スカーレットの心のつぶやき
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2006年05月25日(木) 泊り込み

父の具合が思っていたよりも悪い。

今までのようにすぐには回復しない気がする。

父自身も今度みたいにしんどいのは初めてだと言っているが

やはり自分の体のことは自分が一番よく分かる。

本当に今回の入院で

少なくとも去年の暮れに退院したときのような状態に戻るかどうか・・

医者ははっきりとは言わないけれど

言葉の端々にもうだめかも?

難しいというニュアンスを感じ取れる。

父は食べれないのだ。

吐き気がひどく受け付けない。

血中ナトリウムの値が低下していて

「低ナトリウム症」を起こしているらしい。

人間の体の中の電解質のバランスはとても大切だ。

その中の何かが変化してそのバランスが崩れると

こうして体のいたるところに症状が出てくる。

「低ナトリウム症」がひどくなると

意識混濁を引き起こし最悪の場合は死に至るという。

そうなる前に入院して本当に良かった。

父も気持ちが弱くなっているようで

私に病院に泊まってほしいと言った。

今晩は病院に泊り込むことにする。

去年の入院中も一週間病院泊まりをしたから平気だ。

私が側に居ることで

父が少しでも安心するなら嬉しい。

義父は来週の初めに退院することになり一安心だ。

今、私が出来ることを頑張ろう。

どんなことをしても後で後悔することにはなるのだろうが

今はそんなことを思わず

父の願うことをしてあげたいと思う。


2006年05月24日(水) 何もかも

正直言って疲れた。

何もかも嫌になった。

眠れない、意欲がわかない。

何もしたくない。

思考力が低下している。

こんな時は寝るのに限るけれど

その時間さえ私にはない。

いっそこのまま居なくなればどんなに良いだろう。

無責任なことはできないという頭があるから

そんなことは出来ない。

私って本当に駄目だな・・

最悪の精神状態だ。

投げ出して放り出してしまいたい。

あ〜〜〜〜ああ〜〜本当に疲れた。


2006年05月23日(火) 良かった・・でも・・やはり・・入院

昨日は父の具合が悪くなったので

元々の病院である日赤へ救急で連れて行った。

父の歩く姿はとても弱々しくいつ転ぶか分からないくらい心配だった。

大きな病院はどうしてこんなに待つ時間が長いのだろう。

9時過ぎに行って済んだのが午後2時前だった。

父はエコーやレントゲンや血液検査をした結果

今の所はあまり変化はないということで入院はしなくて済んだ。

でも、あまり嬉しくはない。

入院をしなくて済んでも父の状態は同じで

吐き気もあるし食事も取れない状態だ。

このまま放っておいても良いようになるわけはない。

一日おきだった点滴を今日から毎日にしてもらうことにした。

これで少しは食べられない分を補うことが出来るかもしれない。

義父の手術後の経過は順調だ。

でも、後一週間は入院が続く。

今日から私の病院への送迎が多くなる。

父を午前中に済ませ、

義母を義父の病院へ送る、

また夕方に迎えに。

今週は雨が多いようだから

私の母の病院への送迎も多くなりそうだ。

三つの病院が違うからはしごをすることになる。

車は昨日修理から戻ってきた。

今まで以上に気をつけないと。

私自身の体のことは考えても仕方ない。

私の出来ることをしてあげないと・・

頑張ろう。

(PM4時20分)

今朝いつもの病院(日赤から紹介された個人の病院)へ

父を点滴に連れて行ったが

やはり父は入院することになった。

血液中のナトリウムの値が著しく低下していて

今の吐き気や食欲不振もそのせいかもしれないと言われた。

父は入院はしたくないと私に言っていたけれど

このまま家に居るのは心配だった。

先生は要入院だと言ってくれたので

父は先生の言葉に従って入院することになった。

気持ちの準備も荷物の準備も出来ていなかったので

父の点滴が終わり病室へ連れて行ってもらった後

急いで荷物を作りに帰り

結局今日は朝から病院を三往復してしまった。

正直疲れた。

心臓の具合がちょっと悪く気分も良くない。

でも、母や父には言えない。

しばらく休めば治るかなと思うけれど

家事もしないといけないし

私には休息する時間は夜寝る時しかない。

朝4時起床の私は睡眠時間は取れても5時間くらいだ。

早く寝よう。

私が倒れたらどうしようもないのだから。

しばらくHPの更新や訪問も休むかもしれない。

少しでも負担を少なくしないと・・


2006年05月22日(月) 一日が


毎日が同じように過ぎることが

本当に一番の幸せだと感じるようになった。

変化は確かに楽しいし目新しいことに出会うのも嬉しい。

でも、平凡に過ごせることが一番なのだ。

若い頃には色々な出会いがあり

それなりの付き合いの中で

悦びと悲しみを味わってきた。

でも、もうそんな感動は要らない気がする。

両親や家族が元気で居てくれること、

私が頑張って居られること、

それが私にとって一番の喜びに思える。

一日が今始まろうとしているけれど

今夜日記に書くことがない日の方が有難いのだと思う。

物足らないなんて贅沢をいうのは止そう。

上を見れば限がない。

今が一番大切なのだ。

私の人生は山あり谷ありの波乱万丈とも言えるものだった。

少しはゆったりと流れる大河のような生き方も良い。

もう大きな夢も期待も持たず、

一日一日が変わったことなく過ぎることを願って生きていこう。


2006年05月21日(日) 父が

最近の父は体調も安定していた。

そのお陰で先日の大阪オフ会へ行くことも出来たのだが

昨日行ってみると父の様子が違っていた。

今までも何回も同じようなことがあった。

心配してすぐに病院へ連れて行き

何とか処置をしてもらって事なきを得ていた。

前は毎日点滴をしていたのが

この一ヶ月は一日置きに変わったから

体調の変化があったのかなとも思い、

父に「毎日行く?」と聞いてみた。

父は「点滴へ毎日行くのもしんどいから嫌だ」と言った。

また父は「死んだ方がましだ」とも言った。

父がこのような言葉を吐くほどしんどいのだろう。

よくなるはずはない。

段々と死に向っていることは事実だ。

治る見込みのない病気といかに闘うかが

とても大事だと思うけれど

父の性格ではそれを期待は出来ない。

先日亡くなった叔母と同じで

なにくそ!と思って頑張る人ではないことを知っている。

私が「じゃあ入院する?」と聞くと

父は「入院は二度としない、一日中病院の中に居るのは嫌だ」と言った。

父の意思を大事にしてあげたいと思う。

でも、側で弱っていく父を見るは辛い。

何とかしてあげたいと思うけれど

私には何もしてあげることは出来ない。

後は父の生命力と神様にすがるしかないのかな・・・

朝から気持ちが重い。

でも、考えてもどうしようもないことを考えるのはやめよう。

昨日は時間がなくて歩けなかった。

今から気持ちを取り直して元気を出して歩いてこよう。


2006年05月20日(土) めまい

今朝も朝の支度をしていてめまいがした。

二週間前にも同じようなことが起きた。

頭がふらっとして

目を開けていられない。

体を支えようとすると気分が悪くなり吐きそうになった。

これが起きている時間は実際は短いと思うのに

いやに長く感じられた。

こんな時は横になるに限る。

今朝も家事の手を休めてしばらく横になった。

するとまるでさっきのめまいが嘘のように治った。

でも、度々起きるようなら要注意だ。

最近の睡眠不足が原因なのか?

それとも疲れがたまっているのか?

何か悪い病気なのか?

色々なことを思った。

今は父や義父のことで休む暇もないくらい忙しい。

でも、無理をするのはやめよう。

結局自分の体は自分で気をつけるしかない。

誰も代わってはくれないのだから。


2006年05月19日(金) 休む暇なし

人は忙しさにどのくらい耐えられるのだろう。

そして人が無理をするのには限界があるのだろうか。

大阪から帰って休む暇もなく

色々なことが私を待っていた。

主婦が家を空けるということへの報いなのだろう。

これが一週間という長い期間ならともかく

たった二日間だったにも関わらず

帰宅してから次々とやらねばならないことが起きている。

昨日は夫の父、つまり私にとっては舅が手術をした。

私へは何も言ってくれていなかったので

大阪へ立つ前日になってやっと分かった。

はっきりと言ってくれない夫の言葉に

私への気遣いというよりも何か遠慮深さを感じた。

私が自分の両親の看護を一生懸命にした姿を知っているはずだ。

義理とは言え、私の親に違いない夫の両親のことだ。

私が放っておくはずはない。

昨日は昼に義母を連れて病院へ。

手術が終わるのを見届けて

その間に荷物も取りに帰り、

夕方になってやっと帰ることが出来た。

娘が修学旅行から帰り

たくさんの洗濯物と大荷物を片付け

朝はその洗濯物を乾かした後のアイロンがけ・・

することがいっぱいある。

今日は私の父を病院へ連れて行き、

義母を義父の病院へ連れて行くことになっている。

今日も一日忙しい。

私が倒れたら大変だ。

頑張らないと!


2006年05月18日(木) 充実感

私の場合は特に、心の持ち方一つで

心身共に疲れが違ってくる。

たとえ、どんなに忙しく休む暇もないときでも

心が元気で充実していたら

体の疲れを覚えない。

反対にいくら暇で休める時間もある時でも

心に何か悩みや悲しさがある時は

落ち込んで何もしたくなくなる。

そして食欲も睡眠も取れなくなり疲れてしまう。

そんな私だったのに

この数ヶ月前から本当に元気になった。

心の中のもやが晴れた気分だ。

考えても仕方のないことや

考えても自分の力ではどうしようもないことを

思い煩うのをやめた途端に元気になれた。

部屋の片隅でひざを抱えて蹲っていた私、

穴を掘ってその中でじっとしていたいと思っていた私は

今はもう居ない。

父のことも考えてもどうしようもないことだから

私の心にシャッターを下ろした。

心に鎧をつけた。

もうどんなことが起きても

私の心の鎧はそれを跳ね返してくれるに違いない。

それにしてもこの心の充実感は何故だろう・・・

今の私は小さなことにも幸せを感じることが出来る。

この今の私を大事にしたい。


2006年05月16日(火) 大阪オフ会

いよいよ今日は大阪行きだ。

行こうと決めた時はまだまだ先のことだと思っていた。

でも、楽しいことって案外早く来るもので、

今回の大阪行きも待っている間の楽しさを十分味わうことが出来た。

娘が昨日修学旅行に立ち、

その娘の居ない間の今日と明日の二日間という短い間だが

家のことを心配することもなく

安心して出かけることが出来る。

今朝は7時10分発の高速バスに乗り

5時間半かかって大阪へ着く。

昨夜は早目に寝たので今朝はいつもより早く目覚めた。

バスの中で寝よう・・・

メル友さんたちとは二年半ぶりの再会だ。

ああ〜本当に楽しみ。

父のことも気にはなるけれど

今日と明日だけ忘れて楽しんで来よう。

そして思い出をいっぱい作って来たい。


2006年05月15日(月) 母の日に

昨日は五月の第二日曜日「母の日」だった。

私が母になって17年になる。

娘が小さい頃は拙い文字で私に手紙をくれたものだ。

可愛い絵と文字で「いつも有難う、元気で居てね」と書いてくれていた。

今も私の大事な宝物として残している。

あの頃の娘の姿が目に浮かび

何とも言えない気持ちになった。

昨日の母の日に娘から「携帯ケース」をプレゼントされた。

濃いピンク色の素敵なケースだ。

今、私が使っているケースが少し古くなって

スナップがひとつ壊れているのを娘は知っていたのだろうか・・

値段の高い安いにかかわらず

やはり気持ちと共にプレゼントをもらうのは嬉しいものだ。

私は母に財布を贈った。

母は「生きている間ずっと使えそうだ」と言っていた。

でも、私はまた買い換えることが出来ると信じている。

年を取ると欲がなくなるのだろう、

夫の母は何も要らないと言った。

でも、私は日ごろの感謝の気持ちを込めて

義母の好きな花を贈った。

真っ赤なカーネーションの鉢と

ピンクのカスミソウをいっぱい。

こうして、母の日に娘からプレゼントをもらい

元気で居てくれる、二人の母に

ささやかなプレゼントが出来る私は

本当に幸せだと思う。

また来年の母の日に、

義母と母にささやかなプレゼントが出来れば良いと心から思う。

そして、娘からは小さい頃のように

手紙をもらえたらどんなに良いだろう。

こうして来年までの一年間を、

家族皆が元気で暮らせるように祈りたい。



2006年05月14日(日) 人生はプラスマイナスゼロ

ブログ「思うままに」に書いた通り、

昨日の朝の車の事故はショックだった。

でも、何故か落ち込まない私が居た。

ついこの間までの私なら

起きてしまったことを

いつまでもくよくよ考え

食事も喉を通らず

夜も眠れない状態になっていた。

それが昨日の事故のことを

他人に笑って話すことが出来た。

そして、ブログにも書けたことは

良い意味で開き直れたということかもしれない。

何でも悪い方にしか考えられなかったのが

こうしてプラス思考が出来るようになった。

神経が図太くなったのかもしれない。

自分が一番楽になれる方向へ持って行っているのかもしれない。

どちらにせよ、良い事だと思う。

昨日の午前中は思わぬアクシデントで忙しい思いをしたが

帰宅してポストを覗いて見たら

「神戸日帰り旅行当選」の知らせが来ていた。

一瞬何で?と思った。

これって何か詐欺にあったのかな?とも思った。

参加したらこのまま北朝鮮にでも連れて行かれるのかも・・なんて思った。

でも、ようく考えてみたら

このツアーに応募していたのを思い出したのだ。

数ヶ月前に100円ショップに行った時

レジで応募用紙をもらった。

どうせ当たるはずないとは思いながら

用紙に書いて応募箱へ入れておいた。

これが当たったのだ!

籤運の悪い私が当たるなんて何とラッキーなことだろう。

朝の事故とこの当選とどちらも当たったことになる。

つまり、悪いことと良いことが同時に起きた。

これってうまく出来ているな。

これで帳尻があうというものだ。

人生なんてこんなものかもしれない。

私の若い頃の苦しみや悲しみが

今の私の幸せの源になっているように

悪いことだけではなく良いこともあるのだ。

きっと神様が

段々と変わった私を見てご褒美をくれたのだろう。

せっかくのシャンスを無駄にしたくない。

来月の鳥取砂丘行きのツアーをキャンセルして

友人と二人でこのツアーに参加することにした。

神戸の街は大好きな街だ。

また、私に楽しみが出来た。

人生は捨てたものではない!

明るく心元気で暮らそう。


2006年05月13日(土) マスコミの威力

すごいことが起きた。

昨日の朝、誠さんのことを

NHKラジオ第一放送で

朝5時45分から52分の間

城川町の浅野さんが話したラジオを聴いた方が

やはり私と同じように誠さんと交流があり

ご自分のHPで誠さんの詩集をアップされている人の掲示板へ

誠さんのラジオを聞いて詩集を手に入れたいが

どういう風にすれば良いのか?という書き込みがあったと言う。

早速見に行った。

ありがたいことだ。

やはりマスコミって凄い。

私が誠さんの詩集をこのつぶやきに載せたり

思うままにのコーナーで写真と共に載せたりはしているが

ラジオで全国放送された途端

こういう反響があったのだから。

マスコミの問題は色々とあるけれど

この点は本当に素晴らしいことだと思う。

前にもメル共さんが誠さんの詩集がほしいと言われた。

その時には私の持っている詩集をコピーして閉じて冊子にしたものを

お送りした。

今回も、もしその人が誠さんから詩集をいただけない時は

私がコピーしてお届けしても良いと思い

書き込まれた方へメールを入れておいた。

一人でも多くの人が誠さんの詩集を読んでくれることが嬉しい。

それにしてもラジオやTVの力って大きいものだと思う。


2006年05月12日(金) 参観日

昨日は娘の高校の授業参観があった。

本当はリレーカーニバルという

娘の高校では伝統のある行事、

秋の運動会についで学生たちが

グループごとにリレーや綱引きや障害物競走など

いわば小さい運動会のようなものすることになっていた。

でも、一昨日に降った雨のために運動場が使えなくて今日に延期になり、

昨日は午後のPTA総会と学級懇談会の前に

五時間目を参観することが出来た。

さすが高校ともなると

見に来ている親も少なく

昨日は3人ほどしか来ていなかった。

私はこの参観日が好きだ。

娘が小学生以来一度も欠かしたことがない。

家では見られない子供たちの姿や

今の学校の先生たちがどのような教え方をしているかがわかるからだ。

小学生の頃は授業に集中出来なくて

キョロキョロしている子どもも居た。

中学生になるとそれもなくなり

中には授業中に寝ている子も居たりしたが、

それなりに学習態度も成長していっていたように思う。

昨日の参観について、

娘には「一番に来ないで」といわれていたにもかかわらず

昨日の参観もやはり一番乗りだった。

しーんとした教室で生物の講義が行われていた。

娘を見ていると真面目にノートを取り

居眠りもせず真剣に授業を聞いていた。

これが一番いいと思う。

家での学習時間が多いだけが良いのではない。

やはり学校での授業を中心に

自分ば納得できる勉強をするのが

一年半後の大学入試には強いと思う。

一時間の授業をずっと立ったままで見ていたので

正直言って疲れた。

学級懇談会も数人の親しか来ていなかったが

それでも先生の顔を拝見できただけでも意義があった。

色々とはっぱをかけられて私も焦ってしまったけれど

娘の人生は娘のものだ。

娘の将来が娘の希望する道に繋がっていけばそれで良い。

このことを私自身が肝に銘じておきたいと思う。


2006年05月11日(木) 誠さんのことが

今朝NHKラジオ第一放送で

城川町のかまぼこ板の絵展を立ち上げ

今はギャラリーしろかわの館長になっている浅野さんが

パン屋の誠さんのことを話していた。

私がブログやこのつぶやきで

今までに何回も書いたり

新聞に投稿して掲載されたことと同じことを話していた。

数年前にパン工場の事故で

頚椎損傷により重度の身障者になった誠さんが

今では車椅子で店先に出て

不自由な手に筆を挟み

色紙に言葉を書いている。

そしてそれらの詩を集めて詩集をつくり

希望する人たちに無償で贈っているのだ。

生きる意味、

生かされていることへの感謝の心、

私たちが当たり前と思っていることが

誠さんの言葉によって

改めて考えさせられることが多い。

生きることへの感謝の心を持ち

明るい心で皆に元気を与えている誠さんの

あの笑顔にまた会いに行きたいと思う。

今年の城川のかまぼこ板の絵展覧会に

誠さんの般若心経を書いた作品や

誠さんが書いた詩に姉が花の絵を描いた作品などを出して

誠さんのコーナーも出来たらしい。

今誠さんは横書きにしか書けなかった文字を

縦に書く練習をしているという。

並大抵の努力がないと出来ないことを

頑張っている誠さんに

心から応援のエールを送りたいと思う。


2006年05月10日(水) 点滴の力


父の具合が悪くなりこのままでは

食欲も落ちて体力的にも心配になったのが

今年の二月の末だった。

そして三月の初め頃から

毎日点滴をしてもらうことにして二ヶ月になる。

父の機嫌が悪いときは

父の病気がそうさせていると思えば少々のことも辛抱できる。

でも、時には父の我がままに腹が立つこともあった。

いくら「食べて」とか「飲んで」とか言っても

父は「ほしくない」の一言。

母は母で一生懸命に料理を作っている。

その母の姿を見ているから

少しでも父が食べてくれたらいいのにと思っていた。

でも、点滴をし始めて数日してから

少しは食べられるようになった。

先生が「食欲が出て食べることが出来るための土台作りです」

と言って始めた点滴だが

本当に最近の父を見ていると

点滴の力ってすごいと思うようになった。

今は父の点滴は毎日ではなく

月・水・金の週三回になった。

連休中は点滴に行けず父自身もしんどかったと言う。

でも、昨日久しぶりに点滴をしたもらった途端、

しんどくないと言ったのには驚いた。

父は八月の末に85歳になる。

せめて誕生日までは今の状態で居てほしい。

父や母という存在は

たとえ目が見えなくても

居てくれるだけで嬉しいものだ。

父や母が現状維持を続けてくれることが

姉も私も最高の望みだ。

しばらくは今のまま週三回の点滴を続けることになった。

それにしても薬って効けば効くものだ。


2006年05月09日(火) 五人以上の異性とパート��

前に70歳位の知人から若さの秘訣を聞き

なるほど!と思ったこと。

それは「一日に5人以上の異性と話をする」ということ。

このつぶやきにも書いた記憶がある。

その話を聞いたのは去年の秋だった。

もう半年以上経ったが

今も私はこのことを心がけている。

今朝は散歩中に男性5人と挨拶を交わした。

ジョギング中の人、

犬の散歩をしている人2人、

新聞配達をしている人、

そして散歩をしている人の計5人だ。

たった一言「おはようございます」というだけだ。

でも、その一言をいうときには必ずにっこりと笑うことにしている。

無表情で挨拶されても嬉しくないだろう。

相手がにっこりと微笑んで挨拶してくれたら

どんなにいい気持ちになるだろう。

たまにかかってくるメル友の男性と話をすることもあるが

後は父と夫の二人しか居ない。

だからなるべくこちらから挨拶をするようにしている。

姉に話したらなかなか難しいねと言った。

確かに同性の人と話をする機会は多い。

でも、異性だからこそ良いらしい。

これから年を取るに連れて家の中に引っ込んでいることが多くなる。

それを防ぐための手段でもあるという。

若さの秘訣は家に閉じこもって一人でぼーっとしているのではなく

外に出て色んな人と会い、話をするということなのだろう。

これからも異性5人以上の人と話をすることを

心がけたいと思う。


2006年05月08日(月) 私の好きな人、嫌いな人


私が好きな人は誠実な人だ。

信頼できる人だ。

いくらお金持ちでハンサムな人でも

不誠実な人や人の気持ちを平気で傷つける人は嫌い。

自分のことを棚にあげておいて

人のことだけを批判する人、

お膳を自分に向き変えて考えない人、

平気で人を傷つけておいて

傷ついた人に暴言を吐く人、

人の粗探しが得意な人、

そういう人は嫌い。

反対に自分のことを二の次にして

まず相手の立場や気持ちになって考えることの出来る人、

この人なら何を話でも決して裏切らないと信じられる人が好きだ。

また自分自身の夢や目標に向かって

こつこつ努力をする人も好きだ。

間違いは誰でもある。

でも、自分の間違いに気づいたらすぐに謝りを言える人がいい。

相談したら突き放すのではなく

相手の気持ちになって考えることの出来る人が好きだ。

そして、一番はこの人と居てほっとできる人。

私はなれないけれど

そんな人になれたらいいなあと思う。


2006年05月07日(日) 久しぶりに

春になって庭に色んな花々が咲きだした。

毎日散歩する道にも色とりどりの花が咲いている。

花屋さんの店先にも

人の心を癒してくれる花がいっぱい。

まさに絵手紙を描くには最高の時期だ。

なのに、最近はずっと絵手紙を描いていなかった。

絵手紙が描ける時は

心にも体にも余裕のある時だ。

この頃は季節の変わり目ということもあり

家事に忙しく描こうと思いながらも

なかなか座ることが出来なかった。

でも、庭のスズランを見ていて描きたくなった。

スズランが散ってしまってからでは描けない。

今じゃないと描けない。

庭のテツセンも紫色の上品な花を咲かせている。

これも描きたい。

散歩の途中の道で摘んできたアザミの花にも魅力がある。

昨夜お風呂も終え、後は寝るだけというときになって

急に絵手紙を描こうと思った。

友人が見せてくれた絵手紙に刺激されたようだ。

二時間で七枚描いた。

いちご、テツセン、スズラン、アザミ、

そして来る11日の母の誕生日のために

可愛い猫が寄り添っている置物を描いた。

でも、ヘタだ・・・

やはり毎日筆を取っていないとダメだ。

絵手紙はヘタがいいとは言うけれど

上手いに越したことはない。

一気に描く力があるのなら

これを分けて少しずつ描けば良いのにと思う。

でも、描き上げた時には何か満足感を得ることが出来たことは確かだ。

気負わずボチボチと描いていこう。


2006年05月06日(土) 後十日

楽しみにしている大阪行きが後十日になった。

まだまだ先のことだと思って

荷物も何も用意をしていなかった。

でも、昨日は何を着て行こうかな?と

家の中の服を引っ張り出して

一人でアレを着たりコレを着てみたり

ファッションショーをして時間を過ごした。

今までの私は何処かへ旅に出る時は

必ず一枚は新調していたものだ。

でも、今回は家にあるもので済まそうと思っている。

お洒落が目的ではない。

友人との再会が目的だ。

一日目は花がいっぱい咲いている所へ案内してくれると言う。

二日目は友人と何処かで話をすることになっている。

だから気楽な格好が良いだろう。

私はスカート派だからパンツを持っていない。

スカートの中でも

あまりドレッシーなものではなく

ジーンズのスカートにTシャツのような

ラフな格好が良いかなと思う。

出発前にこうして過ごす時間がとても好きだ。

色んなことを思い、

会う人の顔を思い浮かべ、

何を話そうかな・・

何をしようかな・・

というように色々と頭の中で思いめぐらせる時間がとても楽しい。

その日になると帰る時間のことばかり気になってしまう。

だから、待っている時間のこのワクワクした気持ちが好きなのだ。

後、十日。

私の心の中で思いがいっぱいふくらんでいる。


2006年05月05日(金) こどもの日

今日は五月五日「こどもの日」だ。

近所の家の庭に鯉のぼりが気持ち良さそうに泳いでいる。

我が家は娘だから鯉のぼりは上げないけれど

大きな真鯉と緋鯉とこどもたちの鯉が

仲良く泳いでいる姿を見ると何だかとても嬉しくなる。

「子は鎹」と言われるが本当だとつくづく思う。

私は子どもを持つことは初めから諦めていた。

本当は望んで居たけれど

それは夢のまた夢だと思っていた。

だから、今私がこうして一人娘と共に暮らせること自体が

不思議でたまらない。

十七年前、自分の命と引き換えに産んでよかったと

今は素直に思える。

反抗期にはとても苦労したし

(と言っても、娘の場合は第一次反抗期はなくて

小学校の高学年の頃に訪れたから

なかった分が一気にやってきたと言う感じだった)

毎日が戦争だったような気がする。

それも今は落ち着いて喧嘩をするのは

私が娘のことを思って口出しした時だけだ。

私が要らぬことを言わずにいれば平和な毎日。

今娘は高校二年だから

後二年もしたらこの家を出るだろう。

こうして娘のことをしてやれる日々も後二年だと思えば

少々のことは我慢できる。

きっと懐かしい思い出になると思う。

元気で伸び伸びと育ってくれた娘。

これからは自分の夢に向って

自分の頭で考え、

自分の足で歩いて行ってね。

そして自分の幸せを自分の手でつかみ取って欲しい。

挫折しながら成長してほしい。

他人の痛みの分かる人になってほしい。

私の後ろ姿はあまり良い物ではないけれど

時にはその後ろ姿を思い出して欲しい。

子どもの日の私のつぶやきでした。


2006年05月04日(木) 張り詰めていた糸が・・

私の心の中で張り詰めていた糸が

最近緩んで来たのを感じる。

「こうしなければいけない」とか、

「絶対にそうすべきだ」とかいう

義務感や使命感で生きてきた今までの私の人生。

でも、最近、これって変?と思い始めた。

掃除が出来ていなくたって

それがどうしたというのか。

食卓に4種類の料理そろえることが出来なかったと言って

それがどうしたというのか。

部屋の中にゴミが一つ落ちていたからと言って

死ぬわけではない。

今までの私は

家事が完璧に出来ていないと

私自身の生存価値がないと思っていた。

この完全主義にも近い私の性格が

良かったと思えることなんて一つもないのに。

小さい頃は学校の勉強が一番になろうと頑張った。

恋愛も自分を犠牲にしてでも

相手を100%受け入れようと頑張った。

結婚してからは家事を、

子どもが生まれてからは育児を。

親が病気になれば看病を。

このように何事も完全を目指した。

でも、疲れた・・

いくら頑張っても完全にこなすことなんて出来ないと分かった。

わざと手抜きをしてみても

それで人生なんて変わりはしない。

私一人が頑張ってみても

それがどうしたというのだろう。

もうや〜めた。

好い加減な人生を生きたい。

楽な人生を生きたい。

私を理解してくれる人は居るはずだ。

分かってもらえない人に分かって欲しいなんて思うのはやめた。

無駄な努力をするのはやめた。

そんな気持ちになった途端、

昼寝なんてしなかった私が

今日も午後のひと時寝ていた。

肩こりも緊張の糸を緩めると

少しはましになるかもしれない。

人様に迷惑をかけない限り

私の思うような人生を歩もう。

楽な人生を。


2006年05月03日(水) こんな私に乾杯!

最近の私の心はとても平和だ。

普通はこうなのだろう。

今までの私がおかしかったのだ。

いつもおどおどしていて

何かがあるたびに心臓が早鐘を打っていた。

不整脈も起きていた。

皆原因は一つだった。

その原因がなくなったから

今の私はこんなにも平和で安心していられる。

もうあんな風に心を乱されるのは嫌だ。

ごめん被りたい。

決別は難しいと思っていた私の心も

今ではすっかり過去とさよならできた。

不思議だ。

まるで春になって

新しい芽を出し花を咲かせる植物のように

私の心の中にも新しい芽が生まれ蕾を段々と膨らませている。

期待はやめよう。

何事も期待はしないほうが良い。

ありのままの自分の心で

ありのままの状態を受け入れ、

今、自分にとって何が一番なのかを確かめながら

夢と希望を持って歩いていきたい。

ピアノも再開した。

先日一緒に聴きに行った親友に

「フジコさんに影響されたからよ」と言ったら

彼女は「じゃあ、今度はヴァイオリンを聴きに行って影響されて

 始めたら良いね」と言ってくれた。

(~ヘ~;)ウーン

これはまだ難しいかな?

でも、いつかは絶対に再開したい。

こんなことを思える自分自身に驚いている。

あれほど辛かったことが皆

ウソのように思えるのだから。

こんな私を愛しいと思える自分に乾杯!


2006年05月02日(火) やっと

お昼を食べてベッドの上で目を瞑っていたら

なんと今まで寝ていた。

朝かな?

今、私は何所に居るのかな?

なんて思いながら目を覚まして

辺りを見回して考えてみて・・やっと分かった。

良かった!

昼だった。

朝だったら大変だ、寝過ごす所だった。

一昨日から家の中の片付けと

衣替えをしていてやっと今日八分目終わった。

後は夫の部屋を残すのみ。

カーテンの洗濯、

押入れの整理、

蒲団と衣類の入れ替え、

大洗濯と用事がいっぱいあった。

肩の凝りがこうじて首も回らなくなったのに

半ばやけっぱちでやってしまった。

疲れた。

夏が来る前と冬が来る前の時期が一番嫌いだ。

でも、やれば出来た。

疲労感と満足感の両方を味わっている。

今、私の部屋にはファンヒーターと扇風機が同居している。

私の心の中にも

家族を思う気持ちと私だけの人生を願う気持ちが同居している。

矛盾はしているけれど

それは何処かで折り合いをつけながら

うまくやっていくしかないような気がする。

疲労感と満足感が同居しているように。


スカーレット