スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
本当に月日の経つのは早い。
今日で今年も終わりだ。
私にとって今年もまた色んなことのあった年になった。
�〔爾�阪大入学 去年の今頃は娘も大変な時期で、
同時に私も何か落ち着かない日々を送っていた。
今年の春の受験では娘と共に東京と大阪へ行った。
地理も分からないのによく行けたものだと今更ながら感心する。
受験は無事合格。
それからの下宿さがしと引っ越しは本当に大変だった。
ひと月に一回の割合で娘のところへ行き掃除に明け暮れた。
それでも娘も楽しく学生生活を送っている。
親としては一番嬉しいことだ。
�◆屬瓩兇慌顱廚貌�会
2月の南京の真実の映画会で偶然出会った人と
縁がありその後メールのやり取りをしているうちに
彼女が入会して活動をしている会に誘われた。
娘もいなくなり母も元気な今の間に
自分でやれることをしようと思って入会した。
入会したことで多方面にわたる人たちと知り合いになり
私にとって意義のある活動もできた。
��N先生との出会いとHP開設
私の友人からの紹介で
歴史研究家のN先生を紹介してもらった。
そして先生を囲んでの勉強会に出席。
その後は先生からの電話やファクスで色々な勉強をさせてもらった。
その先生の頼みで
「アジアに生きる大東亜戦争」というHPを作りはじめ
9月には私なりのものを完成させた。
見てくれる人はほとんどいないが
それでもこのHPを作ることで色々なことを学ぶことができた。
�ぬ爾留薹犖�演
大阪大学に進学した娘が
高校時代からやっていた演劇を続けたいと
演劇部に所属し頑張っている。
その娘の舞台を見に三回大阪へ行った。
脚本を書くことは中学生のころからしていたが
12月の新人公演の娘の脚本・演出は素晴らしかった。
わが娘であるが褒めてやりたい。
�ナ譴瞭�院・手術・米寿の祝い
年が開ければ88歳になる私の母が
今年の夏体調を崩し入院した。
母の年を考えるとこの入院をきっかけに
弱ってしまうのではないかと心配していたが
退院後は元気で過ごしている。
12月には白内障の手術をし視野も明るくなり
とても喜んでいる母を見て私も嬉しい。
そして、先日は母の米寿のお祝いをみなですることができた。
一昨年に亡くなった父の分も元気で長生きしてほしい。
��私の体調不良
今年は私も色々と忙しかったので
自分の心臓のことを忘れて頑張った。
自分では疲れを覚えてはいなかったが
体は正直に結果を出した。
今月になって心臓の検診で心室中核欠損症の再発、
続いて年末にはバセドウ氏病が再発した。
やはり無理をしていたのだろう。
体のことは生まれた時から元気で長生きなどできないと思っていたから
こうしてこの年になるまで生きていられることがとても有難い。
自分の体のことは自分で管理しないと。
誰にも代わってもらえないのだから。
以上、今年の私にとって大きな出来事だった。
来年はどんな年になるのだろう。
どうか日本が世界の中で模範的な国となり
日本人として誇りを持って生きていける国になりたいものだ。
そして、私自身としては
自分の体調の管理を万全にして
周りの人たちに心配や迷惑をかけないようにしたいと思う。
このつぶやきを見てくれた方々へ
心からお礼を申し上げます。
そして、来年もまたよろしくお願いします。
ありがとうございました。
愚痴をいうのは嫌いだが、
私の体調も限界ということもあり
ついイライラが態度に出てしまうこともある。
そして、そんな時はすぐに反省し笑ってやさしくしているが
昨日はこんなことがあった。
娘はクリスマスのプレゼントに
夫からWiiを買ってもらい
マリオカートをして遊んでいる。
確かに、見ていて面白いが
TVの前で何時間もやられるとたまったものではない。
その上、娘がしないときには夫がやっているのだ。
昨日、母を病院へ連れて行き
お昼前に帰宅したのだが
その時もゲームに夢中だった。
私は熱もありとてもしんどくて寝ていたい気分だったが
それでもお昼の用意をして夫と食べた。
食事を終え、台所の水回りの掃除をしている時
夫はまたゲームをし始めたので
外回りの掃除をやってほしいと頼んだ。
すると、夫は黙ってゲームを止め
部屋からいなくなった。
私はてっきり外を掃除してくれていると思っていた。
夕方になっても帰ってこないので
外に出てみると掃除をしている風でもない。
携帯に電話してみた。
通じたので「どこにいるの?」と聞いた。
すると、何とずっと車の中に居るとのこと。
私から掃除を頼まれたがしたくないので
私から離れるために車の中に逃避していたようだ。
私は呆れてもの何もいう気にもなれず笑ってしまった。
そんな我が家なのだ。
だから、今日は私がやらねばならない。
やはりお正月なんて嫌いだ。
年末は特に何かと用事もあり忙しいのに
体がついてこない。
大掃除もしたい。
台所の水回りが特に気になる。
昨日は少しやりかけてみたが
熱が出始めて途中でやめた。
それでも、食べることだけは私がしないと
夫も娘も何もしないので
朝から晩まで三食のための買い出しや準備に明け暮れる。
近くのマーケットも朝から混んでいる。
重たい荷物を両の手に持って
車まで運ぶのも大変だ。
夫と娘はTVゲームに余念がない。
昨日は私の我慢も限界に来て
情けなくて涙が出た。
それでも、今年の私は自分でも感心するが
夫や娘に対して怒らないし文句も言わなかった。
それをいう気力もないということか。
黙々と台所に立っていた。
普通ならこんな私の姿を見て
何か手伝おうか?と声をかけてくれてもいいのに・・
とつい愚痴りそうになるが我慢。
私が黙って家事をしていればそれで良い。
アンケートでは、お正月がうれしいと答えた女性は
10代20代を除けばほとんどがうれしくなく
忙しいだけでいやになると答えていたが
私も同感だ。
普通の日々が一番良い。
今年はお正月休みが長く
それだけ大変ではあるが
文句を言わないと決めた以上
黙ってやるしかないのだろう。
それにしても今年の年末は運が悪かった。
バセドウ氏病が再発さえしなければ
元気で家中の掃除もできたはずなのに。
昨日は午後少し横になったが
今日は休める時間はあるのだろうか。
もうそろそろ限界かも?
昨日は母を囲んで、
私たち家族三人と
姉夫婦二人、計6人で
母の米寿のお祝いの席を設け夕食を食べに行った。
母は大正10年生まれで、
来年の5月には満88歳を迎える。
一昨年亡くなった父と同い年だから
本当は二人揃って米寿を迎えてほしかった。
でも、父もきっと昨日の席を見ていてくれただろう。
娘も帰省し一緒に祝うことができて
母が一番喜んでいた。
姉は母の大好きな黄薔薇の花束を母にプレゼントした。
母を中心にそれぞれの写真を撮った。
白内障の手術をしてよく見えだしたことや
父の思い出話をしている母を見て
隣に座った私は涙が出そうになった。
私にとって母の存在は言葉にできないほど大切なものだ。
母の存在しない私を考えられないくらいだ。
誰よりも私を慈しみ愛してくれる母、
母がもし亡くなったら・・と考えると
夜も眠れない。
そんな母には亡くなった父の分まで
元気で長生きしてもらいたい。
本来なら来月の半ばの受診予約だったのを
早めてもらって
昨日、愛大病院へ行ってきた。
9時に予約していたのに
血液検査をしたために診察は10時半になった。
今年最後とあって大勢の患者たちで混んでいた。
血液検査の結果
やはりバセドウ氏病の再発だった。
普通の人の4倍の数値の高さだそうだ。
先生は今年の春に
私に完治したから薬はやめても良いし
受診もしなくて良いと言った手前
なんとなく私に対して申し訳ない気持ちになっていたようだ。
本当にこの一か月はしんどかった。
足が立たなくなったときもあった。
先生に話すとそれも症状の一つだそうな。
前の時は手の震えがあったが今回は足が覚束なかった。
熱も体重減少もだるさも息切れや動悸も皆
バセドウ氏病の症状だったのだ。
薬を二種類出してくれた。
薬の効果は二週間後くらいから出るとか。
それまではやはりしんどいだろう。
でも、原因が判明して安心した。
もし、バセドウ氏病でなかったら
癌かもしれないと思っていたから。
それにしても、
気が張っているということが
こんなにも大事だということを
つくづく考えさせられた。
母の眼の手術
娘の大阪での公演
そして義父の三回忌と
結構無理をしたはずなのに
しんどいと思わなかった。
三回忌が終わった途端
どっと疲れが出たように思う。
義母の言葉ではないが
いつも気を張っていたらよいということなのか・・・
昨夜は娘を迎えに松山まで行った。
娘の大人になった姿を見て
嬉しいようなさみしいような思いがした。
娘が帰省してまた忙しくなるかもしれない。
元気が一番だということをつくづく思う。
昨日は強風と雨の中、
車を走らせて双海の道の駅へじゃこ天を買いに行った。
家で休んでおけばいいものを
母がここのじゃこ天が一番美味しいというのを聞くと
母に食べてもらいたくて
しんどいのを我慢して買いに行ったのだ。
開店は9時からだと思っていたら
10時だったので、帰るのもなんだし
40分ほど待つことにした。
じゃこ天を作っているのは
双海町の主婦の人たちのグループだ。
待っている私に熱いコーヒーを出してくれたり
練炭火鉢を持って来てくれたりと
本当に親切にしいてもらった。
買いに来た人とも話したのだが
ここのじゃこ天はつなぎを入れてなくて
身も厚くどこのより美味しい。
その人は30枚買って行った。
私は母に5枚、我が家に5枚計10枚買った。
一枚115円、以前より5円値上げしていたが
今夜のご飯のおかずにと思うと安いものだ。
残った三枚は冷凍しておいて
今度年越し蕎麦の中に入れてじゃこ天そばにして食べようと思う。
それにしても、本当に親切な店の人の心が
揚げたてのじゃこ天の温かさと共に
私の心を暖かくしてくれた。
でも、このことを帰って夫に話すと
こんな体の悪い時に買いに行くなんて
正気の沙汰ではないと言われ呆れられた。
母は言葉こそきつくはなかったが
返って母に気を遣わせてしまった言葉を聞くことになり
自分の浅はかさを反省した。
今日は愛大で診てもらうことになっている。
診察結果で私も心を決めることになりそうだ。
昨日はクリスマス・イブ、今日はクリスマス。
日本はお正月よりもクリスマスを祝う人が
街にあふれていることが気がかりだ。
クリスチャンならメリークリスマス!と祝うのは分かるが
神道・仏教の国日本において
一番大事なものはお正月ではないかと
近頃つくづく思う。
そんなことを言っていても
クリスマスを前にサンタクロースの絵手紙を描き
ネットでカードを友人たちに送ったのだから
私も偉そうなことを言えないと思う。
そんなクリスマス・イブ、今年は夫と二人だけの静かな夜を過ごした。
ローストチキンを一本夫のために買ってきた。
そして、普段なら食べないケーキを
一年に一度くらいならいいかと思って
夫と私の二人分ショートケーキを買った。
娘が居たころはデコレーションケーキかチーズケーキを焼いたものだ。
そしてシャンパンを抜いてお祝いをし
プレゼントの交換をしてゲームをしてと
楽しい時間を過ごした。
娘がいないとこんなに淋しいクリスマスになるのだな・・と夫と話した。
そんな娘は26日に帰省する。
今日は夜どこかでケーキバイキングを食べるのだと
電話の向こうで話してくれた。
ちょっぴり淋しいが夫と二人で囲む食卓にも段々慣れてきた。
今夜も静かなクリスマスになりそうだ。
人間、どんな時でも
たとえどんな苦しい時でも
やらねばならないことがあれば
それを無理をしてでもやるのが本当だ。
ずっとそう思ってきている。
今回の体調不良の時でさえ
私は寝込まずに頑張っている。
決して褒められることではなく
笑われることであろうことも分かっているのだ。
しかし、
私が寝ていてどうなるというのだろう。
母のこと、
家のこと、
もうすぐ帰省する娘のこと・・・
もろもろのことを考えていると
寝てはいられない。
昨日は、お昼に今まであけてなかったPCを開け
メールの返事を書きHPの更新をした。
熱が出ているのは知っている。
でも、母の家のフローリングのワックスかけのことが気になり
母の家に行った。
そして、今までは私がやっていたワックスかけを
母が自分でもできるように
クイックルワイパーなるものに
ワックスシートを取り付けて
簡単にワックスかけのできるものを
ホームセンターに買いに行った。
試しにリビングのフローリングをふいてみたら
とてもきれいになった。
疲れたけど満足している。
やはり無理をしてでもやった甲斐があった。
何としても頑張らないと。
来年の受診の日までは倒れないようにしないといけない。
今月に入って体調不良を感じていたが
とうとうダウンしてしまった。
母の眼の手術、
大阪に居る娘の演劇公演、
日帰りの後の義父の三回忌と
心も体も休む暇のない日々が続いていた。
一昨年の春にバセドウ氏病を発症し
大学病院に通院しながら治療をしていた。
一生飲む必要があると聞いていた薬を
私は一年足らずで完治したとのことでやめた。
大阪から帰ってからの数日は
病気を発症した時と同じ症状で
熱もあり動悸がし脈も速くなり体重も減少している。
睡眠もとれない状態だ。
メールをいただいても返事を書いていない。
PCへ向かう気力もなかった。
でも、寝てはいられない。
今朝も母を買い物に連れて行き
家事を休むことはできない。
本当にしんどい。
もうダメだと思う。
入院して休めたらいいのにと思う。
26日には娘が帰ってくる。
また忙しくなりそうだ。
頭も痛い。
とにかく自分の体を持て余している状態だ。
何もかも放っておいて寝ることができたらどんなにいいだろう・・
お昼ころからHPのトップのデザインを変えた。
やりだすと面白くなって時間も忘れていたが
やはりきつかったみたい。
熱がまたあがったようだ。
馬鹿な私!
今日は娘が所属している劇団の公演を見に行ってくる。
12月公演は新人公演、
娘が脚本を書き演出するということなので
どうしても見てみたいと思っていた。
最近の体調不良や母の手術もあって
ゆっくりとは行けなくなってしまい
結局、今朝一番のバスで行き
最終の夜行バスで帰ることにした。
夏に見たときより11月の公演が面白かった。
だんだんはまってしまった。
今回の公演も好評だと良いが・・・
劇団のホームページを見てみると
トップに今回の公演のポスターが載っていて
作・演出として娘の名前が出ている。
我が娘ながらすごいと思う。
私も書くことは好きだが
脚本は書けない。
ストーリーを考えそれを展開し
セリフを作りそれを演出するなんて
本当にすごいことだと思う。
ミュージカル風でコメディ風でサスペンス風で・・・
さて想像するのも難しい。
ホストの世界を描いたものだそうな。
娘は風邪をひいて熱もあると言ってきたが
どうか、今日の公演が無事盛況のうちに終わってもらいたい。
心から応援したいと思う。
12月も半ばを過ぎ、
デパートやマーケットにはおせち料理の見本や、
材料が並べられている。
最近は家で作る人も減り、
重箱にきれいに詰められたものや、
出来上がった各種のおせち料理を買う人が多くなった。
おせち料理と言えば、
私が子供の頃の母の姿を思い出す。
母は、大晦日、
家族がテレビの前に座って紅白歌合戦を見始めても、
台所でお節料理を作っていた。
「はよ、おいでよ」と声をかけても
母は「これが終わったら」と言って
結局除夜の鐘が鳴るまで、座ることはなかった。
子供心に母が忙しくしているのがとても嫌だった。
でも、母が作ってくれる我が家のお節はとても美味しく、
中でも「三種の神器」と呼んで皆が奪い合うように食べた
「黒豆」「田作り」「数の子」も味は今でも忘れられない。
そんな母の真似をして、
結婚して初めて迎えるお正月のために
、おせち料理を頑張って作った。
夫と二人で仲良く食べた。
それが今では、お店に注文して重箱に詰められたお節を買っている。
娘も来年は二十歳、手作りのお節を伝えないといけない。
来年からは手作りお節に再挑戦したい。
人から多動症?なんて笑われることがある私が
昼寝をすることなどめったにない。
元々じっとしていることが嫌いだ。
時間があると何か用事を作って動いている。
運転している時や
PCに向かっている時には動くことはしないが
何もしないでぼっ〜とすることはほとんどない。
そんな私が昨日は午後2時から4時まで昼寝をした。
風邪をひいていることもあり
母のことで神経をつかい疲れているのも手伝って
暖かな日差しのさすベッドに滑り込むと
なんと気持ちの良い・・
そのままうとうとしてしまった。
昼寝をした後は気分爽快が普通なのだろうが
私の場合は何ともいえないしんどさが残る。
昼寝の時間が長すぎるからだろうか。
せいぜい30分が良いのかもしれない。
二時間寝たことで体力は回復しているかも?
そのせいか、夜は9時に布団の中に入ったものの
寝付きが今一つ・・
それでも、本が睡眠薬になっている私、
昨夜も数ページ読んだら眠くなって
朝2時半までぐっすり寝ていた。
起床したのはいつもと同じ4時半。
朝早いのは何ともない、
たまには昼寝も良いな。
今日は午後から母の家に行き
南向きの居間のこたつの中でうとうとしようか・・
今夜は夫が忘年会でごはんがいらないから
母のところで一緒に食べようと思う。
昼寝は布団の中に限る。
転寝はいけない。
やはり風邪だったのか。
昨日は朝から洟が出そうになり
体中がだるかった。
先週の土曜日にインフルエンザの予防接種を受けたのだが
その時に、私の横で待っていた男性が
マスクはしていたものの
ひどく咳きこんでいた。
うつされたら嫌だな・・・と思いながら
順番を待つ身は動くこともできず
そのまま男性の横に座っていた。
帰宅して夜に寒気がしたのを覚えている。
日曜日から熱が出始めた。
しかし、喉の痛みもなく咳も出ない。
熱といっても微熱だ。
体のしんどさは前のバセドウ氏病の時に似ている。
もしかして、再発したのか?と不安に思っていた。
昨夜も早めに休んだのだが
どうも寝付かれないくらいしんどかった。
今朝、喉が少し痛い。
やはり風邪だったのかな?
母の眼の手術は昨日無事成功した。
あとは回復を待つだけ。
母の夕食のおかずを作り持って行ってあげいるが
昨日は一緒に食べてから帰宅した。
今週いっぱい不自由な日々を過ごしたら
きっと母は楽になり左目は見えだすだろう。
私も金曜日には日帰りで
大阪の娘の演劇公演を見に行く予定だ。
風邪で寝込んでいる暇はない。
医者にも行くつもりもない。
風邪はいつも自力で治している。
休めるときには体を休め
なるべく無理をしないようにして
この一週間を過ごしたい。
クリスマスまであと一週間。
12月に入って街にはクリスマスの音楽が流れている。
日本人なんだから
クリスマスよりお正月を大事にしてほしいし
そうしたいと思う一方
あの赤と緑の暖かそうな色合いや
楽しげな音楽やイルミネーションを見ると
やはり心がうきうきしてくる。
この数日は体調も今ひとつだし
母の眼の手術もあって落ち着かないけど
昨日はクリスマスに出すサンタの絵手紙を描いた。
真赤な衣装と白いひげ、
大きなプレゼントの袋を持ったサンタの絵は
描いていてとても楽しく
ヘタながら満足した出来となった。
母は玄関に季節の塗り絵や絵手紙を飾っているので
まだ早いけど母にだけ絵手紙を出した。
姉にはまだ早い、24日だと言われたがまあいいか・・・
描き終えたとたんにどっと疲れが。
熱も出ている。
体はしんどいけれど心は晴れ晴れしている。
今日も母の手術に付き添うつもりだ。
自分の体のことだけ考えてはいられない。
サンタの笑顔を描いて力をもらった。
頑張らなくっちゃ。
今年はあの誰でも記憶に残っているであろう
三億円事件から40年目の年にあたる。
事件そのものは時効となり
犯人も分からず未解決事件として
話題に上ることも少なくなってしまった。
しかし、今年は40年目ということもあり
この間もテレビ朝日で取り上げられていたし
昨夜も二時間に渡って事件の真相に迫る番組が放映された。
私は当時17歳、高校二年。
三億円事件のことははっきり覚えている。
当時の三億円と言えば、今の二十億円に相当するという。
犯人と疑われた少年が自殺し
またあの有名なモンタージュ写真が
合成されたものではなく
実在人物の写真をそのまま使ったことなど
奇異な事件である。
少年の自殺に関しては
白バイ警官であった父親が
何かの形で関与しているのではないかと
疑われる報道もあった。
これが本当なら父親はわが子に自殺を強いたことになり
許されないことである。
少年の自殺の真相は父親しかわからないのだろうから
今、それを突き止めることは困難だ。
また、今年の9月には
重要参考人として調べられた男性が
自殺したという。
世間のいろいろな噂や中傷誹謗があったのだろうが
一人の人間の命を奪う結果になったことは
警察としても悔しい思いをしているに違いない。
三億円事件は本になったりドラマになったりしたが
それだけ事件の闇を知りたい人が多いということだろう。
犯人が誰だったのか?
結局、真相は分からないまま人々の記憶から消え去るのかもしれない。
何とも不思議な事件だ。
昨日は五年乗っている車の半年点検に行って来た。
点検をしてもらってタイヤを4本交換。
これでまた安心して走ることができる。
車の買い替えを勧められたが
今年の6月に車検を受けたので
再来年の6月までは乗ろうと思う。
展示されている新車を見ると
つい買おうかな・・と思ったりするが
今は倹約生活をしてる身、
できるだけいらないお金を使いたくない。
今の時点での走行距離は五〇〇〇〇キロ弱。
後二年乗ったら七〇〇〇〇キロ近くになるだろう。
そのころには車も寿命がくるかもしれないから
それまでは大事に乗ろうと思う。
見かけはとてもきれいで新車並だ。
でも、ナンバープレートを見ると新しいとは思えない。
今は軽は580が多いが私のは50だから。
車も人間も古くなるとだんだんとガタが来る。
でも、点検をして修理しながら大事に使うこともできる。
私の心臓はヒビの入ったお茶碗だと母が云う。
大事に取り扱うと長持ちしても
乱暴に取り扱っていると割れてしまう。
だから、無理をせずしんどい時は休んで
のんびりゆったり過ごしたら良いと言う。
そのとおりだと思うが
私の性分は何か用事をみつけてやってしまう。
これからは車と同じで
長持ちさすためには点検をしながら大事にしないと。
今日はそのためにもインフルエンザの予防接種を受けて来よう。
娘が結婚して子供でも産むまでは
私も元気でいないと。
昨日、ここに心臓の検査の結果
心室中核欠損症が再発したといわれたと書いた。
早速メル友さんからは心配のメール、
親友からも大丈夫なの?と気遣う電話をもらった。
家族以外でこうして私のことを心配してくれる人が
二人でも居ることが、とても嬉しい。
彼女たちには心配をかけてはいけないと思い
大丈夫、大したことはない、
日常生活はできているからと返事をしたものの
昨日は午後から何とも言えないほどしんどくなり
結局、晩御飯も食べることができなかった。
疲れかな?
睡眠不足かな?と思って
昨夜は9時過ぎにはベッドの中に入った。
一晩明けて、もうしんどくないかと思って
恐る恐る起きてみたが、やはり何とも胸が重い。
意識していつもの家事をこなし
一歩一歩足を踏み出している始末。
精神的なものと一言で片づけられたらいいけれど
実際に検査結果で悪いと出たのだから
それを自分でまずは認めないといけないのかもしれない。
しかし、今は母の眼の手術を優先させたい。
娘の演劇公演も日帰りにせよ見に行くことにしている。
年末には娘も帰省する。
皆に心配をかけずに明るくお正月を迎えたい。
弱音を吐いてはいけないのだ。
ただ、昨日親友に言われたことだけを心しておこう。
「自分では気づいてないにしても
体は疲れているのだ」と。
この最近、何があっても動じることなく
めげることなどない暮らしをしていた。
娘の大学受験の時も
母が入院した時も
気持ちを明るく持って前向きに生きてきた。
今回の母の眼の手術も
大したことはないと楽観している。
でも、昨日はちょっとめげそうだった。
昨日は6週間に一度の私の心臓の病院の受診日だった。
一年に一度、超音波の検査をしているのだが
昨日はちょうどその一年に一度の検査の日だった。
去年の検査では右心室の圧が高いといわれ
今後も検査をして経過をみていこうということになった。
平成6年に二回目の手術をして以来、異常があると初めていわれ
このときもショックがなかったとは言えない。
気にせずに暮らそうと思って忘れていたが
昨日の検査では
右心室の圧が高いということの上に
「V.S.D」だと言われた。
これは「心室中核欠損症」という病気で
心臓の右と左の部屋のしきりに穴があく病気だ。
先天性のものがほとんどで
私も先天性で19歳の時に手術して穴をふさいでもらった。
だから、まさか再発するとは思ってもみなかった。
きっと手術の時に塞いだはずの箇所が
何かの原因で開いたのだと思う。
医者に原因を尋ねてもはっきりわからないと言った。
しかし、成人になって穴があくことは考えにくいから
やはり先天性のものだろうとのこと。
今のところ、不整脈は起きているが
その他の自覚症状もなく
知らなければ知らないで済んだと思う。
それが医者に病名を言われた途端
何か体がしんどいと感じたのは
思い込みのせいだろうか・・・
それとも精神的なものだろうか・・・
日が経てば、また忘れて平気になるだろうが
今は少々めげている。
一昨日、母が白内障の手術をして
手術そのものは成功した。
手術をした目は元々眼底出血をしていて
白内障の手術をしても
視力は回復しなかったものの
視野だけは明るくなったと喜んでいる。
来週の月曜日に残りの眼の手術をしたら
きっと視力も回復して視野も明るくなるだろうと
楽しみにしているようだ。
でも、二週間は片目が見えにくくて苦労する。
手術した日から食事のことは私が用意して
母が何もしなくて良いようにしてあげているが
泊りはしていない。
寝る前には眼帯をテープでしっかりと固定しないといけないので
その時間に母の家に行きとめてあげている。
娘の公演を見に大阪へ行くことにしていたが
母のことが心配で落ち着かない。
でも、娘の公演も脚本も演出もやっているだけに
見にきてほしいといわれているし
私も見てみたい気がするので悩んでいる。
一泊する予定でいるが
もしかしたら日帰りで大阪へ行くかもしれない。
日帰りだといっても帰りは夜行バスを利用するから
一泊はすることになる。
母は自分で眼帯をとめることができるだろうか?
やはり心配だ。
昨日は大東亜戦争がはじまった日、
今の日本人がこうして平和に暮らしていられるのは
自らの命をかけて戦ってくれた英霊たちのお陰だということを
心に留め、決して忘れてはならないと思う。
そんな私の心を温かく包んでくれるようなメールが届いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日、私は、町の神社にある忠魂碑と慰霊塔に
日の丸と旭日旗を掲げました。
旗を掲げている時、朝日が差して きました。
慰霊碑の前を竹箒で掃いていた時
近くを通った年配の方が、日の丸 を見ながら
「今日は何かあるのか」と聞きました。
60歳を過ぎているであろう年配 の方は
12月8日を忘れていたようです。
これが今の日本なんですね。
私は、日本の開戦、
そして、 日本がアジアを独立させた事を語 りました。
日本が立たなければ、アジアは未 だに欧米の植民地であった
日本が欧米をアジアから叩き出し た事を説明しました。
年配の人もその事を知らない、 知らされていない、
それが日本です。
悲しい事です。 ビルマ(イギリス領) 昭和18年 8月 1日 独立
フィリピン(アメリカ領) 昭和18年10月14日 独立
自由インド仮政府(首班チャンドラ・ボース) 昭和18年10月21日 独立
ベトナム王国(フランス領) 昭和20年 3月11日 独立
カンボジア王国(フランス領) 昭和20年 3月13日 独立
日本の敗戦 昭和20年 8月15日
インドネシア(オランダ領) 昭和20年 8月17日 独立 「村山談話」が何と言おうと、我らが先人達が成し遂げた事 は
世界史の中に燦然と輝いている。 (村山元首相に言いたい
:阪神大震災の時に、人々を見殺しにした人間が何を言う か ! ) 中国共産党が何と言おうと、欧米が何と誤魔化そうと
歴史を消し去る事は出来ない。 日本がアジアを独立させた事は、
世界史の中に燦然と輝いている。 250万人の靖国の英霊は
世界の歴史の中に燦然と輝いている。 大東亜戦争を戦ったすべての勇者に最敬礼
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 昨夜は田母神氏がTV出演し
拓殖大学大学院教授の森本敏氏との対談で
自信を持って持論と述べられていたが
それを聞き、改めて心強く感じた。
日本が戦争をしたことを悪とするのは簡単だ。
しかし、戦争は善悪で決められるものではない。
あの大東亜戦争の大儀を考えるべきだと思う。
今日は母の右の眼の白内障の手術の日だ。
高齢になると白内障になる人は多く
手術も簡単で見えるようになると聞き
母も手術する気になった。
私も頭では簡単で心配しないで良いと思うのだが
やはり、手術という言葉は不安をあおる。
自分のことではどんな手術でも平気だ。
心臓の手術を二回したときも
周りの心配をよそに、恐怖も不安もなかった。
だから、もし、自分が白内障の手術をする時でも
心配も不安もないだろう。
母がするから、どうしても心配してしまう。
短い時間で済み、来週の今日は残りの左目の手術をすることになっている。
だから、あまり考えないでいようと思うが
手術後も不自由だと思うし
一人暮らしをしている母の傍に居られないこともあって
落ち着かない。
今日は、手術後はしばらく母の傍に居て
夜は食事を作って持って行くので
母と一緒に食べて、母が寝る時間まで居ようと思う。
昨日は父の仏壇に向かって母のことをお願いした。
娘からも母に電話をしたらしい。
どうか無事に手術が終わってくれることを
心から祈っている。
今日は本当に大変な一日だった。
今朝、いつものように起床後PCを開け
メールチェックやHPの更新をしようとした。
すると画面が真っ黒になってしまった。
何で?
ええー!
意味不明。
どうしたらよいかわからない。
しばらく冷やすのが良いと思ってそのままにしておいたが
何度やってもダメ。
夫が起きて来たのでみてもらってもわからない。
結局、液晶画面がダメになったのだとわかった。
TVに接続して、メール交換をしている人に
事情を話す。
そして、大事なファイルをハードディスクに保存。
私のPCが使えなくなってまだひと月も経たないのに
今度は夫のPCがダメになった。
夫のPCはまだ二年しか使っていない。
三年目に入ったところだ。
修理するにしても、今月中にはなおらないかもしれない。
年賀状の作成や印刷もできないと困る。
めざす会のHPの更新もしないといけない。
どうしよう・・・
結局、新しい私のPCを買うことにした。
今、こうして書いているのが新しいPCだ。
私のPCがダメになったとき
買うつもりだったが、夫のPCを使わせてもらうことになり
PCを買おうと思っていたのを
娘のために洗濯乾燥機を買ってやろうと思っていた。
でも、PC代に消えてしまった。
夫にセットアップしてもらい
インターネットに接続できるようになった。
メールはまだアドレスがわからなくなったので
いただいた一人の人にしか返事ができない。
これを見てくれたメル友さんから
メールをもらえると有難い。
そんなこんなで今日はとても忙しい一日だった。
それにしても、PCがこんなに必需品になっていたということに
自分でも驚いている。
使えないとわかったらイライラした。
まるでPC中毒になったかのように・・・
やはりPCなしの暮らしはできないのかもしれない。
昨日は、私の唯一の親友と会ってお喋りをした。
今月は、母の手術や私の大阪行き、娘の帰省と
忙しく、会ってゆっくり話をする時間もないと思い
少し早いが今年最後に会おうということになったのだ。
場所は最近いつも利用しているエミフル二階のフードスペース。
お昼前11時半から午後4時半まで
またも5時間話し続けたことになる。
何を食べる?という話になり
行列が出来ているうどん屋にした。
ここのうどん屋は玉を選び、トッピングする天ぷらや
いなりずし、おにぎりを選んでレジをする。
私はうどん玉を小にして、いなりずしを一個。
計260円也。
安い!
友人は中玉とコロッケで380円。
安いからたとえ美味しくなくても文句は言えない。
ねぎとてんかす、ゴマは掛けほうだい。
丼のうどんが見えなくなるくらいねぎを入れた。
味はまあまあ。
今年最後に会ったから忘年会を兼ねたのだが
こんな安い忘年会なんて笑ってしまった。
話は5時間かけて話したものの
何かまだ話足らない気がした。
周りに座っていた人たちが次々に席を立ちい入れ替わる中で
私たちが一番長く居座っていたようだ。
何で、こんなに楽しいのか。
私にとって話していて一番楽で楽しい相手が
こうして私に付き合ってくれることに
心から感謝している。
来年も、また変わらず私たちは安いお昼を食べながら
お喋りに花を咲かせるのだろう。
「来年もよろしく!」店を出たらもう外は暗くなっていた。
昨日は予てから興味があり
観てみたいと思っていた
映画「靖国」YASUKUNIのDVDを借りてきて観た。
この映画は、日本芸術文化振興基金と
韓国釜山国際映画祭アジアドキュメンタリーネットワーク基金の
助成作品に選ばれた。
日本政府がこの映画をよしとして助成金を出したのだ。
国会でもこれが問題になり議員が質問、
そして、それが思想・信条の自由を侵すとして
憲法違反だと訴え問題にもなった。
上映も取りやめた映画館もあったものの
話題性もあり上映された。
一言で言って反日映画であることは確かだ。
靖国神社の意味を曲げかねない作りになっている。
主人公に近い形で出演した刀匠・苅谷さんが
後に自分のシーンを削除してほしいと訴えたにも関わらず
それを無視した状態のまま現在に至った。
正直言って、初めから期待はしていなかった。
きっと気分が悪くなるだろうと思っていた。
確かに、靖国神社へ参拝する人たちの中で
目立つ右かかった人たちを意識的に映し出している。
そして台湾人や韓国・中国などの反日の人たちを
映し出して、監督が反靖国であることを伝えている。
しかし、最後まで見た感じとしては
話題になるほど反日映画ではないと思った。
何より、苅谷さんが無私の心で刀鍛冶の仕事をしている姿に
心打たれ、苅谷さんの顔や姿を
こうして映画を通じて観ることが出来た意味は大きい。
また、反皇室・反天皇の意識の下作られたものであっても
昭和天皇のお元気な頃のお姿やお声を聞くことが出来たことは
私にとって感激の一言に尽きる。
東京オリンピックの開会式の時の天皇陛下のお言葉を聞き
凛々しい軍服姿や乗馬姿を拝見し
涙が止まらなかった。
靖国神社は日本人にとって真の心が存在するところだと思う。
戦争は善悪で評価されるものではない。
そして、戦争下の国民も一丸となって
日本のために戦ったのだ。
それを戦争は悪だ、
戦死された方々を戦争の犠牲者だとか言うのは間違っている。
確かに、戦争は嫌だし回避するべきものだ。
それは世界中どの国の人に聞いても同じ言葉を言うだろう。
でも、あの先の戦争、大東亜戦争によって
アジア諸国は独立したことも確かだ。
当時、人種差別をしていなかったのは日本だけだ。
田母神氏論文で書かれている通りだ。
このYASUKUNIを観て
改めて、日本という国は素晴らしいと思わずには居られなかった。
そして、日本人の中であの戦争で亡くなった人たちを
犠牲者だという人を哀れに思った。
昨日のTVニュースの中で
宮内庁は3日午前、天皇陛下に不整脈の症状が見られ、
検査と休養のため同日と
4日の公務を取りやめると発表した。
これに伴い、皇后さまの両日の公務も中止される。
同庁によると、陛下は2週間前に胸部の変調を感じられた。
検査と専門医の診察の結果、不整脈によるものと診断され、
2日夜からは、血圧上昇を伴うようになったという。
陛下は3日、法相、検事総長らとの昼食会、
米国上院議員ダニエル・イノウエ夫妻とのお茶会などを予定していた。
4日はポーランドのカチンスキ大統領夫妻との会見に臨 む予定だった。
と知り、自然に涙が出てきた。
天皇陛下は今月23日で75歳になられる。
特別な人を除き、普通の国民なら定年退職し
余暇を自分の楽しみに生きる。
天皇陛下・皇后陛下のご公務は
想像も出来ないほど多く、過酷なものだ。
一年間に1000件もあると言う。
昭和天皇の1.4倍の量だ。
宮内庁は軽減を考えてもいいのではないだろうか。
日本には上皇制度があった。
天皇陛下がお亡くなりにならないかぎり
平成の世は続くのだか、上皇制度も考えたらどうだろう?
確かに、今の皇太子殿下が天皇陛下のご公務を
変わってされることになるが
それも良いと思う。
天皇陛下も美智子皇后陛下もお体に悪い所がある。
どうか労わっていただきたいと心から思う。
一日も早くお元気になっていただきたい。
昨夜、東京のメル友さんからのメールは
夜空に笑顔が見えるというものだった。
初耳のことで何のことだろうと思った。
話によると
この数日、金星と木星が接近し
それが三日月と笑顔を作り出すというものだ。
つまり、木星と金星が目、三日月が口になる。
ニコニコマークのようなものだ。
この話を夫にすると
午後6時過ぎに帰宅する道で
夜空にこのニコニコマークが出ていたという。
でも、逆さまになっていたらしい。
私は見えなかったことがとても残念だと思っていたが
どうも、今夜お天気が良かったら見えると言う。
今夜は是非夜空を見てみたい。
それにしても、不思議というか神秘的というか・・・
地球上の戦争や災害を宇宙はどう見ているだろう。
広大な宇宙を思うと地球はちっぽけな存在だ。
そんな地球の上で人間は人と争い、
国同士で争い、
醜いことを繰り返している。
たまには宇宙を見てみよう。
きっと、ちっぽけな悩みも吹っ飛ぶだろう。
今夜は絶対に見ようと思う。
どうか良い天気でありますように!
私には今年87歳になる
私をこの世に送り出してくれた母と
夫を産んでくれた義母、二人の母が居る。
義母は昭和4年生まれだから
私の母より9歳年下の今年78歳になる。
母と義母とは対照的だ。
母は昔の人としては背の高い女性だ。
若い頃は1メートル60センチあったらしい。
今では腰が曲がり身長も私よりも低くなってしまった。
義母は1メートル40センチ満たない小さな人だ。
体重も母と義母とでは15キロは違う。
また、血液型は母は私と同じA型、
義母はA型と正反対の典型B型だ。
私が夫と結婚する時に
夫から「母は口は悪いけど気にしないで」と言われたが
その通り、思ったことをずけずけ言う人で
初めは慣れない分と惑ったり、
心を傷つけられることもあった。
私の母は気持ちはしっかりした人だが
とても周りに気を遣い、決して相手を傷つける発言はしない。
一言で言えばやさしい人だ。
だから、私の娘も私より祖母の方に悩みを言うことが多い。
そんな二人の母を持つ私は
この年になって改めて有難いと思える。
昨日は夫の運転で義母を連れて紅葉を見に行った。
先月、姉の運転で母を連れて行った場所と同じところ。
もう紅葉は終わっていたが河原に降りて
石を拾ったり、写真を撮ったりした。
天気も良くドライブには最適の日、
夫も親孝行が出来たと喜んでいるだろう。
今日は、私の母とエミフルへ行く予定だ。
母から娘のものを買ってあげるから行こうと言ってきた。
買ってもらうことがなくても
母と外出出来ることが嬉しい。
今の私は一言で言って幸せなのだ。
昨日の「たかじんのそこまで言って委員会」は
久しぶりに溜飲が下がる思いだった。
先の惠先生がゲストで田母神氏の論文についての話しをした時は
いつもなら保守の立場を取る三宅さんが
いつから左翼になったのか?と思うほど
論文内容について批判していたのはいただけなかった。
昨日は航空自衛隊前航空幕僚長田母神俊雄氏と
陸上自衛隊元中部方面総監の松島悠佐氏
そして、海上自衛隊元海将補の川村純彦氏がゲスト出演し
ご自分たちの考えを冷静にしっかりと話されていた。
松島氏や川村氏はチャンネル桜にも出演されていて
今までも自衛隊のことについての話を聞く機会はあったが
やはりトップの人たちは凄いと思った。
昨日は田嶋が居なかったので
三宅さんとのバトルもなく、見るほうも嫌な感じがしなかった。
その代わりなのか、新社会党から原和美さんが出演、
上がっていたのかどうかは分からないが
質問とずれた答えをするのを見て
これが左翼の本質かと正直ばからしくなった。
元外交官の天木直人さんは九条の会の人らしい発言。
憲法九条があるから日本は平和なのだという論理を
本当に信じているとしたら
彼らの頭の中はどうなっているのか覗いてみてみたい気がする。
政治は理想を求めると発言した原さんのような人が
今の日本の政治に携わっていると思うとぞっとする。
政治は現実なのだ。
最悪の事態を想定して自衛を考えるのが当たり前だろう。
日本が戦争をしかけないかぎり絶対に日本は安全だという
まるで子供でも理解できる嘘を信じている左翼、
今の自民党には出来ないだろうが
憲法改正への動きはどうなったのか?
もし、小沢民主党が政権を取ったら
今よりも尚、こういったバカ発言をする輩が増えると思うと
本当にこれからの日本が思いやられる。
こういったことを心配する田母神氏はあの論文を書いたのだ。
昨日の番組内では田母神氏の論文の内容についての
突っ込んだ議論がなされなかったのは残念だった。
たかじんの番組では昨日の内容くらいが
やれる範囲なのかもしれない。
まあ全体的には良かったと思う。
スカーレット
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