to INDEXpastwill


2005年09月04日(日) 黄色のリレー

青が太陽の黄色を
深呼吸
春と夏の間に
深呼吸

ちょっとずつだけど、
ぐんぐんぐんぐん
吸い込んだ

お腹いっぱいの
緑の穂先
さやさやさやさや
午後の風
やわらかなハンモックに揺られるうちに
「げぷ....」
おなかいっぱいだよと
げっぷした。

通りすがりの蝶々に
くるりとふりむかれ
「ふふ...」と
軽く笑われた
ちょっとバツが悪くて...
穂先が少し黄色になる。

お陽さまからもらった黄色になる。

秋への準備
少しずつお陽さまからの黄色を
大地へと
リレーする。
蝶々や蜂たちとお喋りしながら

寒い寒い冬が来ても
人間たちがお陽さまの黄色を忘れてしまわないように...

厚い厚い雲に覆われても
冬の太陽は大地に立っている。

春から夏、
それは秋から冬と言う
お陽さまの夏休みに向けての引継ぎ期間。

大地を照らす輝きを
大樹へとリレーする
準備の時

青はお陽さまの黄色を
長い時間かけて
身体いっぱいに呼吸する

いつの時も
大地に光が失われないようにと...

16/Aug/'05
冷華


2005年08月16日(火) FROM WILD GARDEN

「今日、休みにするか??」
「ええっ!!」(ちゃんと、8:30に出勤した人間にそれ言うか!!係長よ!!)

 確かに、お盆休みの余波で予約のお客様は3組。しかも皆さん、見事に手の掛からない(要は備品などの仕込が殆どない)お客様ばっかり。それに比べ、laborは通算4人。そら、labor controlの観点から考えたら、多いわな。人件費渋りたい身としては、にっこり笑って、「休暇行って良いぞ。」とも言ってみたいわな。デモさ、デモさ!!!ちょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、朝、ちゃんと起きて(めちゃくちゃ辛い)ちゃんと出勤してきた私(そう、超夜型人間)、にはかな〜り、辛い仕打ち。だったら、出勤してくる前にTELしてくれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。そしたら、あと3hは余裕に寝腐れたのにぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!
 というわけで、13時前に会社脱出。会社の近くの紅茶屋さんに行く。見た目は丸っきりの民家だが、内庭側の壁を前面ガラスにして、裏山を借景に。庭の草木は野放し。嫌いな人は嫌い。だけど、英国風ワイルドガーデンも侘び寂び通り越してかるみまで行っちゃったんだろうなぁ。と思われる趣のここの庭が私にはちょっと面白い。民家の庭、しかも県庁所在地のオフィス街から5分も歩かないとこなのに、蝶や蜂はもちろんの事、狸まで親子で顔を出す。2週間前にきた時に20cm位だった猫じゃらしの群生もそろそろ、小児の背丈に近づかんかの勢い!!秋へと向かう風に揺らされて、たおやかに天を突く。いい感じ。お茶はアールグレイ。甘味はお母さん特製のシフォンケーキをチョイス。アールグレイの香料が他社のリーフと違って自然。何杯でもごくごくいけそうな感じと600円以下というCPがえぇ感じ。(実際、ポットサービスでさらに2煎目用のお湯まであるので、バリエーションを変えて4杯位まで楽しめます。)一回一回、水色が変わり、香りの立ち方が変わる。同じ茶葉のはずなのに、くるくる表情が変わる。抽出を終えたリーフの入ったポットの香りもなんとも幸せ〜。「とへ〜」となりながら、幸せ〜な、ひと時。気がついたら、夕方。うろこ雲を追っかけながら書いてたスケッチも3作。近頃まったく書いてなかったので、ちょっとびっくり。やっぱり、脳みそリラックスしてないと書けないんだんぁ。と実感。
 
 さぁて、そろそろセカンドフラッシュのお目見えとのこと。(入荷したてのリーフを嗅がせていただいたが、これまた、しゃ〜わせなかほり。)

 また、行こう!!


2005年07月19日(火) てなワケで書くだぁよ。

書くだぁよ。色々と。

って、近頃気になっている事。
やっぱ、これかなぁ。60周年。

会社帰りに良く行く本屋(この街だとそこそこ大きな部類のとこ)に行くと、特設コーナーまで出来てたよ。
まぁ、それだけ世間が緊迫してて、それだけ、目を向けずにいられない問題なんだろうけど...
実は、単純に戦争非難をするだけのメディアやアドポップに純粋に共鳴できないんだよね。正直。

"Historical Result"

お互いが加害者でお互いが被害者だった
そして、私たちは彼らの生きた結果
彼らの死んだ結果
彼らが愛した結果
彼らの憎しみの結果

誰かが死んで誰かが生きた
その結果が今、ここにある私たちである

あのときの人たちが懸命に生きた結果が私たちであるなら、
私たちには多角的にそれを考察する事なしに
非難する権利を持ち得ない。
あのときあったこと、その存在を全て認めた上で
次を始めない方策を考える。
次を始めないための理解に努める事。
私たちがすべき事はそんな事だと思う。

憎悪に身を委ねるだけは愚の骨頂。

確かに、あのときの人たちの話を聴く、記録を目にすると、相手に対する憎悪も沸いてくる。それで元軍人だった人に食って掛った事もある。でも、怒りに身を任せて生きるのはもう親たちの世代までで良い気がする。むしろ、あのときの人たちも私たちにそれは望んでないのじゃないかなぁ??と。

話す事。
目にする事。
互いを理解するためのコミュニケーションを図る事。
始めないための他愛もない努力を数え切れないほど重ねる事。
あのときの人たちが私たちに望んでることは多分、こんな事じゃないのだろうか??

今年をネタに街宣車を出したり、イベントを催してただひたすらに単純な批難しかしない政治団体や市民団体の活動を見ながらぼ〜っと、心の中でつぶやいてみた。

「アホか!?!?」

あそこにいた人たちは記録や統計じゃない。みんな家族があって、仕事があって、友があって、恋人のあった人たち。もちろん、今も多くの家族が世界中に生きている。あんたら、記録や統計だけでそれを知った気になってない??いま、黙って、そこを行く通行人が家族だなんて考えた事ないでしょ!?!?んな事を考えてる。

いつまでたってもやりきれない気持ち。
あの日は嫌い。
でも、あの日がなければ、母は生まれなく、私は生まれなかった。
でも、あの日がなければ、多分、一人の女性が40歳を恙無く迎え、穏やかな日々を過ごしていた。
私たちが生まれた片田舎でなく、大都会の真ん中で。

なんだかな。
やっぱり、夏が来ると切ないよ。

このことに甘えちゃいけないって分かってるけど、つい考えてしまう。
パブリックじゃなくて、凄くパーソナルな視点なんだけど...

来月だわ...


冷華 |MAIL

My追加