スカーレットの心のつぶやき
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2008年04月30日(水) 主権回復記念日国民集会

昨日は二回目の「昭和の日」だった。

昭和天皇のお誕生日、

「緑の日」というわけのわからない祝日から

意味のある「昭和の日」となったことは喜ばしいことだ。

しかし、昨日の休みはどんな日なのか考えた人はどれだけ居ただろう。

国旗掲揚をしている家は皆無だった。

そういう、私でさえ、国旗を掲揚したいと夫に話すと

相手にされなかったし、バカにされた気さえした。

こういう日本に成り下がってしまったということだ。

情けない限りだ。

昨夜のチャンネル桜で

「主権回復記念国民集会」の模様が放映された。

昭和27年4月28日は、

前年、昭和26年9月8日に調印された

サンフランシスコ平和条約が発効し、

日本の主権が回復、国際社会に復帰した日である。

この集会は、

現在、日本は、様々な主権侵害問題や

歴史的伝統喪失の危機に直面していながら

それらに真の独立国としての対応をしていない。

その現状を直視し、

国家主権の尊厳という意識を確立するためにも必要なのだ

国民の祝日としての「主権回復記念日」だという趣旨の元

九段会館にで行われた国民集会だ。

政治家や評論家、知識人たちが講演しているのを聴き

改めて、日本という国を考えさせられた。

安部前総理もお元気になられて

大きな声で話をされた。

まさに、現在の憲法は主権のない期間に制定されたものであり

これは憲法としては無効であるということを

考える時、来る憲法記念日には

国民が身近な事柄に目を向けるのではなく

国家の存続に関わる憲法問題を考え論じる必要があるのではないだろうか。

日本沈没、日本がチベットにならないためにも

一人ひとりの日本人が真摯に考えるべきだと思う。



2008年04月29日(火) 「エミフル松前」へ

昨日は、母を整形外科へ連れて行ったり

「いよっこら」で買い物をしたりと

日常生活に戻った感じ。

「いよっこら」で買ったカラーの花を

来月11日の母の誕生日に出そうと

久しぶりに絵手紙を描いたりしていた。

午後、本当は何処かに国旗を売っていないかと

探す目的で車を出したのだが

どの店も置いてなくて

結局、諦めて、ついでに

26日にオープンした「エミフル松前」へ寄ってみた。

本当に凄い所だった。

西日本一の規模だけある。

190もの店舗が入っているという。

二階建てだが、中の広いこと。

遠くは広島や徳島から来ている人も居た。

今日、本当は親友と「エミフル松前」へ行って見ようという話だったが

あまりの混雑ぶりにやめた。

昨日は一応平日だったので行ってみたが

それでも、駐車するだけで大変。

中も人が一杯だった。

今日は「昭和の日」で祝日だ。

連休中は特に混むと思う。

昨日は一部分しか見なかったが

娘と一緒に行ったら絶対に喜ぶだろうと思った。

老若男女が大勢来ていたが

アットホーム的な感じもして

遊びに行くにはとても良い場所だと思う。

母も腰痛が今は大分良くて

出来たら行きたいと言っている。

是非連れて行ってあげたいと思う。

ここが出来たお陰で、交通渋滞も起きるが

伊予市がますます便利になった。

もう松山まで出て行く必要もないくらいだ。

郊外の大型店舗の出現によって

小さな町の店がつぶれていっている。

消費者には嬉しい施設だけれど

本当にこれでいいのかと考えさせられる。

段々と田舎の町の店は消えていく。

こうしてやがて、地方の活力がなくなっていくのだろう。

手放しで喜んではいけないのかもしれない。

エミフル松前のHP

↓

http://emifull.jp/


2008年04月28日(月) お墓参りに

昨日は連休中の一日でお天気も良く

夫の母と私の母と4人で

何処かつつじでも見に行こうかと思っていたが

生憎、夫の母が用事があるということで

私と母で、母の実家(今はない)の近くの

母方の祖母が眠っているお墓参りに行ってきた。

去年のお盆以来行っていなかったので

お墓の周りにはスギナがいっぱい生えていた。

草抜きをし、掃除をして拝んだ後で

母が私に「有難う」の一言。

母は嫁いだからには私の父方のお墓を守ることに専念していて

自分の親が眠っているとは言え、

遠慮もあるのか、私が行こうと言ってもなかなか腰を上げなかった。

でも、本当は行きたいと思っていたのだ。

帰りに母の弟の家に寄った。

去年の春、自死した従兄弟の一周忌に

母の腰痛がひどくて御参りできなかったから

私も気になっていた。

だから、昨日は従兄弟のご仏壇を拝むことも出来

年老いた叔父・叔母と話も出来て有意義な一日だった。

今年83歳になる叔父は本当にしっかりしている。

近くの竹やぶに出かけ、筍をいっぱい掘ってきたとか。

母と私に湯がいてくれたものを蕨と共に持たせてくれた。

そして、お昼を食べながら

自分の戦争体験談を力を入れて話した。

人間魚雷と言われる、船での特攻隊に入っていて

それでも、死なずに終戦を迎えたこと、

その後必死で日本のために働き、日本を支えてきたことを

誇り高く話す姿に

今、生きる戦後生まれの私は何か恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。

昨日は色んな意味でいい一日を過ごしたと思う。


2008年04月27日(日) ちょっとした行き違い

人と付き合うのって本当に難しい。

昔からの知り合いの場合は

もし、何か気持ちの行き違いがあったとしても

お互いの性分を知っているから

誤解することもないが

新しい友人の場合は

ちょっとした言葉で心象を悪くすることもある。

私が最近、知り合っためざす会の人に

昨日、送ったメールで

私の今の正直な気持ちを書いてしまった。

正直が取り得の私だから

偽りのない気持ちを話すことが

相手にとっても誠意のある行動だと思っている。

しかし、相手からの返信はない。

多分、私の言葉に気を悪くしているのだろう。

あえて、弁解はしないつもりだ。

今回の勉強会で、男女共同参画について

以前よりも深く理解したつもりだ。

しかし、そのことと、私の活動をするか否かは別問題だ。

私は今自分が関心を持っている

日本の歴史を学び、発信することによって

少しでも世の中のためになりたいと思っている。

めざす会に入会したものの

その人たちと同じように活動は出来ないと思う。

夫が公務員であることも原因しているからだ。

だから、その人に促されたことに

私の気持ちを正直に言ったのだ。

でも、これがよかったのかどうかは分からない。

人と人との付き合いの難しさをしみじみ感じる。


2008年04月26日(土) 勉強会

昨日、初めて「健全なる男女共同参画社会をめざす会」の

月二回の勉強会に出席してきた。

元々、私自身、この「男女共同参画社会」というものには

疑問を持っていた。

言葉から読み取ることのできないものが

そこには潜んでいると感じていたからだ。

男女平等という意味合いを持つこの言葉に

ほとんどの人は騙されてしまう。

最近ベストセラーになった「女性の品格」の著者もまた

この運動を推進する人である。

ジェンダーという言葉は

仏語などにある女性名詞、男性名詞、中性名詞などの

有性名詞の性による分類を意味する

文法的な用語として用いられるものだった。

それが、いつの間にか

社会学分野の中で

「社会的・文化的な性のありかた」という用い方に変化し、

今では、男女の性別を否定するようにさえなってきている。

勿論、能力の高い女性が社会の中で

高い地位につき社会貢献することを否定はしない。

しかし、男らしさ・女らしさというものは

男女が共に暮らす社会の中で

とても重要なことだと思う。

それすらなくすために

過激な性教育をすることは必要ないではないだろうか。

男女の特性を生かした社会こそ

理想社会ではないかと思う。

この会の基本的な考え方は次のようなものである。

�|砲蕕靴機�女らしさを尊重する

��家族一体を壊す夫婦別性に反対し、

 専業主婦の役割を重視し

 家族の絆を築き上げる

��性道徳の歪みをうむ「性の自己決定」の見直し

�げ畄磴弊�教育の見直し

�ダ里�ら言う「ご主人」「奥様」「家内」という言葉が

 差別であるとして否定されようとしているが

 これは表現の自由に反することである

��昔からある日本の伝統文化を重視する。

 最近は「ひな祭り」や「こいのぼり」や

 「桃太郎」などの日本昔話が

 「ジェンダーフリー」の名の下に否定されようとしている。

つまり、「男女共同参画」「ジェンダーフリー」は

決して社会を向上させるものではなく、

むしろ世の中の秩序や道徳を崩壊させ、

人間を不幸に導くものになるのではないかということだ。

私の中で100パーセント

納得し活動をしたいという気持ちにはなっていない。

ただ、この勉強会とリンクして

日本の歴史を学び

日本の伝統・文化・道徳や倫理を重視する

教育を子どもたちに出来るのではないかと期待している。

まだまだ勉強不足の私だ。

これからボツボツやっていこうと思う。


2008年04月25日(金) 隠すということ

人は、自分の恥だと思うことや

他人には知られたくないこと、

人目にさらしたくないことを隠す傾向がある。

私自身、根は正直で隠し事が出来ない性分なので

その時についた小さな嘘も

いつかは話してしまうし

親友にはバレバレ状態で笑われることが多い。

どうせ分かることならはじめから隠そうとしない方がいいのだろう。

昨日、ある雑誌を読んでいた。

化粧品のページを読んでいるうちに

私が今までしていたことが

間違っていたことに気付いた。

私の顔はそばかすだらけだ。

しみも多い。

一番気になっていることだ。

出来るなら、レーザー治療でもして

そばかすやしみを全て消してしまいたいと思う。

若い頃の入院生活で素顔で出歩いていた結果だ。

もう、今では薄くしようにも出来ない。

本当に毎日洗顔後の自分の顔を見ると嫌になる。

若い女性の滑らかで、何もない白い肌が羨ましい。

愚痴を言っても仕方ないから

少しでも目立たないようにするしかないと思い、

化粧の時ファンデーションの際に

コンシーラーを使って隠している。

しかし、昨日の本によると

気になるところに厚く塗ることは駄目だと書いていた。

薄く自然に塗るほうが良いらしい。

だから、今朝は隠すことを意識せず

出来るだけ自然に塗ることにした。

勿論、化粧した上からもそばかすやしみが透けて見える。

これが嫌でたまらないが、仕方ない。

しみもしわも年齢を重ねた証拠だし、

それこそが年老いていくことの勲章なのだから。

気にするのはやめよう。

気持ちだけは若いのだから

それでいいじゃないかと自分自身に言い聞かせている。


2008年04月24日(木) 反省

昨夜は、遅くに親友に電話をして3時間も喋った。

話の中で、親友に痛いところをつかれてしまった。

私の娘への今の対応は間違っているということだ。

分かっているのだ。

私の心の中に

娘の自立をさせるのが親としての務めだと思う気持ちと

やはり、娘のことが心配で

しばらくは私が側に居てやりたいという気持ちが同居している。

その時々に色んな考えが頭をかけめぐる。

娘は、いつか私から完全に離れて

自分の足で歩いていかないといけない。

今がその絶好の機会であることは重々分かっているのだ。

娘の幼い頃の育て方が

今の娘を作ったのは確かなのだから

同じことをしていては駄目だという思いが大きい。

親としての道はどれが正しいのか?

親の自己満足で娘の世話をしてやることが

娘にとって一番いけないことなのだろう。

分かっているのだ。

娘が親元を離れて一人暮らしをすることによって

今まで、娘自身が気付かなかったことに気付き

大人への道を一歩一歩歩いていくことになるのだから

幼いときと同じように

転ぶ前に手を貸し、体を支えてやることは

娘の自立の道を閉ざすことになる。

私自身の気持ちの問題だ。

もしかしたら

娘を口実にして

私が今のこの家で過ごす

夫との時間を避けようとしているのかもしれない。

もし、それが本当なら卑怯だ。

娘にとっていい迷惑だ。

何でも、私次第だ。

淋しくても心配でも

娘のことに手を出さず

じっと見守ることが出来ないと親としての資格なんてありゃしない。

大いに反省している。

でも、そういいながらも

朝、娘に電話をしてしまった。

結局、私が変わらないと何も変わらないのだ。


2008年04月23日(水) 一旦帰ることに

今日もとても良いお天気だ。

初夏のような暑さになるだろう。

娘が大学へ行った。

朝、起きるのもしんどそうだが休むわけにはいかないみたい。

私もこの数日前から、

夜になると、とてもしんどくなってきた。

バセドウ氏病の薬を飲まなくなって一週間になる。

やはり、このせいだろうか?

昨夜は去年の今頃のようなしんどさに見舞われた。

体中が暑い。

汗をいっぱいかく。

もしかして?と思ってしまう。

でも、考えてもどうしようもない。

しばらく様子をみることにしよう。

今朝は、娘の部屋の掃除と片付けを済ませて

夕ごはんのおかずを作り

出来たら数日分のおかずを作って冷凍しえかえろう。

12時のバスに間に合うようにしなくっちゃ。

1日にはまた来る。

それまでに、娘の膀胱炎が治っていますように!

そして、私のしんどさも治って

連休は娘と共に楽しみたいと思う。


2008年04月22日(火) 病院へ

今朝、娘を病院へ連れて行った。

昨夜、娘は、今度入部しようと思っている

演劇サークルを見学し

その後、食事会をして帰ったのは23時近かった。

お風呂からあがって

どうも具合が悪いという。

土日の合宿や新しい生活の不慣れや

諸々のストレスが体にきたのだろうか・・・

熱はないが、膀胱炎の症状が出ているみたいだった。

冷えと疲れが一番ダメだ。

さっそく、このアパートの近くの病院を探した。

大学は二時間目からだというので

9時に病院へ連れて行ってきた。

尿検査をしても大したことはないみたいで

医者は二日分の薬を処方してくれた。

少しほっとした。

今までは私がそばにいたから

ちょっとした体調の変化もわかっていた。

でも、一人暮らしをし始めて

今回はたまたま娘の所に居て

早く病院へ連れて行くことができたが

離れている分、娘の様子も分からないから

本当に心配になる。

心配をしてもどうすることもできないが

一緒に暮らしていると心配の度合が違う。

私は明日帰るが

どうか今度来るまでには治っていてほしい。

何もしなくてもいいから

元気で楽しく学生生活を送ってもらいたいと

心から思う。


2008年04月21日(月) 予定が変わって

本当は、来週の月曜日、28日に帰る予定にしていたが

こちらの掃除や片付けなど

主な仕事は終わり、後はこれと言って用事がないので

予定を早めて、明後日23日に帰ることにした。

今朝、梅田まで行きチケットを買ってきた。

5月の連休中、

娘は帰ることができないみたいだから

一人で家に居ても面白くないだろうし

2日と3日に阪大の「いちょう祭」なるものが開催され

父兄も見にきてくださいというチラシを見せてもらって

何か興味もあり、見てみたいと思うようになった。

5月1日にまた大阪へ来て7日に帰ることにして

そのチケットも購入してきた。

連休中の一日

娘とUSJにでも行こうかと話している。

混んでいるかもしれないが

娘が行きたいと言っていたところだし

私もこちらにいる間に行けたら都合が良い。

連休中は母の病院も休みで

連れていくことができなくても良い。

毎晩、母から電話が入り

声を聞く限り、元気そうだ。

6月には父の三回忌がある。

娘はこの時に帰ろうと言っている。

明日はお天気もいいみたいだから

洗たくや掃除をもう一度念いりにしておこうと思う。

おかずも作って冷凍しておこうかな・・・

家にいる時にはあれほど喧嘩をしていたのに

この頃は全くしなくなった。

やはり適当な距離っ必要なのかも?


2008年04月20日(日) のんびりした一日

娘のいる大阪へ来て

こんなにものんびりとした時間が持てるなんて

思ってもみなかった私にとって

昨日の数時間はとても有意義な時間となった。

娘が土日と新入生合宿で兵庫県へ行くので

今日のベッドの受け入れのために

一日早めて大阪へ来た。

そして、昨日は一日、私のために過ごすことができた。

大阪にはメル友さんが複数いる。

昨日はその中の二人と一緒に

万博記念公園へ行ってきたのだ。

モノレールからしか見たことのない

万博の象徴でもある

あの太陽の塔を目の前で見ることができた。

広い公園の中をカメラを持ち

鳥のさえずりを聞きながら歩くこと4時間。

ちょうど満開のチューリップの花が

赤・白・黄色と歌の歌詞と同じように

美しい姿で風にゆらゆらと揺れていた。

まだ、つつじには早かったが

これで、つつじも満開になっていたら

どんなにか綺麗だったろう。

お天気は曇り空で案外寒かったが

それでも、歩くのはちょうど適していたと思う。

気持ちのいい時間の流れの中で

歩きながらいろんなことを思った。

こうして、元気でいられることへの感謝と

友人の大切さをしみじみ感じた。

最近ではネットの関係も大分薄くなり

昔に比べるとメル友さんの数も減った。

でも、こうして、いつまでも付き合える友人がいることが

私にとって宝物の一つになっている。

今回の大阪は10日ほどの滞在予定だ。

娘の家のことをして残った時間は

私の気晴らしの時間にしよう。

今日はお天気がいいみたい。

朝、洗たくしたものが窓辺で朝日を受けて

気持ちよさそうに揺れている。

さあ、掃除でもしよう。


2008年04月18日(金) 美容院へ

昨日は、いつもの美容院へ二ヶ月ぶりに行ってきた。

節約生活をしないといけないが

女性として、美容院と化粧品代はどうしてもカットすることは出来ない。

いつも綺麗にしていたいと思うのは

決して贅沢だと思わないから。

二ヶ月に一度カットとカラーをしてもらうのは

まだ少ないほうかも?

毎月、カットやカラーをしてもらったら

今よりももっと綺麗に居られるかもしれない。

という自己弁護のような気持ちで行ってきた。

そして、行ってよかったと思った。

二ヶ月前にカットしてもらった後、

何となく気に入らなくて

横の髪を自分でカットしていた。

変ではなかったが、やはり後ろとの長さのバランスが悪かった。

でも、美容院の先生は、私のカットを褒めてくれた。

まあ、商売上のお世辞かもしれないが

姉も友人もおかしくないと言ってくれたから

本当にそう思われたのかもしれない。

3時間かけてカットとカラーをしてもらったら

もうお昼になっていた。

その3時間は長いようで直ぐに経った。

今度の美容院は6月の予定だが

それまで、自分でカットしたりしないようにしよう。

先生は「ひと月したらきっと切っていますよ」と

笑いながら言っていた。

もしかして、そうなるかもしれないな(笑)


2008年04月17日(木) 健全なる男女参画社会

先日あった映画「南京の真実」の上映会で

ある女性と知り合いになった。

私と一緒に行った親友の高校時代の同級生だということも

奇縁だったのだが、

その人は、私の新聞への投稿を読んで下さっていて

一度、私と話がしたいと思っていたとか。

メールアドレスを交換した。

娘のところに行っていてなかなかコンタクトが取れなかったが

帰宅してメールを送り、メール交換をするようになった。

「男女共同参画」所謂ジェンダーフリーなるものに

私は元々反対の立場だ。

男女の体の特質や役割は自ずと違っているのだから

女性は女性が出来ることを

男性は男性がやらねばならないことをするのが本当だと思うのだ。

女性がしっかりと家庭を守り

育児をすることによって

健全な社会が生まれると思っている。

だから、知り合った人が「男女共同参画」を推進する立場の人なら

勿論お付き合いをするつもりはない。

色んな話をメールで聞いているうちに

段々とその人がしていることが尤もなことだと思えるようになった。

「健全なる」という言葉が頭についている通り

正しい男女共同参画社会を目指すことが必要だと思う。

家族の絆を重視すること。

過度な性教育の見直し。

「性の自己決定」の見直し。

日本の文化伝統の尊重。

など、掲げる基本的な考え方には大いに賛成だ。

今度、大阪から帰ったらその人と会おうと思う。

そして、じっくりと話を聞こうと思っている。

今の日本、これからの日本のために

何が出来るか?

私が最近ずっと思っていたことだ。

少しでも社会のために役立てるなら

これからの私の進む道が見つかったようなものだ。

「南京の真実」の上映を企画実行したのも

この会の人たちだったと知り、

私の考え方と通ずるものを感じる。


2008年04月16日(水) 病に勝つ

今日は、4ヶ月ぶりのバセドウ氏病の病院受診日だった。

12月に行った時も血液検査は正常値に近くなっていて

飲む量も一日おきに一錠と減っていたが

今日の検査の結果、薬は中止ということになった。

次の9月の受診のときにやはり正常値だったら

私のバセドウ氏病は治癒したことになるのだろう。

それにしても、我ながら、病に強いと感心している。

去年の今頃は青息吐息の毎日だった。

原因不明の熱と言葉では言い表せないくらいのしんどさ・・

本当に毎日辛い日々だった。

去年の4月18日に入院し、検査しても病気が分からず

退院のときに医者がもしかして?と言ったのがきっかけで

愛大で検査してバセドウ氏病と判明した。

原因が分かれば治療は出来る。

それから薬治療が始まり、今日に至ったわけだ。

私の尊敬する中村天風先生の言葉の通り、

体を病んでいても心まで病む必要はない。

心元気で暮らそうと決め

それまでの後ろ向きの私を変えたら

本当に色んなことが変わってきた。

くよくよしなくなったし

自分でもずいぶん明るくなったと思う。

そして、明るくなったら心だけではなく

体も元気になったのだ。

娘の受験から引越し、入学と忙しい日々を過ごし

母は、帰ったら寝込むのではないかと私のことを案じていたようだが

その心配は必要なかった。

元気でこうして生かされているということに

心から感謝したいと思う。


2008年04月15日(火) 節約生活

今朝のTVのニュースで

最近の大学生の生活費が

数年前に比べると平均2万円ほど減っていると聞いた。

物価の上昇に比べて、

親の給料は上がらず、仕送りも減っているのだろう。

私の家の場合も節約生活せざる終えなくなった。

公務員の夫の毎月の給料の中から

娘への仕送り額を引くと

後は本当に厳しい結果になる。

毎月の給料の中から全てをやりくりしたい私は

学資保険やボーナスをなるべく当てにしたくない。

節約しながらやりくりするのが主婦の務めだと思っている。

姉は貯金をやめれば良いと言うが

二台の車の車検や保険のことを思うと

毎月少しずつでも積み立てておきたい。

だから、娘への仕送りを引いた中から

微々たるものでも貯金をしたい。

そうしていると日々の生活は一日1000円でやるしかない。

食費だけならそんなにかからないが

日用品の購入もいれるとギリギリの生活だ。

有難いことに家賃というものを支払うこともなく

また住宅ローンもないから、やれば出来るはずだ。

昨夜は、初めて夫に事情を話した。

そして、「頑張るから」と言っておいた。

今までの生活も決して贅沢はしなかったが

それでも、洋服も新調できたし

たまには好きな音楽会にも行けた。

ピアノやヴァイオリンも習うことが出来た。

でも、これから数年間はそれも無理だ。

私にとって結婚後初めての試練の時期だ。

贅沢はせず、あるもので辛抱しよう。

そして、愚痴をこぼさず毎日を大切にして生きよう。

その親の姿を見て、娘も考えてくれるに違いない。

娘には贅沢ではないがケチケチした

小さな気持ちにはなってもらいたくない。

子どもにお金の苦労をさせるなんて親として最低だ。

親の責任の中でやりとおしたい。


2008年04月14日(月) 19歳の誕生日

昨日、4月13日は、娘の19歳の誕生日だった。

去年の日記を見てみたら

誕生日には、娘の好物のチーズケーキを焼いていたとある。

今年は、娘は大阪だから一緒に祝ってやることは出来なかった。

私が大阪から帰る日の前日

一週間ほど早いけど、ケーキを買って祝ってやったが

やはり、昨日は一人で淋しい誕生日になったようだ。

私が友人と会ってお昼をしていたら

娘から

「誕生日のお祝いのメール有難う、一人で淋しいよう」とメールが来た。

母も姉も私も絵手紙やハガキを出してやっていたが

やはり、初めて一人で迎えることが淋しかったのだろう。

「何か美味しいものでも買って来て食べたら良い」と

私が返事を出すと、

今日は何とか家にあるもので済ますと言っていた。

夜、電話をしてみたら

案の定、何処へも出かけることなく

ずっとPCに向かっていたみたいだ。

洗濯や食事のことでも分からないことがあったとか。

こうして少しずつ自分でやったことで

色々と分かってくるのだろう。

家に居た時に何もしなかったのだから

急にできるわけがない。

私が側に居るときとは違う。

どうか、失敗しながら成長してほしいと心から思う。

後一年したら成人だ。

嘘みたいだ。

娘が生まれて19年も経ったなんて・・・・

娘が元気で自分の道を見つけて歩いていってくれたら

親としてこんなに嬉しいことはない。


2008年04月13日(日) NHK受信料

昨日、娘から電話が入った。

それはNHKの人が

受信料を払えと言ってきたとのこと。

娘はTVはあまり見ない。

もっぱらPCをしている。

TVは買ったものの勿論NHKの受信契約は結んでいなかった。

私は最近のNHKの不祥事や一連の報道が

左がかっている気がしていて良い感じを持っていない。

だから、娘に払わないで良いと言っていた。

娘は、昨日の職員に対して「NHKは見ないから」と言った。

すると、その人は「TVを持っている人は全員払わないといけない」

「今すぐ契約して払ってくれ」と言った。

娘は半ば強制的に契約させられたと言う。

しかし、この契約の方法が私には許せなかった。

今、現金の持ち合わせがないと言った娘に対して

NHK職員はキャッシュカードを見せろ、

口座番号を記入しろ、

届け印を押せ、

そして、器械を持っていて暗証番号を押せと言ったと言う。

これっておかしい。

最近の詐欺犯罪の手口ではないか?

私はこの娘の話を聞き、私の住む警察に連絡した。

警察は娘が娘の住む所の警察に電話するように言った。

娘は警察に電話し警察官が娘の家に来てくれた。

その間、私はパンフレットに書かれている電話へ十数回電話をかけた。

いつも話し中だったのでますます怪しいと感じた。

しかし、結局電話はつながり

その番号はNHKの受信料の問い合わせの番号だった。

私は娘から聞いた事情を話し、

警察から言われた通り

今回の契約は解約したい旨を言った。

数時間してNHKの責任者から電話があり

その人と1時間ほど話すことが出来た。

未成年との契約は可能だということだが

私には娘のところに来た職員のやり方に疑問を持ったから

解約してもらいたいと話した。

その人は、娘がキャッシュカードを探していた時に

家に上がりこもうとしたのだ。

これは許せない。

若い女の子の一人暮らしの家に

どんな事情があろうとも上がりこむなんて

あまりにも非常識ではないか!

詐欺のような手口で契約を結んだことと

家に上がりこもうとしたことの

両方を考えても、NHK受信料を払う気持ちにはならないと話した。

色々と話した結果解約できた。

今度、私が大阪へ行った時にもう一度来てもらい

私の気持ちを話して断ろうと思う。

それにしても、娘の一人暮らしには不安がある。

詐欺や押し売りや勧誘・・・

今回は詐欺ではなかったものの

ああ、本当に心配だ。




2008年04月12日(土) 忙しい日々

8日火曜日の夜、帰宅してからの毎日は

まるで何かに追われているような多忙な毎日だ。

やっとPCを開けることが出来た。

母の病院、娘の部屋の片付けや

大阪へ送る荷物作りなど・・

大したことではないのに時間がない。

母は段々と年老いてきたのを実感する。

毎日、私が見ることが出来ればいいが

また来週は大阪へ行くことになる。

その間に母の用事を片付けようと思う。

こんなに忙しくしていて

体に無理はないかと?

友人は心配してくれるけれど

有難いことに寝込むこともなく元気で居られる。

去年の今頃は原因不明の熱に悩んでいた。

18日には入院したのだが

今年はバセドウ氏病の薬のお陰でそういったことがない。

やはり母親は元気で居ないといけない。

今から、大阪行きのチケットを買いに行ってくる。

また大阪から帰ったらゆっくりとPCに向かおう。


2008年04月08日(火) 心配・・・

昨日は、大阪は大雨が降り

やはりスーツケースを引っ張って帰るのは無理だった。

今日は曇りのち晴れということで

雨も降らないようでよかった。

昨日は、午後、娘の部屋中にメモを貼り付けた。

どこに何が入っているか?

一目でわかるようにそれぞれメモして貼り付けた。

まるで映画「私の頭の中の消しゴム」に出てきた部屋のようになった。

13日は娘の19歳の誕生日だが

私はもういないから祝ってやることもできない。

昨日は早めのお祝いのつもりで

イチゴタルトを買って夕食のときにお祝いのつもりで食べた。

娘はやはり心細いのだろうか・・・

「お母さん、ずっと居たら良いのに」と言った。

でも、私は心を鬼にして帰ろうと思う。

今朝は肉じゃがやサラダを作っておいた。

余ったのは冷凍すれば良いように多めに作った。

もっといろんなおかずを作ってやれたらよかったかな・・・・

今日は11時前に出るので

それまでに買い物をして掃除をしておいてやろう。

私の方がバスの中で淋しくなるかもしれない。

娘は案外あっさりと出て行った。

今度19日に来るまで

風邪をひいたりけがをしたりしなければ良いが・・

やはり心配だ。


2008年04月07日(月) 帰れてたかも?

本当は今日、帰るつもりだったのに

天気予報で雨が降ると言っていたので

大きなカバンをひっぱって歩くのも大変だと思い

明日に延期した。

でも、大阪はまだ雨にならない。

お昼前から雨が降り出すという予報を聞き

じゃあ、12時のバスに乗れていたのに・・・と思ってしまった。

明日の12時発のバスにしたものの

もしかして、雨が遅れたら明日雨の中を

カバンを引っ張って歩くはめになりかねない。

娘は大学の授業が開始され8時過ぎに出て行った。

引っ越しの荷物を私が適当にしまい

その後も買いそろえたものを私が使いやすいようにしてしまったので

娘に何がどこに入っているか伝える時間がない。

明日、私が帰ったあとで娘が困らぬように

今夜にでもちゃんと話をしておこうと思う。

昨日も娘は夜遅かった。

ご飯を用意し、お風呂も沸かしてやっていたが

娘いわく「お母さんもここで暮したらいいのに」

これには驚いた。

てっきり嫌がられていると思っていたが

都合のいい存在になっていたようだ。

娘の一人暮らしはとても心配だけれど

このまま私がいたら何もならない。

一度は不自由な目にあい

困った経験をしないと成長しない。

だから、私は帰るべきだし帰ろうと思っている。

親ばかもいい加減にしないと。

明日は心配でバスの中で

娘のことばかり考えるだろう。

あれほど、早く家を出てほしいと願っていたのに

いざ、本当に娘がいなくなると

きっと当分はさみしいに違いない。

娘も私をうざいと思っていたけど

いなくなってさみしいと思うかも?

お互いに親離れ・子離れするいい機会なのだから

このさみしさを乗り切るしかないな・・・

昨日は夫に電話していろんなことを話した。

家のことや母のことも気になって仕方ない。

私はまだまだ必要とされているのだと思うと

なんだか嬉しくなってがんばろうと思う気持ちになる。

そう、まだまだやるべきことが残っている。

元気で頑張らなくっちゃ。


2008年04月02日(水) 娘のところから

久し振りの日記だ。

昨日、無事入学式を終えることができた。

先月は引っ越し、荷物の片付け、

足りないものの買い物と

本当に忙しい日々を過ごした。

やっと家らしくなり

それなりに生活できるようになったが

私が帰ってから、

はたして、娘はやっていけるのだろうか?

とても不安だ。

この数日は、

私の存在が鼻につくのだろうか?

私へ文句ばかり言っている。

私はバカだから

あれもしておこう

これも片づけておこうと

しんどいのも忘れて

一日動き回っている。

家にいる時は

買い物も車で行っていたが

ここでは歩くしかない。

最寄りの駅の近くに商店街があり

食べることには不自由しない。

歩いて5分のところには

JAのスーパーもあり

毎日の食材も調達できる。

商店街までは歩いて15分かかるから

買い物をして帰ると

1時間はかかる。

一日何回行くといい運動になる。

少し痩せたかな?

帰る予定は日曜日。

今日はTVとDVDが届く。

娘の誕生日も近いので

4日は梅田まで買い物に行こうと思う。

明日はメル友さんたちと会う予定。

じっとしているのが嫌いな私にとって

ここの生活は適しているかな?なんて思っている。

それにしても、

娘は朝、起きれるのだろうか?

食事は作れるのだろうか?

洗濯や掃除をきちんとできるのだろうか?

心配でたまらない。

私の育て方が間違っていたと再認識している。

一人暮らしをして

少しはつらい思いや失敗をしながら

娘は成長するのだろう。

4年後が楽しみだ。

20日はベッドのフレームが届くので

また19日から21日はこちらに来ることにしている。

こんな調子では子離れできない親と笑われるかも?

本当に自分でも笑ってしまう。


スカーレット