与太郎文庫
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| 1969年07月27日(日) |
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http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690727 C:\Documents and Settings\Owner\My Documents\My Pictures\PHO'19690727.JPG
http://q.hatena.ne.jp/1142952098/4787/ 20061224-1228 はてなプロフィール画像(アイコン)登録。 (他の画像では、うまくいかなかったので、文字部分を削除して転用) http://q.hatena.ne.jp/adlib/ 19690727 layout paper for Arpeggio 19760727 田中 角栄(58)逮捕 ◆ 雨の日の客 むかし、喫茶店のマスターと名乗る男に、酒場で知りあった。 彼の父は、銭湯を経営していたそうだ。長男が映画会社に勤めたので、 廃業したという。そこで、次男の彼は喫茶店を始めることにした。 「旨く淹れたときのコーヒーは、客が一滴も飲み残さないんだ。もしも 残っていたら、小指の先で舐めてみる。すると、てきめんに旨くない」 アルコールで気がゆるんだらしく(マスターは)こんなことも語った。 「初めての客が本を取りだすと、ぞっとする。かならず長っ尻だからね」 どうして困るのか、くわしく聞いてみると、もっともな理由だった。 「灰皿やコップの取替え、おしぼりの汚れぐあい、コストが二倍かかる」 わたしは学生時代から、喫茶店はレコードを聴いたり、本を読む場所 だと思いこんでいたが、そのとき初めて、経営者の立場も理解できた。 それ以来、長居できる店をもとめて、ようやくこの店を発見したのだ。 初めての喫茶店で「ブルーマウンテン」を注文してみると、たいがい のことが分る。ウェイターが、たちまち緊張するようではダメだ。 深くうなずいてから、仕事にとりかかるような店にかぎる。 わたしは、コーヒーそのものには興味がない。小学校5年生のとき、 生れてはじめて飲んだが、あんまり苦くて喉を通らなかった。 高校時代、レコードを聴きたくて、カフェイン中毒になったのだ。 コーヒーに自信のある店主は、その他のことに関心がない。 どれくらいの時間をかけて飲みほすか、ひそかに観察している。 客のプライバシーなど、まるで関心がないようだ。 店主は、いつもの客がいつも同じ気分のように感じている。 いつもの客も、ブルーマウンテンが同じ風味だと思いこんでいる。 そんなはずはない、とりわけ雨が降った日には、どちらも変化する。 (20061018) ◆ つぎの質問に対する回答として「雨の日の客」を書いた(未完)。 http://q.hatena.ne.jp/1161083734 「いらっしゃませ」「ブルーマウンテンを」わたしが、この小さなコー ヒー専門店でアルバイトをはじめて、そろそろ一年になる。「その人」 はいつも決まった時間に、決まった席に座って、決まってブルーマウン テンを注文する。そうして、静かに茶色のあまり大きくない手帖に目を 落とし、ときどき、窓の外を見て、ときどき、何かを書いている。申し 訳なそうに置いてある、新聞にも、硬派な週刊誌にも一度も手を触れた こともない。そういえば、わたしと目を合わせたこともないような気が する。マスターとアルバイトの二人だけの小さな店で、無口なマスター に尋ねても、さあ、いつからだったかな、もうずいぶん昔のような気が するよ。ただ、覚えているのは、はじめて見えた日、あの日は、雨が降 っていたんだよ。 「創作はてな」です。よければ続きを考えてみてください。時間はたく さんあります。 aoi_ringo 状態:回答受付中 回答数:5 / 10件 回答ポイント:50ポイント 登録:2006-10-17 20:15:36 終了: カテゴリー:生活 人生相談 http://q.hatena.ne.jp/1164306657 喫茶“リタイア”経営相談 ◆ 追記 喫茶店主は、コーヒー以外のものに無関心であるべきかもしれない。 これみよがしのオーディオ機材が並んでいると、後ずさりしてしまう。 京都の老舗・イノダの経営者は、もともと画家だったが……。
猪田 七郎 イノダコーヒ 1918‥‥ 京都 19930618 75 /1940-1947創業 /洋画二科会/京都文教大学教授/Let'19720101 年賀状 ──────────────────────────────── 猪田 彰朗 イノダコーヒ 1932‥‥ 京都 /七郎の甥/1970ころ相談? 猪田 浩史 イノダコーヒ 194.‥‥ 京都 /199307‥社長就任/七郎の息子/医師
── 当初、イノダ新店舗に向かったが、話が面白いので、駐車場のあ る店「花房」に移動して雑談する。コーヒー 860円、タクシー 5000円。 ── 運転手との会話 20050604 再友記 ── 毎年文化女子大学で「コーヒーの職人 猪田彰朗氏のトークと実演」 というのがある。猪田さんは、京都の「イノダ」で45年間、‥. 彼の叔 父さんであり、画家であったかたが創業者である。本店は三年前に火事 で焼けたが、もともとはアトリエであったところ。 http://mytown.asahi.com/kyoto/news.php?k_id=27000149999990084 http://www.inoda-coffee.co.jp/campany/enkaku.html INODA COFFEE WEB SITE イノダコーヒ公式ウェブサイト http://www.inoda-coffee.co.jp/campany/index.html 京都がコーヒー消費量日本一の理由。March 13,2005 http://kyoto-urakentei.cocolog-nifty.com/blog/2005/03/post_8.html 名曲喫茶・柳月堂のレジで「なつかしいね」と云ったら、女の子が、 いきなり駆けだし、店主を呼びに行った。しばらく待ってみたが、別に 話すこともないので、店を出た。千円札を渡したきりだったが……。 (19940918-20061018) ◆ 夏目 漱石《彼岸過迄 191201‥〜04‥ 朝日新聞》を読むがよい。 「雨の降る日」では、五女ひな子の急死が、切々と述べられている。 不吉な来客のことも、苦々しく述べられている。 ユージン・スミス《田舎医師》を見るがよい。 困難な手術を終えたばかりの青年医師が、一人で、台所のコーヒーを 飲んでいる。予断は許さないが危機を脱した患者を家族が励ましている。 ジョン・フォード《駅馬車》を観るがよい。 急に産気づいた妊婦に、酔いどれ医者が駆けつけてきた。コーヒーを 沸かして腹一杯飲ませ、ジョン・ウェインが頭から水をぶっかける(!) ◆ http://q.hatena.ne.jp/1094667846#a158889 14 回答者:adlib 2004-09-09 07:11:30 満足! 12ポイント http://ww4.enjoy.ne.jp/~koichimikie/page022.html
大原 孫三郎 紡績 18800728 岡山 19430118 62 /倉敷紡績社長/総一郎の父 大原 総一郎 紡績 19090729 岡山 19680727 58 /クラレ社長/謙一郎の父 浦辺 鎮太郎 建築 19090331 倉敷 19910608 82 /〜倉敷アイビー・スクエア 黒田 辰秋 漆工芸 19040921 京都 19820604 77 /人間国宝 □□ □□ 喫茶 19‥‥‥ ‥‥ /「浩養軒」社長/岡山後楽園内 ♀佐々木 浦江 喫茶 19‥‥‥ ‥‥ /「エル・グレコ」1959創業 ♀長沼 真智子 喫茶 19‥‥‥ ‥‥ /「エル・グレコ」佐々木 浦江の娘
◆ 高井 進治 ワルツ堂社長 1948‥‥ 大阪 高石 20020907 54 /飛降自殺0912破産申請 ── 音楽、映像ソフト販売で関西最大規模のワルツ堂(本社・大阪市 浪速区)の高井進治社長(54)が今月7日に死亡していたことが分か った。大阪府高石市内の路上で倒れていたが、マンションから飛び降り るのを目撃されており、府警高石署は自殺とみている。同社は12日、 大阪地裁に自己破産を申請した。(毎日新聞) ◆ Thanks a Million !!! タワーレコード心斎橋店 閉店のお知らせ タワーレコード心斎橋店は、8/31(木)をもって閉店いたします。 1990年9月のオープン以来、永らくご支援頂きましたタワーレコード 心斎橋店は、8月31日(木)をもって、閉店させていただくこととなり ました。日ごろのご愛顧に感謝し、7月28日(金)〜8月31日(木)まで <THANKS SALE!!!>を開催いたします。 この機会にぜひ心斎橋店へご来店下さい。 ※上記セールは、タワーレコード心斎橋店以外では実施しておりません ので、あらかじめご了承下さい。 http://sale.towerrecords.jp/shinsaibashi/index.html (20060727-0729-1018-1228-20071221)
| 1969年07月21日(月) |
知的生産の技術 目次 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690721 Ex libris Web Library;知的生産の技術(P204)こざね法 [f:id:aedlib:20181109163050j:image:w240]
まえがき …… いっこうにすぐれた技術者ぶりを発揮しない著者が、とうとう本 ができるところまでたどりつくことができたのは、岩波書店編集部のみ なさん、とくに田村 義也、浅見 いく子、小川 寿夫の諸氏のしんぼう づよい応援のおかげである。しるして、感謝の意をあらわしたい。 一九六九年 六月 梅棹 忠夫(vi) はじめに ……………………………………………………………………… 1 >> …… 学校はおしえすぎる ある芸ごとの名人の言だということだが。つぎ のようなことばをきいたことがある。「芸ごとのコツというものは、師匠から おしえてもらうものではない。ぬすむものだ」というのである。おしえる側よ りもならう側に、それだけの積極的意欲がなくては、なにごとも上達するもの ではない、という意味であろう。 芸ごとと学問とでは、事情のちがうところもあるが、まなぶ側の積極的意欲 が根本だという点では、まったくおなじだと、わたしはかんがえている。うけ 身では学問はできない。学問自分がするものであって、だれかにおしえてもら うものではない。 そういうことをかんがえると、いまの学校という制度は、学問や芸ごとをま なぶには、かならずしも適当な施設とはいいにくい。今日、学校においては、 先生がおしえすぎるのである。親切に、あまりにも親切に、なんでもかでも、 おしえてしまうのである。そこで学生は、おしえてもらうことになれて、みず からまなぶことをしらない、ということになってしまう。 もし学校において、教師はできるだけおしえまいとし、学生はなんとかして 教師から知恵をうばいとってやろうとつとめる、そういうきびしい対立と抗争 関係が成立するならば、学校というものの教育的効果は、いまの何層倍かにも のぼるのではないかと、わたしは想像している。 << 学校はおしえすぎる/やりかたはおしえない/技術の不足と研究能カノ技術ぎ らい/知的生産とは/情報産業の時代/生活の技術として/現代人の実践的素 養/物質的条件の変化/個人の知的武装/この本のねがい 1 発見の手帳 ………………………………………………………………… 21 ダ・ヴィンチの手帳/わかき「天才」たち/発見の手帳/文章でかく/有効な 素材蓄積法/発見をとらえる/手帳の構造/一ぺージ一項目/索引をづくる 2 ノートからカードヘ ……………………………………………………… 33 直輸入の伝統/天皇のノート/ノートの進化/ノートからカードヘ/野帳/野 外調査法とカード/現地でカードをつくる/共同研究/京大型カード 3 カードとそのつかいかた ………………………………………………… 49 カードのおおきさ/紙質と印刷/もってあるく/わすれるためにかく/一枚一 項目/分類が目的ではない/歴史の現在化/有限への恐怖/カードへの批判 4 きりぬきと規格化 ………………………………………………………… 65 はじめてのきりぬき/スクラップ・ブックノ台紙にはる/しねげ棚からオープ ン・ファイルヘ/質料を規格itする/先輩のおしえ/むつかしい写真盛理/市 販品と規格it/規格品ぎらい 5 整理と専務 ………………………………………………………………… 79 本居宣長の話/整理と整頓/おき場所の体系化/整理法の模索史/パーキンス 先生のこと/垂直式ファイリング/分類項目をどうするか/キャビネット・フ ァィル/家庭の事務革命/空間の配置をきめる/専務近代化と機械化/秩序と しずけさ 6 読書 ………………………………………………………………………… 97 よむ技術/よむこととたべること/本ずきのよみべた/「よんだ」と「みた」/ 確認記録と読書カード/読書の履歴書/一気によめ/傍線をひく/読書ノート /本は二どよめ/本it二重によな/創造的読書/引用について 7 ペンからタイプライターへ ……………………………………………… 119 日本語を「かく」/筆墨評論/鉛筆から万年筆へ/かき文字の美学と倫理学/ タイプライターのつかいはじめ/手がきをはなれて/ローマ字論の伝統/こと ばえらびとわかちがき/文字革命のこころみ/きえた新字論/ローマ字からカ ナモジヘ/カナモジ論の系譜/カナモジ・タイプライター/カナモジへの抵抗 /ひらかなだけでかく/ひらかなタイプライター/改良すべき問題点 8 手紙 ………………………………………………………………………… 145 情報交換の技術/手綱形式の収れんと放散/形式の崩壊/手綱ぎらい/形式再 建のために/あたらしい技法の開発/タイプラべターがきの手綱/まちがいな くきれいに/手紙のコピーノ住所録は成長する/アドレス・カード >> 1969ねん 6がつ 25にち たるみ みのる さま はいけい。 おひつこしのおしらせ いただきました。 あたらしいおすまりができておめでとうございます。 つうきんがほんヒうにらくになつたでしょう。 わた」もながくおおさかづとめをしていました ので、よく わかります。 そのうちに に いちどおたずねしたいと おもっております。 いずれ また。 うめさお ただお う/ふ …… 手紙の用事というものは、分類してみると、そうやたらに種類のあるも のではない。あるいは、おなじような用件がなんどでもめぐってくる。いちい ちそのつど、真情吐露の名文をかいていたのではたまらぬから、型をきめるの である。わたしは、自分用の文例カードを、いくつか用意している。これも、 例の京大型カードである。タイプラィターでうって、みだしをつけ、用件別に 整理してある。文章は、よくねってあるから、相手に失礼にあたるようなこと はない。 もう一歩すすめると、パラグラフ・システムになる。手紙の文章を、いくつ かのパラグラフにばらして、それぞれについての模範的文例をカードにして用 意しておくのである。必要あるときには、はじめのあいさつはコード3、用件 のきりだしはコード8、用件の中心的部分はコード32、しめくくりはコード57、 というふうに、パラグラフをくっつけると、完全な文章ができあがる、という しかけである。手紙技術の開発と洗練がもっとすすんでいたら、当然そういう パラグラフ集が発売されていいのだが、いまのところ自分用のをつくるほかは ないようだ。 わたし自身は、手紙の技術については、かなり急進的な方式を採用している。 タイプライターがきの手紙 それは、まえの章にかいた、ひらかなタイプ ライターをつかうという方法である。じつは、すでにのべたように、「手紙を かく」ということがきっかけになって、とうとう、ひらかなタイプラィターま ですすんでしまったのであった。 タイプラべターがきの手紙では、もちろん、紙はタイプライター用紙、書式 はヨコがき、国際方式ということになる。つまり、左上にあて名、右上に年月 日、それから本文がきて、右下に署名、ということになる。文章は、いまいっ たとおり、文例とパラグラフのカードをもちいる。できあがりは、なかなかき れいで、いきなものだと、自分ではおもっている。 タイプラべターというと、だれもが、はやくかけるかときく。もちろん手で かくよりはるかにはやいが、はやさよりもだいじなことが、いくつもある。ひ とつは、うつくしいということ。もうひとつは、コピーがとれるということで ある。 まちがいなくきれいに さきにいったとおり、わたしがタイプライターがき の手紙にたどりついた道すじは、むしろ能率よりは、美的アプローチからであ った。わたしは、手紙にとって、うつくしさということは、きわめてたいせつ だとおもっている。原稿みたいに、線をひいて訂正してあるような手紙は、な んとしても、だす気になれない(P154-155)。 << 9 日記と記録 ………………………………………………………………… 161 自分という他人との文通/魂の記録と経験の記録。自分のための業務報告/バ ラ紙にかく日記/日記をかんがえなおす/日記と記録のあいだ/記憶せずに記 録する/メモるしつげ/野帳の日常化/カードにかく日記/個人文書館 10 原稿 ………………………………………………………………………… 177 他人のためにかく/訓練の欠如/印刷工事の設計図/出版・印刷関係者の責 任/ルールは確立しているか/原稿は原稿用紙にかく/原稿用紙/原稿から印 刷へ/わかちがきと原稿/印刷l技術をかえる/清書はいらない/かならずコビ ーする 11 文章 ………………………………………………………………………… 197 失文症/行動家の文章ぎらい/才能より訓練/かんがえをまとめる/こざね法 /ばらばらの貸料をつなげる/発想の体系的技術/みじかくわかりやすく/用 字・用語の常識/日本語は非論理的か/文章技術の両極/国語教育の問題 おわりに …………………………………………………………………… 215 技術の体系化をめざして/情報時代のあたらしい教育
http://twitter.com/awalibrary http://twilog.org/awalibrary(ツイログ検索) http://booklog.jp/users/awalibrary(書籍目録) | http://q.hatena.ne.jp/adlib/(はてなQ&A) http://d.hatena.ne.jp/adlib+bilda/(準公開) https://chiebukuro.yahoo.co.jp/my/myspace_ansdetail.php?writer=gswyn755 | http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19690721 http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html(与太郎文庫)
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19791125 続・わたしの知的生産の技術 (20181109) ┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐ ↓=Non-display><↑=Non-display └┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘
| 1969年07月12日(土) |
日本の弦楽四重奏談 �� 巌本 真理・黒沼 俊夫 両氏をたずねて |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690712 ── 第6回音楽コンクールは たしか 1年延期したそうですね 巌本 そうです 支那事変でね ですから昭和13年に2度あったわけね 私はその12年度の方だったんです ── その時の課題曲はどんなものを 巌本 予選がタルティーニのソナタかベートーヴェンのロマンス 私は タルティーニを選んで本選はブルッフのト短調でした ── その後クワルテットとしての分を含めて最近の芸術祭賞に至るま で各種の授賞がたいへんな数にのぼりますね すこし調べてはみたので すが いささか混乱の気味があるのです ひとつは わが国の出版界が 演奏家の紹介について不熱心なせいもあるようですが 黒沼 そう 生きている人には特にね(笑) ── 室内楽にとり組まれたのはいつからですか 巌本 変則的にはずっと前からです 最初は渡辺(暁雄)さん井口(基 成)さんとトリオを演ったりしてましたから 黒沼 江藤(俊哉)くんなどもいたんじゃない ── それは斎藤秀雄さんを中心にですか 巌本 ええ でも売物じゃなくて レッスンとしてのアンサンブルでし たけれども ── あどけない少女の頃だったわけですね 巌本 つまり 17才ぐらい(笑)ってわけね ── そして21才の音楽学校教授も誕生しましたね アメリカでは演奏 会が主な目的だったのですか 巌本 最初のふれこみは やはりそういうことだったようですね 私は 信じちゃいませんでしたけれども(笑)でもパーシンガー教授に教わる ことができましたしね ── タウン・ホールの他には出演されなかったのですか 巌本 ちいさなコンサートなどには出ましたけれども だいたいは勉強 していましたね ── おふたりが 室内楽で共演されたのはいつごろからですか 黒沼 ぼくが戦争から帰ってきたのが昭和24年ですから その数年あと ですね ぼくは当時オーケストラにいたんだけれども ラモー室内楽団 ができて そこで一緒に演っていたのが最初かな だからもう20年ちか くになりますか ── 演奏家として 室内楽をひとつの目標に定められた動機のような ものが それぞれおありだったのですか 黒沼 ぼくの場合は 音楽学校でロマン・デュクソンという先生に習っ ていたのですが 室内楽の経験も豊富だし とってもいい先生だったん です その頃からぼくはコンチェルトの独奏者やオーケストラには興味 がなくて とにかく室内楽をやっていこうと思っていましたね ── 巌本真理弦楽四重奏団として正式に結成されるまでにも しばし ば共演されていたのですね 黒沼 クワルテットを中心に 作曲家別の演奏会だけでも10回くらいや りましたね 全曲連続というのはブラームスが最初です ── ベートーヴェンは 非連続にひととおり手がけられたのでしょう か 黒沼 いや ほんとうはそういいたいんだけれども実は残念ながら二三 残ってるんです ── 全曲連続ということになると 作曲家によってはつまらない曲 駄作のたぐいも含まれるわけですね 黒沼 それはありますね 曲がまずくても演奏がすばらしかったという 風にやりたいですね 実際はその逆の場合だってあるでしょうけれど (笑)しかし台本のいいに超したことはありません ── 四つの楽器は それぞれ異なった活躍をするわけですが 各奏者 の奏法はすっかり統一した方がいいのか あるいはむしろ てんでばら ばらの方が演奏効果がいちじるしい 黒沼 それは非常に具合が悪いんです ヴィオラが出てきた チェロが でてきた というようじゃいけないんで 第1と第2のヴァイオリンの 区別がつかない というのが最高の状態なんです 巌本 ですからヴィブラートなんかもそろえるわけね ── すると楽器も同じ性質のものが望ましい 黒沼 厳密にいえば 同じ時代の同じ製作者のしかもいい楽器を四つそ ろえなくてはいけないんです ブタペストのように 図書館でストラデ ィバリウスをひとそろい借りてきて録音するというのは理想的ですね ── いま使っておられるのは 高価な楽器ですか 黒沼 巌本さんのがかなりいいんで あとはばらばらです 巌本 黒沼さんのチェロは有名なんでしょ 黒沼 有名なだけじゃいけないんで(笑)こればかりは今すぐどうにか なるというわけにはいきませんね ピアノ・トリオなんかだと 奏法や 楽器よりも 名人が三人あつまればいいんですが ── 邦人作品の初演もいくつか手がけられておられますが それは前 衛芸術としての立場から意識的にとりあげていらっしゃるのですか 黒沼 いわゆる前衛作曲家たちは 四重奏をまず書いていないんですよ 実はひとつやりたい曲もあるんです ── こんどの京都公演のプログラムでは邦人ないし近代のものが聴け るかと期待した人たちもいるのですが 黒沼 邦人作品などは 皆無といっていいくらい注文がありませんね 定期演奏会とちがって招かれて演る場合には だいたい主催者の意向に あわせるわけですがね ── すると聴衆としては 番外のアンコールで聴きたいものを要求す ることになりますね 黒沼 ひととおり終ったあとですから 気がらくになって いい結果に なる場合もあるんです でも拍手があったらの話でね(笑)その時には きっと面白いのをやりましょう (この項つづく)
── 第一ヴァイオリンが女性である例は欧米でもめずらしいのですか 黒沼 ないことはないですね ヨーロッパに4人とも女性のクワルテッ トもあります ── 弦楽四重奏では 常に第一ヴァイオリンがリーダーとなるわけで すか 黒沼 原則的にはそうですね そのように書かれたものがほとんどです から ── いわゆる伝統的な書法で作曲されているから古くさいとはいえな いし かといっていつまでもそれに負ぶさった作品も物足りなくなるの ではないでしょうか 黒沼 それはそうです ただ新しいものの中には たしかに4人の奏者 のためには書いてあっても いわゆるクワルテットとして異質なものも あります 旧来どおりの書法を中心にして まったく新しい手法も採用 するというペンデレッキーなどは いいと思いますね ── 演奏しておもしろい曲と 聴いておもしろいというのは別の問題 になりますか 巌本 そういうこともありますね とってもむずかしいところですけれ ど 黒沼 たとえば とっつきが悪くても回数を重ねるうちにだんだんよく なる というのがブラームスでしょうね それと逆に これはぼくの個 人的な意見だけれどもヒンデミットのように2,3回演るとつまらなく なるのだってあります はじめはおもしろいんだけど ── すると聴く側としては はじめての曲であっても数回聴いたもの でも たえず興味をもって臨みたいものですね 黒沼 知らない曲だから つまらないだろうという傾向は たしかにあ りますね ── ある世代までの音楽ファンですと まずベートーヴェンから入っ て ブラームスかワグナーあたりで一段落という道を通る人が多かった わけですね ところが最近の若い世代ではいきなりブルックナーを聴い て 平気でレコードを買っていく あんな長いものを(笑)と私は驚い ているのですが そのあと先へ進むのか あるいはベートーヴェンにあ ともどりするのか 黒沼 そこが分かれ目ですね でも結局はだんだんもどっていくんじゃ ないですか 弦楽四重奏でいえば やはりベート−ヴェンが金字塔です からね ── 彼はとくに弦楽器をよく知っていたという点でですか 黒沼 それよりも音楽そのものでしょうね ── たとえば彼のシンフォニーについては多くの指揮者が自分なりの 解釈と訂正をした譜面をもっているそうですが 巌本真理弦楽四重奏団 では楽譜はどのように選んでおられますか 黒沼 スラーもスタッカートも何もないのを主に使っています 楽譜っ てのは もともと書きなぐりだったわけですよ こまかいことはでたら めっていうか それほど重要じゃないんです 当時の音楽では演奏家に まかされてもいたし 現在あきらかにこうすべきだという場合をふくめ て 勝手にやっちゃうわけですね もっとも中に音そのものまで変える 人たちもいますがね(笑) 巌本 いろいろ版がありますでしょ アップダウンの記号でも第一ヴァ イオリンと第二ヴァイオリンが逆になっていたりね(笑)かえって邪魔 になることの方が多いですね。 ── 指示記号が多いのは向うではアマチュア演奏家の要求にこたえる ためでしょうか 黒沼 いや むしろ版権の都合で無理に手を加えているのかもしれない (笑) ── 初演ものの場合には まさに書きなぐりのままで演奏されること が多いでしょうね 黒沼 符尾だらけですよ そういうのは ── 作曲家が立ちあって 練習の段階で急遽 書き直したりすること もありますか 黒沼 立ちあうことはありますが オーケストラとちがって 4つの同 じ系統の楽器ですから それほど予想外の音にはなりませんね ── キング・レコードの日本の弦楽四重奏曲は文字どおり日本の代表 作を集めたものですが 録音に際してはどれくらい準備期間があったの ですか 巌本 最初お話があって半年くらいだったですね ── レコードの場合は 演奏に当っての気負いのようなものは いく ぶんちがってくるのですか 黒沼 それは異いますね たとえば迫力的な部分はいくら力んでみても 汚くなるだけだし生演奏だったら こんな弾きかたはとてもだめだとい うようなことも やらなくてはならない ── ヴォリュームを加減するようなこともあるのですか 黒沼 よほど特別の場合にはね ── むかしSP時代には 収録時間にあわせてテンポを急いだりした そうですが 黒沼 そんなことはやりませんよ(笑)ぼくの考えでは 最近のレコー ドは音響的にひじょうにいい状態で採ってあるから 高度な音楽ファン は わざわざ演奏会まで出かけなくても充分満足してるんじゃないかな ── したがって常設のクワルテットも少ないし 採算に見合う大きな ホールでは音響的に好ましくないわけですね ところで一般のアマチュ アが そうした演奏会に出かける前にせめてこれだけは勉強しておかな くてはというようなことはありませんか 黒沼 さあ それはむずかしいですね まあ何となく聴きに来られて よかったらまた来ていただく(笑)とくに準備されることはないんじゃ ないですか 巌本 テーマがどうとか 曲の成りたちがどうってことは かえって必 要ないと思いますね そんなことでクワルテットが敬遠される方が困り ますね (1969・7・12/音楽芸術協会にて) ──────────────────────────────── 月刊《アルペジオ》第5号は、十字屋主催の「巖本真理弦楽四重奏団 演奏会」特集号として、いわば実験的に急遽まとめた。十日前に東京で 対談、その他の連載も内容を変更する。→《双龍外伝》に詳述。 黒岩氏が師事したチェリスト、ロマン・デュクソンの名は、三十年も のちに戦前期の来日音楽家(1939)“ドゥクソン”の表記で発見したが、 生没年月日は未詳。 「巌本さんのがかなりいいんで」、おそらくアマティであろう。黒沼氏 のチェロは未詳だが、菅沼氏のヴィオラは、その父の製作になるという。 演奏会が終ったあとの食事会は、この上もなく痛快な会話で弾んだ。 われながら少々はしゃぎすぎた反省もあるが、その夜のたのしい思い出 を記念して、次号の表紙を“君去りし後”と名づける。閉演後の無人の ステージを、暗室作業で再現作画(撮影・土村清治、印画・清水治雄)。
当日のアンコールは、バルトークのピアノ曲《ミクロコスモス》のう ち、ティボール・シェルリーの編曲による弦楽四重奏のための五つの小 曲より、終曲“蝿の日記から”。
── 密集した位置で白鍵と黒鍵を二つの音部に分けて運動させるバル トーク好みの曲想に、「蝿の日記」という面白い題名をつけたもので、 おそらく「ミクロコスモス」全曲中もっともポピュラーな曲であろう。 〜 Bartok,Bela《Mikrokosmon,No.142》 〜 ── 柴田 南雄《名曲解説全集12 19651125 音楽之友社》P316-317
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