与太郎文庫
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1971年07月08日(木)  レコード・サロン 〜 Paper Concert 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19710708
 
19710427 レコード・サロン�� 〜 Paper Concert 〜
 
 はじめに、たった一本のチェロが登場します。バッハ(1685〜1750)
の《無伴奏チェロ組曲第3番〜前奏曲》です。いきなりドレミファの音
階を逆にうたいはじめます。簡潔でいかにも男性的な独奏は、シュタル
ケルです。
 ドレミの音階は、いったいだれが編みだしたのでしょうか。そんなこ
とはともかく、つぎに、ミュージカル《サウンド・オブ・ミュージック
〜ドレミの歌》を聴いてみます。映画ではジュリー・アンドリュース扮
する少女が、子供たちにドレミファを教えるシーンで語りから歌につな
がる、あざやかな演出が思い出されます。ここではミッチ・ミラー合唱
団が、例によってさっそうと歌いあげます。その前に、彼らの幕あき
《黄色いリボン》を聴かねばなりません。
 ドレミのあとは、ドミソ。ふたたびバッハで、ハ長調主和音のアルペ
ジオではじまるのは《平均率クラヴィーア曲集第1巻第1曲〜前奏曲》
です。チェンバロ独奏は、ラルフ・カークパトリックです。 
 この前奏曲を、そのまま伴奏にして、既製の祈祷文を歌詞に声楽曲に
仕たてあげる、という器用なことを思いついたフランス人がいます。バ
ッハの時代から約百年のちの作曲家グノー(1818〜1893)の《アヴェ・
マリア》がその成果です。高貴な音色で、チェロのプリンスといわれる
フルニエの独奏を聴いてみましょう。まさにフランスのかおりです。
 フランスでは、チェロにゆかりの作曲家、サン=サーンス(1835〜19
21)を忘れることができません。ご存知《白鳥》です。この曲を、なん
とコントラバスで弾かせようと考えついたのがユダヤ系アメリカ人、バ
ーンステイン、弾いているのがニューヨーク・フィルのカー君、20才の
録音です。ちょっと信じられないほど、すばらしい運弓ですね。
 さて、こんどはジャズ・ヴァイオリンです。
 オーネット・コールマン(1930〜)は、はじめアルト・サックスを吹
いていましたが、いちど引退ののち、ヴァイオリンとトランペットを手
に再登場した変りだね、というよりも、ジャズの厳格な作曲家として認
められるべきでしょう。舞台にあらわれた彼が、ヴァイオリンの弓に松
ヤニを塗りつける、キュッキュッという音にさそわれて、ベースが思わ
ず伴奏をつけたので、聴衆が大よろこびします。《フォーリング・スタ
ーズ》につづいては、《サイレンス》です。途中“チェロキーをやれ”
と野次が聴えます。そこで彼が、しぶしぶその一節をおり込むなど、実
況録音ならではの展開です。
 さて、サイレンス(沈黙、静止の意)といえばサイモン&ガーファン
クルのふたり、映画《卒業》の主題曲となった《サウンド・オブ・サイ
レンス》、実は映画の前に発売されたレコードと、映画のために録音さ
れたサウンド・トラック盤とふたとおりあるのですが、近年これほどさ
わやかに笑うことのできた映画もめずらしく、その点で、後者を尊重す
ることにします。
 すでに、お気づきのように、今回のコンサートはサイレンスがテーマ
です。“雄弁は銀沈黙は金”ということわざにしたがい、音楽における
沈黙の時が、いかなるものか、探ってみたいものです。ある意味では、
邦楽用語としての間(ま)に通じるかもしれません。
 そこで純邦楽をひとつ、いささか場ちがいですが広沢虎造の浪曲《清
水次郎長伝〜石松と三十石船》における息もつかせぬ間を、あらためて
聴いてみましょう。時間の都合もあり、“寿司食いねえ”というあたり
で、次のレコードに移らねばなりませんが。
 現代の日本の音楽であっても“現代邦楽”とは呼ばれていない、つま
り歌謡曲の中からいずみ・たく作曲《夜明けのスキャット》を選んでみ
ました。由紀さおりの入念な唱法が広汎なファン層を獲得したのは、い
まさらながら当然です。
 スキャットの語源は何かと、手もとの英和辞典を引いたところ、載っ
ておりません。もし、だれが発明したか、ということなれば、アームス
トロング(1900〜)です。彼がホット・ファイブをひきいて録音中、歌
詞カードがひらひらと飛んでしまったので、急遽ズビズビ、ドバドバな
どとやったのが史上はじめてだそうです。その歴史的なレコードもあり
ますが、ここでは3年前のサッチモが歌う、ディズニー映画《シンデレ
ラ姫〜ビビディ・バビディ・ブー》を、そのトランペットとともに楽し
みましょう。
 アメリカ人のスイングルが、フランス人をひきいた合唱団、スイング
ル・シンガーズも欠かせません。フランス映画《男と女》で知られたダ
バダバ・コーラス、といえばおわかりでしょう。彼らは決して歌詞=こ
とばを口にしない、ふしぎな音楽集団ですが、まことに密度のたかい、
完成された技法をもっています。スペインの作曲家ロドリゴ(1902〜)
が、クラシック・ギターと管弦楽のために書いた《アランフェス協奏曲》
も、彼らは無言で歌いあげてしまいます。
 これを鼻歌まがい、というならば、口笛もその延長線上にあるわけで
す。ペレス・プラード(1922?〜)の数あるヒットは、聴きてが思わず
口笛を吹いてしまうような、軽妙なセンスにあふれています。《口笛の
マンボ》も、そのひとつです。
 無言の行、などといって、沈黙を守りつづけることは容易ではありま
せん。ついに文句が出る、というはずもないのですが、4年前来日した、
セロニアス・モンクの登場です。
 曲は《ブルー・モンク》無口な奇行癖のジャズ・ピアニストが、日本
の聴衆を前に、意外なほど、たっぷりと華麗なサウンドをサービスして
います。
 天才が、みずから創作の途上で、その美しさに打たれて、しばし絶句、
ついに完成しなかった、と伝えられる傑作、シューベルト(1797〜1828)
の《交響曲第8番:未完成》がフィナーレにふさわしいと思われます。
 カラヤンとベルリン・フィルが正面きっての名曲名演奏です。
 以下は、小林秀雄の評論《モオツアルト》からの自由な抽出です。
…… 美は人を沈黙させる、とはよく言われる事だが、すぐれた芸術作
品は、かならず言うに言われぬものを表現していて、これに対しては、
なすところを知らず、僕等はやむなく口をつぐむのである。この沈黙は、
空虚ではなく感動にみちているから、何かを語ろうとする衝動をおさえ
がたく、しかも口を開けば嘘になるという意識を眠らせてはならぬ。美
は、現実にある一つの抗しがたい力であって、ふつう一般に考えられて
いるよりも、実ははるかに美しくもなく、愉快でもないものである。
……
── 《レコード・サロン�� 19710427 Awa Library Report No.2》19710401
 


── 《黄色いリボン 195111‥ America》
── 《カーネギー・ホール 19520125 America》
── 《シンデレラ姫 〜 ビビディ・バビディ・ブー 19530313 America》スキャット
── 《真夏の夜のジャズ 19600819 America》
── 《サウンド・オブ・ミュージック 〜 ドレミの歌 19650626 America》
── 《男と女 19661015 France》

 
 ◆
 
19710610 レコード・サロン�� 〜 Paper Concert 〜
 
 前回は、サイレンスをテーマに、さまざまの領域にわたって、音楽に
おける沈黙・静止の意味を探ってみました。今回のテーマは、持続ある
いは反復です。
 いかに美しい、すぐれたメロディであっても、一瞬のうちに過ぎ去っ
ていくのが、音楽の宿命です。しかし、美しいからといって、無造作に
くりかえすばかりでは、興味は半減しましょう。むしろ単純で、平凡な
素材を用いたために成功した、と思われる傑作が意外におおいことに気
づきます。
 最近のテレビ番組《題名のない音楽会》でベートーヴェンの《運命》
を例に、かのタタタターンという動機が、いったい何百回用いられてい
るかと、いう公開実験をやっておりました。スコアをみて勘定すれば済
むものをこんな風に大がかりな演出をしなければ、現代の聴衆あるいは
観衆の興味をひかないのかもしれません。
 最初の曲は、やはりバッハ(1685〜1750)がふさわしいようです。
《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番〜第5楽章:シャコンヌ》を聴く
わけですが、京都時間という通例もあって、原曲どおりヴァイオリン独
奏をグリュミオーで、ギター編曲をセゴビアで、ふたとおり聴くことに
いたします。
 原曲以外の楽器のための編曲は、いろいろ議論のあるところですが、
世紀のギタリストが、精魂こめて、執拗にバッハに迫る力演として、あ
るいは、これがおなじ楽譜から生れた音楽か、という驚きとともに、傾
聴したいものです。
 シャコンヌという形式は、単純な低音の動機をくりかえして、この曲
では実に30通りの変奏を展開するものです。バッソ・オスティナート、
「執拗バス」と訳される手法の、綿密な労作です。
 つぎに、18世紀の大ピアニスト、リスト(1811〜1886)が、ほぼ同時
代の大ヴァイオリニスト、パガニーニ(1782〜1840)の主題を借りて、
異なる楽器の技巧を、そっくり移しかえた《パガニーニ大練習曲》から、
2曲聴いてみましょう。 
 《〜第3曲:ラ・カンパネラ》は、《ヴァイオリン協奏曲第2番》の
終楽章をピアノ独奏に編曲したものです。鐘の音を模して、かがやかし
い高音が、縦横に飛びかいます。褐色の青年ピアニスト、アンドレ・ワ
ッツが、端正に、しかも力づよく叩きあげます。つづく《〜第6曲:変
奏曲》の主題は、ラフマニノフやブラームスも借用におよんで、それぞ
れ三者三様に成功しております。いったい、この簡単で短い動機が、な
ぜ、かくも彼らを魅了したのでしょうか。
 しばしば努力型の天才、と呼ばれるベートーヴェン(1770〜1827)の
場合、聴衆に対する迎合、つまりは器用な思いつきなど、望むべくもあ
りませんが、持続と反復に関するかぎり、欠かせない玄妙な舞曲があり
ます。
 「イ短調のアレグレット」というだけで通用する《交響曲第7番〜第
2楽章》がそれです。イッセルシュテットの入念なテンポと、ウィーン
・フィルの豊穣なひびきは、今宵の白眉となるはずです。
 この曲が初演のとき、この楽章が二度もアンコールされたそうですが、
聴衆は気にいった音楽なら、何度でもつづけて聴くようです。ところで、
演奏者が興に乗って、いつまでも奏きつづけることもないではありませ
ん。
 インドの音楽が、いまなお、その面影を伝えています。しかし、がん
らい音楽とは、そういうものではなかったか、と思われます。
 インド音楽を、今日の国際的普及に至らしめたシタール奏者ラヴィ・
シャンカールが、ユダヤ人のヴァイオリニスト、メニューインとの二重
奏のために書いた《ラーガ・ピールー》です。レコード録音でさえなけ
れば、両者のかけあいは、いつまでも終りそうにない白熱が感じられま
す。
 さながら時計の振り子のごとく、で考えられるのは、スウィング・ジ
ャズ、はたまた不死鳥の感もあるロックン・ロールです。ここでは、ジ
ャズ・フルートのハービー・マンが登場します。ワン・コードによる、
きわめて簡潔なモダニズムの自作《メンフィス・アンダーグラウンド》
が、さりげなく始まり、そして終ります。
 ベートーヴェンの後継者として、それぞれ自認しながら、ワーグナー
(1813〜1883)が交響曲というジャンルを捨てたのに対して、ブラーム
ス(1833〜1897)は、執拗にその世界にとどまりました。おまけに 150
年も前にバッハが完成した、厳格な古典的書法についても、もういちど
試みるわけです。彼の最後のシンフォニー《交響曲第4番〜第4楽章》
にシャコンヌが用いられています。いうなれば音楽的論理の究まるとこ
ろ、頑固な真実の世界です。ヴァン・ベイヌム指揮のアムステルダム・
コンセルトヘボウ管弦楽団が、31回の変奏と結尾を決然とたどります。
 ものなれた聴衆にとって、素材であるところのリズムやメロディ、あ
るいはハーモニーが、個々にどれほど魅力的であっても、それだけでは、
あっと驚くことにはなりません。
 「よい形式の、唯一のテストは興味の連続することである」とつねに
いっていた作曲家が、ラヴェル(1875〜1937)、そして、「今までだれ
もそんなことはやらなかった」と独創を重んじた彼が、はたせるかな、
つぎに聴く《ボレロ》で、だれもやらなかった試練を課しています。ま
ず全曲を通じて、小太鼓が同じリズム、同じクレッシェンドで、独得の
ボレロのリズムを刻みます。下降と上昇の二つのメロディを、二回づつ
くりかえして、応答させます。オーケストラのすべての楽器がソロはも
ちろん各種の組合わせで、ユニゾンで出没し、旋律を了えたあとは、か
ならず伴奏のリズムに参加します。
 すべての指揮者にとって、たいへん演りやすい面もあり、したがって、
だれが振っても変りばえしないであろう、皮肉な作品です。
 フランスの、フランスならではの理性を、いつの場合も失わなかった
クリュイタンスの指揮によるパリ音楽院管弦楽団の演奏でさえ地下のラ
ヴェルの気に入るかどうか、わかりませんが。
(次回は7月 日/ 曜日です)
── 《レコード・サロン�� 19710610 Awa Library Report No.5》19710701
 
 ◆
 
19710708 レコード・サロン�� 〜 Paper Concert 〜
 
 たとえば、カッコーという鳥の声を、文字であらわせば、文字どおり
「カッコー」あるいは「CUCKOO」となります。さらに、ドレミフ
ァで示す例は、ほとんどが「ミッドー」です。
 音楽における描写は、実際の音をまねることではありません。ある観
念をくぐるための簡略な手法にすぎません。
 そこで今回のテーマは、音楽における描写として、水に関する例をい
くつか取りあげてみました。化学用語でいえば「H2O」です。
 さまざまな作曲家たちが、水あるいは川・河・海、さらには波など、
それぞれ異った感受性のもとで観察し、まことに多彩な世界を展開して
います。
 まずは、ヴィヴァルディ(1675〜1741)の《ヴァイオリン協奏曲:海
の嵐》を、イ・ムジチ合奏団で聴いてみましょう。海だから、嵐だから、
とあまりに意識して聴くと、いささか失望されるかもしれませんが。
 つぎに、古今の大作曲家のなかでも、とくに、観念のかたまりのよう
なベートーヴェン(1770〜1827)の《交響曲第6番:田園〜第2楽章》
です。楽譜には「小川のほとりの場面」などと注釈があるそうですが、
ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団の整然とした歩調が、古典
音楽のスタイルにきわめて忠実な演奏です。
 スコットランド沖の孤島から、旅を了えて帰ってきたメンデルスゾー
ン(1809〜1847)が「口ではいえないが、音にするとこんな印象だった」
と一気に書きあげたのは、《序曲:フィンガルの洞窟》という風景画で
す。
 さきの曲にくらべてスマートな額縁におさまっている点を、同じ指揮
者と管弦楽団のレコードで聴くことにします。
 旅の音楽家に対するは、ボヘミアの国民楽派スメタナ(1824〜1884)
の連作《交響詩:モルダウ》です。二つの水源から発して、川になり河
にひろがり流れるさまを、いかにも誇らしく歌いあげるために、ともす
れば気分に流れやすいこの曲を、フルトヴェングラー指揮ウィーン・フ
ィルが、その観念的要素も存分にひきこんでの好演です。
 音楽の都ウィーンのワルツ王シュトラウス(1825〜1899)が依頼され
た際も、ある種の郷土愛をうたうためでした。男声合唱のための《美し
く碧きドナウ》が、その作品です。ここでは、ウィーン少年合唱団の登
場です。一連のウィンナ・ワルツというものを、交響曲やソナタと同列
に論じることはできませんが、軽音楽としての魅力、気品ある美しさは
まさに屈指のものです。
 国民楽派とよばれた作曲家は、概して孤高の信念の持主がおおく、北
欧フィンランドのシベリウス(1865〜1957)も巨峰という他はありませ
ん。死と現実の、二つの世界をつなぐ黒い河に浮かぶ白鳥の歌《交響詩
:四つの伝説曲〜トゥオネラの白鳥》は、感傷も幻想も超えた次元の作
品です。オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の、冷静であくこ
とのない追求もまた、壮挙というべきでしょうか。
 ドイツを中心としたドイツ的観念が、やがて病みおとろえる頃、20世
紀を迎えて、近代音楽のふたりの旗手が、フランスにおいて、フランス
ならではの登場です。
 13才年長のドビュッシー(1862〜1918)がひそかに満を持して発表し
たピアノのための《影像・第1集〜水の反映》をギーゼキングの独奏で
再現してみましょう。
 後輩ながら、実は5年先に、同じ意欲とひらめきをもっていた、ラヴ
ェル(1875〜1937)の《水の戯れ》を、ソビエトのピアニスト、リヒテ
ルによる、カーネギー・ホール実況盤で聴くことにします。いずれも、
近代音楽が現代の音楽たらんとする指向を、大胆卒直に示しています。
 「私は過去を怖れない」と宣言する現代の作曲家、武満徹(1930〜)
は、かずかずの挑戦に、才気と知性をかたむけています。その《水の音
楽》では、演奏者も楽器も不在です。録音技師とアンプがそれに代って、
実際の水の音を再現するのです。作曲家自身は、集められたテープを、
切りきざみ、貼りあわせておよそ誰の介入も許さない、水そのものの実
在を考えつづけたにちがいありません。従来の音楽にまつわる、すべて
の観念が、あらためて問われたことは、いうまでもありません。
(次回は8月12日/木曜日です)
── 《レコード・サロン�� 19710708 Awa Library Report No.6》19710801
 
 ◆
 
19710812 レコード・サロン�� 〜 Paper Concert 〜
 

── ベートーヴェン《ピアノ協奏曲第4番》グールド独奏、バーンステイン指揮、
ニューヨーク・フィル
── ドヴォルザーク《交響曲第8番》ジョージ・セル指揮、クリーブランド管弦楽団
── ブラームス《交響曲第4番》
── シベリウス《ヴァイオリン協奏曲ニ短調》オイストラフ独奏、オーマンディ指揮、
フィラデルフィア管弦楽団
 
── ハイドン《弦楽四重奏曲:ひばり》
── シューベルト《アルペジォーネ》ロストロポーヴィッチ、ブリトゥン
── マル・ウォルドロン《名演集〜レフト・アローン》
── ピンク・フロイド《モア》

 
毎月第2木曜・7〜8時半(於・京都トヨペット本社ロビー)入場無料
── 《レコード・サロン�� 19710812 Awa Library Report No.6》19710801
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20001231 《虚々日々》目次
 
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↓=Non-display><↑=Non-display
└┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘
 
(20060729)
 


1971年07月03日(土)  GATO 〜 また逢う日まで 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19710703
 
 その夜(1971011.)は、こういう会話だった。
「アイダ先生は、とても頭がいいんだ。こないだ会ったとき、眠れない
夜に先生の《敗者の条件》を読みました、と話しかけたら、先生いわく
“ぼくは夜の敗者を書いたんやないで”と返された」
 ここで四人は、なごやかに笑いあった。つぎのやりとりまでは。
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19970917
── 《敗者の条件 〜 アイーダ先生との対話 〜》
(浄守 志郎/田中 義雄/大幡 季生)
── 《十字屋夜話 〜 故旧忘れ得べし 〜》十字屋余話(草稿)
 
19710415 Let'19710422 from Mrs. 斉藤 良子(良太郎の母)
── 《客太郎 〜 サロン・ド・ボヴァリー 〜虚々日々》P041
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19710217
── 《いそがしい指 19710415 関西モーツァルト協会々報・第一号》
 
19710703 岩淵 竜太郎/浄守 志郎/田中 義雄/小林 某(浄守氏の娘婿)
── 《アワライブラリ・レポート No.4 19710701 Awa Library》
19711126 
── 《あまちゅあ・かっぽれ 19711215 関西モーツァルト協会々報・第三号》
 


 
 ◆ 
 
 GATOクラシックサロン(毎週土曜日)19710703-0731 18:00-23:00
 
        チェロ 白石 将
        ピアノ 阪田 誠康
 
 Aプログラム(3日・17日・31日)
 
  1 クープラン   演奏会用小品集
  2 バッハ     無伴奏組曲 第一番 ト長調
  3 ベートーヴェン チェロソナタ第三番 イ長調 Op.69
  4 ブルッフ    コル=ニドライ Op.47
  5 サン=サーンス 白鳥(動物の謝肉祭より)
  
 Bプログラム(10日・24日)
 
  1 ヴィヴァルディ チェロ協奏曲 ホ短調
  2 ボッケリーニ  チェロソナタ イ長調
  3 ブラームス   チェロソナタ 第一番ホ短調 Op.38
  4 ポッパー    ガボット
  5 サン=サーンス アレグロ・アパッショナータ
              (誤=アパッレョナータ)
────────────────────────────────
 レストラン<ガト>京都西賀茂・大宮交通公園前 TEL(492)4578
 営業時間 PM 5:00〜PM11:00(日祭日)AM11:00〜PM11:00
 1Fティールーム(AM11:00〜PM11:00)月曜日定休
 

 
1910‥‥ カザルス(34)ウィーン公演で弓を飛ばす。
1917‥‥ カザルス(41)クライスラー他「ニューヨーク・ベートーヴェン協会」設立
19701216 ベートーヴェン生誕200年《ベートーヴェン・ダイジェスト》構想
19710703 白石 将 (3.)GATO《無伴奏組曲》で弓を飛ばす。
20060127 モーツァルト生誕250年
 

 
 Beethoven,Ludwig van  17701216 Duitch    18270326 56/17701215-1217
 Mozart,Wolfgang Amadeus 17560127 Austria Wien 17911205 35 /
“神童”“ザルツブルグの巨匠” 宝暦 5.1226〜寛政 3.1110 
/水銀中毒死=水曜/悪性のチフスor毒殺説
《Motet“Exsultate jubilate”K.165,17730117》
《Concert for Horn,18‥》《Flute Quartett,》
 

 
┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐
↓=Non-display><↑=Non-display
└┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘
 
(20060109-0111-0127-20070212)
 


1971年07月01日(木)  弓弦十話 (その3)

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19710701
 
 ■ ピアニスト

 共鳴現象を応用して、開放弦にヴィブラートを与えることも可能であ
る。
 開放弦をそのまま弾くと、その音だけ無表情になるし、それがもし最
低弦(チェロの場合はC)であれば、押えるわけにもいかず、どうして
もヴィブラートがほしい、という場合の方法である。それには隣の高い
方の弦(チェロの場合はG)上のCを押えて、ふるわせるだけでよい。
すると共鳴と非共鳴が、交互に生じるので、いちおうヴィブラートと同
じ効果が得られる。
 ヴァイオリンの例で、メンデルスゾーンの《協奏曲》に数十小節、延
々と最低弦をひっぱる部分がある。これをもしヴィブラートなしでやる
と、あの華麗なロマンティシズムが活きてこない。というより、独奏者
があんまり単調な操作をしていては、観衆、聴衆だってつまらない。無
心にヴィブラートに専念している姿が、いかにもロマンティックではな
いか。
 ノン・ヴィブラートを、意識的に用いた例では、ヨアヒムがベートー
ヴェンの《協奏曲》で、作曲者の指定<ドルチェ、甘く>を無視したと
いう伝説がある。
 第1楽章のカデンツァの直後、第2主題の部分であるが、もともと回
想に身を委ねる風情あるいは、過去の斗いに力つきたような、印象的な
再現である。
 これを、わざと無表情に、ある虚しさとともにノン・ヴィブラートで
奏するという、ヨアヒムの非凡な試みは、事実とすれば興味が深い。
 いったいに、古典音楽では、人声と弦楽器をのぞいて、とくに管楽器
にヴィブラートを認めない。たとえばトランペットとかクラリネット、
オーボエなど、感傷的なメロディーを吹く場所でも、ヴィブラートは原
則として認められていない。どういう理由によるものか。
 弦楽器群が、一斉にノン・ヴィブラートでやるとどうなるか。現代も
のには、そういう指定もあるにちがいないが、適当な例が思い出せない。
代りに、ひとつの例をあげるなら才能教育研究会が例年、デモストレー
ション的に催おす大演奏会では、数百人の豆ヴァイオリニストたちによ
る全斉奏がある。ヴィヴァルディの《イ短調コンチェルト》などが、世
にも奇妙な響きで伝わってくる。
────────────────────────────────
 メンデルスゾーン《ヴァイオリン協奏曲》のカデンツァは、ほとんど
バッハ《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ》から、とくにシャコンヌ
における奏法を取りいれている。
 ヒトは、赤ん坊のとき部屋の中のすべての反響が聞こえるという。長
じて、生活に必要のない残響を、だんだんカットしていく。
── 《たけしの万物創世記・最終回 20010320 19:00-20:00 TV》

 ■ 化石

 シューベルトの《アルペッジョーネ・ソナタ》は、チェロのための作
品ではない。
 ギターと同じ調弦(譜例4)で、チェロのように奏する、という発想
で作られ、名づけられた楽器のための、おそらく唯一の作品とされてい
る。
 思いつきそのものは、なかなか合理的で、当初は、無限の可能性を秘
めていた、と思われる。6本の弦があれば、かなり複雑なコード(アル
ペジオ)がこなせるし、4度調弦だから、運指法は有利になる。
 シューベルトは、この楽器の発明者に依頼され、折からカロリーネ伯
爵令嬢との恋の出合いの夏に、これを書いた。楽器そのものの有用性を、
つとめて誇示する要請があったはずなのに、完成されたものは、とらわ
れることのない奔放な、ロマンに満ちた、例によってうたう音楽だった。
 そんなわけで、あるいは他の事情もあったのか、せっかくの発明も評
判にならず、この楽器はすぐに姿を消した。
 今日では、この曲の音域をカバーできる捺弦楽器として、チェロのレ
パートリーになってしまった。ところが、ちょうど弦が1本足りないわ
りで、相当な難曲になってしまった。
 現代のチェロの演奏水準からいえば、他の途方もない、奔流のような
作品にくらべて、かならずしも、致命的なむずかしさではないが、楽想
のわりには、無理が多すぎる、ということがいえるだろう。
 この曲を、ヴァイオリン用に編曲した楽譜もあるが、どうせ1オクタ
ーブ上げるなら、ヴィオラの方が、はるかに妥当である。しかし、いず
れにせよ曲想にふさわしいかどうかが重要な問題となる。そして、曲想
の変化がどの範囲で、どの程度まで許されるか、という判断がむずかし
い。

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 譜例4 アルペッジョーネ & ギターの調弦         
 譜例5 シューベルト《アルペジオーネ・ソナタ》
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 5の譜例は、どちらを採ってもよい、という親切な指定であるが、こ
の種のルーズな処理は、いうまでもなく出版業者の通例なのであろう。
 同じシューベルトのものでも《アヴェ・マリア》のように、アンコー
ル・ピースとして自由な発想で編曲された小品もあるし、やはりウェル
ヘルミの編曲になるバッハの《G線上のアリア》などに至っては、曲想
の変化そのものに趣向をこらした例、というべきであろう。
 バッハ (1685〜1750) については、なぜこうも書くべきことが多いの
か。
 十年ほど前にきたアメリカ映画《真夏の夜のジャズ》で、バッハの
《無伴奏チェロ組曲第1番》が聴ける、とは誰が予想しただろう。この
予想外の演出をしたのは、プロデューサーであったか、当のチェリスト、
すなわちチコ・ハミルトン五重奏団のメンバーだったのか知るべくもな
い。
 すぐれた記録映画が成功する要因のひとつに、しゃれた横道とでもい
うか、一種の幕間部分で、はっとするようなシーンがかならずある。演
奏を終えたモダン・コンポのひとりジャズ史上にあらわれた最初のひと
りであろうチェリストが、楽屋でくわえたばこのまま、《無伴奏》を弾
きはじめる。
 無造作なアルペジオが、いかにも無造作にはじまり、やがて熱狂的な
リズムに発展していく過程は、焼け焦げるたばこと同様に、しかもいわ
ゆるクラシカルな演奏とはまったく異質の展開を遂げていく。
 《プレイ・バッハ》など、一連のジャズ・アレンジによるレコードは
いくつかあるが、どちらかといえば、実験的な動機が優先していて、こ
の場面のように、ジャズ奏者が正面きってバッハを弾く例は、まず珍ら
しい。
 トランペットのアル・ハートやベニー・グッドマンのように、ハイド
ンやモーツアルトの《協奏曲》をそれぞれ演じているが、この場合は多
分に商業的、あるいは試行錯誤からの脱出を目的としているようで、結
局はまゆつば的なのである。
 このチェリスト、名は何というのか調べるまでもないが、《組曲・動
物の謝肉祭》における無能なピアニストが、無味乾燥な《チェルニー》
をくりかえすのに比べて、チュリストはいかにも恵まれているようだ。
 バッハがチェロという楽器に、とくに肩入れをしたという根拠は、ど
こにもない。しかしチェリストにとって、バッハは入口であり究極であ
り、チェロにおけるすべての想像力の源を示した作曲家である。
 1717年、32才のバッハが書きはじめた《無伴奏》が、全曲を通じて演
奏されるようになったのは 180年ほどの空白ののち、であるらしい。つ
まり、1889年、13才のカザルスが、楽譜店の隅から見つけ出し、12年の
研鑚ののちようやく全曲を公開した、というわけである。カザルスの功
績にケチをつけるつもりはないが、その 180年間に、まったく埋もれて
いたのではない。省略した形では演奏されていたし、それなりの評価は、
少くともメンデルスゾーンあたりから、あったはずである。
 チェロにおける基本的な奏法をふまえて、無伴奏なる制約のもとに書
かれたために、やや地味で演奏効果が低いと思われ、調弦を変えた第5
番や、5弦チェロのための第6番などは、要するに面倒な作品であった
のだ。
 カザルスの功績をあげるならば、彼の慧眼であるよりも、なんといっ
ても演奏精神そのものというべきであろう。演奏家としての読みの深さ
と、それを具現する技術の練磨をこそたたえるべきである。
 ちょっと話はそれるが、この組曲を1オクターブ上げて、ヴィオラで
弾くことがあるらしい。一種の練習教材で、演奏会向きではないようだ
が、演奏者の耳もとで鳴るぶんには音楽そのものの本質的な性格は、十
分に伝わるのだろう。
 そもそもヴィオラという楽器のための作品はきわめて少ない。そこで
ヴィオラ奏者の中には、バッハの《無伴奏ヴァイオリン》を手がける人
もいるという。この場合は、調子が5度下の、移調となる上に、ダブル
・ストップ(重音奏法)など技術的にも無理が多くて結局は、教材にも
ならないそうである。
 さて、《第6番》のオリジナル楽器と目される5弦チェロは、ヴィオ
ラ・ポンポーザと称してバッハ考案ともいわれている。考案などといっ
ても、当時は、ヴィオリーノ・ピッコロ(短3度高い小型ヴァイオリン)
とか、ヴィオラ・ダ・モーレ(愛のヴィオラ!6弦)そしてヴィオラ・
ダ・ガンバ(バリトンともいう、現在のチェロにいちばん近い)、その
一種でヴィオロン・チェロ・ピッコロ(小型チェロ)等々、さまざまの
名称で、いわばまちまちに制作され、存在していた。
 糸巻きの頭にライオンの首がついていたり、胴の裏側に乳房が浮彫り
されたものとか、楽器というよりは、装飾品としての傾向がいちじるし
い。
 調弦にしても、演奏中にひょいと変えたりする方法も、立派にまかり
通っていたそうですべてが自由で、定まらない時代であった。
 それというのも、当時は大ホールで、大聴衆に聴かせる必要もなかっ
たし、とにかく音が出さえすればよかったのではないか。したがって、
ストラディヴァリウスなどの、イタリア製の華麗な響きと、豊富な音量
をもつ、近代的銘器が重んじられるようになったのはようやくベートー
ヴェン (1770〜1827) の頃からである。
 そのベートーヴェンの《ヴァイオリン協奏曲》から5年のちに初演さ
れたのが、パガニーニの《ニ長調コンチェルト》である。これは、もと
は変ホ長調で書かれており、独奏楽譜だけはニ長調だった。つまり、独
奏ヴァイオリンだけ、あらかじめ半音高く調弦しておく、という趣向で
ある。
 なかなか面白いとも思われるが、結局この種のアイデアは、あきられ
るのも早いせいかだんだん流行らなくなるとみえて、現在ではこの曲は、
オーケストラともどもニ長調で演奏されている。
 パガニーニの鬼才ぶりを描いた伝記映画に、演奏中プツンと弦が切れ、
やがて2本3本と切れて、最後は残る一本だけで、さる難曲を弾きおわ
る、というシーンがあったそうで、さすがに八百長めいていて、実際に
は不可能であろう。こういう場合、現代の習慣としては、いったんステ
ージから引っこんで、弦をとりかえるか、楽器ごと代えてしまう。
 化石化した伝説で思い出されるのは、セザール・トムソンというヴァ
イオリニストで、彼は、どんな難曲でも、常に平行8度の重音奏で弾く
ことができ、聴衆をよろこばせた、という。オクターブ・トムソンの異
名がありおおむねアンコール・ピースで、いくつか用意があった程度の
ことと思われる。
 是非の論議は別として、今日の演奏会ではこうした一切の演出はまっ
たくなくなって、即興性とともに、すべての意外性も姿を消したようで
ある。
 もっとも、ごく最近のふたつの例はある。
 岩城宏之氏の赤ん坊事件、演奏中に赤ン坊が泣き出したので、怒って
中止したとか、やりなおしたとか。もうひとつは小沢征爾氏の第九事件、
第1第2楽章を副指揮者に振らせておいて、第3第4楽章だけ自分で振
った、という。理由は風邪とかで、いずれもいずれやや下世話にすぎ
る感がなくもない。
 意外性にもいろいろあるわけだが、聴衆がいつも安心して聴いておれ
る反面、ここぞと身をのりだすこともない、というのもやはり一種の低
調にはちがいない。

 ■ 白鳥 / 終曲

 大正11年、サン=サーンスの没年、この年ロシアから日本に亡命して
きたエリノワ・パブロワという女性がいた。彼女はのちの日本バレー界
の貢献者となったが、その翌年には同じ苗字のアンナ・パブロワが、当
時最盛期のロシア・バレー団一座をひきいて来日したので、ちょっとや
やこしい一幕があったそうである。この件については、山田忠男著《風
流洞物語》洛味社刊にくわしい。
 いったい、どんな発想がもとになったのか時のディアギレフ一門の名
振付師、フォキンによる《瀕死の白鳥》が、いわば国際的にヒットした
頃である。
 そのプリマが、アンナであったのはいうまでもないが、どういうわけ
か浅草のコメディアンたちが、この着想に目をつけた。いわく《瀕死の
蚊》、いわく《瀕死の蝿》などである。最近亡くなったエノケンこと故
榎本健一に至っては、公開には及ばなかったが《瀕死のガマ》なる振付
けを、かねて考案していたそうである。さらに、どういうわけか、この
種の茶化したものでは、チャイコフスキーの《白鳥の湖》の音楽を用い
ることが多い。
 このあたりの因果関係とともに、サン=サーンスとチャイコフスキー
が同世代であるだけに、たとえばサン=サーンスが《白鳥の湖》を、い
つ知ったのか調べてみたい気もする。
 さしあたり、この稿はサン=サーンスに、つつしんで捧げるものであ
る。                   ( 1970・10・29 改稿)
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 ジプシー・ヴァイオリン奏者だった亡き妻を追悼して、無量塔 蔵六
氏が“胴の裏側に乳房を浮彫り”したエピソードは、はかま満雄・対談
《日曜喫茶室 1977ca NHK−FM》でも語られた。
《ヴァイオリン 1972 岩波新書》は絶版。
 無量塔氏については《私の十冊 197707ca 》その他に詳述。
 1974ca《続・弓弦十話》草稿に着手するも未完。


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