スカーレットの心のつぶやき
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2015年04月30日(木) 鬼畜

三歳児がうさぎのケージに入れられ

食事も二、三日に一度しか与えられず

その上

タオルで口をふさがれて殺害され

川に捨てられた事件を聞き

信じられないし親に対して憎しみを覚えた。

まさにこの両親は鬼畜である。

否

鬼と同じ扱いにすると鬼が怒るかもしれない。

この家には7人の子供が居たという。

子供を育てる能力がないのに

何故7人も産んだのか?

児童手当目的か、児童相談所が来た時は

人形を布団の中に寝かせて

男児が寝ているように偽装していたとか。

親にケージに入れられ

お腹が空いても食事をもらえず

空腹と不安との中で

どんな気持ちになって三か月を過ごしたのだろうか。

私は犬を飼っているが

犬でさえケージの中で過ごすのは可哀想だと思い

今は四畳半の部屋を自由にさせている。

エサや水をやらないなんて考えられない。

自分の子供と同じ気持ちで飼っている。

ペットでもひもじい思いをさせたりはできない。

本当に腹が立つ。

両親への罰は

同じようにそれぞれを別のケージに入れ

食事も二三日に一度にして

この子供と同じ気持ちを味あわせてから

死刑にすればいい。

こんな人間は生きている価値はない。

今回のこの男児のほかにも女の子が

妹だったか姉だったかは不明だが

同じように食事も満足に与えられず

児童養護施設に預けられていると聞いた。

女の子は命が助かったということだが

他の5人の子供はどうなのだろう。

もう大きい子もいるに違いない。

子供は親を選んで生まれてくることは出来ない。

生まれた瞬間から不幸への道を歩むことになった

今回の男児が

天国で美味しいものを食べ

楽しく過ごすことが出来ることを

心から祈りたい。


2015年04月29日(水) 言葉

人が発する言葉、

普段の何気ない会話から

講演会での話まで

様々な言葉がある。

どの言葉にも意味がある。

日本では昔から

言霊というくらい

言葉には魂が宿っていると言われている。

一旦口から出た言葉は

なかったこと、言わなかったことには

なかなかできない。

それだけ言葉の力の意味が大きいということだ。

無口な人はそのことを知っていて

なかなか思っていることを言わないのかもしれない。

反対に心の中で思うことが

子供のようにまるで吹き出しのように

次から次と出る人も居る。

私はどちらかと言えば後者だ。

最近は考えてものをいうようになったものの

それでも、無口な人の範疇には入らない。

言葉の重さを最近思い知っている。

医者の言葉だ。

医者の言葉のひとつひとつが

患者や患者の家族にとっては重く意味が深い。

篠田桃紅さんの新刊「103歳になってわっかったこと」

の案内が新聞に載っていた。

読んでいて最後のほうに

次のことが書かれていた。

○時宜に適って、人は人に巡り合うい、金の言葉に出逢う。

医者の「治りますよ」で、私は死病から生還した

本を読んでいないから

その詳細はわからない。

昔の死病なら「肺結核」かもしれない。

もし、その時に医者から「後何か月しか生きられない」

みたいな言葉を言われていたら

今、こうして本を書き出版することなど

不可能だっただろう。

篠田さんにとって医者の言葉は

金の言葉だったのだと思う。

人と人との縁は不思議だ。

また言葉も意味がありその人にとってご縁のある言葉に

出会うことができた人は幸せだ。

私もこれから言葉を軽々しく使わないようにしたい。

相手を傷つけることもあるし救うこともあるのだから。


2015年04月28日(火) 一喜一憂

なにかが起きると

そのことで心が揺れ動き

時には落ち込み

時には歓喜し

自分でも喜怒哀楽が激しい人間だと

自覚しているのだが

最近はそれをつとめて抑制しようとしている。

つまり

一喜一憂しないようにしている。

なにかとても嬉しいことがあり

狂喜しそうになっても

いやいやまた反対のことが起きるかも?と

自制しているというわけだ。

だから

反対に

とても辛いことや心配なことがあっても

昔ほどふさぎ込むことがない。

決して年のせいではない。

年を取ると

物事に感動をしなくなる。

気持ちが動きにくいということ

鈍感になるということだ。

確かに私も年を取った。

記憶力も減退している。

でも、物事に感動する力は

以前と同じくらい大きい。

だから

それを意識して抑えることは

初めはとてもしんどかった。

たとえ

しんどくても繰りかえすことによって

段々と身についてきた。

一喜一憂しないということは

自分自身の心を安定させることであり

良い意味でいいかげんになることだ。

まあいいや・・

なかなか私にとって困難に思考であるが

まあいいや・・も必要なことだと思う。

なにかがあっても動じない、

これが究極の私の位置だけれど

そこに至るまでの道のりは長く時間もかかるだろう。

物に動じなければ楽だ。

努力の積み重ねでそれが可能になるなら

今の私のちいさな変化も大きな変化を生むに違いない。

そう信じて毎日を送っている。


2015年04月27日(月) 人は

千葉県で起きた18歳女性殺害事件、

この間の川崎の少年殺害事件同様

犯人は友人を含む若者だった。

女友達の18歳の女が

金銭トラブルで殺害に関与しているらしい。

ニュースで聞いただけだけれど

殺された女性は

もしかしたら生き埋めにされていたかもしれないとのこと。

死因は窒息によるもののようだ。

もし

これが本当なら

人は如何に残酷になれるのだろう。

生き埋めは死因の中でも一番苦しいと聞く。

地震は災害で生き埋めになる人のことを耳にすると

その時のその人の苦しみを想像するにつけ

言葉もなくただ胸が痛くなる。

いっそ一思いに撃たれて死ぬ方が

よほど楽であると思う。

それにしても

どうして若者がこのような犯罪をするのか?

道徳性の欠如と一言で言うのはたやすい。

でも

人を殺してはいけないことは

道徳以前の問題であり

そこには自らの規範意識の欠如

持って生まれた残虐性の存在が原因になっていると思う。

それと想像力の欠如も。

相手の身になって考えることが出来ない

愚かな精神。

自分勝手な理論。

犯罪を犯した後の自分の姿。

それらが全て抜け落ちているのだ。

最近の若者の犯罪を知るにつけ

会津藩に残っている「ならぬことはなりません」の教え

これが幼いころから教えられていたら

成長するにつれて

自然に身に付き当たり前のように

あらゆるものへの規範意識が確立されるのではないだろうか。

そして

これからの日本を背負って立つ子供たちが

成長していく上での基本となると思う。

人間の性善説を信じたい私だ。


2015年04月26日(日) 弱者はますます弱者に

現在の医療について疑問がある。

嘗て、母が高齢者になった頃

医療費無料の時期があった。

病院は一見元気そうな老人でにぎわっていた。

待合室は彼らの憩いの場となり

医者にかかるために来たというより

誰かとお喋りをするために

病院に来た人が多かったと聞く。

笑い話ではないが

お互いに再会を喜び

病院に来ていない人を

心配して「あの人来てないけれど

どこか悪いのではないか?」という

会話がいきかっていた。

病院に来ないのだから

健康であるということなのに

喋りに来ていないから

何処か悪いと心配していたのだ。

これは笑い話ではなく事実だ。

当時、高齢者が段々増えることは

政治家だったらわかっていたはずだ。

母でさえ

こんなことをしていたら大変なことになる

と言っていた。

素人でさえわかることを

何故疑問に思って医療費無料を反対する人が

居なかったのだろうか?

その後高齢者の無料制度はなくなり

医療費負担が再開した。

当然のことだ。

そして、高齢者が増え少子化が進むにつれて

国の医療費が破綻寸前になり

なるべく国民が病気にならないように

そして

入院を長くできなような日本になった。

病気にならないのは良い。

高齢者でも元気で働くことが出来たら越したことはない。

でも

体を崩し入院することになり

治療してもなかなか良くならず

もう少し入院させてほしくても

急性期病棟だからという理由で

追い出される患者もいる。

病気によって3週間で治るものと治らないものがある。

人によっても違う。

国のお達しだからという理由

補助金をもらえなくなるという理由で

入院治療をすべき人まだ

退院を余儀なくされるのは本当におかしい。

医者の家族やそれなりの地位のある人は

きっと私たちとは違う待遇で迎えられるのだろう。

そして

手厚い医療を受けることが出来るのであろう。

結局、共産党が言うように

弱者切り捨ての世の中になっているのだ。

金持ちは医療でも優位となり

弱者はどこまで行っても弱者なのだ。

最近、このことを痛感している。


2015年04月25日(土) 仕舞いすぎて

最近物忘れをよくするようになった。

特に人の名前が出てこない。

顔はちゃんと頭の中に描かれているのに

名前が出てこないのだ。

年だなあ・・と感じる。

また、物を片付ける時に

自分が仕舞った場所を思い出さないのは情けない。

必要でないものはどうでも良いが

今、必要としていて

何処かに仕舞い込んだはずなのに

その場所を思い出さないのだ。

衣替えをする時に

季節のものを仕舞って

次の季節がやってきて

要るのに探せない。

先日から探しているのは

夏になり首を覆うスカーフ。

日よけ用のもので

服に合わせて色々な色やデザインのものを買っている。

最近、紫外線情報で日焼け止め注意報を聞いて

スカーフをしようと思ったがどこにもない。

二階のクローゼットの何処かに仕舞った記憶がある。

衣装缶の中に入れたかもしれない。

二階は物置状態になっていて

クローゼットの中も衣装缶を重ねているので

探すのに一苦労する。

結局見つからなくて

昨日は新しく一枚買ってしまった。

長い手袋は探したらあった。

まあこれは良かったが

色々な色やデザインのスカーフを見つけなくては!

もっと広くて一年中の衣類を

衣替えをしないで出しておける場所がほしい。

それとも、衣装の数を減らせば

一年中出しておけるのだから

減らそうか・・

これからは色々なことが起きてくる。

私が居なくなった時にも

残された家族に迷惑をかけないように

物を少なくしてわかるところに置かなきゃ。


2015年04月24日(金) 花を植えようか・・

昨日の話の続きを。

昨日、夫の病院から帰宅して

裏庭をおそるおそる見てみた。

「わ〜〜〜!!!!」

思わず嬉しい悲鳴が出た。

昨日の朝までの庭が嘘のように

雑草が綺麗に抜かれ

さっぱりとしていた。

凄い!

正直そう思った。

シルバーセンターから来てくれた人は

高齢者の男性。

きっと腰痛もあるはずだ。

腰を下ろして一本一本の草を抜くことは

たやすいことではないはずだ。

大きなゴミ袋を10枚用意していたが

何と七袋のごみが出来ていた。

今朝はゴミを出す日だったので

車に乗せて出しに行った。

一つの袋でも相当重さがあった。

本当に有難いと思う。

こんなにきれいになった庭、

なにか花でも植えたい。

ハナミズキの木の下に

ピンク色の芝桜を敷き詰めたら良いだろうな・・

そんなことを思ったりするが

花の世話がヘタな私。

枯らせてしまわないかと心配だ。

でもきっと綺麗だろう・・

父も母も喜ぶに違いない。

私の今の状況は

花を植える余裕などない生活だが

園芸店にでも行ってみようと

そんな気持ちになっている。


2015年04月23日(木) 雑草抜き

今、裏の庭の雑草を抜いてくれている人がいる。

結局、私には除草できなくて

シルバーセンターに�笋鬚靴討�願いをした。

連休明けになると言っていたが

今日、二人が来てくれて抜いてくれることになったのだ。

昨年末、夫が一日以上かけて抜いてくれた。

とてもさっぱりしてきれいになった。

雑草の生命力はとても強い。

水もやらなくても肥料はもちろんなくても

いつのまにかぐんぐん伸びる。

裏の芝生の中にも

薄紫色のひょろひょろとした茎に花をつけた草が

伸び放題になっていいる。

今日は二人で半日かかって抜いてくれるとのこと。

費用は税抜で¥7200円と聞いている。

高いのか安いのか?私にはわからないけれど

今の私の状況では

雑草抜きはとても無理だから

とにかく綺麗にしてくれるなら

とてもありがたい。

これから夏に向けて

雑草はますます生えて行くだろう。

四月に綺麗にしてもらっていても

きっとお盆前にはまた同じことになっているかもしれない。

また抜いてもらわないといけなくなるだろう。

父が生きていたら

ちょっと生えてくると抜いていて

いつも綺麗だった芝生の庭も

私が住むようになって維持できなくなっていた。

仏壇の両親もきっと喜んでいるだろう。

それにしても

雑草の逞しさを見習いたいものだ。


2015年04月22日(水) 心

心は不思議な生き物だ。

体とは別個に生きているって気がする。

体が心に従属しているのか?

それとも、心が体に影響されるのか?

どっちもどっちって気がする。

病気は気を病むと書く。

だから気持ちが元気でいたら

病にはならないのだろうか。

体がしんどいとか痛いところがあると

心まで萎えてしまって

何もしてくなく

じっとしている。

なにかちょっとした嬉しいことがあったら

途端に元気になってしまうのも心だ。

本当に心って不思議だ。

心は見えない。

自分でもわからない。

心が体や態度に出たら

形となって目に見える。

鬱になってしまうのも

心が弱くなって体に表れたということ。

また

心遣いは相手に優しくできるし

相手も喜んでくれる。

そこにも心は表れるのだ。

今の私の心は何色だろう・・・

赤や黄色でないことは確か。

グレーになりそうな心に

白の絵の具を足して

同じグレーでも明るいグレーになるように

気持ちの持ち方を日々顧みている。

さあ、今日も始まる。

一日が良い一日になりますように!


2015年04月21日(火) ハナミズキ

5年前に亡くなった私の母は

白い花が好きだった。

そして

その中でも白色のハナミズキが大好きで

裏の庭にも三本のハナミズキが植えられていた。

母が最初に病に倒れた後

退院する5月には

白と薄ピンク色のハナミズキが満開だった。

まるで母の退院を祝うように

花を咲かせて母を待っていた。

そんなハナミズキも

今では白い花を咲かせる1本になってしまった。

そして

花は小さくなってしまった。

この数日前から

白い小さな花を咲かせ始めたハナミズキ

それを絵手紙に描いた。

色は少し薄いピンク色に塗った。

母の誕生日は5月の初めだったから

母にもハナミズキの絵手紙を描いて送ったことがある。

昨日描いたハナミズキの絵手紙は

姉に送るつもりだ。

一青窈さんの歌「ハナミズキ」も好きだ。

結局、母が好きだった花は

私も好きだったのだと

最近気づいた。

白い花を求めている私。

白モクレンも良い。

カサブランカも白、

胡蝶蘭も白が良い。

母は棺の中に白い花を入れてほしいと言っていた。

私が死んでお葬式の時

小さくても良い

白い花で飾ってくれると嬉しい。

白菊は嫌だけど・・・・

ハナミズキとは関係ない話だけど・・・


2015年04月20日(月) 寄り添うということ

人は一人では生きられない。

たとえ、一人が好きで

決して孤独だと感じない人であっても

淋しさを表さないだけで

人恋しいのではないかと思う。

元気な時はあまり感じない気持ちだし、

幸せな時にも感じないかもしれない。

病気になったり

落ち込んだり

弱い気持ちになった時

傍に誰かが居てくれたら

どんなにか元気づけられることだろう。

その人と代わることはできなくても

気持ちに寄り添うことはできる。

言葉がなくても

傍に居てくれるだけで

手を握ってくれているだけで

心がほっとして安心できる。

つまり

人は一人では生きられないということだ。

寄り添うという言葉は

とても素敵な言葉だ。

その人の体だけではなく

心に

魂に

寄り添うことが出来たら

どんなにか良いだろう。

私も寄り添ってほしい時に

誰かがそばに居て

黙って背中を撫でてくれるだけで

きっと不安な気持ちが和らぐと思う。

そして

私も寄り添って生きていきたい。


2015年04月19日(日) 結婚式

今から30年前の九月

私たちは

富山県の立山連峰の室堂にある

「ホテル立山」で

二人だけの結婚式をした。

披露宴はしていない。

親も兄弟も居ない

本当に二人だけの結婚式だった。

別に親に反対されたわけではない。

なるべく費用をかけずに

思い出に残るものにしたかったというだけだ。

今でも後悔していないし

寧ろああいう結婚式をできたことを

とても幸せに思っている。

もし、どちらかの両親が反対したら

実現していなかったはずだから。

私の一人娘が結婚をしようとしている。

親は関与しないで

娘たち二人が

式場や式の内容について

時間を作って式場を訪れ計画を立てている。

費用についても

自分たちがどうにかしようとしているが

もし、足らなくて援助してほしいと言われたら

私は出してやるつもりだ。

私は娘に私たちの結婚式の話をして

派手な式ではなく

費用をかけずに

思い出に残るものにしたら良いと言っているが

娘には娘の思うところがあるようで

式も披露宴もお色直しも

すべてちゃんとしたいようだ。

最近は芸能人でも一般人でも

入籍だけをして結婚式を挙げないカップルも多い。

それが良いとは断言できないが

結婚とは個人と個人がするものだという

風潮が多くなっているのだろう。

結婚は家と家がするものだという意識があれば

お互いの親戚同士の顔合わせも必要となる。

私は保守的な考えの人間だから

結婚は家と家がするものだという考えに近い。

なのに

自分たちは式を二人だけで挙げている。

帰ったらお互いの親戚を集めて

小さく披露宴のようなものをするつもりだった。

それが出来なかったのは

夫の祖父母が結婚式直後に次々と亡くなり

披露宴はお葬式と斎場での紹介に代わってしまったからだ。

当時は私も遠慮して言えなかったが

本当は斎場で夫の親戚に

「これが嫁だ」と紹介されたことは

なにか違和感を覚えていた。

そういう意味では

娘が披露宴をするのにも一概に反対できない。

結局は娘たちが幸せになれば良いことだ。

親は見守ってやるしかない

そう思っている。


2015年04月18日(土) 比較

人はともすれば

他人と自分を比較して

相手が自分よりも秀でていたり

恵まれていたりすると

どうしても自分が情けなくなったり

妬んだりしてしまう。

それはきっと自意識が過剰なのだと思う。

人の目を気にすることは

悪いことだと一概には言えない。

人の目を気にすることによって

抑制できることもあるのだから。

でも、それが行き過ぎると苦しくなる。

自分が相手にどう見られているか?

自分が言った言葉をどう受け取られているか?

ばかりが気になって

素直な自分が出せなくなってしまう。

そして

相手と比較することにより

時には優越感を感じたり

反対に劣等感を抱くことになる。

これは

他人に振り回されていることになる。

比較するなら

他人とではなく

自分自身の中ですればいい。

今までの自分が出来ていたことが

今はできていないとしたら

それを反省しまたできるように頑張れば良い。

哲学者の森信三氏は

「人間が不幸になる一番のもとは

他人と比較することだ」と言っている。

以前、人間関係がうまくいかなくなり

疎遠になっていた人がある。

私に原因が見当たらなかった。

ある時、その人と向かい合って話すことがあった。

その人は「あなたを妬んでいた、嫉妬の気持ちがあった」と言った。

人の気持ちは自分の力では左右できない。

嫉妬されたことで

人間関係がまずくなり

自分自身が落ち込み苦しむなんて

こんなバカなことはない。

その人にとっても無害ばかりで一利もない。

他人と比較することで不幸を呼ぶ典型だ。

羨ましいと思う気持ちが良い方向へ向かう

原動力となれば良いが

なかなかそれは難しい。

結局、他人と比較しても良いことはないということだ。


2015年04月17日(金) 正しく生きる

「正しく生きる」という題名の本、

同じく鍵山秀三郎さんの著書だ。

初め、この題名を見た時

正直、ちょっと抵抗があった。

「正しく生きる」ってどういう生き方なのか?

どれを持って正しいと決まるのだろう?

そう思ったのだ。

勿論

人が生きていく上で

人に迷惑をかけ心配をかけ

法を犯し、人に疎んじられて生きるのではなく

誰かのために何かをして

感謝され、また感謝し

身の回りを整え

誰にも迷惑をかけず

綺麗な生き方をする方が良いに決まっている。

でも

人は生きていく上で

失敗もあり人を傷つけることもある。

親に心配をかけ

他人に迷惑をかける場合だって

あるのではないだろうか。

そんな思いがあったから

本を開くとき躊躇したのは確かだ。

しかし

この本の正しく生きる生き方は

平凡なことを徹底して継続して行うことが

超非凡になるということ。

人生を豊かに生きるための指針が

書かれていた。

出来ないことも多いが

私が普段からしていることもあった。

人として大切なことは何か?

それは相手に寄り添うことではないだろうか。

相手の気持ちになること

これはたやすいことではない。

人は何かを考える時

自分の物差しで測ってはいないだろうか?

私も私なら・・と考えることが多い。

人の心は見えない。

でも心遣いは見える。

気持ちも見えない。

でも気配りは見える。

目に見えないものを

様々な形で見る。

これが配慮だと書かれていた。

戦前の日本にはあったこれらのものが

戦後失われ

段々と殺伐な社会になっている。

行きにくい世の中になっている。

この世の中で正しく生きることは

難しいかもしれない。

でも、気配りと気遣い

そして、優しさを持った生き方をしたいと思う。


2015年04月16日(木) 三つの幸せ

昨日の引き続いて

鍵山秀三郎さんの「ムダな努力はない」から。

「してあげる幸せ」

高橋佳子さん(宗教法人GLA総合本部主幹)は

幸せには三つあるとおっしゃっています。

一つ目の幸せは「してもらう幸せ」

二つ目は「できる幸せ」

そして三つ目は「してあげる幸せ」です。

三つの幸せのなかでも、

もっとも大きな幸せが

「してあげる幸せ」です。

以上がP.228に書かれている。

一つ目の「してもらう幸せ」は

赤ちゃんの時幼い時

まだ自分で何もできないとき

お母さんに抱っこしてもらい

お乳をもらい

おむつをかえてもらう。

何処へ行くのも抱っこかおっぽかベビーカー。

まだ歩くことが出来ないのだから

自分で箸を持って食べることが出来ないのだから

してもらうしかない。

これも幸せなことの一つだ。

そのうち段々成長して

自分でできるようになる。

勉強も仕事もできる。

確かに幸せだ。

でも

誰かのためになること。

どんな小さなことでも良い

人様のために何かをしてあげることが出来たら

どんなにか幸せだろう。

そして

このしてあげる幸せほど難しいものはない。

してあげることが自己満足になりかねないからだ。

相手の幸せはできる幸せなのだから

全てをこちらでしてあげることは

相手を幸せにはしてあげられない。

ほどほどといいうことだ。

私は相手のためだと言って

結局自分の気が済むように

なんでもしていたのではないか?と反省する。

三番目の幸せのやり方を

気をつけないといけないとつくづく思う。


2015年04月15日(水) 幸せ

鍵山秀三郎さんの著書「ムダな努力はない」を読んでいる。

220項目にわたって

人生の行動指針が書かれていて

どれもなるほど!と思うことばかりだ。

その中で

こんなことが書かれていた。

「人との縁が人生を豊かにする」

私たち人間は「何を食べたか」ではなく

「誰と食べたか」で

ずいぶん幸福感が違ってきます。

また、「どこに行ったか」ではなく

「誰と行ったか」で旅行の楽しさが違ってきます。

このように。人との縁が、人生を豊かにします。

以上であるが

ここに書かれているように

人は誰かに支えてもらって生きているのであり

たとえ

一人で居ても決して一人では生きられないということだ。

私は群れることがあまり好きではない。

だから

ランチをするときも一人でできる。

でも

これが一人ではなく

誰か気の合う人と

おしゃべりをしながら食べることが出来たら

きっともっと楽しいと思う。

好きな人なら余計にそうだ。

恋人同士なら

たとえお水だけを飲んでいても

きっと美味しいと感じられるはず。

また

旅行は誰かと一緒に行きたいものだ。

一人で気ままに行く人もいるが

私はできたらだれかと行きたい。

そして

見るものや感じを共有したいと思う。

一人で心の中で感じるだけより

きれいね!と言い合うことで

その景色の感動が倍になると思うからだ。

出来たら気の合う人

夫婦でも良いし兄弟でも良いし

親子でも友人同士でも良い。

何処かへ行くなら一人ではなく

誰かと行きたいと心から思う。

それが幸せに通ずる道だから。


2015年04月14日(火) 人生

19歳までしか生きられないと

私が小さい頃に医者から言われたと

亡き母が言っていた。

そして

19歳で一回目の心臓の手術をした。

その頃は医学は今ほど進んでいなくて

人工弁置換手術が出来なかった。

それから

段々心臓の具合は悪化していたみたいで

平成6年に人工弁置換手術を受けた時には

私の心臓は限界に近い状態だったらしい。

それから21年生きてきた。

まるで嘘のようだ。

娘も自立し自分の道を着実に歩いている。

私もなんとか今は元気で

自分の時間を持ちながら過ごしている。

有難いと心から思う。

後は夫婦が元気でこれからともに生きていくこと。

それが今の私にとって一番心に強く思うことだ。

神様が居るなら

私のささやかな望みを叶えてほしい。

つくづくそう思う。

夢なんて見たくて良い。

一日、一日が無事に過ぎて行くことを

ただ願うだけだ。


2015年04月13日(月) 娘の誕生日

今日、4月13日は

一人娘の26歳の誕生日だ。

今日届くように絵手紙を送った。

絵は桜。

もう葉桜になっているが

桜の花は私にとって特別な思いの花だ。

26年前の4月。

13日に帝王切開で出産するために入院するまで

母と二人で大きなお腹をかかえ

道後公演の桜を毎日見に行った。

お腹の中で娘は嫌というほど花見をしたことになる。

娘の名前は「さくら」ではないけれど

果たして桜の花をどう思っているのかな・・・

大学に入ってから親許を離れ

就職も初めての地で頑張っている。

自分がやりたかった仕事だから

しんどいはずだが根をあげずにいる。

私よりも色々な意味で上回っている娘。

私が上なのは年齢だけになってしまった。

今また、娘は新しい人生のスタートをきろうとしている。

どうか、これからの娘の人生が

幸せな人生になってくれることを

心から祈っている。

「お誕生日おめでとう!体には気をつけて頑張ってね」


スカーレット