マキュキュのからくり日記
マキュキュ
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■ (日記) 辛い事ばかりそう長くは続かない


こんな世の中なので、たまに生きるのが辛くなる。
辛くなると言うよりも、生きている事自体が空しく感じる時がある。
ある程度の基盤が出来上がっている人間はまだ良いのかもしれない。でも、まだ基盤も出来上がらず、暗中模索の中、何かを求め、何かを探し、必死で何かにしがみ付こうともがきながら生きている弱者達は、ちょっとした荒波が来れば途端に溺れそうになってしまう。

楽しい時や嬉しい時はいつだって直ぐに過ぎ去って行くのに、辛い時は永遠に感じてしまうものでもある。

でも、辛さや絶望や失望のすぐ隣り合わせに、喜び事や、楽しみ事や、幸せが有る事もまた事実な訳で・・・、それを感じる前に何かを諦めてしまってはいけないのだと言う事を、今回の挫折で思い知った。

10日中9日が辛い日でも、たった1日がすこぶる良い日なら、人間は生きられるものだ。
そんな事は52年も生きてりゃ、解りきった事では有るんだけど、最後の1つを待たずに諦めたくなるときもあるよね・・・・・・。

でも本当に、もう少しの辛抱でこんなに良い日が来るんだよ・・・と言う事も真実なのだ。
だから、一緒に励ましあいながら危なっかしいながらも生きてみましょうよ。


2008年06月30日(月)
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■ 冬眠ならぬ夏眠をしていました。


アタシは嘘が下手で、何もそんな事まで日記に書かなくても・・・・・・と思われるような事でも、極力正直な生き様や出来事やその場の心境等を赤裸々に書き綴って来ました。
奇麗事や、ポジティブ思考ばかりを書き連ねていれば、読み手は気分も良いのだろうし、ああ・・・明るく健全に日々を頑張ってるんだなぁ・・・・・・。とも思ってくれるでしょう。
でも、アタシはやはり、正直な喜怒哀楽苦をありのままに書いていく事こそがアタシらしさでもあり、勤めでもあり、読み手が、こんなにダメな人間も他に居るのだから自分はまだまだマシなんだ。と、安心してくれたり、元気にもなって欲しいので、これからも正直に色々な日々の出来事などを書き続けていきたいと思っております。
日々の日記はアタシの遺言状のような物でも有ると思うので出来る限り真実のみを書きたいと思っています。

店をオープンしてから何度かの経営困難危機に直面しました。
そして今回のそれは最大級のものでした。

元々借金苦で、生きる望みも希望も失っていたアタシに、日記の愛読者達や地元の友人が義捐金を募ってくれ、「もう一度マキュキュに店を持たせてあげよう計画」が持ち上がり、今の店を持てたのです。
アタシの顔も本名も知らない人々がただ日記の読者と言うだけで今までの日記の購読料として大切なお金を寄付してくれたのです。

店の経営は長年のブランクも有ったし、こんな不景気で厳しいご時世でもあるし、この年で店をやること自体が一か八かのギャンブルで、かなりの冒険ものでした。
でも、店をやる以外にアタシは何の取り得も無く、パートやバイトを転々としていたアタシは、ほとほと人に使われるのがヘタクソな人間なのだと自分自身に絶望もしていたのです。

ぎりぎり店を借りるだけのお金が集まり、義捐金を打ち切り、ゼロと言うよりは多少のマイナスからのスタートだった店なので、赤字が出れば即店の経営は無理になり、開店即閉店の憂き目に会います。
店の経営が無理になると言う事は生きる術を無くすと言う事です。
なので生きるための最後の砦のような気持ちで店を始めました。

幸い良い常連が大勢居ついてくれ、からくり箱を慕ってくれ、こんなアタシの店を「此処は他の店には無い居心地の良さがある」と誉めてくれます。
しかし、やはりアタシ達夫婦にはまだ借金も多少残っており、月々の支払いも結構あり、商売下手のアタシはいつもギリギリのところで切り抜けてはきたものの時には大きな赤字になる月もあり、良い時に多少の蓄えはするものの、その都度目減りして行き、底をついてしまう事も多々ありました。

何度かの危機を友人に救われ、薄皮一枚のところで乗り越えては来たのですが、今回だけはもう八方塞で、どうしようもない所にまで来てしまいました。
月末までに家賃を含め、どうしても10万ほどのお金を作らなければ店を閉じなければならなかったと言うのに、全財産が僅か1000円・・・と言う所まで来てしまったのです。
仕入れも出来ず、つり銭も無くなり、具合が悪いので休むと数人の客にメールをし、2日3日アタシは家に引きこもっていました。
もう完全な鬱状態です。携帯の電源も切り、何をする気力もなく、唯一の楽しみである日記を書く事も出来ず、夫と「いよいよ練炭買って青木ヶ原にでも行くしかないね・・・」と話をしていたのです。

店は開いてない、日記は途絶えている。心配した親友(M)から「元気・・・だよね・・・?」と言うメールを貰ったのですが、どう返事をしてよいかも解りませんでした。
彼女に内情を話せば助けてくれる事は解っていました。でも、何度も彼女には危機を救ってもらい、又、彼女自身が色々な事を抱え込んでいる人でもあるので、もうこれ以上彼女には負担を掛けたくは無かったのです。
しかし内情を書いたう上で、「友情を壊したく無いから、もう助けなくて良い」とメールをしたアタシに「私たちの唯一の心の拠り所を無くす事は許さない。店を閉じたり、どこかに消えたりしたらその方が友情を壊すことになる」と叱られ、再び彼女の助けを借りる事にしたのです。

一昨日、昨日と店に奇跡が起き、梅雨時期で2週間ほどチンヤリしていた店に物凄い活気が訪れました。
昨日などはほぼ満席になり、数年ぶりに、やはり日記が途絶えている事に何かを感じ取った友人たちが3組も来てくれ、店の必要性とアタシはまだまだ見放されては居ない。人生をまだ諦めてはいけないのだ。と言う教えを知った思いでした。

自分で言うのもなんですが、からくり箱はそんな温かい気持ちを持った、素晴らしい人々が集う場所でもあり、その場所をアタシが守って行く事は、ぐうたら神に与えられた最後の使命などだと言う事をつくづく思い知らされた気がします。
(M)に今回助けてもらったものは来月早々に返せる目処が立ちました。
本当に情けの無い話ですが、アタシは人の助けや愛情が無ければ未だに一人歩きも出来ないバカ人間です。
でも、アタシも違う形で人の励みになれていたり、楽しみになっているという事も確認でき、少し自信を持つ事にしました。
 
夏眠から目覚め、気分一新また歩き出していけそうです。



2008年06月28日(土)
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■ (日記) 昨夜はなんか、泣けたなぁ・・・・・・。


昨日はとても良い日だった。
忙しかった訳でも沢山収入があった訳でもないのだが、しみじみとした良い日だった。

アタシが子宮癌になったのは、丁度以前やっていた店(エポック)を閉じたばかりの頃で、その店の大常連に大学病院の産婦人科の若い医師や看護婦の大勢のグループが居た。
彼らとは気心知れた間柄だった。
そのお陰でアタシの癌は早期に発見され、顔見知りの連中ばかりの病院に行くのも、場所が場所だけに恥ずかしくて嫌だったのだが、まぁ、癌はアタシの家系でもあるし、殆どが皆それで逝っているので彼らに説得され、仕方なく入院した訳である。

常連の中の(T)ちゃんがアタシの手術の執刀医になってくれ、入院中も色々な先生達が病室を訪れ遊びに来てくれ、長い入院生活も退屈をしないで済んだし、他の患者達に比べたらメンタル部分でも恵まれた入院生活を送っていたと思う。

その時の(T)ちゃんが昨夜、約3年ぶりに若者達を連れて飲みに来てくれた。(ま、忙しいのは解るけど、3年振りっちゅう〜のが、しかしなんだよなぁ・・・・・・)

聞けば(T)ちゃん、この4月にめでたくも教授になったというではないか・・・・・・!!
いやぁ・・・、アタシャ泣きたくなるほど嬉しいよ・・・・・・。
もう(T)ちゃんなんて呼べないなぁ・・・・・・。

週に何度もエポックに足を運んでくれ、みんなでドンチャン騒ぎをし、カラオケを歌いまくっていた(T)ちゃん。
彼はとても歌が上手く、味のある歌い方で、ビーズや�哨献礇僖鵑篥�時流行のポップスナンバーを端から歌っていた。
彼ほど楽しそうに嬉しそうに歌を歌う人間を、アタシャ未だかつて見た事がない。

昨夜もカラオケボックスさながら、彼らは歌いまくっていたのだが、(T)ちゃんの歌を聴きながらエポック時代の事や入院生活を送っていた頃の事、はたまた、やはり大学病院の一室で、息を引き取った母の事などが走馬灯のように思い出され、一人感傷に浸ってしまったよ・・・。

人生の中で大きな関わりを持った人が偉くなったり出世してくれると本当に嬉しいし、誇りに思う。
でも、そういう人たちと置き比べてみて、未だ明日をも知れぬ貧乏人で何も成長がないアタシ自身が情けないやら空しいやらで、いつになく落ち込んでしまい、彼らが帰った後一人残ったたかちんと色々と語り合った。

「アタシなんかさぁ・・・未だド貧乏だし、何の未来の希望もなく、皆に迷惑ばかりかけていて・・・、本当につくづく情けなくなるよ・・・。アタシって誰かや、何かの役に立ててるのかなぁ・・・・・・」なんて、真剣に質問してしまった・・・・・・。

そうしたら、たかちんが「この場所をこうして提供してくれて、居心地の良い仲間に会わせてくれて、そんな気安い雰囲気を作ってくれている事自体が、凄く役に立ってると思うよ・・・。そんなに悲観しなさんなょ・・・」
と言って慰めてくれた。

嬉しいなぁ・・・・・・。シミジミと嬉しいなぁ・・・・・・。
やっぱ、持つべきものは友だよなぁ・・・・・・。


2008年06月20日(金)
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■ 【愛猫日記】 頼むよ・・・・・・金蔵・・・・・・(泪)


黒猫と言うのは他の猫と比べ頭が良いのか学習能力に長けているのかは解らぬが、何かの癖が付くと病み付きになり、それを繰り返し行うという習性があるらしい。
金蔵が最近になってようやく「お手」を覚えた。
こちらがやれとも言わぬのに、アタシどもの前にチョコッと座っては「お手を請求しろ」と、一鳴きする。
もう、しつこいのなんのって・・・・・・。

まぁ、ミュウーと比べれば金蔵はアホなので、「お手」を覚えるまでにかなりの時間を要した訳だが、ミュウーなどは三日ほどの間で「お座り」「お手」「お代り」「待て」までを覚えてしまった。

二匹ともボール拾い(アルミ箔やスーパーの子袋で作成した物)は完璧で、投げれば口に咥えて持って来、ちゃんとアタシどもの手元に戻すという芸当は難なくクリアしてるのだが、最近金蔵に変な癖が付き、ほとほと困り果てている。

何度叱ってもオケツを叩いても、携帯の充電器の線を噛み切ってしまうのだ。
今日も先日買ったばかりの物を又噛み切られた。
これで6個目だよ、6個目・・・・・・。

携帯ショップで以前のように余った充電器をただでくれる訳でもなく、ちゃんと買わなければならないのよね・・・、今は・・・・・・。
確か千いくらとかはするのよね・・・・・・、必ず・・・・・・。
この金がないって時に全くゥ・・・・・・!!
アタシ等、600円の肉が半額になるのを、スーパーでただウロウロしながら時間潰して待ってる程だっちゅうのに・・・・・!!

誰かあまり古い形ではないAUの充電器、余ってない?(笑)

まぁ、そんな訳で、今日は貧乏人は猫も飼えないと言う、そんな(損な)お話しでした。


2008年06月19日(木)
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■ (即興詩) 刹那主義


刹那主義をYahoo辞書で検索してみたら、過去や将来のことを考えないで、ただ現在の瞬間を充実させて生きればよいとする考え方。と出た。
どうもアタシのような人間の事を言うらしい。


人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく楽しい時間を持ちたい。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく煩わしい事に心を乱されたくはない。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく心地よいものだけと触れ合っていたい。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく怒るよりも笑っていたい。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく借りや貸しを作りたくはない。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく人に恨みを買いたくはない。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく誰かを愛していたい。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく後悔しないように生きたい。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく今その時を大切にしたい。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく気持ちに正直でいたい。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべく生きた証を少しでも残したい。

人間はいつどうなるか解らない。

だからなるべくあの世に余分な物は持ち込みたくない。


2008年06月17日(火)
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■ (日記) 神も仏も無い


秋葉原の事件にしても、今回の地震にしても、その他の災害、事件、事故が起こる度、たまたまその場に居た・・・、という理由で命を落とす人がたくさん居る事に心が動揺する。

ちゃんとまっとうに生きており、社会に貢献し、それぞれ夢も有り、希望を持っていた人が圧倒的に多いはずなのに・・・・・・。
そのような人達でも、そんな事で命を落とすと言う事を考えると、やはり神も仏もあったものではないような気がしてくる。

たまたまそういうような場所に行ってしまう・・・、又は、遭遇してしまうメカニズムみたいなもが有るのだろうか・・・・・・。
ただ単に運命や偶然だけなのだろうか・・・・・・。

中には人を助ける為に危険を顧みず加わり命を落とす人も居る訳で・・・・・・。
そのような人たちの運命って一体なんなのか・・・と、神に問いただしたくもなる。

世の中は本当に理不尽な事だらけだ。

その命が報われるよう、そのご遺族や関係者の方達に人数倍もの幸せが訪れる事を願って止まない。


2008年06月16日(月)
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■ (日記) ココのアクセス数がもう直ぐ130000になる


ウダウダグチャグチャジョロジョロと7年間も下らぬ文章を書き綴ってきたアタシの赤裸々日記のルーツである「エンピツ」というサイトがあるのだが・・・。

http://www.enpitu.ne.jp/usr8/87374/

日記を書き始めた当初は、まだブログなどと言う言葉も聞いた事が無かった時代で、有るのは日記の貸し出し欄のサイトばかりだった。中でもその「エンピツ」と言う日記サイトは結構大きく、登録数も多いサイトで、日記の人気投票等も有るのだが、ランキングが常に最下位だったアタシは、チョイ上にいる人、もうチョイ上にいる人・・・と、目標を徐々に上げて行き、ココしばらくの間は文芸部門では何とか一位を持続できるまでにはなってきたのだが・・・・・・。
いまやブログの時代で離れた人も多いので、あまり一位と言っても説得力は無い。

そろそろブログに切り替えてみたら? と言う声も有るが、それでもアタシがブログに切り替えをしないのは、そこでこの7年間の思いや愚痴や人生の喜びなどをずっと書き続けてきたという愛着が有るのと共に、折角一位になれたのだからその順位を極力崩さない為、アタシなりに物を書く緊張感と向上心とモチベーションを持ち続ける為、あえてそのエンピツに籍を置かせていただいていると言う訳だ。
ミクシィ日記を使わせてもらうようになってからは、ミクシィもエンピツも同じ日記を載せてるだけなのだが、律儀な人は今でもエンピツに立ち寄り、左下にある投票ボックスを押してくれているようだ。←さりげない催促(笑)

【エンピツの投票順位の見方。】
日記欄の右下枠外の、エンピツというタグをクリック→カテゴリで文芸を探しクリック→ランキングをクリック。
そうすると今日の順位・今週の順位・今月の順位が出る。

その日記のアタシのアクセス数をさっき見てみたら、今129970くらいなので、お陰さまでもう直ぐ記念すべき130000アクセスになるみたいだ。

長く書いてきたもんだ・・・・・・。
そしてずっとお付き合いいただいてる方々に、心から感謝だ。


2008年06月14日(土)
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■ (日記) 歯医者行って来た。


マイミクのPINKちゃんに山辺界隈の「痛くない歯医者」を紹介してもらい、さっき決死の覚悟で行って来た。
歯茎に銀杏ほどの膿がたまり、口も開けずあくびも出来ぬほどになっていた。
待たされる事小一時間。
名前を呼ばれた途端、身体が恐怖でビクッと動く。

「おっ!これはかなりの重症だ。良くココまで我慢しましたねぇ・・・」

『ハイ・・・、歯医者嫌いで貧乏なものですから・・・』

「でも、結局はこうして来なきゃならなくなるんだし、酷くなれば酷くなるほど治療だって痛くもなるし、お金も余分に掛かるし、時間も長引く事になるんですからねぇ・・・」

『はい・・・、それは重々承知なんですが・・・、なにせ、極度の歯医者恐怖症なもんでして・・・』

そんな会話がなされ、今日は取り合えず、レントゲンを撮り、膿の袋を破いてもらい膿を出しで貰ってきた。
いわば応急処置のようなもの。
所要時間は5分ほど。
今回の処置では痛みは殆ど無かった。

混んでる歯医者で完全予約制のようだ。次回の予約は20日の金曜日との事。
(い、い、一週間以上も先かいな・・・・・・)
この予約率から言って、アタシの歯が全て完治するのは一体いつになる事やらか・・・・・・。それを考えただけでも憂鬱になるし通う気も失せる。
でも再び自分の歯でせんべいが食べたいから、神に誓って今度こそは完治させよう・・・。

お陰で少し楽になり、化膿止めを飲むために昨日の残りのおかゆを食べ、今薬を飲んだところだ。
まだ袋の中はふっくらプヨプヨしていて腫れは完全に引いてないが、化膿止めが効いてくれる事を祈る。
昨夜は殆ど寝られなかったので今から昼寝する。

あぁ・・・お金殆ど全部無くなってしまった・・・・・・。
これから今月の家賃貯めていかなきゃ・・・。

今日は店やりますので誰か来て下さい。悲願です。


2008年06月13日(金)
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■ (日記) 虫歯の熱が8度5分


このところずっと病んでた上奥歯の虫歯ですが、今日はピークに痛くなり、ほっぺたがおたふくのように腫れ上がってしまい、飲めず食えず状態でオマケに先ほどから高熱まで出てしまいました。

歯医者恐怖症のアタシは、3年前まで通っていた歯医者が有ったんですが、治療がとても痛く、治療費も高く、半年通ってもなんら進歩も無く、お金と痛みと気力が絶えられなくなり、途中下車したままずっと今まで放置していました。

歯医者嫌いのアタシですが、もう我慢がならず痛くな治療をするという近所の歯医者に電話したところ、本日は午後の治療は生憎お休みとの事。
明日の朝一番で診てもらいに行ってきます。

そんな訳で喋れないし、あくびも出来ないし、いくら色気もそっけもない婆さんでもこのおたふく状態の顔をお客に見せて、怯えさせてはいけないので、貧乏ながらも今日はお休みさせていただきます。


2008年06月12日(木)
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■ (日記) 誰か世直しプロジェクト、立ち上げてくれないかなぁ・・・。


昨日の日記にも多少関係ある話だが・・・・・・。
今の日本は狂っていて、徐々に人間としての心を失いつつある・・・と言うのは、当たり前といえば当たり前のような気もする。

今は人間の価値が金を持っているか持っていないか、能力が有るか無いか、だけで判断されてしまっているような、そんな気がするから・・・。
人間が勝ち組とか負け組みなど大雑把に分類され、資産家であったり地位のある人であったり、生涯安定した生活を約束された人種だけが、人間扱いされている・・・、と言う錯覚さえさせられる世の中なのだから・・・・・・。

一般家庭とは一体どんなレベルの家庭なのだろうか・・・とたまに考える。そこそこ食うには困らない比較的人間関係も平和な家庭の事を言うのだろう・・・・・・。
でも、そんな家庭は今の時代結構少ないのかもしれないし、一見平和に見えても何かしらの悩みを抱えている家庭も多いだろう。
又、それ以下の暮らしの人が如何に多いかと言う事にも、人々は全然目を向けようとはしていない気もする。

先日のニュースでは預貯金ゼロと言う家庭が大幅に増えていると言っていた。
それだけ生きるのが苦しい人が沢山居る事になる。

貯金をしたくても出来ない。旅行や贅沢な楽しみはおろか、医者に通いたくても通うお金すらない。そんなギリギリの状態で生きている人々は想像以上に沢山居るのだと思う。

結婚しても共働きを余儀なくされ、離婚率も高いので母子家庭や父子家庭も多い。仕事すらに就けない人も居る。
親自体がアップアップで心に余裕が全く無い。
しかし働かなければ食べて行けないので、子供を家に置き、子供と居てあげなきゃいけない時間を削り、取り敢えずは何でも良いからと仕事をする。
当然子供とのコミニケーションは希薄になり、親も仕事で疲れているので子供についつい辛く当たってしまったりもする。
自分はあまり子供に手は掛けられないのに、子供には過大期待をする。
子供は寂しさとストレスを貯め、小さい頃から我慢だけを強いられる。

昔は子供達が暗くなるまで公園や外で泥んこになって遊び、喧嘩をしながら人間関係やルールを学んでいったもので、例えば親が共働きの家庭の子供なども、近所の誰かしらの家でご飯を食べさせてもらったり、泊りに行かせてもらったり、「地域の子供は皆の子供」的な光景も良く見られたものだが、今ではそんな話、おとぎばなしのようなもので、そんな余裕が無い家庭が殆どで、隣近所の付き合いさえないのが現状だと思う。

なので子供は鍵っ子になり、「良い子にしてなさいね」「勉強するんですよ」と言われ、冷たいおやつを食べ、一人部屋に引きこもりゲームやネットで寂しさを紛らわすしかない。
まだゲームやネットを与えられている家庭は良い方かもしれない。
弁当さえ満足に持たせられない、もっと貧困な家庭も沢山あると思う。

そんな家庭の子供は学校に行っても皆とどう接して良いか話題も持てず孤立し、気の弱い子は苛められたりする・・・。
そんな鬱憤を少しずつ蓄えながら大人になって行き、攻撃は最大の防御のような人格が出来上がってしまう。

だから何が言いたいのかと言うと、政府はもっと底辺に居る色々な家庭や人々の事も把握し、心の叫びに耳を傾け、人間の生活と心を取り戻させる為の教育施設みたいなものを作る必要が有るように思えてならないのだ。
でなければ、格差は縮まらないばかりかどんどん広がり、世を儚む人が増え続け、とんでもない日本になってしまいそうな気がする。
それも形式ばった心の通わぬおざなりの施設ではなく、心を取り戻す為の施設なので、酸いも甘いも踏まえた人生経験豊富な人を配属しなければ意味は無い。
何か根本から考えていかないと、何も変わらないような気がする。

学問だけではなく、教養だけでもなく、人としての心や、優しさや、思いやりや、貧しいながらも何かで人生を楽しめる生き方法や、挫折感や絶望感からの脱し方などの勉強ができ、親子共々で通える施設や救済機関などを徹底して作っていかないと、世捨て人が増え、自殺者、他殺者が増え、益々凶暴化してしまうような気がする。

早く手を打たなければ・・・と誰もが今の日本の異様さを感じている筈なので、地位や名誉や有り余るお金が有る人で正義感に溢れた本物のセレブの人は、「日本を良き昭和時代に戻そう世」「世直し道場」的なプロジェクトを組み、是非是非立ち上がって欲しいなぁ・・・なんて思ったりした訳で・・・・・・。


一人や二人の力ではどうにもならないかもしれないけれど、そのような志の人達が沢山で手を組んだら、政治家には今の日本を救えなくても、もしかしたら・・・? などと夢物語を考えるのはアタシだけなのだろうか・・・。



2008年06月11日(水)
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■ (日記) 秋葉原無差別殺傷事件について・・・


あのように日本中を震撼とさせるような陰惨で悲惨な大事件が起こると、さぁさぁ取材戦争だ。こぞって我先にと取材陣がクモの子を散らしたようにあちらこちらに飛び散る。

犯人及び被害者宅、学校、幼稚園、会社、親戚、友人宅、はたまたほんの知人宅にまで取材の手は伸び、他社が少しでも知らない情報を何とか獲得しようと躍起である。
これまで普通に生きてきた人間が、何故に凶暴化したのか、いつから心に闇を持ったのか、専門家を呼んだりして何とか探り出そうとする。

徹底的に悪はとっちめろ! と言う人、犯人がそうなったのには何か理由がある、と、半同情的な人とコメンテーターも様々だ。
泥縄式にサッ!っと掻き集めた資料を元に、それで半月ばかりなんやかんやと騒ぎ立て、ほとぼりが醒めれば何事も無かったかのように又別の事件へと再び群がる・・・・・・。

犯人はそんな使い捨てのようなマスコミを僅かなあいだ独占出来たとして、何が満足だというのか・・・。
そんな歪んだダークヒーローになる為だけに、罪も無い人を大勢殺し、自らの人生も棒に振ってしまうのか・・・・・・。
皆の人生が余りに勿体無く、哀しすぎる・・・・・。
 
彼は成績も優秀だったそうだし、スポーツも万能だったそうだし、真面目だったというし、綺麗好きだったというし、人気も結構あった人間だという。しかもまだまだ若い。
アタシなんかから比べたら、全てが勝っているではないか・・・。
まだまだこれから、いくらでも幸せなライフシーンやステキな出会いも有ったはずだ。

きっと高校までは彼の人生は結構楽しく、自信を持てて、希望にも満ち溢れていたのだろう。
それまでトップクラスだった成績や人格が、高校に行ってからもっと優秀な人たちに周りを囲まれ、大きな屈辱感や挫折感を味わったとしても、その虚しさや敗北感は自分自身に向けるべきであって、他人に向けては絶対にならないと思う。

優秀な人に囲まれ受けた敗北感や挫折感だって、自分を超えた人を敵だと思わず、優秀な人の中には心根の良いステキな人達もたくさん居たはずなので、そのような友達を沢山作り、憧れの部分は見習い、悩みやストレスを打ち明けられるような友達にしちゃえば良かったのだと思う。
そういう友達を作る事が若い頃から大切なのだと思う。

確かに今の世の中は、一部の優秀で経済力にも恵まれた人間を除いては、侘しさや虚無感を抱えながら戦い続けなければ、居場所も自信も与えてはくれない冷たい世の中かも知れない。
でも、それで死にたくなったら、他人を道連れに危めるのではなく、心の長を思い切り何かに書き連ね、政界やマスコミに送り付け、いかに今の世の中が理不尽かを訴え、潔く自殺した方がまだ人の同情も共感も得られると思う。

人殺しは絶対にしてはならない。人の命はその人自身のものだ。
例え親でも身内でもだ。
ただ、政界もマスコミも、それだけ多くの人々が虚しさやストレスを多く抱えている事を重視し、病んでる人の多さを把握し、強きを助け、弱きをくじくような日本ではなく、弱い者、病んでる者、それらの言葉にも耳を傾け、皆で何とか歩み寄って行かなければ、自殺者も他殺者も減りはしないと思うし、今後このような事件は増え続けるだけだと思う。

こんな身勝手な事件に巻き込まれてしまい、偶々居合わせただけだというのに、大切な命を落としてしまった方々と、怪我をされた方々の無念さを思い、ご冥福とご快復、心よりお祈りいたします。


2008年06月10日(火)
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■ (日記) 又バレーの話題でごじゃる


昨日の全日本男子の試合も、3セットストレート勝ちで、まっこと、気持ちの良い試合だった。
今まで控えていた選手達にも活役場があり、アタシの大好きな歌舞伎顔のノブコフちゃんや若手コンビの清水や福沢も大活躍してくれて非常に嬉しゅうございました。

清水と福沢のアノ爽やかさとキカンボウさと笑顔、良いですねぇ・・・・・・。
特に昨日は福沢の7変化、何でもござれのスパイクが要所要所で見られ、清水のサーブの凄さも見られ、これからの全日本を背負って立つ名コンビになりそうで期待感にワクワクした。

後の試合があんなに素晴らし過ぎた為、何故に初戦のイタリア戦が7点も差を付けて置きながら負けてしまったのか、非常にもったいなく、悔やまれる所だが、アタシャこう思った。

「ありゃ、勝利の女神という脚本家が、少しシナリオをいじくって、より勝負を面白くさせ、観客を興奮させるために、ちょっとしたテクニックを駆使したんだわさ・・・」と・・・。
最初にがっくりさせておきながら、後々「おっ!? おっ!? 今年の男子は何かが違うぞ!?}と観客を魅了させ、バレーに釘付けにする為のこっ面憎き演出なのだと・・・・・・。

あんな脚本、例え三谷幸喜でも書けまい・・・・・・。

チベット問題や聖火リレーや空気汚染や震災などで先行きに暗雲が立ち込めた北京五輪だったが、全日本男子も女子も揃っての北京入りが決まり、コレで大分北京五輪への期待も高まり、見る楽しさが倍増した。

世界の壁は厚かれど、又ドラマチックな試合をしてくれる事を望むし、出来るならばメダルのお土産を持ち帰っていただきたい。


2008年06月09日(月)
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■ (日記)  泣いた泣いた


昨日の男子バレーボール北京オリンピック最終予選には、ボロ泣きさせられた。

(バレーボールの大試合中だけは、それ嫌いのお客様や、カラオケを歌いたい人が入って来ませんように・・・)と、アタシだけの為のカラクリマジック(何かで大事な時間帯を誰にも邪魔されない不思議な現象)が起きてくれる事を神に強く祈り、全て下準簿を事前に済ませ、完全体制で店のTVにかじり付き、試合観戦する事にしているアタシなのだが・・・。

今回のバレーボールは女子も男子も凄かった。

女子の試合もドラマ的で凄かったのだが、特に男子はあまり期待はしていなかったので尚更、神が降りたようなドラマチックな試合展開振りに、日を追う毎に興奮しまくり、期待に胸を躍らせながら夢中になって応援していた。

特に昨日の試合なんかは、映画さながら、こんなに上等な感動もののシナリオはどうやったって書けまい・・・と言うくらい、勝利の女神様が書いたシナリオが凄すぎて、感動どころの騒ぎじゃなかった。

試合はフルセットまでもつれ込み、追いつ越されつしながら、16点くらいで再びジュースになり、もうその頃にはぶっ倒れるんじゃないだろうか・・・というくらい興奮状態もピークになり、最後に勝った瞬間、上田監督が倒れこんで号泣していた姿に、アタシも店で、焼酎グラスを高々と挙げ、一人号泣していた。
こんな時にフリー客が入ってきたら、ドン引くだろうなぁ・・・・・・。

その興奮が冷め遣らぬうちにカラクリマジックが解け、ポツリポツリと常連客が入り始め、カウンターも埋まり、いつものからくり箱に舞い戻った。

いやぁ、16年ぶりにオリンピック出場の切符を手にした訳だが、本当にオメデトウであり、あんなに興奮させてくれてアリガトウでもある。

北京ではどんなドラマが展開されるか、とても楽しみだ。


2008年06月08日(日)
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■ 【料理】  初登場、ビビン麺


夏になると、やはり辛くて冷たい物が食べたくなる。
俗に言われる「スナックバー」や、個人の経営する「飲み屋」では絶対に口にする事の出来ぬ夏限定の名物になる物はないものか・・・・・・。と考えた。
冷麺は焼肉屋などでも食べられるだろうし、他に何か無い物か・・・、と考えた末、頭に浮かんだのがビビン麺。

冷麺の麺より細く、しかし歯応えのある特有の麺に、甘辛〜〜いゴマミソを絡めて食べるソレである。

昔エポックと言う店をやっていた頃、良く利用していた韓国の食材屋さんに売っているのを思い出し、さっそく買って、先日から試験的に店で出しているのだが、アタシの店のビビン麺は具が多いので、付属のタレだけではチョット薄くなってしまい物足りないので、タレを独自に作り、足す事にしたら、旨いの旨くないのって、アナタ・・・・・・・。
(どっちだ!)
それはそれは素晴らしい仕上がりになりました。

入っている具は、キムチ・ブタOr牛のしゃぶしゃぶ用肉・チャンジャ・もやし、きゅうりの千切り・温泉卵・刻みネギ・刻み海苔ナドナド・・・。
お値段たったの1000円ナリ。

飲んだ後、辛さが病み付きになる当店特製ビビン麺は如何なものかな?
是非是非ご試食を・・・。


2008年06月07日(土)
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■ (日記) 同年代との会話はまた楽しい


昨日はまぁまぁ、チョイ忙しの水曜日だった。

最初にドアを開けたのは(U)さんと言う客で、彼はアタシが以前、駅前のスナックで厨房のバイトをしていた頃、仲良しの同僚だった(M)が数ヶ月前に初めて連れてきてくれた男性客だ。
からくり箱が気に入ってくれたようで、最近ちょくちょくカップルで顔を覗かせてくれている。
ただし昨日は会合の帰りだとかで、珍しく(M)は居ず、彼独りでやって来た。

いつも殆ど(M)と一緒だし、その他にも客が結構居る時間帯が多かったので、彼と長い時間を掛け、まともな会話をしたのは昨日が初めてだった。

(U)はアタシよりも年は一つ上で、大学時代を東京で過ごしたらしい。
アタシも東京出身なので、やれ若い頃はこんな仕事をしていたとか、何処そこで遊んでいた、だとか、何に興味を持っていた、とかの話になり、結構同じような年代に同じような場所で遊んでいた事も解り、話は一気に盛り上がった。

彼は芸能界の道(役者)に進もうと思っていた時期があったらしく、芸能人の顔見知りも多く、アタシの伯父が結構有名な喜劇俳優だった事やその流れで、彼が知っている芸能人とアタシも面識があった事などを話すと、丸い目をことさら丸くしてびっくりしていた。
そんなところにも共通点が沢山あったのだ。

それから話は音楽の話に飛び、ビートルズ、ローリングストーンズ、ジャニスジョプリンなど等、互いに好きで聴きまくっていたという話になり、更に話は盛り上がる。

大抵は同年代が集まると、子供の頃に見ていたアニメの話題や、若い頃に聴いた音楽の話題や、良く見ていた映画の話題になる。
そうすると、一気にその頃にタイムスリップし、「あの頃は平和で人が温かくてよかったよねぇ・・・・・・」と言う、初老特有の哀愁に更けるものだ。

話の盛り上がりの延長で、歌おうよ・・・となった所で、やはり常連の年配女性客(A)さんが入って来、暫くして(U)は帰っていった。

その後、たかちん、(O)、(K)の子羊2匹、狼一匹の常連が来、更に昔からの客である(今ど忘れ中)が、初お目見えの同僚(Y)君を連れて入ってきた。
あっ、思い出した思い出した(K)だ(K)
アルチューハイマーもココまで来りゃ、世も末である。(苦笑)

(K)もアタシと年代は近く、15年ほど前からの常連客で、今では半年に一度の割りにしか来ないのだが、忘れた頃にやって来ては、同僚達にアタシの歌を聴かせ、「ねっ? ココのママ、年の割には案外やるでしょう」などと宣伝してくれながら軽く飲んで帰って行くといった感じである。

あの頃若かった(K)もアタシも、年とともに白髪などを携え・・・、でも、会話をすれば一瞬で知り合った当時の話になり、またもや初老特有の哀愁に更けるのだった・・・・・・。


2008年06月05日(木)
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■ (日記) 誰かアタシの知り合いで」太宰治の人間失格、読みましたか?


人間失格だと思っているアタシが、題名に惹かれこの本を手に取ったのはジャスコの古本市での事だった。
太宰治と言う名も、人間失格と言う代表作がある事も知ってはいたが、アタシは今まで殆ど、いわゆる文学作品とか誰もが読んだ事の有るような有名書物は読んだことが無く、読み終えられないだろうし、アタシの頭じゃ理解も出来ぬだろう・・・と、それらの本は食わず嫌いでいたのだ。

でも何となく人間失格は読んでみたかった。

お金が無かったので文庫本しか買えず、家に帰ってさっそくページをめくってみたのだが、老眼と近眼と乱視のアタシには細かい字が辛く、又文体の表現もやはり難しく、バカなアタシにすんなりとは入って来ず、何度か前後を読み直している内に面倒くさくなって第二の手記あたりから一向に読み進められないままになっている。

今日ネットで検索して大文字で全てが読めるサイトを見つけ、読んでみたが、やはり第二の手記あたりで脱落・・・。
と言うのは、主人公の家庭環境はアタシのそれとはまるで違い、裕福な家庭に生まれ育っているのだが、なんとなく人間として生きられない不器用さや、他の人間と自分は全く違う生き物的な諦め感がとても似ていて、読み進めるのが怖いような不安なようなそんな気がして来るからだ。
でも怖い物見たさの様な所もあり、とりあえずこの本に関しての解説のようなページを見つけたのでそれを読み始めている。

http://www007.upp.so-net.ne.jp/dazai-kitada/sikkaku1.html

まだこれも最初の頃までしか読めてはいないが、せめてコレくらいは最後まで読もうと思う。
それで読む気になれたら、ちゃんと全部読んでみたい。

全部読んだ事が有る人はどんな感想を持ったのか知りたいと思った。
これって太宰治自身の手記なの?


2008年06月04日(水)
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■ (日記) 人が人と上手く行かなくなる理由


日記が3日間途絶えていた理由は、家賃を貯めるため四苦八苦してたのと、チョットした知り合いに、人間関係で悩んでいるとの相談を貰い、「こんなに人間関係を作るのが不得手で、不器用で、いいから加減な人間にアドバイス求めて、決して後悔しないかぁ?」と言ったら、後悔しないと言うので、その事で人と会っていたりして結構忙しかった為だった。

全日本男女のバレーボールの事や色々な事で書きたい事が沢山有ったんだけど、なんだか日記を書くタイミングと気力が無かった訳で・・・・・・。
三日日記が途絶えると、死んでるんじゃないかと心配してくれた人、ゴメンネ・・・。(汗)
瀕死状態だったけどかろうじて生きてました・・・・・・。



んで・・・、本題に入ります・・・・・・。

人が人と知り合いになり、付き合い始めて・・・、最初は遠慮が有ったり互いに良いところばかりを探し合っていて付き合いも上手く行ってたりするのに、ある程度仲良くなり、所謂タメグチなんかを使い合うようになり、一緒に飲んだり食事したり遊んだりしている内に・・・、相手の癖や嫌な部分や短所なんかも見えてはじめて来て・・・・・・、でも、人間性は決して嫌いではないので、付き合いを終わろうとはしたくないんだけど、ココの部分は好きだけど、ココの部分だけはどうしても改めた方が良いんじゃなないかなぁ・・・・・・・・?なんて部分が見え始めててくるでしょ?

アタシャそこの部分が来てからこそが、初めて付き合いと呼べるのだろうし、その人と長続きするか否かの境目なのでは・・・?と思うのだ。

人と言うのは単なる知り合った時点では、正直相手が自分に危害を加えるような人で無ければ、相手がどういう人間でも良い訳で・・・・・・。
チョロッとの会話をし、相槌を打ち、テキトーにやり過ごせば良いんだわ・・・。
でも、話しが弾み、その人と共感し、メルアドなど交換し合い、知人から友人に発展し、付き合いも深まり、食事したり飲んだくれたり、相談し合ったりする仲になり・・・・・・。

多分アタシが思うに、その辺りから、気の合わない(ウマが合わない)人間同士って心の中に(?)を抱き出し、付きあう毎にその(?)がじょじょに増えて行き、いったん付き合いは置いてみるべかねぇ・・・・・・。
と言う事になって行くのだと思う。

アタシもそうだけど、人間ってよほど出来た人間で無い限り、自分の意見の方が全面的に正しいと思っているもんだと思うのだ・・・。
皆、相手の話をフムフム聞いているフリをしながらも、内心では(コイツ、この部分が全然ダメ!!)などと思ってたりするじゃん?

だけど、人間って・・・それぞれ思惑があり、複雑怪奇摩訶不思議十人十色千差万別奇奇怪怪で、人それぞれの思いがあり、生き様があり、意見があり、感性があり、価値観があり、好き嫌いがあり、許容範囲がありなので、自分の思いだけを押し通してはいけないのだなぁ〜〜〜〜と思った。

今日はとても大好きな女性と、そんな事も含め、深い話やらくだらない話やら、喧嘩もしながら、とても長い時間話をし、楽しく飲んだ。

結論として・・・、人間が人間と上手く付き合う方法は、我慢1割、思いやり4割、本音で喧嘩も覚悟で言い合う度胸2割、愛情(友情)3割に達した・・・・・・。

酔って書いたので、誤字脱字多く、文体文章ともに支離滅裂やも・・・・・・。
明日修正します。


2008年06月03日(火)

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