“待てど暮らせど来ぬひとを 宵待ち草のやるせなさ” 待つのが嫌いである。待たされるくらいなら、損を承知で引き返す。 並んで順番を待つ福袋なんぞ買ったことがない。行列のできる店なんて大嫌いだ。 集団心理から一人逸脱して、自分が何かいきなり物乞いの最後尾に立ったような 侘しい、惨めったらしい、貧乏くさい心境に、否が応でも陥ってしまうからである。
子供の頃から遅刻魔で、短い半生のうちにどれだけお世話になった人々を 厚かましく待たせてきたか知れないが、いざ立場が変われば、何かを、誰かを 当て所なく待ちわびるとは、およそあれほど苦痛なものはないのではないか。 待つことが苦にならないという人は、倦まずに待つ「コツ」があるなら伝授して 欲しいと本気で思うほど、まず類い稀な才能の持ち主であるとアタシは信じる。
“待つわ いつまでも待つわ 他の誰かに貴方が振られる日まで” 待つという行為のその先には、強かに見越した計算があって然るべきであるが 腰が重いくせに「焦らす」という挑発に遭うと、弾かれたように一転勝負に出る。 これも妙な性癖である。ちょっとだけ大人しく待てば海路の日和であろうものを。 (…とここまで書いて、計算低い自分がオセロで勝てない理由も自ずと判明(-_-;))
象徴的なのは、朝のラッシュ時、魔の通勤電車に乗る際である。 最寄駅は有難いことに始発であるから、その気になれば座って行けるのだ。 ところが、一つ躓けばアウト!という危ない橋を渡る癖のあるアタシには 一本電車をやり過ごせば座れると分かっていても、殆ど毎朝そんな余裕はない。 また、少々早めに着き、ホームに並んで次のに乗っても悠々間に合うという時でさえ 折角早く出たのだから、その分目的地に早く着かなければ損だという気に なってしまい、結局、既に座席の埋まった電車に乗り込んでしまっている。 乗り換え駅までたっぷり30分立って揺られることを思えば、静止したホームに ほんの2〜3分並ぶ方がよほど楽なのに、どういう訳だかそれが出来ない。
煮え切らない状態が続くのに耐えられない。身悶えるようなもどかしさに音を上げて 気の変わらぬうちにと、ひと思いに決着をつけようとして、何度早まったことか。 つくねんと待つ間、見る見るうちに膨れ上がる猜疑が羞恥へと変化し、苛立ちが募り 放ったらかされるとは即ち、侮辱に他ならないではないかという思いに固執する ようになると、あとは躊躇する間もなく決起し、自爆テロへと突っ走る。 持論。愛とは、待つこと、信じること、耐えること… であろう筈がない。 もしそれが真実なら、愛とは、多分に被虐と屈辱の要素を孕んでいることになる。
『久しぶりにかけてみたら、なかなか出ないからさぁ』 「精々3コールくらいで切っちゃったでしょう。全く気の短い男ね!」 『何言ってんだよ、108回くらい鳴らしたよ』「うそだ(`◇´)」 『まあ君と俺とでは、きっとテンポが違うんだよ』
愛とは待つことではなく、待たせた相手を許すことである。
今朝は二度寝のせいで寝坊して、5分遅刻してしまった。 ま、いいだろう。誰もこのアタシを叱ることなど出来はしない…。 今週に入ってからほぼずっと、日付の変わる時刻ギリギリの帰還である。 しかも、毎日休憩も取らず、昼食ももちろん取らずに、よ?(-_-;)
綿のように疲れ泥のように眠りたくとも、帰ってからまだ仕事が待っている。 メールチェックすると必ず、上司の指示書がたんまり届いており それに目を通し手帳に書き写さないことには(プリンター故障中のため) 一日の業務が完了しないのだ。このダーホ!夜くらい寝かせろ!(`◇´) 化粧も落とさずベッドにダイビングすると、一気に沈没して朝になる。
来月オフィスを移転する前に、何が何でもメドをつけておきたいことは 山ほどあるのだが、物理的に不可能だと告げたにも拘らずやれと言う。 それも一人で。 ……なんでやねん。これも人生ってやつなのか島倉。 大体この年になって、何故今からこんな分厚い医学書なんか 読まなきゃならないのか。アタシは文系だってあれほど言ったのに。 言ったのに…
明日はやっと、待ちに待った土曜日♪( ^)o(^ ) の筈が、めでたく休日出勤と相成った。もーしあわせだわぁ……(T◇T) つめたい雨に芯まで冷えた身体を温めようと、再び引っ張り出した こたつに丸まり、女はただ一人、弱々しい溜め息をついて考えた。
過労死させられる前に、また別の就職先探そうか。
黄金連休の谷間である。しかし、うちの会社は見事に暦どおり…。
このところ連日の残業でかなりバテており、帰宅するなりひっくり返っている。 最初の3連休は思う存分寝て過ごそうと思っていたら、爆睡中に上司から 携帯電話にかかってきて、昼下がりの至福の時をブチ破られたりする。 『昨夜は仕事してるのに、後ろで騒がしくして悪かった』いーえ別に(∋_∈) 『お休みのところ御免ね。じゃ、これからにゅうよーくへ発ちます』 …それだけ言うために起こしたんか(-"-;)
昨日の朝夕の電車は、魔の埼京線並みに混んでいた。当てが外れて憮然としたが 10連休をあえて取らない人って意外と多いんだなぁ、とささやかな連帯感。 じゃあいつも通り早めにホームに並んで座らなきゃ、なんて思っていたら果して今日は ガラガラの車内。地上に出て見ると朝の外堀通りには珍しく、走っている車が少ない。 朝陽を受けて聳える東京タワーの先っちょが、いつにも増して清々しい。 早く着いた分、ドトール(スタバは全席禁煙なので行かない)でコーシー飲んじゃった。 出勤時のこんな余裕は年に1回あるかないか。しかも、上司が出張中で不在なので 昼休みに不当な用事を言いつけられることもなく、1時間きっちり休憩取れたし。 ああ、本当にいつもこうならな〜(*μ_μ)□~~
電話も殆ど鳴らずのんべんだらりしていると、午後、突如メガホンでがなる大音量。 窓から見下ろせば、プラカードを掲げた行列がシュプレヒコールをあげながら ホコ天状態の大通りをぞろぞろ徒党を組んで流れて行く。かなりの人数である。 そう言えばメーデーだった。郊外の研究室からやって来たばかりの同僚は わあ♪こういうの初めて見た(*゚▽゚*) と一人はしゃいでいた。
帰りの電車では、英字新聞を広げて読む外国人男性の隣が空いたのでそこに座った。 うつらうつらしかけると隣の携帯が鳴り、第一声はほぼ間違いなく「へろう」だと ぼんやり予期していたら「もしもし」と出て、セイン・カミュとまでは行かなくても よどみのない日本語で喋り出したものだから、んっ?と一瞬目が覚めた。 「今ね、西新宿5丁目。あと20分くらいで着く」電話の相手は日本人妻だな(¬。¬) 周囲の乗客も同様に意外だったのか、皆その外人の方をじろじろ見ている。 アタシも外国人に縁付いたとしたら、英語は上手くなるだろうけど やっぱりいずれ日本を離れて暮らさなくてはならないかしら…親はどう言うかなぁ。 何せ半分寝ぼけているから思考は取りとめがない。ふと我に返ると その外人はあっさり英語に切り替えて会話しており、See You と電話を切って 終点のひとつ手前で降りて行った。家ではきっと愛妻とハーフの乳児がお出迎えね。 アタシはこれからIMAに寄って、夕食買って帰るとします。
さて、あと1日気張らなきゃヽ(。-。-。)ノ
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