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| 2002年05月27日(月) ■ |
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| 北の大地へ |
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今日出発する北海道の準備に追われた。 なんせやることをためすぎて、 会社説明会をキャンセルしちゃった。
就職活動のスーツとカバン。 それに自転車やキャンプ用品やザック。 考えられないぐらい大荷物やわ。
羊蹄山、ニセコアンヌプリ、羅臼岳、斜里岳、旭岳と 山登りもたくさんしてきたい。 ただ熊の子育ての時期だから熊に遭遇したらマジシャレにならん。
その前に面接をしっかり決めてこよう!! これで最後かもしれないから。
「さいはて」
最果ての地まで探しに行くんです
あてどなき旅の途中なんです
果てしない空流れる雲の下で
僕の宇宙を感じるんです
何も答えちゃくれないんだろうけど
ちっぽけな夢を見ながら
僕は確かに息をして生きるんです
桃源郷なんていらないから
甘い汁なんていらないから
どこまでも伝えておくれよと
どこまでも続く電信柱に願いました
僕は笑いたいんだ
何ももう求めやしないから
笑ってくれよ
絶望を打ち捨てて
笑ってくれよ
もう耳が聞こえなくてもいいから
僕よ笑ってくれよ
もう目が見えなくても
光を見せてくれよ
何も手に入れなくていいくらい
愛しき顔をして
6月7日まで作者取材のため休載します。 ご愛読の皆さんご迷惑おかけします。
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| 2002年05月26日(日) ■ |
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| もうひとつのクラブラン |
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粟倉さんに誘われて、 茶呑峠までチャリで走った。 久しぶりに昨日走ったから筋肉痛だったけど、 めっちゃ天気が良かったし、楽しかった。
長谷川さんや粟倉さんにこうやって 連れていってもらえるのは結構うれしい。 先輩がいると京都北山の奥深さをもっと知れるから。
茶呑峠から鳴ノ堂を通って行くシングルトラックは 木漏れ日の中ほんと気持ち良かった。
疲れたけど、チャリの楽しい1日だった。
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| 2002年05月25日(土) ■ |
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| 泣いた5月の月夜2 |
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花背のタイムトライアルはホントしんどかった。 いかに最近チャリに乗っていなかったかを実感。 うーん、しょぼい。 1回生のほうが速いし。
クラブラン後おーじの家で焼肉パーティー!!! 最高にうまかった☆ 回生を越えてのぶっちゃけトークがやっぱりおもろい。 おーじの家がなんだか気に入った。 何度でもやっちゃいたいなぁ。
2晩連続で泣かされるとは思ってもなかった。
ポストを開けて1通のはがきを発見。 リゾートバイトのときお世話になったおかみさんの息子夫婦の嫁さんからだ。 同じ大学出身で電話やメールもして仲良くさせてもらっていた。
離婚。
源さんもさなえさんもむっちゃ好きやったから めちゃくちゃショックで泣いた。 「離婚」と言う2文字が信じられんかった。 涙は次々にあふれてあふれ出て止まらなかった。 現実を受け入れることができなかった。 身体の力がすうーっと抜けて脱力感いっぱいになった。
10年も一緒にいた末の結論だから余計に、 「別れて本当に良かった」と言う言葉がなんだか哀しすぎる。
文末に、 「ゆうまの就職が決まったらお祝いしたいから 連絡ちょうだい。一度飲み行こう。」 と書かれていた。 さなえさんはオレと会って何を語るつもりなのだろう。 昔の大学時代の2人の写真を見せてもらったのを思い出すと、 切なくなって胸が痛い。
今きっと2人もキューっと切なさをかみしめているに違いない。
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| 2002年05月24日(金) ■ |
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| 泣いた5月の月夜 |
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思いがけずに泣いた。
深夜2時、 友達とラーメン食べて大文字山まで夜景を見に行った帰り、 家のポストを開けると大学から封書が届いていた。 何気なく封を切って中身を出すと、 “西園寺育英奨学金給付決定通知”と書面に書かれていた。 内容を読んでみると、 学部の正課におけるおける上位優秀者として選出され 50万円ほどの支給(無返済)をするとのこと。
書かれている文字がだんだんにじんできて、 気が付くと涙が溢れていた。 うれしくてめちゃくちゃうれしくて、 人生で初めて、うれしいことでおもいがけない涙が流れた。 なんだか信じられなくて、 水槽のなかを泳ぐ熱帯魚をボーっと眺めていた。
小さなことだとしても、 ちょっと親孝行ができた気がしてうれしかったのだ。 まして勉強なんかで・・・
お金に苦労し執着心があるからこそ、 こんなことで手に入る50万円が信じられんかった。
「人生に総じて無駄はない」 がむしゃらでやっぱりいいのだ。 3回生の初めに決心した、 「今年だけでもちっきり勉強しよう。」という思いは 今日結果が来た。
本当に充実している。 サークルもバイトも友人関係もゼミも就職活動も それに勉強も、 人に認めてもらえるのはうれしい限りだ。
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| 2002年05月22日(水) ■ |
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| 福井教習所 |
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今日のゼミもでしゃばってしまった。 発表の質問で黒板を使って先生と 「排出権取引が本当にビジネスとして発展するのか?」について 議論を交わす。熱弁を奮ってしまった。 ゼミに行くと喋りたくなるこの頃。
「今、大学の正門にいるから来てや。」 教習所仲間から電話があって、迎えに行き、 食堂に連れていって話し込んだ。
同世代の仲間として笑い話で盛り上がる。 一緒にいて楽しいと心底思っている付き合い。 ただたまたま自動車教習の合宿で知り合っただけ。 それだけで、1年経った今でもしっかり続いている。
ほんと9人の仲間みんなでさっぱりしていてそのさっぱり感が めちゃくちゃ気持ちいいのだ。 そしてみんなもちろんエロイ。
今度のドライブ計画を4人で練り、 敦賀半島の水島浜に決定。 あぁ、早くみんなで会いたいなぁー
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| 2002年05月21日(火) ■ |
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| Take−1 |
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ばかやろー!!くそボーズ!! 暖かな昼下がりの1時に起きて、叫ぶ。 寝すぎだ。 バイトを先週木曜から今週水曜までの1週間で5日分入れている。 今日も朝7時までバイト。 しかしプラン発表までに時間が無い。 今日はまた春一のプランの試走をリベンジしようと思っていた。 しかし帰ってきてすぐ寝てしまったことはしょうがない。 とりあえず行くしかねー!! ポリ無用快速鯖街道を原付で60�疏宛紊波瑤个垢�、 結局三方五湖に着いたは3時過ぎになっちった。
思いがけなかった。 三方五湖にあまりいいイメージがなかったのだが、 めちゃくちゃ雰囲気が良くここにしかない風景だと気づいた。 三方五湖の中でも菅湖、日向湖畔まで来たのは初めて。 菅湖は落ち着いて釣りをするのにベストなぐらい静かで、 湖を囲むお椀型の緑が不思議な感じをだしている。 日向湖は漁船がたくさん駐留していて、 湖の半分を木造の家が連なって囲んでいる。 日向港の急峻な崖も久々子の海岸線も気に入った。 オレの心の風景100選に入るな、ここは。
写真を撮ったり日向港で出会ったJTBのおじさんと 少し話込んだこともあり、 目的の粟柄河内谷林道に入ったのが5時ぐらい。 信州を思わせるぐらい長い上り、崖沿いの迫力ある林道。 これ、ちょっと激しすぎる。 春一レベルじゃない。 こんなところにこんなすごい林道があるなんて貴重やな。 今度絶対チャリで走りたい。
峠が見え始めたところまで来た時、 ショベルカーやダンプに行きあたった。 「兄ちゃん、ここ通れないで!」 ダンプの兄ちゃんが指を指して行った。 見ると完全に道が土砂崩れえ遮断されていた。 「工事はいつぐらいに終わるっすか?6月後半には終わってますか?」 「6月後半だったら終わってると思うよ。」 あともう少しで峠なのに惜しい。 ダートはかなり荒れてると聞いていたけど、 舗装路までこの有様だとは。 引き返すことはかなり遠回りになるので、 急いで行きと同様、フルアクセルで帰途に着く。
なんとかバイトの1時間前に着き、 すぐ銭湯で身体の疲れを取り、 バイトに行く。
また、プランを練り直さないとあかんわ。 はぁ。
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| 2002年05月20日(月) ■ |
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| BOW |
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春の1泊ランのプランが仕上がってきた。 プランは「伝える」をメインとして考えてきたつもりだ。 今年のサークルでのオレのテーマは、「伝達経路」。 RUCCの伝統を伝えるキーマンになっていこう。 もちろん新しいオレ独自の方法を使って。
オレをフィルターで覆い、 自分の可能性を狭めていた気がした。 可能性を信じよう。
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| 2002年05月19日(日) ■ |
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| キラキラバズーカ=☆ |
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就職活動がどんなものかまったく知らない バイトやゼミの後輩が「就職活動どうですか?」って 悪意なく聞いてくる。 「ばっきゃろー、てきとーだ!!さっぽろ1番てきとー2番!!」 なんて重いことを悟られたくないから軽い調子で返すけど、 どうやらオレも就職に対して心積もりができてきたみたい。 2月から変わらず今だ情緒不安なんだけど、 どこをポイントにして将来を考えていけばいいのかが 見えてきた気がする。 自分がしてきた就職活動に確信が持て始めた。
さーて、ようやく動き出せる。 目標を設定してじゃんじゃん行きますかい!!!
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| 2002年05月18日(土) ■ |
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| こちら大手筋商店街 |
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ゼミのフィールドワーク&コンパにレッツゴー!! 就職活動で押しつぶされそうになっていた身に リフレッシュ!! ゼミがマジ楽しみになっているなんて病気っぽい。 頭の中に新鮮な空気が欲しくてさぁー
テーマは「環境配慮型社会システムの形成諸相」として 伏見の文化、産業形成やまちづくりと 自然環境としての水との関係を感じようというもの。
夜勤明けで12時半に頑張って起き、 待ち合わせの桃山御陵前駅に1分遅れで着く。 花田先生は始めから花田一人漫才で飛ばしてた。 御香水、閼伽水など実際に伏見の名水を飲んだり、 大手筋商店街のまちづくりの成果を見学したり、 竜馬通り、黄桜の記念館などを歩いた。
伏見はかつて自転車で一度訪れたことがあったが、 思ってた以上酒蔵の多いまちであることが判明。 集団行動でゆっくりできなかったので今度写真を撮りにまた来たいなぁ。
大手町商店街は寺町や西京極通りのごとく人の波でびっくり。 商店街の中を歩き、なるほどなと思った。 かなり確信犯的なまちづくりをしている。 ソーラー付きの高さのあるアーケードで 2階も商業スペースにしつつ空間を区切り、 ヘアーサロン、英会話、ファーストフード、証券会社を誘致し カフェ、雑貨屋などで新しいおしゃれな商店街を創り出していた。 話によると旧商店との共存共栄であるという。 しかし実際はむしろ旧商店よりそういったお店目当てに 人が訪れているようにみえた。 商店街と言うより半複合的商業街であると思う。
月桂冠大倉記念館でスペシャル講演を聞いた。 実際にまちづくりに携わる伏見夢工房の専務さん、観光部長さん、 それと月桂冠の元副社長で特別顧問さんの3人に話を伺った。
専務さんの話はかなり革新的な感じで大企業の社長からアドバイスを 頂いてるだけに企業に近い感じであった。 7−11でも同じような話を聞いていたし、 今はどこの企業でも同様なのかもしれないが、 「過去の成功経験の否定」「基本の徹底と変化の対応」 という2つのキーワード。それに結局つながる。 商店にしても、オヤジから受け継いだ店をそのまま守るのではなく、 段階的にレベルアップして行かないと人は寄り付かなくなる。 実際に商店街に人はかなり通るのだからお店に問題があるということ。 例えるならブロードバンドが充実しても それにに見合う魅力あるコンテンツサイトがないというところか。 HPだって随時更新しないと飽きられるわけだし。 ユニクロだって飽きられて今ではマイナス成長。 大変な時代だ。
講演はなかなかおもしろくていろいろなこと考えさせられた。 その中でも最も印象深かったのが、 「酒の命は水ではなく技術」とおっしゃった特別顧問さんの言葉。 “古い器に古い酒ではなく古い器に新しい酒を注ぐ” そうかー 古きことを廃れさせないためには新しきことが必要なのだ。 どこにも通じる言葉だと思った。 これからの人生の教訓の言葉にしよう。
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| 2002年05月16日(木) ■ |
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| ばっちゃり |
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1週間前に受けた某連合会の1次選考の結果が出た。 今度の札幌本社での2次選考会に出席します。 いやっほー!! 一番難関だった1次が通ったので一安心。 札幌までお呼びってことは後2回ぐらいしか面接はなさそう。 しかも交通費支給だから、今度は飛行機で行ける!!! ついでに、またラーメン食って寿司食ってイクラ丼食ってこよう。 さらに、チャリ持って行って釧路湿原や摩周湖でも行こうかな。 なんだか旅行気分やね。 でもほんまに5万円も支給してくれるんやろうか。
就職活動状況を報告しなくてはあかんくて、 内定を頂いている3社に電話を入れた。 なぜか緊張するにしまくって、 しどろもどろに報告をした。 7−11は6月4日に再度電話をして欲しいと頼まれる。 サンクスに関しては5月20日まで就職内定承諾書を返信 しなくてはいけなかったので、無理を言って1ヶ月も伸ばして頂く。 それと同時に先輩訪問をお願いしたところ、 社員との懇談会と研修店の訪問を京橋で用意してくれるとのこと。
うれしさと同時に将来の不安が同居してナンやら落ち着かないなぁ。
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| 2002年05月15日(水) ■ |
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| キャンパスライフ |
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ひさびさにゼミに行った。 教室に入る前、面接に似た緊張を感じた。 だけど、相変わらず先生はハイテンションで、 自分でボケて自分で突っ込む。 東京人のはずなのに必ず笑わせてくれる。 そのままで去年とあまり変わりはなかった。 正直ホッとした。 バリバリの熱血ゼミに変わってたら、 3回生についていけへん危機感があったから。
ひさしぶりにゼミに出たからウズウズした。 ついついいつも以上に発言してしまった。 しゃべりたくてしゃべりたくてあかんかってん。 くだらない話ばかりしてしまって反省。
4回生はオレ含めて2人でちょっと寂しかった。 みんな早く戻ってこーい。
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| 2002年05月14日(火) ■ |
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| ムードメーカー |
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某商社の最終面接。 役員8人対オレ1で圧され気味になりちょっぴり緊張した。 アルバイトの失敗談、自分の性格の短所、 東京支社に横浜の自宅から通勤時間はどれぐらいになるか、 就職活動状況はどうかについて聞かれる。
なぜか通勤時間についてはこと細かに聞かれた。 1時間半ぐらいになると答えると 役員みんなで相談を始めて、大丈夫だと判断された。 就職活動状況については本命企業の事を聞かれ、 なぜ、そこに行きたいのか?いつ結果が出るのか? について突っ込まれた。 本命企業の結果がダメだったら電話をしてくれと総務部長から 名刺を頂く。 う〜ん、これってほとんど内定っぽくない? 選考結果がいつ出るか言われなかったし。
社長は終始ニコニコ顔で世間話をするように親しげに話し掛けてきた。 こっちも負けじと笑顔で返した。 会社によって雰囲気ってほんとに違うなぁーと思う。 その雰囲気を作り出すのはやっぱり一国の主である社長なんだと思った。
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| 2002年05月13日(月) ■ |
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| 先輩の役目 |
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春の1泊ランのプランをどこにしようか迷う。 候補は何箇所かあるのだけれど、 頭を悩ませるんだよ。
山にするのか海にするのか? ミーハーにするのかマニアックにするのか? コースを重視するのか場所を重視するのか? ダートをきつくするかなしでいくのか? 走りを重視するのか景色を重視するのか? バリエーションを増やすかシンプルにするのか? 達成感を重視するか楽しさを重視するか?
知っているよ。 みんながハードなコースが嫌いで、 ダートがあまり好きじゃないことを。 でも、なんだろう。 昔のRUCCはかつぎや峠越えやダートをバンバン走ってた。 今はすごい緩くなってしまったような気がする。 前哨戦できついところに自ら飛び込んで行くような スピリッツを感じない。 むしろ避けたがる。
ホントはミーハ―で海でわいわいするようなコースが みんなの求めるところかもしれない。 でも、なんだろう。 それじゃあ、RUCCのホントの味は どっかに消えてしまうような気がする。 古き良き道を走り歴史在る峠を越える。 北山でいつのまにかそんなことをしている。 それがRUCCの普段だ。
どうしよう。 どんなプランを作ったらいいのだろう。 何を後輩に訴えればいいのだろう。 ここに来て迷う。 RUCCがどんなサークルで在っていくのか。 どんなサークルで在るべきか。 変動の時だからこそもう一度問い掛ける。 プランにどう反映したらいいのかを。
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| 2002年05月12日(日) ■ |
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| 嗚呼、今津! |
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春一プランの試走をしに原付バイクで出かけた。 鯖街道を順調に時速60km以上のフルで快走。 気分は上々!! と思ってたら異変が。 後ろタイヤがやけに横滑りするなぁーと思ったら、 パンクしてた。マジかよー 朽木の2k手前でしょうがないからとりあえず ガソリンスタンドまで押して歩いた。 1軒目のスタンドは休み。 日曜だからほとんどの田舎は休みなのだ。 だけど朽木は親切にももう1軒が当番日としてやってた。 おっちゃんに「パンク直してもらえますか?」と聞いたら 答えはできないとのこと。 しょうがないのでとりあえず空気をもう1回入れてもらい、 行けるとこまで今津を目指す。 こんなとこ居たら京都にすら帰れない。
やはり空気は持たず今津の途中でぺっちゃんこ。 押して歩いていたがラチがあかないから 超鈍足のスピードで乗って進んだ。
なんとか今津の町に入ったけど、 ガソリンスタンドは巡るとこ全て定休日で最悪。 8軒全て休みかよ!くそー! ドコモショップの前を通ったらかわいいお姉さんがいたので 聞いてみることに。 「バイクがパンクしてしまったんですけど、ここらへんで、 直せるようなところありますか?」 親切にも電話帳を開いて探して頂いたけど、 バイクやさんが2軒とも休みだと言う。 今日は諦めて電車で帰り明日また今津まできて直してもらう しか手段はないと思い、電話番号と場所を教えてもらう。
駅に向かう途中、営業中のガソリンスタンドを発見。 しかし、直せないという。 変わりに、自転車屋さんを教えてもらう。 自転車屋さんに行くとパンクした状態で乗ってるから、 もうチューブを代えないとダメだから、 バイクのチューブは取り寄せで今すぐ直せないと言われる。 バイク屋さんを教えるからそこで直してもらったらと言われ、 行ってみるが予想通り定休日。 しかもボロボロなお店だった。 戻って、チューブ代えないで直してもらおうとしたら、 あーだこーだと嫌そうにお金の話を言われたので、 もう、呆れてきて自分で直すと言ってお店を出た。
最初から人を頼ったのが間違いだった。 パンク修理ぐらいやってくれると思ってた。 だけどこっちはほんと困ってるのに誰も助けてはくれない。 自転車屋だって、めんどくさそうに助けてくれる気配はなかった。 「商売だから」と言われたときはカチンときた。 人が困ってるのをいいことに商売する職業には絶対就きたくないと思った。 オレが高校のとき、部室の前で自転車屋を開き、 1箇所100円でパンクを直していた。 純粋に困ってる人を助けるボランティアだ。
ホームセンターで空気入れとパンク修理セットを買い、 車検場に入りこんで自転車と同じ要領で直した。 ただ、不完全に直し、途中でまた空気が抜けると、 原付のスピードでは自転車と違ってバランスを崩し 命に関わるので慎重に直した。 最初から自分で自分を信じてやれば良かった。そう思った。
結局このときもう18時だったので、京都に帰るほかなかった。 途中で空気が抜けていないか慎重に確かめながら 警察御免の違反速度で飛ばして帰った。
疲労感いっぱいだった。
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| 2002年05月11日(土) ■ |
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| 食パンマン |
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今年も仮装ランというハイレベルな行事がやってきた。 仮装ランはRUCCの行事の中でも思い入れがある行事の一つ。 1回生のときは初めて走ったのが仮装ラン。 このとき出会った現4回生の男みんなとは仮装ランの後、 お好み焼き食って飲んで語ってカラオケ行って大盛り上がり。 フィーリングばっちしで今でも語られるほど楽しかった思い出。 ほんとあの時出会ったから今があると豪語できる1日だった。 2回生の時はツタンカーメンでチャンピョンベルトゲット。 3回生はあえて「でかいもの」に挑戦。ミカン星人をやる。
さぁーて今年は何をしようか。 そこで考え付いたのが食パンマン。 理由はダンボールの色とパンのみみの色がマッチすると思ったから。 これは簡単。いける。
思いの他、評判が良くて嬉しかった。 みんなが趣向を凝らして頑張って作った作品を見て感動した。 ある意味、RUCC芸術祭。 身体を張った芸術祭だからこそ、面白い。 こんなことすることはもう無いだろうと思ったら、 ちょっと寂しくなった。
この伝統だけは腐らずにこれからも守って行って欲しい。
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| 2002年05月10日(金) ■ |
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| 決戦の日は金曜日 |
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某組合連合会の1次選考はかなりハードだった。 ミニ説明会、SPI、性格適性検査、30分の集団面接、作文。 一気にやらされて休憩すら挟まれなかった。 SPIと性格適性はいつも通りにできた。
集団面接では周りがどっこいどっこいで助かった。 1.「就職活動でどこに主眼を置いているか?」 2.「就職活動状況は?どんな会社を受けた?」 3.「入って何をしたいのか?」 の3本について深く突っ込まれた。 結構厳しい突っ込みで答えに詰まる人もいたぐらい。 質問は3問でも就職についてどう考えているのか丸裸にされた。 他の5人は今まで何らかの形で農業と関わっていて 農業のことに突っ込まれていたけど、 オレだけが全く農業と関係無かったな。 だけど、それでも5人には勝ったと思う。
他の5人は質問1でまとめると「農業関係だから」という理由。 はっきり言って、こんなこと誰でも言える。 「なぜ農業なのか?」の理由が弱い。 さらに「なぜここに入りたいのか?」まで突っ込めていない。 ここまで深入りしたのはオレだけ。
質問2で7−11の内定の話で先制パンチ!! さすが超優良企業。名前が効く!! 面接官の顔がガラリと変わる。 第一希望のここの選考まで時間があり、 その時間を使ってそれまでいろいろな他の企業を見てみて、 コンビニ業界が自分に合っていると思い内定を頂いたことを伝える。 「意地悪な質問かもしれないけどウチに受かったら来るの?」 「何で第一志望なの?」と突っ込まれたが、 ここを第一志望にしていると伝えた上で内定を頂いている。 農業が一番人間が生きていく上で社会の根幹に存することを話し、 納得してもらう。
質問3では、農業のジレンマ、消費者の無知について語る。 それを解消して行く役目を担いたいと伝える。 「道内と内地(本州)のどちらで働きたい?」と聞かれ、 農業の現場を深く体感してから、本州の支店で働きたいことを伝える。
オレは農業を知らない。 それは選考の上でかなり不利になる。 リクナビ先輩情報でも会社のパンフでも紹介されているのは ほぼ北海道農家出身者や農学部、畜産学部出身だけ。 でもそれを跳ね返す力がオレにはある。 そう信じよう。 少なくとも、今日は思った。 人間的に勝負すれば農業を知る彼らにでも負けない。
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| 2002年05月09日(木) ■ |
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| 戦場へ |
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例会中に某商社から電話が来た。 最終面接の日程がうまくかみ合わず保留していた企業だ。 4月30日に他の人は最終面接だったから、 それで内定者10人をはじき出して、もう出番はないものと踏んでた。 しかし「もう一度お会いしたいと思っております。」 たぶんオレだけの為に面接を用意してくれたのだ。 断るのは忍びないと思って受けることを決意し、「お願いします」と答えた。 なぜかそれだけでホッとした声で甚く感謝された。 向こうも必死なのだ。 今朝の新聞に関西中堅企業の景気動向アンケートの欄に、 雇用についての記事があった。 それによると不況を逆手に、 「優秀な人材を確保しやすく中小企業にとってチャンス」 という認識があることを知った。 就職の氷河期だからこそ、人材確保ができる。 会社は必死なのだ。
家のポストにサンクスから封書が届いていた。 「よっしゃー!!」 封を破ると内定通知書が入っていた。 最後まで残った。全国で45人の中に入った。それが気持ちいい。 何よりも説明会後、結果が出るまで2ヶ月半もかかっただけに 大きなうれしさが込み上げた。 努力しただけ結果はついてくるよぉ!!
明日から本命の企業の選考会が始まる。 落ち着かない。 戦場へ派遣される兵士の気分だ。 命は1つ。 コンティニューはできない。
妙心寺の東林院に出かけた。 去年から残念ながら行けなくて目をつけていた 「梵燈」の夜間特別拝観だ。 確か4日間ほどしかやらない貴重な拝観。 「梵」と言うのは煩悩を消し去るということ。 庭園に点在するローソクの灯りを縁側に座って、 落ち着かない煩悩を払った。 むちゃくちゃキレイで言葉を失った。 ただただ眺めていた。 心の闇を照らしているようだった。
妙心寺東林院↓ http://www.kyoto-np.co.jp/kp/topics/2001may/09/02.html http://www.thekyoto.net/kyoukyou/0105/010510_01/index.html
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| 2002年05月08日(水) ■ |
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| 坂の途中 |
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バイト明けで寝過ごしてまたもゼミに行けんかった。 むっちゃショック!!ゲリピーショック!! たまには先生やみんなの顔が見たいと思ったのに。 今何やってるんやろ? 学校始まってからまだ行ってへん。 やばいなぁー
落ち着かない。 今までは立命館の大学生として身が安泰だったけど、 今ではどこにも地に足がつかない感じ。 就職活動の着地点はまだ見えない。 でも、それでいい。 めちゃくちゃ旅にでたいけど、我慢。 それでいい。 旅より何よりも大事なことは自分の将来を決めること。 それでいい。 人生に無駄はないから。 それでいい。 今は一生懸命悩み通す。 後悔するのは嫌いだから。 揺るぎ無い「覚悟」ができるまで、悩もう。
それを教えてくれたのはキムだ。 あいつは自分の素直な気持ちで就職先を探している。 「何をやりたいのか?」究極の答えを暗中模索している。 そんなあいつが正直うらやましい。 真摯な姿に胸を打たれる。あいつを誇りに思う。 どんな道があろうと、遠回りに見えようと、 結局あいつが考えることは一番近道を行っているように感じる。 「何をやりたいのか?」オレも必死で探そう。 どんなごまかしもいらない。しっかり見据えよう。
オレたちはまだ坂の途中だ。
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| 2002年05月07日(火) ■ |
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| 崩壊 |
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バイト3連チャン。 どうしてここまで身心を痛めつけてまで働かなくてはいけないんだ? つらい。 お金がないと生きていけない現実がイヤだ。 逃げても逃げても逃げ切れない。 朝ぐったりして家に帰る。 死んだように眠って午後疲れが完全にとれぬまま起きる。 この寝覚めがほんま最悪。 気分がほんま最悪。 発狂したくなる。 なんでこんな苦しい思いをしなきゃなんねんだーくそっ!!って。 そんで虚しくなって人間崩壊。
でも、救いはバイトをしていても仲間がやってくること。 友達が大抵は1日に1人はやってくる。 「おー!マロ!」「おっす、ゆーま!」 勤務中でもちょっと喋ったりして元気をもらう。 バイト仲間はみんなおもろい奴だから、 雑談しながら仕事できる。 なぜか7人中お笑いサークル所属の人間が3人。 朝7時になれば朝のシフトの女の子がやってくる。 仕事のご褒美にちょっと話す。
お金を稼ぐってほんとたいへん。 つくづくそう思う。
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| 2002年05月05日(日) ■ |
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| 多摩丘陵燃ゆる夕日に |
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タイトルは母校の校歌の歌詞。 良介と待ち合わせて、2年ぶりに3年間を過ごした高校に行った。 引退試合真っ最中の時期のためか広い校庭は閑散としていた。 だけど、4年前と同じように吹奏楽部の演奏が鳴り響き、 体育館からは走り音と笛の音が聞こえてきた。
何も変わらない、 体育館、食堂、教室、生徒会室、部室、校庭、スタンドそして川和高校の空。 「今でもすぐ高校生に戻れそうやん」良介に言う。 だけど、ボロボロになっていた壁が補修されているのを見ると、 やはり、もう思い出の地だと実感する。
ふたりでスタンドに座り校庭を見ながら しばし、思い出話に浸る。 現役女子高生が近くをいぶかしそうにこちらを見ながら通る。
良介は用事があるといことでお昼に別れた。 高校最寄のバス停でバスにうまいこと置いて行かれ、 「川和富士」の存在が頭によぎったので、 ちょっと行ってみようと歩き出した。 川和富士はその名の通り富士山のようなお椀型の展望台だ。 本物の富士山から横浜のみなとみらい、オレが住むマンションまで 多摩丘陵が遠く続いているのが見渡せる。
あいこが元気を無くしている時、あそこに連れてったことがある気がする。 どうしてかあいこに関する記憶ははっきりしない。 いつなのか、どんな話をしたのかよく覚えていない。
頂上の展望台に立った。 多摩丘陵の上に生える横浜の町。 ここに来ると横浜が大都会なんかじゃなくて、 緑の森がもこもことしている丘の町なんだってことが分かる。
横浜はコンクリートジャングルじゃない。 緑の風が今日だって心地よく吹いている。
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| 2002年05月03日(金) ■ |
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| 湘南夕暮れ海岸 |
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GWの鎌倉は大混雑だった。 こんなに人気があるとは全然知らんくて、 人込みに飽き飽きするたびに、 「なんだよこれー、くそぉー」 一緒に行った女友達にブツブツ愚痴をこぼしてしまう。
源頼朝が開いた武家が初めて政治、行政を司る鎌倉幕府。 なるほど、新緑がまぶしい森の中にいくつもの豪快な寺社が存在する。 鶴岡八幡宮でお参りしてからブラブラと適当に、 鎌倉宮を通り、瑞泉寺に行く。
来た道を戻り鎌倉五山第1位の建長寺を見た後 建長寺前のお店でとろろ蕎麦を食いながら足の疲れを癒す。 今度はアイスを食いながら亀ヶ谷坂切通し(かめがやつざか) 化粧坂切通し(けわいざか)を越えて源氏山公園のハイキングコースを歩く。 源氏山公園を抜けるとすぐ鎌倉の大仏にご対面。 このころにはだいぶ機嫌が直った。
鎌倉はマジでいい。 京都と違って飾らない武骨な寺やお宮が大きな青々とした森に守られている。 京都は昔の人のおしゃれ感が伝わるけど、 鎌倉はごくごく自然体だ。 平安時代の京の見栄っ張りな風潮を反射的に嫌っているような感じ。 素朴でありまた、純粋である。 頼朝が義経のおごりに怒ったことがなんとなく分かる気がした。
清々しかった。 1日中歩きっぱなしだったけど、疲れはない。 新緑とぽかぽか陽気と、相模湾から吹き抜けるやさしい風が気持ちいい。 そのせいか大仏さんも顔が緩んで微笑んでいるように見えた。
源氏山公園の高台のハイキングコースからから所々見えた 相模湾に浮かぶセーリングの白い帆にひかれて、 海が見たくなった。
江ノ島電鉄(通称:江の電)に乗って「鎌倉高校前」まで行った。 右に富士山と江ノ島が見える。 この駅の目の前はもちろん海。 俗に名が高い湘南海岸が横一線に続いている。 確か「茶宝」のCMの電車が走ってるシーンはこの駅のすぐ横の踏み切り。
海岸に下りるとふざけあってる若者の集団やサーファーたちがいた。 ただっぴろい海を目の前にして一気に全てを忘れた。 大きな海と大きな空。 見えるのはそんだけ。 感じるのは風だけ。
砂浜で寝ころがって見る友達の背中が 大きな空に浮かんで見えて、 オレまで空に浮いている気がした。
そんな1日の湘南ボーイと湘南ガール。
鎌倉の紹介↓ http://www.mapda.net/kamakura/kamanavi_sights/sights.htm
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| 2002年05月02日(木) ■ |
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| 渋谷 |
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良介と清水の奇人トリオで渋谷に出る。 HMVで洋楽のCDを聞きあさり、 アラニス・モリセットとブレンダン・ベンソンのCDを買う。 CDを買ったのはひさびさ。 やっぱり買うなら洋楽。 歌もジャケットもむっちゃかっこええ!! アラニスは朝起きたときのオープニングにしよう。
NHK前の屋台でたこ焼きと焼きそばを食す。 焼きそばは超大盛りに目玉焼き付き。 でらうま!! NHK前をブラブラしていると公開生放送のリハをしていた。 良介は舞台の上にいるディレクターらしき人を見て、 「オレにできるかなぁ〜」とぼやいてた。
公園通りの中華料理店で辛いものを食す。 ひえぇ〜ひーひー その後、古着の店行ってからもういっぱいビールを外人バーで飲んで 帰宅す。
3人ともあれからちょっとは大人になってるかな。
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| 2002年05月01日(水) ■ |
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| 休息の楽園 |
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完全休養。 今日はお休み。 勝手に出てくるご飯に感謝しつつ、 寝て起きての繰り返し。 やっぱし、実家はええわ☆
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