刑法奇行
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2005年06月22日(水) 回顧的学会と展望的学界

 今月は6日に被害者学会(関西学院大)、18日19日と刑法学会(北大)があり、ローをそれぞれ休講にした結果、2コマ続き授業を4回しなければならない羽目に陥った。どうしてこんなに忙しいんだろう、と拓郎の歌にもあった?。

 被害者学会では、わが研究室のS谷仙人が超理念的な報告をした。こういう報告がもっと増えるといいと思う。情報を伝達することもそれなりに意味があると思うが、ものの考え方、枠組みの提示が現在最も必要なことだと思う。そして、その枠組みを開かれたものとして相互に批判していく、つまり、自分の枠組みを拘束している何かを明らかにして、他者ににじり寄っていくことが必要なことだと思う。

 翌日行われたRJ交流会は、その意味で重要なイベントであった。全国のRJ研究者が一堂に会する試みであった。人数はさほど多くはなかったが、今後の布石を打ったといえよう。

 久しぶりに、U田OSホテルに泊まった。われわれにとって懐かしいホテルである。関西の学会ではよく泊まった場所である。来年は、日大で行われ、その翌日、2回目のRJ交流会を予定している。RJについては、S川さんの批判的論文(もっとも、私は、激励の論文と理解しているが・・・)も出たし、ますます盛り上がることだろう。

 刑法学会は、北海道に行くことそれ自体が楽しいという感じであった。理事会の後、S川さんとSテーションホテル近くの穴場の居酒屋に行った。海の幸を堪能して、分科会の最終打ち合わせを、再度、その店で行うというしつこさである。何と、その店は、ある刑法学会員の関係の店であり、世の中狭いね〜ということである。I井君の日記参照!

 分科会のことしか考えていなかったので、自分が実行委員であることを完全に忘却し、ゆっくり会場に行ったら、S取さん等からご批判を頂戴し、赤いリボンぐらいつけたらと言われ、リボンちゃん状態となったのである。

 今回の個別報告は、全部聞いたわけではないが、それぞれ面白かったと思う。回顧的責任論の再生という印象を受けたが、展望的責任論からの揺り戻しということかもしれない。ロクシンからヤコブス・フリッシュへという流れかもしれない。院生時代、SchuldからVerantwortlichkeitへという流れに唸ったことがつい昨日のことのような気がする。もっとも、回顧的責任論で厳罰化の動きに歯止めをすることができるのか否かが関心事である。英米の刑罰論や責任論の興味深い展開もフォローする必要があるだろう。

 分科会�気蓮�結構面白かったと思う。自分が面白かったのだからそれで良いのである。人選も正解であったように思う。打ち合わせの時からそれぞれの個性が表出されて実りがあった。とくに、S田さんの思考方法には感心するところ大であった。他者ににじり寄る方法のモデルかもしれない。私はこっちの立場ですからWiedersehenでは、一種のニヒリズム状態となる。一人一人見解が違うのだから、議論してもしょうがないということになってしまう。だからといって、一つの方向性を学会が示すことも全体主義となる。結局、互いの立場ににじり寄ることそれだけが残された道であり、そこに、展望的「学界」が見えてくるような気がする。枠組み(Rahmen)の突き合わせが大事である。まさに、ラーメン横町が必要であり、札幌はそれに相応しい場所であったといえよう。

 例によって、毎日、夜の学会で疲労困憊であった。月曜日には、M藤君、S仙人、S谷仙人と私で、積丹半島に行った。レンタカーでM藤君の運転である。神威岬は素晴らしかった。北海道で日本海を見た。車の中では、バカ話から刑法学の根幹の議論まで、まあ、私を含めて懲りない連中である。

 来年は、立命である。天才たぬきさんのご苦労が今から完全に予見可能であり、すでに、矢は放たれたのである。

ジャスティス for 手放し理論


norio

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