睦月の戯言御伽草子〜雪の一片〜 Copyright (C) 2002-2015 Milk Mutuki. All rights reserved
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いつものような騒がしさで目がさめた。 なんだみんな戻ってるじゃないか、面倒な旅なんかしなくていいんだと呟きながら少しがっかりもしていた。 「ゆきさんゆきさん!!」 ほかに客が残ってたんだな、それは夜中にきたかな?なんて思っていたら小さな子が部屋に駆け込んできた。 「起きていらっしゃいますか?」 やけに丁寧な言葉使いの子供だなと思いながらぶっきらぼうに答えた 「みてのとおりだよ」 「旅支度なさってないんですね、ゆきさん、やっぱりご主人のおっしゃったとおりだ。お手伝いしますね。なにから入れましょう」 早口でまくし立てながら部屋の中をごそごそしだした。 「で、ゆきさんってだれ?」 「あなたのことですよ〜。僕たち兄弟の間ではあなたはゆきさんでとおってるんです。雪といっしょに降って来ましたから。」といって笑っている。 「お名前覚えていらっしゃらないのでしょう?それならなおさら必要ですからゆきさんで良いじゃないですか。これからいっしょに旅するのにお名前呼べないとお話しずらいですから。」 花よりも早口だしちょこまか動いて動物みたいだ。 「あ、失礼しました。僕は今日からお供させていただきます六地蔵の末っ子ですよろしくお願いします。」とちょこんと頭を下げた。
翌朝、珍しく主人が僕の部屋へ来た。 「おはようございます。よくねむれましたか?」 「おはよ〜・・・一応」 「そうですか、お願いがあるので着替えたら茶室にきてくれませんか?」 「うん」 それだけ言うと主人は部屋を出て行った。 宿は昨日までとうってかわって静かだった。いつもはどこかで働いている花の声や使用人をしかる番頭の声が聞こえている時間なのに、とても静かだった。 まわりが何もかも古ぼけてしまったような感じだった。
「実はみなに休暇をだしました」 「休暇?昨日までいた客は?」 「丁度お泊りのお客様も途切れる時期ですから、私一人でなんとかなります。」 「で、僕は手伝えばいいの?」「いえ、いろいろ、みなの様子を見てきたいただきたいのです。」「???」
主人が言うには、みんなの里は三叉路の向こうなのだそうだ。それぞれが家族のところへ戻っているので僕に様子を見てきてほしいというのだ。それなら休暇など出さなければいいのに…
「六地蔵がお供につきますから。」とも言っていた。 「は? 石は歩けないだろう?」といった瞬間、あ、ここなら歩くかもな。とつい笑ってしまった。何しろ僕はここへ来たのは六地蔵に運ばれてきたのだから。
茶室に行くと昨日まで思っていたような不安はなくなった。 いつものようにお湯の沸く音と庭に降る雪の音だけだけれどなんだか安心できる、そんな感じだった。 「ご気分はどうですか?」 「うん、まあまあ」 「そうですか」 「うん」 いつもより短い会話だったけれどそんなことを気にする風もなく主人はお茶の用意をする。 「ごめん今日はお茶いらないよ」 「そうですか?落ち着くと思いますが・・食事のほうがいいようですね」といつものように笑いお膳をだしお重を広げだした。 「御節・・・?」 「そうですよ。あなたは毎年こういうお正月だったようなので」 「?」 「いえいえ、さ、お食べなさい。年越しそばはご用意できませんでしたが、お雑煮も用意できますよ。板長に頼んだら喜んで作ってくれましたからおいしいですよ。おうちの味とは違うでしょうけど」 「うちのあじ・・・?」 なんだか今日の主人は変だ、僕のうちって・・こんなもの食べたろうか? 年越しそば?雑煮・・・? というか、僕のうちって何処だろう? 「さ、お食べなさい。」 小皿に取り分けられた料理の鮮やかさ・・・主人の心地いい声 なんだか何かを思い出させる。なんだろうなんだったろう・・・?
部屋に戻って眠るまでずっと考えつづけ、料理の味などかんじなかった・・・
なんだかだらだらと大晦日がすぎ今日もだらだらと露天と部屋をいったりきたりしている。 主人に呼ばれてはいたが、なんだかお茶の気分ではなかったし静かな茶室に行きたい気分でもない。なんとなく人のざわめきのある、部屋にいると落ち着いたし時折顔を見せる花の明るい声が心地よかった。
椿の女性を見送ったあと僕はどうしていたんだろう。 花が言うには雪の中で眠っていたらしいのだが・・ 「また、地蔵に拾われたかな・・」なんて思いながら笑えるぶん余裕ができたみたいなので茶室に行ってみようかとも思い始めたところへ 「だんなさんが夕餉を一緒にといってらっしゃいますよぉ」と花がやってきた 「そっか、お茶よりいいや・・行くっていっておいてよ」 「かしこまりましたぁ」 もぞもぞと身支度をして茶室へと向かった。
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