スカーレットの心のつぶやき
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2007年10月31日(水) 10月も終わり

朝晩が寒くなった。

今日で10月も終わりだ。

今年の秋は夏を引きずっているような感じがするが

確かに、秋は一歩ずつやってきている。

空は高く、空気は澄んでいる。

肌に当たる風も、気持ちがいい。

春に体調を崩して以来歩いていなかったが

母の膝のことを思うと

私も、今から歩いて、筋力をつけないといけないと思う。

少しずつ、歩いてみようと思い

重たくない荷物の時は

近くのスーパーまで歩いて買い物に行くようになった。

道の端に咲いている小さな花々に目が行き、

下校している小学生と言葉を交わす。

昨日は、大きなクモの巣を二人の子どもたちが見上げていたので

私も歩く足を止め、一緒に眺めていた。

大きなクモの巣は青空にキラキラ光っていて

普段なら気持ちの悪いものが、何だか芸術的に思えたりした。

小学生がそのクモの巣に向かって

雑草を摘んで投げていた。

草がクモの巣にかかって子どもたちは歓声を上げている。

そんな他愛もないことが

本当に楽しそうな子どもたちの姿に

私は、昔の自分を思い出そうとしていた。

私はあんな風に無邪気に遊んだ記憶がない。

体が弱かったためだろうか、

いつも少し皮肉っぽく人生をみたいた気がする。

子どもの純真さに触れて

何だか、私まで若返った気がした。

最近は、本を読む時間もなかなかとれない。

毎日が家事と母のことで終わっていた。

心の余裕もなかったみたいだ。

いくら忙しくとも、心だけは元気で居たい。

そして、何かに感動する気持ちを持ち続けたい。

今日はひと月ぶりに心臓の病院受診だ。

体調は悪くないから別に変わったことはないが

私にとっては一生続く病院通い、

たまには嫌になることもあるが

これも、また私の人生。

秋も本番。

11月になったら城川へも行ってみよう。


2007年10月30日(火) 行ってよかった

昨日は、母を大きな病院へ連れて行ってよかった。

母の病名は「変形性膝関節症」

これは老化現象により

膝の軟骨や半月板が薄くなってしまい

骨と骨との隙間がなくなって痛むものだ。

医者によると

母の場合、末期症状ではなく

まだ隙間も少しあり、

現状維持を確保することが一番大切だとのこと。

そのためには

�‖僚鼎鮓困蕕�

 母は54キロ、決して太ってはいないと思うが

��筋力の強化

ベッド上で出来る、足を上げる運動や

座っていて足を太ももと水平まで引き上げる運動をすること

�A�具の装着、シルバーカーを使うこと

母は装具をつけると不自由だと言って

昨日は買ってこなかった。

外出は車を押し、家の中は杖をつくことと言われ

外出用のシルバーカーを買おうと母に話した

�っ躰佑篦砲濟澆瓩量�等の治療

これは、今、かかっている市内の整形外科で治療を続ける

以上の4点を指摘された。

今までの医者は何も言わず

骨の異常はありませんの一言だったので

今、どういう状態でどういう風にすれば良いのか

母にも私にも皆目分からなかった。

でも、昨日の医者の言葉で納得した。

レントゲンも詳しく撮ってもらったし

説明もきちんとしてもらったから安心した。

痛いからじっとしていたら良いと思っていたが

痛くても歩くことが必要だとわかった。

早速、今日は母のシルバーカーを買いに行くつもりだ。

母には寝たきりにはなってほしくない。

来年の父の三周忌も母にやってほしい。

そして、何より、娘の成人式を見てほしい。

父の分まで母には長生きしてもらいたいと

心から思う。

昨日は、母もしんどかったと思うが

連れて行ってもらって良かったと言ってくれたから

私自身も、本当に良かったと思う。


2007年10月29日(月) 母を病院へ

8月の末頃に

健康のためにと竹踏みをし過ぎて

左の膝を傷めた母は

その後、少し良くなっていたが

一週間くらい前からまた具合が悪くなり

ここ数日は本当に辛そうな状態になった。

おまけに持病の腰痛も併発してしまって

昨日の母を見ていると

入院したほうが良いのではないかと思うほどだ。

今日は、

私が先日バネ指の手術をしてもらった

大きな病院の整形外科へ連れて行くことになっている。

ここでの治療はできないかもしれないが

母の膝がどのような状態であり

病名は何か?

今後、どうすれば良くなるのか?

など、今かかっている市内の整形外科の医者には聞けないことを

聞いて診断してもらってこようと思っている。

母は86歳。

いつどんな状態になってもおかしくない年齢だ。

父を亡くして、傍目には元気そうに見えても

母の心の中にはぽっかりと穴が空いているかもしれない。

夫婦のことは子には分からないから。

母には長生きしてもらいたい。

私にとって母は唯一私を認めてくれる存在だ。

母と私は一心同体的な存在だった。

母が死んだら、私は生きていられないと本気で思っていた。

でも、私も人生の折り返し地点を過ぎ

酸いも甘いも経験し、

少々ずうずうしくもなった。

母が死んでも、私は生きているに違いないと思えるようになった。

でも、母にはどんな状態になっても生きていてほしい。

やはり、私の心の支えだから。

今日の整形外科の診察で

何か明るい目標になるものが見つかれば良い。


2007年10月28日(日) お弁当作り

10月に入ってずっと早起きをしている。

土日・祭日も関係なく3時半起床。

たまには6時まで寝たいと思うけれど

娘が毎週の土日が模試で登校、お弁当も要る。

模試を受ける娘が一番しんどいのだから

朝早く起きてお弁当を作るくらい大したことではないと・・

そう思うのだが、時には疲れたよ〜〜と言いたくなる。

なるべく冷凍のものを使わないように

前の晩のおかずを利用したり

朝、肉を焼いたりしておかずを作るが

何もない時は仕方なく冷凍のおかずを使う。

今朝もそうだった。

チーズハンバーグの野菜添えのおかずは

冷凍のものだったが、結構美味しそうだった。

ジャガイモをつぶして添え、

卵を焼いて、ウインナーを入れてと定番のお弁当になった。

昨日は、煮物や焼肉や卵焼きや煮豆と

私が作ったものばかり入れることが出来たが

そんな時は自己満足している。

こうして娘のお弁当作りも後4ヶ月ほどだ。

娘が大学生になって外へ出たら

作ることもなくなるのだから

今を懐かしく思う日も来るはずだ。

娘は文句は言わない。

残さずに食べて帰る。

コンビニ弁当よりは栄養的にもましだと思う。

パンのお昼も味気ないはず。

母親の仕事だし、嫌と思わずに頑張ろう。




2007年10月27日(土) 徹夜

昨夜は、21時から本を読み始め

夢中になっているうちに夜中の0時を過ぎてしまった。

毎朝3時半には起床するから

このまま起きている方が楽だと思って

さっきまで読み続けていた。

読んでいた本は「拒否できない日本」と

昨日、送られてきた「WILL」の12月号。

「拒否できない日本」は一昨年読み始めて

途中でそのままにしていた本だ。

今回、あることがきっかけで、再読しようと思い読み始めた。

読み進めていくうちに、怖くなったし

なるほどと思えることばかりだと気付いた。

米の戦略は戦後のGHQが取ったものと

今の日本がおかれている米との関係とが似通ったものなのだ。

つまり、今の何かおかしいと感じる日本、

自分たちが日本をどうしたいのかが明確ではなく

自分の頭で考えようとする意識をなくしている日本が

毎年、米政府が打ち出す日本への「年次改革要望書」なるものの

存在に深く関わっていることが判明した。

これは米の陰謀ではなく

米政府によって、対日政策として毎年決まったものとして

日本の議会へ文書で報告されてきたことなのだ。

今日の日米関係の本質がここにあるような気がする。

また、「WILL」は小沢氏への批判

歴史認識を歪める沖縄の集団自決問題など

私が今一番知りたいと思っていることが書かれていて

時間の経つのも忘れてまる一冊読み終えてしまった。

徹夜は、きっと今日に影響することはわかっている。

若い頃とは違うのだから。

今日は昼寝でもしないと体が持たないかも?

と言いながら、こうして起きている。

五年日記の去年の項を元旦から読み直し

去年の今の私と今年の私を見比べたりして・・

一年経って、心が随分変わったのに自分でも驚いている。

少々のことで動揺しなくなったのは

心が強くなったのではなく

いい意味での諦めと、人生に対する認識が

少しだけ深まったからだと自分で思ったりして・・

そんなことをしながら、夜は更けていく。



2007年10月26日(金) じゃこてんを買いに

先日来、双海町のシーサイド公園の

道の駅の隣にある店で売られている

じゃこてんを買いに行きたいと思っていた。

母がここのじゃこてんが一番美味しいというのだ。

家の近くのJAが営業している市場にも売っているが

やはり、双海のじゃこてんが一番だと母は言う。

私の長所でもあり、短所でもあるが

誰かにこういうことを言われると

買いに行ってあげないといけない気持ちになる。

ましてや、母の言ったことは、私には絶対的なものだ。

昨日の午後、思い立って買いに行った。

店までの距離は家から13キロ。

でも、道はわき道なので比較的空いていて

時間は10ほどで行くことが出来た。

揚げたてのアツアツのじゃこてんは

私の心をほんわかさせた。

母の夕食になると思うと何だか嬉しくなった。

我が家に5枚、母に5枚、義母に2枚買って帰った。

計1260円也。

これで、小さな幸せを感じるなんて安上がりだ。

お天気も良くて海岸線のドライブも気持ちが良かった。

我が家は今夜のおかずの一品になる予定。


2007年10月25日(木) 北海道展

昨日、母に頼まれて、

高島屋の健康食品売り場へ

「鮫の軟骨」を買いに行ったら

ちょうど、毎年秋に開催される

北海道展が始まる日に当たっていて

開店10分前に着いたら、お客さんがいっぱい並んでいた。

本当は、母と一緒に行こうと思っていたので

健康食品売り場へ行く前に覗いてみた。

まあ、凄い人、人、人・・・

皆、チラシを片手に買いに来ていた。

私はちょっとだけ覗いてみるだけだと思っていたが、

今回初めて出品されるというスゥイーツを求めて

人が集まっている店があり、

私も勢いで並んでしまった。

私はまだ前の方だったが、

何と人の話によると一階の方まで階段は

人の列が数珠繋ぎになっていたとか。

会場は7階だから、驚いた。

「チーズタルト」は焼き始めたばかりで

それが焼き終わるまで何と40分も待った。

アツアツの出来立てのチーズタルトと

同じ店の人気商品であるチーズプリンを買った。

ああ〜しんど!

それにしても、皆食欲があるのだなあ・・

私は甘いものは苦手だし

北海道展に行っても試食も苦手で

ただ、見るばかり。

北海道って食の宝庫のように

海のものが並び、いい香りがしていた。

母のために行ったのだから、

母にもお土産を買おうと思い、

「さざえさんおはぎ」を買って帰った。

あずきがたっぷり乗って、中のもち米のご飯も柔らかく

甘さも控えめ目で美味しかったとか。

北海道展は二週間開催されているから

母の膝が治ったら、また一緒に行けると良いなあ・・

それにしても、日本は平和だとつくづく思った。


2007年10月24日(水) 中止に

今日、予定していた城川行きが中止になった。

母の膝の具合がまた悪くなったからだ。

一週間くらい前から

少しずつ良くなっていたから

久しぶりに高島屋へ一緒に出かけたのがいけなかったのか・・・

また、家の中でも杖が必要になってしまったのだ。

母の86歳という年齢を考えると

膝や腰や足が悪くなっても仕方ないと思う。

持病の腰痛は小康状態を保っている。

膝さえ悪くなければ

日帰りのドライブくらい出来ると言っていた。

でも、ちょっと良くなったと思って無理をしたのではないかと思う。

ゴミ出しも歩いて数分の場所にある。

私がゴミを持って帰っていたが

この数日は母が出しに行っていた。

二階への階段も上っていたと聞く。

やはり、無理をしたのだ。

今、かかっている整形外科の先生は

母にも私にも母の膝の状態を説明してくれない。

どんなになっているのか?

原因は何か?

治療はどんな方針でやっているのか?

治る見込みはあるのか?

医者に尋ねたい気持ちはいっぱいあるが

難しい医者なので、母に尋ねるのを止められている。

今はインフォームドコンセントの時代なのに。

私がバネ指の手術で入院していた国立の病院の

整形外科は膝の悪い患者さんが多かった。

噂では腕の良い医者が居るとか。

昨日、その病院へ電話をかけて

来週の月曜日に母を診察してもらう予約を入れた。

母が少しでも楽になるように、

前のように、歩けるようになってほしい。

そう心から思う。

城川はまた機会があれば行けるだろう。

今年が無理でも来年がある。

今は、母の健康状態が一番心配だ。


2007年10月23日(火) 手紙

友人に手紙を書いた。

横書きの便箋を広げ、黒のボールペンを取り

書き始めると、嬉しくなってスラスラと文字がすべる。

最近は、手紙を書くことは殆どなかった。

メールを始めてから、便利さもあり

手紙を書くよりも早く相手に届くから

メール一辺倒だったのだ。

でも、手紙って良い。

私は元々なんでも書くのが好きだ。

文章は下手でも、心の思うままに

書き綴っていると気持ちの中にあるものが

言葉を使って私以外のものになって動き出す。

そして、書くことによって

気持ちが晴れることもある。

今回、手紙を書いたのも

普段はメールのやり取りをしているメル友さんだ。

お会いしたことはあるから顔は知っている。

だから、手紙を書く時は

相手の顔を思い浮かべてペンを走らせる。

便箋に漢字とひらがな、そしてカタカナが

私の演出通りに踊りだす。

一度書いたものは読み直しをしない。

それが私流だ。

辻褄の合わないことは書いてないはず。

読み直して、訂正していると

書いているときの気持ちが何処かへ吹っ飛んでしまう。

だから、もし、文章の中に誤字脱字があったとしても

許してもらって、読み直しをせずに出すのだ。

いつも、気遣ってくれる友人は有難い。

私の入院へのお見舞いや

誕生日への気遣いは嬉しい。

お返しをしないといけないと思いながら

なかなかそれも出来ずに居る。

せめて、手紙を書いて気持ちを少しだけ添えた。

私の気持ちが届くと良いな・・・

やはり、手紙を書くって楽しい。

最近は絵手紙も描いてないが

便箋に心をしたためるって好きだ。

これからも、時々手紙を書きたいと思う。


2007年10月22日(月) 少し遅い誕生日祝いと全快祝い

昨日は、母と一緒に、

模試で登校していた娘とお昼に高島屋で待ち合わせて

お昼を食べてきた。

今月の4日の私の誕生日と

バネ指の手術で入院して治療をしていた全快祝いを兼ねての

少し遅れての食事会でのお祝いをしてもらった。

食べたのはイタリアン料理。

これは娘の好みでもあるのだが、味がとても良かった。

ランチメニューだったので

サラダ・メイン料理・デザート・スープも付いていて

値段もお手ごろで、そのくせお腹いっぱいになった。

私が食べたのは「煮込みピラフ・ハンバーグ添え」

母は「ナスとひき肉のペペロンチーノ」

娘は「照り焼きハンバーグのマヨネーズかけ」

娘のはこってりしていてカロリーも高そうだった・・・

量はそんなに多くはなかったが

最後にデザートでグレープフルーツシャーベットも出て

あっさりとして、口当たりもよくて満足した。

こうして、誕生日や全快祝いを祝ってもらえるって

本当に幸せだ。

来年は、娘も大学進学で親元を離れると

こうして、三人が一緒に外食する機会も減るだろう。

母との時間、

娘との時間はとても貴重な時間なのだと思う。

水曜日は、その母と共に

姉の運転で城川の「かまぼこ板の絵展」に行くつもりだ。


2007年10月21日(日) 孫の日

10月の第三日曜日に当たる今日は、

「孫の日」だそうだ。

まだあまり知られていない日なので検索してみた。

すると、

「孫の日」

日本百貨店協会が1999(平成11)年7月に、

孫へのプレゼントで消費を喚起し、

売上げの拡大を図って制定。

父の日と母の日の間や

バレンタインデーとホワイトデーの間が一箇月であることから、

敬老の日のほぼ一箇月後に当る10月の第3日曜日とした

とある。

商法の一環の孫の日は

近くのスーパーのちらしにも書かれている。

もし、私に孫が居たら、きっと何かしてやりたくなるに違いないが、

私には孫はまだ居ない。

先月の「敬老の日」に

私の娘は夫と私の両方の祖母にプレゼントしていた。

思わぬプレゼントに義母も母も喜んでいた。

今日が「孫の日」だと母に教えてあげた。

やはり、母は知らなかったみたいだった。

じゃあ、なにかお返ししないといけないねと言っていたから

きっと、娘は何か母からプレゼントされるだろう。

義母は気付くかな?

多分気付かないだろう。

気付いてくれて、気持ちだけでも娘に伝えてくれたら

娘も喜ぶだろうになあ・・

母にとって孫は、私の娘一人だ。

義母にとって孫は6人居るが

側に居るのは娘一人だ。

県外に住んでいたり、近くに居てもあまり顔を見せない。

私一人が何かと気遣っているのかも?

娘は案外、気にしないでいるかもしれない。

「孫の日」なんてくだらないと思う人も居ると思うが

デパート商法に巻き込まれるのもまた楽しいものだと思うのだが・・


2007年10月20日(土) 久しぶりに

昨日、母と久しぶりに外出した。

8月の中旬から母の膝が悪くなり

一歩歩くのにも難儀し始めた。

家の中でも杖をついて歩かないと歩けない状態になり

内心、このまま歩けなくなるのでは?と心配したものだ。

まだまだ本当ではないが

外を歩くことも出来るようになった。

二ヶ月も外出をしないとストレスがたまるだろう。

何かの機会に母を誘い出して連れ出そうと思っていた。

ちょうど、母が高島屋でほしいものがあるというので

これは良いチャンスだと思って誘ってみた。

そして、久しぶりに高島屋へ行き

買い物をしてお昼を食べて帰ったのだ。

母も楽しそうで嬉しそうだった。

駐車場は、私のハート・プラスマークの件で

身障者用のスペースに駐車させてもらい

建物に入るのも近くて母の膝にも助かった。

やはり、家の中ばかりに居ては駄目だと思う。

別にこれと言って用事はなくても

気分転換にショッピングも良いと思う。

姉に話すと「かまぼこ板の絵展」に行こうかといわれたが

母はそれは行けないと言っている。

やはり高齢者の気持ちを大事しなきゃ。

また、母の気がすすんだときに出かけようと思う。

私も少しお洒落して出かけることも出来て

楽しい半日になってよかった。

母と一緒に過ごす時間を大切にしたいと心から思う。


2007年10月19日(金) 偶然の再会

昨日、車を30分ほど走らせて

ショッピングセンター内にある

旅行会社へ、受験の宿の予約と飛行機の予約に行ってきた。

受験生の宿という企画があり、

指定されたホテルは二食がつき、電気スタンドも貸してくれるし

宿泊料金も割引してくれてお得なので決めてきた。

娘が泊まりたいと言っていた大阪駅内にあるホテルは

その企画指定の部屋は満室だったので

大阪駅の直ぐ前にある「新大阪阪急ホテル」に決めた。

飛行機もチケット発売に合わせて購入してくれることになり

これで一安心。

予約に手間取り、終わったらお昼を過ぎていた。

店の中のオープンスペースで昼食を食べていたら

私が座っているテーブルの前を一人の男性が通った。

斜め後ろから見た感じが

大学時代のフォークソング部の一年先輩に似ていた。

声をかけたらやはりそうだった。

市役所にお勤めだとは聞いていたが、

ショッピングセンターに市が出している市民センターに勤めていたらしい。

仕事中だが良いと言ってくれて、お茶を飲みながら30分ほど話しをした。

もう40年近く前のことになるのだな・・

私が花の18歳の時、一番輝いていた頃の

素敵な思い出と共に部活は存在している。

昔を懐かしみながら、話に花が咲いた。

今度、また他の人たちも一緒に食事でもしようと言ってくれた。

楽しみにして待っていようと思う。

偶然とは言え、再会できたことは嬉しかった。

昨日は忙しくて、私の時間は持てなかったけれど

充実した良い一日になった。


2007年10月18日(木) 宿探し

娘が来年受験する大学の受験日が決まった。

2月25日(月)

いよいよ目の前に来たという感じがする。

親は受験勉強を代わってやってやることは出来ない。

私に出来ることは

娘の体調の管理と見守ることだけだ。

合格しても不合格だったとしても

それは、娘自身の問題だ。

でも、受験の準備として

受験の宿探しくらいはしてやらないといけない。

受験の前日と当日の2泊の宿を探して予約しないと。

交通手段は行きは飛行機で行こうと思う。

大阪なので高速バスで行こうと思っていたが

娘は酔いやすいので行きは飛行機にするつもりだ。

帰りは受験も済んだからバスでいいかと・・

二人分だと交通費も宿泊日も結構かかる。

しかし、娘の一世一代の受験のためだ。

ここでケチっるわけにはいかない。

ホテルの予約は今からでも多分OKだろう。

交通手段も飛行機はOKかな?

バスはひと月前だから、年明けでも良いはずだ。

大阪の土地勘もない私が付いて行くのだから

不安もあるが、親として頑張らなくっちゃ。

時間を見つけてネットでホテル検索してみよう。

今年の春に下見に行った時

梅田駅内にあったホテルが便利かも?

名前を忘れたからメル友さんにでも尋ねよう。

何となく気ぜわしくなってきた。


2007年10月17日(水) ケーキ・後悔

最近の私はよく食べる。

と言っても、やっと人並みに近づいたわけだが。

それでも、今までの私が食べていた量の倍近くは食べているように思う。

恐る恐る体重計に乗ってみる。

バセドウ氏病を発病して38キロまで落ちていた体重は

やっといつもの42キロ近くまで回復した。

これ以上は増やしたくない。

今の所、ここで落ち着いているみたいだからほっとしている。

昨日は、知人からショートケーキを五個いただいた。

私は正直ケーキは苦手だ。

食べたいと思ったことはめったにない。

買ってまで食べようとは決して思わない。

娘の誕生日とクリスマスには買うが

別に食べたいとは思わない。

そんな、私が昨日はケーキの誘惑に負けてしまった。

美味しそうなケーキを見ると

つい手が出てしまったのだ。

栗が好きな私はモンブランを一個

それも午後3時に食べたから夕食時になっても

お腹の減った気がしない。

でも、夜はきちんと早めに食べないと・・と思いながら

おかずだけ食べた。

でも、3時に食べたケーキが胸にもたれている。

甘いマロンとクリームがお腹の中に入ったまま

消化されない気がして

後悔をしてしまった。

何で食べたのだろう?

ああ〜情けない。

これからは絶対にケーキの誘惑には負けないようにしたい。

食べて満足するならストレス解消になるが

食べて後悔するならストレスの原因になる。

こんな馬鹿なことはしたくない。

一個残っていたケーキは勿体無いけれど始末しよう。


2007年10月16日(火) 今したいことを

人間なんて、いつどうなるか分からない。

私の友人の知人が亡くなったと聞いた。

まだ60歳だという。

先日は、私の従兄弟の元奥さんが亡くなった。

従兄弟は春に亡くなったばかりだったので

この訃報を知ったとき、本当に驚いた。

お葬式には病気はしたとは聞いたが、普通に見えた。

年齢は私と同い年だった。

癌には勝てないのだなあ・・

いくら気をつけていてもいつどんな風になるかわかりゃしない。

明日はわが身だと思う。

だから、私は今しか出来ないことをしようと思っている。

自分の心に素直に生きたいし

やりたいことは今やろうと思う。

幸い、今の私の周りの状況は不都合なことはない。

家族も元気で居てくれる。

娘が受験生だから、小旅行も出来ないけれど

これは別に苦痛ではない。

私は他にも楽しみはある。

今、一番やりたいことは

山積みになっている本を片っ端から読み終えることだ。

昨日も家事で忙しく、時間を作って読んでいた。

夜は眠くて・・読書どころではなかった。

本を読んでいるときが一番落ち着く。

幸せを感じる。

今まで色んな趣味を持ちかじってきた。

最近は絵手紙からも離れているが、別にいらいらしない。

ピアノはいずれやろうと思っている。

今、私のやりたいことは

好きな人と話をして

気の合う人と食事をして

お互いに興味のある話題で盛り上がること。

そのためには、今の私の目の前にある

この夥しい本を読まなくっちゃ。


2007年10月15日(月) 異様?(笑)

今日は、私が住む市の秋祭りで本祭りだ。

今朝も台所に立っていると

我が家の前をワイワイガヤガヤと大勢の人たちが

通り過ぎていった。

時間は午前5時半。

お神輿の宮出しのためだ。

そして、6時半、私が母の用事のために

家を出ようと思うと

その大勢の人たちが家の前の信号機のところに集まっていた。

車は通れないから、迂回して母の家へ行った。

帰りも同じ。

通れなくて遠回りをした。

別にそれは良い。

でも、午前中、市内至るところで見られた光景は

毎年のこととはいえ、笑ってしまった。

幼稚園の子から小学生までが

皆、大きなゴミ袋を持ってお神輿の後を付いていくのだ。

小さな子は母親も一緒。

そして、袋の中にはスナック菓子がいっぱい入っている。

こんな風習って何処でも見られるのかな?

秋祭りの意味、お神輿の意味など分かっていない。

ただ、お祭りは学校が休みで

袋いっぱいのお菓子を集めることが出来る。

それだけのためにお神輿の後を付いて行っているように思える。

娘が小学生の頃、やはり同じことをしていた。

食べもしないスナック菓子をいっぱいもらってきて

お菓子やさんが出来るくらいのお菓子を

畳の上に広げていた。

これってどうにかならないのだろうか?

小さな子がお菓子の袋を持って

車が通る場所でも平気で横切り、

交通事故が起きてもおかしくない状況だ。

秋祭りはもう少し、意味のあるものにしてほしい。

本当に異様だと感じる。


2007年10月14日(日) アドレス変更 その2

昨日、ここで書いた時点では

まだプロバイダから手続き完了の書類がまだ届いてなかった。

だから、アドレスの変更は予定事項だったのだが

午後、外出から帰宅すると書類が届いていた。

早速、アドレス変更をして

メル友さんや登録しているところへ連絡をした。

午後1時半から4時までかかってし終えた頃には

疲れてしまっていた。

メル友さんへの連絡をまとめてしなくて

一人ひとり文面の違ったメールを送ったから

その分時間もかかったのだが、

私には同じ文章をまとめて送る気持ちにはなれなかった。

ここでひとつ気付いたことがある。

数件の登録連絡は皆きちんと了解のメールが届いた。

機械的なものもあれば、

事務局から丁寧な文章で了解の旨を知らせてくれたところもある。

メル友さんたちの中で

了解したというメールが私の新しいアドレス宛に届いたのは

5人だけだった。

30人ほどに送ったが、返事が来たのは5人とは!

こんなものかな・・・

私なら、誰かからアドレス変更のお知らせをもらったら

分かりましたというメールは出す。

でも、人はそれぞれだから

自分と同じだと思うことがいけないのだろう。

ただ、ちょっとそういうことを感じただけだから。

今朝は、食後30分してから

久しぶりに背中からわき腹にかけての痛みが走った。

この痛みが来ると息も出来ないくらいになるし

途端に不整脈が起きた。

苦しかった。

今は治っている。

何処かが悪いのだろうけれど、検査をしていないのだから分からない。

痛みが来た時に病院へ行って検査すれば

意味もあると思うけれど

痛みが去った後で行って検査をしても

何も意味がないような気がして

今まで放っておいたのだ。

今は治まったからほっとしている。

生きているということだな・・

人の考え方も色々だし

体の変調も色々。

結局、どちらも気にしないのが一番ということだろう。


2007年10月13日(土) アドレスの変更を

このひと月前から

急に変なところからメールが届くようになった。

そうだ、先月入院している頃からだったな・・・

原因は不明。

出会い系サイトにアクセスした覚えはない。

それなのに、Hなサイト、出会い系メールばかりが来る。

平均、一日200通くらい来る。

メールの受信ボックスで迷惑メール設定をしているから

直接受信ボックスには来ない。

でも、受信しているのは確かだ。

前と違って、朝一度PCを開けるだけだから

毎朝、つぶやきを更新する前に

受信ボックスの整理をしている。

正直、鬱陶しい。

だから、思い切ってまたアドレスを変更することにした。

プロバイダーに連絡して、変更のOK待ちだ。

変更したら、メル友さんたちや

登録しているところの変更をしないといけない。

少々面倒だが、これをすることによって

今後は変なメールは当分来なくなるだろう。

それにしても、暇人が居るものだ。

ネットは今、物凄い勢いだ。

新聞を取らなくてもネットでニュースは分かる。

TVや新聞よりも早い。

若者から年配の者まで、ネットに夢中になっている。

携帯からもアクセスできるから若者には便利なのだろう。

私は、メールが時々と日記の更新、

そして、本の注文・購買と検索しか使わない。

PCがなくては物足らなくて生活に不便をきたすようになった。

だから、やめるわけにはいかない。

アドレスを変更したら

少しは不愉快さも軽減するだろう。

それを期待するしかない。


2007年10月12日(金) 充実した日々

この数日は、親友に電話する暇もないほど

忙しい日々を過ごしていた。

今日は、母を松山の眼科と市内の内科へ連れて行くことになっている。

松山に行った帰りには、

高島屋へより、娘の高校通学のハイソックスを買う予定だ。

自分の時間を持つことは出来ないが

それでも、この忙しさの中で

充実感を覚えている毎日だ。

やはり、心が元気だと何をしても楽しい。

夫とも話しが出来る。

皆、私自身のものの考え方

心の持ち方ひとつなのだが

たまには落ち込むこともあり悩むこともあり

理想と違って心元気になれない時もあった。

でも、夏が過ぎ、

朝晩が涼しくなり、体調も回復しつつあるこの時期は

私にとって一番好きな季節でもあり

何をしていても、鼻歌が出てくるくらい楽しいのだ。

真実の歴史の勉強もすすんでいる。

本も読める。

そんなことが私を幸せにしてくれる。

誰のためでもない、私自身のための人生だ。

何が起きるか分からないだけに

今を大切にして生きることの意味の重要さを思う。

さあ、今日も元気で頑張ろう。


2007年10月11日(木) 人生何が起きるか

自分では無事に過ごせると思っていても

人生なんて、いつ何が起きるか分からない。

今朝のニュースの柳原さんは

やってもない強姦容疑で逮捕され

二年ちょっと服役した後で

それが冤罪だと分かり無罪判決が出たという。

逮捕されるまでは

自分が服役するなどと思ってもみなかっただろう。

まさに青天の霹靂だったに違いない。

柳原さんの失った時間、信用、仕事、

また受けた精神的打撃は

謝ってもお金で償ったとしても

決して帳消しになるものではないと思う。

それにしても、警察の調査や逮捕、

検察の杜撰さ、裁判官の判断ミスは怖い。

もし、私が罪もない事件で犯人にされ

司法によってお誤った裁きを受けることになったらどうしよう・・・

今の、平凡で当たり前だが幸せな生活は

一瞬で壊れてしまう。

いくら無罪だと言っても信用されなかったら

人を信じることが出来なくなるだろう。

そして、心を閉ざし、社会生活を送れなくなると思う。

もうすぐ、私たち国民に裁判官制度が導入され実施される。

ここで裁かれるのは殺人や強盗などの凶悪犯罪だと言う。

そんな事件を知識もない一般人が関わってもいいのだろうか?

皆、感情論しか持ち出さないのではないだろうか?

正しい司法判断が下されるのだろうか?

私には人の人生を左右する判断は出来ない。

無責任なのではない。

それほど、重要なことを司法以外の手に任すことへの疑問があるからだ。

本当に、人生なんて分からないものだ。

私にだって、誰にだって起き得る問題だ。

突然、医者から癌告知をされたとき

気持ちが動揺し、人生に絶望するかもしれないが

今回のことは、もっと怖いことのような気がする。

誰にも迷惑をかけず、ひっそりと平凡に過ごしていたとしても

決して、安心は出来ないような気がする。


2007年10月10日(水) 受験生

娘は高校三年、受験を年明けに控えている。

先日来、

願書の取り寄せや受験生の宿、下宿など

気になることが始まった。

私は地元の大学だったから

下宿の経験もないし、受験の宿の心配もなかった。

だから、正直とても不安だ。

娘が合格するかどうかよりも

もし、合格したとしたら、

下宿探しや引越しのこと、

また受験の時の宿のことなど

今から準備しないといけないのだと思うと焦ってくる。

昨日は取り寄せていた願書が一枚届いた。

下宿の件でも資料が届いた。

娘は関西の大学を志望している。

我が家には関西に親戚もない。

だから、頼る人も居ない。

親が責任を持って探さないといけないのだ。

親元を離れたことのない娘が

どんな生活をするのか?

ご飯をちゃんと食べるのか?

洗濯はやれるのか?

などと心配していたらキリがない。

だから、学生会館が良いのではないかと思う。

費用もそんなに多くはかからないみたいだし、

何より、食事つきだし

管理人も居るし、親としては安心だ。

そして、家具がそろっているから

引越しの荷物の心配もあまりしないで済みそうだ。

夫は東京の大学にすすんだから

下宿生活もしている。

いつもなら、私一人が考えて決めることが多いが、

今回のことは夫にも協力してもらって

よく相談して決めようと思う。

まずは、受験のときの宿探しだ。


2007年10月09日(火) 雨漏り

昨夜、9時頃

私の部屋のTVを置いている上あたりの天井で

「ポトッ」という音がした。

その少し前にスカパーがつながらなくなった。

一瞬だったから気にはしなかったが

きっとアンテナの都合だったのだろう。

8時頃から降りだした雨のために

屋根の瓦に影響が出たのか?

強風は吹かなかったから

元々瓦がずれていたのかもしれない。

十年くらい前に

ピアノを置いている上の天井辺りからも雨漏りがして

ピアノが心配で台風が来るたびに眠れなかった。

その時は、亡くなった夫の父が屋根に上がり

瓦を直してくれたから事なきを得た。

今回、もし、天井から雨漏りがしてきたらどうしよう。

義父はもう居ない。

夫は自分の部屋ではないからあまり心配はしてないみたい。

私の部屋は改築した部屋だから比較的新しい。

それなのに、屋根は昔のままだ。

これがいけないのだろう。

今朝も雨が降っている。

雨漏りはまだ天井から落ちては来ていない。

昨夜も直ぐに音は止んだ。

でも、今日、もし大雨になったら

雨漏りの音がまたし始めるかも?

嫌だな・・

専門家に直してもらったら費用も多くかかるかも?

でも、ひどくならないうちに直さないと。

夫が直してくれるのが一番なんだけれど・・


2007年10月08日(月) 読書の秋

10月に入ってもまだまだ暑さが続いている。

でも、一雨ごとに秋の気配を感じるようになるのだろう。

最近、私はよく食べる。

よくといっても、人並みということだが、

普段から少ししか食べない私にとって

人並みに食べることは凄いことだ。

まさに「食欲の秋」だ。

「食欲の秋」だけではなく

人それぞれ秋を楽しんでいるだろうが、

私は「読書の秋」を楽しんでいる。

この数日数冊の本を読み終えた。

一冊の本を半日で読み終えたこともある。

目は老眼になり、昔のような読書力はないが

それでも好きなことをしている時は

時間の経つのも忘れている。

昨夜は「パール判事」という本を読み始めて

夢中になり、夜中の2時まで読んでいた。

小説でもないから内容的には難しい。

でも、「東京裁判」の判事を務めた

パール判事一人だけがA級戦犯とされて人たちを

無罪としたことは知られている。

東京裁判を見直すことが戦後の日本の

自虐史観を見直すことでもあると信じていた私は

これまで東京裁判に関する本を読んで

パール判事の判決文こそが

日本無罪論の元であると思っていた。

しかし、この「パール判事」を読んでいくうちに

違う点は出てきたことに驚いている。

歴史認識は一面から見たのでは駄目だ。

多様な面から見て一つの論点を述べることが必要だ。

ご都合主義に走ってはいけない、

そんな風に思えるようになった。

今、こうして物事を深く考えようとして読書をしているが

若い頃はただ読み流すことしかしていなかった。

中学生から大学生までの間に

世界文学全集や日本文学全集を

一通り読んだ私だが

恥ずかしいことに今その内容を話せといわれても出来ない。

あの頃にした読書って一体何だったのだろう?と思う。

年を取り、頭の老化を引き起こさないためにも

一生、目の見える限り本を読んでいこうと思う。

今日も続きを読むのが楽しみだ。

食欲の秋・読書の秋・芸術の秋・・

秋はやはり良い。


2007年10月07日(日) 携帯電話

私が携帯を持ち始めて6年くらいになる。

何も考えず姉に勧められて買って、会社はdocomoにした。

夫も娘もdocomoではなく

夫の名義でプリペイドカードの携帯を持っている。

娘が携帯からインターネットが見える機種がほしいと言い出した。

娘は18歳、今までよく我慢していたと思う。

通話もあまりしないし、賢い使い方をしているし

私も安心していた。

どうしてもひとつのサイトだけ見たいというから

そろそろ娘の要望を聞いてやろうかと思う。

来年は関西の大学への進学を希望して

もし合格すれば関西の人になる。

固定電話は引かないと思うので

私との連絡も携帯を使うことになるだろう。

PCのメールでも出来るが

携帯を使うのが便利だと思うので

親子間のメールが無料だというのが一番良い。

今朝の新聞にauの広告が入っていた。

基本料金も半額になるみたい。

私の今のdocomoの料金も安いから

これからも今くらいの料金で済むのが良い。

娘の分も払うから高額になると負担がくる。

色々なことを考えているが

この際、私もdocomoからauに変えようかなと思っている。

携帯電話なんて必要ないと思っていたが

やはり、今になってみるとないと不便だから。


2007年10月06日(土) 「正論の会」講演会を聞いて。

昨日は8月の末から楽しみにしていた

「正論の会」懇親会においての

屋山太郎氏の講演会を聴いてきた。

この講演会のことを知ったのは

まだ安部政権が倒れる前だったから

屋山氏の講演内容は

「当面の政局と日本を巡る国際情勢」という題だった。

しかし、たったひと月半あまりで

政権が福田氏に移ったこともあり、

昨日の講演の趣旨は

「福田政権の課題と展望」というものになっていた。

会場へ行くまでに一緒に行った親友と待ち合わせたのだが、

彼女に「私、とても緊張している」というと笑われた。

自分でも分からないが、いつもとは違う緊張感を覚えた。

でも、いざ講演が始まると

屋山氏の話に引き込まれていって

いつの間にか時間は過ぎていた。

屋山氏の講演は

親中派とされる福田首相の外交政策を批判し、

麻生氏の唱えた

「自由と繁栄の弧」の言葉の通り、

「自由」「民主主義」「人権」「法治」の価値を

共有していない国とはほどほどに付き合えばいい」と述べていた。

また、福沢諭吉の「脱亜論」を例に出して

「文明の共通点を持たない中国や韓国に目を向けるばかりでは駄目だ」

と述べていた。

また、福田首相には安部カラーのように

独自のカラーがない調整型だと言った。

小泉・安部と右に揺れたから今度は左に揺れるということで

福田首相に納まったとの指摘された。

私は同じ自民党政権であっても、

月とすっぽんほどの違いを感じる。

自民党は今暗黒の時代に突入している気がする。

民主党の勢いはまだ9年は続くだろう。

もし、小沢氏が総理大臣になった民主党政権が

一体、この国のため、日本国民のために

何をしてくれるのだろう?

疑問に思えて仕方ない。

昨日の講演を聴いて思ったことは。

国民一人ひとりが、自分の国を愛するためには

まず政治に関心を持ち

正しい判断をし、

世論の力で日本を良いものに変えることが重要だということだ。

私は今回の講演会を聴き、

正論の会に入会をすることに決めた。

これからも、自分たちの国・日本のことを知り

子どもたちが誇りを持てる国に変えていくためにも

勉強をし続けようと思った。


2007年10月05日(金) 臨機応変に

10月に入り、娘の通う高校も後期授業が始まった。

そして制服は長袖ブラウスにベスト着用となった。

衣替えの季節ではあるが、

今年は例年より気温が高く、

この数日はまだ夏のような暑さが続いている。

そんな中、いくら校則で決まっているとは言え、

長袖のブラウスの上にベストを着て

授業を受けるのはきっと暑いだろう。

家に居る私は、朝晩と日中の気温の差に応じて、

半袖と長袖を自由に着わけしている。

娘も休みで家に居るときは、

気温に合わせて半袖のTシャツを着ている。

汗かきの人も居れば寒がりの人も居るだろう。

人それぞれの体質を考えると、

まだ暑いこの時期に長袖を着なければならないのは苦痛だと思う。

娘は校則だから従うと言っている。

制服が取り入れられているのだから、

それが当たり前のことなのかもしれない。

それなら、9月に取り入れていた、

夏服と合服を自由に着る猶予期間を延長してほしい。

娘に聞くと、

生徒たちには長袖着用を言う教師が、

半袖姿で教鞭をとっているという。

これっておかしいと思う。

臨機応変の対応をしてほしい。


2007年10月04日(木) 心機一転

今日は私の56歳の誕生日だ。

先月に私より一足早く56歳を迎えた親友と

「年を感じるね」と話をした。

後数年したら還暦を迎えるなんて・・・

本当に嘘のようだ。

私は娘がまだ一人前になるには数年かかるから

年老いては居られない。

気持ちだけはいつまでも若く居たいものだ。

でも、体は色んな所が故障し始めている。

元々元気な私ではないから

この年まで生きていられることを感謝しなければならない。

若い頃の私は20歳までには死ぬと思っていたのだから。

年は皆取る。

これだけは金持ちも貧乏人も

美人も不美人も平等だ。

年老いても若く見える人は

それなりの努力をしているに違いない。

エステに行って肌を若返らすことは無理だし、

ジムで体を鍛えることも出来ない私にとって

せめて、好きな本を読んで頭を鍛えよう。

そして、何にでも興味を持つ好奇心を持っていよう。

もう恋の出来る年ではないけれど

心の中で誰かのことを思い

心をときめかすことは出来る。

恋心だけは持っていたい。

また、私にとって無駄なものを切り捨てることをしよう。

煩わされることから開放されるためにも

自ら望まないことをしないようにしよう。

新しい明日を見て心機一転歩いていきたいと思う。


2007年10月03日(水) 心に決めたこと

私の心の中でひとつだけ決めたことがある。

明日、一日が過ぎてそのことを実行しようかどうしようか・・・

決めることになるはず。

私の人生を考えると、

焦りというか、取り戻せないことへの後悔というか、

今、出来ることは何のか?

色々なことが迷いとなって出てきている。

それも、明日一日が終わると自ずと分かるだろう。

今日は、バセドウ氏病の治療をしている

大学病院を受診する日だ。

最近は時々、前のしんどさが出てくるので

今日の血液検査の結果がちょっとだけ気になる。

心配はしていない。

なるようにしかならないのだから。

明日を待とう。


2007年10月02日(火) 懸念していたことが・・

高校日本史の教科書検定意見で、

沖縄戦の集団自決に日本軍の強制があったとする記述が削除された件で、

文部省が見直しを検討しているということは、

私が福田政権で一番怖れていたことだ。

先月29日に開催された11万人の人による

沖縄集会において、

仲井真弘多知事が「検定意見に強く抗議し、

意見が速やかに撤回され記述の復活を強く要求する」と述べたことへの

政府の対応はよく考えてやってもらいたいと思う。

沖縄の集団自決が軍の命令によるものではないということは

今では明らかにされている。

だからこそ、朝日新聞を初め、沖縄の左翼の人たちは

関与という言葉にすり替えたのだ。

教科書検定でも、決して関与がなかったとは言ってない。

戦争中のことだから軍の関与はあったことは当たり前だと思う。

しかし、軍の命令で多数の沖縄の人たちが自決したのではない。

軍命令があったとっ証明するものはないということは

曽野綾子さんの著書でも明らかだ。

大江健三郎氏の著書『沖縄ノート』で、

自決を命じたと書かれた元守備隊長らは、

著者の大江健三郎氏に名誉を傷つけられたとして、

訴訟を起こしている。

沖縄という特殊な事情のある土地で起こったことだから

余計に軍の命令があったと思えるのだろうか。

これは沖縄の悲劇であることには間違いない。

しかし、

純粋なものの考え方をする高校生に、

「教科書から軍の関与を消さないでください」というような

メッセージを読み上げさせるのはどうだろう。

彼らにこそ、真実を歴史教育をすることの方が

重要だと思うのだが。

今回のすり替えは

まさに先の従軍慰安婦問題で

狭義の強制、広義の強制という言葉を使った

朝日新聞のやり方と全く同じだと思う。

安部政権が倒れた途端に

日本はまた古い日本、

戦後レジームの中に埋もれてしまうのだろうか。

将来がとても不安になってくる。


2007年10月01日(月) 10月

今日は10月1日、

一年中で一番好きな季節10月だ。

昨日はそれまでの暑さが嘘のように

とても過ごしやすい一日だった。

長袖一枚でも肌寒い感じがした。

夜は長袖のパジャマを出し、

薄い肌かけ布団の下に

もう一枚遠赤外線のかけものを出して

昨夜はとても気持ちよく寝ることが出来た。

今日は夫と娘も休みということで

私の気も緩み、

何と朝6時まで布団の中に居た。

何とのんびり出来た朝だったか。

10月の始まりの一日としては最高の気分だった。

明後日はバセドウ氏病の診療を受けている

大学病院の受診日、

4日は私の○○才の誕生日、

5日は「正論の会」で屋山太郎氏の講演を聴きに行く予定だ。

まだまだ日中は残暑が続くみたいだが

コスモスも咲き、

吹く風にも秋を感じる季節になった。

食べる新米の味もとても美味しい。

今の私にとって一番の楽しみである

読書にも最適の季節になる。

まさに、食欲の秋、読書の秋だ。

月日の経つのは本当に早い。

一日一日を大切にして

今を切に生きたいと心から思う。


スカーレット