのOさん宅へ。
Oさん宅ではNちゃんとSちゃん(1歳2ヶ月のプリティふたごちゃん)とパパさんが歓迎してくれました。しかもNちゃんとSちゃんは、私がプレゼントしたワンピを着て。
もうこのワンピ、おそろいのブルマ(っていうかオムツの上に履くパンツ)を履くのですが、それが、もう!想像以上にぷりてぃー!!お姉さんは大興奮です。
一緒にいて、だんだんとNちゃんとSちゃんの緊張が解けていくのがわかりました。最初は「なんか知ってる気がするけど誰?はずかしー」って感じで、Oさんやパパさんの後ろからちろちろ見ているだけ。だんだん近づいて来て、ついには抱っこをねだられたり、抱きついてきたりします。こういうのってもう…言葉にならない嬉しさ。

でもって、5人で再びお出かけ。
写真屋さんで、5人で記念撮影です。写真屋のおじさんに「こちらは妹さん?」って私の存在を疑問視していましたが、はっきり言って「他人」です。Oさんが、「第二のママです」なんて言うから、おじさん??ってかんじでしたけど、まぁいいか。

写真撮影の後、Oさんのママだち(ママ(子どものいる)の友だちの略)のお店へ。
M市にいた頃、2回かな、Oさんたちと食べに来ましたが、やっぱりここのパスタはおいしいです。そして、ここのお子さんはいい離乳食食べてます。なんて言っても、ポタージュもパンも自家製ですから。

おうちに戻る頃、NちゃんとSちゃんはお昼寝モード。
パパさんにお任せして、Oさんと私は地元で評判の巨峰ソフトクリームを食べに。
ほんとうに巨峰の味。濃厚だけど甘さはすっきりで、おいしー。

夕飯の準備まで、2時間ほど、いろんな話をOさんとしました。開口一番「まず聞かなきゃって思ってたんだけど、カレシは?」だったのには驚きましたけど。

Oさんが夕飯準備中、ひたすらNちゃんとSちゃん遊ぶ私。
食事ができたら、ひたすら自分の口とふたりの口にご飯を運ぶ私。
幸せです。
ふたりが寝た後、パパさんと呑みスタート。この夜、純粋アルコール300ml分くらいアルコールを飲みました。さすがに軽く酔った感じ。弱くなったなーと感じた夜でした。

2003年09月06日(土) 偏りあり

同窓会です。
S科全体の同窓会なので、ウン10年も昔の先輩なんかも来ます。もちろん去年、私たちが出席したように、在校生(私からみて1年後輩)も出席しています。
今回は計60人くらいが参加していたのですが、その中で同期の子が11人。同期の子のひとりが研究発表するので、前もって示し合わせていたからなわけわけですが。
この同窓会、毎年テーマがあってそれに沿った、研究発表や講演会が6時間ほど行われます。
今年のテーマは「不妊症」。
去年は確か「性教育」。
毎年こうやって勉強していくってよいな、と思います。同期の子とも会えるし。

いまや10組に1組の夫婦(カップル)が不妊に悩んでいると言われています。それに対して、さまざまな最新技術で治療が行われている反面、依然として、「石女(うまずめ)」とか「種なし」などと、下世話下劣で品性の疑われるようなことを言う人もいるわけです。
なんだかなー。
私としては、不妊治療を受けるのも夫婦の自由、不妊でない夫婦が子どもを望まないのも夫婦の自由、だと考えています。
日本民族が絶滅するから、産めよ増やせよ(戦時中かよ、時代錯誤も甚だしい)、という方もいます。
でも、少子高齢社会で、日本人が絶滅するならしろってかんじ。
産む自由も、産まない自由も、女性(と女性に付属(笑)する夫)のものです。
こんな考えの私。ちょっと偏ったフェミニストですから。

同窓会が終わってから、同期で飲み会。
明日、仕事のある子もいたので、徐々に人数は減りましたが、とっても楽しい4時間でした。料理もお酒もおいしいしさ。
ホテルに戻って、さらに3人でおしゃべり。
ココロ晴れ晴れです。

2003年09月05日(金) お休みのすごし方

深夜明けです。
さて、明日から6連休の夏休み第2弾。
初日はM市に帰って、専攻科の同窓会&飲み会。
2〜3日目はOさんちにお泊り&Oさんちのパパさんと飲み会。
3〜6日目は実家で静養。
というメニュウ。

幸せ。

明日は5時半に家を出て、6時頃の特急の始発に乗らなきゃなので、もう寝ます。

2003年09月03日(水) 仕事の領分

日勤でした。
昨日はK嬢に「明日は分娩ないといいなぁ」などとボヤいた私。
そういうことを言ってしまうと、願いは叶わなくなるものなのです。

そ、一番ではないけど二番目にうへぇって感じの勤務内容。

朝、病棟に行ったら進行者(陣痛や破水で入院してお産間近な方)ゼロ。
よしよし、とにこにこしていたら…。
35週(正期産は37週から。35週は早産)で、骨盤位(つまり逆子ちゃん)の方が破水(陣痛が始まる前の破水は赤ちゃんに胎内感染が起こるリスクあり)したとの情報が入りました。
骨盤位は、頭位(赤ちゃんはたいてい、頭を下向きにして子宮内にいます)う比べて、お産のリスクが高いのですが、経産婦さんだったし、35週で赤ちゃんも2000g以上ありそうだったので、経膣(普通の下から産むお産)かな、と思ったのですが、ドクタから説得(余計なことをしやがって!)されたらしく、帝王切開(おなか切って赤ちゃんを出すお産)に決定。
しかも、緊急です。
入院のアナムネとって、診察して、NST(陣痛の有無、赤ちゃんの心拍を見ます)とって、心電図とって、点滴つないで、手術の説明して、剃毛して、までは分娩係の私がやるのは当たり前なのですが、なぜかプレメデ(手術の30分前くらいに薬を投与(たいてい筋肉注射)すること)もオペ出し(手術室まで患者さんを連れて行くこと)も私がやって、そのまま私はベビーキャッチ(産婦さんのおなかから赤ちゃんを出すまでがドクタの仕事、生まれた赤ちゃんが元気かどうか診て判断するのは助産師(分娩係)の仕事)に入りました。
忙しいっつーの。
プレメデとオペ出しは、Y先輩がやるべきで、その間に私は手術室に入って手術着に着替えたりしなければならなかったわけで…。
でも、先輩に「おまえの仕事だよ」なんて言えるわけもなく…。
ま、このくらい忙しくてもミスなく、ひとりでできるんだな、ってことはわかりました。なので、よしとします。

そんなこんなで、生まれた赤ちゃん2100gくらいのちっちゃい男の子。元気でよかった。

2003年09月02日(火) でぇと

K嬢とデェトしてきました。
ジョイポリスと温泉。

待ち合わせしてまずは昼食、しかも焼肉。このへんが私とK嬢らしいっちゃらしい。
焼肉はそれなりのお値段かけた方が、やっぱりおいしいね、っていう結論。

その後ジョイポリスへ。
背筋の凍るような体験を求めて入ったアトラクション(?)「かごめ唄」。
某娘。の声が3Dサウンドでヘッドフォンから聞こえてきて、その音と暗闇と座っているイスががたがた動くことで、恐怖を煽るもの。
私としては、この状況で触覚(突然肩なでられるとかね)があればもっとずっと怖いだろうな、と考えながら聴いてました。
でも、娘。ファンなら必聴ですよ。
いちばん面白かったのは、ミステリーウォークという推理アトラクション。
K嬢と一緒に探偵さんをしました。
ストーリー自体は簡単で、この推理が解けない人っているの?なレベルでしたけど、歩き回って情報集めるのが楽しかったです。

ジョイポリスで16時頃まで遊んで、K嬢の提案で温泉へ。
大江戸温泉物語です。
初めて行ったのですが、想像以上におもしろいとこでした。
浴衣を自分で選べる(ちなみに私は仙台高尾っていう美人絵が背にある浴衣)のも楽しいし、施設全体が江戸(?)っぽいのも面白いし、温泉もいろいろあって◎でした。
2ヶ月に1度くらい通ってもいいな、と。
次は男物の浴衣をかっこよく着る予定。

さて、明日・明後日仕事をして、その後は夏休みですvv

2003年09月01日(月) 悪酔い

夜勤明けて献血に行って来ました。
その後昼食に、スタバでキャラメル・ラテを飲んだのですが…やっぱりだめでした。
コーヒーの匂いに撃沈↓↓ 激しく酔ってしまいました。
最近は大丈夫になったと思っていただけに、油断してました。

酔いが回復してからGAPへ。
フィッテングルームのおねぇさんが、とてもキレイですてきでした。
また買いに行くことに決定。

ゆそか