スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
今日から31日まで
大阪の娘のところに行ってくる。
しかし、遊びではない。
娘の部屋の片づけのためだ。
去年の春、娘は生まれて初めて一人暮らしを始めた。
私は娘のことが心配で
何かと世話を焼いてきたから
一人暮らしができるだろうかと不安に思っていた。
精神的には親離れをしてくれている。
寂しいという言葉を娘から聞いたことがない。
せいぜい、自由を満喫しているのだろう。
それは良い。
しかし、娘が自分の部屋の片づけをしないのには参った。
慣れないせいだろうと思っていたが
一人暮らしも二年目に入って
去年と同じ状態
否、ますますひどくなるのは
慣れないというだけではなく
もしかして、片づけられない症候群という病気ではないかと思う。
親として恥ずかしい限りだ。
私のしつけが悪かったのだから
誰も批難できない。
自分自身を反省している。
心を鬼にして、当分娘の部屋の片づけをしないと思っていた。
夫と5月の連休に娘を訪ねて以来
もうすぐ三カ月になる。
予想していた通り
今の娘の部屋は相当のものになっているようだ。
私から電話をかけても出ないくせに
先日、SOSの電話がかかってきた。
断った。
するとまるで子犬が甘えて鳴くような声を出して
来てほしいというではないか。
ここで断り続けたらよかったのに
馬鹿な私は娘のこの声にほろっとしてしまった。
運の尽きだ。
昨日も娘に行きたくないと言ったが
どうしても来てほしいという。
ということで、今日から31日まで
馬鹿な親をしてくる羽目になった。
ああ〜今回はどんなになっているのだろう・・・
昨日は朝から大雨が降ったり、
また小降りになったりの一日だったが、
城川のかまぼこ板の絵展の表彰式に出席してきた。
今年、私が出展した三作品のうちのひとつが
審査員特別賞・車だん吉賞を受賞したのだ。
表彰式は12時半から始まるので
その前にギャラリーで入賞作品だけを見てきた。
三年前に愛媛信用金庫賞を受賞したときにも思ったのだが
私の作品は入賞者全員の作品の中で
一番劣っていると思うのはどうしてだろう。
そして、私の周りの人が皆
良いね・うまく描けてるねと言ってくれるのが
なんだかとても恥ずかしい。
今年の作品は、自分でも上出来だとは思っているが
それでも受賞するとは思ってもみなかったので
受賞の知らせを聞いたときには驚いた。
そして、昨日の授賞式で
車だん吉さんから直接に賞状を受け取り
副賞として、私のために描いてくれた絵をいただいて
初めて受賞したのだという実感がわいてきた。
一万点以上の中から選ばれたのだから
それなりに認められたということなのだと
自分で言い聞かせるがまだ何か嘘のようだ。
先生の絵は宝物になるだろう。
昨日の授賞式は姉が運転し
母も一緒に行ってくれた。
三年前の受賞式は
父の四十九日法要の日と重なり
お寺から私一人が車を走らせ、父の遺影を抱いて出席した。
昨日、同じ受賞者席に座りながら
三年前のことを思い出していた。
「二度あることは三度ある」が本当なら
いつかまた受賞するかもしれない。
これからも頑張ろう。
昨日は、私たち愛媛県支部の活動第五段として
NHK周辺清掃を予定していた。
しかし、午前中、雷や強い雨になり掃除は断念。
その代わりに、繁華街を歩くことにした。
参加は4人。
集合時間の午後1時ころには
雨も上がり薄晴れ間も出てきていた。
私自身はNHKの大罪Tシャツに慣れてきて
朝、近くのショッピングセンターへも着て行った。
誰か見るかな?と思っていたが誰も気にしない。
不思議だったが
銀天街〜大街道を歩いていても
私たち4人の姿を気にする人はほとんどいなかった。
これもまた不思議。
それでも、何人かの人は私たちの姿を見て
振り向いたり、足を止めたりしていた。
そういう人たちにはこちらから声掛けして
チラシを渡し説明をした。
中にはNHK問題を認識されていて熱心に耳を傾けてくれた人も居た。
大街道から足を延ばして
NHKが今秋から放映する予定の
「坂の上の雲」ミュージアムへ。
外観を見て、入口あたりで
警備員さんに頼んで写真撮影。
坊っちゃんやマドンナ姿の若者と一緒に写真撮影。
チラシを渡し説明したら聞いてくれた。
それから、堀之内のNHKへ。
駐車場の警備員さんに玄関前で写真を撮ってもらった。
中に入るためには入館証がいると看板に書いていたが
その是非がわからないので
三人で入った。
中をぶらぶら見ていると
職員がちらっとこちらを見たようだが
抗議の声もなかった。
写真を写し、受付の若い女性に
NHK批判のチラシを渡す。
彼女はにっこり笑って
「有難うございます」と受け取ってくれた。
今、東京のNHKでは大変なことになっているが
松山では問題にもしないのだろうか。
何かのんびりムードだったので気が抜けた。
まあ、それでもあのNHKの大罪Tシャツを着て
NHKに入り、受付の女性と話をし
職員たちにもアピールできたことは
意味があった気がする。
私たちは他県と比べて動く人の数が少ない。
だから、少人数でもできることをやるしかない。
これからも時々機会があれは
繁華街を歩くのも良いかなと思った。
会のメンバーが一人退会された。
昨日退会したいとのメールが入った。
理由を読んでみると納得できる。
仕方ないと思った。
それにしても、
何故同じ保守同士が同じ道を歩もうとして
歩き始めても
どこかで違う道に分かれていこうとするのだろう。
私たちの会のような小さな会ではなく
名のある会もまた同じようなことが起きる。
人はそれぞれ考え方も思いも異なる。
だから、お互いに排除するのではなく
譲歩し合って折り合うことが必要だ。
私はこの会の上に立つものとなって初めて
まとめることの難しさを実感した。
いっそ、解散した方がすっきりすると思ったこともある。
仲間から、私の考えをもっと押し出せば良いと言われたこともある。
そのたびに考える。
私の考えを押し出すことが
一番良い方法なのか?
そうかと言って
会員皆の意見を一つひとつ取り入れていたら
会の収拾がつかなくなる。
ある程度のところでは
捨てる考え、取り入れる考えを選択しなければならない。
私は決して優柔不断ではないと思っている。
しかし、上に立ってみて初めて分かったことがある。
それは上に立つものには
それだけの器量が必要だと。
私にはそれが欠けるのかもしれない。
弱音を吐くつもりはない。
これからも、良いと思い、正しいと思ったことを
会の同志たちと活動していこうと思う。
今回、退会された方は
ご自分がほかにもやるべきことをたくさんお持ちだ。
何かのときには連携し支えあうこともあるだろう。
喧嘩をするのではなく
穏便にお互いの事情を理解しながら
袂を分かつことができた。
良しとしよう。
同志が集まると
いつも今の日本の危機
日本の素晴らしさ
ご皇室の話となる。
そして、その話は終わることを知らない。
お互いに思いを語ることで
慰めあっていると言われたら
それは違うと言いながらも
結局、そうなのかもしれないという話になる。
北朝鮮・中国の軍事力の拡大は
もし、今の日本にとってものすごい脅威となっているのに
そのことに気付いている日本国民はそう多くな。
安心・安全生活とはいかなるものか?
住むところ、着る服、美味し食事。
その中でどれが抜けても
安心生活は成り立たない。
つまり、安心・安全生活ができるということは
国があるということだ。
国をなくした者はいかに惨めな生活を強いられるだろう。
そのときにならなければ、想像すればわかることなのに・・・
国家がなくなったら自分たちの居場所もなくなる。
日本の行く末を占うのではないが
もし、8月15日に麻生総理が
堂々とした態度で靖国参拝をおこなったら
日本が変われる第一歩となるのかもしれない。
日本を憂えてもどうしようもない。
こうなったら長い目で見て
日本がどのように破壊されていくのか
確かめたいのかもしれない。
昨日は46年ぶりの皆既日食に
日本中が沸いていた。
そういえば、私が子供のころに
日食があったような気がする。
そのことは母も覚えていて
昨日は二人で日食の話に花が咲いた。
お天気が今ひとつで心配していたが
11時前に義母の声で外に出てみると
雲間から三日月のように欠けた
太陽を見ることができた。
肉眼では見てはいけないと言われていたが
肉眼で見てしまった。
あまり長い間は見られなかったが
それでも形を確認することができた。
夜のニュースや特集番組をみると
インドから中国、そして日本、硫黄島にかけて
時間を追って皆既日食が見られたようだ。
ダイヤモンドリングが神々しい光を放っていた。
インドでは日食は縁起の悪いものとされているそうだ。
太陽が飲み込まれてしまうと考えられているとか。
そして、皆、聖なる川で禊を行っていた。
母も同じような話をしてくれた。
昔、一般的な人には日食の科学的な説明よりも
宗教的な話の方がわかりやすかったのかもしれない。
母が言うには
「お日様が患っている」という表現をしたらしい。
考えたら尤もなことだと思う。
本来は明るく輝く太陽が
黒くなり、うす暗くなったら
これは良いものだとは思うはずがない。
きっと太陽の神様が病気になったのだと思うだろう。
そう考えると
あまりに科学的に考えるよりも
非科学的であっても
人間の感性で考えるのも良いなあ・・と思う。
次に日食が見られるのは二十何年後だという。
ということは、私にとって昨日見た日食は
最後の日食となるのだろう。
肉眼ではなくちゃんとしたもので見たらよかったかもしれない。
| 2009年07月22日(水) |
NHKラジオ体操替え歌 |
昨夜もチャンネル桜の番組内で
NHKラジオ体操替え歌が流れた。
初めて聞いたときは思わず笑ってしまった。
ソプラノ歌手の女性に合わせて歌ってみたものの
ついつい途中で笑ってしまったのだ。
これはチャンネル桜が替え歌の歌詞を募集し
40通ほど替え歌の歌詞が届いたそうだ。
その中から選ばれた三番までの歌詞。
一度みなさんも歌ってみてください。
楽しいよ!
「NHKラジオ体操替え唄」7/21
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7653081
♪ さあ、みなさんも大きな声で歌いましょう!!♪
�� 「アカ」らしいNHK 似たよな朝日
捏造に やらせ歪曲 売国放送
中共の声に ひれ伏すNHK
この醜いメディア壊せよ
それ NHK 解体
金返せNHK 受信料返せ
日本一高い給料 仕事もせずに
やるのは捏造 偏向報道
この反日放送許すな
それ NHK 解体
�� ジャパンデビューで嘘ついた 歴史の嘘を
でたらめを流し続け 国民騙す
反日 偏向 謀略 自虐
この日本の敵を倒せよ
それ NHK 解体
浅ましいNHK 中共の犬か
皇室に敬意払わず 日の丸憎む
北京の声にひれ伏す経営者
毎日君が代流せよ
こら! NHK 解体
�2鯊里了�が来た 非道のメディア
喜びと誇り抱き 受信料拒否
平均年収 千六百万日本一!
無駄飯食いのテレビ局
お前だ! NHK 解体!
払わんぞ 払わんぞ 受信料拒否だ
銀行の自動引き落とし 必ず解約
不払いの決意 日本のためだ
一億火の玉 払わんぞ
どんと NHK 解体!
どんと NHK 解体!
正直、嫌気がさしている。
何に?
会に対して。
何でこんなにごちゃごちゃと言ってくるのだろう。
会則がどうしたのいうのだ。
何をどうしたいのか?
たった18人しかいない会
それも実際に活動をするのは多くて5人。
そんな会に会則なんて必要ない。
一昨日、大阪のウイグル人虐殺抗議デモに参加して
余計にこの思いが強くなった。
いつも形ばかりにとらわれていて
中身のない会なんていらない。
正式な会などなくても
やる気のある人たちが大勢いたら
チャンネル桜を支えていこうとする人がいたら
それで良いではないかと思う。
しかし、立ち上げ支部長として活動してきたのだから
ここでやめるのはあまりにも無責任だ。
何としても踏ん張る必要がある。
そう思ったので、
皆の意見は意見として聞くが
ひとつひとつ取り入れる必要はない。
私がこれで良いと思ったらそれを実行すれば良い。
新副支部長になる人もそう言っている。
チャンネル桜本部へも了解をとった。
今後は誰がどんな意見や文句を言ってこようとも
それに振り回されないようにしよう。
それにしても・・・
昨日は、新しく作成したHPについて
会員の人の反応の違いに
人の気持ちというものについて
改めて考えさせられた。
私がHPを開設したのは
少しでも会のためになると思ったからだ。
活動の様子を見てもらって
賛同してくれる人が現れるかもしれないと思ったからでもある。
そして、会則は入会者・入会しようと思う人にとって
どんな会であるかを知るためにも
載せる必要があると思った。
HPに名前を載せることは
確かに異論があるだろう。
載せる前にそれぞれにお聞きして
確認を取らなかったのは私のミスだ。
でも、正直皆賛成してくれると思っていたのも確かだ。
やはり反対の人がいた。
ほかの人は了解してくれたが
全員の賛成を得ることはできなかった。
これも尤もなことなのだろう。
どうすればいいのか考えた。
結論をすぐに出すのはやめようと思った。
いつもなら即決の私だが
今回の件は後でゆっくり考えてからにしようと思ったのだ。
今朝、届いたチャンネル桜の便りの
水島社長の巻頭エッセイを読んだ。
仰る通りだと思う。
私たち草莽の民もまた
「やむにやまれぬ」気持ちから活動や運動をしているのだ。
今日の大阪でのウイグルデモ
頑張って来ようと思う。
以前から、私たち「支える会」のHPがあったらいいなあと思っていた。
今、私たちがどんな活動をしているのか?
また、チャンネル桜からのお願いや
ご意見をうかがう掲示板などがあれば
どんなに良いだろうと思っていた。
昨日の朝から構想はできていたが
さて、無料のHPをいかにして作成するか?
色々とレンタルしてやってみたが
一番やりやすかったのは
私が開いているHPからリンクして行く方法だった。
母を病院に連れて行き
いつものようにお昼を食べて買い物を済ませ
2時からずっとそれをしていた。
そして、やっと今朝出来上がった。
自己満足の世界かもしれないが
それでも、なんとか頑張って更新しようと思う。
項目も必要なら増やそう。
明日は大阪のウイグルデモに参加する。
写真を撮ってきて載せようと思う。
支える会の会員の人たちにも知らせなくっちゃ。
もし、興味のある人が見てくれて
賛同してくれて入会してくれると
こんなに有難いことはない。
| 2009年07月17日(金) |
ウイグルデモに向けて |
明後日19日は
大阪のウイグルデモに参加することにしている。
先月27日にNHKの大罪への抗議デモで大阪へ行ってきたが
早いもので、三週間が経った。
本来なら愛媛でやりたいのだが
人数的にも召集をかけるにもなかなか大変そうで
先週の日曜日には香川・高松のデモに参加した。
愛媛でデモをするのは9月以降になりそうだ。
明後日参加するデモのために
東トルキスタンの国旗とチベットの国旗を購入した。
また、真っ青な派手な水色の、東トルキスタンの国旗Tシャツと
フリーチベットと印刷された黒のTシャツも買った。
この間から、旗やTシャツを購入するために
費用もかかっている。
節約生活をしている身には正直こたえる。
でも、贅沢をしているのではない。
私が自分のために無駄遣いをしているのでもない。
これも日本のためを思っているからこそできるのだ。
明後日は青い国旗のTシャツを着て
国旗を持って仲間の女性と二人で参加する。
NHKの大罪に対する抗議デモに比べて
ウイグルデモは危険だという意見もあるが
中国を許せないと思う気持ちの方が
危険に対する不安よりも大だ。
中国共産党は解体!
東トルキスタンの独立・自治!
声を大にして抗議してくるつもりだ。
頑張ろう。
昨日は定期的に行っている
心臓の病院の診察日だった。
予約は午後1時半。
母と一緒に早目に家を出た。
重信のグランフジで母の買い物をした後
お昼を食べ、病院へ。
昨日は一年ぶりに一般血液検査をした。
コレステロールが高かったらどうしよう・・と心配していたが
178と正常値だったので安心。
食後だったから少し血糖値が高かったみたい。
でも、気にしないでよいと言われた。
今月2日に病院へ行き不整脈の薬をもらって飲み始めた。
先月の中ごろからひど不整脈に悩まされていたが
薬の効果は怖いと思うほど出ている。
たまには起きることもあるが
ほとんどなくなった。
やはり半錠でも飲むのと飲まないのとでは違う。
心臓の方の薬の量も変わりなし。
定期的にメンテナンスをしておけば
いざというときにためになる。
帰りに従兄のところへ寄り
ペースーカーを挿入する件について聞くと
まだ、はっきりとしないようだった。
煙草をやめたら不整脈の出も大分違うようだ。
命が惜しかったら、体に悪いということが
わかっていることはやめるべきだと思う。
昨日は本当に暑かった。
今年一番の暑さではないかと思った。
じっとしていても汗がにじみ出る。
ちょっと動くと化粧がとれるくらい汗をかいた。
夜のニュースの天気予報の時間に
今日の最高気温は34.9度だったと言った。
なんでも今年二番目の暑さだったらしい。
一番目はいつだったのか?思い出せないが
昨日よりも暑い日があったのだろう。
娘が来月の半ばころに帰省するらしい。
帰ってきたら一日冷房をつけるだろう。
トイレも暑いというから扇風機をつけようと
昨日は壁に取り付ける扇風機を買ってきた。
壁に取り付けるための作業をしていて
途中で気分が悪くなり中止。
さきほど、夫に頼んでやってもらった。
暑いときにはなるべく暑いことをしたくない。
体のためには暑さの中でも
動くのが良いのだろうが
暑さが苦手で倒れそうになる私は
朝のうちに用事を済ませ
午後からは本でも読みながらごろっとなれるのが最高だ。
でも、最近はそうもいかない。
毎日のスケジュールが決まっている。
今日は心臓の病院の日だ。
この間から飲み始めた不整脈の薬は
なんとなく効果があるように思えるので
今日も追加で出してもらおうと思う。
昨日も、母を病院へ連れて行き
その帰りにお昼を食べて買い物をした。
今日は心臓の病院についてきてくれると言う。
有難いことだ。
とにかく、この夏を無事に過ごすことができれば良い。
母も私も。
今日は昨日より少しはましかも?
でも、暑い。
心が疲れている。
体も疲れている。
正直言ってどうでも良いという気分だ。
高松デモから帰り
写真の整理をし
チャンネル桜に送り
一応言われていたことをし終えたとき
張りつめていた心の糸が切れそうになった。
原因は分かっている。
でも、私にはどうしようもない。
だから、今は静観するしかない。
昨日は父のお墓参りへ母と二人で行ってきた。
暑かった!!
今年一番の暑さだったのではないかと思う。
こんな暑さだからこそ
父のお墓を綺麗にし
水をかけてあげたかった。
母は私に遠慮して
お墓参りへ連れて行ってと言えなかったみたいだ。
正直、忙しい。
でも、お墓参りは別の次元のことだ。
いくら忙しくても優先させたいことだ。
お墓で従兄の従兄に会った。
そして、そのまた従兄が
介護施設に入所している自分の母親のことを
早く死んでくれたら良いと言った。
俄かに信じられなかった。
母親はどんなになっても生きていてくれるだけで
有難い存在だと思う。
もし、母がもっと年を取って
自分のことも分からず
自分で何もできなくなって
寝ているだけになっても
私は母が生きていてくれるということが
嬉しいし、心の支えになってくれると思う。
そんなまた従兄のことを思うと
何か変・・・・
日本もおかしくなってしまった・・・
そう思わざるを得ない・
5月に会を立ち上げて以来
自分の時間、
例えば、本を読むとか絵手紙を描くとか
日常の中で心をほっとさせる時間がなくなった。
誰のせいでもない。
この私自身が選んだ道だから
誰に文句を言えるものではない。
睡眠時間も減り、その分昼寝をするかというと
その時間すらなくなっている。
毎日毎日があっという間に過ぎる。
母のことは最低のことだがやっている。
家事も手抜きしていない。
ただ、本を読む時間がなくなってしまった。
ベッドの枕元には未読の本が積み上げられている。
どれも、読み始めたままになっているのだ。
そんな日々を送る私にとって
昨日の午後は何も予定が入っていなかった。
一昨日届いた本を読みながら
ついうとうとしてしまった。
気づいたら午後1時から4時まで寝ていた。
頭がすっきりした気がする。
たまには昼寝も良いものだと思っていたら
5時以降に急用が出来て松山へ。
それも時間が限られていたので冷や冷やしながら走った。
約束した時間に遅れてしまって申し訳なかった。
帰宅して夕ごはんを仕上げて食卓についたのは7時を過ぎていた。
夫の帰宅には間に合ってホッとした。
今日は高松デモへ。
高速を自分が運転して高松へ行くのは初めてのこと。
気をつけて行こう。
疲れは確かにあるが、それ以上に気力があるということか。
頑張って来たい。
年を取るとテレビが唯一のお友達になる人が多い。
私の知っている限りでも
TVは見るものではなく
流れるものとして存在している場合が多い。
昔、親戚のおばあさんの家に行ったとき
見てもないのにテレビの画像が映し出されていた。
私にとってテレビは必要な時だけ必要な情報を得たり
好きな番組を見るものだ。
だから、付けっ放しでいる人の気持ちが理解できない。
私の母はテレビをよく見ているが
何でもかんでも見ているのではなく
新聞の番組欄をチェックして
今日一日で見たい番組を新聞の番組欄を赤丸している。
だから、もし、テレビが見えなくなったら困るだろう。
今、母はアナログ放送を見ている。
だから、デジタル対応テレビにするか
専用チューナーをつけなければ
2011年7月24日以降見ることができなくなる。
これって変だと思うし納得もしかねるが
見えなくなると困る。
昨日はそんな母のために
新しいテレビを買いにヤマダ電機へ行ってきた。
開店時間を勘違いしていたので
あまりにも早く店に行きすぎ、一度自宅に戻った。
再度行ったのは10時前だった。
母のために買おうと思っていたのは
シャープ・アクオス26型TVだった。
値段は確かに安い。
広告には5台限りと書いていたので
早く行かねば売り切れになると思い早目に行ったのだ。
私がはじめの一台を買った後
続いて4台売れたので、昨日の分はなくなったはずだ。
月曜日にはそのテレビが母の家に届き
見ることができそうだ。
画面はアナログに比べるとやはり鮮明できれい。
母も喜ぶだろう。
それにしても、デジタル移行って
お金も手間もかかる。
本当にする必要はあるのだろうか・・
12日の高松のNHKの大罪に対する抗議デモで使おうと思い
娘が小さい頃に使っていた
NHKのキャラのドーモ君を
物置から引っ張り出して来た。
改めて見ていると可愛い。
愛嬌があり憎めないから人気もあるのだろう。
その、可愛いドーモ君を
獰猛君にしようとこの間から色々とやっていた。
獰猛君は、その名の通り獰猛なのだ。
NHKを皮肉っているのだが
NHKが知ったら訴えるだろうか?
まず、ドーモ君のまんまるい目に
赤のフェルトで吊り上げ部分を貼り付け
黒の眼をつけた。
これだけで可愛い顔が怖くなった。
右の手のこぶしを振り上げているように見せるために
右の眼の上に縫い付けた。
どうもどうも・・と謝っているように見えないでもないが
私としては怒りを表現した。
そして、全面には
「NHKはあやまれ」の文字を
白色のフェルトを使って文字を切り抜き
それを縫い付けた。
後ろには
「ボクはウソ 大キライ」の文字を
赤と白のフェルトを使って
文字を作り縫い付けた。
これで完成。
昨夜12時半までかかって仕上げた。
前だけできた時点で娘に写真に撮って見せたら
「怖い・・かわいそう・早く元にもどしてあげて」と
メールが来た。
「NHKへの抗議が終わったら元に戻すから」と返事したものの
いつになったら解決するかわからない。
ずっとこのままかもしれない。
ドーモ君ならぬ獰猛君、ごめんね!
でも、じっと見ていたら可愛いよ。
12日の高松デモにはこの獰猛君を抱いて参加するつもりだ。
この数カ月というもの
会を立ち上げたことで
母と過ごす時間はどうしても減っていた。
それでも、週に二回は病院へ連れて行き
帰りにお昼ごはんを食べるのを楽しみにしている。
昨日は、久し振りに母と三越〜高島屋へ行った。
母は耳が遠い。
だから、片方の耳に補聴器をつけている。
それがこの最近では
私が携帯へ電話して話そうとしても
なかなか会話がスムーズにいかない。
聞こえが悪くなっているらしかった。
三越の補聴器のコーナーで掃除をしてもらった。
掃除をしただけで聞こえが良くなったとか。
月に一度は掃除に来てくださいと言われ納得。
それから、高島屋へ。
母の水晶のネックレスの留め金の部分が壊れたので
以前、修理に出していたのが出来上がったと連絡が入ったので
昨日はもらいに行ったのだ。
女性店員さんはとても母に優しくしてくれた。
話を聞くと、去年その人のお母さんが89歳で亡くなったとのこと。
母は88歳。
ちょうどご自分のお母さんを見ている気がしたと言っていた。
そして、私にお洒落なお母さんですね、羨ましい、良いですね・・」
と言った。
私もその通りだと思うと答えた。
本当にこうして、年老いた母と一緒にデパートへ買い物に来て
お昼を食べて帰ることができる幸せを感じる。
二人で過ごす時間を大切にしたい。
当たり前になりそうな些細なことでも
私たちにとってはとても貴重なものに思える。
昨日は良い日だった。
| 2009年07月08日(水) |
なんだかわからなくなりそう |
この間から
弱音を吐いたり、また気持ちを取り直したりしながら
毎日を過ごしているが
時々、もう何もかもわからなくなるときがある。
どうでもして!と言いたいときもある。
人の気持ちはわからない。
否、わかること自体が傲慢なのだろう。
自分の気持ちでさえ、
その時々に変化していっていて
あとで考えると、なぜ?あのときにあんなことを・・・と
不思議な気持ちになることもある。
だから、他人となれば余計に話が違う。
昨日まで味方だと思っていた人が
いつの間にか敵になっていることもある。
一方、嫌いだなと思っていても
付き合っていくうちに良さがわかり
それまでの、自分自身の第一印象の頼りなさを
これでもかと思うくらい考えさせられる時もある。
結局のところ、自分自身の判断は危ういということなのだろうか。
ただ、一途に人を想うことは
自己満足の世界でしかなしえないことなのだろう。
人に期待せず
自分が信念を持って前に進むことが
あとになって考えたとき
一番真っ当なことだったりするのだろう。
今は、もう少し他人の目で
自分自身を見つめることのできる力がほしい。
昨日は、午前中鬱状態になっていたが
それでも、母の用事や家事を放るわけにはいかず
いつもと同じように体を動かしているうちに
段々と元の私に戻れた。
私は完全鬱にはなりそうもないなと思う。
会員全員にメールと郵送で
役員会の報告書を送った。
文句があるなら言ってこい!という思いで送ったが
誰からもそういったものは送られて来ていない。
正義は勝つと誰かの歌の歌詞にあったと思うけれど
偽装保守、名だけ保守、ヘタレ保守にだけはなりたくない。
たとえ、一人ぼっちになったとしても
信念と勇気を持って活動していこうと思う。
もう周りの思惑など気にしないつもりだ。
さて、夜中近くに娘から電話が入った。
めったにかかってこない電話だから
えっ!何事?と思って出た。
少し喉が痛く、気管支炎も本当ではないみたいだが
それでも、寝込むほどでもなく元気そうだったので
安心した。
電話の内容も、私に話したかったようで
夫と代わった後で、また私と長話をした。
プライベートなことだから
ここでは書けないけれど、
娘が真剣に将来の道を考えていることや
お付き合いしている人とのことなどを
私に話してくれた限りでは信頼して娘に任すことができると思う。
これからは色々なことが起きるだろう。
何といっても20歳なのだから。
夏休みは演劇が忙しくて
二回に分けてそれぞれ一週間ほど帰省できるとか。
成人式の着物を母に買ってもらうことになっているから
それを決める必要もある。
母もしばらく娘の顔を見ていないから会いたいだろう、
娘と一緒に暮らしている時には
お互いに反発し、ぶつかり合うことが多かったが
やはり離れて暮らしてよかったと思う。
いい関係になれたことに感謝している。
元気が出ない。
やる気が出ない。
何もかも嫌になった。
何もかもから逃げ出したくなった。
何もかも放り出してまったく関係のない場所へ行きたい。
今の私の正直な気持ちだ。
会を立ち上げてから色々なことがあり
何度も気持ちを奮い立たせて頑張って来た。
それは、私の中に目標があり
何が大事かという意識や
何をすべきなのかという自覚があったからだ。
しかし、昨日の役員会で
それら、全ての私のプラスの気持ちが
一気にマイナスに向かってしまった。
何がどうしたのかここでは書く気がしない。
言葉でうまく言い表せない。
ただ、嫌になった、元気が出ないだけなのだ。
きっと疲れているのだろう。
こんな時に周りから
頑張って!と言われたら
もっと落ち込むのではないかと思う。
時間が経てば私の心も変わるし
元気も出るだろう。
自分自身が間違っていないと思ったら
人に何を言われようと
ただ前を見て進めるはずだ。
こんな私を一番嫌う私が居る。
それにしても一人はどんなに良いだろう。
自分一人で考え、決め、実行することができる。
他人に迷惑をかけないことを前提として
できる範囲で頑張れる。
会など立ち上げる必要はあったのか?
正直言って分らない。
鬱状態から抜け出すことはできるのだろうか・・・
昨日は急遽、橋下大阪府知事の講演会を聴きに行ってきた。
経済同友会の主催する講演会は
1時間が知事の話
休憩を挟んで、残りの時間は
愛媛県知事と大阪府知事との対談だった。
橋下知事はTVで見るのと同じように
フレッシュで力強く、大きな声で
自分の主張したいことを話した。
テーマは「道州制と地方分権」
今、東国原宮崎県知事の
総裁候補にするのか?という意見が
一人歩きしている気がしてならない。
回りが見えてないのではないかと思う。
いくら、人気が高いとは言え、
国会議員の中には反対の意を唱える人もいる。
地方分権は確かに意味はある。
しかし、国をないがしろにするような地方分権はダメだ。
橋下知事は、
所謂地方分権が、自治体がお金の権利を有するためにするのではなく
誇りある日本、この危機にある日本を立て直すために
必要不可欠なものであると主張された。
教育の現場に政治が入ってはならないということで
橋下知事の意見すら
教育現場に反映されないと嘆いていた。
国会議員が地元のことだけを考え
国家のためにと考えないのは
有権者である私たちが
国会議員に対していろいろな要望をするからだ。
東国原宮崎県知事は
九州を独立させようと思っている。
こんなことが起きたら
今後は地方参政権が成立して
各所で韓国人を見るだろう。
とにかく、どちらもやってみないとわからない。
しかし、橋下知事くらい
ど迫力のある政治家は少ない。
まあ、生の話を聞くことができて
意味のある時間を過ごすことができたので
あの時間は無駄ではなかったと思う。
人は自分が正しいことをしているという
自信があるから生きていける。
そして、人と人がぶつかるも
正義と正義が対立するからだ。
一方も自分が正しいと信じ
もう片一方も自分が正しいと信じる。
その正しさが分かるのは
決して当人ではなく第三者だ。
私が支える会を立ち上げ
支部長になって活動をし始めて 「 母のことも娘のことも疎かになっている。
母も元気だし、娘も大阪で元気に暮らしているからこそ
私は安心して自分のやりたいことをやれているのだ。
心から有難いと思う。
しかし、私が支える会の支部長になって以来
それまで所属して頑張っていた会の
幹事を降りさせてもらおうと思った。
二束のわらじは履けない。
一兎を追うものは二兎も得ず」という言葉もある。
どちらも中途半端に終わるのがいやだから
めざす会の幹事を退こうと思ったのだ。
そのことを他の役員さんたちにメール書面で届けた。
しかし、私が幹事を退くことについては
何かと問題があるのか、分からないが
どうしてもきちんとやめるためにも
役員会に出席しろと言って来た。
私は行く気はない。
これでめざす会の人にどう思われようと
私には正当な理由があるのだからと思っていた。
そうしたら、誰かが下記のような発言をしたらしい。
「役員をやっていて
ほかにしたいことがあるからやめさせていただきます
という人がやる運動に未来があるとは思えない」
言われた私としては良い気持ちにはなれなかった。
仲間に相談したら
笑っていた。
つまり、笑うほどのことだというのだ。
この発言をした人が所属する団体にこそ未来はない
とまで言い切った人もいる。
こういった人を「偽装保守」だというらしい。
確かに、やり口が左翼のやり方だ。
お互いが自分の正義を貫こうとするには
少々のぶつかり合いもおきる。
それを無視できてこそ
次の活動につながるのだ。
くよくよ考えるのはよそう。
正しいことは裏返せば間違いと評価されるのだから。
先月、あまりにも不整脈がひどいので
いつもかかっている心臓の病院へ電話して
診てもらった。
24時間心電図を取れるホルダーなるものを
体に装置して一日の動きをチェックすると共に
不整脈がどう出ているか?を検査した。
返却に行ってから10日ほど経ったが
やはり不整脈は出ている。
一昨日の朝、病院の医者から電話がかかってきた。
検査結果が出たが
あまり良い結果ではなかった。
薬を飲む必要があるので
病院へ来てほしいという電話だった。
昨日指定された時間に行ってきた。
前の診察のときには
あまりたいしたことがないような
少し馬鹿にしたような物言いをしていた医者が
昨日はとても丁寧でやさしくて
私に申し訳なかったと謝らんばかりの態度だった。
薬を飲んで様子を見て
それでも治らなかったら
大学病院を受診して
心臓カテーテルを挿入して
心臓の中の回路の部分を焼く方法をするとか。
なにやら説明を聞いても理解できなかった。
多分、薬でよくなると思っている。
無理をしたからですか?と医者に尋ねてみたが
はっきりとした返事はもらえなかった。
まあ、考えてもどうしようもない。
やるべきことはやらねばならないのだから。
今日は7月1日
早いものだ。
今年も半分過ぎてしまった。
寒い寒いと言っていたら
いつの間にか冷房が要るようになってきた。
年を重ねる毎に月日の経つのが早くなる。
子供のころにはひと月は気が遠くなるように長く感じた。
昔も今も時の経つのは変わらないはずなのに
考えても考えても不思議で仕方がない。
今年の梅雨は雨が少なく
渇水の心配をしている。
夜間断水は免れたものの
今後雨が降らないとまた心配が出てくる。
一昨日、昨日の大雨は本当に凄かった。
九州では被害も出ている。
こちらは感謝の雨になった。
平均して降ってくれるとどんなに良いか。
今年の春に会を立ち上げて以来
一日があっという間に過ぎて
毎日馬車馬のように走っている気がする。
たまに休む時間が出来ても
普段おろそかになっていることをしていると
やはり忙しい。
姉からアジサイを見に行こうと誘われたが
それも断った。
時間が勿体無い気がしたからだ。
でも、母が楽しみにしていたとしたら
何か申し訳ない気もする。
大阪に居る娘も夏休みには帰省するだろう。
そうなったら、今のように自由に動けなくなるかもしれない。
出来る時に出来ることから
頑張っていこうと思う。
今年の夏も暑い長い夏になりそうだ。
スカーレット
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