スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
今日は 私の両親と娘との4人で 近くのレストランへ 夕食を
食べに行きました。
この頃の暑さで 食欲も落ち、しんどいなあって
思っていたので 何か美味しいものを食べようと
思い 出掛けました。
夫は 今日は友人たちと焼肉を食べに行くと言っていましたので
ちょうどいい機会でした。
母は81歳で 少食になっているし 私もいつも一人前は
食べきれないので 二人で一人前を取り、あとは 一品料理を
注文しました。
父は 年齢の割りに結構食べます。
今日は父の好物の「皿うどん」をたべ 生ビールを飲んでいました。
娘は エビフライ、チキンカツ、ロースカツのセットを
食べました。
娘もこの頃は あまり食べることが出来なかったので
今日は美味しそうに食べているのを見て 嬉しかったです。
私は 本当に久しぶりにヒレカツを食べました。
私は 肉が嫌いということでは無いのですが あまり肉は食べません。
魚もあまり食べません。
豆腐類がすきで 毎日冷奴があれば 他におかずは
無くても平気です。
でも、今日食べたヒレカツは 美味しかったです。
母と半分ずつ食べ、デザートにアイスクリームも食べ、
おなかがいっぱいになって 久しぶりに 食事をしたと言う
気持になりました。
ご馳走様でした。
今日は 美容院へ行ってカットとカラーをしました。
十年一日のごとく 変化のない髪型をしていたので
夏ということもあり 思い切って短くカットしてもらいました。
若い子達が私の好きな髪型をしているので
同じようにしてもらいたいのですが 年齢を考えると
それも出来ず、今までのショートボブを基本に
段を付けて 軽い感じにしてもらいました。
切ってしまってから やはり今までの方がよかったかな?
と思いましたが 後の祭りでした。
まあ、髪はすぐにのびてくれるので 秋から冬に 今までの
ような髪型にしようと思います。
家に帰っての反応は 娘は「前のほうが良かった」 夫は「10歳若い」
でした。
暑いと 汗をかくし短いほうが何かと便利だと思います。
来月の同窓会には 少し若くして さりげないお洒落をして
でかけようと思っています。
今日は 昨日に続き住吉祭り第二弾、「花火大会」がありました。
娘は 友達3人と一緒に見に行きました。
私も 8時から行こうと思っていましたが
何となく 大儀になって 結局止めて 家で音だけの
花火を楽しみました。
花火と言えば TVでも隅田川の花火大会が放映されますが
いつ見ても 胸がわくわくして 大きな音とともに
夜空いっぱいに色々な花火が広がるのは 楽しいものです。
今年は 8月4日に 船に乗って 今治の花火を見に行く
予定です。
この頃は 花火を家でするところが 少なくなりました。
私が小さかったころは 夏と言えば花火だった思い出が
あります。
私は 線香花火が好きでした。
今にも落ちそうになる先の赤い玉を いかにして
最期まで落とさぬようにするか 競いました。
菊の花に似た パッパッと散るように燃える
あの花火の火が とても愛しくて
まるで 命をかけて燃えているかのように思えました。
はかない命を 精一杯燃やして消えていく姿は
儚さと共に哀れさを感じたものです。
外では 音がまるで おいでおいでと言っているように
聞こえます。
隣の家の犬が 花火のバンバンという音に合わせて
吠えています。
「ああ、見に行けばよかった・・・」
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ここまで 書いた後で 夫が車で花火の見える所へ
連れて行ってくれました。
時間は終わりのほうで 花火も残り わずかではありましたが
見ることができて 本当に嬉しかったです。
やはり花火は音だけでは・・・
心が子どもの時に戻って 大きな歓声をあげました。
シ・ア・ワ・セ・・・・。
今日は 当地の住吉祭りがあって娘が 伊予おどりを
踊りに行きました。
中学校の部活(剣道)の一環で PTAと一緒に
踊ることになっています。
今日はとても暑い日だったので この暑さの中
踊るのは 本当に偉いなあと思います。
私の姉が 昔、着ていた浴衣を 私の母に
着せてもらって 急にお姉さんになったようでした。
私は 母と一緒にお祭りに行き 娘が踊るのを
見ていましたが、ついこの間まで 私の手を
しっかり握って 迷子にならないように
していた娘でしたが もうこんなに成長したのだと
思い 感無量でした。
こういう風に 子どもは 親から 離れていくのですね。
家では 娘とぶつかることが 多くなって
私は 昔がとても懐かしく感じ
いつまでも あのころのままならいいのにと
思いがちですが
この成長を 心から 喜ばないといけないのですね。
私は 少し早めに帰ってきましたが
「暑い暑い」と言って帰ってくるでしょう。
冷たい飲み物でも 用意して ご苦労さんと
言ってやりたいと 思っています。
夏になると誰でも少なからず、食欲は落ちると思いますが
育ち盛りの 娘が「食浴がない」と言って この頃
食事の量が減っています。
多少のことなら 気にしないのですが 毎日のように
言うと 心配になってきます。
娘は もともと 体格が良く 今は私の身長も体重も
越しています。
少しくらいなら ダイエットができて 良かったねと
言いたい所ですが この状態が続くと 本当に心配です。
夏休みになって 毎日 部活で汗をいっぱいかいて帰ります。
そのためか のどが渇くらしく お茶やスポーツドリンクを
よく飲んでいます。
夏は ただでさえ食欲が落ちる季節です。
水分は 勿論必要ですが あまり飲みすぎると
胃液が薄くなって 余計に食欲がなくなるのではないかと
思ってしまうのです。
家に居る時は せめて 今までどおりに食べてくれると嬉しいのですが・・・
娘の好物をメニューに入れてやっても 最近はあまり食べません。
神経質になってはいけないのですが
私が 若いころに「神経性食欲不振症」所謂「拒食症」に
なって長い間 辛い経験をしているので
娘が 食べたくないと言うと その病気が 頭にすぐに浮かび
不安になってしまうのです。
秋が来て 涼しくなって 「食欲の秋」が来たら
又もとのように いっぱい食べるように なってくれたら
いいのですが・・・
しばらく様子を見ることにします。
今日は 来月に行われる 高校の同窓会に 着ていく
服を買いにデパートへ行きました。
普段は 本当に 安いものばかりを着ているから
デパートで買うときは いつもバーゲンのときです。
ちょうど今 夏物が 安くなっていたので
買いやすかったです。
下は 白のちょっとフェミニン調のロングスカート
上は 黒で ノースリーブのシルクが入った ブラウス
その上に やはり黒で編んだ 長袖のボレロにしました。
同窓会は 女性がお洒落をして 競い合うのかも
しれませんが 人は人と思い 自分に似合っていれば
いいと思って決めました。
試着して 似合っていたので「まあいいかっ」ていう感じです。
同窓会は 今まで娘が小さかったりしたので
あまり 出席していませんが 今回は 仲のよかった友人が
一緒なので いくことにしたわけです。
さあどうなることやら 8月17日が楽しみです。
今日、娘が 英語の家庭教師の体験をしました。
中学生になってからは 部活が忙しいこともあり
塾は行っていません。
小学生の時は 塾だ 公文だと勉強させていましたが
本当に自分の身に付く勉強は 一人でする家庭学習が
大事だと思いました。
そして 如何に 自分で決めたスタイルでやるかを 掴み
それを 一人の力でやって行くところに 生まれると
思ったのです。
勿論、塾へいくことは またそれなりに 違う意義は有ると思います。
ただ 塾へ行って勉強をすることは 受身の勉強になってしまう
のではないか?と思ったのです。
効果は 上がらなくても 長い目で見ると 自分の勉強のスタイルを
確立していくことのほうが 大切だし 自分ひとりの力で
良い結果をだせたなら 絶対に自信がつくと 思ったのです。
ただ 英語は 非日常的な言葉を学ぶのですから
やはりそれなりのやり方があると思いました。
「漢字検定試験」のように 「英語検定試験」に挑戦して欲しい
と思い 英語だけは 指導してもらおうと 娘に話して決めました。
来てくださった先生は 娘の能力を見て褒めてくださいました。
やはり褒められると 嬉しいもので あれほど検定試験なんて・・・と
言っていた娘が 「受ける」気になったようです。
これからの日本の英語教育は 読むだけでなく 話せることも
大きな目標にしているようです。
娘は、英語が好きだと言っているので このまま英語を
楽しく勉強していって欲しいと 思いました。
今日、TVで 金魚すくいの名人が出演して
その 極意を話していたのを見ました。
金魚すくい暦 25年の女性でした。
私も 娘が幼いころは 夜店に行って 金魚すくいを
しましたが、いつもすくえなくって
おじさんに 一匹貰って帰ったくちです。
その人が コツを教えてくれていました。
それによると �,垢�う輪になったものは 表を上にする。 裏は 水が溜まって、破れやすいからだそうです。
�⊃緻未傍錣覿盖�をねらう。 ��すくったら 紙を 斜めにして出す。 だそうです。
成功するのには 何でも正しい理屈があるのだなと
感心しました。
その名人に教えてもらった アナウンサーが 教えてもらった
通り やってみるとそれまでは すくえなかったのに
3分間で7匹すくえたと 喜んでいました。
私も 今年の住吉祭りに行ったら、教えてもらったようにして
今までのぶんも 取って帰ろうと思っています。
楽しみです。
今日、ちょっと用事があって 近くのスーパーへ行った時に
中学時代の友人と久しぶりに会いました。
本当に 久しぶりで思いもかけなかった再開に
二人とも 喜んで話し込んでしまいました。
彼女は もう大学生になる息子が居るそうです。
私は まだ中学一年の娘ですから ずいぶん 年の差を
感じました。
話し出すと 中学の時に戻って まるで いつも仲良く
話していた気分になりました。
不思議です。小学生時代や、中学生時代の友というのは
まるで そのときにタイムスリップしたように
なんの違和感もなく 話ができるのです。
言葉遣いもむかしのまま、気を使うこともなく話せました。
これが いいのですね、昔の友は今も変わらなく
友で居られる、そして 自分だけの世界で 話ができるのです。
これが 娘の友達のお母さんや 近所の人と 話していたら
こんな風に 自然には話せないと思います。
本当に 今日は思わぬ楽しい時間が持てて 嬉しかったです。
今日は 買い物に行かずに 何か家にあるもので
夕食をしようと思い、ツナ缶があったのを思い出して
ツナオムレツを作りました。
まづ、ジャガイモを二個 湯がいて熱いうちにつぶし
マヨネーズであえておきます。
玉葱をみじん切りにして 少しの油で炒め、色がきつね色になったら
ツナ缶を入れてしばらく炒めます。
さきほど つぶしておいた ジャガイモを一緒にしてさらに
炒めます。
これは 朝の涼しいうちに 作っておきました。
夕食前に このツナとジャガイモと玉葱をかき混ぜた
ものを少し電子レンジで チーンします。
ほんのりと温まるだけでいいので、これは作りおきできるので
いいです。
薄焼き卵を焼いて、フライパンの卵の中に さっきの中身を
入れて オムレツのかたちに整え、好みでケチャップを
のせてできあがり。
ツナの臭いもあまりせず、結構おいしかったです。
魚嫌いの娘も ツナ缶は食べるので 色々と工夫して
いますが もっと良いレシピを考えてみようと
思います。
今日は 本当に疲れて 体が 限界みたいな気がします。
朝早くに起きて、歩いて、そのあと 娘を
中学総体の県大会が行われる ここから20キロ
位の所にある 中学校へ連れて行きました。
まったく知らない土地だったので 分かりにくく
行けるかどうかも心配だったのですが
車を先導してくれる 車があったので なんとか
ついていきました。
一度帰り、家の掃除や 買い物をして
昼前に向かえに行きました。
帰ってお昼をして また今度は
違う所へ行きました。
娘の友が 「松山市民ミュージカル」に出演していたので
娘と他2人をつれていきました。4往復しました。
結局、私一人が動き回り 休むことなく
、疲れを貯めていくタイプのようです。
本当に 疲れて肩が凝って しんどいです。
今日ここ愛媛県は、梅雨が明けました。
去年より一日遅い梅雨明けだそうです。
梅雨明けの後は 数日暑い日が続くそうです。
私は夏が苦手なので これからが思いやられます。
一年中が 春か秋だったらいいのにと思うのですが
暑い夏の後だから 秋風が 嬉しいのだし
冬の寒さをこらえてこそ ぽかぽかと暖かい春の風が
ありがたいのだから 四季のある日本に住んでいる以上
夏も冬もやはり過ごしていかなければならないのでしょう。
暑い暑いと言っても、どうにもなるものではありませんから
少しでも 暑さを和らげることができる方法を
自分なりに考えて 生活しなくては・・・
昔は家の周りに打ち水をして 涼しくなっていました。
夕立がくるとその後は 少しひんやりしていました。
夕方の行水、その後のカキ氷、スイカと夏を楽しいものにする
アイテムがあったように思います。
昔の夏は良かったなと思います。
クーラーなしでは 暮らしていけない今の子どもたちは
私が幼かったころに比べると 少し可哀想だなあと
思いました。
今日は 母と午前中いつもの日赤へ行き 胃腸センターと
外科の外来を受診しました。
二人共、別に変わったことはなく 来月に受けるCTの
予約をして帰りました。
帰りの車の中で 私が母に「スイミングスクールへ行って
水中ウォーキングをしたら?」と言うと案外
乗り気の様子だったので 正直驚きました。
母は 自分のおなかが出ていることをいつも気にしているので
水着を 着るのに抵抗があるかな?って思っていましたが、
水の中を歩くことが体にとてもよいということを
知っていたので その気になっているようでした。
家に帰って早速 近くにあるスイミングスクールに
電話をして 問い合わせてみました。
母のような人が結構多くて 歩くことだけをしている人が
集まっているようでした。
母に話すと 行きたそうにしています。
母の気持が変わらないうちに 今、店でバーゲンになっている
水着を買い求め 来週からでも行くことが出来たら
本当にいいことだと思います。
そして、そこで知り合った人とお友達になることが
出来たら 一石二鳥のような気がします。
明日にでも 母を連れて水着を見にいこうと思っています。
今日は 久しぶりに 午後時間が有ったので
暑中見舞い状を書きました。
まだ、梅雨明け宣言をしていないので 出すことは出来ませんが
朝顔の花を絵手紙に描き、数が多いので
パソコンでプリントアウトしました。
原画と色が微妙に違ってしまいましたが 枚数が多いときは
便利です。
でもめったにしないので 葉書を逆さに印刷したのが
あり 残念でした。
やり直そうかと思いましたが 用紙があまりなかったので
出した人には 心の中でごめんなさいです。
表書きだけでも 結構時間が経って 気がついたら お昼も
食べていなかったのには 一人で苦笑しました。
外は大雨が降っています。
台風が行ってしまったあとでも 低気圧の影響なのでしょうか
雨です。
こちらは 少雨で水不足が心配だったので 少しでも雨が降ってくれると
嬉しいです。
仲間からの絵手紙が来ていたので 写真に撮りパソコンに取り入れ
今日の日付で更新しました。調子が悪くて送れたり送れなかったり
するので 時間がかかりました。
でも、一応今日の日付のぶんが 更新できて安心しました。
このHPを見てくれる方の中に、仲間の絵手紙を壁紙にして
見てくださる方が居るので 本当に嬉しく思います。
見てくださる方が一人でもいらっしゃると こうして HPを開いて
仲間の絵手紙を載せて良かったと つくづく思える今日この頃です。
いつも見てくださる方へ心よりお礼を言います。「有難うございます」
「思いつくままに」を 毎日書いていて 思ったことがあります。
人は一生に一作は 私小説(自分史)が書けるのではないか?と。
私の場合は 皆が経験していない 病気との闘いを
書いてみようかと 思っています。
私が 今まで生きてきた証として また これから 生きていく
未来へ続く道の道しるべとして、書き残しておきたいと
思うようになりました。
私がまだ 結婚する前、母が自分のことを私に話してくれたことが
あります。
母は普段は口にすることはありませんし その時に話してくれたのが
最後になるかもしれません。
でも、娘として 同性の母親の行き方を知っておきたいと思いました。
母がどんな青春を過ごしてきたのか? また どうして父と結婚したのか?
そして、姉と私を生み育ててきた時の気持を 知りたかったからです。
母はまるで自分史を語るみたいに 私に話してくれました。
昔のことですから 記憶が前後しているかもしれません。
そして 時間は残酷にも 忘れてしまうという行為を 母に
与えてしまったかもしれません。
ただ 母が話してくれた母のことは 私が色々と経験してきたこととは
全く違いますが 母は母なりに 苦労したのだなあと
思えることばかりでした。
娘は 私と違って 母親つまり 私のことなど
興味もなく 知りたいとも思っていないかもしれません。
でも 娘が成人して 結婚して 同じように娘を持って
私のことを 思い出してくれた時、娘に尋ねられて
私の存在が消えてしまっているかもしれません。
だから 自分のためまた娘のために 少しずつ 自分のことを
書いてみようと思っています。
今日、父の叔母さんで 母の従姉妹に当たる87歳の「おばちゃん」を 私の実家へ 連れてきてあげました。
おばちゃんは 、去年の秋にご主人を亡くし 今は娘さんと住んでいます。 松山市に住んでいるので ここからは 距離もあるので なかなか来ることも出来ません。
今日は 私の娘が 自然教室で家に居ないので 時間的にも 割りと自由だったので迎えに行きました。
以前から 私のHPを見せて欲しいと言っていたので パソコンも持っていって 見せてあげました。
年齢を考えると 興味のない人が多い中で おばちゃんは とても 好奇心が旺盛でなんにでも興味を持っている方です。
母よりも 年は上ですが 頭の回転は若い人と同じくらいで 私が いろいろと説明するのを 真剣に聞き 理解しようと してくれました。
おばちゃんは 外出が大好きで 暇な時はデパートめぐりを するのが 習慣です。 三越で おばちゃんを知らない店員さんは 居ないと言っても 過言ではありません。
今でも 化粧は勿論、ワンピースはあつらえたもので センスよく着こなし、アクセサリーはその服に合わせて しています。
本当に 人と話すのが好きで だれにでも声をかけて 話しているそうです。
そのおばちゃんが 私のHPを見て 絵手紙もそうですが 私の書く このページ や 思うままにのページに 感激して 涙を流しながら 全てのページを読んでくれました。
私は おばちゃんに絵手紙を送っていますが その絵手紙を 家の壁に貼っていつも 見てくれているそうです。
本当におばちゃんのように喜んでくれる人に 私の心を届けることが出来るのが 描く者にとっては 一番嬉しいことです。
今は 足腰も元気で 外出できるのでいいですが もし 出るのが大儀になったり 足腰が弱って 外出することができなくなったら メールを 楽しみたいといっていました。
凄いと思いました。
私も おばちゃんのように 年を取っても なんにでも興味を持ち 好奇心を持って生きて生きたいと思いました。
今日は本当に嬉しい一日でした。
今日は 久しぶりに 仲間との月例会をしました。
グループ「いずみ」は ひろあきさん、キクエさん、みち子さん、 そして私の4人で作っている ささやかな仲間の会の名前です。
今までに 絵手紙展を3回しました。 近くの銀行、郵便局のロビーを貸してもらっての 本当に地味な絵手紙展ですが 見てくれた人は 良かったという言葉を残してくれています。
今日はひさしぶりに集まって 和食膳をいただきながら 色々と話し、いい勉強もさせてもらいました。
絵手紙の本来の意味は 自分の心を相手に伝えることだと思います。 そして この喜びが 明日への生きる力になっていると言っても 過言ではありません。
私のHPを見てくださる人の反響に 勇気と元気を貰って仲間と共にこれからも心をつなぐ絵手紙を描いていこうと思います。
今日ひさしぶりに集まって 和食膳をいただきながら 色々と話しました。
ひろあきさんが万年筆を披露してくれ、常時持っている 葉書や切手やペンのことから 絵手紙の心まで話が 広がりました。
今日は 私がHPでみんなの絵手紙を載せてから 皆の世界が広がったと喜んでくれて 私も 毎日更新している甲斐があったと 嬉しかったです。
絵手紙を通して心の手をつないでいこうと思います。
今日は絵手紙を 何枚か描きました。
新聞で あなたに送る「絵手紙」募集を知ったからです。
私は結婚してまだ17年しか経っていませんが 第三回 金婚夫婦お祝いの集い記念という催しで 「夫又は妻に送るラブレター」をテーマに絵手紙を 募集していたので 応募しようと思い描いてみたのです。
主催者からのメッセージをここに載せてみます。
最近、夫や妻に「愛してる」って伝えていますか? 照れくさかったり、面倒くさかったり、 言葉で表すのはなかなか難しいものですね。 時には気持を、素直な言葉で 伝えてみてもいいのでは? 楽しい絵とちょっとした一言があたたかい・・・。 そんな絵手紙を送ってみてはいかがでしょう。
夫婦になると 相手のことを想っていても なかなか 素直に伝えることが出来なくなります。 日本人は 特にそうです。 心では 「愛している」「感謝している」と 思ってはいても 何故か言えません。
お互いの存在が同士になってしまったか 又は空気の ような存在になってしまったのか どちらかです。
子どもが生まれるとその傾向はひどくなり 夫婦から 父母になってしまいます。
勿論子どもにとっては 父であり母ですが 夫婦にとっては いつまでも 夫と妻の関係が 続かなければいけないと思います。
だから 今回の絵手紙募集の話を知って すぐに描きました。
5枚描いたのですが、描いていくうちに 懐かしい思い出が心の中によみがえってきました。
そして素直な気持で 夫への 短いラブレターが 描けました。
もうすぐ 18回目の結婚記念日が来ます。 その日に 夫に今描いた絵手紙の気持を 言ってみようかな?と思っています。
今日 いつものように 歯科へ行った。
土曜日なので 病院は休みでは無いけれど
先生は 交代で休むのか 主治医は居なかった。
私が行っている歯科は 先生が数人居るので
待たずに診てもらえるのが都合が良い。
肩の凝りで歯茎が腫れた程度の私は
予約時間なしで 診て貰えるので
私の好きな時間に行っている。
今日は 主治医の代わりに初めてのU先生が診てくれた。
U先生は とても丁寧に説明してくれた。
的確な処置の方法も分かりやすく話してくれ
私が心臓の弁の置換手術をしていて
血栓にならないようにするための
ワーファリンを飲んでいることも
把握しての 説明に 本当に心遣いの
できる先生だなあと感心した。
これから今の先生でなく 今日の先生に診て欲しい
のだけれど そのことを言い難いので どうしようかなと
考えている。
やはり 歯は腕の良い先生に診て欲しいから
思い切って言ってみようと思っている。
今日 、松山の歯医者からの帰りに 本屋へ寄って面白そうな本を 買って帰りました。
以前から 英語が話せたらいいなと思っていたので 今日からはこの本で 勉強しようと 張り切っています。
さて その本とは何か?
その本のタイトルは「英語の頭に変わる本」です。
日本人がなぜ英語が苦手か?それは 日本語と英語の 発音の仕方が全く違うからだそうです。 そして この本を書かれた方「玉川大学」の中田憲三教授は 「言葉は最初からその言語の正しい発音から 始めなければ 使える言葉にはならない」とおっしゃっています。
今朝のニュースで これからの学校教育の中の 英語は 会話が重視され 高校を卒業した子どもたち みんなが 英語を話せるようになると言っていました。
そのために 本当に英語の力を持った教師がその指導に あたるそうです。
本当にそれが 理想論ではなく 現実に 日本人が 第二外国語としての 英語が自由に話すことが できるようになったら 素晴らしいと思います。
私は 大学の3,4年のゼミで 「貿易通信論」を したのですが 外書講読や 貿易通信文を書きました。
中学から 大学まで10年間も英語を学んでいたのにも かかわらず 何故今は全く英語を話せないのかと いつも疑問に思っていました。
今日から この本で少しずつ英語が話せるように なれば 幸せです。
著者の意図する方法で 一ヶ月やてみたいと 思っていますので その結果がどうなったかは また この日記に書いてみるつもりです。
今日は昨日に引き続いて 「かまぼこ板展」について書いてみます。
「ギャラリーしろかわ」で全てを取り仕切っている 浅野さん(奥伊予ぼっこ)が 書いて送ってくれた 手紙に 本当に素敵な文章があったので ここへ引用させてもらいます。
出品した人、21631人に一人ずつ 招待券とともに 送られてきました。
次がその内容です。
奥伊予の森に大きな虹がかかり、紫陽花色のメロディが 流れます。「かまぼこ板の絵」の季節がやってきました。
♪山の中の小さな美術館に届けられたかまぼこ板の天使さん♪ ワイワイ、ガヤガヤ集まって 小さな町の大きな夢になりました。 お元気ですか? 先日はかまぼこ板のステキな作品を 送っていただき有難うございました。
あなたの作品は 審査も終え、ほっ・・と一息ーーー ただいま、蛍の乱舞によいしれたり、合歓の花の子守唄に ほんわか・・・しながら 全国各地からやってきた仲間たちと 展覧会の準備をしていますので、ご安心ください。
今回は今までで一番多い15787点という作品を 21631人の皆さんが送ってくださいました。
たくさんの作品の中に「目の不自由な皆さんに触って楽しんで もらってください。!」と届けられた「モーニング・セット」や 「お花見弁当」のおいしそおーーーなこと。 大変ユニークで よだれが出そうな作品は 海の町の大工さんからです。
第八回全国「かまぼこ板の絵」展覧会は 7月20日(土)から 11月24日(日)までです。ご招待券を同封し「お会いしたいなあ」の つぶやきとてんこ盛りの「ありがとう」を詰めました。
首を長くして待っていますから絶対にきてくださいね! どうぞ お元気で。
応募してくださったあなたへ
こんな手紙です。 本当にステキな手紙に 再感動です。
このページを見てくれた人の中で 行ってみようと思われた方は 是非見にいってみてください。
今日の日記でした。
| 2002年07月10日(水) |
城川町「かまぼこ板の絵展」 |
今日 城川町の「ギャラリーしろかわ」から 今年の 第8回全国「かまぼこ板の絵」展覧会の 招待券が届いた。
去年この 展覧会を見にいって 感激し 早速帰ってすぐに かまぼこ板の絵に とりかかった。
私なりに アイデアを出し 一生懸命に作った。 「携帯電話」=二枚のかまぼこ板を蝶つがいでつけ それに 電話を描き 折りたためる ようにしてみた。 メールを書いて 本物に似たように してみた。
「ふくろうたちの四季」=春は ピクニック、夏は海水浴 秋はお月見、冬はサンタクロース ふくろうたちが 楽しそうに 四季を過ごしている 様子を 絵にした。4枚の板を 一枚の ボードに貼って 作品を一つに 仕上げた。
「キティとミミーの 風船旅行」=青い空を キティとミミーが たくさんの風船に引っ張られた 気球に乗って 空を旅行している 姿を 描いた。
そのほかにも 数点描いて送ったが 全て入選しなかった。
でも ここは 出品した全ての作品を展示してくれるので 行って 自分の作品を探すのも 楽しいと思う。
今年は 7月20日から11月24日まで 開催されているので また 姉と一緒に行ってみようと思っている。
今日は 台風の影響で 雨だった。
母と一緒に 先日行われた 「松山城400年祭」 の中の行事だった、「絵ことば」作品の展示を 見にいった。
実は 私と姉と仲間とが 応募して 絵手紙を 出品したのだ。
「心の応援歌」がテーマだったので 自分が 落ち込んだ時や 辛かった時に 元気を もらえた言葉を絵とともに一枚の葉書に 描いてだした。
勿論 入選するとは 思っていなかったし 出品した作品を 全て展示してくれると いうので 皆に声を掛けて だしたのだ。
今日見にいって思ったことは 作品の絵が 上手いか下手かは 全然関係なく その絵と言葉が 本当に相手に伝わるかが その絵ことばの 意味である ということだ。
このことは 私が毎日描いている 絵手紙にも 共通して言えることだと思う。
絵手紙も 絵が上手いか下手かではなく いつも私が 思っているように いかに自分の思いがあいてに伝わるか それだけだということである。
何か賞に入りたいとか 人にほめてもらいたいとか言う 欲が 本来の作品の意味を消してしまう。
やはり 相手を思う自分の心が一番だということを 再認識した一日だった。
これからも このことは 頭の中にしまっておこう。
今日は、夜7時半から9時過ぎまで 娘の 中学の地区別懇談会があった。
今年初めて中学生の保護者として 出席した。
夏休みを前に 学校以外のところでの 問題点や 保護者としての 子どもとの接触や 先生との つながりなどについての質問がでた。
こんな場所では 発言を控えるひとが 多いのは なぜなのか?いつも疑問に思う。
個人的には なにか言っていても いざ このような 公の場所に来ると言葉を発しないひとが多い。
私は いつも思うのだけれど、どうして自分が 考えたり思ったりしていることを どうどうと 発言できないのか 不思議である。
今日も 発言したのは 私と後2人くらいだった。
それと いろんな問題点がある中で 難しいなと思ったのは 自分が 子どもたちがあきらかに 悪い事 例えば 喫煙をしているのを 目撃した時に その子を注意できるひとが 少ないと言うことだ。
女性は特に相手が男の子だったりすると どうしても 怖いと言う感覚がでてきて 注意したくても 注意できない。
私も何回もそういう場面を見たけれど やはりのどまででかかっていたが 注意するのを やめてしまった一人である。
もし 仕返しをされたらと思ってしまう。 私は わりと平気で 悪いことは悪いと注意をする ほうだが 娘に 辞めてと言われてからは 注意できなくなってしまった。
娘にその仕返しが来ないとも限らないから。
でもそういう風に皆が思ったら 非行はなくならない。 地区の大人が 協力して 本当に子どものことを 考えるのなら もっと積極的に注意しないといけないと 思った。
出席してよかったと思う。
今日は 東京でも 今年一番の暑さだったとか。
ここも 夏だった。
夫が言っていた。図書館のまわりで ニイニイゼミの鳴き声が 聞こえてきだしたと。
本当に梅雨が終わって もう季節が夏に移ってしまったようだ。
娘は今年はじめて 近くの厚生年金プールへ 友達と一緒に 泳ぎに行った。
今日のように暑いと さぞ 水の中は気持が良かっただろうと 思う。
いいなあ。泳げる人は。
私は幼い頃から 走ったり泳いだりが禁止されていたので 全く泳げない。
船の事故にあったら 私が一番に死んでしまうかな?
気持よさそうにすいすいと 泳いでいる人を見ると いいなあって思う。
家ではじめて 冷房を入れた。
夕食の時 やはり涼しいと 食事もすすむかもしれない と思って・・・
でも 娘はあまり食べなかったし 私も欲しくなくて 炊きたてのご飯に茗荷をきざんだものを置き その上にひしおを置いて食べた。
これが 本当に美味しかった。
もし栄養のことや 体のことを気にしないでいいのなら 毎日毎食、これで良いなあと思う。
明日は少しは涼しければ良いなと思う
今日は朝から 本当に暑い一日だった。
今朝 近くの朝市へ行ったのだが そこで いやな思いをした。
そこは 野菜や花を 全て100円で売っている。 近所の農家の人が持ってきて 売っているから スーパーで買うより ずっと 新鮮で安価だ。
母がぬかづけをしているので 今日は きゅうりを 頼まれた。
まだ夜が明けてない頃から 三々五々集まってくる。 私もその人たちと待っていた。
きゅうりを買って花を買おうかな?と迷い考えていた時 後ろでポンとたたかれたので 振り向くと 60歳くらいの男性が 私に向かって 「その花はわしのじゃ さわるな」と言った。
私は 並べてあるものを ちょっと覗いて見ていただけなのに そういうふうに見られて 怒られたのである。 びっくりして ごめんといったが 何かまだブツブツ言っていた。
その人は 100円で買って帰り 200円で売るのだろうなと 思うくらい 20束も買っていた。
せっかく 朝の気分のいい時に そういわれていい気分が 消えた。
帰って夫に言うと 夫はそんなことで腹を立てたらこっちの損だと言った。 そんなに考えると その通りではある。
あれほど 自分が他人に迷惑をかけてないなら 気にするまいと 思っていたのに やはり 気にしている自分が居た。
気分をわるくしたのは相手ではなく 私がそういうふうに 感じたせいかもしれない。
今日は 母と一緒に お中元を送りに行った。
お中元や お歳暮は絶対にしないと 思う人も居ると思うけれど 私は 「本当にお世話になります」と言う気持で 送っている。
19歳の時に一回目の心臓の手術をしたが その時に執刀してくれた 先生に その後今までずっと 年二回お礼の心を込めて 送っている。
昔は送るということが 相手に対して失礼だという 考え方があって 相手の家へ持って行ったけれど 今は殆どの人が 送りになっている。
娘がお世話になっている 習字とピアノの 先生は 家が近くなので 持参して 言葉と共に 渡している。
人と人の関係をスムーズにするために お互いがプレゼントを交換することがある。
その習慣の中で育った私は 誕生日や 母の日、父の日 結婚記念日などは お互いが何かプレゼントを するのがいいと思っている。
でも 夫の家では 全くそんな習慣が無かったので 夫は私の誕生日にも 何もプレゼントはしてくれない。 その件で 何回か喧嘩もしたが 今はもう諦めたわけではないが 仕方ないと 思っている。
私の実家では 今もプレゼントの習慣は続いている。 だから 特別の日は プレゼントや 外食をして 祝ったりしている。だからそれぞれの考えでいいと 思えるようになった。
ちなみに 夫は最初から お歳暮やお中元はしていないし もらっていない。
絵手紙には 50円切手が必需品だ。
姉が言った。 「葉書に貼る切手も絵手紙の内容の一部だ」と。
だから どんな切手でも良いと思わずになるべく 変わった 素敵な切手を貼って出したいと思う。
私は 松山市を離れて伊予市に住んでいるので ここの郵便局では 自分の気に入った切手が 手に入りにくい。
以前は 郵便局が 過去の人気のあった切手を集めて 通信販売をしていたのでそれを利用して 色々な種類を買っていたこともある。
80円の切手は 割合と手に入りやすいのだけれど 50円切手は すぐに売り切れてしまって 手に入りにくい。
だから ふるさと切手が発売される日を注意していて 仲間のキクエさんに 買ってきてもらっていた。
私が絵手紙を出す数が多いのか 切手がすぐになくなってしまう。
だから、今日は 松山中央郵便局へ行ってみた。
ラッキーなことに つい先日発売された切手がまだあって 手に入った。
でも私で全部売り切れた切手もあった。 私の後に並んでいた人は もうシートでは 買えなかったみたいである。
今日手に入った切手は 岐阜県の「郡上踊り」、神奈川県の「みなと横浜」、沖縄県の「識名園」 福島県の「尾瀬の花 水芭蕉」、石川県の「白山の高山植物」 の5種類、計200枚 である。
もし姉や仲間の人が欲しいと言ったら 分けてあげようと 思い200枚も買った。
これで一安心だ。 松山まで足を延ばした甲斐があった。
今日は忙しい一日だった。
4時20分起床。
それから 30分のウォーキングを兼ねて 絵手紙を郵便局へ入れに行き 母の整形外科の 診察の順番を取って帰る。
いつものように 掃除 洗濯をして母を整形外科へ送る。 その間に 昨日描いた絵手紙を HPで公開できるように 準備。
母を迎えに行き 帰りに買い物して帰ると もう昼前。
お昼を簡単に済ませ メールの返事を送る。
それからが時間がかかった。
まず、写真に撮った画像を加工して フォルダに取り込む。 次に 出した人と絵を 表に書き込みリンク、そうすれば 出した人の絵手紙が一目瞭然に分かるようになっている。
それから、自分が描いた絵手紙は 絵手紙専用に ファイリングし、 私に来た絵手紙は それぞれの人の フォルダに入れる。
そして ホームページビルダーで 更新する絵手紙と 入れ替え 更改する手続きを経て はじめて 今日の更新日 の作品が並ぶ。
今までは 仲間の絵手紙は 公開するだけだったが 今日はその絵手紙にコメントをつけた。
出してくれた人がどんな気持で 私に出してくれたのか その人の心が一緒に分かるようにした。
簡単な作業なのに 私が書くと大変のようになる。 毎日少しずつ描くほうが いいのかもしれない。
今日は本当に 暑い一日だった。 気温は33,3度だったとか。
この暑い日に 集中しようと思い 絵手紙を描いた。 計18枚 時間にして4時間。 描いたものは、かぼちゃ パイナップル 青い花 桃 アスパラガス 家にあるものばかり。
今日の線描きは 墨をすり 筆で描いた。 でも 細かな線が多いものは ペンにしてみた。 久しぶりに気持が乗ったので 描けたのかもしれない。
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午後 以前隣のマンションに住んでいて 今年の春に 引っ越した Tさんが 5才の基樹君ともうすぐ2歳になる 彩ちゃんをつれて 遊びにきてくれた。
パン屋さんのシールを集めて ブロックをもらったのでそのブロックを取りにきてくれたのだ。
久しぶりに見た、二人は 大きくなっていて 本当に可愛くて、賢くて・・・ 昔の娘の姿が思い出された。
一番可愛い頃なんだなあと思う。
今は娘は 私に対して反抗的な態度をとるし 一番難しい年頃なので 二人を見て 正直 羨ましいなと思った。
もう一度あの時に戻れるなら 今度は今まで 私がしてきて間違っていたことを せずに いい母親になれるかも?なんて思ってしまった。
小さい子が居る家は にぎやかで 楽しくていいなと思う。
本当に楽しい一日だった。
基樹くん あやちゃん ありがとう。又来てね。
今日は朝は雨だったけれど 午後は晴れてきた。
娘は昨日「明日 警報が出たら 学校が休みになるから いいのに」 と言っていたが そんなことになっていたら大変だったので かえってよかったと思う。
今日は謝ってばかりの一日だった。
私が上手く言葉をつなげなかったのがいけないし 人の行為を無にするような形になったのも いけなかった。
でも 直接ではないが 暗に私の悪い点を 指摘してくれて良かったと思う。
人はパーフェクトではないから 見逃したり 「後で」と 思って忘れてしまっていることもあるが それは 自分の中での自己弁護に過ぎず やはり いけないことなのだろう。
神様が傲慢を諌めてくださったのかもしれない。
本当に 有難いことと思う。
スカーレット
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