中央公園とひろでんと教室と 2002年05月31日(金)


広島駅を出て2時間半後、あたしは自分の家に居た。
なんでここにあたしは戻ってきたんだろう。
本気でそんなことを考えていた。
なんであたしはここを離れるんだろう。
広島を出て、どんどん遠のいていく景色を見ながら
なんでなんでって思った。
大好きな場所と大好きな人たちと離れて。

広島に着いて1日目。
出発前からの風邪は徐々に悪化していた。
みさちゃんとるるが会いに来てくれた。
お好み焼きを食べて、中央公園に行って座って喋って
シャレオのスタバで語った。
とにかく喋った。
そのままひろでんに乗って東京で一緒だったおじさまの教室に行った。
オープン前の教室は新しい何かが始まるような
そんな真っ白な場所に見えた。
ここでいろんなものが作られていくんだろうなと思った。
彼の誕生日にも関わらず、おじさまと二人お寿司を食べに行った。
帰ってきたら彼がカップラーメンを食べていた(笑)

2日目も1日目と同じようなコースをたのと回った。
ごはんを食べて中央公園、そしてシャレオのスタバ。
どんどん悪化していく喉の痛みを感じながら喋り続けた。
たのと二人で話すのは初めてだった。
でも妙な(?)安心感があった。
お互いにお互いの事をずっと見てきたからかもしれない。
帰りに乗ったひろでんであたしの足を見ておばさんが席を譲ってくれた。

この日の夜、風邪はさらにひどくなって、明らかに熱があった。
おでこに熱さまシートを貼って眠った。

3日目は昼まで彼の部屋で過ごして。
お昼に一度戻ってきた彼と別れて、ひろでんで教室に向かった。
風邪をひいたこんなひどい声でほんとは誰にも会いたくはなかったんだけど
足は教室に向かった。
あの空間があたしは好きなんだなと思った。
あの人の持つ空間と言うべきかもしれない。
時間を忘れそうだった。

このままこの教室と彼の家を往復する生活ができたらどんなにいいだろうって思った。
のんびり進むひろでんに揺られながら
あたしの人生ものんびり進んでくれたらどんなに幸せだろうって思った。

東京で思った以上に「かえりたくねぇ〜!!」って思った。
行く度好きになる街、広島。
「広島ってさ、偶数か奇数かって言ったら偶数なんだよ」
「あたしは奇数が好きなんだけどさ、広島は好きなんだよ」
あたしのセリフに明らかにたのは「?」マークだったね。
でもそんな感じなのよ、わかって(笑)

帰ってきて、夢の飛礫のプロモーションビデオを見た。
あたしが立ったあの場所で二人は気持ち良さそうに歌っていた。
後ろにはあの変な屋根のアリーナもあった。
季節は違っていたけど、あたしと彼らは同じ中央公園にいた。

帰ってきて、おじさまに「ありがとう」とメールをした。
届いた返事に涙が出た。

お寿司屋さんでの話を思い出した。
「あたしは何がしたいんだろう」って言うあたしに
「やりたいことは漠然としててかまわない」と言ってくれた。
あたしがずっと追いかけている「教育英語」「高校英語」
あたしはきっとどこかで答えを見つける。

6月が始まる。
新しい1ヵ月がまた始まる。


人生とは 2002年05月28日(火)


結婚した姉が結婚した当時あたしにこう言った。
「どこで生きていきたいかじゃない。
どんな仕事をして生きていきたいかじゃない。
人生は誰と一緒に生きていきたいか、それが大事なんだ」と。

あの頃はそ〜かぁ〜???って思ってた。
確かに人はどこでだって生きていける。
それは神戸に一人でやってきたあたしが一番よく知ってる。
どこで生きていくかなんてたいしたことじゃない。
それはわかる。

でも仕事って大事じゃないの?って思ってた。
何がやりたいか、そこでしかやれない仕事だってあるはずだ。
そう思っていた。

でも今はそれも違うのかなって思う。
天職ってなかなかみつけられない。
あたしが今の仕事に不満をもったりするのも結局言ってしまえばこの仕事が
天職ではないからだと思う。
本当にあたしがやりたいことではないから。

そういうのって見つけるのに何年も何年もかかる。
大学出てすぐに見つけられるものではないと思う。
それまでには長い紆余曲折がある。

だから誰と生きていきたいかなんだ。
長い人生、自分の天職をお互いが探すためのそのお互いの支えになるもの。
それが「パートナー」ってやつなんだと思う。

好きな人の側で好きな仕事ができること。
人生にこれ以上の幸せなんてあるのかな。


結局 2002年05月27日(月)


誰かに対して「羨ましいな」って思うことってたくさんある。
こうやって仕事をはじめたら
学生に対してとか誰かの労働条件やライフスタイルに
そこんとこ羨ましいなって思う。

でもやっぱり人それぞれ悩みを持っていて
今まですごくいい感じで回転していた人生がいきなり狂ってしまったりする。
こないだまでいいなぁと思っていた人の何かが急に壊れたりするから
人生、楽しいことばかりじゃないんだなと思う。
悩みのない人なんていないんだなと思う。

あたしの仕事は精神的にも肉体的にも辛い仕事ではあると思う。
やめたいと思うことは何度もある。
うまくいかないこともたくさんある。

でも今のあたしには彼がいる。
結局それなんだと思う。
好きな人が側にいてくれること。
それが一番幸せなことなんだと思う。
少なくともあたしにとっては。

今の彼を失うのが怖い。
でもきっとそれはない。
そう信じることしかできないけどさ。
彼がいなかったらあたしはとっくにこの仕事から逃げていたと思う。

結局彼があたしのすべてなんだと思う。


結構小心者なのです 2002年05月26日(日)


あたしの教室の近くには3つの公立中学があります。
そのうちの二つの中間テストが先日終わりました。
1つはまだ結果が返ってきていないんだけど
もう1つは返ってきました。

生徒の結果は散々でした。。。
特に英語。英語を習いに来てる生徒が多い中、英語が悪いというのはちょっと。
問題を見せてもらった時、あたしの感想は
「できる人とできない人の差が出るテストだな」ってことでした。
範囲が決められているテストではなくて実力テスト。
それも一ひねり、二ひねりしてあるようなテストでした。

だから基礎力があればできる。
基礎がしっかりしてればできる。
でもうちの塾に来る子たちに基礎力がないことはよく知っています。
うちの塾に来る子の多くは平均から平均以下。
3年生の平均点は46。
でも生徒には20点台、10点台がぼろぼろと居ました。

ほとんどの生徒は週2回きて数学と英語。
週3回きて数学と英語と国語。
つまり英語を習うのは週に1回だけ。

正直なところそれでは学力はあがりません。
一年のうちから週1で塾に通っていたならそれでもいいんだけど
3年になってから週1で来ても、今の教科書にあわせる授業をするだけで
精一杯で振り返る時間がない。
だから1〜2年の範囲も含むような実力テストでは点数が取れない。

それは生徒も親も理解しています。
するととある生徒が「英語もう一回増やす」と言いました。
「じゃ帰ってお母さんと相談してみ」そう言ってその日帰しました。
その日の夜、こちらからお母さんに電話。
「6月から英語2回でお願いします」と言われた。

その子の事は一度テスト対策の時に教えたことがあるんだけど
あたしの授業がわかりやすかったと言ってくれていて
お母さんもあたしを信じ切っている様子。。。

問題はここから。
さて増えた月4回分の英語をどう使うか。
週2回くるわけだから1回を準拠(教科書にあわせて進む)にして
1回を復習にするか
月の前半を進んで、後半で復習をするか。
どっちが定着するんだろうか。。。
週2回来ると担当の先生が変わる。
月曜に教える先生と水曜に教える先生が変わる。
それで同じことをやるよりは片方準拠、片方復習の方がいいんじゃないかな。
月曜の先生は復習向きだと思うんだ。
ほんとに英語をよくわかってるからね。

神戸市の受験システム、いわゆる内申ってやつは3年の2学期で決まる。
2学期の成績がその子の中学時代の成績になる。
つまり目標は2学期の中間テスト。
夏期講習を含めて今までの復習をしてなんとか中間で70取らせたい。
そのためには今度の期末で今回19からせめて40〜50に上げたい。

時間は限られている。
でもその子には基礎力のかけらもない。
とりあえず明日講師やオーナーと相談してみようか。

塾に入っても成績が変わらなかったり、下がったりすると
休会、退会につながる。
でもあたしがこうやって考えるのはそれを防ぐ為じゃないんだな。
生徒にとっていい勉強方法を見つけてあげたいんだ。
勉強ができない子っていうのは、できないんじゃなくてやり方がわからないの。
だから教えてあげたい。

特にその子は今すごいやる気になってるんだ。
「うん、頑張る」って言ってるんだ。
そんな今を逃したくないんだよね。

もっとみんなの勉強方法をこうやって考えてあげられたらいいんだけどな。
結局あたしは経営者ではなく教育(関係)者なのですなぁ(笑)


失ったもの 2002年05月25日(土)


いつからこんな風になってしまったんだろうか。
もう引き返すことのできない道なんだろうか。

最近はあなたが幸せであるならそれでいいと思う。
一緒に笑うことはなくても。
一緒に泣くことはなくても。
あの時のあたしにあなたが教えてくれたこと。
あの時のあたしはそれを素直に聞き入れることができなかった。

あの時の自分を悔やんでもそれはもう過去の事。
もうあの頃のふたりに戻ることはないのかもしれない。

そう思ってもまだ信じている。
またあなたがあたしの前で笑ってくれること。
きっとあの頃よりももっともっといい笑顔で会えること。

こんなに必要だと思える人に出会いました。
出会えました。

あたしとあなたをつなげたものはやっぱり彼らでした。
あなたと彼らの関係のように、あたしと彼らの関係のように
いつかまた笑える日がくると信じたい。


仕事をやめようと思った時に 2002年05月24日(金)


あの時、本気でもうやめようって思ったら
最後の最後はこの人に相談しようって思ってた人がいた。
あたしが仕事始まる前、最後に会った大学の友達。
社会人で、かなり年上で、なぜかずっと選択教科が一緒で
近くに住んでて、そんなくされ縁のような感じで一緒だった人。
やめる時は最後にこの人に言ってやめよう。
そう思ってた。
卒業してから全く連絡をとっていなかった。

でも結局その人には言わないまま、また続けていくことを決めた。
こないだそんなことを悩んでたんだっていうメールを送った。
返事を読んで、あぁやっぱりこの人だなって思った。

オーナーがいなかった水曜日。
同じオーナーの違う教室から電話が来た。
同期の子が働く教室の教室長さんから。
あたしがやめたい、やめたいと同期の子に愚痴っていたのを聞いて電話をくれたらしい。

あたしはずっとその人がなんでやめないんだろうって思ってた。
今まで一年間たくさん泣かされたのに、なんでやめないんだろうって。
まさに今のあたし状態。あたしは泣かないけどね(笑)
でも「違う角度で見てごらん」って言われた。
外から見て今自分がいる場所がどこらへんにいるかって。
オープンして3ヶ月で生徒数70人を越えるような教室はまずない。

結局あたしはそういう意味で環境に恵まれていて
生徒も講師もいい人でそういう意味でも恵まれていて
徐々に見方を変えられるようになってきた。

やらなきゃいけないことはたくさんある。
生徒が増えれば増える程、仕事も増える。
だけど入り口は広くしておきたいなって。
入ってきた生徒が満足できる教室にしたいなって。

今はまた頑張ろうとしてる。
土曜日も仕事。日曜日も休日出勤。
だけど来週彼に会える。
そしたらまた頑張れる。


何気結構忙しいんです 2002年05月23日(木)


最近レスが2日に1回状態(汗)
いやぁ忙しいのよ。
なぜって?
・・・ちゃんと働く気になったから。あは。

終わらない、終わらない仕事の山。
結構大変だけど気持ちいい。

生徒数が増えたら、特別ボーナスも有りとか言われちゃったらね。
一応今年オープンした教室の中では生徒数うちの教室(今のところ)全国1位!
すばらすぃ。
こっちにしてみりゃいい迷惑だと思ってたけど<おぃ

別に生徒を増やすことが目的ではなく
ここに来る生徒が笑って帰れる場所にしたいなと。
最近はそんなこんなで、授業を邪魔しながら
生徒とたくさん喋ってます。

オーナーも「俺がいなくても全然大丈夫だな」って。
やっと気付いたか<おぃ

人間やる気になれば頑張れるもんさ。
・・・いつまで続くかは謎。


「幸せ」ってやつぁ 2002年05月21日(火)


「何もかもうまく行くなんてことは この年になれば口にはしないさ」

去年はめちゃくちゃ悩んで、たくさん泣いた気がするのに
数年分の悩みを一年で消化しちゃったなってくらい悩んだ気がするのに
今年は去年以上にある意味苦しくて、悩んでばっかりいる。

でも悩んでる人なんてあたしだけじゃなくて
いっぱいいっぱい同じような悩みを抱えてる人がいて
大きなものを抱えてる人がいて
生きることって大変なんだなと思う。

きっと「幸せ」だなって心から思える時間ってほんの一瞬しかなくて
ずっとずっと「幸せに向かって頑張ってる期間」のほうが長いんだと思う。
それでもいつか得られるであろう幸せの為に頑張ってしまう。

人間って案外けなげな生き物かもしれませんな。

結局今のあたしが頑張ろうって思えてるのは
やっぱり一瞬でも「幸せだ」って思える時間を手にする為だと思う。
愛する人との未来の為だと思う。

これだけ誰かを好きだと思えることが何より幸せなのかもしれません。



立ち直り早いんです 2002年05月19日(日)


小さい頃から夢がありました。
ずっと先生になることが夢でした。
海外をたくさん旅行することが夢でした。

小学生の頃は算数の先生になろうと思ってました。
中学生で英語の先生になろうかなと思いました。
弁護士にも憧れました。自分が優柔不断だとわかってやめました。
高校生の時、本気ですげぇと思う英語の先生に出会って
高校の英語の先生じゃなくて「旭川北高校の先生」になりたいと思いました。

大学受験、ずっとあたしの目標は「北海道教育大学札幌校」でした。
第二希望は「北海道教育大学旭川校」でした。
無謀にも「北海道大学」に行こうと思っていた時もありました。
数ヶ月がたって行きたい学部がないことに気づきました。

教育大が合格圏内に入ってきた頃
これ以上数�僑造叛己�をあげることはできないと思いました。
ほんとにこの大学でいいのかって考え出したのがもう高校3年の10月終わり頃でした。
なんで中学英語課程しかない教育大にあたしは行こうとしてるんだ?
と疑問をもち始めました。

いつもいろんなことに気づくのが遅い女の子でした(笑)

高校の先生になるなら教育より専門教科を勉強しよう。
そして外国語学部を目指すようになりました。
そしてうちの大学を見つけました。
ラッキー♪3教科受験だ。そんな感じでした。

大学に入って一年目の文法の時間が好きでした。
先生の余談が好きでした。
なるほど、文法は規則じゃないんだ、ちゃんと理由があってこうなるんだ。
そう思いました。
でもそれがおもしろかったのに、高校の先生になってもこれって教える時間ないんだろうなと思いました。
教えたいことが教えられないのかと思いました。
高校の時の先生が言ってた、「趣味を職業にすると辛いぞ」
ちょっとだけ意味がわかった気がしました。

高校を卒業してからどんどん時間が経つにつれて
先生になりたいという気持ちはどんどん薄れていきました。
多発する教師の起こす事件にうんざりしていたのかもしれない。
それでも教職はとり続けました。

そして教育実習。
それがはじまる1ヶ月前くらいから教職浪人を考え始めました。
就職が決まらなかったから逃げたかっただけかもしれない。

教育実習は見た目は大成功でした。
公開授業は結構誉められました。
それでもあたしは挫折感でいっぱいでした。
生徒との間には確かに溝というか壁がありました。
孤独感を感じずに入られない2週間でした。

教師って孤独だな。
確かに誰にも邪魔されることなく、注意されることなく自由に自分の授業を
自分の仕事をやっていける仕事だけど
誰にも干渉しないって案外孤独なもんだと思いました。
今考えれば「逃げ」だったような気もします。
自分から心を開いていないだけでした。でもこの頃のあたしには気づいてなかった。
「教師って孤独なんだ」
そう思ってやめました。

数ヶ月経って、家庭教師を頼まれました。
それはそれは喋らない女の子でした。
1〜2ヶ月は行くのが苦痛でした。何を話していいかわからなかった。
それでも行けばたくさん話し掛けた。一生懸命話題を作った。
半年後、たくさんあたしに笑顔を見せるようになってました。
なんだあたしから話し掛ければ、心開いてくれるんじゃん。
そう思いました。

今もあたしはそう思う。
毎日毎日来る生徒来る生徒に話し掛ける。
昨日は笑わなかった生徒が今日は笑って話してくれる。
距離を縮めていけている実感がある。
この経験はきっとこれからに繋がる。

今、また夢を持ち始めました。
先生になりたい。
家庭教師でもいい。塾講師でもいい。非常勤講師でもいい。
学校の先生でもいい。
今ならきっと教育実習のあの時のようなあたしではなくて
きっともっといい先生になれる。
あたしが思う「いい先生」にきっとなれる。

いつかその時がきたらきっと今の経験は生きる。
だから頑張る。
大好きな彼の側で、大好きな仕事をする未来の為に。
今のあたしはここにいる。


ごめんなさい。 2002年05月18日(土)


21日会おうって言ってたみんな、ごめんなさい。
やっぱり行けません。

決して後ろ向きな意味じゃなくて
かなり前向きな決断なのです。
仕事を続けようって思ったから。
一時的なものかもしれない。
またやめたいって思うかもしれない。

やっぱりオーナーは好きじゃない。
講師の事、「あのおばちゃん」とか「わけわからん先生」とか言うし。
好き嫌いはっきりしすぎやし。

仕事をやめるって決めたらライブに行く。
仕事をやめないって決めたら行かない。
そう決めていた。

今日、講師の先生何人かと話した。一緒に帰った。
みんな同じ不満を持っていた。
彼氏がいることも話した。
一緒になる意思があることも話した。

またやめたくなっても、愚痴れる人がいる。
今回のあたしの叫びにたくさんの反響があった。
いろんな考え方教えてくれた人たちが居た。

友達に「そこにいても成長しないって思ったらやめな」って言われた。
小さい頃からの夢を失って、でもまた今同じ夢を描いている。
決してここにいてそれは広がるものではないけれど
でもきっといつかその夢が叶った時に生きる。それはわかる。
きっとあたしにプラスになる。

オーナーは好きじゃないけど、言ってる事に正しいことは当然たくさんある。
それは素直に聞いていこう。

広島からの21日参加予定のあなた。
29〜31日まで広島に居ます。会いましょう。
関西女のみなさま。
語り会結成しましょう。
会えなくてごめん。
でもライブ以外でもうちらは繋がってるから。


*****************************

今日サプライズされたよ。
だーりんから電話きて「今ひとみんちの目の前」って。
いみわからん!とか思ったらほんとに居た。
最近毎日泣いてたからね。心配してきてくれた。
ありがとう。愛してるよ。

あたしの代わりに京都からイイオトコが参戦します。


どうしていいのかわからない。 2002年05月17日(金)


仕事をやめたい。
まだ2ヶ月も経ってないのに。
朝起きてまず溜息が出る。
今日も仕事だ・・・って。

あそこにいるとほんとに自分がダメ人間のような気になる。
何もできない人間のように思える。
どんなに注意されても、生徒の前では、講師の前では笑ってないといけなくて
自分を維持していくのがやっと。

講師の好き嫌いがはっきりしてるところとか
あたしに求めるものを自分ができてないところとか
あたしが決めたことをまず文句からはじめるところとか
もう人間としての問題。

これだけ大きな教室を作ってきたのは、どんどん生徒が増えているのは
やっぱり彼の力だとは思うけど・・・。
この仕事のよさでさえ、彼の前ではかすんで見えてしまう。

生きていれば嫌な人だっているさ。
そう思ってきたけど、二人しかいない教室で、いつも怒られてばっかりで
何言われるんだろうってびくびくしてる。
そんな自分がもう嫌だ。

こんな生活の為に今まで頑張ってきたわけじゃないのに。
やめたい、やめたい、やめたくない、やめられない。。。その繰り返し。
経済力はもちろん必要だけど、経済的な豊かさより精神的な豊かさがほしい。

こんな時だからASKAさんには会えないって思った。
ライブに行くのやめることも考えた。
本気で譲ろうと思っていた。
みんなには悪いけど・・・そんな言葉まで考えた。
ライブに行くのは友達に会う為じゃないんだよ。
やっぱり何よりASKAさんの言葉を、声を、気持ちを聞きに行きたいの。
でも今のあたしは見せたくない。
今のあたしをASKAさんには見せられない。
泣いてばかりのよわっちぃあたしを今は見せたくない。

そう思っていたけど、譲ろうと思っていた人に「落ち着いて考えてみて」って言われた。
愛する彼に「何か答えを見つけられるかもよ?」って言われた。
まわりを振り回してばかりのあたしにみんなみんなとっても優しい。

何か答えを見つけられるだろうかと今は思ってる。
ASKAさんに会って何か思うことはきっとあるはずだから。

相談できる人はたくさんいるから。
最近連絡をとってなかったあの人に聞いてみよう。
あの人と話をしてみよう。
そう思う人はたくさんいるから。

今のあたし、かなり限界。


ん〜弱ってるなぁ。 2002年05月16日(木)


朝、北海道に住むおじいちゃんとおばあちゃんから電話が来た。
昨日お母さんからあたしが怪我をしたことを聞いたらしい。
話をしていて涙が出た。
なんであたしは神戸に来たんだっけ?
大切なものはたくさん北海道にあるのに。

時々そういう「犠牲」を考える時がある。
ここにいたらおじいちゃんやおばあちゃんが倒れたり、入院した時
あたしは何もできない。
神戸に来て4年ちょっとの間にもそういうことはたびたびあって
そばにいることも、介護してるお母さんを助けることもできなくて
何であたしは神戸に来たんだろうと思ったことは数知れず。

ここに来たことは間違いなくあたしにとってプラスだったけど。
この事を考える度に思い出すことがある。
竜馬。
竜馬が脱藩したせいで自害した竜馬の姉。
それを知った竜馬はきっとすげぇ辛かっただろうなと思う。

昨日の夜、同期の子に愚痴メールを送ろうとメールを作りかけた。
でもこんなメールばっかも嫌だろうなと思ってやめた。
やめたと同時にメールがきた。
研修で一緒だった千葉のおじさまからだった。
ちょっと元気でた。おじさまにも愚痴があるんだなと。

あたしはこのままでいいのかなぁ。


それでも毎日が過ぎていくのは 2002年05月14日(火)


研修に行く前と同じ生活が続いている。
4月は本気でやめたいと何度も思ったのに
今は結構楽しんでいる。
いやなことは同じようにあるのに、同じようにいやなのに
それはそれでまぁいっかって思えてる。

それはやっぱり5月に入って愚痴れる人ができたことが大きいと思う。
同じオーナーの下で働いている人や、先週の研修で一緒だった人。
人の愚痴ばっかり聞いたり、人に愚痴ったりばかりしてるのは好きじゃないけど
一緒になってあれはどうだ、これはどうだって話をしているのは
お互いに「悩んでるのは自分だけじゃないんだな」って思えることで
それはそれですごく力になる。

今日一緒に帰った先生にあたしは言った。
「あたしは塾に通った経験がないから時々どうしてあたしはここにいるんだろう?って思うんですよね」って。
「未だに生徒の中の塾のポジションがわからないんです」って。
その人はあたしより年上だけど「僕の頃から勉強は学校より塾って感じでしたよ」って言ってた。
そうなのか。そうなのかな。

まだまだ答えはでそうにない。


今月の会報の表紙も素敵ですね 2002年05月13日(月)


いやぁ病院行ったよ〜。
よくこんな足で頑張ったねって言われたよ。ほめてねぇ〜!!
手術をするにも時間がちょっと経ちすぎてるし、仕事休めないしってことで
結局はギブスでくっつくのを待つことに。
時間かかるけどね。6週間くらいって言ってたよ。
ギブスぐるぐるされて、松葉杖借りて。
でもいらなければ使わなくていいって言われた。
で、使ってない<おぃ

気持ち的にはねぇ、ずぅっとブーツはいてる感じ。
はやく脱ぎたい(笑)
これからの季節汗かいたりしてかゆくなるんだろうなぁ。。。
ライブも定例研修もギブスで参加。。。
広島に行くのもギブス。。。
ギブギブギブス。。。(壊)

でもこれがきっかけであまり世間話したことなかった
講師の方や生徒たちと話をするようになった。
今日はよく喋った。

オーナーは好きじゃない。
でも悪い人ではないと思う。
でも好きじゃない。
ん〜・・・一週間前に帰りたい。。。

研修で一緒だった人からのメールが今のあたしのエネルギー源。

あ、今日のタイトル関係ないです(笑)


いっつあわんだふるトーキョーらいふ 2002年05月11日(土)


この日記間違いなく長くなります(笑)

まずは、あのはなしから。
先週の日曜日、昼過ぎに神戸を出発し、同期の子と喋り倒して夕方東京に着きました。
初めての東京!初めての山手線!そして池袋。
ホテルはあやしげなホテルに囲まれた、素敵なところ<おぃ

荷物を置くだけ置いて、一緒に来た同期ともしばしお別れをし
チーム横浜ことひこ&おじょうに会いに行きました。
池袋からはれたくないというあたしの希望により、池袋でごはんを食べることに。
そこで事件は起こったわけですね。
おじょうの警告を聞いていながらトイレの前の段差に
トイレに行く時は気がついたのに、帰り気がつかなかった。
ひねっちゃったわけです。
ホテルまで帰るときもなんか足痛いなぁとは思ってました。
あ〜ゆ〜のってしばらくしたら直るやん?だから気にしてなかったんだけど。
で、同期の子の部屋で自分の足を見てびっくり。明らかに腫れてる。
幸運にもあたしらの部屋の前には製氷機があってそこから氷をもらって
冷やす、冷やす、冷やす。
ままんが看護婦さんなだーりんの助言でとりあえず3日は冷やすことにしました。

次の日、研修初日。
8人のオーナーさんと13人の教室長。
足をひきずったままの自己紹介。

そして水曜日、3日目。
この日は18時半に終わる予定。
でも木曜日は20時、金曜日は21時ってわけで病院へ行くならこの日しかない。
腫れのひかない足に不安を感じ、友達と病院へ。
ホテルで急患扱いで診てくれるという病院を探してもらって、立教大学近くの病院へ。

レントゲンをとる。
しばらくしてお医者さんが出てくる。

「ん〜・・・折れてるね。骨折ですねぇ〜」
Σ(゜▽゜;)!!
骨折???

まぁもしかしたらひびくらい入ってるかなぁとは思ってたけど。
綺麗に折れてるのが自分でも見てわかる。

「いやぁ、よく3日も歩いてたねぇ」ってそんなとこで感心しないでお医者さん。
ってわけでここでは応急処置だけで神戸に帰ってからきちんと診察してもらうことにする。
「これから神戸に帰るまで3日くらいあるんですけど大丈夫ですかね?」
「まぁもう3日も歩いたんだから大丈夫だよ」
・・・そ・・・そうですか。

もともと折ったところが小指だったんで、あまり力の入らない部分だったんですね。
だから痛くなかったんだろうって。
かかとで歩くって感じで歩いてたからね。

でもまわりにはほんと迷惑かけたなぁ。
荷物もってもらったり、ゆっくり歩いてもらったり。
ぱしってもらったり、お茶入れてもらったり。
人のあたたかさを感じた一週間でした。

明日病院行ってきます。
家の隣が整形外科なんで。


*************************************

研修はどうだったかというと。
ほんとに楽しかった。

九州を除く全国から集まった21人。
でもなぜか多かった関西人(笑)
最初に仲良くなったのは新卒組。

奈良っ子2人、同期の子に、札幌の子。
札幌がーるはあたしのお姉ちゃんが行った短大、あたしも受けた短大を
卒業していて、「ハタチ」・・・わかっ。
月曜の夜はこの5人で飲みに行ったんだなぁ。
かなり深い話をしたなぁ。

火曜日の夜ははるに会って。
水曜日は骨折が判明した為にあたしの部屋で語りあって
木曜日も骨折を知ったはるがホテルまで会いに来てくれて
金曜日は最初のメンバーに加えて途中からめちゃ仲良くなった池田の教室長さんと
さいたまっ子で飲みに行って。

ん〜・・・語りまくったなぁ。
とにかくよく喋った。

はじめのころはただのおじさんだと思っていたオーナーさんも
すげぇよ。
やっぱり深いね、人は。

研修中は座席が決まってたんだけど、あたしの後ろにいたおじさまも
あたしの前にいたおじさまも。
素敵すぎた。

北海道に住んでいた人、今も住んでいる人が21人の中にあたしを入れて4人いて。
懐かしい北海道弁も聞いたし、和寒町を語り合ったりした。
あたしの前に居たおじさまは広島の人で。
あたしの友達が「男は背が高いだけで3割増よく見える」って言うけど
広島弁大好きっ子なあたしは「広島弁を喋るだけで3割増よく見え」ます(笑)

だーりんの家とも近いことが判明して。
いや、あたしには両方ともの場所がわからないけど
二人とも近いって言ってるんだから近いんだろう。

研修中に入塾面談ロールプレイってのがあって。
入塾する時の面談を3人一組でやるの。
一人が教室長、一人が親、一人が子供。
あれが一番みんなの性格が出ておもしろかった〜。

本部の人を子供役にして「ほんっっっっとこの子できが悪いんですよ〜」とか。
池袋ボーイをやっていた子もいたし
オーナーさんたちがやる子役とか最高。
その時にこの人こんなにおもしろかったのかって思えた人たくさんいた(笑)

最後のお別れとかめっちゃ寂しかったし。
新人研修はこれから先何度もあるけど、これからは地域ごとにやるから
関西メンバーにはいつでも会えるけど。
札幌から来てた子とか千葉のおじさまとかもう当分会えない(><。
写メール送るって言ってくれたけど(笑)

広島はこれから行くたび会いに行く。絶対行く。
また広島に好きな人が増えた。はやく住みてぇ〜!!ビバ・ヒロシマ!!

毎朝あった前日の研修内容の確認テストも無事全て一発合格。
みんな落ちすぎ(笑)

神戸には帰りたかったし、早く病院にも行きたかったけど
でもでも帰りたくね〜!!って思ったトーキョーらいふ。
夏休み、遊びに行こう。絶対行こう。
ん〜・・・広島に行ったついでに東京に行くか。

東京に行ったら東京タワーはどっからでも見れると思ってたけど
池袋からは見れませんでした。
サンシャインも登ってないし、都庁にも行けなかったから
今度は観光しにいきたいなぁ。

そんなわけで恐るべしトーキョー!
すげぇぞトーキョー。

この一週間で出会った全ての人に感謝☆


東京に行ってきます 2002年05月04日(土)


前々から言っていた東京研修の為、明日から東京に行きます。
明日はチーム横浜に会う予定。

明後日から微妙にハードスケジュール。
ま、頑張ってきま。

そんなわけでBBS。
勝手に盛り上がっちゃってください。
自由にレスしちゃってください。
もしかしたら携帯から覗くかもしれないけどね。
心無い発言で人を不快にさせることのないようよろしく。

また自由に日記書いちゃってください。
どうせ暇でしょ?<おぃ

ひとみが恋しくなったら携帯にメールください。
ひとみの声が聞きたくなったら気軽に電話してください。

そんなわけで今日で「最後の将軍」も読み終わったんで
明日新幹線乗る前に「幕末」買って行こうっと。
ホテルで一人寂しく読んでるさ(笑)

であであ、みなさんお元気で。いひ。


社会人になって絶対に使いたくなかった2つの言葉 2002年05月03日(金)


こんなことを言う社会人には絶対ならね〜と思っていた。
「学生の時にもっと勉強しておけばよかった」
「学生の時はよかったなぁ〜」

今、結局両方使ってます(笑)
でも前者は案外そうでもなくて。
英語に関する勉強はもっとしておけばよかったなと思います。
でも学生はどうしてもやりたくないこともやらなきゃいけなかったりするから
それはそれで案外時間がないもので。
今これだけ幕末の本を読めているのはやっぱり余計な予習とか復習とかが
ないからだと思います。

でもねぇ〜・・・後者だけは後者だけはほんと思うんです。
今、学生のみなさん。気楽なのは今だけよ?(笑)
仕事の環境にもよると思うけど、あたしの場合は週休2日なんてあり得ないし
(今は小学生だって週休2日なのにね〜)
時間から時間で終わるような仕事じゃないし。
最近は「やりがい」って大きすぎると「重荷」になるんだなとちょっと思ってる。

学生が気楽というよりは、人に養ってもらうことが気楽なんだろうなと思う。
やっぱり自分で働いてそのお金で生活していくっていうのは大変なことだよ。
特に家を離れてると出費も多いしね。
ってわけで早く結婚したいです<そういうオチかいっ


GWもお仕事です 2002年05月02日(木)


今日はだーりんに愚痴りまくった。
お互いに愚痴ってたな。
愚痴りすぎて眠くなった。

ひとみはだーりんが大好きだ。
もっとずっと一緒にいられたらいいのにな。

寝よっと。
レス?・・・ふんっ<おぃ


掲示板 2002年05月01日(水)


我がHPの掲示板はよく「語れる掲示板」って紹介される。
それがあたしはとっても嬉しいです。
はじめはkicks streetっていう小さな掲示板だったけど
それをはじめようと思ったのも語れる場所を作りたかったから。
どうしても他人のHPだと「こんなこと書いていいのかな」って思ってしまうから。
だからこそ、他の人にはそう思われたくない、気楽な気持ちで語って欲しいと思って
そういう雰囲気作りをしてきました。

HPという場所に移ってもこのスタンスは変えたくなくて
「全員参加型」の掲示板を作りたかった。
「なんでもいいから書き込んで〜」って言うような掲示板じゃなくて
「どっからでも入っておいで」って言える掲示板。

学校の休み時間のような、チャットのような。
誰でもすんなり入れる場所。
「はじめまして」「ようこそ」そんな言葉もなく入れるような。
そういう雰囲気があってやっぱり語れるんだと思うし。

全ての話に無理やり入る必要はないし。
そんなに執着する必要もない。
楽に楽に、さらっと入ってさらっと出て行ける掲示板。
そんなものを目指しています。

コラムも信じる言葉もオフレポも日記も
全ては会話を作るきっかけにすぎないのです。


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