与太郎文庫
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| 2004年02月29日(日) |
ハーメルン 〜 はてしない物語 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040229 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040229 Ex libris Awa Library;写生する少年 by Awa, Masatoshi ── 《素描・第一号 19520401 さヾなみ同人会》 ハーメルンが街かどに立ってから、数時間のちに一日が暮れた。 翌日、ハーメルンが街かどに立つと、ひとりの子供が通りかかった。 ハーメルンは、バイオリンを取りだして弾きはじめた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ 子供は、はじめて聞くふしぎな音色に、しばらく耳をかたむけていた が、翌日おなじころに、もうひとりの子供を連れてきた。 そこでハーメルンは、昨日とおなじようにバイオリンを弾きはじめた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ つぎの日、またつぎの日には、数人の子供たちが集まってきた。 一週間がすぎると、ハーメルンはバイオリンの代りにスケッチブック を取りだして、何やら描きはじめた。 子供たちは、何が描かれるのかと、みんながスケッチブックをのぞき こんだ。 ハーメルンは最初の一枚に「くも」を描いた。 子供たちが「くもだ!」と叫ぶと、つぎの一枚に「りんご」を描いた。 子供たちが「リンゴだ」と叫ぶと、つぎの一枚に「くじら」を描いた。 子供たちは、こんどは顔を見合わせた。彼らは鯨を見たことがない。 そこで、ハーメルンは最後に「?」と書いて、どこかへ立ち去った。 ハーメルンが街かどにあらわれてから数週間後、ひとりの男の子が、 ポケットから「石ころ」を取りだして、ハーメルンにさしだした。 ハーメルンは「石ころ」を自分のポケットにしまうと、バイオリンを 取りあげ、男の子に向かって一曲弾いた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ 翌日、ひとりの女の子が、ひとひらの花をもってきた。ハーメルンは、 だまって胸のポケットに刺したまま、スケッチブックを取りだし、その 花を描きはじめた。女の子は花と絵を交互にのぞきこんだ。 ハーメルンは、花の絵を描きおわると、そのページを破いて、女の子 に手わたした。女の子は、歌いながら帰っていった。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ つぎの日、またつぎの日から、十数人の子供たちが順番にプレゼント を持ってきた。パンを持ってきた子には、半分切りとって残りを返した。 親の金を盗んできた子供もいたが、コイン以外は受けとらなかった。 ハーメルンが街かどに立ってから数ヵ月目のある日、ひとりの少年が 倒れているハーメルンを発見して、大人たちに知らせた。 ハーメルンは、皆の見ている前で、バイオリンを少年に渡してから、 目を閉じた。そして死んだ。青年たちが老人を葬った。 バイオリンを贈られた少年は、ひとりでバイオリンを弾いてみた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ バイオリンを弾く少年は、青年になり、大人になり、やがては老人に なると、街を出ていった。 ひとりの老人が、見知らぬ土地の街かどに立っていた。 老人は、そばを通りかかった子供に、バイオリンを弾いてみせた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ 子供は、はじめて聞くふしぎな音色に、しばらく耳をかたむけていた が、翌日おなじころに、もうひとりの子供を連れてきた。 そこで老人は、昨日とおなじようにバイオリンを弾きはじめた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ つぎの日、またつぎの日には、十数人の子供たちが集まってきた。 誰かが「お前は誰だ」と聞くと、老人は「ハーメルンだ」と答えた。 「どこから来たのか」」と聞くと「ハーメルンから来た」と答えた。 「これからどこへ行くのか」と聞くと「ハーメルンへ」と答えた。 「ハーメルンは、どこにあるのか」と聞くと「わからない」と答えた。 (20040229 初稿 0320 改稿) この創作童話“無限伝説”は、与太郎の処女童話である。 ハーメルンは地名(ドイツの小都市)、人名をハーメルと呼ぶ。 HAMELN → http://www.visit-germany.jp/default.asp?ID=320 長岡京室内アンサンブルのヴァイオリン奏者・森 悠子のステージに 啓示を受けて、一気に書きあげた。ヴァイオリンを弾く青年の姿には、 本宮先生のイメージがあり、路上の老人は俳優・天本英世に重なる。 絵を描く姿は、金谷先生兄弟と与太郎自身がオーバーラップしている。 (リンゴは、少年期以来のセザンヌのゾラへの友情をもとにしている) 下記の諸作品を合成している。
Petros《クオ・ヴァディス Domine Quo Vadis ?(主よ、何処へ)0064-0067》 Grim,Jacob Ludwig Carl & Grim,Wilhelm Carl《ドイツ伝説集》 12840626 ── 阿部 謹也《ハーメルンの笛吹き男 19881201 ちくま文庫》 Melville,Herman《白鯨 Moby Dick,or The White Whale 185110.. London》 Dehmel,Richard/森 鴎外・訳《海の鐘 19150905 阿蘭陀書房》 Stern,Isaac 独奏《屋根の上のヴァイオリン弾き 1971 America》映画 他に、ゲームソフト《ハーメルンのヴァイオリン弾き》もあるらしい。 ──────────────────────────────── 天本 英世 俳優 19260102 佐賀 北九州 20030323 77 /異説(籍)19261220 福岡 ?
東京大学法学部(中退)。映画では岡本喜八監督「暗黒街の対決」の殺 し屋役をはじめ、ほとんどの岡本作品に出演。細身の長身で、あくの強 い役柄を演じた。「ファンタスティックス」「天守物語」などの舞台や、 人気テレビ番組「仮面ライダー」の死神博士役で知られた。「平成教育 委員会」などバラエティー番組でも活躍。スペイン通で、長年詩人ロル カの詩を舞台で朗読した。著書に「スペイン巡礼」など。 ── 《長岡京室内アンサンブル 20040227(金)19:00 倉敷市芸文館》 http://www.musicinfo.com/kuracon/concert/040227krgb/040227krsh.html ── 初老の男がみすぼらしい身なりで堀の縁に立って森に向かって一 心にバイオリンを弾いていた。堀の横にはリヤカーが置いてあってこれ が彼の住居であった。── 西村 眞悟《僕の生い立ち 10 疾風怒濤前夜》 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20080109 クロイチェルの残響 〜 東儀家と西村家の人々 〜 ── 少年時代の与太郎は、道端で絵を描く人を見つけると、その背後 から何時間も眺めつづけた。たいがいの大人は振りかえって、こうたず ねる。「きみは、絵が好きかい?」 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20060606 絵空事 〜 ダゲール以後の画家たち 〜 (20040320-20111010)
| 2004年02月28日(土) |
自作自演 〜 デーやんの処女稿 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040228 折も折、数日前から未整理の資料を点検して、いまいちど捨てがたい ものを抜きだす。ほとんど《月刊・アルペジオ 196904.. 〜 197003.. 》 関連で、すでに使命を了えた生原稿の一部があらわれたのである。 出谷 啓《自作自演のレコード》他(稿了年月日*印は遺失) 19690308*ブラームスがお好き(編集帖に寸稿) 19690308*雨の中のサラサーテ 19690510 リヒャルト・シュトラウスかく語りき 19690616 ラフマニノフの遺産 19690717*弦楽四重奏あれこれ(巌本真理弦楽四重奏団特集号) 19690812*クライスラーの偽証 19690915*死せるラヴェルのためのオマージュ 19691117*バルトークの宇宙 19691217*火の男・ストラヴィンスキー 19700303 プロコフィエフ/ガーシュウィン/ショスタコーヴィッチ 19700303 ジャズを読む(別稿) 最終号の別稿《ジャズを読む》は、与太郎がデーやんに依頼した最後 の原稿にあたる。そこで与太郎は日記に、つぎのようにメモした。 「デーやん宛に、ことしの誕生プレゼント(20040604)として返却?」 35年前の自筆原稿を受けとったデーやんは、昔の口癖で「ギャッ」 とのけぞるのではないか。 デーやんの文章を読むたびに、いまも与太郎の右手は、朱筆を握った ときのように反応する「この表現は生硬すぎる、この文体は不自然だ、 この結論は独善的だ」などなど、人一倍不満がつのってくる。 率直にいえば悪筆悪文である。しかし達筆美文なら、読者がよろこぶ とはかぎらないのだ。 たとえば、太 安万侶《古事記》の序文は達意の名文だが、気宇壮大 にして格調高いのは、文体や文章の技法よりも歴史的権威が背景にある からである。このような筆の運びで連載しても、読者やファンが増える とはかぎらない。 そもそも、デーやんの処女原稿が、はじめて世に出るのは、その前年、 《音楽100年表 19680801 十字屋楽器店》においてである。 すでにして彼は「今世紀最大の音楽評論家になる」と吹いていたが、 よくよく聞くと、中学時代に「評論家になると、レコードがタダになる」 ことを知って、それ以後の願望らしい。 そこで与太郎は、彼を励まして、こう教えた。 「いまから君は“センセイ”と呼ばれたとき以外は、返事するな」 しかるのち《音楽100年表》の「ジャズ年表」を依頼したものの、 原稿料は出さず、ときどき酒でも呑ませればよい、と考えていた。 (署名もないが、彼の手になることは、まえがき・あとがきに記した) 当時は、原稿用紙に書かれた文章の形態だけが“玉稿”や“お原稿” であった(これらの業界用語は、いかにも卑屈で不愉快きわまるが)。 いまなら“データ・レコード”と呼ばれる計算表や資料が評価される ようになったはずだが、当時は怪文書まがいだったのだ。 しかるに、これぞデーやんの面目躍如たるところだったが、数ヶ月も たってから(真顔で猛然と)与太郎に抗議したのである。 「ぼくはいずれ今世紀最大の音楽評論家になる。イッパイ呑むなら自前 で飲むよって、原稿料は別に払うてくれんか」 与太郎は「なるほど」と感心した。 いわんとするところは(同世代の青年には)痛いほど伝わってくる。 『たとえ走り書きでも、心血そそいだ原稿を、タダで渡したくはない』 と云いたかったにちがいない。 「わかった、こんど頼むときから“センセイ”と同額を払う」と約束し、 翌年春に創刊する《月刊・アルペジオ》の連載を依頼した。 このごろ“自作自演”といえば、なにやらキナくさいイメージだが、 本来の趣旨はまっとうで、作曲家自身が自作を演奏することである。 とくに与太郎は、前年に“初演年表”というオリジナル企画を開発し ていたので、デーやんのデビューにふさわしい斬新なタイトルだったと、 いまも自負している。素人編集者と新米筆者による処女連載の、最初の 副題は《ブラームスがお好き》で始まった。 もちろん、Sagan,Francoise《Aimez-vous Brahms ? 1959 》にかけて いるが、デーやん自身は(この種のダジャレに)乗り気ではなかった。 処女稿《ブラームスがお好き》を手にしたデーやんと与太郎は、近く の喫茶室リプトンの片隅に向きあった。 当時の与太郎は、花森安治《暮しの手帖》を信奉するあまり、編集者 が(後輩記者の原稿を)朱筆で真赤にするエピソードを思いだしながら、 一言一句について検証しはじめた。 「ここは、こう云いかえたほうが、ええんとちがうか?」 「そやな、そうしょう」 「ここも分りやすく、ひらかなで送ったほうが、ええんとちがうか?」 「そやな、そのほうがええな」 「ここは、思いきって削ったほうが、ええんとちがうか?」 「そやな、そうしょう」 「そのかわり、ここを詳しく説明したほうが、ええんとちがうか?」 「そやな、そのほうが分りやすいな」 いまだかつて、かくも恭順なデーやんの姿を見た者はいないはずだ。 のちに与太郎は、女房だけに打ちあけている。 「あの頑迷なデーやんが、あれほど真剣におれの意見を聞くとは、予想 せなんだ。もし彼が、一人前の評論家になれなかったら、おれ一人でも 読者になろう」 デーやんの処女稿が、与太郎の手もとに残っていないのは残念だが、 このたび発見された“古文書”は、印刷結果と寸分たがわない。 印刷のための写植指定や、無関係なメモまで書きこまれてはいるが、 編集者によって削除・加筆された部分は皆無である。 生原稿が残っていれば、どの部分がどのように削除・加筆されたかが 明らかとなる。しかし生原稿がなければ、印刷された結果だけが、彼の 作品たりうるのだ。 かくて与太郎は、デーやんのファン・ゼロ号となったのである。 (やしき・たかじんもまた、しかりである)。 (20040302 last updated) http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19690320 読み返した本 〜 デーやんの寸稿 〜 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19660209 いつの日か 〜 ソフィの死 〜 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030129 訃報 〜 南 喜久雄の逡巡と十年 〜 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19960606 くたばれ!たかじん (つづく)
| 2004年02月27日(金) |
白暦曜日表 〜 20040229 Sunday 〜 |
┌─────────┐ │ │ adlib/20040229 │ │ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040229 │ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 │ https://tx696ditjpdl.blog.fc2.com/?q=00000000 │ │ https://note.com/adlib20210301/all │ https://booklog.jp/users/awalibrary/ │ https://q.hatena.ne.jp/adlib/ │ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19011215 │ https://twilog.org/awalibrary │ https://twitter.com/awalibrary │ https://www.facebook.com/masatoshi.awa │ │ https://jp.quora.com/profile/%E9%98%BF%E6%B3%A2-%E9%9B%85%E6%95%8F │ └─────────┘
白暦曜日表 〜 20040229 Sunday 〜 20040101(Thu) 0102(Fri) 0103(Sat) 0104(Sun) 0105(Mon) 0106(Tue) 0107(Wed) 0108(Thu) 0109(Fri) 0110(Sat) 0111(Sun) 0112(Mon) 0113(Tue) 0114(Wed) 0115(Thu) 0116(Fri) 0117(Sat) 0118(Sun) 0119(Mon) 0120(Tue) 0121(Wed) 0122(Thu) 0123(Fri) 0124(Sat) 0125(Sun) 0126(Mon) 0127(Tue) 0128(Wed) 0129(Thu) 0130(Fri) 0131(Sat) 20040201(Sun) 0202(Mon) 0203(Tue) 0204(Wed) 0205(Thu) 0206(Fri) 0207(Sat) 0208(Sun) 0209(Mon) 0210(Tue) 0211(Wed) 0212(Thu) 0213(Fri) 0214(Sat) 0215(Sun) 0216(Mon) 0217(Tue) 0218(Wed) 0219(Thu) 0220(Fri) 0221(Sat) 0222(Sun) 0223(Mon) 0224(Tue) 0225(Wed) 0226(Thu) 0227(Fri) 0228(Sat) 0229(Sun) 20040301(Mon) 0302(Tue) 0303(Wed) 0304(Thu) 0305(Fri) 0306(Sat) 0307(Sun) 0308(Mon) 0309(Tue) 0310(Wed) 0311(Thu) 0312(Fri) 0313(Sat) 0314(Sun) 0315(Mon) 0316(Tue) 0317(Wed) 0318(Thu) 0319(Fri) 0320(Sat) 0321(Sun) 0322(Mon) 0323(Tue) 0324(Wed) 0325(Thu) 0326(Fri) 0327(Sat) 0328(Sun) 0329(Mon) 0330(Tue) 0331(Wed) 20040401(Thu) 0402(Fri) 0403(Sat) 0404(Sun) 0405(Mon) 0406(Tue) 0407(Wed) 0408(Thu) 0409(Fri) 0410(Sat) 0411(Sun) 0412(Mon) 0413(Tue) 0414(Wed) 0415(Thu) 0416(Fri) 0417(Sat) 0418(Sun) 0419(Mon) 0420(Tue) 0421(Wed) 0422(Thu) 0423(Fri) 0424(Sat) 0425(Sun) 0426(Mon) 0427(Tue) 0428(Wed) 0429(Thu) 0430(Fri) 20040501(Sat) 0502(Sun) 0503(Mon) 0504(Tue) 0505(Wed) 0506(Thu) 0507(Fri) 0508(Sat) 0509(Sun) 0510(Mon) 0511(Tue) 0512(Wed) 0513(Thu) 0514(Fri) 0515(Sat) 0516(Sun) 0517(Mon) 0518(Tue) 0519(Wed) 0520(Thu) 0521(Fri) 0522(Sat) 0523(Sun) 0524(Mon) 0525(Tue) 0526(Wed) 0527(Thu) 0528(Fri) 0529(Sat) 0530(Sun) 0531(Mon) 20040601(Tue) 0602(Wed) 0603(Thu) 0604(Fri) 0605(Sat) 0606(Sun) 0607(Mon) 0608(Tue) 0609(Wed) 0610(Thu) 0611(Fri) 0612(Sat) 0613(Sun) 0614(Mon) 0615(Tue) 0616(Wed) 0617(Thu) 0618(Fri) 0619(Sat) 0620(Sun) 0621(Mon) 0622(Tue) 0623(Wed) 0624(Thu) 0625(Fri) 0626(Sat) 0627(Sun) 0628(Mon) 0629(Tue) 0630(Wed) 20040701(Thu) 0702(Fri) 0703(Sat) 0704(Sun) 0705(Mon) 0706(Tue) 0707(Wed) 0708(Thu) 0709(Fri) 0710(Sat) 0711(Sun) 0712(Mon) 0713(Tue) 0714(Wed) 0715(Thu) 0716(Fri) 0717(Sat) 0718(Sun) 0719(Mon) 0720(Tue) 0721(Wed) 0722(Thu) 0723(Fri) 0724(Sat) 0725(Sun) 0726(Mon) 0727(Tue) 0728(Wed) 0729(Thu) 0730(Fri) 0731(Sat) 20040801(Sun) 0802(Mon) 0803(Tue) 0804(Wed) 0805(Thu) 0806(Fri) 0807(Sat) 0808(Sun) 0809(Mon) 0810(Tue) 0811(Wed) 0812(Thu) 0813(Fri) 0814(Sat) 0815(Sun) 0816(Mon) 0817(Tue) 0818(Wed) 0819(Thu) 0820(Fri) 0821(Sat) 0822(Sun) 0823(Mon) 0824(Tue) 0825(Wed) 0826(Thu) 0827(Fri) 0828(Sat) 0829(Sun) 0830(Mon) 0831(Tue) 20040901(Wed) 0902(Thu) 0903(Fri) 0904(Sat) 0905(Sun) 0906(Mon) 0907(Tue) 0908(Wed) 0909(Thu) 0910(Fri) 0911(Sat) 0912(Sun) 0913(Mon) 0914(Tue) 0915(Wed) 0916(Thu) 0917(Fri) 0918(Sat) 0919(Sun) 0920(Mon) 0921(Tue) 0922(Wed) 0923(Thu) 0924(Fri) 0925(Sat) 0926(Sun) 0927(Mon) 0928(Tue) 0929(Wed) 0930(Thu) 20041001(Fri) 1002(Sat) 1003(Sun) 1004(Mon) 1005(Tue) 1006(Wed) 1007(Thu) 1008(Fri) 1009(Sat) 1010(Sun) 1011(Mon) 1012(Tue) 1013(Wed) 1014(Thu) 1015(Fri) 1016(Sat) 1017(Sun) 1018(Mon) 1019(Tue) 1020(Wed) 1021(Thu) 1022(Fri) 1023(Sat) 1024(Sun) 1025(Mon) 1026(Tue) 1027(Wed) 1028(Thu) 1029(Fri) 1030(Sat) 1031(Sun) 20041101(Mon) 1102(Tue) 1103(Wed) 1104(Thu) 1105(Fri) 1106(Sat) 1107(Sun) 1108(Mon) 1109(Tue) 1110(Wed) 1111(Thu) 1112(Fri) 1113(Sat) 1114(Sun) 1115(Mon) 1116(Tue) 1117(Wed) 1118(Thu) 1119(Fri) 1120(Sat) 1121(Sun) 1122(Mon) 1123(Tue) 1124(Wed) 1125(Thu) 1126(Fri) 1127(Sat) 1128(Sun) 1129(Mon) 1130(Tue) 20041201(Wed) 1202(Thu) 1203(Fri) 1204(Sat) 1205(Sun) 1206(Mon) 1207(Tue) 1208(Wed) 1209(Thu) 1210(Fri) 1211(Sat) 1212(Sun) 1213(Mon) 1214(Tue) 1215(Wed) 1216(Thu) 1217(Fri) 1218(Sat) 1219(Sun) 1220(Mon) 1221(Tue) 1222(Wed) 1223(Thu) 1224(Fri) 1225(Sat) 1226(Sun) 1227(Mon) 1228(Tue) 1229(Wed) 1230(Thu) 1231(Fri) https://tx696ditjpdl.blog.fc2.com/?q=%E6%9A%A6 〔White Calendar〕 2020-2027 ↑ 暦 ↓ 曜日周期 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%CD%CB%C6%FC%BC%FE%B4%FC%C9%BD ┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐ ↓=Non-display><↑=Non-display └┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘ YMDay(20240620)last up dated.
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040226 プロローグ この物語は、わずか三日間の出来事だが、例によって30数年の話と 交叉するために、叙述の手腕を試されるような気がする。 《チボー家の人々》や《ユリシーズ》のように、何年もかけて大作に 仕上げることも夢みたいが、いますぐ登場人物や関係者が読んでくれる ことにもWeb日記の面目があるので、いそいで(数日のうちに)書き とばすことにする。 (誤植や勘違いを恐れないことを、あらかじめ断わっておく) 距離的にも時間的にも、はるかなる知人が《与太郎文庫》を知って、 ようやく発信したメールを、与太郎は一週間も見逃していたのである。 彼が到着する前日に発見したため、めでたく30数年ぶりに再会する ことができたが、あと三日遅れていたら、与太郎は「不実な人」として 彼の記憶に再入力されたかもしれないのだ。 はてなQ&A このたびの大切なメールを、一週間も見逃したことを反省して、つぎ のような質問を公開したところ、たちまち十数通の回答が寄せられた。 なかには質問をとりちがえた例もあるが、メール・ユーザーにとって、 かならずしも絶対確実な方法があるわけではないことが判明した。 (それぞれの回答は、ここでは略す。20040226 14:07-0228 ) >> 数十年ぶりの友人から来たメールを、あやうく見逃すところでした。 大量の配信メールの中から、見なれない差出人だけを発見する方法は ありませんか。「着信拒否」より「受信諾否」のようなチェック機能で、 複数の受信トレイに振分できれば、と思うのですが。 http://www.hatena.ne.jp/1077772020 << 遠来のメール Mail'20040218 (水) 20:24 from Mr.Monji,Takeshi 与太郎さん宛てにメールが届きました。 件名:阿波さん 覚えてますか >> 前略 阿波 雅敏 さん、お元気ですか? 久しぶりに先日 梅田で 出谷 啓 氏と一杯飲みながら(略)ホーム・ ページを教えてもらい、早速メールを。 小生も 4年前にジュージヤを定年退職し その後ご縁があり、今は 「長岡京室内アンサンブル」というクラシック弦楽合奏団のマネージャ ーを務めて、早や4年。 今月の27日(金)午後7時から倉敷芸文館にて「くらしきコンサート 第69回」に出演いたします。(略)都合が付く様なら 連絡ください。 Mail'20040225 05:08 to Mr.Monji,Takeshi メール拝見 ミスター・大文字くんへ! たったいま、メールを発見したので、いそいで返信を。 ぜひ会いたいですね。 当日の演奏は(君が弾くわけではないのだから)聴かなくともよいが、 ゆっくり話したいので、(前日か当日の夕食を)ご馳走しましょう。 (ぼくは十数年前に断酒しましたが、お相手できます) きみの都合を優先したいので、もういちどメールをください。 小文字くんは元気ですか? チェロの白石 将 氏も、松永クヮルテットで健在らしいですね。 与太郎こと 阿波 雅敏 Mail'20040226 (木) 00:13 from Mr.Monji,Takeshi Re: メール拝見 電話ありがとうございます。お元気のご様子何よりです。 (略)お会いできるのを 楽しみにしています。では又。 文字 武 << 彼の苗字がめずらしいだけでなく、クラリネット奏者の弟が存在する ので、同僚や友人たちは兄弟を区別するため“大文字・小文字”と呼び ならわしていた。 夏の京都に「大文字焼き」という行事があり dai-Moji とも発音する が、彼らの英文名刺や、このたびのメールでは dai-Monji & ko-Monji と読むのが正しいらしい。 「覚えてますか?」という相手に「覚えているとも!」というかわりに 「大文字くん、小文字くん」と答えたのは、はじめに兄弟いずれだった か戸惑って、古い名刺台帳で確認したためである。 (弟の清君についても、いずれ書きとめたいエピソードがある) ともあれ、からくも30数年ぶりの再会が実現することになった。 まずは一席設けなければならない。前日のうちに予約をすませたが、 このことついては、いささか不本意な不手際があったので、あらためて 詳述することにする。 (不手際を叱るのが目的ではない。「内田 百�痢�山口 瞳」の項を参照) → http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040203 いまさら凡庸だが、「京の着だおれ、大阪の食いだおれ」というのは、 与太郎にとって重要な命題である。いまでも外出する夢を見るときなど、 洋服ダンスを開くシーンから始まるほどである。 人によっては「身なりに気をつかうのは男らしくない」とか「うわべ を取りつくろうのは不正直だからだ」という非難もあるが「服装ごとき 配慮できないような相手は信頼できない」との反論もある。 つい昨日も「はてな問答」で、与太郎はつぎのような美学論を述べた ばかりである。(2004/02/24 07:58) >> アルコールの禁断症状に苦しむ元刑事の枕元には、頭の天辺から爪先 まで、選りぬきの逸品が収められた、大きな衣裳ケース……その翌日、 さっそうたるファッションで登場する伊達男(イヴ・モンタン)……こ れぞ「ルイ・ヴィトン」の名を(男たちに)知らしめた名場面でした。 映画《仁義 19701212 France》(略) 私の(40年来の)ダンディズムは「一ヶ月の月収で身なりを整える」 ことが基本でした。それ以下ではみすぼらしく、それ以上だと分不相応 に見えるので、経済学であるよりも男の美学にかかわると考えたのです。 → http://www.hatena.ne.jp/1077554197 << 遠来の客を迎えるには、まず身を清め、髪を梳き、お気に入りの服を 選ぶ。新しいシャツと、古くても愛着のあるスーツを、かならず前日に 点検しておく。いささか季節にそぐわない場合には「もはや人生の秋を 過ぎたのだから」と自分に言いきかせる。 いまもって難しいのは、ベスト・コンディションにもっていくための 睡眠確保である。できることは、当日の時間割を作って、用意するもの を書きだし、会ってからの質問と、予想される質問を、なるべく綿密に リスト・アップしておく。さらに、すべて他の雑用をカットする。 いまでこそ、こんなことを云えるのだが、若い頃には、あれもこれも やりのこした雑用が山積していて、何事につけ万全を期すことは不可能 だったのだ。 さいわい、前日はハイ・テンションながら、眠ることはできた。 炭屋の客 いよいよタクシーを呼んで倉敷駅前に向う。 京都からの友人を30年ぶりに迎えて、夕食をともにすることを自慢 したが、おもしろいことには翌日も、おなじ運転手にあたった。30人 ちかい数のなかでの確率らしい。彼は話の内容をよくおぼえていたので、 ふしぎな偶然の符合(昨日からのつづき)を理解できたはずだ。 駅前で降りて、三越うらの理髪店に入ると、モダン・ジャズが流れて いる。マイルス・ディビスの映画《死刑台のエレベーター 19580926 仏》 だったかな。 前に来たときには気づかなかったが、待合席の本棚には数十枚のLP レコードとが関連書籍が並んでいた。 「マスターは、ジャズ・ファンですか?」 「ええ、クラシックも聴きますが」 「楽器をやるんですか」 「いや、オーディオが好きなんです」 「なるほど。ぼくはオーディオもジャズも不案内だが、クラシックには うるさいんだ。なにしろ、これから会うのも30年ぶりの友人で、京都 の室内オーケストラを連れてくるマネージャーでね」 数年前「悪友再会」の朝も、この店に立ち寄ったのを思いだし、今日 は京都時代の友人を30年ぶりに迎えることを自慢する。 「わたしも、若いころ京都へ行ったことがあります」「あぁ、そう」 「炭屋旅館の堀部さんという方の、当時日本一といわれたリスニング・ ルームを、たずねて行ったんです」 「えっ? 堀部さんに会ったんですか」 「ええ。当時《レコード芸術》の記事を読んで、そんな立派な設備なら、 ぜひいちど聴かせてほしいと手紙を出したら、それじゃいらっしゃいと 返事が来たんです」 「おやおや。その記事は、炭屋旅館のリスニング・ルームの工事経過を、 写真入りで紹介してたでしょ。その撮影者は、わたしの名前が印刷され ていたはずだ」 「へえ、そうだったんですか」 「出谷 啓 という音楽評論家は、知ってますか」 「会ったことはありませんが、読んだことはあります」 「当時、評論家になりかけのデーやんが、指一本シャッターに触れない のに、なんでアンタの名前が載っとるんや云うたが、実際のカメラマン は上野 比紗緒氏で、ぼくは撮影ディレクターという役割だったからね」 ここで理髪師と客は、おたがいの偶然について情報交換をする。 完成後に投宿した村田 正雄氏の部屋に、若き日のデーやんと与太郎 が招かれ、主人の堀部 公允氏の前で酒盃を受けたのである。 「聴かせてあげる、というから汽車に乗って出かけたんです」 「それで、泊めてくれたんですか?」 「えぇ、まぁ」 なんと、メシまで食ったにちがいない、たいした度胸だ。 「おどろいたなぁ、そもそも炭屋は、イチゲンを泊めないのに」 炭屋、柊屋、俵屋を京都の「三大老舗旅館」と称するが、料金はとも かくとして、敷居が高いので有名である。いまでこそ円高のおかげで味 をしめた日本人の旅行客が、札束をふところに世界中を旅行しているが、 30年前は、ナイフとフォーク、ましてや会席膳の作法におびえていた はずである。 あらためて与太郎は、たずねてみる。 「マスターも、この店の二代目ですか」 「いいや、初代ですよ」 「つまり30数年前のマスターは20代そこそこで、云っちゃぁ何だが、 見ず知らずの青年に、どうぞいらっしゃいと云った堀部さんも、さすが お大尽だな」 「裏千家の幹部で、京都きっての文化人ですからね」 「その雑誌《レコード芸術》を、ぼくは失くしちゃったけどね」 「わたしは、いまでも大切に持っています。よかったらカラー・コピー して送ってあげますよ」 「そりゃありがたい。せめて掲載年月日だけでも知りたかったのでね」 (つづく)
| 2004年02月20日(金) |
18470220 椿姫の臨終 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040220 >> 二月二十日、午後五時。もう何もかもおしまいです。 マルグリット様は昨夜二時ごろから臨終のお苦しみが始まりました。 いかにも苦しそうなお声を聞いていますと、どんな殉教者だってこれほ どまでにお苦しみにはならなかったろうと思われるくらいでございまし た。二、三度寝台の上に起き上がって、神様のみもとへ昇って行く御自 分の生命を取り戻そうとするような様子をなさいました。 それからまた二、三度あなた様のお名前をお呼びになりましたが、や がては何もおっしゃらなくなり、寝台の上にがっくりたおれておしまい になりました。目から静かに涙が流れました。こうしてマルグリット様 はお亡くなりになったのでございます。 そこでわたくしはおそばへ近づいてお呼びしてみましたが、もうお返 事はございませんでした。わたくしはお目を眠らせてから、額に接吻い たしました。 おかわいそうないとしいマルグリット様、わたくしはどんなに聖女の 身になりたかったことでございましょう。さすれば、この接吻があなた を神様のみもとへお送りいたすこともできますものを。 それから、かねてあの方に頼まれておりましたとおりお召物をお着せ して聖ロック寺院へお坊様をお迎えにまいりました。そしてお蝋燭を二 本上げ、一時間ばかりお寺でお祈りをいたしました。 残ったお金は貧しい人々に施しました。(ジュリー・デュプラの記) ── アレキサンドル・デュマ・フィス/吉村 正一郎・訳《椿姫 1934 岩波文庫》 << http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=1903758 No.1903758 質問:椿姫 ラ・トラヴィアータについて 質問者:lolicat このカテゴリでは初めまして!質問させてください。 先日、小説の「椿姫」を読みました。椿姫は、ラ・トラヴィアータと いうタイトルでオペラになっていると思うのですが、そのオペラについ てご存知の方いらっっしゃいましたらお知恵を貸してくださいませ。 ●原作とオペラには、どういった違いがありますか? (オペラ特有の演出など) ●また、小説をオペラにするということについて、どういった箇所が難 しいと思われますか? よろしければお教えくださいませ。 06-01-18 02:17 困り度1:暇なときに回答ください 回答件数:1件 この質問に対して回答します ◆ 事実を虚構のように描く場合、生没年月日(享年)が混乱します。 ご質問の趣旨から逸れますが(わたしのノートを)ご参考までに。 (テキスト・エデイタにコピー&ペーストしてご覧ください)
♀デュプレシス ペルゴー伯爵夫人 文政 6.1215 〜 弘化 3.1207 ♀デュプレシ(ス) “椿姫”実在の娼婦 18240115 France 18470123 23(誤=1848) ♀ローズ・アルフォンシーヌ・プレシ 18240115 France 18470203 23(本名) Du-plessis,Marie Alphonsine 18460202(外出)18470203 23(病没) ──────────────────────────────── Gauthier,Margarita / Gautier,Marguerite / Gauthier,Marguerite ♀ゴーチェ “椿姫”架空の娼婦 1821‥‥ Paris 18470220 25 ♀ゴーチェ “椿姫”架空の娼婦 1823‥‥ Paris 18470220 23〜小説《椿姫》 ──────────────────────────────── デュマ “Dumas Pere”の私生児 18240727 Paris 18951127 71 Dumas,Alexandre files 作家 18240728 France 18951127 71《椿姫 1848》 ──────────────────────────────── ヴェルディ 作曲 18131009 Italy 19010127 87〜歌劇《椿姫》 Verdi,Giuseppe Foutunio Grancesco 18131010 Italy 文化10.0917 ──────────────────────────────── Verdi,G. 《歌劇 La traviata 椿姫 18530306 Venice 18520202 Paris 初演》 ゼフィレッリ 《映画 Traviata 椿姫 1982‥‥ 制作 1985‥‥ Itary》 ──────────────────────────────── Zeffirelli,Franco 映画監督 19230202 Italy /異説19230212〜
(↓)国本 静三《salone di musicadal 6 novembre 1997》 http://homepage2.nifty.com/pietro/storia/verdi_traviata.html
| 2004年02月18日(水) |
19300218-0219 梅之助の出生届 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040218 生きているうちに、ぜひ会って話を聞きたい役者の一人。 いままで舞台を見る機会がなかったが、テレビで観るかぎり、見事な 口跡によって、虚構の世界に観客を引きずりこむのである。その演技は、 古典様式と現代感覚が渾然とオーバーラップしている。
前進座の人々は、もともと共産主義を信奉したところから、いまでも 原則として共同生活をしている。たんに集団で同居するだけではなく、 私有財産をもたないそうである。 たとえば、彼らは他の座員の前ではタバコを吸わない。ふところ具合 に差があってはならないので、わずかな贅沢にも配慮するらしい。 したがって、劇団代表と新入座員の給料が、ほとんど同額であるなど、 いまなお終戦直後のきびしい経済感覚が、一座をたばねているのである。
創立の前年に、創立者の長男として生まれた劇団代表は、俳優である まえに経営者でもあるのだが、もう一つの才能にもめぐまれていた。 テレビ対談となれば、これでもかというくらい面白いエピソードを、 愛嬌たっぷりに聞かせてくれるのである。 以下は、座談の名手が語る出生のいきさつ。絶妙の語り口につられて、 よく分らないうちに終ってしまったので、不完全な記憶のまま再録する。
19300218 実際の出生日。 0219 戸籍上の誕生日。父が出生届に一日おくれたため、いったん 戻そうとしたこともあるが、戦時旅券にも誤って記載された ので、現在も(この日付で)通している。 19310522 前進座(命名=村山 知義)創立 ── 《スタジオパーク 19980414 13:20 NHK》 ──────────────────────────────── 村山 知義 前進座劇作 19010118 東京 19770322 76/清洲 すみ子の夫 中村 翫右衛門 3 前進座代表 19010202 東京 19820921 81/梅之助の父 河原崎 長十郎 4/2 前進座創立 19021213 東京 19810922 78/19680728除名 中村 梅之助 4 前進座代表 19300218 東京 /翫右衛門の長男 中村 梅雀 前進座俳優 19551212 東京 /梅之助の長男 ↓ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030215 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20031128
| 2004年02月16日(月) |
19870216-0218 カバレフスキーの命日 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040216 十年前、すなわちインターネット以前の最新情報は、もっぱら新聞に 依存していた。信頼できる文献や書籍は、古すぎる内容が欠点だった。 いかに立派な人名辞典でも、生存中に掲載された人々が、刊行直後に 亡くなることもあった。おおくの研究者たちは、新聞の死亡記事で発見 した没年月日を、そのつど人名辞典に(手書きで)追記していた。 ときに、ささやかな誤植を発見すれば、出版社あてに手紙を出したり、 編集者に電話で伝えることもあった。 このような作業や行為を、バカバカしいと考えるならば、書籍の形態 を否定することになる。書籍文化が、あっけなく王座を追われたことに 気づかない編集者と読者たちは、あたらしい革袋で古い酒を酌みかわし つづけるであろう。 >> Kovalevskii,Dmitri Borisovich 1904.12.30-79. ソヴェートの作曲家。モスクワ音楽院でミヤコーフスキー*に作曲を 学ぶ。豊かな才能と広い教養により極端に走らず折衷主義的傾向を示し ている。[主作品]交響曲4(第3番は Requiem と副題され、レーニン 追悼の合唱を含む)。歌劇:クラメシの親方(ロマン・ロランの《コラ・ ブルニヨン》の歌劇化。ピアノ協奏曲1。 ── 《岩波西洋人名辞典・増補版 19811210 岩波書店》P0348 << 十年前、もっとも(あるいは唯一)信頼できる西洋人名辞典にして、 いかなるガセ情報によったのか、八年はやく死亡年を印刷してしまった 例である。 さらに、この著名な作曲家は、実際に死んだ日付も三通り報道された。 かねがね共産圏のニュースは日付があいまいで、通信社も困っている にちがいない。 そもそも誕生日や命日を重んじるのは、宗教的慣習である。 革命記念日など特定の日付を除いて、唯物論の立場から運命的な意味 を認めない。したがって中国や朝鮮の《現代人名辞典》は、いままでの ところ存在せず、台湾や韓国でも刊行された形跡がない。 占星術や迷信のたぐいは、ヤミ市場のものである。 北朝鮮の盛大な誕生式典は、もっぱら独裁者父子を崇拝するためで、 共産主義や儒教的背景によるものではない。 戦前の日本でも、天皇誕生日の前身“天長節”が偏重され、前天皇の “先帝祭”も出現している。初代天皇の誕生日でもある即位記念日を、 もっともらしく“紀元節=建国記念の日”などと称しているが、たんに 旧暦の元日(新月)であったにすぎない。
カバレフスキー 作曲 19041230 Russia Soviet 19870217 82 ──《道化師》 ──────────────────────────────── 生没諸説一覧 19041230-19870217 82(通説) 19041230-1979‥‥ 74《西洋人名辞典 19840620》P348(誤記載) 1904‥‥- 《名曲解説全集 19630305》刊行時生存 1904‥‥-19870217 82《山陽新聞 198702..》 1904‥‥-19870218 82《読売新聞 198702..》凡19870216, 1915‥‥-19870216 72《読売年鑑 19880301》P509 生年逆算 《読売人名録 19880301》追悼録不記載 19041230-19790218 82《Dimitri Kabalevsky, a biographical sketch》 http://www.fortunecity.com/victorian/brambles/48/kabdoc2.html
(20160204)
| 2004年02月15日(日) |
フリーズ 〜 PC業界の氷河 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040215 ◆ 20031215 (月) プロローグ すこし気が重いエピソードだが、パソコン・トラブルの具体例として、 くわしく記しておく。しばしば後日にいたって思いだせないケースでも あり、いつもこうなるとは限らないが、交渉の技術=クレームの論理に ついて、なにがしかの参考になるかもしれない。 プロバイダーの併合(Dream Net → OCN)により、切替設定期限 が残り一ヶ月になったので、さきに送られてきたCD−Rをセットする と、またもや内蔵ドライブが認識不良らしい。 CD−Rに関するかぎり(東芝の)この部品はギブアップしている。 めったに使わないため、修理して半年ぶりに使おうとすると、もとの 症状にもどっている。 毎日のように音楽を聴きたいユーザーは、みな黙っているのだろうか。 この件に関するPCサポーターの対応は、まことに空々しかったので、 もう電話する気にはなれない。だまって集中修理センターに送りつけ、 だまって受けとる(ピックアップ・サービス)ことにしよう。このとき 料金を請求されたら、なるべく静かに反論してみよう。それでもダメな ら、あきらめて受話器を置くしかないのだ。 二度と同じメーカーの製品を買わない、などと云ってみても、その時 になれば(総合評価で)やっぱり東芝を選んでしまうような気がする。 (たとえば、同じ年式のNEC製品などは、見るも無残に半年たらずで 修理不能になってしまったのだ) ところが、5年前の東芝 Windows 98 は、とっくにブッ壊れていても いいはずなのに,いまなお現役である。どうして買換えたかというと、 ハードディスクとメモリー容量が少ないため、連日フリーズが起きて、 XP新発売のブームに煽られたためである。 いつも考えるのは、インターネットとデータベースを一台に同居する ことに無理があるのではないか。無線で連結できるのだから、それぞれ 分離すればいいはずだが、それはそれで密接なリンケージが構築されて しまってしまっているのである。 (こんなことを書いても、十年後に読めば何のことか分らないだろう) プロバイダーの切替設定は(今回)すべて手動で挑戦せざるを得ない。 ところが、OCNのサポーター・宍戸氏によれば、先便のCD−Rは 不具合があって使えないという。そこで最初から手を取るように教えて もらった。サポーターには感謝するが、ユーザーの意志にかかわらず、 こんな作業で数時間も費やすのは迷惑もいいところだ。 しかも無線LANの設定は「ルータ」の製品(型式)番号が分らない ため、後日に繰越すことになった。 どうも、業界全体がギクシャクしはじめたように見える。 ◆20040121 (水) 通信拒否 ちょうど2年前(購入時)に取りつけた「ルータ」が機能しなかった ので、1年前あらためて無線LANの「ルータ」に取替えた。 総額5万円ばかり投入したが、目をみはるような成果はなかった。 (あとで分ったが、2台ともXPなら威力を発揮するらしい) せっかく投資した「ルータ」を活かすには、製品(型式)番号が必要 だが、商品自体には見あたらない。そこで家電販売店DeoDeoなら 資料があるはずと電話したが、さっぱり要領を得ない。 ほかの質問もあるので、メール・アドレスを尋ねると、いまのところ 対応できないという。そこで本社のHPから問合せメールを出したが、 まるで(信じられないことだが)反応がない。 >> 200301・設定工事していただいた「メルコ・ルータ」の製品(型式) 番号を教えてください。(当時の窓口)担当 Mr.Maehara << サポーターの予想は、取扱説明書のどこかに製品(型式)番号が記さ れているはずだというが、そもそも周辺機器のパッケージから探しだす 作業は、まるで気がすすまない。それでなくても、この種のID番号や パスワードなどの総数は、個人的な管理能力の限界を超えているのだ。 どうしても必要な周辺機器でなければ、結局あとまわしになるので、 いったん外すと二度と接続しない。 こうして、はてしなくガラクタが増えつづけるのだ。 このメーカーは(いつもサポーターに伝えることだが)数々の製品を 購入したが、8年間に一度たりとも電話がつながったためしがない。 (通話中の信号音が鳴るだけで、一方的に切れてしまうのである) 恐竜のごとき業界が、いつしか化石のように凍りはじめている。 ◆20040117 (土) 三度目の不正直 このたびの内臓CD−Rドライブの故障は、二年間に三度目である。 東芝サポートに「外付CD−RWドライブに取替えるべきか」と相談 すると「外部記憶装置はリカバリできないからダメ」だそうである。 ホコリに弱い上に、長期間にわたって使わないと、かえって不具合が 生じるらしい。 前回のトラブルから、CD−Rドライブによるデータ保存を断念し、 カード・ディスクを採用した。初期のフロッピー感覚で操作できるので、 いままでのところ満足している(→20030503 (土) モバイルディスク)。 ただし、データを配布するにはCD−Rが最適であり、近い将来には、 モバイル・ディスクから直接CD−Rにコピーできないか、などと夢想 している。 だまって集中修理センターに送りつけるつもりだったが、そうもいか ないので、またもや電話することにした。
「2年も前に買ったんだから、もちろん保証期間は過ぎている。しかし、 最初は買ってすぐに使わなかったので、半年目に不具合に気づいたんだ。 さらに半年後、いまから1年間に使おうとしたら、やはりまた認識不良 なんだ。信頼できないから、なるべく使わないためモバイル・ディスク も買った。しかし、いくら使わないといても、イザという時にリカバリ もできないようでは困る。かといって何万円もかかるのなら、外付けの ドライブを買ったほうがマシではないか」 女性の担当者は、終始(申しわけなさそうに)事情を聞いてくれた。 「わかりました、上司と相談してみましょう」ややあって、 「ご迷惑をおかけしているようですから、もう一度だけ無償で部品交換 させていただきます」 話してみるもんだ、とくに女性に対しては、紳士的に……。 「それはどうも。ところで、もうひとつの問題は、このパソコンを修理 に出すと、日常の作業ができなくなる。予備のパソコンを手配するなど、 準備しなければならないが、あまり遅くなると、せっかく再修理の無償 期限(通常は半年、または一年)を過ぎてしまうかもしれない。あなた の厚意を活かすためには、どうすればいいかな」 「そしたらば、いまから一ヶ月間と定めて、ご準備が整いました上で、 もういちど手続きしてください。その折に、わたしの名を告げてくださ れば(このたびの経過を記録しておきますので)無償期間を延長させて いただきます」 「ありがとう、その節はよろしく」 ユーザーが、メーカーと敵対関係になることは、ときに避けがたい。 つねに友好的な関係を維持することは難しいが、正論としては、両者が 協力して、今日のネット・システムを育ててきたのだ。 この交渉は、一つの側面からみれば成功したのである。保障期間後の 無償を勝ちとったのである。もうひとつの側面は、2年間に三度までも 同じ部品を交換するなど、問答無用・迷惑千万なのだ。 三度もラーメンにハエが入っていたら、テーブルをひっくり返しても いいような場面である。しかも、あやうく三杯目に料金を請求されそう になったのだから、まさに虚々実々である。 (修理期間中の「ネット情報」収集については、別稿に述べる) ◆20040203 (火) 東芝ピックアップ・サ─ビス発送 09:00-12:00 ──────────────────────────────── ◆20040206 (金) 0207 (土) パソコン禁断症状 パソコンなしに書類やメモを整理することは、もはや不可能である。 整理するということは、一定の順序(年代順・日付別)で並べかえる ことと、重複部分を除去・削除することである。 どうせ再入力するのだから、手書きがムダに感じられる。 検索機能が、これほど重要なことを再確認。 うろおぼえの記憶で、キーワードを探すことは、重複照合が覚束ない。 パソコンの検索機能は、1つのキーワードを Excel 20MB のファイル から、ほぼ数分で抽出する。 したがって、検索のコツは、その文書にしかない語句を選ぶことで、 単に「キーワード」とせず、「そのキーワード」とか「キーワードの」 というふうに選ぶべきである。 ただし、英数字の絞込みはかならずしも有効ではない。 ◆20040209 (月) ネット依存症 ピックアップ・サービス発送後一週間、手もとにパソコンがないと、 あきらかに禁断症状がはじまる。 ひとつは思考能力に変化が生じ、二つは“第二の脳”と呼ばれる指の 機能がうごめく。三番目は、キーワード検索できないための禁断症状、 最後に、ネット情報から断絶していることの焦燥感である。 これほどまで依存していることが、あらためてわかった。 ◆20040210 (火) 17:30 電話催促 メールで修理状況と見積書を送ったという。 そんなメールは見ていない。 ひところ4台も並べていたこともあるが、ふつう1台だから、これを 修理に出せば、受信できないことが想像できないのだろうか。 ユーザーの手もとにパソコンがなければ、受信したことも知らずに、 もちろん読むことはできない。 女性の担当者は(あえて実名をあげないが)電話したとも云ったが、 これも覚えがない。この一週間といわず、風呂と手洗い以外に受話器の そばを離れることはないのである。 ドライブ交換に5万円(\47,355(税込))もかかるのなら、最初から 外部装置にすべきではないか。 ホコリが原因だというが、最初の故障は買ってすぐだったのだ。 「わかったから、もとどおり返却してもらいたい。もちろん往復運賃と 見積診断料は、わたしが払う」というと、 「上司と相談しまして、今回にかぎり特別に無償で部品交換します」と もとの結論(20040117 無償確認)にもどった。 最後に「それでは、いつごろ届きますか」と訊ねると「わかりません」 と答えた。タダにしたのだから、という態度が歴然としている。 くどいが、この間に受信したメール8通を再録(全文転記)しておく。 このうち肝心の5通は、修理中のため受信できなかったものである。 催促の電話をしなければ、修理品は止め置かれて、待ちぼうけのまま だったのだ。 ────────────────────────────────
>> from 東芝PC集中修理センタ [toshiba@pcrepair.jp] ◆20040117 (土) 15:13 修理申し込み予約受け付け(0) 東芝PC集中修理センタです。 お手数ですが以下のURLからアクセスのうえ、 修理の申し込みを行っていただきますよう、お願い申し上げます。 https://pcrepair.jp/pcweb/Individual1.do?taid=P800010951&atid=2620 ◆20040202 (月) 11:20 修理申し込み予約受け付け(1) 東芝PC集中修理センタです。 お手数ですが以下のURLからアクセスのうえ、 修理の申し込みを行っていただきますよう、お願い申し上げます。 https://pcrepair.jp/pcweb/Individual1.do?taid=P800011568&atid=52696 ◆20040202 (月) 12:05 PC修理申込受付けました 与太郎 様 東芝PC集中修理センタです。 修理お申込を受付けましたのでご確認下さい。 なおこのメールアドレスは、送信専用となっておりますので、返信はご 遠慮ください。 ・お客様のダイレクト番号(受付番号)は、P800011568です。 ・お客様の修理品の型番は、PAT3410PME480CMEです。 製造番号は、X1079795Jです。 ・ピックアップ日時は、2004/02/03 09:00-12:00です。 *ピックアップ日時について上記時間帯の引取りが不可能になった場合、 引取業者よりお電話させていただきます。 また、PCの症状等について不明な点がある場合は、当センタより事前 確認をさせて頂く場合がありますのでご了承下さい。 キャンセルおよびご依頼内容の変更につきましては、 東芝PC集中修理センタ 0120-86-9192 へお電話ください。 当日のキャンセル、集荷時間の変更につきましてはおうけできない場合 もありますので、あらかじめご了承ください。 当センタの便利サイト「PC i-repairサービス」では、修理申し込み後 の修理状況・見積などの情報を提供しております。ご利用ください。 ・携帯電話サイト(iモード・J−SKY・EZweb) http://pcrepair.jp ・PCサイト http://dynabook.com/assistpc/pcfix.htm ◆20040204 (水) 20:30 修理状況のお知らせ 与太郎 様 東芝PC集中修理センタです。 現在の修理状況をお知らせします。 なおこのメールアドレスは、送信専用となっておりますので、返信はご 遠慮ください。 お客様の修理情報はダイレクト受付番号P800011568 2004/02/04 午後の状況 機種:DynaBook T-Series 製造番号:X1079795J 修理中 ◆20040207 (土) 20:30 修理状況のお知らせ 与太郎 様 東芝PC集中修理センタです。 現在の修理状況をお知らせします。 なおこのメールアドレスは、送信専用となっておりますので、返信はご 遠慮ください。 お客様の修理情報はダイレクト受付番号P800011568 2004/02/07 午後の状況 機種:DynaBook T-Series 製造番号:X1079795J 修理中 ◆20040208 (日) 12:30 PC修理お見積金額について 与太郎 様 東芝PC集中修理センタです。 修理お見積金額についてお知らせします。 なおこのメールアドレスは、送信専用となっておりますので、返信はご 遠慮ください。 お客様の修理情報はダイレクト受付番号P800011568 2004/02/08 午後の状況 機種:DynaBook T-Series 製造番号:X1079795J 見積中または見積回答待ち マルチドライブが故障しておりますので、交換を致します 見積額:\47,355(税込) なおキャンセルの場合は\6,405(税込) 下記より修理続行、修理キャンセルをお選びください。 手続きを頂かない場合は、修理続行あるいは、修理品の返却ができませ んので、ご注意ください。 https://pcrepair.jp/pcweb/PaymentAttest.do?taid=P800011568&atid=2644 ◆20040210 (火) 20:30 修理状況のお知らせ 与太郎 様 東芝PC集中修理センタです。 現在の修理状況をお知らせします。 なおこのメールアドレスは、送信専用となっておりますので、返信はご 遠慮ください。 お客様の修理情報はダイレクト受付番号P800011568 2004/02/10 午後の状況 機種:DynaBook T-Series 製造番号:X1079795J 修理中 ◆20040211 (水) 12:30 修理状況のお知らせ 与太郎 様 東芝PC集中修理センタです。 現在の修理状況をお知らせします。 なおこのメールアドレスは、送信専用となっておりますので、返信はご 遠慮ください。 お客様の修理情報はダイレクト受付番号P800011568 2004/02/11 午後の状況 機種:DynaBook T-Series 製造番号:X1079795J 出荷済み 出荷日 04/02/11 << ──────────────────────────────── ◆20040212 (木) 15:00 東芝ピックアップ・サ─ビス返着 東芝の営業方針は、ひょっとすると、いったん有償を告げておいて、 怒った客には恩着せがましく無償に変更するのではないか。 気の弱いユーザーには、そのまま押付けるのではないか。 無条件に、無制限に無償にするわけにはいかないのだろう。 全面的に部品の欠陥を認めたのでは、企業イメージがダウンするが、 クレームを申し出た一部のユーザーに「あなただけ特別にタダです」と いえば、客はうれしくなって好感を抱く。 しかし、こんな子供だましの営業政策など、とても信じがたい。 ◆20040215 (日) サウンドCDテスト。針が飛ぶなど、操作不安定。 ──────────────────────────────── ■=《与太郎文庫》 ◆20020621 (金) 東芝ピックアップ・サ─ビス発送 ◆20030105 (日) ■20030106 (月) バックアップ&ピックアップ ■20030107 (火) ピックアップ ◆20030121 (火) ピックアップ・サ─ビス発送 ■20030124 (金) 本日多忙(ピックアップ・サ─ビス返着) ■20030503 (土) モバイルディスク ◆20040117 (土) 東芝、無償修理期間を一ヶ月延長 ◆20040203 (火) 東芝ピックアップ・サ─ビス発送 09:00-12:00 ◆20040210 (火) 東芝ピックアップ・サ─ビス催促 ◆20040211 (水) 12:30 修理状況のお知らせ(出荷) ◆20040212 (木) 15:00 東芝ピックアップ・サ─ビス返着 >> この「価値基準の混濁」の他の例として、父と母が対立するしつけを する場合や、大学で学生が講義を欠席した際に、教員によって許容また は厳罰などと異なる対応をとる場合などが挙げられる。また同一の人( 統制者)が同じ問題行動に違った対応をとり、しかもその対応の変化に 一貫性がない場合なども同様である。車のスピード違反の取り締まりも、 この傾向を持つ。 (略) 混濁した価値基準に順応した人は、法規範に関して一貫した態度を形 成せず、「自分にとって都合がいいかどうか」を判断基準にする。また 「これは悪いことだからやめよう」とは考えずに、「この行動は他人か ら怒られるからやめよう」とか「ばれなければいいのだ」などと考える。 こうして、当面の場面を切り抜け、要領よくやることを学習し、他人が いると悪いことをしないが、誰も見ていないと平気で万引きをするとい った行動をとる。ただし彼らは、厳しい監視や罰則に対抗して非行をし たり犯罪技術を獲得するなどの、一貫性のある意志は持たない。その意 味では初期の少年非行の典型であり、成人の軽微な犯罪にも多くみられ る。しかし、こうした行為は始末におえず、また軽視できないものであ る。 ── 細江 達郎《図解雑学・犯罪心理学 20020220 ナツメ社》P84 <<
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040214 どうか、つぎのような比喩を「不謹慎」などと云わないでもらいたい。 20数年前、ニワトリを袋に入れて持ちかえった者がいる。 5羽のうち、3羽の♀ニワトリが8個の卵を生んだ。 (1個は日朝混血、2個は日米混血) ニワトリ泥棒がバレたので、とりあえず5羽の親ニワトリを返した。 だが「つづいて8個の卵も返せ」と云うと、 「親ニワトリを、もういちど一週間以内に戻す約束だった」と、ごねた。 「もともと盗んだニワトリだから、戻す必要はないのだ」という正論と、 「約束どおり、いったん戻すべきだ」という妥協案が対立した。 彼らのいう“約束”が尋常でないことは、誰の目にも明らかである。 そのような“約束”が存在するなら、誰と誰が交したのか、それぞれ 名乗り出るべきである。“ミスター・X”と、もう一人は誰なのか。 卵の「国籍はアッチだ」とカンちがいした政治家まであらわれた。 結局、5羽の親ニワトリの意志を尊重して、戻さないことに決めた。 あらためて「8個の卵を返せ」と云うと、こんどはこう答えた。 「5羽の親ニワトリが迎えに来たら、8個の卵の意志を聞いてみる」 つまり、出迎えのために「どうしても戻れ」と強弁しているのだ。 その上で「卵の意志を確かめる」と云うのだ。 彼らは20数年前、ニワトリを袋に入れる時「その意志を確かめた」 と云うのか。そのニワトリが生んだ卵ともども、なぜ帰さないのか。 これまでの交渉がはかどらないからと云って、野党党首が政権与党を 非難するのは見苦しい。彼らこそ、何ひとつ妙案も功績もなかったこと を恥ずべきではないか。 かつて国家間の圧力や制裁は、取りかえしのつかない歴史的あやまち を生んでいる。 いまこそ国を挙げて、虚々実々の冷静な知略が求められているのだ。 (これは ringing_in_the_ear さんの 1093 に対する返信です) ──────────────────────────────── Yahoo!掲示板 ホーム > 使い方 > ヤフー!ニュース > 国内 > 事件と事故 >北朝鮮日本人拉致事件
20040214 23:20 メッセージ: 1129 / 1129 投稿者: aedlib2000 >> Do you acknowledge massacres in nanjing 20040214 23:53 メッセージ: 1130 / 1142 投稿者: downjp1945 In Nov.1937.Japanese armies took up nanjing,china .at that time , over 300000 chinese people were killed by Japanese armies .and over 20000chinese women were raped by japanese armies.how cruel Japanese are.but today, some Japanese still don:t acknowledge it . they say Chinese smear Japanese.they think the massacre in nanjing, china is not true.but many historical files prove that is true, is a fact.although a great many of Chinese people were killed by Japanese.but Chinese don:t get any sympathy from Japanese.what: s worse,Chinese are always smeared by Japanese.Japanese has never offered any apology to asian people ,included Chinese people, Korean people. (自動翻訳)nanjing→南京 あなたを行う、南京する際に大虐殺を認める。 20040214 23:53 メッセージ:1130/1142 投稿者:downjp1945 11月の1937年.日本では、軍隊が南京を取り上げました、その時間の 磁器.at、300000人以上の中国人々は20000中国女性上の日本の軍隊.and によって殺されました、日本 軍隊.howによってレープされた、残酷な 日本のare.but、今日、何人かの日本語、まだ学長:t.they発言権中国人 が日本.theyを汚すとそれに認める、南京の中の大虐殺を思う、真実の 磁器は多くの歴史上のファイルが証明するtrue.butではありません、 中国の人々のfact.although多数である、日本.but中国の学長によっ て殺された:t、日本.whatから任意の同情を得る:s、より悪い、中国は、 日本.日本によって常に汚されます、asian人々にいかなる謝罪も申し出 ていない、中国の人々(韓国の人々)を含んでいました。 ──────────────────────────────── また出てきた・・・シカトで 20040214 23:55 メッセージ: 1131 / 1144 投稿者: egoism_2004 皆さん、無視でお願いします! (これは topics_editor さんの 1 に対する返信です) <<
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040208 >> バルトークは28歳の時、ピアノの教え子であった16歳の少女と結婚し、 42歳で一児をもうけますが、まもなく離婚し、26歳年下の、またもや16 歳のピアニスト志望の少女と結婚します。離婚は多分、バルトークの気 むずかしさが原因でしょう。二番目の妻ディッタは晩年「ときどき自分 の存在の意味がわからなくなる」と悩み錯乱状態に陥りました。── 《ハンガリーの音楽 20030329(土)19:00 第23回クラシックCDコンサート》 http://www.geocities.co.jp/MusicHall-Horn/6226/cd-con/concert/hungary.html << >> 1909年、28歳のベラ・バルトークは親しい人にも知らせないまま教え 子のマルタと結婚した。マルタはこの時16歳である。ところがである。 この頃彼は女流バイオリニストのシュテフィ・ゲイエルにバイオリン協 奏曲第1番を熱き想いとともに捧げている。先のグリフィスの著書から も、どうやらバルトークが二股をかけていたのは間違いなさそうだ。 なぜ、マルタの方を選んだのか。私の知ったこっちゃないが、この結 婚、1923年には破局を迎えることになる。 ただ、1923年5月の心理学者 宛の書簡には、家庭内の動揺を示すものはない。 マルタと別れたバルトークは既に43歳になっていた。が、再婚相手の ディッタ・パーストリは、やはり音楽院の学生で(またしても)20歳 (!)である。── 高荻 泉《迷惑男 バルトーク 》 http://www.sun-inet.or.jp/~jui/sinfonia/essay26.htm << >> 「ピアノ協奏曲第三番」ってどんな曲? 1945年にバルトーク・ベラ(Bartok Bela)によって作られた協奏曲です。 希代の名ピアニストでもあったバルトークはそれまでは自分が演奏す るためにピアノ協奏曲の類を作っていました。しかし、この曲だけは違 います。この曲は彼の妻が演奏するために書かれたのです。それも誕生 日プレゼントとして。 非常に残念な事にバルトークはこの曲を完成させる事は出来ませんで した。最後の17小節のオーケストレーション、ただそれだけを残して彼 は亡くなってしまいました。夫人の誕生日(10/31)を待たずして、です。 やがて最後の17小節はティポール・シェルリー(Tibor Serly)の補筆 で完成されました。初演は1946.2.8に指揮ユージン・オーマンディ (Eugene Ormandy)、ピアノ演奏ジョルジュ・シャーンドル(Gyorgy Sandor)、 フィラデルフィア管(Philadelphia Orchestra)に依って成されました。 本来ピアノを弾くはずだったバルトーク夫人(ディッタ・パーストリ、 Ditta Pasztory)は1960年代に入ってから初めてこの曲を演奏録音した そうです。 ── 壱丸 零弐《クラシックのごった煮 めにゅーぺえじ》 http://www.fenix.ne.jp/~ichimal/bpc3/about.html <<
Bartok,Bela 作曲 18810325 Hungary 19450926 64 19401030 America亡命 ♀Bartok,マルタ 1893・・ Hungary Belaの前妻1909結婚1923離婚 ♀Ditta Pasztory Piano 19071031 Hungary 19821102 75 Bartokの後妻19230823再婚
>> → 19380116 初演 バルトーク夫妻56&30《2台のピアノと打楽器のための奏鳴曲》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040203 >> 「そっか、じゃあ管理人さんにふんだくられてるワケじゃないのね」 「そうでしょう」 と、ここまで話したところ、脇からだんじょうクンが、 「そんな大きい集合住宅で管理人が『ぽっぽないない』するわけないや ん」とひとこと。 『ぽっぽないない』・・・。 あらためて聞くと不思議な言葉ですよね。たぶん「横領する」みたい な意味だと思うのですが。 ── 《ぽっぽないない疑惑解消 2004-01-27 staff diary @ reikon》 http://d.hatena.ne.jp/reikon/20040127 << コメント投稿(約5通につづけて) 「♪右のポッケにゃ夢がある、左のポッケにゃチューインガム」── 藤浦 洸・詞/万城目 正・曲/美空 ひばり・唱《東京キッド 1950 松竹》 → http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040203 >> # reikon 『adlibさん、ぽっぽないないのエピソードありがとうござい ます。またまた深く知る事ができました。普段使っている言葉の上流に あったものって面白いですね。』 << またも余計なうんちくを投稿。 「ぽっぽ」は「pocketの幼児訛」だが、全国的には「ポッケ」が主流。 さらに「ポッポ無い無い」は、おやつを全部食べてしまわずに、半分 ポケットに残しておくよう、父や母が幼児に教えるときの常套句であり、 誰か(兄弟や友だち)に気づかれたら「無い」と云いなさいよ、という ふうに用いられた。 与太郎の(おぼろげな)記憶では、近所の兄ちゃんか姉ちゃんたちが、 幼児をからかって、右手に持ったお手玉などを、左のポケットに移して、 さらにまた右のポケットから取りだす「マジック」でもあった。 たぶん「いないいないバァ」からのアレンジであろう。 要するに、幼児にとってのポケットは、人生最初の「大切なもの」を しまっておくための隠し場所だった。 ところが、これが大人の世界でも使われるようになり、おおっぴらに できないような「つまみ食い行為」を、わざと幼児語で「ポッポする」 などと表現する。 もとの起源は、葬式などの手伝いで、お膳を運ぶ途中で、黒豆を一粒 つまんだりすることから、香典の一部をひょいと袂にいれたり、やがて 集団で(遺族の了解なしに)遺品を分配するようなことに発展したので あろう。 追記1 1978年ごろに、100円均一の「使い捨てライター」が登場したが、 こんなことを考えた輩がいた。 当時のライターは、ほぼ七色あったが、ほとんど同じデザインなので 見分けがつかない。そこで彼は「使い切ったライター」を、いつも七色 そろえてポケットにしまっておく。 訪問先の応接机には、たいがい「100円ライター」が置かれていた ので、退去する直前に、同じ色のライターをポケットから取りだして、 手品のように取りかえるのである。 かくして彼は、生涯ライターを買うつもりがないことを豪語していた。 その後の彼の消息は知れないが、世にもミミッちい小噺だった。 追記2 内田百�寮萓犬蓮△匹鵑覆帽發づ垢任癲▲船奪廚世韻魯吋舛蕕覆ぁ� あるとき、持合わせがないので、質屋に寄っていくという。 「先生、あの店ならツケが利きますよ」 「なに、チップばかりは現金でなくっちゃぁ」 というわけで、いよいよ当の店に到着。さっそく先生は、仲居に、 「お前の胸に触ってもいいかい」「あら、どうぞ」 かくて先生は、他の者に知られることなく、チップを与えたのである。 先生の粋な気くばりを(横目で)見ていた山口瞳も、ようやく売れて、 チップを払うような身分になった。ぜひとも同じようにやってみたい。 「すまないが、君のオッパイに触らせてくれないか」「あら、どうぞ」 すっかりお大尽きどりで、気をよくしていると、さきほどの仲居が、 ふしぎそうな顔つきで戻ってきた。 「あの、こんなものが入ってましたけど……」 山口瞳は(この店では)まだまだチップを与える身分に、とどいては いなかったのである。 (山口 瞳《男性自身》より(?)、記憶のままに)
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040202 生徒に土下座、暴行受ける=高校教諭、PTSDに−兵庫 20040202 時事通信 兵庫県猪名川町の県立猪名川高校の男性教諭(39)が1月、修学旅 行先の山形県のホテルで、2年生の男子生徒約10人に「カラオケをさ せてくれ」と詰め寄られ、断ったところ、うち1人に土下座させられた 上、暴行を受けていたことが3日、分かった。 教諭は軽傷を負い伊丹署に被害届を出した。また、心的外傷後ストレ ス障害(PTSD)と診断され学校を休んでいる。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 20040120 欲望産業 武富士元社員24名 残業代訴訟提起!(札幌地方裁判所) 武富士元社員24名(男12名・女12名)が、札幌地方裁判所に残 業代と、慰謝料の支払を求める訴訟を提起した。 不法行為に基づく慰謝料請求の内容は、次のようになっている。 1、ノルマ未達の場合の研修という名の修羅場 毎日、最低でも14〜15時間拘束されて働き、各支店に課せられた ノルマ達成のために、非人間的に酷使された。 「昼食を食べること自体が悪い!」と怒鳴られ、ノルマが未達の場合に は、札幌に集められて、立ったまま2〜3時間にわたり、周囲を囲まれ て罵声を浴びせられて「反省」を求められた。原告の中には暴行を受け た者もいる。武富士は、このような場を「研修」と呼んでいる。また、 ノルマを達成した支店の者も呼び出され、周囲を囲んで罵声を浴びる役 をしなければならなかった。万一、この囲む側の声が小さかったりすれ ば、囲まれて罵声を浴びる側に立たされることになっていた。 このような「研修」の場合には、原告らは土下座をして、謝り、反省 をしなければならなかった。 原告の一人は、相田元札幌支社長(現在取締役)から、平手で顔面を 殴られ打撲を負うとともに眼鏡を壊された。このような暴力に対し、本 社の営業統轄本部に報告したが、放置され、それどころか相田からは 「お前、営業統轄本部に報告しただろう」と以後嫌がらせを受けた。 札幌での「研修」には道内いたるところの支店長が集められるが、遠 方の支店からくる場合は夜行列車を利用し、翌日再び夜行列車で支店に 戻らなければならなかった。帰りの夜行列車では会長の執筆本を5時間 ほどかけて書き写す作業をしなければならなかった。つまり睡眠時間が とれないように仕組まれていた。 地区部長以上は、本社での「会議」に参加しなければならなかった。 この本社の会議は、札幌支社の「会議」などとは比べものにならないほ ど過酷なものであった。ある原告の発言数が少なかった時、専務の目の 前の机を灰皿でバンバン叩き「お前は武富士の女じゃねーな!」と罵声 を浴びせられ、他の発言者に対して「殴れ!」「蹴れ!」と命令された。 暴力を振るわれる方も、振るう方も恐怖を感じながらの「会議」であっ た。 2、全力失踪の屈辱 また、札幌の支社に近い支店に勤務している場合などには、各支店は、 その日(あるいは一時間ごと)の成績が悪いと、「すぐ来い!」「走っ て来い!」と支社に呼び出された。その場合には、支店から支社まで全 力失踪で行かなければならず、悪い成績に「叱責」され、「罵声」を浴 びせられ、再び「走って帰れ!」と言われて走って支店まで戻らなけれ ばならなかった。 多い時には一日3往復させられた原告もいる。武富士の制服を着た原 告が、全力失踪で走っている姿は滑稽ではあるが、させられている原告 にすれば屈辱以外のなにものでもない。 3、病気でも休めず 原告らが病気をしても病欠することは許されなかった。ある原告は4 0度近い熱があっても、出社しなければならず、自分の意思で休めなかっ た。あまりの体調の悪さに「早退してよい」という上司からの指示か、 職場で倒れて救急車で運ばれて初めて休むことができた。 休んだ後に出社した時は、必ず「休ませていただきありがとうござい ます」とお礼を言わなければならなかった。そして、「仕事をして返す ように」と言われ、「はい、わかりました」と言うことが「決まり」で あった。 4、プライバシーはない 各支店には必ず、本社の「検査部」という部署から店長個人のチェッ クが不規則に入ることになっている。このチェックは、業務の検査に限 定されず、あらゆる私物のチェック、たとえば、個人の預金通帳の内容、 財布の中身などを事細かく調べて行く。 さらに個人の携帯電話を提出するように求められ、メールの発信、着 信のすべての履歴を調べてメモにとり、登録していた友人らの氏名、電 話番号をすべて書き写して行った。これらの検査に少しでも嫌な顔をし たり、抵抗するそぶりをみせると、武富士は「携帯使用状況」「所持品 検査」に「速やかに協力する」という「守秘義務誓約書」なる文書に半 ば強制的に署名を求められ、原告らは署名せざるを得なかった。 以上の他「尾行もあり」「辞めることも許されず」などのことが詳細 に主張されていく。 武富士による「授業員の人格権の侵害は組織的『宿命』」の項には、 次のように書かれている。 原告らは被告のこのような非人格的管理下において、個人のプライバ シーもなければ、人間の尊厳もない「扱い」を受けて働かされていた。 これは、武富士という会社にとって必要なことであったし、「宿命」で もあった。なぜなら、武富士という被告自身が、多重債務者を生み出し ながら過酷な取立を行って急成長するには、武富士とい うマシーンの手足として「全体に服従する兵隊」を作り上げる必要があっ たからである。そのためには、消費者に同情したり、消費者保護の観点 から法を遵守したりなどを全くしない、自己をもたない歯車としての社 員が必要だったのである。 社員がその人格を持たずに、ただ、命令にだけ従う歯車として動くた めには、従業員である原告らの人格を破壊することこそが必要だったか らである。プライバシーを含む全人格的管理、滑稽としかいいようのな い業務命令(全力疾走での呼出、会長の本の4ないし5時間にわたり書 き写し等)、土下座や泣くまでの「反省」、恐怖による支配、これらは 一般の社会常識から明らかに逸脱しているものの武富士にとっては、 「成長するための手段」として必要不可欠なことだった。 しかし、これによって原告らをはじめ、すべての従業員に筆舌に尽く しがたい「人間としての辱め」、精神的苦痛を受けたのである。 残業代の他、慰謝料は、一律500万円の請求となっている。 http://www.marimo.or.jp/~yuri/ ── 《由利弁護士の部屋 01/20/2004》
武井 保雄 武富士会長 19300104 埼玉 /200211..盗聴容疑逮捕。会長辞任
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 20040217 李 丞涓「ナヌムの家」で土下座謝罪 タレントの李丞涓(イ・スンヨン)が17日午前、「慰安婦ヌード波 紋」と関連し、京畿(キョンギ)道・広州(クァンジュ)の「ナヌム(分 け合い)の家」を訪問、元慰安婦女性に土下座して謝罪した。 しかし女性たちはすでに撮影した写真とフィルムの廃棄を要求するな ど冷淡に対応し、李丞涓の謝罪訪問は事態の沈静化にはつながらなかっ た。 李丞涓は同日午前10時55分ごろ「ナヌムの家」に到着し、女性た ちに土下座して謝罪、涙を流しながら「本当に申し訳ありませんでした。 私が全ての責任をとります」と繰り返し許しを求めた。 しかしカン・インチュルさん(76)ら7人の元慰安婦女性らは「私 たちの目の前で写真とフィルムを全て焼き、これ以上制作しないという ことを確約しなければ謝罪は無意味」と主張した。 李丞涓はこれに対し「私が全て責任をとります」とだけ繰り返し、廃 棄処分については一切言及しなかった。 20040217 13:08(チョソン・ドットコム)
♀李 丞涓 女優 19680818 韓国 /20040217元慰安婦に土下座《ヌード写真集》
── 《土下座考 20040202 》↓ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19450815 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19880223 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20000324 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030813 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040202 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20041106
| 2004年02月01日(日) |
《初演366年譜 20040201-0229 Awa Library》 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040201
164102.. 初演 モンテヴェルディ《歌劇「ウリッセの帰郷」》 178902.. 作曲 モーツァルト《ソナタ (p) 第16番 変ロ長調》 181702.. 作曲 シューベルト《死と乙女》 183302.. 初演 バッハ,J.S.《ヨハネ受難曲》 184002.. 作曲 シューマン《歌曲集「ミルテの花」Op.25》 187802.. 初演 チャイコフスキー38《交響曲第4番ヘ短調》 Rubinshtein,N 190202.. 初演 ドビュッシー40《組曲「ピアノのために」》ヴィニエス27 190502.. 初演 ドビュッシー43《仮面》ヴィエニス30 190502.. 初演 ドビュッシー43《喜びの島》ヴィエニス30 190802.. 初演 ドビュッシー46《影像2》→《 映像第2集》 191902.. 作曲 プーランク《歌曲集「動物詩集、またはオルフェのお供たち」》 192302.. 作曲 シベリウス《交響曲第6番ニ短調》 192402.. 初演 レスピーギ45《古舞曲2》モリナーリ44 ──────────────────────────────── 18260201 初演 シューベルト《弦楽四重奏曲第14番ニ短調D.810「死と乙女」》 18790201 初演 スッペ《歌劇「ボッカッチョ」》 18930201 初演 プッチーニ35《歌劇「マノン・レスコー」》フェルラーニ 18960201 初演 プッチーニ38《歌劇「ボエーム」》トスカニーニ29 19300201 初演 シェーンベルグ《歌劇「今日から明日まで」》 ──────────────────────────────── 17150202 初演 バッハ,J.S.《カンタータ第161番「来たれ、汝甘き死の時よ》 17270202 初演 バッハ,J.S.《カンタータ第82番「われは満ち足れり》 17950202 初演 ハイドン《交響曲第102番変ロ長調Hob.I-102》 18890202 作曲 ヴォルフ《ぶしつけで愉快�供憤Δ龍譴靴澆六笋凌瓦魎鵑刺佞韻覆ぁ法� 18900202 初演 ドヴォルザーク《交響曲第8番ト長調Op.88,B.163」》 18891108 作曲 19000202 初演 シャルパンティエ,G《歌劇「ルイーズ」》 ──────────────────────────────── 16800203 初演 リュリ《歌劇「プロセルピーヌ」》 18230203 初演 ロッシーニ《歌劇「セミラーミデ」》 18670203 初演 ブラームス《弦楽六重奏曲第2番ト長調Op.36》 18800203 作曲 ヴォルフ《夜》 19010203 初演 フォーレ《組曲「ペレアスとメリザンド」》 ──────────────────────────────── 18240204 初演 ドニゼッティ《歌劇「当惑した家庭教師、またはドン・グレゴリオ」》 18360204 初演 ドニゼッティ《歌劇「ベリザーリオ」》 ──────────────────────────────── 17280205 初演 バッハ,J.S.《カンタータ第216番「満足したプライセの都」》 17910205 作曲 モーツァルト《2つのコントルダンス(田園舞曲)ニ長調/変ロ長調》 0212 作曲 17910205 作曲 モーツァルト《4つのドイツ舞曲》 17910205 作曲 モーツァルト《4つのメヌエット》 18740205 初演 ムソルグスキー《歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」》 18870205 初演 ヴェルディ74指揮《歌劇「オテルロ(オテロ)」》 18890205 作曲 ヴォルフ《新しいアマディス》 18950205 初演 イッポリトフ=イヴァノフ36指揮《コーカサスの風景》ロシア音楽協会 19150205 初演 レーガー42指揮《変奏曲とフーガ》ベルリン・オペラ 19210205 初演 レスピーギ42《グレゴリオ聖歌風協奏曲》コルティ ──────────────────────────────── 17270206 初演 バッハ,J.S.《カンタータ第157番「われを祝福し給わずば、われ汝を離さじ》 17870206 作曲 モーツァルト《6つのドイツ舞曲》 18130206 初演 ロッシーニ《歌劇「タンクレディ」》 18510206 初演 シューベルト《交響曲第3番変ホ長調Op.97「ライン」》 19591102-1209 作曲 19590206 初演 プーランク《歌劇「声(人間の声)》 ──────────────────────────────── 17860207 初演 モーツァルト《歌劇「劇場支配人」》 17860203 作曲 17920207 初演 チマローザ《歌劇「秘密の結婚」》 18280207 初演 シューベルト《ヴァイオリンとピアノのための幻想曲ハ長調D.934,Op.159」》 18280207 初演 ベートーヴェン《「レオノーレ」序曲第1番Op.138》 18300207 初演 ドニゼッティ《歌劇「気違いのふりをする人たち」》 18690207 初演 シュトラウス,Joseph《ワルツ「わが生涯は愛と喜び」》 18750207 初演 ラロー52《スペイン交響曲》サラサーテ31 ──────────────────────────────── 18730208 初演 ムソルグスキー《歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」》 19040208 初演 シベリウス39指揮《ヴァイオリン協奏曲ニ短調Op.47》Novacek 19460208 初演 バルトーク《ピアノ協奏曲第3番 ホ長調》 ──────────────────────────────── 17560209 初演 グルック《歌劇「アンティゴーネ」》 17840209 作曲 モーツァルト《ピアノ協奏曲第14番変ホ長調K.449》 18120209 初演 ベートーヴェン《「アテネの廃墟」Op.113序曲 》 18120209 初演 ベートーヴェン《「シュテファン王」Op.117序曲 》 18890209 初演 チレア《歌劇「ジナ」》 18930209 初演 ヴェルディ80《歌劇「ファルスタッフ」》マスケローニ 18970209 初演 シューベルト《歌劇「フィエラブラス」》 ──────────────────────────────── 17940210 初演 ハイドン《交響曲第99番変ホ長調Hob.I-99》 18600210 初演 ブラームス《セレナード第2番イ長調》 18710210 作曲 シュトラウス�供團錺襯帖崟虧覦賁詈�語」》 18710210 初演 シュトラウス�供坿邁侶燹崟虧覦賁詈�語(インディゴと40人の盗賊)」》 18810210 初演 オッフェンバック《歌劇「ホフマン物語」》 18820210 初演 リムスキー=コルサコフ38《歌劇「雪娘」》ナプラブニーク 18890210 作曲 ヴォルフ《ゲーテ歌曲集「天才的な行い」》 ──────────────────────────────── 17850211 初演 モーツァルト《ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466》 17850210 作曲 18400211 初演 ドニゼッティ《歌劇「連隊の娘」》 18410211 初演 ドニゼッティ《歌劇「アデリア」》 18430211 初演 ヴェルディ《歌劇「十字軍のロンバルディア人」》 18830211 初演 ブルックナー59《交響曲第6番イ長調》ヤーン 19030211 初演 ブルックナー72+7《交響曲第9番ニ短調》レーヴェ64 ──────────────────────────────── 17910212 作曲 モーツァルト《2つのメヌエット変ロ長調/変ホ長調》 17910212 作曲 モーツァルト《3つのドイツ舞曲》 17970212 初演 ハイドン《神よ、皇帝を護りたまえ》 179701.. 作曲 18890212 作曲 ヴォルフ《心とけた娘》 18890212 初演 ドヴォルザーク《歌劇「ジャコバン党員(ヤコビーン)」》 19240212 初演 ガーシュウィン26独奏《ラプソディ・イン・ブルー》P.ホワイトマン ──────────────────────────────── 18800213 作曲 ヴォルフ《月影が荒海の波間に》 19260213 初演 オネゲル《歌劇「ジューディト」》 ──────────────────────────────── 18770214 初演 ボロディン《交響曲第2番ロ短調Op.5》 19030214 初演 マスネ《歌劇「ケルビーノ(シェリュバン)」》 ──────────────────────────────── 16860215 初演 リュリ《歌劇「アルミード」》 17320215 初演 ヘンデル《歌劇「ソザルメ、メディアの王」》 18450215 初演 ヴェルディ《歌劇「ジャンヌ・ダルク」》 18670215 初演 シュトラウス�供團錺襯帖嵌�しく碧きドナウ」》 18840215 初演 チャイコフスキー《歌劇「マゼッパ」》 19100215 初演 マスネ《歌劇「ドン・キホーテ」》 ──────────────────────────────── 17370216 初演 ヘンデル《歌劇「ジュスティーノ」》 18220216 初演 ロッシーニ《歌劇「ゼルミーラ」》 18540216 初演 リスト《交響詩「オルフェウス」》 18880216 作曲 ヴォルフ《鼓手》 18900216 初演 カタラーニ《歌劇「ローレライ」》 18920216 初演 マスネ《歌劇「ウェルテル」》 19380216 初演 シューマン《ヴァイオリン協奏曲ニ短調“遺作”WoO.23》d'Aranyi,Jelly 18530921-1003作曲 19460216 初演 シュトラウス,R.《オーボエ協奏曲ニ長調》 ──────────────────────────────── 17280217 初演 ヘンデル《歌劇「ペルシャ王シローエ」》 17920217 初演 ハイドン《交響曲第93番ニ長調Hob.I-93》 18520217 初演 リスト《ピアノ協奏曲第1番変ホ長調》 184007.. 作曲 18590217 初演 ヴェルディ《歌劇「仮面舞踏会」》 19010217 初演 マーラー《カンタータ「嘆きの歌 》 19040217 初演 プッチーニ46《歌劇「蝶々夫人」》 19120217 初演 マスネ《歌劇「ローマ」》 ──────────────────────────────── 18370218 初演 ドニゼッティ《歌劇「トロメイのピーア(ピーア・デ・トロメイ)」》 18600218 初演 グノー《歌劇「フィレモンとボーシス」》 18690218 初演 ブラームス《ドイツ・レクィエムOp.45》 18930218 初演 ブラームス《カプリッチョ ニ短調Op.116-7》 18930218 初演 ブラームス《間奏曲変ホ長調Op.117-1 》 19020218 初演 マスネ《歌劇「ノートルダムの曲芸師」》 19040218 初演 サン・サーンス《歌劇「エレーヌ」》 19470218 初演 メノッティ36《歌劇「電話」》バルジン 19520218 初演 プーランク《交響的協奏曲ホ短調(チェロ協奏曲第2番)Op.125》 ──────────────────────────────── 18780219 作曲 ヴォルフ《夜ごとのさすらい》 18830219 作曲 ヴォルフ《春のつりがね草》 ──────────────────────────────── 17240220 初演 ヘンデル《歌劇「ジュリアス・シーザー(エジプトのジュリオ・チェーザレ)》 18160220 初演 ロッシーニ《歌劇「セヴィリャの理髪師」》 18810220 初演 ブルックナー《交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」》 19000220 初演 グラズノフ35《バレエ音楽「四季》 19070220 初演 リムスキー=コルサコフ《歌劇「見えざる都市キテジと乙女フェヴローニャの物語》 19100220 初演 ドビュッシー《管弦楽のための「映像」イベリア》 19430220 初演 オルフ《歌劇「賢い女」》 ──────────────────────────────── 17890221 作曲 モーツァルト《6つのドイツ舞曲》 18860221 初演 ムソルグスキー《歌劇「ホヴァーンシチナ」》 19070221 初演 デリアス《歌劇「村のロメオとジュリエット》 19200221 初演 ミヨー28《バレエ「屋根の上の牡牛」Op.58》 19290221 初演 レスピーギ50《交響詩「ローマの祭り》トスカニーニ62、NY響 ──────────────────────────────── 18880222 作曲 ヴォルフ《子供と蜜蜂》 18880222 作曲 ヴォルフ《狩人の歌》 18880222 作曲 ヴォルフ《夜明け前の楽しいひと時》 19070222 初演 ラヴェル《七重奏曲変ト長調》 19380222 初演 カバレフスキー34《コラ・ブルニヨン》 ──────────────────────────────── 18540223 初演 リスト《交響詩「前奏曲」》 18770223 初演 サン・サーンス《歌劇「銀の音色」》 18880223 作曲 ヴォルフ《狩人》 19140223 初演 マスネ《歌劇「クレオパトラ」》 ──────────────────────────────── 16070224 初演 モンテヴェルディ《歌劇「オルフェオ」》 17110224 初演 ヘンデル《歌劇「リナルド」》 17300224 初演 ヘンデル《歌劇「パルテノーペ」》 17880224 作曲 モーツァルト《ピアノ協奏曲第26番ニ長調「戴冠式」》 18210224 初演 ロッシーニ《歌劇「マティルダ・シャブラン、または冷たい心の美人」》 18760224 初演 グリーグ《ペール・ギュント組曲2》 18760224 初演 グリーグ《劇音楽「ペール・ギュント」》 18760224 初演 グリーグ33《ペール・ギュント組曲1》 18880224 作曲 ヴォルフ《ことづて》 18880224 作曲 ヴォルフ《メーリケ歌曲集「飽くことを知らぬ恋」》 19060224 初演 サン・サーンス《歌劇「祖先」》 19390224 初演 ハリス《交響曲第3番》クーセヴィッキー ──────────────────────────────── 17810225 初演 ハイドン《歌劇「報いられた真心(報いられたまこと)」》 18770225 初演 チャイコフスキー《幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ》 18810225 初演 チャイコフスキー《歌劇「オルレアンの少女」》 18880225 作曲 ヴォルフ《いましめに》 19340225 初演 イベール44《フルート小協奏曲》モイーズ ──────────────────────────────── 17840226 初演 ハイドン《歌劇「アルミーダ」》 18880226 初演 ダンディ《劇的交響曲「ワルレンシュタイン」三部作》ラムルー 19350226 初演 ビゼー37+60《交響曲第1番ハ長調》ワインガルトナー72 ──────────────────────────────── 18140227 初演 ベートーヴェン《交響曲第8番ヘ長調Op.93》 18340227 初演 ドニゼッティ《歌劇「イギリスのロスモンド」》 18750227 初演 シュトラウス�供坿邁侶燹屮Ε�ーンのカリオストロ」》 19070227 初演 マスネ《歌劇「テレーズ」》 19190227 初演 ホルスト45《遊星》ボールト30、ロイヤル・フィル ──────────────────────────────── 16880228 初演 シャルパンティエ,G《歌劇「ダヴィデとヨナタン」》 17910228 作曲 モーツァルト《6つのレントラー変ロ長調》 17910228 作曲 モーツァルト《コントルダンス(田園舞曲)変ホ長調「女の勝利」》 18300228 初演 ドニゼッティ《歌劇「ノアの大洪水」》 18620228 初演 グノー《歌劇「シバの女王」》 18690228 初演 ビゼー《組曲「ローマ」》 ──────────────────────────────── 18880229 作曲 ヴォルフ《風に寄せる歌》 ────────────────────────────────
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