睦月の戯言御伽草子〜雪の一片〜 Copyright (C) 2002-2015 Milk Mutuki. All rights reserved
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昨日までは露天風呂ばかり入っていたので内風呂は狭く感じた。 それでもここは林を渡る風の音や木々の香りが感じられた。
外では笙が風呂の火の番をしている。 「ぬるくないですかぁ?」 「うん、でも、お地蔵様にこんなことさせてていいのかなぁ」 「ここでは特に誰が何をしてはいけないって事はないですから、それに兄様達がゆきさんのためなら何でもして差し上げなさいといってたので気にしないでください。私も楽しいですから。」 「そういわれると余計恐縮しちゃうよな。・・・そういえば僕って寝てるとき何か言ってた?」 「いえ、特に何も。ただ苦しそうでした。」 「そっか。」
風の音と薪のはじける音が心地よく苦しかった思い出せない夢のことを忘れさせてくれるようだった。狐は禊って言ってたなぁ・・風呂に入るだけじゃだめなのだろうか?などとうだうだと考えいつものように結局は長風呂になって、狐が用意した軽い朝食はすっかりさめてしまっていた。
「温め直しますね。禊前なので夕べと同じで生臭は出せませんので許してくださいね。」 「気にしなくていいよ。何でも食べれるから。」 「わかりました」 狐は一度お膳を持って奥へ下がっていった。
彼女への淡い思いは鋭い刃物で切り落とされたように無くなった。 無くなったわけではないけれどそんな気持ちを持ったことも忘れたいと願うほど彼女の言葉は鋭く僕の心をえぐった。
大した言葉ではなかったのかもしれない、でも、そのころの僕を支えていた唯一の気持ちだったので僕の中から彼女を消すには本当に雪国で春を待つほどに時間がかかった。そうして好きな音楽にさらにはまっていった。
「ゆきさん!ゆきさん!」
「・・・・ぅ・・うん・・・?」 笙の切羽詰った声に起こされた。 「大丈夫ですか?」 「あ、ああ。もう朝?」 「まだ夜が明けたばかりですが、とても苦しそうだったので起こしてしまいましたすいません。」 「そっか、いいよ。ちょっと外に行って来る。」 「露天ではないけれど湯殿はあるそうですよ。いかれますか?」 「外の空気吸ってからにするよ。笙はもう少し眠ってていいよ。」 「僕はもともと眠ることは無いですから。」
笙の言葉を深く考えもせずフラフラ揺れるからだをゆっくり動かし、外へ出た。 短い春の朝 淡くあけてくる東の空。 苦しい夢だったのは覚えているけれど内容が思い出せない。 「なににうなされたのかな・・」 夢を見るといつもうなされている。 なにが苦しいのか何でこんなに疲れるのか。 「このたびの間に見つかるとよいですね」 振り返ると狐が立っていた。 「旅籠のご主人から少しは伺っています。無理なさらず楽しみながら旅してくださいね。」 「うん・・・ありがとう」 「湯浴みなさってくださいね。そのあと少し禊してもらいますから。」 ゆっくりと昇る朝日を見つめながらこのたびの意味を考え始めた・・
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