スカーレットの心のつぶやき
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昨日の一件がまだ少し引きずっています。
一日しかたっていないので無理かもしれません。
でも、午後は気持を変えて過ごしました。
絵手紙に貼る切手、普通のはつまらないので いつも
ふるさと切手を買っています。
今日は東京の郵便局から、切手の通販のカタログが
送られて来ました。
今までにも利用したことがあり、四季折々の切手や
可愛い切手など、良いものが手に入っていました。
今日は郵便局のHPに通販されている切手の実際の写真が
載ってあったので、それを見ながらチェックしました。
絵手紙に貼るのは50円切手なのですが、
見ていると80円切手にも、とても良い物がありました。
お金が許されるなら、気に入ったもの全部を買いたいと
思いましたが、やはりそれは出来ない悲しさがあります。
結局、全部で22シート、220枚買うことにして
郵便局へ行き、振り込みました。
2週間ほどしたら、届くそうです。
この間は葉書を500枚買い、今日は切手を220枚
買ったので、これからはどんどん絵手紙が描けます。
今日は一枚だけ描きました。
田んぼにある稲木を描いてみました。
日本の秋、郷愁です。
ところで、稲木という名前は一般的なものなのでしょうか?
母は稲木と言っています。
「い・な・き」夫はその言葉は知らないと言い、はせ、またははぜと
言うと言いました。
検索してみると、確かにはせ、またはハゼというほうが
よく言われている言い方のようです。
母に聞くとその呼び方は知らないと言っていました。
その稲木(稲架)を描いてみて改めて日本のよさを実感しました。
今日はあるサイトでいろんなことが起こりそれに関わったので
正直疲れました。
人の意見は様々でまたそれが面白いのですが
意見が戦いになるとこれはいけません。
人と違う意見でもその意見を聞き、そして受け入れなくても
その人の気持になってみるということが 大切なことだと
思いました。
顔が見えないしその分遠慮がなくものが言えますから
普段はあまり自分を出せない人でも、書き込みという場合には
自分を思っている以上に出せる人が多いようです。
いくら言論の自由と言っても、言って良いことと悪いことが
ありますから、そこのところを分かったうえで
発言しないとダメだと思いました。
これからも今日のようなことが起きると思うので
今日のことを良い経験にして 人と考えが違っても
その人全てを否定したりしないようにしようと思います。
今日は昔の友人に「ボブディラン」のCDをプレゼントされました。
来月の4日が誕生日なのでいただいたのです。
昔大学時代にフォークソング部に入っていた関係で
あの頃の曲が妙に懐かしくて 今日貰ったCDの中にも
懐かしい曲がありました。
あの頃の思い出が走馬灯のように頭を駆け巡りました。
若く何でもが輝いていたあの頃に戻れたかな?と思います。
今日贈ってくれた友人が好きな曲を私が知らなかったので
それでわざわざ買ってプレゼントしてくれたというわけです。
会って話した時間は、1時間弱の短い時間でしたが、一気に学生時代に戻れ
て話ができました。
ただ残念なことは、男性は昔のこまごましたことを
忘れているのですね。
私は昨日のように鮮明に思い出すのに、話ししても
覚えていないと言っていました。
でも、今日会うことができて本当に良かったと思います。
もう一生会えないと思いますが、それでもいい
思い出として私の心に残っているだけでいいと思っています。
今日も思い出に残りそうです。
今日、私ははじめて丸木スマという人のことを知りました。
日本画家「丸木位里」さんの母です。
スマさんは70歳から絵を描き始め、院展にも入賞したまさに画家です。
働き通した生涯の終わろうとする、その時から絵を描き始めたのです。 一人の画家が一生かかっても描き切れないほどたくさんの絵を残しました。
孫からもらったえんぴつとか絵の具とかクレヨンで描き始めた絵は 見る人の心に何か訴えるものがある、面白く不思議な絵です。
「蝶」という作品の色使いに私ははっとしました。 夢のような色使いで、花と戯れる蝶がいかにも楽しそうに描かれて います。 「夕暮れの畑」という作品は、大根、にんじん、かぶらなどの野菜が 地面の中にならんで生き生きと根をはり、地上にその葉を元気よく 波打たせている。そしてサラは朱い夕焼けでくもが走っています。
そのほか、「花と猫」「猫と遊ぶ子どもたち」 飯を食う猫の背中を真上から見て描いた、「めし」 「という作品は、ウサギが小屋で赤ちゃんを産み どんどんうさぎは増え、野に放してやったその時のウサギの姿が 描かれていました。
とにかく本当に見る人の心に何かを残してくれる絵には間違いは ありません。
スマさんの言葉の中にこんな言葉があります。 「本当の絵というものは、人に何かを与え、自分でもその絵の中で喜べるというものでないといけない」
確かにそうだと思います。
綺麗なだけの絵は人の心にまでは伝わってきません。 ヘタとか上手いとかの問題ではなく、何かを感じ人も何かを感じてくれるものでないと絵ではないとも言っています、
スマさんが言った言葉は私がしている絵手紙にもいえると思います。 やはり自分にしかかけない絵を描くことがいちばん大切なことだと 思いました。
今日は、色々と忙しい一日でした。
朝はいつものことながら、娘を学校へ送って行き(もうすぐ一月に なるので、足の骨折も治っていると思うのですが) その後掃除と洗濯、そして 母と一緒に松山の美容院へカラーとカットに 行きました。
今日は割りと空いていたので、助かりました。 この前のカットで後悔したので 今度は以前の髪の型にしようと 思って行ったのですが、今の長さで後ろをレイヤーにしてもらい 軽い感じの髪形にしてもらいました。
カラーの前にトリートメントをしたので 今回は仕上がりがつややかで 綺麗に出来ました。
今回の出来はまあまあ気に入りました。
母を待つ間に近くの書友閣へ絵手紙用の葉書を買いに行き 今が安売り期間だったので 葉書を500枚買いました。
三越の前で切手を売っていたので、50円切手を40枚買いました。
葉書と切手があると何故か安心します。
今日はこんな雑事の一日でした。
今日は、午前中10時頃から、前の花火大会に一緒に行った親せきの叔母と
母との3人で秋桜を見に行きました。
そこはここから15キロくらい離れた、車で30分くらいの
所にある畑でした。
今日は平日ということもあり、人はそんなに多くはありませんでした。
畑一面が秋桜です、赤やピンクや白の花が風にゆれる様は
本当に綺麗で可愛くて、見ているだけで心が優しくなりました。
背丈の高い秋桜の中に入り、顔だけ出して、写真を撮りました。
他の人も殆どがカメラを持ってきていていましたが
三脚で接写しているのはきっと何かの大会に出すのかな?
と思いました。
秋桜の絨毯、秋桜の海のようで、感嘆の声が聞こえてきます。
母も叔母も喜んで、命の洗濯が出来たと言っていました。
近くに「アウトレットモール」があったのでそこへ入り
小物の店で携帯のケースを買いました。
娘を連れてきてやったら、喜ぶだろうなあと思いました。
遠いところまで行かなくても、こんなに綺麗な秋桜を
見ることができて 本当に良かったです。
今朝は肌寒さを感じました。
娘はなんと、暖房がほしいと言うので呆れてしまいました。
今から一ヶ月くらいが冷房も暖房も要らないいい季節なのに・・・
外で車に乗っているとクーラーをかけましたが
家の中はとを締め切っても暑さはなく本当にいい気持の
一日でした。
洗濯物は気持ちよく乾き、シーツたちも乾いていい気持・・・
部屋の掃除もはかどりました。
明日は衣替え?をそろそろと考えていますが
これが大変で、疲れそうです。
HPの更新をしようと朝から挑戦していますが
サーバーにつながりません。
だから この日記だけが今日新しくなりました。
もうそろそろ、夕ご飯のしあげです。
今日の献立は茄子と豆腐の味噌汁と ツナのオムレツとサラダ
です。
これからは何でもが美味しい季節ですが、くれぐれも食べ過ぎぬよう
したいと思います。
私の場合はすぐに胃にきますから・・・
今日は、親せきの叔母と、姉ち母と夫と娘と6人で
久万の方面にドライブに行きました。
清清しい風が吹き、道の端には、こすもすとススキの穂がゆれ、
すっかり秋の風景、
走る車も窓を全開にして、その風と一緒の時間を楽しんでいました。
久万の古岩屋へ行き、記念の一枚をパチリ。
いい記念でした。
彼岸花は赤く絨毯のようにあぜを埋め尽くして咲いて居ました。
田には、稲刈りの後のわらが束ねられていて、
日本独特の風景でした。
朝のもぎたてのトマトを一袋100円で求め、
手作りのクッキーを買って帰りました。
本当に、今日の秋分の日は爽やかな一日でした。
今日は両親と一緒に、お好み焼きを食べに行きました。
父がこのお好み焼きが大好きで、81歳にもなるのに
私よりも食べるのには驚きます。
お好み焼きの醍醐味は何と言っても 自分が焼きながら
話をしながら食べる楽しみです。
考えてみると、このお好み焼きは小麦粉と卵とそのほかキャベツや
ネギ、そして豚肉や牛肉、ほたて いか えび等
何でも好きなものを入れて焼くので、栄養面でも
バランスがとれているような気がします。
私のお気に入りは、「ねぎ焼き・豚玉」です。
普通はこんなに一度にネギを食べることはありませんが
お好み焼きの中のネギは半端な量ではないのです。
娘はスペシャルを食べていましたが、豚やホタテや
エビやイカやそのほかとにかく一杯色々なものが入っていました。
娘の焼き方は面白くて、私も今はそのようにしていますが
一つの多きな玉にするのではなく
小さな玉で数多く焼いて食べていました。
父は大きな玉にして焼いていました。
父はうるさくて 人の焼き方や焼き加減について言うので
娘は嫌がります。
お好み焼きの本当に楽しさは 自分が焼くということに
あると思うので、干渉はしないで 放っといてほしいものです。
このお好み焼きは美味しくて私も好きなのですが、
一つ欠点は、においが髪の毛にしみついたり 服にも
しみつくことです。
そのことがなければ いつでも食べたいと思うのですが・・・
それでも、久しぶりだったので美味しかったし
お腹一杯になっていい気持で帰れました。
今日は、本当に痛い目にあいました。
思いっきり、頭を硬い木にぶっつけてしまったのです。
ベッドの頭の部分は木製です。
何かものが置けるようになっているのですが
そこへ、勢いよく後頭部をぶつけたのです。
目から火花が散るという言葉の通り、一瞬きを失いそうに
なりました。
ものも言えずに、「うっつ」という状態が続き、
そのあと起き上がっても、当分の間ぼーっとしていました。
今はタンコブができています。
車を運転していて、頭がずきずきと痛かったので、
もしかして、脳の骨に何か?と心配しました。
人は面白いもので、そんなことを思っていると吐き気までしてきたのです。
こりゃあ大変だと思い、何かあったらどうしよう?とも
思いながら、今に至っています。
冷やした方が良かったのでしょうか?
明日まで様子をみることにして、気をつけないといけないと
思っていますが、つくづく自分の馬鹿さに呆れている私です。
今日は秋のお彼岸の入りでした。
昔の人は「入り花を立てるな」と言います。
だから数日前に両親とお墓掃除とおまいりに行ってきました。
今朝、散歩の途中で見つけた「彼岸花」を取って帰って
絵手紙を描きました。
この花を嫌う人もいるので、 絵手紙に描くのはどうかな?とも
思ったのですが、季節もので今日がお彼岸の入りだったので描きました。
この真っ赤な色を見ていると、心の奥深くにある
激しい感情が現れてきそうで、慌てて胸にしまい込みました。
この赤が人の血の色にも思えて、こんなにも赤い血が
心の中に流れているのだと、改めて感動でした。
この「彼岸花」は誰に教えられるのでもなく
春と秋のお彼岸になると必ず咲きますが、これは 本当に不思議です。
まるで花に心と頭があるような気がします。
「まんじゅしゃげ」とも言いますが、今の時期にしか見られません。
昔の人は「死人花」とも言ったそうですが、これは何故でしょうか?
花が可哀想な気がします。
| 2002年09月19日(木) |
自分の生き方についてのこと |
今日は、自分の生き方について考えてしまいました。
今までの50年間が決して無駄なものでもなく
また、後悔だけ残るものでもなかったように思えるのです。
確かに要らぬ方へ行ってしまい、遠回りをしたかもしれないけれど
それがあったからこそ、今の私が居るのだと思うのです。
勿論、最高の人生など送ってきたとは思いません。
もともっと充実した人生を送ってきた人は一杯居るはずです。
でも、上を見ても下を見ても仕方がありません。
私がこの世に生を受け、家族の愛情とともに育ち
縁ある人と回り逢い、今の私が居るのだと思いますから
この今の小さな幸せを大切にしていきたいと
思うのです。
人と比べるのではなく、自分が自分というものをしっかりと思ったうえで
周りの人と折り合っていくことが、生きるということではないか
と思います。
これからも 人との出会いを大切に、そして毎日を大切にして
生きていきたいと思っている今日の私でした。
今日は一ヶ月に一回の「日本語ネットワーク」の日でした。
はじめは結構多かった人数が回を重ねる度に、だんだんと
へっていくのが 淋しい気がしました。
今日、勉強したのは、場所を示す「ここ」「そこ」「あそこ」の
使い方でした。
はじめての実習があったのですが、今日は外国の人は居なくて
そのかわりに 先生の役と生徒の役になる人を決めての実習でした。
私は勇気を奮い起こして、先生をしました。
とにかく相手は日本語が不自由な人であるということが
大前提です。
まず、場所を示す絵カードで 「トイレ」「ロビー」「食堂」
などのことばを言います。
そしてそれが理解できていえるようになったのを確かめてから
「ここは○○です」「そこは○○です」「あそこは○○です」
を繰り返し言わせて、それがいえるようになったら
次は「ここは○○ですか?」「はいそうです」
「いいえ○○ではありません」の言い方での
質問と応答の練習をします。
今日は生徒が日本人だったから、出来て当たり前の世界だったので
本番は今日のようには行かないと思います。
すこしずつ慣れてくれば 上手く教えることができると思いますが
3月のまでには もっともっと勉強して上手く教えてあげることが
できるようになりたいです。
この頃ちょっと涼しくて 晩のご飯のおかずは何にしようかと
スーパーで考えていてふと思いつきました。
私はいつも前の日に明日の献立を考えて買い物をします。
だから、今日の献立はもう決っているのです。
明日は何にしようと考えていてと訂正しないといけませんね。
それで 色々と見ていて思いついたのが そう「おでん」です。
そこで家にあるものは何か、買わないといけないものは何かを
考え、今日は蒟蒻、竹輪、すじ肉、そしてはんぺんを買いました。
まず、ゆで卵を作りました。
蒟蒻のアクを抜くために塩で5分湯がき、その後水につけました。
そして大根、ジャガイモは切って下ゆでしました。
こうしておくと 大根のアクがとれ、ジャガイモは煮崩れするのを
防ぎます。
おでんを炊く時は タッパーのステンレスのなべが一番です。
ここで宣伝しても何ももらえませんが、とにかく最高のなべです。
今日から 明日へと煮込むときっと明日の晩は美味しいおでんが
出来ているはず。
明日は午後忙しいので、今日こうして 明日のおでんをたいておくと
明日が楽になりました。
なんと今日夫が遂に携帯を買いました。
PHSは持っていたのですが、それは娘が使うので(と言っても、
かけらるのは3件だけかかってくるのは自由)
夫は何を思ったのか、買ってきて一生懸命操作を
勉強していました。
エッツ、さては・・・?女の影?笑っちゃいますが・・・
やはり持っていないと今どき不便で 買ったそうです。
メールも出来るので 私からも送りました。
これは進歩ですよ。
これからは、喧嘩しても メールでごめんが出来るかも?
便利でいいですね。
今日は敬老の日でした。
今のお年寄りは皆若くて 敬老というのは何歳以上の人を
さして使えばいいのかと 考えてしまいます。
私の両親は二人とも、大正10年生まれで今年81歳です。
昔私が小さかった頃は 50歳以上の人をさして
おばあさんやおじいさんと 言っていたように思います。
今の私がちょうどその50歳、友達の中にはすでに祖母に
なっている人も居ますから おばあさんと言っても別に
可笑しくはない年齢なのでしょうが
私は精神的にはいつまでもあの輝いていた18歳のころの
ままですから、人からおばあさんなんて言われると
絶対に嫌です。
私の両親さえも市主催の敬老会には出席はいやだと言っています。
普通80歳を越えたら、老人間違いなしですが・・・
やはり気が若いということは 自分の中で年齢を認めたくないという
気持があるからこそで それは大切なことかもしれません。
でも、娘にとっては 祖父祖母には間違いがないので
娘の小遣いの中から 祖父母に「酒饅頭」を買って
プレゼントしていたようです。
父は「この分だと100歳までは 夢ではない」と 昨日も言っていまし
た。
私も「これは分からないぞ」と思います。
頭も方もぼけないようにして体も元気で100歳まで生きて
くれれば 本当に嬉しいし素晴らしいことだと思います。
元気で長生きしてくださいね!!
今日は中学一年の娘の運動会でした。
でも、娘は2週間前に左足の小指を骨折して
今日の運動会には出られず見学になってしまいました。
仕方がありませんが、可哀想でした。
私は、娘が 小学生の時は席の確保のため、前の日からシートを
敷きに行ったのですが、
今年は何もしていなし、娘が出ることが出来ないので
ちょっと顔を出しただけで、帰りました。
友人の息子さんは母親に「来てくれるな」と言ったそうです。
とても憤慨し、また納得もしそれでも少し寂しそうでした。
子どもが大人になっていく過程で 必要なことなのでしょうね。
親としては やはり一抹の淋しさがあると思います。
娘は今日はきっとつまらなかったはずですが
これも又ずっと先になって考えるといい思い出になるかもしれません。
今日は午前中はいつもより涼しかったのですが午後はやはり
残暑が残っていました。
明日は敬老の日ですが 今日両親と一緒に夕食を食べに行く予定です。
娘も疲れたことでしょうから、何か美味しいものを食べて元気を出して
ほしいと思っています。
今日は、いつもの日赤の胃腸センターに行きました。
調べても胃潰瘍や悪い病気は見つからず、昔は気のせいなんて
思われていましたが、確かに胃の不快な症状はあり、
特に胃のむかつきや膨満感がひどくて
夏は食欲もなくなり、夏バテのような感じになっていました。
先生からは 心配なことは無いけれど、薬は飲んでくださいと
言われて、ずっと長く診てもらっています。
この最近、医学会でも 私のような症状を訴える患者が多くなり
それが、胃の蠕動運動の障害であるとの見解が出されたようです。
こんなパンフレットを貰って帰りました。
私のように 病気は見つからないけれど 胃の調子の悪い方は
参考にしてください。
「胃の運動障害」
日本では 4人に1人がこの「胃の運動障害」で悩んでいます。
その症状とは?
�‥任�気や胃がむかむかしたり、吐いたりする。
��胃のあたりがはれるなどの腹部膨満感がある。
�0澆發燭豐兇�ある。
�た�欲がない。
�ゾ�し、食べただけで、すぐおなかがいっぱいになる。
�Χ擦笋韻�ある。
�Щ世辰僂い發里�こみ上げてくる感じがある。
�┥綉�の症状がストレス負荷時に増強する。
胃の蠕動運動が鈍くなると、食べ物を腸へ送り出すのが遅くなり
胃に溜まっている時間が長くなります。
そのため、食べすぎや飲み過ぎでもないのに
胃もたれやむかつきなどの不快な症状が続きます。
また、食道から胃へ送り出す力と
胃から食道への逆流を防ぐ力のバランスが悪く
胃酸が食道に逆流していることもあります。
これらの「胃の運動障害」は、ストレス、不規則な生活
食べすぎが原因となっていることが 多いようです。
このような人はまず生活習慣を見直しましょう。
�/�生活の改善
・規則正しい食事をこころがけましょう。 ・刺激の強いものや、脂っこいもの、甘いものを控えましょう。
��嗜好品を控えましょう
・禁煙しましょう ・アルコールを控えましょう
��ストレスをためないようにしましょう
・十分な睡眠をとりましょう ・ゆっくり入浴して、体を休めましょう ・休日は趣味を楽しみましょう
以上のことについて 心当たりのある方は 医師に相談して
胃の蠕動運動を促進する薬の服用、また胃酸の分泌を抑える薬や
胃の運動を促進する薬を服用してみてください。
私は原因の�´△賄�していませんので 多分��が原因なのだと思います。
今日ほど、神様に感謝の気持を持った日はありませんでした。
少し大げさに聞こえますが 昨夜はこのことで 眠れませんでした。
ベッドに横になってから 私は手を合わせ、心から神様に祈りました。
と言うのは、昨夜こんな事があったからです。
夏休みの間、娘は自分の部屋を 足の踏み場の無いくらいに
散らかし、本当に凄い状態でした。
2学期が始まっても 綺麗いに片付けてなかったら 私が片付けると
いう約束があったので、娘が学校へ行っている間に 部屋を片付け
掃除をしました。
その時に、娘が夏休みの宿題として、美術館へ行き
そのレポートを書く為のパンフレットを持って帰っていたのを、
私がゴミと思い捨ててしまっていたのです。
今日の美術の時間にそのパンフレットを使って
宿題の仕上げを 学校ですることになっており、
私が捨ててしまったそのパンフがないと・・・パニックになってしまい、
私も自分のしたことが 本当に娘にとっては 大事だと気づき
昨夜は 殆ど寝ていませんでした。
そして、今朝もしかしたら?と思い、美術館へ電話して
そのパンフがあるかどうか?尋ねました。
すると「あります」と言う返事が返ってきて 早速美術館へ行き
貰ってきました。
昨夜神様に心からのお願いをしたことが 叶えられて、
神様にお礼を言いました。
無心で祈ったことが 天に届いたのでしょう。
本当に嬉しくて、気持が晴れました。
やはり心配していると、その通りになると言いますし、
ただひたすら、神様にすがると 助けてもらえるということが
身に沁みて分かりました。
本当に有難うございました。
今日、9月11日は あのあまりにも記憶に新しい アメリカ同時多発テロ
事件が起こった日です。
あれから一年。
今でもあの時の体の震えを覚えています。
あの時テレビを見ていた私は 番組の途中から変わった画面から
目を離すことができませんでした。
ニューヨークの貿易センタービルに ハイジャックされた ジェット機が
相次いで 激突して燃え上がった様子が まるで 何か映画のワンシーンの
ように映し出され その後のビルが崩壊していくまでが
何度も何度も放映され 恐怖に言葉も出ませんでした。
それ以来、アメリカは報復を考えアルカイダを崩壊させるための
色々な手段をとりました。
報復では 平和は来ません。
勿論あの地獄のような惨事の犠牲者の家族は 悔しさでいっぱいだと
思います。
でも、復讐はまた新たな復讐を生みます。
テロは許すことは出来ません。
でも、それに対しての アメリカのやりかたにも 問題があると思います。
今のこの世界は、 もし大きな戦争が起き、大国が挙って参加した時には
人類滅亡への道を走っていくしかないかもしれません。
今はアメリカのイラクへの攻撃が心配されていますが、
日本はどうすることが一番いいのか、もっともっと考えて
憲法19条を忘れずに もう二度と悲しいことが起こらないように
世界の恒久的平和を目指してほしいと思います。
テロを初めとする世界戦争は全体戦争にそして永久戦争になる可能性の
ある大きな間違いであることを 皆が忘れずにいたいものです。
今日11日に何も大きな事件が起こらないことを願っています。
今日は 絵手紙デーでした。
昨日姉からイガがついた栗を貰ったので、栗といがぐりと
ピンクの花、全部で15枚描きました。
今日は特別な用事はなかったので
午前中に買い物やご飯の支度をして
午後はずっと描いていました。
4時間半かかりました。
出来は 納得のもそうでないのもありますが
今から 写真に撮って パソコンに取り入れて
記録に残し その中のをHPように自分用のフォルダに
入れる仕事が残っています。
今から夕食の仕上げをして
夜にでも後のことをしようと思っています。
今日の夕食は豆腐のハンバーグを作ろうと準備は
出来ているので 後はこねて形にして 焼くだけです。
夫が今週は図書館が 遅い番なので 7時でないと帰りません。
それまでには 出来ると思います。
ちょっと頑張ってきます。
昨夜は 何故か父の夢を見ました。
父は今81歳になります。
定年後第二の就職をして それもやめ今は家で好きなことを
して過ごしています。
警察官だった父との楽しかった思い出というものは
何もありません。
忙しくて遊びに行くことも無かったのでしょう。
昨日見た夢は父が死んだ夢でした。
いつもは 気にしていないのに
こんな夢を見るなんて 悪い予感?否 死んだ夢は逆夢?
父とのことを今日改めて考えてみると
私が中学生のころ、クラブで栽培部に入っていて
そのクラブで しいたけの栽培をするので
木が要ったのですが そのしいたけの栽培用の木を
父が探して わざわざ学校まで自転車に乗せて 持って来てくれた
のを思い出しました。
父はやはり忙しかったので 家族を見ていないと
思っていたのですが これは仕方なかったことだったんだ
心では 私のことも考えてくれていたのだと
ありがたさを思います。
昨夜の夢が正夢にならぬように
これからも 元気で長生きしてほしいと心から思います。
今日の新聞に とても良いことが書いてありました。
その内容を読んで 私は またもや自分を反省することになりました。
東京大学の教授 安藤忠雄さんの文章を ここに引用ささせて貰います。
「今の子どもは 大人たちによって管理されている。
幼い頃から、ピアノ、水泳、英語といった習い事にかようのが当たり前に
なっていて、親も子どももおたがいに管理し管理されることに
慣れ、
最も大切な遊びの時間、つまり子どもたちがこれから生きていく
ための「自習」機会が無くなってしまっている」と書かれてありました。
さらに、「本当の自由な中に置かれた子どもは 知恵や工夫の心だけでなく
社会性や危機回避能力、協調性といったものを 自分自身で
習得していく」と言うことです。
「たとえ親であっても 子どものそんな機械を奪う権利はありません。
木に水を遣りすぎて 育たなくなるのと同じように
子どもに手をかけすぎても子どもは成長しません。
子どもの時は子どもらしくが一番です。」と
結ばれていました。
このことを もっと早く知っていたら いえ、 私自身が
そのことに自分で気がついていたら 子どもに対する対し方が
今とは違って もっといいものになっていたのだと
つくづく思いました。
今日娘がメガネのフレームを新しくしたいと言うので
メガネ店に行きました。
娘は視力が落ちて 2年位前から 勉強をしたり映画を見るときに
かけています。
初めに作った時に やはり 娘が好きで似合うフレームにしていたので
それを 作り直すのは贅沢な気もするのですが・・・
一応行って見てきました。
前のは緑系の とてもお洒落なステキなものだったのに
今度欲しいのは ぜんぶがセルのフレームで 今若い人の間で
流行っているとか。
深い赤に茶がすこし入った フレームが良いと言っていました。
私も 小さい字や 暗い時は 見えにくくなっているので
老眼鏡を持っています。
この最近 かけて見ようとすると 自然にその見る対象を
少し離してみるようになりました。
これは 老化が加速したのかな?
ちゃんと 度数を決めて 目にあったメガネのレンズにしてもらおうと
思って居ます。
娘のを買うついでに 私のメガネのフレームも 実用的なものではなく
少しおしゃれっぽいのにしようかな?と思っています。
目はとても大切です。
大事にしたいものです。
今日は 運転免許の更新をしに行きました。
10月4日が誕生日なので更新時期の連絡が来ました。
この前は3年前にしました。
それまでは 5年間だったのですが ちょっとスピードを出して
4年前に点数がついてしまったので 今回は3年で来ました。
やはり更新に来ていた人と話をして 安全協会費も5年分¥2500
一緒に払いました。
今回は 優良講習で 次は5年後の平成19年です。
ビデオを見て 後で安全協会の方の話があったのですが
6月から 新しく交通法が変わって厳しくなっていました。
酒気帯び運転は特に厳しくなっていたようです。
私はアルコールがダメなので 心配はないのですが
紹介しておきます。
今まで0,25ミリグラムで 免許の停止と6点だったのが
0,25ミリグラムで免許停止と13点、
今までは点数がなかった 0,15ミリグでも
新しく免許の停止と6点になっていました。
飲酒運転はもってのほかですが 15点が25点になり
酒気帯び運転でも人身事故を起こしたら 免許取り消しになっています。
又悪質運転者の取締りが厳しくなって
もし 相手が死亡したときはこれまでの業務上過失致死傷罪では
5年以下の懲役禁固又は50万円以下の罰金だったのが
一年以上の有期懲役、負傷させた時は10年以下の懲役を科すと
なりました。
それと 高齢運転者が75歳から70歳に引き下げられ
更新時には教習所での実技講習が必要になったそうです。
愛媛県は 特に高齢者の起こす事故が多いので
自分に自信がなくなった人は 免許証を返還したほうが
いいように思います。
携帯をかけながらの運転の怖さをビデオで見ましたが
集中力が半減どころか もっとなくなっているので事故の元に
なります。
私は電源は切ったりドライブモードにしていますが
結構運転しながら 話している人を見ます。やめて欲しいです。
安全運転を心がけて これからも 無事故無違反で行きたいと思いました。
今朝、いつものように、絵手紙を郵便局へ出しに行きました。
その帰り道、いつもこの時間が私にとっては とても心が
満たされる時間なのですが
なにげなく口にした言葉が 31文字の詩として
私の胸の中に一杯湧いてきたのです。
散歩の途中に 俳句とも川柳とも言えない短い言葉が
出て来ることは今までにもあったのですが、 今日のように
まるで 心の叫びのように 次から次と湧いてきたことは
初めてでした。
帰ってすぐに今日の新聞の折込チラシの裏の白紙に
書き留めました。
そして、思い切って新しいページを作って そこに載せることに
しました。
題は 「風の詩」にしました。
私のこころには いつも風が吹いているような気がするのです。
暖かな春風のような時もあれば 台風の時のような
嵐もあります。そして、北風のように 冷たく人を淋しくするような
風が吹く時もあります。
その時々の風のように わたしの心も色々な思いでいっぱいになります。
だからその思いを 詩にして この「風の詩」のページに載せてみました。
絵手紙と同じように 私自身の心が見てくださる人に伝われば
とても嬉しく思います。
これからも どうかよろしくお願いします。
今朝、娘が登校時に おなかが痛いと言って 「休みたい」と言いました。
親はそんな時、子どもが言うとおり休ませるのが 本当なのでしょうか?
私は それができないのです。
何とかなだめて行かせましたが、あれでよかったのかと
今は ちょっと不安です。
夏休みの時にも 時々言っていたことなのですが
休みが終わり、毎日の学校生活が始まると
余計に訴えているように思えるのです。
所謂、学校へ行きたくないという気持が 腹痛となって
現れるのでしょうか?
この言葉どおり 休ませるのが親としての一番良い方法なのでしょうか、
分かりません。
長かった夏休みが終わり、まだ暑さもある今の時期
足の指の骨折も手伝っているのか どうも 行きたくないようです。
だれか教えてください。
こんな時の対処の仕方を。
今日は、本当に久しぶりに静かな一日でした。
娘が今日から 本当の意味で登校し夫と二人で
静かな一日を送れました。
午後は特に夫も外出したので 本を読んだりパソコンを
開いたり 友人へ便りを出したりの 私がほっとする
時間がありました。
忙しいのが好きな私ですが こうして一人で静かな時間を
過ごすのは 又いいものでした。
掃除や洗濯、買い物、食事の用意と自分がマイペースで
できたので いくら仕事の量が多くても 気持が楽で
楽しめました。
やはり同じことをするときには 嫌と思ってするよりは
楽しんでするほうが ずっと良いです。
明日は今日よりも もっと静かで自由な時間があると思うので
楽しみです。
さて、明日は 何をしましょうか?
今、女の人の間で ビーズで作ったアクセサリーが 流行っています。
本屋さんにも ビーズアクセサリーの本のコーナーが出来ていて
色々な可愛い アクセサリーが作れる本を置いています。
私は細かい仕事は 肩が凝るので 苦手なのですが
その面白さにはまってしまうと 楽しくて仕方がないようです。
先日は 姉が私と娘に 可愛い指輪を作ってくれました。
赤いルビーを思わす とてもステキな心のこもった指輪でした。
今日は 又知人が私達のために作ってくれた 指輪をいただきました。
私のは 透明なクリスタルのような 指輪で、娘のは 濃い緑と黒で
できた ちょっと大人っぽいステキな輝きの指輪でした。
作ってくれた人が、私達の顔を頭に思い浮かべて 作ってくれたとか
本当にありがたくその心の入った指輪は 同じものが二つとない
ものなので 余計に嬉しいです。
どんなに高価な 宝石の入った指輪よりも
手作りで その作り手の心がこめられた指輪は
何よりも嬉しいものになりそうです。
送ったあいての顔を 思いながら描く絵手紙と一緒で
作る人の心が込められた指輪を 大切にしたいと思っています。
普段は当たり前になっていることが 何かの原因でとてもありがたいと
思えることが あります。
昨日娘が足の小指を骨折しただけで 今まで当たり前に
思っていたことが 出来なくなり とても不自由な思いを
しています。
目が見えて、耳が聞こえて、歩けて、ものが持てることが
普段は当たり前になっていて、それを普通だと思って
そのありがたさに気が付いていません。
以前、私がアイススケートをしていて 後ろから来た人に
思いっきりぶつけられて、転んだ時に 左の手首を
骨折しました。
完治するまでには一ヶ月かかりましたが その間 車は運転できず
家事も大変、着替えもままならず 苦労したことを思い出しました。
でも、左だったので 右手は使えたので 慣れると不自由さも
すくなくなりましたが
今と同じように 当たり前のことに感謝をしました。
明日から 2学期が始まります。
さて、 娘はどうするのでしょう?
自分のことですから 自分で考えて一番良い方法を考えてほしいと
思います。
スカーレット
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