みちる草紙

2002年08月09日(金) 熱闘甲子園(*^o^*)

先ずは我が母校に… 1回戦突破おめでとう!



ナインがみんなお人好しそ〜な顔つきなので、こりゃ初戦敗退も覚悟せねば…
…と悲観的に構えていたのだけれど。よっしゃあああ!でかした!(〃⌒∇⌒〃)ノ

仕事で、リアルタイムの試合は観られなかったため、帰宅後TVを点けたら
どのチャンネルも、田中真紀子議員辞職のニュースで持ちきりだった。うーむ(-_-;)
秘書給与流用疑惑ねぇ…。うちの会長なんか、ビンボーな秘書に平気で金は借りるし
弁当買いに行かせといて、毎回立て替え金踏み倒そうとするんだぞ。



2002年08月07日(水) Baseball Kid's Rock

たった2日だけもらえた夏休みを終え、早朝から炎熱の都心に出勤した。

「おはようございまぁす。お休みをありがとうございました〜♪(。・。・。)ノ」
と、例によって始業ギリギリにドアを開けると、椅子に座るか座らないうちに
『お久しぶりです楽しかったですかお休みは早速ですが行って欲しい所があります!』
挨拶もそこそこ、休み明けのリハビリの間もなく任務を仰せつかったのであった。
電車を降りるや、異様に狭い改札と出口を潜り抜け、ハンカチで汗を押さえながら
少しでも歩く速度を緩めたら即遅刻という危ない橋をゼイゼイ息を切らして渡り
やっとエアコンの利いたオフィスに辿り着いた、と思ったらこれだもん(-o-;)

『場所は大手町だから、歩いて行けなくもないくらい近いですよ』
同僚Tは、気立ての良いアタシですら思わず殺意を覚えそうなことを平気で言う。
冗談だろう、5分で全身グリルされそうなこのクソ暑、いや熱い中を。
ああ、アタシが哀しきヒラ社員でなければ、300m先だろうがタクシーで行くものを。
しかし一瞬でも腰掛けると根が生えそうだし、時間がないので書類を引っ抱えて
日傘を引っつかみ、すぐに出かけなければならなかった。くっそー。
こうあたふたセカセカするのって、ホントは性に合わないのに〜(-"-;)y-~~
三田線のホームは、ドアの開閉位置に立派な門構えがある割には空調の利きが甘く
電車を待っている間に、急ぎ足で脈拍の上がった身内から汗がドクドク噴き出した。
熱気のこもった電話ボックスに飛び込んだような、室外以上のサウナ地獄である。

指定の場所に着き社長を待った。またくそ暑いのに真っ黒いスーツとサングラスで
現れるんだろうか、とか思いながらロビーに入ってくる人を必死に見分けていると
背後から『甲子園出場おめでとう!』と肩を叩かれた(-_-;)

「ご、ご存知でしたか」
『やったじゃん、地元はすごい沸いただろうねぇ?』

…そうだった。“実家に帰省する”とセコイ嘘こいて休暇をせしめたんだっけ。

「そそ、そ〜なんです。アタシんち高校のすぐソバなもんですから、パレードが
うるさくってぇ(^◇^;)」…前回出場した時はどうだったっけか(←思い出し中)
『応援に行くの?』
「行く(←行ける、が正しい)訳ないじゃありませんか…」
『へーどうして』
「どうしてって…(��o��)」(←これを口実にまた休みがもらえないか考え中)

アタシの郷里は四国の田舎なのだが、母校は野球が少々強いことで知られていた。
高校2年の時にも晴れて出場を果たし、夏期講習返上で応援に行かされたものである。
夜中にフェリー(当時は瀬戸大橋架橋前)で出港し、広島でバス1台にクラス全員が
押し込まれ甲子園入りする。あの時は雨で、合羽で蒸れながら声援を送ったっけ。
試合には勝ったが、帰りのバスのTVで、日航機が墜落したニュースを見た。
その日の晩はバス車中で1泊(マジです)し、明け方の夢うつつの中、先生方が
ヒソヒソ『坂本九乗っとったんじゃとなぁ』と囁き合うのをボンヤリ耳にした。
その年、我が校が甲子園での初勝利を飾ったのは、御巣高山の悲劇の
まさにその日であった。

あれから何年経ったのだろう。にわかヒーローとなった野球部員たちも、今頃は
平凡で幸福な家庭を築き『ワシが出た時は…』などと2世に語っているのかしら。
(アタシが妻なら「次の試合ですぐ負けたけど」と余計なことを言って険悪になるだろう)
Wカップすら一度も観なかったほど、スポーツ観戦に興味のない人間ではあるが
今回は休暇がかかっている。初戦の日は仕事で先ず観られないが、せめて2試合目
くらいまでは粘って欲しいものである。実に11年ぶり、久々の檜舞台だし。


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