与太郎文庫
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| 1953年07月16日(木) |
転才 〜 くもとハチのはなし 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19530716 >> ガラス戸のくもの話 金谷 昭良 何時かこんな事を本で読んだ。それは誰が書いたのかということも忘 れている。 「私が或朝、一匹のくもを見付けた。ガラス戸とガラス戸の間に、どこ からも、出られなくなっているくもを……。子供達に“来てごらん。く もがこんな所にいるよ”子供達は奥の間から飛んで来て、不思議そうな、 おそろしそうな顔をして、じっと見つめていた。……」 日中家に居る私は、便所へ行く時には必ず、このくもを見た。くもは じっと動かずにガラス戸のあわさで待機していた。驚きもせず、あわて ず、ガラス戸の中で身動きもせずにいた。家中で夕食を摂りながら“あ のくもはあのまゝで何日位じっとしているだろう。あそこにいるとまづ 外へはでられまい。お腹もすいてくるだろうし、外へ出ようと思ってガ ラス戸の中であばれ出すだろう。しばらくあのままで観察して見よう” こう云って子供達にあのガラス戸を動かさないでおくように云って置 いた。 朝も便所へ行く、一日に何回かくもを見た。しかし翌日も翌々日もく もは身動きだにしなかった。じっとしていた。“お父ちゃん、くもって 一寸も外へ出ようとあわてないね”女の子はいかにも不思議そうに云っ た事もあった。夏の夕方いそがしそうに巣を張るくもなのに、ガラス戸 に閉じ込められたこのくもは一週間たってもじっと死んだ様に動かなか った。 十日たった。やはり最初見つけた時の様にじっとして動かなかった。 十日間も何も食べずに居る。 少し私も驚きかけた。よくこんなに食べずに居られるものだ。人間が 十日も食べずにいると“食べさせろ、殺す気か”などとさぞかし大声で 家の人達にどなりつけるだろう。そして、もがいて、もがいて心か身が 怒でかたまるだろう。そう考えるとこのくもはずい分忍耐強い。動くこ とすらしないでいる。私がこのくもだったらどこか出口はないものかと 一日中、ガラス戸の中を右往左往するだろう。 そして食べ物がないかとガラス戸の中を一生懸命さがすだろう。 とうとう二週間たった。半月になったのである。子供達はもう見るの も忘れてしまった。何度となく便所へ行く私は くもはガラス戸にぴた りとひっついて 死んでいるのかな 腹がへって動けないのかも知れな い。観察しようと思った心は何時の間にかこのくもの辛抱強さに負けて 居た。それは同情だったかも知れない。それでもいいと思う様になって 来た。 丁度二十三日目の朝だった。どやどやと子供達がよって来た。 “お父ちゃん、まだ見ているの、可哀そうよ”私もそんな気がした。 女の子が一寸ガラス戸に手をふれた。 カタリ、と音がして一センチばかりのすき間が出来たかどうかわから ない位の時。じっとしていたくもがすばやくその間をくぐりぬけて外へ 出て居た。 “あっ”と言ってまばたきを一つする瞬間だった。 戸袋の外へくもは逃れ去って居た。 “逃げた、逃げた、ほらあそこだよ”子供達が指さす方にくもはゆうゆ うと逃れ去って行った。──と云うよりゆうゆうと去って行ったのであ る。今まで少し可哀そうだと思っていた私は“しまった”と思った。だ まされた心地がした。くもは去った。 私は書斎で書き物をしようとしたが、くもの事が気になった。くもが ガラス戸に閉じ込められてから、私の気持はこんなに変って行った。 ○ よーし、観察してやろう。根くらべだ。 ○ 面白い奴だ。何時までじっとしてるんだ。 ○ まだじっとしている。 ○ まだじっとしている。 ○ やっぱり、じっとしている。 ○ あれまだヾ。腹がへらんのかな。 ○ 腹がへって動けまい。どうする気なんだろう。 ○ 開けてやろうか。死んじまうから。 ○ 死んぢゃったのかな。可哀そうに。 二十三日目の朝、私の気持を根本からくつがえして、さっと逃げて行 った。負けた。くもに負けた。 可哀そうにと思っていた気持は、ぐらぐらっとくずれて、“しまった。 負けた”と思った時はすでに遅かった。くもが勝ったのである。 二十三日前、くもが最初ガラス戸に閉じ込められた時、くもは今日出 られると思っていたゞろうか。 二十三日もの長い間出られる日を待って居たくもは、じっと動かず時 を待った。 じっと死んだ様になって待っていた。 このわずかな一センチほどのすき間が生命の道だった。 この道を通って外へ出る日が来るまでガラス戸のくもはじっと待って いた。生きる為に……。 このくもの辛抱強さと忍耐力と、すべてを捨てゝじっと待っていた心 がまえは、わずか一センチほどのせまい生命のためだったのである。 ── そして動いた。そして、このくも事件は私の心に何か打つものが あったのである。 今頃は思い切り美味しい御馳走にありついているくもを思い出しなが ら、もし言葉が通じるのなら“くもさんよくがんばりましたね”と云っ てやり度い気持がした。 そして、このくもの話は、ただそれだけしまっておく気持になれなか った。 何か、私たちの生活の仕方に教えられるものがある。 と、ぼんやり思ったのである。 ── 《素描・第一号 19520401 さゞなみ同人会》P02 << くもとハチのはなし 阿波 雅敏 夏の或る朝、一匹のくもを見付けた。くもはガラス戸とガラス戸の間 に這入って何処からも出られずにいた。 休暇中で毎日家にいた私は“此奴、これからどうするか見ていてやれ” と思った。 くもは、じっと動かず、あわてずガラス戸の中で身動きもしなかった。 「あのくもはあのままで何日位じっとしているだろうか。あのままだと 先ず外へは出られまい。腹もへるだろうに。」こんな事も思った。 ところが何時迄たっても、くもは動こうともしなかった。一週間たち 十日たったが、最初の時と同じ格好で頑固に足一本動かさずにじっとし ていた。 二週間目。くもは依然として最初のままであった。 “死んでしまったかな。腹がへって動けんのかも知れん。”最初何かの 刺激を期待していた私は、次第にくもを相手に根比べをしている事が馬 鹿らしくなって来た。それは此のくもに対する同情であったかも知れな かった。又そうであっても良いと思う様になった。 そこで私はさんざ考えた挙句思い切ってガラス戸を開ける事にした。 もう一度くものいるのを確かめてから私はガラス戸に手をふれた。 “ガタリ”と音がして一センチ程のすき間が出来たかどうか、其の瞬間 くもは外へ出ていた。全く瞬間というよりなかった。 くもに逃げられたのを知った私は“しまった”と思った。だまされた 心地がした。 二週間前、此のくもが最初ガラス戸に閉じ込められた時、くもは今日 出られると思っていただろうか。二週間の間、じっと動かず時を待った、 そしてくもは、今日迄頑張り続けて、遂に一センチ足らずの生命を得た。 此のくもの辛棒と、忍耐と、総てを捨て、待っていたものは、一セン チ足らずの生命だったのである。 数日後こんな事を本で読んだ。或る昆虫学者が、ハチの事について書 いた文章だが、大体、空を飛ぶ為の羽根の面積は体重に比例( 数字は良 く覚えていないが )していて飛行機もこれが応用してあるのだという。 ところがハチの場合は不思議な事に、この比例から行くと体重に対し て羽根の面積が狭いというのである。普通ならば飛べぬというのである。 そして、ハチがもしそれを知った時、初めてハチは飛べなくなるだろう と結んでいる。 くもの忍耐力、ハチの努力は、どこか人間の生き方に似ていると、私 はぼんやり考えた。 (筆者は2D) ── 《同志社中学生新聞・第十四号 19530716 》 ──────────────────────────────── 尾崎一雄《虫のいろいろ》が文学雑誌・新潮に掲載されてから四年後、 金谷先生は「こんな話を聞いた」という前置きで《ガラス戸のくもの話》 を、教え子の編集する同人雑誌に寄稿された。 その教え子はまた、学校新聞の依頼にこたえて《くもとハチのはなし》 を書いた。あきらかな盗作、しかも確信犯である(擬太郎 P041 参照)。 もとの原作を“病床記”とみれば、三者三様に共通するわけで、病み あがりの少年が復学したときの担任であった金谷先生もまた、みずから の闘病生活がはじまっていた。 さらに四十五年後、地方新聞のコラムも引用しているように、原作の エピソードは寓意にあふれている。父の代作による作文《ぼくのいなか》 で知事賞を与えられた文学少年にとって、いまこれが盗作・剽窃であっ たとしても、いずれ脱出すべき拠点となった。(Day'20000711) ──────────────────────────────── 19520401《素描 ・ 第一号》アルタミラ洞窟画《野牛図》《Tokyo’61〜61 初版のあとがき》参照。 19520501《これから・第二号》ロダン《考える人》Pho'京都国立博物館、このころ連日写真撮影に通う。 ── 《大原美術館に在った論争 1999ca 山陽新聞》 19520601《これから・第三号》ギリシャ彫刻《汗をふく青年像》 1952‥‥《これから・第四号》阿波正之・写真集より《夏の杉》 1952‥‥《これから・第五号》ミケランジェロ《青年 15・・》(システィン礼拝堂天井画装飾人物の部分) ── 京都市教育委員会(一周年記念出版)・監修《美術の鑑賞 19491010 都出版社》P023 市内小学生に頒布された副教材(正続二分冊)、著者不明。 19530701《これから・第六号》── 金谷 常延・孔版原版《ローマ彫刻・鳩をもつ青年像》出典未詳 ── 吉田 肇《白衣》ほか。修学旅行での傷痍軍人撮影事件を経て、カンニング事件── 《諌争》 >> 滴一滴 〜 コラム 〜 「晩秋のある日、陽ざしの明るい午後だった」とあるから、時期的に はちょうど、いまごろを言っているのだろう▲尾崎一雄の短編小説「虫 のいろいろ」の書き出しだ。戦後間もなく、病気で床に伏していた作者 は、ラジオからバイオリン曲が流れてくると同時に、部屋の隅にいた一 匹のクモがするするとはい出してき、浮かれたように歩き回るのを見た。 曲が終わる。クモは少しテレたようにこそこそと姿を消した▲偶然とは いえない、「これは油断がならないぞ」と思い、あらためてノミやハチ、 ハエといった身の回りの虫たちの習性に思いを致す。無意識ながら一様 に生きようと懸命に努力していることを発見する。▲対象を見詰める目 の確かさはさすがだ。この時代、虫が、特にハエが多いことにも気がつ いた。「天井板にしがみついていて、陽のさす間は、縁側や畳に下りて あっちこっちしている」とある。病臥している作者の顔にまでたかり遊 び場にする▲ここで作者は世にも珍しいことをやってのけるのだ。額に とまったハエを追うというはっきりした気持ちではないが、眉をぐっと つり上げた。急にできた額のしわ。そのしわが、ハエの足をはさんでし まった。額でブンブンという大きな羽音。「おい、だれか来てくれ」。 そして家族の笑い声▲作者をまねて鏡に向かって眉を思いきりつり上げ てみた。深いしわが入る。そんな年になったのか、これならやれるなと 思う。だが、晩秋といわず夏でさえ、もう何年もハエはいない。 ── 《滴一滴 19981107 山陽新聞》 蜘蛛百態 〜 死亡記事 〜 錦 三郎 短歌・くも研究 1915‥‥ 山形 福島 19970508 82 /〜《蜘蛛百態》 ── クモが糸とともに上昇気流を利用して舞い上がる「雪迎え現象」 を研究。64年「蜘蛛(くも)百態」でエッセイスト・クラブ賞、75年に 斎藤茂吉文化賞などを受賞。92年、東北の地域文化への貢献で文部大臣 表彰。短歌結社「山麓」選者。 ── 《山陽新聞 19970511 》 << 東京時代、キャバレーの舞台装置作品。暗黒のステージに、ボンゴが 鳴りはじめ、一条のスポットライトに、蛍光色のブラジャーが浮かびあ がる。くもの巣に囚えられた女が身をよじって脱出を図るが、力つきる。 ボンゴ・ソロ=北野タダオ(アロー・ジャズ・オーケストラ) ── 《ヌードショウ 〜 蜘蛛と女 19620614-0616 ミス東京》 ♀朱雀 さぎり(初代) 1940‥‥ 東京 19920112 51 /1958-1983日劇 ──────────────────────────────── (20061115)
| 1953年07月15日(水) |
シュタフォンハーゲン独奏会 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19530715 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html Ex libris Awa Library;Stavonhagen ── 《全音ヴァイオリンピース曲目一覧表 19‥‥‥ 全音楽譜出版社》 ── 七月一日のアッセンブリーはドイツの有名なヴァイヨリニストで あるシュタフォンハーゲン氏の演奏を栄光館で女子中学と一緒に鑑賞し た。曲目は比較的なじみ深いものばかりであった。氏の演奏は音色が地 味で音程を時々はづすことはあるが、さすがにドイツ音楽の正統派であ るだけに大きくがっしりとしており音楽的教養の深さが感じとれた。 ── 《シュタフォンハーゲン氏の独奏会 19530701 同志社栄光館 0716 同志社中学生新聞 第14号》 この記事は「音程を時々はづす」など、誰が書いたものか。 当日は、本宮先生が急遽壇上で奏法の解説をされた。 ピアノ伴奏は、女子大の教授だったかもしれない。 先生がメモを見て「ピッツカート」と読みあげると、深刻な面持で、 ポツン・ポツンと爪弾く趣向である。曲目については、まったく記憶が なく、下記(約一年後)のプログラムにも見あたらない。 http://www.yasuda-shoten.jp/product/1661 ── 《ウォルフガング・シュタフォンハーゲン ヴァイオリン独奏会 19540613 主催:山梨音楽愛好家協会》伴奏:マンフレット・グルリット 来日演奏家よりも滞日演奏家と呼ぶべきで、詳しい2ちゃん記事あり。 http://piza2.2ch.net/classical/kako/997/997517685.html 特集『あのオーケストラは今』 >> ★ 本シリーズに寄せられた かずかずの賛辞!! 植野 豊子先生 ─ 全音がこのたび出版されたヴァイオリンの楽譜は 大へん美しく、しかも丈夫なので使う人の立場をよく考えて出さ れたものと思います。曲目も豊富で内容もいいし私も使っており ますが、全く驚く程正確な楽譜です。今後も新らしい曲を沢山出 版されるとのことで大へん期待しております。(演奏家) 加藤 成之先生 ─ このたびの 「全音ヴァイオリンピース」 は全く素 晴しい。まず数の多いことである。ソナタや協奏曲も別に数多く 出版されるので、全くヴァイオリン曲の全てを網羅しているとい っても過言ではあるまい。(中略)私は心からヴァイオリン愛好 家に推薦する次第である。(東京芸大音楽学部長) 属 啓成先生 ─ 我国の音楽水準は終戦以来急速な上昇を続け、そ れに伴って楽器工業や楽譜出版は重要な役を演ずる訳だが、まだ 量的にも質的にもその需要をみたしていないのか現状だ。既に楽 譜の出版では非常な実績をもっている全音がクラシックものの出 版を計画したことは極めて喜ばしいし期待も大きい。(評論家) http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A1%A1%C2%B0+%B7%BC%C0%AE W・シュタフォンハーゲン先生 ─ 日本でよく知られている全音は 今迄に装帖、内容共に立派で安価な楽譜を出版して大きな貢献を してきてるが、今度出した新しい楽譜は全く優れたもので外国版 に決して劣らないと思う。音楽を愛する日本人がそのような出版 社を持っていることは大変幸福なことといえる。(来日演奏家) 鈴木 鎮一先生 ─ 全音が着々として新しい世界を拓いてゆこうとし ていることはうれしい。今度のピース楽譜はその一つでしょう。 ビニール被膜を用いた上等な表紙、新鮮なものを感じます。印刷 も進歩したものだ。欧米の出版と比べてこの水準なら少しも劣ら ないどころか少し豪華すぎるかも知れない。(才能教育主宰者) 真篠 将先生 ─ 最近、小学校でも中学校でも器楽活動が盛んにな ってきたが、その中にヴァイオリンを探り入れることが多くなっ てきた。こうした時に全音から優秀などース楽譜が刊行されたこ とは届だ時宜に適しているし、叉教育の面からもこの上なく喜ば しいことである。(文部省初等中等教育局文部事務官) 増沢 健美先生 ─ 日本の現状では楽譜の出版、特に器楽曲の出版は なかなか難しい。にもかかわらず今回全音がヴァイオリン楽譜の 出版を敢行されたことはまことに喜ぶべきことである。装櫨もす っきりしているし印刷もきれいだ。それに有名な曲を殆んど網羅 していることはなによりである。(評論家) (五十音順) << Stavonhagen, Wolfgang Violin 19080822 Duitch 19810316 72 / http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050923 点鬼簿 〜 与太郎の過去帳 〜 ── 鈴木 鎮一《全集 第1巻“能力の発見”19890401 研秀出版社》 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20001007 ポール先生、さようなら 〜 続・教え子の消息 〜 (20100424)
| 1953年07月07日(火) |
銀幕の彼方 〜 バンツマ一家 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19530707 https://www.mozilla.org/ja/firefox/new/(推奨 Ctrl+F) | http://twitter.com/awalibrary(ツイッター) http://twilog.org/awalibrary(ツイログ) http://booklog.jp/users/awalibrary(ブクログ) | http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html(与太郎文庫) http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19530707
Ex libris Web Library;影法師 19491225-19500108 松竹 http://www.gmo-toku.jp/srch/kw影法師/or0/ 影法師シリーズは、バンツマ初期の主演作を、リメイクしたものか? 与太郎の興味は、どのように後編に引き継がれるのか、にあった。 父にせがんで観たところ、あまり整合性が感じられず、失望した。 《江戸怪賊伝 〜 影法師(前篇)怪賊影法師 〜 19250306 東亜マキノ等持院》 《江戸怪賊伝 〜 影法師(後篇)怪賊影法師 〜 19250313 東亜マキノ等持院》 《闇の影法師 19380714 日活京都》懸 左馬之介 《影法師 〜 寛永坂の決闘 〜 19491225 松竹京都》仙波 龍之介、天堂 左近 《続・影法師 〜 龍虎相搏つ 〜 19500108 松竹京都》仙 波龍之介、天堂 左近 父にせがんで観た映画は、もう一本あった。 ── 加藤 雅彦(子役)《獅子の座 19530603 大映京都》 “バンツマ”籍=田村 傳吉(誤=坂東) 高廣・正和・亮ら四兄弟の父。 《あばれ獅子 19530812 松竹》撮影中に脳内出血。旧作のクローズ・ アップと後姿の代役をオプティカル・プリンター(合成マシン)で完成。 ── 《無法松の一生/王将/破れ太鼓》 http://www.jmdb.ne.jp/person/p0133880.htm ── 《阪東妻三郎/監督別/共演者別/阪東要二郎》
阪東 妻三郎“バンツマ” 19011214 東京 京都 19530707 51 /誤19011213 〜 ♀田村 静子 四兄弟の母 1903‥‥ ‥‥ 京都 1993‥‥ 90 / 田村 高広 (長男)俳優 19280831 京都 東京 20050516 77 /同志社大学経済学部卒 ♀田村 節子 高広の妻 19‥‥‥ ‥‥ /旧姓=? 田村 俊麿 (次男) 19380612 京都 /旧称=登志麿/三兄弟のマネージャー 田村 亮 (三男)俳優 19460524 京都 /籍=幸照/172.9cm [A] 1969 成城大学経済学部卒 ♀宇佐美 恵子 モデル 19520417 東京 /籍=田村 幸照の妻/神奈川/杉ざかやの客 田村 幸士 俳優 19770628 東京 /籍=田村 亮の長男/176cm [A] 20090429 デビュー 田村 亮 芸人 19720108 高槻 /籍=同/ロンドンブーツ1号2号 田村 正和 (四男)俳優 19430801 京都 /成城大学文芸学部卒 ♀田村 総枝 正和の妻 19‥‥‥ ‥‥ /旧姓=? 水上 保広 俳優 19471031 大阪 /声優 ナレーター/175cm [A] 阪妻の婚外子 http://210.135.99.89/a/%E7%94%B0%E6%9D%91 ──────────────────────────────── 林 与一 俳優 19420214 兵庫 /京都嵯峨小学校で田村 正和と同学年 ♀中村 玉緒 俳優 19390712 京都 /立誠小学校(1993廃校)卒 津川 雅彦 俳優 19400102 京都 /旧芸名=沢村 マサヒコ→加藤 雅彦 佐々木 敏男 スケート 19400303 京都 19991017 59 /19580120 Champion ! ──────────────────────────────── 小山 素麿 脳神経外科学 19381201 京都 /脊髄疾患臨床研究所代表 □□ ?麿 (同志社中学)1938‥‥ 京都 /田村 俊麿&小山 素麿と同学年? 西村 篤夫 先端科学研究 1938‥‥ 京都 /20010331 退職 /大阪府立大学先端科学研究所(アイソトープ)講師
…… 先日、香住へ行く途中、ひとり京都に立ち寄りました。 古都をぶらつきながら、二尊院を尋ねてみました。 ここには、阪東妻三郎の墓があり、以前から行ってみたいところでし た。嵯峨野の竹藪の中で、墓参りをしていたら“墓碑”なるものが建て られているのに目がとまった。 田村 静子さんは、すでに平成5年に亡くなられていた。 阪妻の妻、正和さんの母である。 ふと、思い出した6年前のビデオテープ。 それは非常に珍しい、正和さんのトークインタビュー番組。 その中で、母親について語られている一場面があったはずだから。 「90歳ですけど、今も元気にしています」。 この直後に、亡くなられていたようである。 http://twins.pos.to/log/bbs990223.html 天使の梯子/投稿者:ムサ兄/投稿日:19990226 21:07:15 京都嵯峨小学校で田村 正和と同学年だった林 与一は、雁 龍太郎の “またいとこ”中村 玉緒と“いとこちがい”にあたる。中村 玉緒の 小学校同級生にフィギュア・スケートの佐々木 敏男がいた。 田村 俊磨(同志社中学)成城学園高等部、慶應義塾大学経済学部卒。 1962 東京通商�蠧�社。1966 退社(同年より、田村高廣、田村正和の マネージャー)この間、六本木にて飲食店を経営。1980 田村産業(株) を設立。河川水害防災資材を開発、建設省(現・国土交通省)地方自治 体等に納入。1994 社名を株式会社タムサプライヤに改称。 現在の取扱い商品、水防資材、屋外用テーブル・チェア、パラソル、 健康指向食品、炭酸泉装置、除菌・消臭剤。 http://www.tamura-kyoudai.com/tosima.html …… このサイトは、田村兄弟の公式サイトとして、兄弟の情報を発信 していきます。また、次男:俊麿が主宰する本物にこだわったショッピ ングサイト「Tam Shop」でのお買い物をお楽しみください。 http://www.tamura-kyoudai.com/ 田村兄弟 (20060213-0518)(20150308)
| 1953年07月01日(水) |
これから 第六号 〜 最終号 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19530701 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 ↓Edita for text ↑Index 000000=19020102〜99991231 http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html from Our Pictures;19580701これから06P00P0P21 ┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐ ↓=Non-display><↑=Non-display └┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘ ── 《これから 第六号 19530701 漣同人会》(176×245mm)孔版
表紙絵(孔版) …………………………………………… 金谷 常延 0 ふでのあと(二)華厳縁起絵巻 華厳縁起絵巻について ………………………………… 阿波 雅敏 1 地上にて ………………………… 山田 順三/カット・阿波 雅敏 5 個人主義 …………………………………………………… 八田 要 11 MSA理想論 ……………………………………………… 阿波 雅敏 12 河原町と銀座 ……………………………………………… 前川 勝男 16 山科へ来てから …………………………………………… 前川 治男 16 水三題 ……………………………………………………… 阿波 雅敏 20 短評 馬鹿の群と馬鹿でない群/憧れは甲子園 …………………… 14 水滴 (下段)詩「創作と人生に就いて」 ……………………… 阿波 雅敏 15 編集あとがき …………………………………………………………… 19 Coterie News 前川両君 山科へ転宅/会員数四〇名に達す …………………… 10 会員入退近況報告/会費納入の通知 ……………………………… 15 (募集欄) 市内中高へ呼びかける同人会入会勧誘文を募る …………………… 15 スケッチブック作品募集 ……………………………………………… 15 ホトトギス同人会同人ボシフ ………………………………………… 12 原稿募集 ………………………………………………………………… 11
本号使用のインクは総て活版インクです。印刷(略) http://d.hatena.ne.jp/adlib/19520331 素描 第一号 〜 黄銅時代 〜 (20090719)
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