マキュキュのからくり日記
マキュキュ
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■ (日記) 昨夜は(T)さんが再来店をしてくれてビックリ。


東京在住で、マイミクでもある(T)さんが、昨夜突如来てくれて、良いお話をたくさんしてくれた。
昨日は携帯を家の充電器に差し込んだまま店に行ってしまい、昼間ミクシィのメッセに(T)さんからの「今日は新宿で飲み会のはずだったんだけど、その友人がインフルエンザに掛かってしまったらしく、飲み会がキャンセルになったら松本まで飲みに行こうと思っています」との書き込みは見ていたので、その後どうなっただろうなぁ・・・と気にかけて何度もミクシィは覗いていたのだが・・・・・・。

(T)さんから連絡があったとき「マキュキュが家に携帯を忘れてまして・・・」と、亭主が応対してくれたみたいだ。
(T)さんも突然のしゃがれた男の声での応対に、ちょっと驚いた事だろう。(笑)
亭主から「今(T)さんが店の近くまで来ているそうなので、もう直ぐ着くはずだからね〜」と連絡があった。そしてその時点でお客さんは誰も居なかった。

(T)さんの来店は今回が二度目で、前回は店がめずらしくも満席状態だったので、店の雰囲気は解っていただけたのだが、ゆっくりお話が出来なかったのだ。
しかし昨夜はぐうたら神がからくりマジックをくれたのか(※からくりマジック=大事な話がある人が来ると、おおむね話し終わるまでは誰も入って来ない現象の事)そのお陰で(T)さんと色々な話がゆっくりできた。

そして杉田さんの「願わくば鳩の如く」の話や((T)さんは著書を読んでくれたみたいだ)バアバ(義祖母)の話などをしていた頃、常連のダウアーが来て、次にコマキが来て、更に事務長が・・・・・・。

ダウアーもコマキも前回(T)さんが来てくれたときに店に居たので、もう顔見知り。
しかも(T)さんとダウアーは同郷ということもあり、前回もその話で盛り上がっていた。

それからは皆で和気藹々に懐かしがり、様々な話が展開していく。
事務長のプロ並の歌を聴き、しばしカラオケタイムになり、アタシが覚え立ての(まだ未完成)我が麗しき恋物語を歌ってみたら「この歌すごく良い歌だね〜!!」と皆に大好評だった。
6日までに完璧に覚えて、披露しようかな〜。

「こんなに良いお客さんや、日記を読んでいても店やマキュちゃんのファンは多いのに、店を閉めてしまうのはまだまだもったいないじゃない・・・。何か店を維持する良い方法がないものかなぁ・・・・」と言う話になり、(T)さんが店の存続についてのグッドアイデアを出してくれ、皆もそれに賛同してくれているのを聞きながら、アタシはまた嬉しくて泣きそうになった。

そんな話で盛り上がっている内に、気がつけばまたもや3時・・・・・・。
お名残惜しいけれどと言う事で次回の来店(3月にもう一度来てくれるそうだ)を約束し、解散した。

(T)さんは来月はけん爺と一緒に来てくれるみたいだ。


2011年02月27日(日)
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■ (日記) 多少は見込みがあるって事みたいだ。


一ヶ月前かそこいらに公募ガイドで見つけた、某出版社が募集している7行詩に応募してみたけど、何を書いたかも忘れている。
先日一時審査が通ったと言う書類が届き、お電話くださいと書いてあったので担当者の方と電話で話もしたら「一時審査は約2000人の中の50人ほどを選ばせて貰ったんです」と言うことだった。

まぁ、こういうのは大抵が自費出版や共同出版を進める営業目的な訳で、だからたいした物を書いてなくても心をコチョコチョくすぐるべく作品を褒めるのだ。
でも、電話で話した担当者が「うちはよその出版社よりも断然安い価格で本を出せますし、売れる本を書いてくれそうな人だけを選びたいので滅多やたらには褒めないんですよ。」と言っていた。(ホンマカイナ・・・)

『どちらにしても明日の暮らしにも困るほど、私はお金の全然無い人間なので、只で載せてくれるものはいくらでも書きますが、自費出版や共同出版はどう逆立ちしても無理ですから』
と何度も釘をさしておいた。

それでも「選ばれた50人の方にもう一作品詩を書いていただいて、それで実力が認められたら格安で出版する権利が与えられるので、腕試しだと思って書いてください」と言うので、苦手な詩を書いて送ってみたら又通知が来た。
(大体21〜2行の詩で何の実力がわかると言うのか・・・・・)

通知によると。
今回は選定委員会からの推薦を受け、一冊の「本」と言う形にまとめて世に出す価値のある作品を創作できる方であると、判断した上でのご案内です。
是非この機会に『ノベル倶楽部』の出版を通して、書き手として次のステップへ飛躍していただければと思います。

中略

ご費用面等で多少お悩みのご様子ですが(悩んではおりません。はなから諦めております)正式な出版物として流通するものを、これだけ安価でお手伝いしている出版社は日本にはございません。
出版費用に関しましては、最初に先ず210、000円をお納めいただきまして(最初に先ずが引っかかる)製作スタートとさせていただきます。
その後はゆっくりご自身のペースで進めていただいてかまいません。

弊社スタッフが一同全力をあげて中山様の刊行プロデュースのお手伝いをさせていただきますので、よろしくご検討の程をお願い申し上げます。

210、000で本が出せるなら確かに安いのかもしれないけど(以前の出版社は共同出版でも150万掛かるそうだったから)でも、アタシは21、000円のお金にも困っているくらいなんだから、あなた、それは無理なお話ってもんでしょう・・・・・・。

まぁ、アタシは二次審査に通ったと言うだけで少しは自信がついたわけだから、応募してみて良かったとは思っている。
多少の見込みは有りそうだって事だものね・・・・・・。


2011年02月25日(金)
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■ 【ご案内】 からくり箱に泣きに来ませんか?


きたる3月6日の日曜日。 からくり箱にとてつもない奇跡が起こります。
このところ暗澹たる気持ちをずっと抱えていたので、今日の今日まで全く忘れていたのだけれど、考えてみたら3月9日は、いみじくもからくり箱の7周年記念日なんです……。

ぐうたら神と、アタシの周りの生き神様たちが、その事に気付かせてくれるような大きな大きなシンクロニシティーをくださり、7周年にふさわしい思わぬプレゼントをいただきました。
3日ほど早いですが、3月6日の日曜日を、【7周年、奇跡の夕べ】とさせていただきます。

来られた方はきっと神に感謝する日になること、お間違いないでしょう。

「バイオリンが奏でるシャンソンの夕べ」 ¥4000 フリードリンク・ツマミ付き
時間 6時半〜イベント終了時まで。

※ 後の余韻会は、別途ご飲食料金が加算されます。

※ なお、小さな小さな店ですので、定員が限られてしまいます。奇跡体験をご希望の方は3日前までに必ずお店かアタシの携帯にお電話ください。
店 0263 33 7133

携帯番号はここには書けませんので携帯番号を知っている人に聞いてください。(笑)


2011年02月24日(木)
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■ (日記) 誰か知らないかな?


アタシが松本に来たばかりの頃に聞いた話なので、うろ覚えなのだが・・・・・・。
いまでは架空の話なのか本当にあった話なのかもわからない。

昔、松本市内のどこかの河川敷に一人の初老のホームレスが住んでいて、その人が温かくて優しい人で愛すべき存在だったため、多くの市民から食べ物や毛布や着る物を頂いたりして交流をはぐくんでいたそうだ。

しかしある日、台風か何かで川の水が増水し、溺れかけた犬かネコを助けるためにそのホームレスが川に飛び込み、結局は流されて亡くなられてしまったという。
その出来事がやがて本になったとかドラマになったとかの話だったのだが、どなたかその話しを詳しく知っている人はいないだろうか・・・・・・。
そしてその本の題名を知ってる人が居たら是非教えて欲しい。
急にその本が読みたくなった。

サテサテ・・・。
ネコといえば金蔵の今回の膀胱炎は、二本の注射と飲み薬だけで症状が消えており、とても元気にしている。
陽気も大分春めいてきたものね。
とは言うものの、朝晩はまだ寒いので、今年は灯油代が嵩むこと嵩むこと・・・・・・。
今も灯油を一缶買いに行くか二缶買ってしまおうか迷っているところ。(笑)

一方、ミュウー婆さんはおととい、風呂場の前にある斜めに開くの小窓から逃走しようとし、(網戸が有るので出られもしないのに・・・)金具に片足がひっかかり、身体も宙吊りになり、物凄いつんざくような悲鳴をあげていたのだが、アタシに助けられ、骨折もせず、足を引きずることもなく、事なきを得たのだが、一時はミュウーもかよ・・・!! と、【医者代】の3文字が頭をかすめ、暗澹たる気持ちになった。

しかしミュウー婆さんはもう16歳になるのにウチでは一番お金が掛からなくて元気だなぁ・・・・・・。
運気が悪い時のアタシだったら、お金が無いところに更に追い討ちが掛かるようにミュウー婆さんも医者通いになっていたところだろう・・・・・・。
でも、事なきを得たということは、やはり少しずつだが、運気が上昇しているみたいだ。

そんなことにさえ幸せを感じる。


2011年02月23日(水)
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■ (日記) あきらちゃんご一行様、来店記念日記。


土曜日、わが憧れの若林ケンさんのご友人でもある、あきらちゃんご一行様が、からくり箱を訪れてくれた。
メンバーはあきらちゃん、なかじ君、MrJ氏のお三方。みなさんマイミクになっていただいた。

アタシよりも随分若い人たちなので、こんなオバチャンの店が果たして気に入ってもらえるかどうか自信も無く、コレでも結構初対面の人には上がり症なアタシなので、ドアが風の音で鳴る度に心臓がバクバク。

そして、いよいよドアが・・・・・・。

メッセ欄だかコメント欄で、あきらちゃんは「決してイケメンではございませんので、過度の期待をなさらぬように・・・」と書いてあったが、いやいや、かなりのイケメンでございました。


このあきらちゃんですが、ケンさんの日記のコメント欄に長野県の方が書き込んでると知り、ソォ〜ッと、抜き足差し足忍び足で彼のホームにお邪魔してみたところ、お芝居をなさっているお方と知り、益々興味津々に・・・・・・。
そして日記を少し読ませていただいたら、さすがにお芝居の脚本なんかも書いている方だそうで、とても日記が面白いんですよ・・・・・・。
そこで改めてご挨拶をし、つい最近、マイミクになっていただいたお方なのです。


サテサテ・・・。
あきらちゃんとなかじ君が8時半ごろに来てくれ、MrJ氏はちょっと後から来たのですが、何故か看板がクローズになっていたらしくドアの前から電話が・・・・・・(笑)
アタシャ何かしら失敗の多い人間でして・・・・・・。
特に気持ちが浮き足立ってる時は尚更でして・・・・・・。

メンバー全員が揃って改めて乾杯をした後は、徐々に打ち解けて少しずつ色々なお話を・・・・・・。
アタシが持った第一印象は、どなた様が誰とは書きませぬが、ヤッターワン(マンではなくワン)・ボヤッキー・トンズラーをもっと素敵にチャーミングにしたようなお三方【失礼!】だなぁ〜と・・・ww

皆さんまだまだ若く、一番華のあるお年頃。(うらやましい)
そしてとても気さくで楽しい人たちばかりなので、最初はドキドキハラハラソワソワしていたアタシも、どんどん普段のアタシに・・・・・・。

そうこうしている内にAKIKOさんが覗いてくれ、皆さんに紹介し、何とその場でマイミク契約を。
AKIKOさんを交えてしばしのおしゃべりタイム。

AKIKOさんが帰った後は、再び4人で色々な話をし、憧れのケンさんの声もあきらちゃんの電話で聞けたのですが、何故か話の途中で電波切れに・・・・・・【涙】

と、そこへ毒舌2とその上司、その直ぐ後に、わが店の世話役のダウアーなども来てくれ、もうその時間帯は完全に皆和気藹々で、てんでんに飲んだり食べたり歌ったり喋ったり・・・エポック時代の古いアルバムを見てもらったり・・・・・・。
時の経つつのも忘れ、ワイワイガヤガヤといつものからくり箱の雰囲気に・・・・・・。


自慢の餃子と、その日の為に用意していたスープカレーを押し売りし、どちらも評判が良かったのでホッと胸をなでおろした。

途中であきらちゃんにケンさんに関するるとても嬉しいお話を聞き、本当に人間同士の繋がりって不思議でもあり、又ありがたくもあり、温かいものだなぁ・・・・・と、ホロリとし、その頃はアタシもかなり酔っ払って良い気分に・・・・・・。

どうやってそんなに速く時が流れたのか、気がつけば時間は朝の4時。
代行を呼んでおかないと帰れなくなるので、お名残惜しいけれど解散することに・・・・・・。
「店で寝ていけば良いのに・・・」と言ったのだが、遠慮して車中泊にするという。
「風引かないでよね」
そういって別れを告げた・・・・・・。

翌日はさすがに9時半近くまで寝ていて、隣の部屋の亭主から「いつまで寝てるのよ・・・。淋しいじゃん・・・。コーヒーが入ってるから早く起きてよ〜」と言うメールで起こされる・・・・・・。

亭主に昨夜の話をしながら何の気なしに携帯でミクシィを覗いたら、な、な、な、な、なんと、メッセ欄にあきらちゃんが店に携帯を忘れているとの事が書かれて・・・・。
「わぁお!!!! 大変!!!こうしちゃいられんわい!!」

日曜日はミクシィにログインしないこともあるので、携帯見てみて良かったナリ・・・。(脂汗)

うちの店のお客は店に忘れ物をする常連がかなり多く、やっぱあきらちゃんもコッチ寄りの人間なんだなぁ・・・・・・と一人で納得してニタニタ・・・。
忘れ物は店でのリラックス度のバロメーターなり。(謎)
店で10時に待ち合わせをして、もう一度顔を見られて良かった・・・・・・。

今度上田の楽しい店にも案内してくれるとの事だし、からくり箱にも再び訪れてくれる約束もして、しばしのお別れを・・・・・・。

あきらちゃん、なかじ君、MrJ、本当に楽しかったぁ〜♪
来てくれて本当にありがとうね。

そしてあなた達が心の会話が出来る人たちで、とても嬉しかった・・・・・・。
なんか・・・、あんなに楽しい日が続くと、店を辞めるのがどんどんどんどん惜しくなってくるよ・・・・・・。


人間って愚かしくも、本当に欲深い生き物よのう・・・・・・。




2011年02月21日(月)
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■ (日記) 昨日はここは銀座のBARか? というような人たちが集まってくれた。


なんだか昨日は、ここは銀座か六本木のBARか? と錯覚するようなメンバーが、松本もあんな場末のアタシの店に集合してくれた・・・・・・。

先ず最初にドアを開けてくれたのは、信大に研究に来ていると言う(KN)先生と言うフリーのお客さん。
見た目からして何かのとてつもないオーラを放っているような風貌。
ウチの店はフリー客は滅多に入らない店で、ある人が言っていたが「あの店に入るには何となく勇気が要るんだよね・・・。店のドア自体が受け入れてくれるか拒絶するかの何らかの意志を持ってるみたいでさ・・・」と言うくらい入りにくい店らしい。

詩人のような事を言う人だけど、んな訳は無く、からくり箱はオールマイティー&ユーアーウエルカムの店なのだ・・・・・・。(チョットはお客を選ぶかも・・・)

その先生、千葉から信大に何らかの研究をしに来ているお方らしく、なぜかとてもアタシの事を気に入ってくれたみたいだ。

「なんだかフラフラと入ってきたけど、面白い店を見付けたなぁ・・・」
「ママ、何となく面白くて良いね〜」
などと言ってくださり、名刺を差し出してくれたのだが、聞けば生物学者さん(?)で、昆虫の研究をしていて、検索エンジンにも名を連ねるような大変なお方だった。

見た目はアタシと同じくらいか、少し年上かな?と思ったら、何と3歳年下で、ウチの宿六と同じ年だそうだ。
白いお髭が立派で、目が優しい、ケンタッキーオジサンみたいな風貌の先生だった。
その先生とお話をしながら飲んでいたら、ナ、ナ、ナ、何と、次にドアを開けたのは、マイミクさんでも有り、1年ほど前に、一度店に来てくれたスローダンサーさんが、わざわざ東京から飲み友達の(Y)さんと再び来てくれたではないですか・・・・・・。

このお方も凄い人で、フレンドリーで全く気取りのない人なのだが、やはり検索エンジンで名を連ねるお人なのである。

(ここはサントリーのアバンティーか・・・・・・。)

スローダンサーさんの足跡が最近コンスタントに付いていたので「あぁ・・・日記を読んでくれてるんだなぁ・・・。忘れられてないんだ・・・」と嬉しかったが、ま、ま、ま、まさか突然来てくれるなんて思っても見なかったので、その嬉しさは一入だった。
(SD)さんと(Y)さんの顔を見た時は泣きそうになった・・・。

先生と(SD)さんたちが和気藹々と話しながら飲んでいると・・・・・・。

そこへ我が救世主コマキが来て、極め付けに某高校の音楽の先生でもあり、バイオリニストでもあるあっちゃんが・・・・・・。
ともかくアタシ以外は全員、銀座で飲んでておかしくない人ばかりが集まった。

スローダンサーさんは、結構アタシの存在を面白がってくれてる人で、まだお会いするのは二度目だが、アタシを友達扱いしてくれ、いかにアタシを貧乏から救い出そうか、アレコレ策を練ってくれてるらしい・・・・・・。(ホンマカイナ)
今度東京に出てきたらケンさんの店に一緒に連れてってくれると約束してくれた。
(こう書いちゃえば、行かざるを得ないだろう・・・・イッヒッヒッ♪)

と・・・ここまで書いたらコマキからメールが・・・・・・!!

やった!!!!! 軽自動車をらっくんがオークションで落としてくれたみたいで、車の件も助けられた。

「あの・・・私はいかほどのお金を用意すれば・・・・・・」
と恐る恐る聞いたら
「用意するお金無いじゃん・・・!! はなから期待なんかしてないよ!!」だって・・・。
チャンチャン

アタシは益々コマキに頭が上がらなくなった・・・・・・。
足も向けて寝られなくなった・・・・・・。

ともかく、色々な事で少しずつ運が向いてきたのは確かなようだ。
コレが夢じゃなければ良いけどなぁ・・・・・・。

今日は、ケンさんのマイミクでも有り、アタシも事の成り行きでマイミクにしてもらった、あきらちゃんさんが、お友達と二人でからくり箱に来てくれるみたいだ。

どんな人かな?
ドキドキ・ソワソワ・・・・・・。

昨日は餃子が売り切れたので(大好評だった)今日も仕込むとしよう。


2011年02月19日(土)
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■ 【愛猫日記】 金蔵3ヶ月ぶりの膀胱炎再発


20年間に渡る大殺界も今月一杯で全て抜け、節分も過ぎたものの、相も変わらず一筋縄ではいかないアタシの人生。今月までは月殺界なので、その名乗りなのかなぁ?

先日の大雪の日の早朝、さすがにかなり寒かったせいで金蔵が約3ヶ月ぶりに頻尿傾向に・・・・・・。
それでも午後になると暖かくなるせいか普通に戻っている。
病院に行かせるお金が無かったので取りあえずは様子を見る事に。

しかし、その日を皮切りにやはり朝晩はトイレを行き来し、変な格好で歩き、座るのも辛い様子。
一際一昨日の夜と昨日の朝は辛そうだったので、昨日久々に動物病院に連れて行ってきた。

2時40分頃病院に着く。
途中院長先生が「おっ!久しぶりじゃんね」と声をかけてくれたが、一向に呼ばれる気配なし。
4時になってもまだ呼ばれない。
おかしいなぁ・・・午後の診察二番手くらいで病院入りしたはずなのに・・・。

今朝貰ってきた薬を飲ませたが、金蔵は今は頻尿も無く、元気にしている。

なにやら昨日はオペだ病状説明の患者やらが押し寄せ、動物病院もパニクっているご様子。

実はアタシも先週あたりから膀胱炎気味になっていて、その為に半年振りで国保を復活し、病院で薬を貰ってきて症状は治まってはいるのだが、今年は寒いし、薬が切れたら又ぶり返しそうな雰囲気だったので、いったん金蔵を動物病院に預け、ちょいと抜け出して自分も薬を貰いに自分の病院へ・・・・・・。
(母子で膀胱炎の病院ハシゴかい・・・・・・)

アタシの方は今はそれほどでもなく、ただ又期間限定国保が切れたときの為、膀胱炎はいつだって突発的に起こるため、予備で薬を貰ってきたのだが、金蔵の方はやはり症状が出ていて、レントゲン、注射二本、飲み薬を頂き、親子で小一万のお金が出て行ってしまった。(一昨日が忙しかったお陰で払えて良かったよ・・・・・・。トホホ・・・)

そして終わって家に帰り着いたのは5時半。
何と動物病院には3時間も・・・・・・。
そしたら亭主が足を引きずりながら帰ってきた。
膝に又水が溜まってブクブクに腫れていた・・・・・・。

何でアタシん家って、こう病人が一人か一匹出ると皆で連鎖するのだろうか・・・・・・。
一番年寄りのミュウー婆さんだけがマイペースで元気である。

先生が「ごめんね〜。大変待たせちゃってるねぇ・・・。先日なんて今日はこの病院休みだったっけ?ってくらい誰も来ないような日も有れば、今日のように集中する日も有るし・・・病院も水商売と一緒だよね・・・」なんて洩らしていたが、いやはや、フル回転で皆様バタバタドタバタ・・・・・・。
お疲れ様でございました。

昨日のレントゲンでは以前腎臓に見付かった小さな石が見えなくなってるとの事で、もしかしたら石は出ちゃったのかも・・・と言っていた。
今回の膀胱炎は単に寒さが続いたために癖として出た軽いものだと思うよ、とも言っていた。

それにしても今年は寒さも異常だったせいで、金蔵のためにファンヒーターをフル回転させてなきゃならないので、灯油代も嵩むし、ホント、やり切れない・・・・・・。
売り上げが財布に貯まって行く日はいつ来るのだろうか・・・・・・。


2011年02月18日(金)
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■ (日記) 隣が又空き家に・・・複雑な気持ちなり。


店のビルのおとなりさん・・・、いままで焼肉居酒屋だったのだが、最近ずっと看板が点いてない。
きのう酒屋のお兄ちゃんに聞いてみたら「隣、店閉めちゃったよ」と聞いてビックリ。
まだ始めてから半年くらいしか経ってないはずなのになぁ・・・。

アタシがからくり箱を始めてから、お隣さんはもう4人も経営者が代わり、とうとう4人目も脱落したらしい。
如何にいまの松本は商売が難しいか・・・という事なのだろう・・・・・・。


昨日もウチはとても良かった。
もうすぐ終わるから駆け付けた・・・という忙しさではなく、普通に通ってくれてる常連さんたちで賑わった。

市役所の(Y)ちゃんが口開けで、(Y)が来た日は、必ずじょーじんちゃんと言う常連も来る(二人は無関係なのだが)と言う面白いジンクスがあるので、フと(もしかしたら後でじょーじんちゃんも来るかもしれないなぁ・・・)なんて思いが過ぎる。(笑)

(Y)が居るうちにマイミクのケイイチ君が来てくれた。
彼は東京在住の新しいマイミクだ。
週1の割で松本に出張に来ていて、松本に来れば必ずからくり箱に寄ってくれる。
しかし、彼がからくりに来る時、今まではあまり他のお客さんが居た事がないので、よほどお客が居ない店だと思われてるに違いないと・・・・・・(恥)

ところが昨日は汚名挽回のような日になった。

(Y)ちゃんが帰っていき、カウンターを片付けていたら、そこに信大の(T)教授が二人連れで来てくれた。
(T)はアタシが癌の時の執刀医でもあり、エポック時代からの大常連だ。
アタシとは互いに漫才のようにこき下ろし合える仲なのだ。

ケイイチくんと(T)ちゃんは発顔合わせなので、アタシはカウンターの中で二人を取り持つべく、紹介しあう。
「ここのママは不良患者も良いところでさ・・・・・・」
と、アタシの癌の時の逸話などを(T)が話し始め、ケイイチくんも嬉しそうにそれにノリ始めてくれる。

と、そこへさっき頭を過ぎったじょーじんちゃんが3人連れで・・・・・・。

(やっぱ予感的中・・・)とアタシは一人でほくそえむ。
多分あの二人は前世でよほど何かのご縁が有ったに違いない・・・などと空想してニタリ・・・。

じょーじんちゃんのお連れさんの一人はアタシが大好きな女性の(R)さん。
いつもは長野のスピリチャルフレンドでもある礼ちゃんが連れて来てくれるお仲間だ。
もう一人は諏訪に住むという(Y)チャンと言う人のよさそうな愉快なおじさま。

じょーじんちゃんと(T)教授も部門は違うが同じ大学内の先生同士なのでなので、互いに顔くらいは知ってるみたいで、カラオケ合戦が始まってからは店全体が一体になってが盛り上がった。

なぜかしら(Y)チャンおじさんが、アタシの事をとても気に入ってくれたみたいで、最終電車に間に合うように呼んでおいたタクシーが迎えに来た時、お名残惜しそうにしていた。
「松本に来たら又ここに来よう!!」 
そう言って帰っていった・・・・・・・・・・・・・・。
(店無いかも・・・・・・)

でも、ヤレヤレ、やっとケイイチ君にもからくり本来のあるべき姿を見てもらえた事になる。
あれこそがからくり箱の真骨頂!! と言う姿が見せられて嬉しかった。

「良い店やんけ・・・」
「閉めちゃうの淋しいやん・・・」
ぽつりと呟くケイイチ君がとても嬉しかった・・・。

店が終わり、代行を呼ぼうとしたら1時間チョイかかるというので、お腹もペコペコだったし、歩いて5分ほどのアタシの行きつけの小さな赤提灯、(鳥よし)に・・・・・・。
この店は物静かなママが一人で頑張ってる、アタシにとっての癒しの店なのだ。
小さい身体を駆使して打つ、手打ちの蕎麦が大変美味しく、売り上げが結構有った日や、代行が遅いときなど、たま〜に寄らせてもらう店だ。

鳥よしに入ったら、二人のお客がいて、一人は知り合いのスナックのママさんと、もう一人は何と亭主の古友ではないか・・・・・・。
亭主の友達にくじらの刺身をご馳走になり、ラッキ〜♪

アタシはそこで焼酎2杯と、焼き鳥2本と、お蕎麦を注文し、凄くお腹も心も満足した頃、代行が迎えに来た。

昨日も愉しかった・・・・・・。
毎日があんな感じで動いていたらなぁ・・・・・・。
多くなんか決して望まない。
2万で良いのだ。

せめて一日コンスタントに2万の売り上げがあれば店を閉めずに済むのになぁ・・・・・・。


2011年02月17日(木)
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■ (日記) 昨日もまた愉しき日ナリ。


昨日は店に入った途端、食品衛生の組合費の集金に来られちゃって、9000円が飛んでった。

全財産6000円だったので財布は空になり、つり銭も7000円しかなくなってしまった・・・。(アチャ・・・!!)
店の始めにお金が出て行くとその日はお茶っ挽きかバカ暇だと言うジンクスがあるので、暗澹たる気持ちだったが、そうでもなかった。


昨日の口開けは3ヶ月ぶりくらいの(O)の二人連れ。
若いお連れさんは愛知から来た仕事先の同僚らしい。

(O)は信大時代の若い頃、アルバイト先の長野市の地元料理屋で、アタシの亭主と同じ釜の飯を食った仲らしく、その店が引けた後は、しょっちゅう金魚の糞のように亭主の後を付いてきては、飲み屋で一緒に飲んだ仲だそうだ。
亭主とはことさら気が合ったらしく、亭主も「あいつは中々憎めない奴でさ・・・」とよく漏らしている。


昔アタシがやっていたエポック�兇法�O)が通い始めた頃、たまたま大きな宴会が入り、亭主を助っ人に使っていたら(O)が来て「な、な、な、な、なんでチョンマゲさんがここに居るの!?」とびっくりしていた。
「だってアタシの亭主だもん・・・」と言ったら「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!? うそぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! マ、マ、マジ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」と(O)は大げさに驚いていた。

どうやら(O)は、アタシにチョイト傍惚れだったらしい。(笑)

チョンマゲがアタシの亭主だと知ると(O)は「さすがマキュキュはセンスが良い。俺昔からチョンマゲさん、大好きだったもんなぁ」とお世辞を言い、それからは前以上に通いつめてくれたのだった。
(O)は昔からやんちゃで、飲めばブルーハーツの「リンダリンダ」などを歌いながら、踊りまくり、服を脱いでスッポンポンになったり、お尻を見せたりとヒッチャカメッチャカだったが、ウチのバイトの信大生の女の子達にも中々人気(?)が有った。

(O)の現在は40代も後半に差し掛かり、多少は落ち着いたようで、少年サッカーの監督などをしているのだが、相変わらず飲めばやんちゃぶりの名残はあり、あまり成長はしててないような気がする。
からくり箱には未だにたまに通ってくれている。

昨日も愛知の同僚に、福山マサハルの「恋人」よを教えてもらっていたが、同じカラオケを10回も歌っていたのでアタシの方が先に覚えちゃったくらいで、耳たこになった・・・・・・。(ため息)

そんな(O)たちにバトンを渡されるように、(T)(U)コンビが来てくれ、一緒に飲みながら店の話をしたり、iフォンの使い方やスカイプのやり方などを教わり、楽しいひと時を・・・・・・。

そうしている内に例の慈悲深い家主が、友人を連れてきてくれ、道路を隔てたところにあるスナックのお姉さんなども後から呼び寄せ、又少しカラオケや食事で盛り上がってくれたお陰で、お会計の時明日の仕入れが危ういので一万だけ貰っておき、先日の電気代を半分ほど返す事が出来た。

スナックのお姉さん達は、自分の店から歩いて10秒ほどのアタシの店の実態を昨日初めて知ったらしく「え〜っ!? こんな近くにこんなに食べ物が美味しくて、安くて、気楽に飲める店が有ったなんて、ぜんぜん知らなかった・・・。もっと高いスナックなのかと思ってたわ・・・。これから店が終わった後や同伴のときなんかに気楽に来れるじゃんね・・・」などと言ってくれていたが、もっと早く気付いてくれれば良いものを・・・・・・皮肉なもんよのう・・・・・・。

家主も「ママ、こんなに色々な楽しい、良いお客さんたちが多い店なんだから、もっと続けましょう」と言ってくれた。

「家か店の家賃分がいつも足りないくらいだから、家賃タダにしてくれたらね・・・」と言ったら「ぎゃはは、俺がホームレスになっちまうわ」と笑っていた。
そりゃそうだ。

ともかく昨日はとても楽しかったし、ウチのお客さんたちの中でもアタシの一際お気に入りのお客さんたちにたくさん会えて、嬉しい日になった。


2011年02月16日(水)
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■ (日記) 昨日は大雪で店を断念。


昨日店に出る身支度も済み、先ずは近所のALに仕入れに行こうと思って、一歩外に出たら一面の銀世界で、我が家は山の近くなのでもう既に20センチも積もっている様子。
ちょっとした車の雪下ろしだけで既に腰はギスギス、ズキズキ・・・。
しかも雪下ろし用のプラスチックのスコップ折れるし・・・・・・。

それでも車に乗り込み、一応はALへ・・・・・・。
しかし駐車場がある私道から公道に出るところが結構急な坂道なので、タイヤがスリップして家の駐車場から出られやしない・・・・・・。

何度も何度もやり直してようやく出られたものの、目を凝らしてみてもワイパー高速で掛けてみても、すぐ目の前さえ全く見えないめくら運転もいいところ・・・・・・。
スタッドレスタイヤ自体がもうツルツルなので、ALに行く間さえ、何度も車のオケツを振りながらなので細い田んぼ道が怖いの何の・・・・・・。
ほうほうのていでようやくALに到着。

「あぁ〜オッカナかった・・・!! ダメダこりゃ・・・店開けてもお客来るわけないし、こんな思いして行っても、客来なきゃ凹むし、第一真夜中は道が凍結してるだろうから店から帰って来れなくなる・・・・・・」と長〜い独り言を言いながら、ALに付いた途端「休むか・・・・・・」と、店の休みを決めた。

仕方ないので夕飯の足りないものだけを買っていたら、そこにマイミクのカルロスが・・・・・・。
カルロスは家も直ぐ近所だし、iフォンの取り扱いの先生だ。

「カ〜ルロス[m:72]! しかし酷い雪だねぇ・・・・・・」と声をかけたら「おお!!マキさんじゃん・・・」ってな事で、少しだけ立ち話をした後、家に引き返した。

で、休みを決めて家でリラックスした瞬間、丸ちゃんから「今日やってないの?」と言う電話が・・・。
アチャ〜〜〜!!!!!(やっぱり)
車を出せない理由や、帰って来れなくなりそうな理由を話し、次回に来てもらう事に・・・・・・。

昨日のおかずはなんちゃってかに玉(中身がカニかまぼこをほぐしたもの)と、解凍しておいた餃子の具で焼いた餃子(画像なし)。

金蔵が昨日の寒さのせいでか、久々に頻尿に・・・・・・。
今日が暖かかったせいか、昼辺りから少し落ち着いたみたいなので、まだ医者に連れて行ってなく様子見だけど・・・・・・心配だなぁ・・・・・・。

今日がお天気で暖かくて良かった。
道の雪もほぼ溶けたみたいだ・・・・・・。
今日は店をやろう・・・・・・。
金蔵に何か有ったときのために少しでも稼がなきゃ・・・。






2011年02月15日(火)
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■ (日記) どうしたってアタシの人生皮肉に出来ている


昨日は店の再開日だというのに、ありがたくも大雪。(笑)
コマキだけは来てくれる事が解っていたけど、他の客は望めまいと半分諦めていたのだが・・・。
8時ごろ(K)さんと言う古くからの客が3人連れで来てくれた。

この(K)さんと言う人はアタシより3つ年上なのだが、アタシの母がやっていた頃の「エポック」の大常連で、年は違えど母とは大親友だった人だ。
彼は地元でとある化粧品の会社を立ち上げ、今はとても成功を収めている人である。

彼がまだ若い頃、少し気持ちがすさんでいた時期があったらしく、自分に自信も持てず、酒びたりの日々を過ごしていたそうで、同級生や飲み仲間達と母のエポックによく通っていた。
当時アタシはよそのパブで働いていて、そのパブが終わると母の店に手伝いがてら顔を出したりしていたのだ。
なので当時はアタシとは顔見知り程度であった。

母の店も信大生とか若い客が多く、母は新宿の母ならぬ、松本の母のような存在で、自分の娘にはとりわけ辛らつで厳しい事を言う人だが、他人には優しく、若い子達の愚痴や悩みをフムフム聴いてあげる役割を果たしていたようだ。
母はアタシと違い一滴も酒は飲めぬが、コーヒーとタバコを片手に、フレンドリーに客と接する事や歌が上手い事で、結構なアイドル母ちゃんぶりを発揮していた。

(K)が「オレは全くダメな人間だ・・・」と凹んでいたとき母は「アンタは何れ必ず大物になる!! 私が保証するから自信を持って未来に向かいなさい」と言ったそうで、それから母を慕うようになり、どんどん仲良くなっていったそうだ。

やがて(K)さんのお母様が化粧品会社を立ち上げ、お母様が亡くなった後に彼が後を継ぎ、会社はとても大きくなった。
彼は温厚で、フレンドリーで、音楽好きで、グルメでもあり、読書家でもあり、頭もよく、かなりのセンスを持つ切れ者だ。
そんなところを母は身抜いていたのだろう。

それから直ぐに彼は結婚をし、彼の家の新築祝いにも、母と私は招待され、彼の家でくつろぎながらタバコをくゆらす母の嬉しそうな写真を彼がくれ、母が亡くなった時のテレフォンカードにそれを収め、漫画のように吹き出しに「昌子ちゃんを忘れないでね・・・」と入れ、母を慕っていた皆にお配りした。

母が亡くなった後、彼らはアタシの店「エポック�供砲両鈩△砲發覆辰討�れ、その化粧品会社の本社の人たちを大勢連れては飲みに通ってくれ、エポック�兇諒�凄い戦力となってくれていたのだ。
やがてエポックを閉じた後、彼のお父様が亡くなられたそうで、それからはしばらくの間お酒を断っていたそうで、彼の噂も聞かなくなっていた。

正直言って、からくり箱を開店したとき、本当ならば一番来て欲しいくらいの人だったので招待状をお出ししたのだが、まだその頃は酒断ちの最中だったようで、一度も彼が訪れる事はなかった。
そんな彼が、去年の暮れ、初めて店に来てくれた。
そして凄く気に入ってくれ、昨日が4回目の来店だった・・・・・・。

1度や2度は懐かしさと珍しさで来てくれても、まさかそこまで気に入って通ってくれるなんて思っても見なかったので、昨日は心情的に店を閉める事になったとは言い出せなくてとても辛かった。
歌を歌っては泣きそうになり、初めて来てくれたお連れさんも居たのであまり暗い話も出来ず、アタシはどうしようか迷っていた。

そんな中、コマキとダウアーが来て、アタシは内心少しホッとしたのだが・・・・・・。
そうしている内に(K)のお連れさんご夫婦が帰り、彼を残し、「実は(K)さん・・・、折角再会出来て通ってくれるようになったのに申し訳ないんだけど・・・・・・」と、店を閉めざるを得なくなった事を打ち明けたのだ。

それからはコマキやダウアーを含め、(K)さんが母との経緯や昔のエポックの様子などを語ってくれ、みんなで70年代の洋楽のポップスなどを歌いあい、良い時間が流れた。

あんなに待ち望んでいた(K)さんが6年のときを経てやっと来てくれ、しかもあんなに気に入って通うようになってくれたのになぁ・・・・・・。
アタシってなんてタイミングの悪い人間なんだろう・・・・・・。

昨日はそんな事を一人ごち、ため息を吐きながら店の看板を消した。


2011年02月12日(土)
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■ (日記) 3月一杯までさよなら営業ができるようになりました。


からくり箱の家主から今日電話があり、「ママさぁ・・・、今まで頑張ってきたのに、あまりにママがかわいそうでさぁ・・・、オレ切なくてさ・・・・・・。電気代オレが立て替えて電気つなげておくから、店やらなくても2か月分はただ家賃が掛かっちゃう訳だし、閉めておくのはもったいないし、長年通ってくれたお客さんたちも結構な人数居るんだから、突然やめたんじゃ申し訳ないでしょうに・・・・・・。辞めるなら辞めるでもう構わないから、せめて家賃が掛かる3月一杯までやって、お客さんたちとお別れをしたらどうだい」と言ってくれたではないか・・・・・・。

家賃遅れたりしていたのに、こんな優しい家主はであった事がない。

このオーナーは私にずっと店をやり続けてもらいたがってくれていた人で、今回の事態をとても残念がってくれていたのだ。
どうしても私に、家賃のかかる二ヶ月間は店をやっていろと身銭を切ってまで言ってくれた。

なので家主の温情とご厚意に甘え、明日、電気をつないでもらって、3月一杯までせめて夜だけでも店を開けて、今まで来てくれた人達と思い出を語り合ってちゃんとお別れをさせてもらえるようになりました。
3月末まで、さよなら営業をする事ができる事になりましたので、取り急ぎご報告をします。

どうかあの店を愛してくれていた人たちは、最後の一月半、名残を惜しみに顔を出していただけたら幸いです。

食べ物などは予約がない限り、あまり凝ったものは作れませんが、さよなら営業は明日からはじめ、3月末までやらせていただきます。
休みは今まで通り、毎週日曜と、第三月曜日です。
昼の営業はもうしません。
夜は7時〜お客さんが居るまでやります。

どうか一人でも多くの方に足をお運びいただけますように。



2011年02月11日(金)
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■ (日記) 六年間大変ありがとうございました。


先週の土曜日で実質「マキュキュのからくり箱」を閉める決意をしました。
どうか突然の店仕舞いに関しては、お怒りや落胆や驚愕もおありでしょうが、精一杯ギリギリのギリギリまで頑張ったんだな・・・とお察しくださりたく、お許しを願いたいと思います。

昨日で電気が止まる事を解っていながらも、なす術もなく、又、いつものように助けてくれると言い出してくれた親友の言葉へも甘えきる事ができなかったのは、ささやかな私のプライドと贖罪の念からでした。

今回又助けてもらっても今後持ち直せるかどうかもわからない私などに、もうこれ以上無駄なお金を使って欲しくは無かったと共に、私がそれほどの価値のある人間だとは思えない事が自分自身で数多くあり、もうそろそろ人に甘えず、自分の決着は自分で付けなければ・・・と思ったのが本当の理由です。

そもそもあのような景気の低迷期に差し掛かった時期に、五十歳近くにもなって、十年近いブランクが有るにもかかわらず店を持とうなどと言う事自体が、無謀と言えば無謀だったのかも知れません。
ただ、体が弱い私はそれしか生きる術を考えられなかった事も事実でした。
癌は克服したものの、結構重い癌だったらしく、私は直ぐにでも転移して死ぬと思っていたので保険金やらを「最後くらいは自分にご褒美を・・・」と全て使い切ってしまい、しかし癌は成りを潜めたまま一向に現れず、再発もせず、文無しになり路頭に迷いながらも主人は再就職をし、一方パートを転々としていた私は、自分の愚かさに死にたくなり、遺言状を書きたい一心で最後の貯金をはたいてパソコンセットを買いました。

おぼつかない手つきで文字を打ち始めていく内に、いろんな事を書いてみたくなり、どんどん書くことが楽しくなり、駄文日記をweb上で公開しはじめたら徐々に読書も増え、その読者達が「本を作ってみてはどうか? 出版費を皆で寄付するから」と提案してくれたとき、自費出版に掛かるお金の膨大さを知っていた私は、「本が売れなければ数百万と言うお金は水の泡になる。もしも私に生きる道を提供してくれるというなら、小さくてもいいからもう一度店を持ちたい」とお願いしました。

当時松本には不況でやり手の無い店がゴロゴロしていて、五十万ものお金が有ればやれる店は結構あったのです。
その願いを受け入れてくれた日記の読者や、地元の友人、以前経営していたエポックと言う店の常連などがカンパをしてくれ「マキュキュのからくり箱」が出来上がったのです。
資金提供者に日記の読者が多かったのでエポック�靴任呂覆�、「マキュキュのからくり箱」という日記に使っていたヘンテコリンな名前にしました。
無一文の私に読者や友人たちが「今までの購読料だから」という事で大切なお金を提供してくれ出来上がった大切な大切な私の城でした。
しかし、僅かな貯金も無く(つり銭の事すら忘れていてつり銭の2万も借りて開店に漕ぎ付けたほどです)始めた店は、経営直後からかなり厳しいものが有りました。

それでもかなりの浮き沈みはあったものの、何とか新たな常連も付き始め最初のうちは良かったのです。
しかし数年前、私の怪我、夫の自損事故と手術、夫の母の死、車検、様々なお金が掛かる問題が立て続けに起った辺りから、どんどん雲行きが怪しくなり、仕舞いには今週は出来ても来週はもう無理かもしれない・・・と思うことが多くなりました。
輪をかけて景気の低迷は絶望的な加速度で松本の夜を閑散とさせてゆきました。
「又来るからね〜」という客の言葉に「又も今度も無いかもしれない・・・・・・」と胸の中で呟いていました。久しぶりの人が来るたび、いつも今日がこの店で会う最後かもしれない・・・という思いでした。

ビールが仕入れられない、家賃が払えない、そんな事はしょっちゅうで、親友や常連が仕入れ金や家賃などの協力をしてくれ、「私たちのシェルターをたたまないで」と泣けるような言葉も沢山頂き、何とか地べたに這いずるような気持ちで今までやってきたのですが、もうここ2年ほどはシェルターどころではなく、お客の方が私の愚痴をうんざりしながら聞くと言った酷い様になっていました。
もちろん、お客さんの中には本当にあの店を愛し、こんな私を丸ごと受け入れてくれるような人たちも結構いました。
でも最近の私は多分心療内科に行けば鬱病と診断されるだろうと思うほど、生きる事に意欲をなくしていました。

私は正直者なので、歯の浮いたようなお世辞やお客を持ち上げる事はできないのですが、常にお客さんには地位や収入や年齢に関係なく、本音でフレンドリーに関わってきたつもりではいます。
でも、私は長い事水商売をやってきたので人の心の奥底なども有る程度は読めるので、全てのお客様に心を許していたわけではないですし、虚しい思いをする事も多々有りました。
特に死ぬほど苦しくなってからは皮肉な事に、人様の心がとても冷静によく読めるようになりました。

口先だけの人、偉ぶった人、客同士のくだらない確執、陳腐で着古したような意見や説教ばかりを唱えるような人、決して心のこもらぬ奇麗事ばかりを言う人・・・・・・などなど・・・・・・。そういう人達を内心では受け付けなくなりました。
しかし水商売なのですから様々なお客さんが居て当然な訳で、本来それを一纏めに考えて分け隔てなく接するのが賢いやり方なのでしょうが、私は人間が出来ていませんので好き嫌いがモロに顔に出てしまったり、あまりにデリカシーの無い人や、人の気持ちを読もうとしない人間はとても苦手で、貧乏なくせにお客を追い払ったり出入り禁止にした人も居ました。

私なりに美味しいものを提供しようと努力したり、いい歌を聴かせようと頑張ったり、人様が居心地の良い様に気楽ながら親身に接したりと、できる範囲で私なりに努力はしてきたつもりですが、どれも中途半端でなかなか利益には繋がらず、益々経営は厳しくなり自分を責めるようになりました。
「マキュキュのことが皆大好きなのだから・・・・・・」そう言われるたびそれは嘘だ・・・・・・。と、思うようになったのです。

好きな人も居るかもしれないけど、確実に嫌いな人が増えている・・・・・・。
そんな気持ちや焦燥感や自己嫌悪が最たるものになってきたのはここ最近でした。
もっと惨めになるのは嫌だ。少しでもからくり箱が惜しまれている中(うち)にたたみたい。
前回店を辞めるかどうか悩んだときに「辞める二ヶ月前には言ってくれないと家賃は掛かるからね」と再三言われたのですが、もう私の手元には電気代はおろか、1万円強のお金しか残っていません。
しかも今月来月と二台続きで車検もあるのに、全財産1万強では話にもなりません。

昨日は電気が止まらないうちにと思い、せめて今までお世話になった店が人手に渡るとき、余りに汚れていては申し訳ないと思い、掃除を一人でしに行きました。
夫が「会社を休んで俺も手伝う」と言ってくれたのですが「いいの、一人にして」と言い、昼過ぎから夜まで掛かって色々な想い出を思い返しながら、出来る範囲で片付けました。
片付けをしている最中に電力会社から「電気代今日払いに来なかったけど、どうしましたか?」と言う電話が入り、嗚咽しながら「もう無理です・・・。先週末で何とかなると思ったのですが、思ったよりも暇で作れませんでした・・・。今、このまま店を明け渡す覚悟で店の掃除をしに来ているので、せめて明日まで電気を止めないでください・・・」と懇願しました。
今日は明るいうちに掃除の続きをしに行こうと思います。

店を辞めてどうするの?と言われましたが、正直解りません。
1万では夜逃げも出来ないので、市役所に相談に行き、前回聞いてきた色々な方法を検討し、とりあえずは家賃の安いところに移り住み、私もパートを探そうと思います。
店の違約金の2か月分は徐々に月賦で返済していこうと思います。

一昨日の日曜日「今夜は最後の晩餐になるかもね」と、冗談めかして主人と話していたのですが、私には魔の二月が来る事は去年辺りから不安で仕方がなかったので、昨日掃除をしながらフト、「どこかから飛び降りちゃおうかなぁ・・・」と何度も思いました。
でも、やはり私は生きていたいし、何か人の心を掴むものを書くまではどうしても自ら死んではならないような気がするのです。
高利貸しから借金をしている訳ではないし、クレジット会社の借金があるわけでもないし、大丈夫!! 命までは取られない!!
そう思いました。

生活を縮め、二匹のネコを受け入れてくれるボロ屋でかまわないから、何とか市の援助を受けてでもそこに移り住み、ひっそりと物を書きながら主人と暮らして行こうと思っています。

店の開店時にカンパをしてくださった方々、6年間応援し続けてくださった方々には大変申し訳ないと思っています。
店を守りきれずにごめんなさい。
でも、この六年間は私にとても貴重な様々な想いや経験を沢山くれました。
これからも物は書いていきたいのでミクシィも、昨日まではどうしようか迷いましたが止めないで続けようと思います。
3〜4日は主人との時をゆったり過ごしたいので、日記も途絶えると思いますが、多分私のことなので直ぐに書き始めることでしょう。

なお、ボトルを取っていただいた人はご一報くださればお返しします。
本当に六年間「マキュキュのからくり箱」を愛してくださってありがとうございました。

もうひとつ、暖かくなったら来てくれると言っていたケンさん、あきらちゃんさん、そしてその他の人たちも、待ちきれずに大変申し訳なかったです。


でも、今の私は案外元気です。
どうかご安心ください。



2011年02月08日(火)
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■ (日記) 今日の晩酌予定


何か太りそうなものばかりだなぁ・・・・・・。
と言ってももう我々の年になると、ほんの少しずつしか食べないのだが・・・・・・。

タジン鍋が無いので、ウチはもっぱら土鍋を使用。
コップ一杯弱の酒を煮切り、アルコールを飛ばしたところに天然塩を少々いれ、薄く塩味を付けた酒を土鍋に移し、昆布を一枚置き、大きめに切った白菜、豚バラの超薄切り、白菜、豚バラの超薄切り白菜、豚バラの超薄切り・・・・・・とミルフィーユ状態に重ねて行き、最後に白ネギの斜め薄切りをこれでもかと言うほど乗せて中火よりやや弱い火に掛け、蒸し煮にする。
全体がしんなりしたら、ポン酢で頂くのだが、コレは実に旨く、シンプルだが飽きが来ない。

そして鳥もも肉の山賊焼き風味のから揚げ。

にんにくと生姜を下ろしたものに酒大匙1、醤油大匙1、コショウたっぷり、サラダ油少々、みりんもほんの少々を加えてタレを作り、フォークをブツブツさして一口大に切ったもも肉をよく揉み込み、そのまま2時間ほど放置。
それに小麦粉、片栗粉をあわせた物の衣を付けて揚げ、そのまま食べるかおろしポン酢をかけて青ネギの小口切りを散らして食べる。

餃子は店の売れ残り。
後はやはり店の売れ残りの豆腐でさっぱりと冷奴でも・・・・・・。

カブのぬかづけもお手製。

タジン鍋が欲しいなぁ・・・・・・。


2011年02月06日(日)
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■ (日記) 昨日はカラオケボックス並だった


先月の初め頃、フリーで入ってきた2人組みのお客さん。
一人は郵便局勤めで一人は車屋さんだそうだ。
二人ともアタシよりはずっと若い。

アタシの店は一階なのだが、入り口に2段のちょっとした階段があり、店構えもスナックぜんとしてるので中々フリー客は入りにくいみたいだ。
でも、このお客さんたち、アタシの人懐っこさと料理の味をかなり気に入ってくれたらしく、昨日で三度目。
郵便局づとめの人は二度目に来たとき、色々な話をしていた中で、アタシの以前の店【エポック】で大常連だった「メリーちゃん」と言う、あまりにも似つかわしくはないあだ名の大男の友人の部下だそうで、コマキのPTA仲間だと言う事もわかり、なお更親しみを感じてくれたらしい。

昨日は車屋さんの方は居なく、郵便局勤めの方が仕事仲間を誘って4人出来てくれた。
お仲間たちもかなり気に入ってくれたみたいで、何と、カラオケ約50曲。ボトルも3本空いてしまった。
久々に一人5千円越えと言うスナックのような売り上げになった。
昨日はその他、毒舌2やらあっちゃんやら、事務長も来てくれ、久々に財布に福沢さんが・・・・・・。

でも諭吉め!! 逃げ足の速いやつだ。
今日、ビールとウイスキーを取ったらもう行方をくらましてしまった。(哀)
もう少し留まってくれても・・・・・・(涙)

さて、今日の土曜日はどうだろうか・・・・・・。


2011年02月05日(土)
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■ (日記) ギタケンちゃんが再来店。


店をやっていると、CDデビューのキャンペーンやら、今どきながら、ギターを抱えた爺ちゃん流しやら、4輪駆動のような初老オカマ歌手の「恵みちゃん」やら、イケメン兄弟のデュオ兄ちゃんやら・・・etc・・・・・・。
面白い人が飛び込みで歌やコントなどの営業にやって来る事がある。

1年半ほど前だったか、外人と日本人のストミュー風コンビが、やはりギターを抱えて営業にやってきた。
どんな営業なの?と聞くと、歌謡曲やらポップスやらを自分達も歌うのだが、お客さんの伴奏もしますという。
いわば現代風流しだ。
料金はほんのお気持ちだけで良いという。

「でも、この通り暇な店だし、貧乏店なのであまり貢献は出来ないと思うけど、おもしろそうね〜。聴いて見ましょうよ」とアタシはお客達を促す。

確かあの時はじょーじんちゃん達と、たかちんだったっけな? もう一組くらいがお客で居たと思う。
「いいんじゃない? おもしろい、おもしろい、んじゃ〜聴かせてもらおうか」という事になった。

ウチの店はケッコウな音楽好きが多く、演歌や歌謡曲などは滅多に歌う人は来ないのだが、ブルースやら60年代70年代のポップスやらを喜ぶ客が多いのだ。

ジミヘンやビートルズやローリングストーンズやディープパープルなどなど、その手の曲が得意らしいそのコンビは、皆をかなり楽しませてくれ、ケッコウ店が盛り上がった。
確かその日の事も日記に書いたはずだが、なにせ10年もほぼ毎日日記を書いてきたので、今探してみたが、見付からなかった・・・。

その片割れのギタケンちゃんが昨日1年半か2年ぶりくらいで再びやってきたのだ。
片割れの外人は居なく、ギタケンちゃんピンである。

しかしあいにく、昨日居た客は石ちゃん一人だけ・・・。
でも、その石ちゃんもその手の音楽が大好きな人なので、多分乗せちゃえば喜ぶだろうと思い「今アタシ最悪の貧乏なんだ・・・。千円くらいならアタシが払っても良いけど千円じゃダメ・・・だよね・・・?」と聞いてみたら、ギタケンちゃん、全然良いと言うではないか・・・。

昨日もギタケンちゃんのブルースを聴いたり、伴奏してもらってアタシがスタンドバイミーなどを歌ったりし、石ちゃんのリクエストに応えてイロイロな曲の触りをギターで引いてくれたりし、、石ちゃんも大喜びだった。

途中で「もう少し暖かくなったら、アタシとコンビ組んでストリートミュージシャンやらない? 55婆さんと40ケンちゃんのコンビなんて、話題性を呼ぶかもよ〜?」とジョーク交じりで言ったら「いいねいいね」なんて話で盛り上がったりもし、とても楽しかった。

石ちゃんがお会計のほか余分に3000円置いてってくれて、ギタケンちゃんのガソリン代にもアタシの代行代にもなった。

石ちゃんが帰った後もギタケンちゃんとイロイロな話をし、あれからアタシの日記をたまに読むようになってくれたというので、マイミクにもなっておいた。
ギタケンちゃんは静岡でしばらくの間くらして居たそうだが、最近又松本に戻ってきたらしい。

ギタケンはまだ40代だというのに何と10人の子持ちであり、その事でTVに出たこともあるという。
その息子達も音楽をやっているそうなので、音楽一家だそうな。

さいきん様々な「ケンさん」にご縁があるなぁ・・・・・・。(笑)

なんか又少しずつ世界が広がりつつある予感が・・・・・・。


2011年02月04日(金)
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■ (日記) 私の以前の携帯番号とアドレスを知ってる人へ


SoftBankのアイフォンにしてから、未だアドレス帳を移せていない。
あまりに今までの携帯と操作方法も何もかもが違うので、全くどこをどうして良いのやら・・・。
営業マンはSoftbankショップに行けば、アドレス帳も簡単に移動できるような事を言ってたけど、とんでもない話で、IDを取らなきゃならなかったり、それまでの設定を自分でやらなきゃならないらしく、もうノイローゼ状態でした。

でもそこまでの作業は済んだので、あとは電話帳を移せるとは思いますが、徐々に操作を覚えるまではメール一つ打つにも凄く時間が掛かってしまうほど難儀です。
なので緊急連絡はなるべくミクシィのメッセにお願いします。

今日はロザリーのご主人がランチついでに少し操作方法を教えにきてくれるというので、多少は覚えられるんだろうが、今のアタシのモロモロの事へのパニック状態頭脳で、一体どこまで把握できるやら・・・・・・。気もそぞろです。

☆ともかくアタシの今までの携帯番号とアドレスを知ってる人は、携帯にご一報ください。
その際、誰からだか解らないと思うのでかならず名前を書いてくださいね。

☆電話番号は変わってません。

☆携帯アドレスも今までと同じで、@の後ろが、ezweb.ne.jpからsoftbank.ne.jp
に変わっただけですので。


2011年02月03日(木)
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■ 2月のカレーランチメニュー


2月1日(火)2月3日(木)  ひき肉タップリキーマカレー
☆サラダ、プチオマケつき  ¥800


2月8日(火)2月10日(木) チキンとほうれん草のココナッツミルクカレー
☆サラダ、プチオマケつき  ¥800


2月15日(火)2月17日(木) とろとろポークの具沢山カレー
☆サラダ、プチオマケつき  ¥800

2月22日 2月24日(木) 松本一美味しいスープカレー
☆サラダ、プチオマケつき  ¥1000


ランチタイムは12時〜2時までです。

全種10食限定調理のため、売り切れごめんです。
不安な際にはお電話予約ください。


☆専門的過ぎず、家庭的過ぎず、一度食べたら病みつきに・・・・・・。
☆辛さは足せますので、ご注文の際にお申し付けください。




2011年02月02日(水)
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■ (日記) 昨日はイロイロとパニックに・・・・・・。


昨日は風呂に入ろうと思って風呂掃除をしてたら下水溝から水が溢れてきて台所中が水浸しに・・・・・・。
どうも水洗トイレになって3ヶ月目くらいから急に水はけが悪くなった。
1ヶ月前辺りから顕著に詰まり出してきているのだ。
でも先月の家賃まだ払ってないので大家に言う事もママならず、ちょろちょろ加減の水しか出せない状態が続いていた。
仕方がないので昨日は風呂を諦め、やっとの事で拭き掃除を終え、店へ。

昨日が月末だと言う事をすっかり忘れていつものように店に入る・・・・・・。
店に入って餃子の仕込みをしているところで、ハタと気が付いた!!!
ヤバイ!!今月まだ保険料払ってない!!
友人でもある保険の外交員に電話しようとしたら店の電話も止まっているしパソコンも・・・・・・(涙)
携帯も昨日に限って、その時間帯からソフトバンクに移行されちゃったみたいで、繋がらない。
アタシャ昔癌だったので、保険が切れるともう失効になったら復活する事が出来ないのだ。

いつも大変苦しく、1ヶ月遅れでギリでギリ失効直前に支払っていたので、昨日を過ぎたら何十年と苦労しながらも払い続けてきた生命保険が無効になる。
生命保険が無効になるという事は、いざと言うとき友達に借りてるお金も返せなくなる。
アタシの担保は生命保険のみなのだから・・・・・・。

アタシャ餃子をこねる手を止め、真っ青になって家にいったん引っ返し、「どうした? 又腰でも痛いのか?」と不思議そうに見詰めている夫には目もくれず、無言で請求書を探しまくった。
支払いが出来ていない請求書の山の中から、ようやくそれを見つけ出し、コンビニに行ったら、両方(二か月分)払わないとダメらしく、仕方がないので2ヵ月分もの保険料を払う羽目に・・・・・・。
あぁ・・・これで店の家賃も家の家賃も払えなくなった・・・・・・。
しかし今のアタシに一番大切なのは保険なのでギリギリ間に合って一安心。

慌てて家に引き返し、5日ほど前に届けられていたソフトバンクの携帯を鷲掴みにして店に引き返す。

そして店に行って餃子作りの続きをしていたら着信が・・・・・・。
電話が掛かって来たって、どうやって出て良いのかもわかんない(パニック)
iフォンなんかにしなけりゃ良かった。
どこをどうさわって良いのかチンプンカンプン。

ホウホウノテイでやっと出たら丸ちゃんという昔からのお客さんで「これから3人で行くから」との事。
あぁ・・・お客来てくれるって・・・・・・良かった・・・・・・。

んな訳でお金の無さと携帯の繋がらなさでパニックになっていたアタシの昨日の顔は、かなり常軌を逸した顔つきになっていたのではないかと思われ・・・・・・。
丸ちゃんに「貞子みたいだ」と言われてしまった。

その後店の家主のカップルも来てくれ、保険料の半分ほどは売り上げられたので、まぁ、よしとしよう。

あぁ・・・お金が欲しい。
宝くじでも当らないと、もう生きてゆけない。

タイガーマスクよ・・・・・・我が家に100万を・・・・・・。

冗談はともかく、そんな訳で携帯がソフトバンクに変わりました。
番号はそのままです。

今日ランチが終わったら、駅前のソフトバンクに行き、アドレスやら何やらを入れ替えてもらってくるけど、しばらくは使い勝手がぜんぜん解らないとおもうので連絡が上手く取れないかと・・・・・・。
店の電話やパソコンをしばらく止めたままにしようと思ったが、それも不便なので駅前に行ったついでに払ってこなければなるまい・・・・・・。

誰かiフォンの使い方教えに来て〜〜〜〜〜〜〜〜〜。


2011年02月01日(火)

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