マキュキュのからくり日記
マキュキュ
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■ (日記) 金蔵マジック!?


昨日、夫がアタシの好きそうな番組をビデオに撮っていた時(キミハブレイク・最先端医療か何か)何故か金蔵がビデオのリモコンの上に飛び乗り、その拍子にチャンネルが他に変わってしまったらしい・・・・・・。
ところが、その変わった場面を見て夫がブッタマゲタらしいのだ・・・・・・。

さかのぼる事今から8〜9年前の事・・・。

少しでも生活費の足しにと、まだアタシがパートを転々とし、某スナックの厨房を手伝っていた頃が有るのだが、格安の給料で年端も行かぬようなママに良い様にコキ使われ、客の前で小バカにされたり、あごで使われたり、もの凄く悔しい思いをしていた覚えがあった。
プライドも何もずたずたで、しかし生活が苦しかったので辞める訳にもいかず虚無感を抱きながら働いていた。
その頃、有線放送でたまたま流れてきた曲に何故か強い衝撃を覚え、涙がバラバラ出て来て、咄嗟に有線に電話をかけ曲名を聞いたのだ。
それ以来何度も何度も有線にリクエストをして聴き入り、アタシの応援歌にしていた。

その曲は、酒井俊と言う、あまり知られていない女性歌手が歌う「満月の夕」と言う曲だった。
阪神大震災への癒しの為に作られた曲だそうで、色々な人が歌っている楽曲だそうだが、多分あの頃のアタシの気持ちに鋭くシンクロしたのだろう・・・。
直ぐに彼女のCDは買ったものの、あまり有名な歌手ではないらしくTVでも見掛けず、彼女の生歌は今まで聴いた事が無かった。

金蔵が偶然にもチャンネルを変えてしまったのは、NHKの「歌謡チャリティー、感動の12曲」とか言う番組だったらしく、正にこれからその酒井俊が「満月の夕」を歌おうとしていた場面だったらしく、夫もアタシが何度もこの曲を昔繰り返して聴いていた事を知っていたので、思わずビデオに収めておいてくれたらしいのだ。

今はもう忘れかけていた歌でも有るし、キミハブレイクは、途中で途切れていたけど、初めて彼女の生歌を聴けたのはとてもラッキーな事だった。

この曲はアタシも時々カラオケで歌っているのだが、心に染みる良い歌だ。(歌詞が良い)

そんな不思議な金蔵マジック。
何かを感じ取ってくれたのかな?
それとも単なる偶然だろうか・・・・・・。

まぁ、何はともあれ、金蔵、でかしたぞ。
たまにゃ気の利いたいたずらもするのね〜。

ユーチューブでも見つけた。
http://www.youtube.com/watch?v=pq5r9WZxYw4 (画像悪し)

http://www.youtube.com/watch?v=nrKaMAqz-PA (違う人の歌だが歌詞付き)



2009年04月29日(水)
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■ (日記)薩摩恵比寿堂さんの学ぶべきサービス精神。


店を経営していると、どこで番号を調べるのか、他県のライター業者やら、カラオケ業者やら、はたまた業務用冷凍食品業者などなど・・・色んな業者から電話が掛かってくる。
大抵は、「今マスターが居ないので(元々居ない)バイトの私では対応できかねます」などと適当な事を言って断るのだが・・・・・・。
再び同じ業者から掛かってくる時は「今月一杯でこの店は潰れるそうです」などと言う。

薩摩恵比寿堂から電話が掛かってきたのは二年半ほど前だっただろうか・・・・・・。

「はじめまして、お忙しい所まことに恐れ入ります。私ども、薩摩恵比寿堂と言いまして、本格芋焼酎を専門に取り扱っている会社なのですが、今回試飲用に一本焼酎を送らせて頂きたいと思ってお電話差し上げたのですが・・・・・・」と、やはり突如電話があったのだ。
タダにめっぽう弱いアタシは、この時は運良く(?)嘘をつきそびれてしまった。

聞けば会社は本場鹿児島にあると言う。
鹿児島の業者が良く松本くんだりの、増してや、こんな潰れかけの店の電話を調べたもんだよなぁ・・・・・・。
運の悪い会社である。(笑)

此処は一般の人が買える訳ではないと思うのだが、飲食店専門に焼酎を卸す卸業者らしい。
でも、警戒心の強いアタシは良い返事をしたら無理やり売りつけられてしまうのではないかと思い「ウチの店など、猫の額ほどしかない小さい店だし、かなりの貧乏店なので、例え送っていただいても売り上げに貢献できる事は、まず無理だと思いますよ」と間接的に断ったのだ。
しかし、「もちろん強制的な販売などしてませんし、飲んでお味を確かめていただくだけでよろしいので、是非是非送らせて下さい」と言うので、渋々送ってもらう事にしたのだ。

どうせ、ハーフボトルかミニチュアボトルが1本ほど届くだけだろう・・・。
そう思っていたら、2〜3日後に「マキュキュのからくり箱」とネーミングまで丁寧に印刷してくれた丸々一本のボトルが届いたではないか・・・。
お客に飲ませてみれば評判も良く、アタシも味が気に入り、へぇ〜、中々良いじゃん!!と思っていた。
それからしばらくして、先方から電話が入り「お味のほどは如何でしたでしょうか・・・」と問われ「ええ、中々好評でした」と正直に答えた。
「如何でしょうか・・・、お店で使ってはいただけないでしょうか・・・」
と言うので何本単位で発注するのか聞いてみたら12本単位だと言う。
「使いたいんですけど、店も小さく倉庫など物を入れる場所も無い店なので大量注文は出来ないのですよ・・・」
と言ったら、そういう理由でしたら特別6本単位でも構わないと言う。
値段も手ごろなので、それで注文してみる事になった訳だが・・・・・・。
それからこの会社に惚れ込み、ずっとお付き合いをさせていただいている。

この会社、とても顧客を大事にし、こっつら憎いほどの徹底的なサービス精神に長けており、年に数回、思いもよらぬ記念ボトルのプレゼントや、お得意様サービスとして、高級ドレッシングのセットやら、ラーメンセットなどを突如送ってくださり、そのラーメンなど下手な店で食べるよりも余程美味しく、アタシャとてもお気に入りの一品なのだ。
店で出したいほど旨い!!

ついこの前もラーメンセットが届いたばかりだと言うのに、又先日、大きな新作ボトルが二本も届き、こんな売り上げに貢献できないショボイ店だと言うのにあまりの優しさに恐縮し、感動し、お礼のメールまで書いてしまったほど、その会社の姿勢に感動させられている。
何か、この時代には有り得ない、凄い温かさを感じるんだよなぁ・・・・・・。
本当に申し訳ないくらいに、顧客を喜ばせてくれる会社なのである。

お客さんの誕生日などには、その人の名前入りのラベルも一本単位で作ってくれるらしいので今度、誰かの誕生日祝いに注文しようかな・・・と思う。
何しろ此処の顧客に対するサービスの心得は学ぶべき所が多い。
アタシャ業者に涙が出るほど感動したのは後にも先にもこの会社くらいだ。

アタシの取引先の酒屋に爪の垢でも煎じて飲ませたいよ。
・・・ったくぅ。

http://www.ebisu-do.jp/

注意書き
アタシはこの会社の回し者でもなんでもございません。ww
ただただ、この会社の優しさと真剣さに感動している一消費者です。
あの時嘘をついて断らなくて良かったと、今、シミジミ感じている。

酔ったら、神が降りてくる・・・・・・。
このキャッチコピーも大そうお気に入りである。


2009年04月28日(火)
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■ (日記) とても感慨深い五周年記念パーティーだった。


今年に入ってアタシ達夫婦に様々なアクシデントが度重なり、最初に五周年のパーティーの話しが持ち上がったのはそんな事が尾を引いていた最中のことだった。
本来は第二回目のボーリング大会をし、その後に店に移り、パーティーをする予定だったのだ。

その企画も心優しい常連たちが、そんなアタシ達を励まし、少しでも売り上げに貢献すべく、応援する為に企ててくれた事も重々解っており、温かな仲間を持ったアタシは本当に幸せ者だと、心の中では深く感謝していたのだが、正直、あの頃のアタシは全く元気がなく、思考力も低下し、何を考える事もできず、鬱病の一歩手前のような精神状態だったのだ・・・。

ボーリング大会は人数不足で取り止めになり、日を代えてせめて五周年のパーティーだけでもやろうと奮い立った矢先にアタシ自身が手を怪我し、気持ちはもっと最悪なものとなった・・・・・・。
正直、この手の状態で、どこまでのおもてなしが出来るか全く自信もなく、パーティー予定日のほんの数日前まで、どれだけの人数が集まるのかも把握すらできていなかった。

しかもパーティーの前日、我が妹分コマキの義父が脳出血で倒れ、緊急オペをする事になり、コマキの参加は絶望視されていたのだ。
コマキはあの店の事を一番慕ってくれ、心配してくれ、いつも何かに付け貢献してくれている、あの店にとっては準主役のような存在なので、コマキが出られないと言う事だけでも大きな衝撃な訳で、コマキとて、さぞやこのパーティーを楽しみにしてくれていた事だろうと思うと、胸が痛んだ・・・。
しかし嫁としての立場もあり、事態が事態だけにアタシは無理強いする事もできず、「もしも来られそうなら少しでも顔出してよね」と言うだけに留まったのだ。
しかしロザリーがコマキの家に駆けつけてくれ、コマキと一緒にご主人を説得してくれ、ようやくコマキの参加が可能になったのだ。
そんなアクシデントが有ってのパーティーだったので、パーティーの感動も一入だった。

じょーじんちゃんが乾杯の挨拶をしてくれ、その時「普通、店と言うものは客がママを口説きに来る場所なので、客同士がライバルや敵になる事も有るのですが、この店はそれが一切無く(ドテッ・・・チト寂しい・・・ww)此処に集まる人間達が皆良くて、客同士がこんなに仲良く和気藹々と飲んでる店など他には滅多に無い訳で・・・・・・。そんな風に皆に愛され、皆のシェルター的な店なのだから、これからもずっとやり続けていただきたいと切に願う訳でして・・・・・・」と言ってくれ、その言葉に既にジンと来て、アタシはもうそこで、少し泣きそうになってしまった。

参加者はアタシ等夫婦含めて全部で、19人。
コマキ・じょーじんちゃん・KANEGONちゃん・ロザリー・タカ・マリカ・カルロス・てつ・(O)ちゃん・カナ・豪快兄貴・ゆりくん・まさやん・たかちん・毒舌2・ダウアー・本来は来られなかったはずの息子も駆けつけてくれた。
出席は出来なかったが、協賛してくれた若尾さん、事務長、ユッコ、YACCOさんも大変ありがとうございました。

痛風が出ている夫と、手の利かぬアタシの、二人でようやく一人前のようなダメ夫婦で準備をしたので、いつものような切れのある料理は作れなかったものの、まさやんが絶品の鳥のモツ煮を差し入れしてくれたり、忙しい中コマキが漬物を差し入れしてくれたり、兄貴がケーキを焼いてきてくれたりし、参加者のメンバーは其々に美味しいと満足してくれた様子で、ホッとした。
ゲームの為の協賛品も其々が持ち寄ってくれ、本当に助かった。

その後は歌や会話で盛り上がり、本当に楽しくアットホームで心に残るパーティーになりました。

最後に挨拶をした時には、開店当時からの様々な想いが駆け巡り、思わず我慢しきれず、やはり大泣きしてしまった・・・・・・。
そして最後にものすごいサプライズがあったのだが、アタシがあれほどまでに恋焦がれていた生き神様、フジコヘミングのコンサートチケットを、何と参加者の全員でプレゼントしてくれたではないか・・・・・・。
アタシの願いをぐうたら神がちゃんと叶えてくれたのだ。

もうアタシはいつ死んでも良いや・・・・・・。

本当にそう思えるくらい、フジコヘミングはアタシの中での神様的な存在であり、生きている内に一度だけでもいいから、彼女の生のピアノを聴ける日が来る事をずっと夢見ていたのだ。
きっとみんなの事を思いながら、魂を揺さぶられ、始終泣きっぱなしで聴く事になるだろう・・・・・・。
その時の感動は又後日日記に書かせてもらおう。

その後、歌や会話でパーティーはまだまだ続き、店を片付け外に出た時はもう、白々と明るくなりかけていた。

其々が皆、色々な思いや悩みや苦しみや悲しみを抱えている訳で・・・・・・。
そんな中で、自分の事をさて置き、アタシやあの店を支えてくれ、応援してくれ、こんな風に盛り上げようとしてくれている事に、本当に心の底から感謝すると共に、泣きたいくらい皆が愛しくて堪らなくなる時がある。

アタシの店は、本当に心温かい人間だけの溜まり場だ。
あの店が常連の皆にとっても、いかに必要性のある店かと言う事も再認識でき、自信にもつながり、とても感慨深い五周年記念のパーティーになった。

皆様、本当に一生忘れません。
本当にありがとうね。

アタシも皆様の期待にお応えするべく頑張るので、これからもからくり箱を末永く愛してください。



2009年04月27日(月)
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■ (日記) なにゅにゅ?


草薙剛が酔っ払って公園で全裸で騒ぎ、公然わいせつ罪で逮捕されたみたいだ。
最初何かのパロディー番組かジョークだと思ったら、どうやら本当らしい。
ファンなんかがその場面に遭遇したら、これほど嬉しい光景は無いのだろうし、一生の宝物になるのだろうが、近所に住む男性に通報されてしまった事が命取りで、残念だったなぁ・・・。

アタシャこの事件、とても微笑ましく、バカな事をしたなとも思わず、草薙剛も人間なんだなぁ・・・と言う事が解り、変に好意的に見ている。
あれほど世間に晒され、あれほど良い人間性をアピールしなきゃならなく、あれほどがんじがらめの人生を歩んでいたら、何処かで思い切り発散したくなるだろうし、管も巻きたくなるだろう・・・。
そんな呪縛から解き放たれてみたくなり、もうどうにでもなっちまえと暴走したんだろうなぁ・・・。
気持ちよく解る。

ただ、この先CMやドラマやTV出演に影響を及ぼすようになるかと思うと、その関係者達は迷惑をこもうむる訳で・・・・・・そこの所が反省すべき点なのだろうが、そんなことすらもどうでも良くなっちゃうほど、その時点では開放されていたのだろう・・・・・・。
アタシャかえって草薙剛が人間らしくて大好きになった。

きっと今頃二日酔いの頭で、どえらい事をしてしまったと暗澹たる気持ちで居る事だろう。
メンバーの対応、関係者の対応、その他の人々の自分に示す対応などがグルグル頭を駆け巡り、発狂しそうな気持ちでいるのではないかと思うと深く同情する。

何か夜にも奇妙な物語を地で行った様な事件だなぁ・・・。
正にチンww事件だった。

どうか、あまり彼を苛めず、温厚な取り計らいをしてあげて欲しいなぁ・・・。


2009年04月23日(木)
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■ (日記) 手術は保留と言う事に・・・。


月曜日に抜糸をし、紹介状を書いてもらい、丸の内病院に行ってきた。
その先生はかなりの名医なので、本来なら予約が一杯で、来月末まで埋まっているとの事だったが、緊急性があったのか、紹介状のお陰か、スンナリとその日に入れてもらうことが出来、早速診て貰ってきた。
診察室に入り(N)先生のニヒルな横顔をチラ見し、「先生、お久しぶりでございます。覚えてらっしゃいますか?」と言ったら「あれれ? 見たことあるぞぉ〜」と言われ「エポックの娘の方です。その節は母が大変お世話になりました。私もこんなオバサンになっちゃいました」と言い、しばし、エポックの思いで話や母の手術時の話をした後、診察を受けた。

レントゲンの結果、ガラスの破片が残っている訳ではないので、その走るような鋭い痛みは切れた神経に異物(肉や血液)が当たるせいで起こる痛みだと言う事が解った。
コレはしばらくの間は致し方のない痛みであり、もし手術をしても、かなり軽減はされるものの100%良くなるとも限らないらしく、手術費や体の負担を考えると無理に手術はせず、取り敢えずは痺れ止めの投薬で様子を見ると言う事になった。
一ヵ月後、又予約を入れてもらったので、その時点で全く改善されて無い場合は(N)先生が執刀してくださるそうだ。

「しかし、お母さんも同じような場所を手術して、あんたもあの頃のお母さんと同じ年頃に、またまた同じような場所を怪我するなんて、やっぱ親子だなぁ・・・」と、二人で妙に関心してしまった。

人間の自然治癒力と言うものは大したものらしく、神経も全部切れている訳ではないらしく少しだけ残っているので、追々神経が再生し、感覚が戻ってくる事もあるのでそんなに悲観したものではないというお言葉も頂いた。

どの道、手術費など逆さに振っていくら叩いても、アタシの財布から転げ出てくる訳も無く、暗澹たる気持ちだったのでホッ!と一安心した。
なので今後は痛み止めと痺れ止めで様子を見る事になった。

怪我から10日が経ち、傷自体の痛みはさほど無くなり、そのクラゲ痛(今思いついた呼び名)も何をした時により激しく起こるのか多少は要領を掴め、痛みにも慣れて来たので、料理や何かも以前ほどテキパキは出来ぬが、少しずつゆっくりと始められている。
時々作業をする際「ギャッ!!」と叫ぶ事も有ろうと思うが、気にしないで無視してくだされ。

そんな訳で手術をしなくて済んだ事がアタシは何よりも嬉しく、お客をコキ使う事は前にも増して増えそうだが、ぼちぼちやって行こうと思う。

五周年の参加者もお陰さまでホボ定員近くまで埋まり、今はそれに向けてどんな料理でもてなそうか、構想を練ろうと思っている。


2009年04月22日(水)
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■ (日記) 今日は傷の抜糸だ。


どうも、この手は手の専門医による神経を繋ぐ手術が必要らしい・・・。
このままだと神経が通わぬまま、例の電流のような痛みが続いてしまって不自由なままになってしまうらしい・・・・・・。
料理がアタシの唯一の特技なので、それが出来なくなる事は致命傷である。

単に手をガラスで切っただけだと思っていたのに、かなりの大事になってしまった・・・・・・。(涙)
全てアタシの運命であり、必要な事なので、災いと思わず、真摯に受け止めるしかない。
癌になったお陰で嬉しい事もあったように、今度の事でも、何かのご褒美があるかもしれない。

手術が必要といわれた時、手の専門医など頭に浮かばず、知り合いの外科医の先生に相談した所、母の代の頃のエポックの常連だった先生の名前が出てきて、思わず懐かしいやら嬉しいやら・・・・・・。
彼は当時信大の整形外科の教授で、母の腱鞘炎(けんしょう炎)の手術もしてくれた事の有るお方だ。
今日の抜糸の際、紹介状を書いてもらおうと思っている。

今日は第三月曜で店は休みなので、今後の事などゆっくり考えたいと思う。



2009年04月20日(月)
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■ (日記) 昨日はいろんな事を考えていた。


昨日は店を開けてみたのだけれど、やはり誰も来ず、12時間際に小雨も降ってきたので家に帰った。
それでも、客待ちをしながら色々な事を考えていた。

今現在のアタシが困難な事・・・。

一気に手が伸ばせない。
手を伸ばしたまま手の平を返せない。
グラスを取ったり戻したりが困難。
シートベルトが後ろ手で取れない。
お釣り銭が受け取れない。
風呂で背中が洗えない。
普通に手を振って歩けない。
金蔵を抱き抱えられない。
菜箸や箸を持っても、折れ曲がった箸を持っているような感覚。
ドアの開け閉め。
ひねる形のガス栓がひねれない。

要は手を伸ばした状態で親指と人差し指に特殊な負荷がかかるたび、激痛の稲妻が走るのだ。
なのでそっと、ゆっくりと、恐々動かすしかない・・・。
ね・・・、まるで身体障害者でしょう・・・。

そうかと言ってバイトを雇う余裕など有るはずも無く、先日夫と、夫婦揃って身体障害者みたいなものなのだから、いっそ旦那に会社を辞めてもらって、二人で二人三脚で一緒に店をやらないかと真剣に話し合ってみたのだが、それに付いて昨夜は色々思いをめぐらせていた。

例え少なくても、十万チョイ有る夫の収入が無くなると言うのも一か八かの賭けである。
かと言って夫も爆弾を抱える身、これ以上仕事を増やさせて倒れられたのでは元も子もない。
夫が手伝うようになったからと言って、夫の収入分の売り上げが確実に増えるとは思えない。
今がギリギリ、もしくはマイナスなので、これ以上収入が減れば、もう確実にアウトである。
しかし、どちらかの体がダメな時でも、どちらかは店を開けられる訳で、無駄に店を休む事はなくなるだろうし、仕事を分担できるので混雑時の身体の負担も客の野放しも状態も軽減される。
今、利点とリスクの双方を考え、じっくり検討中だ。

夫は手先は起用で料理も出来るので、ちょっと教え込めば大抵の物は作れるようになる。
しかもユーモラスで面白い人間なので、客受けもソコソコ良いとは思われる。
又二人でやるようになれば、一味違った空気を送り込んでくれる事だろう。

どっちにしてもアタシの指がこんな状態では、何かの策を考えなきゃ・・・。
でもノリやその場の勢いではなく、慎重に考えないとね・・・・・・。


2009年04月17日(金)
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■ (日記) 今日から店開けてます。


ろくなおもてなしは出来ないけれど、今日から店開けます。
アタシの元気の源は、やはり常連客や新規のお客さんたちと心を通わせながら楽しく時間を過ごす事な訳で、人を慰めたり人に慰められたりする事がどれほど人間が生きる為の養分になっているか、身に染みて感じます。
体調の悪い時や痛い所があった場合、それを押してまで店を開けても誰も来ない時も有ります。
そんな日が二日も続くと、三日目は店を開けるのも怖くなります。
それで三日目は今日もどうせ開けても誰も来ないんだろうなぁ・・・などと思い、そんな一人ぽっちの空しく暗澹な時間を何時間も過ごすくらいなら、例え明日から食べられなくなっても夫と居る方が楽しいし癒される・・・などと思って休んでしまう事も偶には有りました。
でもそういう日に限って、弱っちい考えに見せしめを与えるかの如く、お客さんは来るものなのです。

んで後からお客さんが来た事を知り、ああ、開けていればいくばくかの売り上げになったのになぁ・・・と後悔し、又凹む訳で・・・・・・。
そう思って次回は開けて置けば来ない。それが続いて閉めれば来る・・・。
水商売はそんなギャフン事の繰り返しでして・・・・・・。
きっとそれが水商売の宿命なのでしょう・・・。
色々と試され事の多い人生です。

でもそんな仕事を自ら選んで生業にしている以上、アタシの店を求めて一組でもお客さんが来てくれる以上、やはり出来る限り店は開けてないといけないと痛切に感じています。

今日友人とお茶を飲み、指がこんな状態になってしまって痛いし悔しいし、正直本当にもう辛いと弱音を吐きました。
生きるのも虚しくなったと友人の前で泣きました。
そうしたらその友人が「マキの店のお客さんは、マキの作った物を食べに行ってる訳じゃないと思うよ。マキの顔を見て、マキとたわいのない話をしたいだけなんだよ・・・。だから料理が作れようが作れまいが、マキには悪いが、そんなのどうだって良いんだよ・・・。料理なんか二の次で、アンタをいじりたく、又、アンタにいじられたくて行くだけなんだからさ。」
そんな変な慰め方をしてくれるのだわ。(笑)
いかにもアタシの友人らしいでしょう?

「指が動くようになったら、又美味しい手料理でもてなしャいいじゃん? 何ならしばらくは持ち込みOKの店にしちゃえば尚楽ジャン!」

その言葉で今日から再開する勇気が持てたのです。
このようにアタシの自尊心を上手くくすぐってくれるような、心優しい友人にアタシはとても救われています。

なので今日から又よろしくお願いします。


以上、ご報告でした。


2009年04月16日(木)
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■ (日記) 包丁が使えない・・・・・・。&さっきの続き日記。


今日、傷口自体の痛みは多少和らぎ、お腹も空いたので、先日ホームセンターで購入したひじまである薄手のゴム手袋を嵌めて、仕事の予行演習の如く皿洗いと料理を作ってみて愕然とした。
一番肝心な親指と人差し指の感覚が所々ないので、包丁と菜箸が全然うまく使えないのだ。

長ネギのような柔らかい物を切るのはまだ良いのだが、大根や人参などを切ろうとするたび、神経が通わなくてしびれている筈の親指と人差し指に、熱いような電流のようなビリビリした激しい痛みが走る。
この痛みは切った当初からずっと続いているが、それが前にも増して来たように感じる。
丁度ひじをぶつけると、小指の先までしびれる、アレと同じような痛みである。
特に手を伸ばした瞬間や、伸ばした手の平を上に向けようとすると、毎回と言っていいほどその痛みが走る。
物を持っている時などは「ワッ!」と叫び、落としそうになってしまう。

こんなんじゃ、店も出来ないと、さっきまで絶望感に苛まれ泣いていた。

傷の場所は手首から1センチほど上の辺りで、親指と人差し指の真ん中あたりだ。
運悪く一番使う二本の指の神経が両方損傷したみたいなので暫くは致し方ないのだろうが、この状態がどのくらい続くのかと思うと暗澹たる気持ちになる。

これから傷口の消毒の為、又医者に行くのだが、何かのてだてはないものかしっかり聞いて来ようと思う。
なので今日も多分店は無理だと思う。


上の続きです。

今、医者から帰ってきた所で、今日はいつもの女医さんではなく、御爺ちゃん先生が診てくれた。
きっと女医さんのお父さんなのかな? この先生がきっと大先生なのだろう・・・。
指の無感覚さと、始終起こる電流のような痛みを訴え、「いつ頃までこのような状態が続くのでしょうか・・・」と質問したら「傷自体の治りはそんなには掛かりませんが、この痺れと痛みは半年くらいは続くでしょう・・・」と言われ、「は、は、は、半年もですか!?」と、またまた、愕然!!
傷口がまだ赤く腫れ上がっているので、今日もお風呂はダメらしく、水に濡らす事もダメだと言うので、仕方が無く今日もう一日だけ店を休む事にした。
明日から暫くの間は、お勧め料理や食事類は殆ど出せないだろうが、簡単なツマミ程度で店を再開する事にした。
ガラス代や医者代が結構掛かってしまい、もう休んでいられなくなった。
んな訳でして、明日から店を開けることにしますのでツマミ類に関してはしばし、大目に見てやってください。





2009年04月15日(水)
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■ (日記) 我が敬愛すべくフジコ・ヘミング


昨日は大人しく家に居て、旦那の作ってくれた夜ご飯を食べて一滴の酒も飲まず、大人しくしていた。
そしたら旦那が「あっ、そうだ!この前HNKでお前の大好きなフジコ・ヘミングの特集番組やってたから撮っておいたよ」と言うので「あらま良い子だねぇ・・・。良く気付いたねぇ・・・」とスキン頭をナデナデして誉めてやり、二人でじっくり観始めた。

フジコ・へミング。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%B8%E5%AD%90%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0

この人を知ったのは数年前、菅野美穂が主演したフジコ・ヘミングの生涯を演じたドキュメンタリードラマを見てからだった。
アタシは一瞬で彼女の生き方や考え方に魅了され、心があわ立ち、ドラマの最後に菅野美穂からフジコ・ヘミング本人に画像が切り替わる伴奏シーンの頃には、もう、涙が止まらないで居たほど強く感動させられていたのだ。
それから彼女のCDを買い、彼女の特番やらは必ず見るようになり、彼女はアタシの生き神様になった。

物凄〜〜くおこがましいのだが、彼女の番組を見るに付け、とても共通点を感じてならないのだ・・・。
いくつかの共通点を挙げてみると・・・。

�“狃�はとても厳しい母親に育てられていて、母に対する愛と憎しみのハザマに苦しんだ時期もあったようだが、今も尚、亡き母を溺愛し、彼女の形見を大切にしながらいつかあの世で再会する事を夢見ている。

��彼女はしっきりなしにタバコを吸っている。その瞬間が彼女の心を一番癒してくれているようだ。

�H狃�は20匹の猫達に囲まれて暮らしている。彼女は人間よりも動物の方が純粋で好きだそうだ。

�と狃�は許す事を大切にしていて、人間は一人一人が全て違っていて、それだからこそ人間なのに、自分と同じじゃなければ偏見を持ち、人を阻害すると言う性質に強い無念さや残念さを抱いている。

�セ�悲深く慈愛に満ち(此処は違う)神様の存在を信じている。(此処は同じ)

��人に媚びない。

�Э�うか食えぬかの時期が晩年になるまで長く続いた。(アタシは一生続くかも)そんな時でもホームレスなどに恵を与える事は怠らない。(此処はチト同じ)

�┥�女のような感性を今も持ち続けている。(アタシは単純なだけ)

��頑固。(此処はそっくり)

��世間に同調する事よりも自分らしさを優先し、頑なにそれを守り続けている。

��彼女は技術ではなく魂と感性だけで音を奏でている。(アタシも魂で物を書けるようになりたい)

今回の特番も大変素晴らしく、アタシは彼女のピアノを聴く度に、彼女の姿を見る度になぜか泣けて泣けて仕方が無いのだ・・・。
ちょっと母に顔立ちが似ている気もする。

彼女が近々松本に来るのだ。
前回も来たのだけれど、団長(暴走族じゃあるまいし)断腸の思いだったが、お金が無くて聴きに行く事が出来なかった。
今回は、立見席でも良いから一度だけでも彼女の生のピアノが聴いてみたいと思うのだが、もうチケットは売り切れちゃってるだろうなぁ・・・・・・。
今回を逃したら一生聴けないかもしれない・・・。

ぐうたら神よ、この哀れな子羊を何とか、彼女の演奏会に行かせてください!!


2009年04月14日(火)
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■ (日記) ガラスのシャワー


昨日は予約が有ったので、営業したのだが・・・、カウンター内の食器ケースの扉にぶつかった拍子に、ガラスが粉々に割れ、頭からガラスのシャワーを浴びてしまった。(金のシャーを浴びたかった・・・トホホ・・・)
幸い頭や顔は何ともなかったが、右手の甲にガラスが刺さり、かなり深く切れたようなので何も出来ず、そのまま店で寝て、早朝夫に電話し、夫に会社を休んでもらい、片付け物をしてもらったり医者に連れてってもらったが凄い混雑振りだったのでいったん家に帰り、少し身体を休め、今再び病院に行って数針縫ってもらってきた。
やはり一箇所とても深く切れている部分があり、もう少しで筋をやられるところだったみたいだ。


昨日は深酒をしていた為麻酔が効かずに痛いの何の・・・・・・。(涙)

筋は切れてないが、表面の神経が切れてしまったようで、親指、人差し指、中指の半分位の手の甲側の感覚がない。(手の平側はある)
医者に言わせると日数は掛かるが徐々に感覚は戻ってくると思うとの事。
それにしても抜糸をするまでは水仕事が無理だし、今日明日あたりは痛みも出るでしょうとの事なので店が出来そうに無くなった。

心配ばかりお掛けして申し訳ありませんが、そんな訳でとりあえず今日、明日くらい店を休み、様子を見ます。

・・・ったく次から次へと、キツイです。(瞬)


2009年04月13日(月)
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■ (日記) メニエール&目にエラー


一昨日の夕方あたりからメニエールが出始め、タダでさえ軽いめまいで視界がおぼつかない状態だったところへ持ってきて、昨日は目に砂埃が入り、左目を傷付け、目が開けられなくなった。
アタシのメニエールは軽い時もあり、天地がグルグル回るような酷いめまいの時もあり、数時間で治まる場合もあれば、二日か三日も続く事も有る。
運転中に出るとちょっとヤバイ。

http://www.peare.or.jp/peare/a/02ear/0203ear.html

夫の会社の同僚の奥さんも、ここ二か三日、酷いメニエールで動けないで居るらしく、知り合いの(M)と言う女性も、このところ頻繁に軽いメニエールに悩まされているらしく、やはりメニエルは春に猛威を増す病気らしい。
コレだけ多くの人がメニエールに悩まされていると言うのに、未だ原因が良くは解っていないと言うのが困り者だ。
起これば仕方ないので安静にしているしかないのだが、予防法があったら是非知りたい。

実は少し前、左耳の奥でアクビ時や物を飲み込む度に「ゴソゴソ、ゴソゴソ、ミシミシ、ミシミシ」と言う異音がし、気になっていたのだが、アタシの場合はコレがどうもメニエールの予兆のような気がするのだ。
以前もそんな事が有り、耳鼻科で診てもらったら耳垢とか異物が混入している形跡はなく、それは2〜3日でピタリと治まり、その後にメニエールが出た。
今回も同じである。

先日メニエールが出た時、耳鼻科で貰った薬がまだかなり残っていたのでそれを飲み、眼科で貰った薬も残っているので、それを点眼している。
目はまだ少し痛いが、めまいの方は落ち着いたみたいだ。
昨日は連絡をくれただけでも3〜4人位の人が店に来ようとしてくれたみたいで、大変申し訳なく勿体無い事をした。

最近、まともに一週間、全日店が営業出来る事が少なくなってきた。
この金の無い時期に凹むよなぁ・・・・・・。


2009年04月10日(金)
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■ (日記) お城の桜が4分咲き?


つい4日ごろ前、ようやく松本も桜の花が1つ2つ開き出したと思ったのだが、昨日松本城のお堀端を車で通ったらもう2〜3分咲になっていた!!
今日はもう4分咲きくらいになっているのではなかろうか・・・。
今頃の桜が一番良いなぁ・・・。
桜は満開になってしまうと後は散るのみとなって、嬉しいよりも一抹の寂しさを覚えてしまう。
今週の土日あたりはピークだろうなぁ。

サテサテ話しが変わります。

昨日は先日櫻守と言うカツ屋に行ってフラれた彼女に、彼女のお勧めと言う店に連れて行ってもらった。
豊科の南穂高方面に出来たらしい、(ら、ぶぅ〜な)と言う豚肉料理専門店だ。

http://r.tabelog.com/nagano/A2005/A200501/20002551/

循環型レストランと言うので、きっとブタの飼育場が経営している直営の店なのかもしれない。
レストランの隣では肉の販売などもしているみたいだ。
飼育場が近くで、ブタの悲鳴など聞きながら食事をするのは嫌だなぁ・・・と思ったが、飼育場は別の場所にあるみたいで、少し安心した。

レディースプレート(1200円)と言うのを注文したら、先ずはスープが出てきて、野菜がタップリ入ったコンソメが結構な量で出てきた。
次にサラダが出て(コレも結構な量が有る)その次は好みのパスタ(トマト・クリーム・オイルから選ぶ)が出てきて(コレも一人前弱といった量)もうこの頃からお腹が一杯になり始め、最後にメインであるポークソテーが出てきた。
その後にデザートとコーヒーも付く。
コレで1200円はとても安い!!

やはり豚肉専門料理店だけあって、ブタ肉は旨みと甘味が強く、大変美味なのだが・・・・・・、アタシャどうも戦術が間違っているように思えてならないのだ・・・。
アタシだったら、スープ・サラダと出して、まだお腹が空いていて物を旨く食べられる内にメインを出してしまって、最後にパスタを出すなぁ・・・・・・。
そうすれば肉の旨みをもっともっと強く印象付けられると思う。
したがって次回は別の料理も色々と食べてもみたいなぁ・・・と言う期待感が倍増する気がした。

とは言うものの、此処の豚肉は柔らかすぎず、適度な噛み応えが感じられ、噛み締めると肉や脂身からジュワっと旨み成分が湧き出てきて、中々気に入りました。

とんかつや、ブタの角煮定食も気になったなぁ・・・・・・。
今度行った時はお腹が空いてる内に豚肉料理を頼む事にしよう。

そこからの帰りにお城端を通り、しばし車を止めて桜に魅入ったと言うわけだ。


2009年04月09日(木)
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■ 【料理】 マキュキュ風チキンとほうれん草のココナツミルクのカレー


アタシの店で時々出す好評のカレーは全部で5種。
つか、レパートリーが今のところ、この5種類だけな訳で・・・・・・。
家庭でも食べられるけどチト工夫を凝らしたビーフカレー、同じく、ジャガイモも人参も玉ねぎも入ったポークカレー、キーマカレー、スープカレー、そして今日ご紹介する、チキンとほうれん草のココナツミルクのカレー。
この5種のカレーをアタシのやる気と気が向いた時だけ作って、常連客などに押し売りすると言う次第でして・・・・・・。

先日久々に作ったこのカレーが評判良かったので、作り方を紹介しようと思う。
割と簡単だし、美味しいと思われるので、興味が有る方はコピーしておくんなまし。

【材料】6〜7人前ほど?(いつも一回に作る量な訳で・・・)

鶏の骨付きぶつ切りOR骨付きモモ丸ごと一本 1キロ
ほうれん草     一束
玉ねぎみじん切り  大き目の二個分
人参(すりおろした物)一本分
にんにく      3欠けほど
しょうが      にんにくと同じくらい
バター       大さじ1
オリーブオイル   大さじ1
カレー粉      大さじ二杯くらいかなぁ・・・。
ガラムマサラ    大さじ1杯くらいかなぁ・・・。
シナモンパウダー  小さじ1
コンソメ顆粒    大さじ2杯くらいかなぁ・・・。
塩         適量
コショウ      適量
カエンペッパー   適量
隠し砂糖      適量
トマトの水煮缶   一缶
ココナツミルク   一缶
市販のカレールー (使う場合と使わない場合がある)

【作り方】

☆ほうれん草はサッと茹で、水切りをし、4センチくらいの長さに切っておく。
☆にんにくとショウガをフードプロセッサーに掛けみじん切りにしておく。
☆トマトの水煮缶もフードプロセッサーにかけてジュース状にしておく。
☆フライパンにバターとオリーブオイルを熱し、にんにく、ショウガを入れ、香りが立つまで良く炒めたら、玉ねぎを加えアメ色になるまで良く炒める。
☆玉ねぎが炒まったら、鶏肉を加え、やはり焼き色が付くまで良く炒める。
☆その後、人参のすりおろしたものを加え、更に良く炒める。
☆ここで少量の塩と胡椒で下味をつけておくのがポイント。
☆そこにカレー粉、ガラムマサラ、コンソメ顆粒、等を入れ、更に炒め、トマト缶を入れて弱火にし、15分ほど煮込む。
☆最期にココナツミルクと、シナモンパウダー、カエンペッパーを入れ、隠し砂糖を加え更に弱火にしてかき回しながら15分ほど煮込む。
☆味が物足りないようであれば、市販のカレールーを加え味を調えて出来上がり。
☆小鍋に取り分け、カレーを温める時に、ほうれん草の茹でた物を加える。

※ほうれん草はあまり煮込むと色がばっちくなるので、茹でて置くだけに留まり、食べるたびに必要量だけ加えると色鮮やかで良いと思われる。

※カエンペッパーはとても辛いので、コレで辛さを調節してください。


2009年04月07日(火)
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■ (日記) 久々日記


何かこのところ、精神的にも金銭的にも肉体的にも慌しくて、日記を落ち着いて書ける暇が無かった。
とは言ってもアタシの事だから、何とかギリギリ生きてます。

今日はヒョンな事から我が妹分コマキの愛娘(メルヘン子ちゃん)と二人だけでランチをする事になった。
コマキと、とあるテラスの有るレストランでランチをするはずが、注文後にコマキに突発事項が起き、コマキが帰らなくてはいけなくなったため、コマキの代わりにメルヘン子ちゃんが来て食事をしたという訳だ。
彼女は華の高校生であり、悩めるお年頃であり、何度も行き会ってはいるのだが、まともに会話をするのは今日が初めてで、どちらかと言うと無口な子なので、アタシなりに「何を話せばいいのかなぁ・・・」とドキドキ緊張した。
アタシがそんなだから、きっと向こうも緊張したんだろうなぁ・・・・・・。

メルヘン子ちゃんの妹の(N)ちゃんとは、昔から手紙のやり取りなどがあり仲良しだったのだが、お姉ちゃんの方とはそんなにやり取りもなく、挨拶程度の会話しかなかったからだ。

しかし、彼女との会話は思った以上にスムーズに運び、こんなアタシに心の内を見せてくれ、彼女の思いやら願いやら今後の目標やらをとても素直に正直に話してくれた。
彼女は母の心配を他所に、とてもしっかりしていて、ちゃんと見詰めるべき物を見詰めていて、アタシなんかよりもよっぽど大人だなぁ・・・ と、感心させられる事も多く、アタシも色々と勉強になった。
一日で結構意気投合してしまった。

「今、何よりも一番大切なのは家族・・・・・・。そう思えるようになったんです」
彼女のその言葉にアタシが泣きそうになってしまったよ・・・。

一時間ほど彼女と対話し、彼女とメルアドや電話番号の交換をし合い、又折に触れて話をしようよね、と言って別れた。

そしたら若い男に「マキさん」といきなり声を掛けられ、見てみればモデルのようなド派手なイケメン男が!!
ドキッ!! 

「なぁ〜んだ、誰かと思えば、○オじゃぁないか!! 良いオトコになっちゃって、このぉ〜!!」
そこにはもうすっかりオトコに成長した親友の息子が居、しばし立ち話をし「今度飲みにおいでよ」と再会を約束し、やはりメルアドと電話番号を交換し合い、家に帰ってきた。

何か今日は若い子に縁のある日だったなぁ・・・・・・。
これも何かのシンクロニシティーかもなぁ・・・。

しかし、あんな赤ん坊だった子供達も、皆、自然に大人になってるんだなぁ・・・・・・。
偶には次世代人間の目線に立って、真剣に話し合ってみるのも楽しくて良いもんだ。

オバチャンも張り切らなきゃなぁ・・・・・・。
おちおち腰が痛いだ、膝が痛いだ、貧乏などと言ってられん!!
若い子達に追い越されちゃいそうだ・・・・・・。


2009年04月06日(月)
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■ (日記) サプライズ!!


昨日は物凄いサプライズが有ったのだけれど、とある理由で日記に書けないのがとても悔しい・・・・・・。
何が有ったのかは読者の想像力にお任せしよう。
それも楽しいでしょう?

昨日の日記を書いた時までのアタシは酷く落ち込んでいた。
昨日はまさしく月末。
モロモロの支払いに追われる日である。
タダでさえ月末の支払いは毎月20万ほど有ると言うのに、今月から夫が起こした事故の弁償金の支払いが始まるし、前回の七重苦で溜まってしまった物も整理しなければならず、全く足りない状態だった。
亭主の給料も長らく会社を休んでいた為4万ほどしかなく、どうしても必要不可欠なお金がマイナス十ウン万と言う事態であった。

その十ウン万がたった半日足らずで全部埋められる事になったのは、やはりアタシがぐうたら神とご先祖様に守られているからに他ならないと言う事が確信できたような一日だった。
ただ、それ以上でもなくそれ以下でもないと言うところ辺りがぐうたら神とご先祖様がケチンボな所以かも知れない。
どうせなら少しは余禄が欲しかった・・・・・・。(高望み・・・)

昨日は火曜日の割りに店は忙しく、事務長を皮切りにタカチンも現れ、タカチンは昨日が店に来る最終日となり、5日に引越しをするそうだ。
その後、じょーじんちゃんがお連れさんと来てくれたし(G)さんも来てくれたし、(T)ママも来てくれたし、タカチン効果でダウアーやコマキも来てくれ、何か歌と笑いと楽しい会話でとても盛り上がり、まるで金曜か土曜のような賑わいを見せてくれた。

その神憑ったサプライズのお陰と、昨日の売り上げだけで、半日前までの悩みが一気に解決出来た。

やれやれ・・・、今月も又薄皮一枚のところで、人様の情けには頼らずに救われる事となった・・・・・・。


2009年04月01日(水)

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