与太郎文庫
DiaryINDEX|past|will


1956年06月25日(月)  水三題 〜 水の変態 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19560625
 
 水三題
 
 壱
 
 大雨が降った後なので琵琶湖の水が、かなり淀んでいた。
 私達の乗ろうとしている船の他にも随分沢山の船が有って、桟橋の周
辺の水は重油に抑えられてゆらゆらと動いた。十時半の朝の太陽が、そ
れを金色に照らして重油と水の作る色模様に生彩を加えていた。それが
影になった船の片面に時にチラチラと反射して、そこだけが魚の鱗の様
になった。新しくもない白ペンキの香りが鼻をついた。
 
 弐
 
“やぁ、あれが沖の島か”
 青がかった緑色の島に百本ばかりの松の木がこれも青緑色をして立っ
ている。其の島の右後に、くりくり太った白い雲がぽかんとこちらを眺
めている。この辺になると水は真っ青である。
 
 参
 
 銅貨を三枚、板の上に置いてボートの有る処へ降りて行くと、右足を
踏込んだ水草の中から蛙が五六匹驚いて逃げ出した。左足を前へ出すと
又沢山逃げ出した。ボートをつないである杭まで行くには相当な数の蛙
の出現を覚悟しなければならなかった。
 ようやく杭までたどりついてボートの舳先に手をかけた。其の方に重
みが加わってタプンといって水の中へ少し沈んだ。其処に漣が出来て、
どんどん向うへ拡がって行くのが見えた。
 水草の中から蛙が一匹、水の中へ飛込んだ。
 
── 《これから・第六号 195305・・ さゞなみ同人会》
── 《虚々日々 20001224 阿波文庫》P020
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20041216
 三題噺 〜 高島春江先生講義録 〜
 
── 宮城 道雄《水三題 〜 山の筧・大洋の朝 〜 1923‥‥ 作曲》桜居女・詞
── 宮城 道雄《春の海 19320531 初演》ルネ・シュメー(編曲)
── 宮城 道雄《雨の念仏 1935‥‥ 三笠書房》随筆集
── 《カーネギー・ホール物語 19520125 America》Stokowski,Leopold
 


♀Chemet,Renee Violin 1888ca‥ France 極東 19‥‥‥ ? /航空事故
宮城 道雄 箏曲/作曲 18940407 兵庫 刈谷 19560625 62 /列車事故/自殺?
 Piatigorsky,Gregor Cello 19030417 Moskva America 19760806 73 /〜《白鳥》

 
── 昭和31年6月25日未明、大阪の公演へ向かう途中、愛知県刈谷市
の刈谷駅付近で夜行急行列車「銀河」から転落して亡くなった。当時は
寝ぼけてトイレのドアと乗降口を間違えたなどの推測がなされたが、
現在でも事故か自殺か、真相は不明のままである。 命日の6月25日は
遺作の歌曲にちなみ、「浜木綿忌」と呼ばれている。
 神戸の旧居留地に生誕地の碑が建ち、東京都新宿区に日本で最初の音
楽家の記念館「宮城道雄記念館」が建つ。── 《Wikipedia》
 
 ■ 水族館
 
── 盲目の作曲家、宮城道雄 (1894〜1956) の回想に、こんなエピソ
ードがあった。筝匠があるとき、楽屋で琴を奏でていると、誰かがじっ
と聴きいっている気配がする。やがて、それがチェロのピアティゴルス
キーであると察しられたが、彼は何かを探しはじめて様子である。何を
探しているのですか、とたずねれば、ここにチェロは置いていないか、
という。あなたのような大家に、弾いていただけるような楽器は、どの
みちございません、と師が恐縮するうちに、彼はどこからか、古いコン
トラバスを代りに見つけだしてきた。
 そして、筝匠をうながすや、悠然と《春の海》を弾きはじめたという。
 《春の海》は、もともと昭和7年に来日した女流ヴァイオリニスト、
ルネ・シュメーによって、ヴァイオリン用に編曲された尺八と筝の二重
奏曲である。
 これをコントラバスで弾くには、かりに3オクターブ下げても、相当
なハイ・ポジションと、困難な運弓が要求される。いわば東西両巨匠に
よる、まことに珍らしい、かつ崇高な楽興の時が、その場に展開された
こと、と思われる。
 実はこの話、何かで読んだ記憶だけが頼りで、出典を明らかにできな
いのが残念だが、宮城師には《雨の念仏》その他の随筆集もあるとかで、
あるいはこれに収められているかもしれない。
 因みに、ピアティゴルスキーの来日は、昭和11年と31年の二度にわた
っており、おそらく、最初の来日の際のエピソードではないかと想像さ
れる。ともに若き日の巨匠、として躍如たる面目がうかがえる。
 そして、31年といえば、筝匠の没年、かの悲劇的な事故、列車からの
転落の年に当っている。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19710401
── 《弓弦十話 〜 水族館 〜 Awa Library Report》重複
 
 ■
 
 変態草考 〜 奇承変結 〜
 
 ◆ 起
 
── セックスすることを「エッチする」と言い出したのは、1983年
(略)明石家さんまが司会をする『サタデーナイトショー(東京12チャ
ンネル)』という番組の中で、9代目クラリオンガールの香川えみが、
トークの中でこのいいまわしを使ったのが最初らしい。
http://hasu.blog1.fc2.com/blog-entry-216.html
 
 かつて、テレビで自粛されていた“変態的な性欲行動”を一言で総括
した思考過程は「変態性欲→変態→Hentai→H→エッチ」とみられる。
 ただし「ヘンタイ」という表現は、きわめて古くからあった。
 
 本来の語義は、形態の変化をあらわし、生物分類学上の用語である。
 進化の途上に出現する、多彩な可能性を総称している。
(変体仮名・変体漢文も、書法の変遷における特殊な形態を指している)
 
 ◆ 承
 
 一説に「ヘンタイ」を「H」に転じたのは女子学生であるという。
 レズビアンを想像させる「S」も、おなじ女子学生の隠語かといえば、
こちらは裕福なタカラヅカ・ファン、すなわちお嬢様のものらしい。
 
 往年の日常会話では「まぁ、スケベね!」だったが、のちのドラマで
「まぁ、エッチ!」と変化し、かならずしも異常な性的衝動を非難する
のではなく、正常で健康な行動一般に対する揶揄的表現に昇格した。
 
── へんたい【変態】1 形や状態が変わること。また、その変わった
形や状態。「主権より民主政治に―するに於て/民約論(徳)」
2 「変態性欲」の略。また、その傾向のある人。
── 《大辞林 Yahoo! 三省堂》
 
── 新村 出・編《広辞苑・第二版 19711118 岩波書店》P2004
 さんま以前の辞書では「変態性欲の略」とあるが「その傾向のある人」
という記述がない。多様な性癖が、いまだ市民権を得ていなかったのか。
 
 ◆ 転
 
 盲目の筝匠・宮城 道雄十五歳の処女作《水の変態 1909‥‥ 作曲》は、
佐野 恵子の演奏で聴くことができる。(♪↓Click Here!)
http://www.botankai.com/p2.html
 
 不幸な列車事故の現場に建てられた供養塔の側面には《水の変態》と
代表作《春の海 19320531 初演》の音符が刻まれ、裏面に生涯を綴った
佐藤 春夫の碑文がある。他に、尺八との二重奏曲につぎの作品もある。
 
── 桜居女・詞《水三題 〜 山の筧・大洋の朝 〜 1923‥‥ 作曲》
 佳曲《水の変態》は、放送自粛用語辞典に載せられたも同然である。
 その名をアナウンスすれば、多くの聴衆が、聞き耳を立てるだろう。
 
 ◆ 結
 
 ことばは、誰のものでもなく、誰がどのように用いても、誰も禁じる
ことはできない。誰かが誤って、本来の用法を駆逐することもある。
 「セックス=異常=変態=エッチ」の思考回路は、屈折している。
 
 ある人の性癖や嗜好が、きわめて希少であるという理由で、社会的に
排除することは許されない。少数者であることは異常者の証ではない。
 いずれ、どこかの団体が異議をとなえ、外来語に置きかわるだろう。
 
 最後に「変態」の定義を繰りかえしておく。
 本来の語義は、形態の変化をあらわし、生物分類学上の用語である。
 進化の途上に出現する、多彩な可能性を総称している。
 
 ◆
 
 ↓つぎの質問に対する回答として。20060516
 
http://q.hatena.ne.jp/1147766999
 
 よほど変な回答でない限りポイントさしあげます。
 貴方の「変態」の定義を教えてください。
 条件・性衝動にからめなくてもOK・理由も書くこと ier135
 




────────────────────────────────
 
作成日: 2006/05/16
 


1956年06月18日(月)  京都市交響楽団 歴代常任指揮者

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19560618
 
 Ex libris Web Library;先斗町歌舞練場
…… 大林組技師・木村 得三郎(1890-1958)により 1927‥‥ 創設。
http://www.kamogawa-odori.com/kaburenjou/
 
http://q.hatena.ne.jp/1290969556(20101129 03:39:19-1206 03:40:02)
 京都市交響楽団 歴代常任指揮者(修訂)
http://q.hatena.ne.jp/1370672662#a1203783(No.2 20130608 20:15:48)
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%B5%FE%C5%D4%BB%D4%B8%F2%B6%C1%B3%DA%C3%C4
 京都市交響楽団 歴代常任指揮者
http://www.kyoto-symphony.jp/about/conductor.php
 
http://www.kyoto-symphony.jp/about/conductor.php
 京都市交響楽団 195604‥ 創設 19560618 公開演奏会
http://www.flouflou.com/kagayaki/index.html 創設当時の練習風景
 


 チェリウス Caelius, Karl(Carl ?) 指揮/
19080107 Germany 19840116 76 / 1[195604‥-196106‥]
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/8393/omoideuta.htm
 想い出の曲 心に残った歌 200512‥ 伏見医報
 
 カウフマン Kauffmann, Hans Joachim
19260616 Germany 20080208 81 / 2[196109‥-196308‥] Stuttgart
http://d‥hatena‥ne‥jp/adlib/19690519
 一聴一席�5�響・昨日今日 〜 高山 義三 国際会館長をたずねて 〜
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%B9%E2%BB%B3+%B5%C1%BB%B0
 
 森 正         指揮/“モリショウ”
19211214 大阪  19870504 65 / 3[196309‥-196608‥]
http://d‥hatena‥ne‥jp/adlib/20050923 点鬼簿 〜 与太郎の過去帳 〜
 山田 宗二郎 Violin    / *[196309‥-196608‥] 副指揮者“ヤマソウ”
 
 外山 雄三    指揮・作曲/〜《ラプソディー》
19310510 東京        / 4[196704‥-197003‥]
http://d‥hatena‥ne‥jp/adlib/20041102
 
 渡邉 暁雄       指揮/19560622 日本フィル創立
19190605 東京  19900622 71 / 5[197004‥-197203‥]
http://d‥hatena‥ne‥jp/adlib/19701023
http://d‥hatena‥ne‥jp/adlib/19900622 渡辺家の人々
 
 山田 一雄       指揮/籍=和雄。和男、夏精(かせい)、一雄(1968 改名)“ヤマカズ”
19121019 東京  19910813 72 / 6[197204‥-197603‥]
 
 ヴェルニッツイ Vernizzi, Fulvio 指揮/
19140405 Italy 20050218 90 / 7[198204‥-198403‥]
 
 小林 研一郎   指揮・作曲/愛称“コバケン”通称「炎のマエストロ」
19400409 福島        / 8[198504‥-198703‥]
 
 井上 道義   指揮・ピアノ/
19461223 東京        / 9[199104‥-199803‥]
 
 ムント Mund, Uwe    指揮/
19410330 Wien        /10[199804‥-200103‥] 19410320 ?
 
 大友 直人       指揮/
19580519 東京        /11[200104‥-200803‥] 20080401 桂冠
 
 広上 淳一       指揮/20150315 サントリー音楽賞45
19580505 東京        /12[20080401-200803‥]
 
 □□ □□        指揮/
19‥‥‥ ……         /13[20080401-20230331] 空席
 
♀沖澤 のどか      指揮/
1987‥‥ 青森        /14[20230401-20260331]
 
…… 33年ぶり空席「女性指揮者」というカテゴライズへの反骨心。
https://www.jiji.com/jc/v8?id=202209kyokyo @jijicom

 
19560400( )自治体直営オーケストラ創立(初代楽団長 京都市長 高山 義三)
19560618(月) 先斗町歌舞練場 披露演奏会
19560619(火) 第1回定期演奏会 円山公園野外音楽堂
 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19560606 山脈・第十一号
19560606(水)《山脈 11 同志社高校文芸部》表紙デザイン
19560616(土)ホザナ・コーラス発表会11“DHS”表紙デザイン(大島 芳孝・補正)
19570615(土)ホザナ・コーラス発表会12 〜 シンフォニエッタ・デビュー 〜
 

https://www.mozilla.org/ja/firefox/new/(Ctrl+F)
http://awalibrary.blog.so-net.ne.jp/
 |
http://twitter.com/awalibrary(ツイッター)
http://twilog.org/awalibrary(ツイログ)
http://booklog.jp/users/awalibrary(ブクログ)
 |
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html(与太郎文庫)
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19560618

 
(20160918)(20180626)
 
┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐
↓=Non-display><↑=Non-display
└┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘
 


1956年06月06日(水)  Never too late ! 〜 セミプロ・プロ・アマ 〜


┌─────────┐
│
│ adlib/19560606
│
│ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19560606
│ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
│ https://tx696ditjpdl.blog.fc2.com/?q=00000000
│
│ https://awalibrary.blog.ss-blog.jp/
│ https://booklog.jp/users/awalibrary/
│ https://q.hatena.ne.jp/adlib/
│
│ https://twilog.org/awalibrary
│ https://twitter.com/awalibrary
│ https://www.facebook.com/masatoshi.awa
│
└─────────┘

 
 Never too late ! 〜 セミプロ・プロ・アマ 〜
https://tx696ditjpdl.blog.fc2.com/blog-entry-3324.html
 あまちゅあの椅子 〜 第一のチェロ 〜
 
 “アマチュアの椅子”ということばが浮かんだのは、いつ頃のことだ
ったろうか。たとえば、高価なコンサートに出かけて、空いている席が
あったので「ここ空いておりますか」とたずねる感じ、尋ねられた人は、
あるいは高名な音楽評論家かもしれない。ひょっとすると、今日のコン
サートの主役と、日頃ライバル意識を燃している人かもしれない。
 そしてあたりは御親族・知人・友人ばかり、そんな真只中でおずおず
指さして「ここ空いておりますか」などとたずねている自分の姿を、最
近非常に意識するようになった。
 ああそうか、アマチュアの椅子”とはアマチュアの“チェア(椅子)”
に通じるでたらめなゴロ合わせだったのか、とひとりでに気がついて、
苦笑したのはつい先刻であった。
 つまり、私はアマチュアの音楽愛好家である。私は、他に文学とか映
画とか、美術とか、およそ“芸術的”なことには絶えずあこがれと好奇
心をもつ、ひとりの市民である。それらをよりよく見たり聴いたりする
ためには、前に空席があれば移りたいと思う。そしていう、「ここ空い
ておりますか」
 
 重ねていう、わたしは高名な音楽評論家とも、名演奏家たちとも今日
までつき合いがなかったし、どこかのレコード店で、毎月大量に買物を
したり、雑誌に載るようなでかいステレオをもっている大型消費者でも
ない。
 さらにいえば、毎朝音楽を、それもバッハとかウェーベルンを味噌汁
と同じように日程に組んでいる程のマニアでもない。具体的にいえば、
数年来レコードを買ったこともなければ、コンサートに出かけたことも
ない。アマチュアにも格づけが必要で、たとえば出席率のようなものが
あるとすれば、まずアマチュアの座もおぼつかない、そんな奴が「ここ
空いておりますか」というのは生意気なことだろうか。
 だが私はそれでも、もっとよく聴きたいから、そこに坐りたい、今こ
そそこに坐って、本気になって聴いてみたいのだ。音楽には、私の青春
をあずけておいた筈だ。私の青春は音楽とともに在った。私の青春は過
ぎてしまったけれども、音楽はたぶん変っていない筈だ。
 念のためにつけ加えると、私は老人ではない。
 いわゆる中年でもない。髪を短く刈り上げた見かけ通りの青年である。
そして既に少年ではない。私のいう青春は少年から青年への過渡期に当
る、たった数年間、数十ヶ月のことだ。
 
 あれから、もう十年以上経ってしまった。十四年前に、私はチェロを
買ってもらった。おふくろをまるで脅迫したような勢いで、チェロを手
にした。楽器店から家まで(ケースがないので)裸のままかついで帰っ
た。家に帰ってなでたりさすったりした。はじくと胸にこたえる響きが
した。とても一度に調弦して弓でこすってみようなどとは思わなかった。

 ついに自分のものになった感激で腰をおろしてしまっていた。F字孔
からのぞいて、中の貼紙の文字を読んだ。腹ばいになって、狭い穴から
のぞけるだけのぞいた。すると、魂柱が倒れているのに気がついた。
 大変だ、と思った。これは少年の考えである。誰のせいでもない、自
分そのものが傷ついている、という気持だった。数十分というものどう
していいか判らなかった。
 結局ふたたび裸のチェロをかついで、楽器屋へ出かけることにした。
苦情をいうためではない。
 傷ついた自分そのものを癒してもらうためには、そこで相談する他は
なかった。駒柱の倒れたチェロは、いわば病人である。車でおごそかに
運ぶことがふさわしい、と決めた。
 タクシーに乗ることにした。病人であるし、荷物としてもかなり大き
い、近いところだけれども、タクシーを奮発した。楽器屋のすぐ近くま
できて、車を降りてから金を払うときに、ズボンのポケットに手を入れ
た。右手のポケットになくて、左手のチェロを何気なく、他にいいよう
がないが、馬鹿なことをした、と誰かに叱られるのは、いつだってそん
な具合になるのだ。
 金を受けとったタクシーは、チェロを少しの間立てかけた車は、何の
前ぶれもなく、前ぶれのあるはずはないのだが、走りだしたのだ。
 当然なのだ、客は降りたし、金も払ったのだから、走り出すのは当り
前なのだ。だが、そんなことはどっちでもよかった、自分の、ボクの、
チェロは、もともと傷ついているのに、哀れな病人なのに、私の差し出
した手から逃げるように、もんどりうってアスファルトの上を転がった、
たぶん、ガランガランと音がしたに違いない。誰かが立止ってこちらを
見ていた。
 どんな格好になってしまったのか、しばらくは見当がつかなかった。
 それが、演奏会のステージでは、奏者の脚の間から、すばらしい音の
うねりを聴かせる楽器であり、奏者のいない時は、椅子にヒョイと、い
かにも無造作に立てかけてあったり、楽器屋の店頭では壁にぶら下って
いたり、そんな格好は何度もながめていたから、いつでも想像できた。
 だが、駒柱の倒れた病人みたいな、それが、タクシーに突きはなされ
て、路上で転がっているさまは、初めてなのだ。ひどい事になってしま
った、と手を出すまで、実はよく判っていなかったらしい。その、首の
部分に手をやった時、そして4本の弦を巻いたままの首が、胴体から離
れて、クラッと持ち上った時、斧で断ち切ったように真白い木肌が見え
たのだった。ひざの上でヘシ折ったように、ワリ箸をポキンと折ったよ
うに、その部分は、あおざめていた。一本のチェロは、4本の弦と首と
銅と、駒と駒柱となって、バラバラになってしまっていた。とにかくそ
うなってしまっていた。
 私は、そのひとつひとつを抱えあげて、楽器店に入っていった。
 ほんとうに何が何だか判らないけれども、惨めな気分だった。
 いつだって、うまくいかない時はこんな具合なのだ。それにしても、
何か起るごとに惨めな気分は前よりもさらに烈しく、切ないものに姿を
代えてくるのだろう、と楽器屋の中を見渡しながら考えていた。
 女の店員がどうしたんですか、と寄ってきて。私はうまく説明したつ
もりだった。
 タクシーに少しの間立てかけるつもりだったのが、タクシーが、アッ
という間に走り出したので、という風に、逆に説明しているうちに、そ
の先を忘れてしまった。
 なぜタクシーに乗ったのか、なぜ家を出たのか、なぜここまで運ぶ必
要があったのか、……(未完初稿)。
 
 この修理代金6000円は、金谷先生に借りた。
「親には内緒にしてください」と念をおしたものの、先生は母に対し
「えらいもん買うてしまいましたなぁ」と嘆息されたそうである。
 
 *=駒柱→魂柱が正しい。本稿(帰京ノート90-95)は「十四年前」
とあり、1956年から起算すると1970年の草稿と見えるが、未確認。
 タイトル「第一のチェロ」などは、2000年以後の補筆。
(1966ca-20070813)
 
 Ex libris Awa Library;やまなみ 11号(欠本)
 旧題;山脈・第十一号
 以下は、どれも日付未詳だったので、六月六日にまとめた。
 
── 《山脈・第11号 195606‥ 同志社高校文芸部》
 ホザナ・プログラム(紛失)と同じ(有賀文庫・参照)(20090507)
19560616(土)ホザナ・コーラス発表会11“DHS”表紙デザイン(大島 芳孝・補正)
 
 雅子さんが、六歳でピアノを習い初めした前年、忍ちゃんが生まれた。
 忍ちゃんが、ヴァイオリンを習い初めて八年後に、与太郎はチェロを
手に入れた。誰にも教わらず、我流で翌々年に《白鳥》を独奏した。
 


♀鳥井 雅子 19370824 京都 /19430606( 6)ピアノ習い初め
♀増田 忍  19420815 京都 /19480606( 6)ヴァイオリン習い初め
 阿波 雅敏 19390120 京都 /19550802(16)ヴァイオリン独り学び
/195606‥(17)チェロ購入 /19581125(19)《白鳥》独奏

 
…… 芸の習い事は六歳六月六日に始めると、上達が早いなどという。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20060606
 絵空事 〜 ダゲール以後の画家たち 〜
 
 1955040. 新聞部&ホザナ&文芸部より勧誘される。文芸部に寄稿。
 195606‥ 山脈(11)
 19560606(水)この日付は不確実(駒柱不具合により、タクシー事故)
 
 19560609(土)ホザナ(11)出演
 19560606-19581125=902 days
 195610‥ 弦楽同好会発足
 
 1957040. ちらし“音楽のすゝめ”校門で手配り
 1958041. 新入生“入部勧誘演説会”チャペルで熱弁(不評)
 19581125(火)校内ポピュラー・コンサート
 
 この数日前に《白鳥》を独奏した記憶があり、舞台の袖で待機中に、
高木 慶子に「緊張してはる」と揶揄されたが、プログラムには彼女の
名がない。弾き終って「首を傾げた」のも、このときだったと思う。
 
…… いちばん練習量が多くて出来そこなったのは、チェロ独奏だった。
 あまり親しくない後輩女子のピアノ伴奏を、数回の手合せで済ませた
のが致命的だった。細部まで知りつくしていたので、甘くみたのだ。
 
 あろうことか、弾き終わって首をかしげたのは、いまも悔やまれる。
(江川 卓のような大投手でも、打たれた後で首をかしげる癖があった)
 ピアノ伴奏の曲では、原則としてピアノが主役でなければならない。
 
 あとから耳に入ったのは「演奏中、伴奏者を睨んでいた」などという
不名誉なウワサだった(そのように見えたなら、弁解の余地がない)。
 高尚な作業に従事しながら、あくまで煩悩を断ち切れないのだろう。
(20210527)
 
┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐
↓=Non-display><↑=Non-display
└┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘

 YMDay(20210527)last up dated.


与太郎 |MAIL |HomePage

My追加