与太郎文庫
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| 2004年03月06日(土) |
サザン・オールスターズ 〜 南部地方のすべての星たち 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040306 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html Ex libris Web Library;桑田家の人々 〜 Members of Southern All Stars 〜 http://ameblo.jp/arachan-yeah/page-74.html 日本人●荒川ヒロシのブログだぜ ── 弊社所属のアーティスト桑田佳祐のご令姉岩本えり子儀がかねて より病気療養中のところ10月19日にご逝去されました。故人のご冥福を 心よりお祈りするとともに、謹んでご通知申し上げます。(原文のママ) テレビで放映された(所属事務所の)ファックスの文章は、その翌日 すべてのサイトから、キャッシュともども削除された。(敬辞苑) 一説に、身内に敬語を使うのは韓国風文法?だという。 いわゆる“在日芸能人疑惑リスト”の常連だが、虚々実々である。 http://booklog.jp/edit/488380478X ── 山野 車輪《マンガ嫌韓流 20050901-0910 晋遊舎》
桑田 久司 佳祐の父 1927‥‥ 東京 20040306 77 /元映画館支配人 http://harukichi.com/masatomocom_dinamic/mt2/mt-comments.cgi?entry_id=52 ♀桑田 昌子 佳祐の母 1934‥‥ 横浜 19940220 60 /バー経営 ♀岩本 えり子 訳詩 1952‥‥ 神奈川 20081019 56 /知世の妻 ── 桑田 佳祐・詞&曲《いとしのエリー》/旧姓=桑田 佳祐の姉 桑田 佳祐 作詞・作曲 19560226 横浜 /20080519 デビュー30周年 ── 《勝手にシンドバット 19780625 》リードボーカル、ギター(リーダー) http://d.hatena.ne.jp/adlib/20080522 ツィスターズ 〜 ねじる、よじる、ねじける 〜 ♀原 由子 歌手 19561211 神奈川 /籍=桑田 由子(ゆうこ) [B] /キーボーディスト・シンガーソングライター/“原坊(ハラボー)” /桑田 佳祐の妻(2男の母)〜《I Love You はひとりごと 19810421 VIHX-1537》 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20100618 眼窩の敵 〜 The sandman has come 〜 関口 和之 19551221 新潟 /ベース/小説・放送作家。 松田 弘 19560404 宮崎 /ドラムス・歌手。 野沢 秀行 19541019 東京 /パーカッション“毛ガニ”俳優。佐野日本大学高等学校卒 [A] 大森 隆志 19561212 宮崎 /ギター・歌手/宮崎大宮高校卒/青山学院大学経済学部中退。20010807 独立
┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐ ↓=Non-display><↑=Non-display └┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘ ── 弊社所属アーティスト 桑田佳祐に関する大切なお知らせがござ います。詳しくは、以下オフィシャルサイト、ファンクラブサイトから ご確認ください。 (20100728) http://www.sas-fan.net/oshirase/index.html ── 芸能プロダクションのアミューズが28日、所属するサザンオー ルスターズの桑田佳祐さんが食道がんであることを発表したことを受け、 同社の株価は始値の934円から午後に入って下落している。午後1時 45分現在は910円前後で推移している。 http://www.sankeibiz.jp/econome/news/100728/eca1007281353013-n1.htm (20100729)
| 2004年03月04日(木) |
Wikipedia 〜 ネット百科事典 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040304 >> Wikipedia:ウィキペディアについて 〜 出典: フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia) 』 〜 ウィキペディアはフリーでコピーレフトな百科事典です。しかもそれ は本ウェブサイトの読者によって協力して書き上げられるのです。本サ イトはWikiWikiであると形容できます。つまり、今すぐに、誰もが(も ちろんあなたも)、全ての記事を書き換えられるのです。記事を書き換 えるには各ページにも付いている「このページを編集」というリンクを クリックするだけです。ウェブブラウザ以外に何も必要ありません。 このプロジェクトは2001年1月15日に英語で開始されました。日本語 版では現在までに 33714 の記事が、さらに他言語版でも多くの記事が 書かれています。そして次から次へと人々が記事を編集し、常に百科事 典の質を向上させています。英語版は既に15万項目の内容が作られてい ます(2003年9月)。共有されているので、参加者が変わっていっても 育ち続けることができますから、将来地上でもっとも優れた百科事典に なる可能性もあるわけです。 ウィキペディア内の全ての記事はコピーレフトなライセンスの GNU Free Documentation License によって保護され、永久に「フリー」 であることが保証されています。詳細はWikipedia:著作権を参照して下 さい。 日本語版Wikipediaは、まだ始まったばかりで、こまかい部分の翻訳も まだ終わっていません。あなたも参加しませんか? あなたも是非この価値あるフリーの情報源を楽しく使い、そして得意 な分野の項目を楽しく寄稿して下さい。 << 以下「四大(しだい)旧暦」に関する、与太郎の初の寄稿。 >> 四大 〜 出典: フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia) 』 〜 四大(しだい)は主に空気・火・土・水の四大元素のことを指してい る。古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、物質の属性の中に根底の 深いものと浅いものとの別があるかどうかの問題を提出するために、四 元素説を発表した。 四大(よんだい)は四年制大学の略称。 四大(しだい)は旧暦(正しくは太陰太陽暦)における大の月(30日) が、四ヶ月連続する現象を指す。平均の朔望日数は29.5306...なので、大 の月と小の月(29日)が交互に出現するが、計算方法が進歩するにつれ て、四小(小の月が四ヶ月連続)も登場し、これを忌避して恣意的に 「四大、四小を避ける」ことも行われた。 → 内田 正男《日本暦日原典 19750710 雄山閣》 ---------------------------------------------------------------- (このページは、曖昧さ回避のためのページです。一つの言葉が二つ 以上の意味に用いられている場合の水先案内のために、異なる用法を一 覧してあります。お探しの用語に一番近い記事を選んで下さい。このペ ージへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り 替えて下さい。) このページを編集 | このページのノート | 履歴 | ここにリンクし ているページ | リンクを見張る メインページ | Wikipediaについて | 最近更新したページ | 最終更新 02:04 2004年3月4日。 All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License. http://ja.wikipedia.org/w/wiki.phtml?title=%E5%9B%9B%E5%A4%A7&action=edit <<
| 2004年03月03日(水) |
早春賦 〜 志ほやの楚蟹 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040303 20040226 18:30 三越うらの理髪店を出て、三越倉敷店の地下に降りる。 「さすがの瀬戸内海も、冬には旨いものが少ないのです。しかし今年は、 山陰のきわめつけ、楚蟹(ズワイガニ)が手に入りましたので、少し 早めのお祝いです」(五人の恩師にあてた未投函メッセージの草稿) ひとりぐらしの恩師には、一房の果実がふさわしい。ご夫婦であれば、 二房を仲よく分けあっていただきたい。 それ以上のものを送ると、金谷先生など「きみ、無理したらあかんで、 はがき一本でえぇよ」と、教え子のふところ具合を心配されるのである。 たぶん岡山の桃と葡萄は、人類史上最高の傑作ではないか。 もともと《旧約聖書》に登場した葡萄は、マスカットからピオーネに 進化して、いよいよ今年は新種「桃ぶどう」が出荷されるという。 なんだか幼稚なネーミングだが、テレビ《松本紳助》では「イチゴ・ ぶどう」なるものを試食していた。 芥川龍之介《杜子春》に登場する「桃の花の咲く家」は、このときは 食用にならなかったようだが、江戸時代から進化して、現在では白桃・ 黄金桃などが店頭に並ぶ。 (桃の意外史は、新井佐和子さん宛の書簡に祥述) しかし、岡山名産の「桃と葡萄」は夏から秋だけのもので、その他の 季節には、さすがの瀬戸内にも、めぼしい収穫物が途ぎれるのである。
金谷 昭良 19270830 丸亀 /1948-1950 新洞小学校3・4年ろ組担任 ♀芝山 マツ 19271006 京都 /1950-1952 新洞小学校5・6年ろ組担任 本宮 啓 19240320 京都 /1952-1955 同志社中学新聞部/DJS 杉井 六郎 19230613 弘前 /1958-1959 同志社高校3年F組司級 谷本 岩夫 19290114 京都 /1955-1959 同志社高校(化学)
金谷先生と芝山先生は、あいついで“喜寿”を迎えられる。はじめて 与太郎を受持たれたときの年齢は、それぞれ二十歳と二十二歳だった。 八月丗日生れの金谷先生や十月六日の芝山先生は、マスカット全盛期 にあたるが、三月廿日生れの本宮先生や、六月十三日生れの杉井先生、 一月十四日の谷本先生には、うまい贈物が届かない。 本宮先生のお誕生日は、最初のメモでは19250308だったが、のちには 19260320と判明、ところが昨年来のDJSOBのHPによると、ことし “傘寿”とあるので19240320に再訂正することになった。 杉井先生は昨年“傘寿”だったから、ことしは“半寿”にあたる。 傘の俗字は「从+从」を「八」と略して八十歳、これに横一を加えて “半寿八十一歳”となる。将棋盤の八十一升から“盤寿”ともいう。 ついでというのは失礼だが、七十五歳の誕生日に(ホームページで) 自ら老人となる決意を表明された谷本先生には、与太郎の造語で“比寿” を献上しよう。喜寿が「七+七」なら、二画減じて「七+七−十=比」 と見たてたのである。 「もう年齢を数えたり、比べるのは止めよう」という解釈も成り立つ。 長寿の祝いごとは、誕生日がすんでから、という慣例もあるらしいが、 緊張のあまり気分がたかぶり、不慮の事故があってはいけない、という 配慮によるものか。 かつて、このことに関する「クンツ説」の立証を試みた(未完)が、 いまひとつ目ぼしい発見はなかった。 本来は、お誕生日当日のサプライズ・シャワーがいちばんなのだが、 思うようにはいかない。しかし今年は、諸先生の節目の年にあたるので、 なにか一工夫したいものだと(一昨年あたりから)迷っていた。 ふつう、近くの果実店から届けさせると、ふつうの宅急便の運転手が、 「宅急便です」と声をかけて、チャイムを鳴らす。 これを、三越から贈ると、宅急便の配達員はインターフォンに向って、 「三越でございます」というそうだ。 もらいものに慣れた主婦なら、思わず小走りになるところだ。 ところが「志ほやの白桃」は、数日前に予告の電話を入れるという。 「岡山の志ほやでございますが、○○様から季節の品をお預りいたして おりますが、お届けは何日が御都合よろしゅうございましょうか?」 いますぐでもいいじゃないか、と考えるのは早合点で、ちょうどよい 食べごろを見はからって、というよりも食べる日にあわせて、ほどよく 熟成した品を選んで届けるのが身上であるらしい。 留守宅に届けたのでは、極上の風味がそこなわれるからだという。 そこで今年は、三越のテナントに入っている志ほやの店員に相談して、 なにか目ぼしいものはないか、とたずねることにしたのである。 そこで、めずらしいことにズワイガニをすすめられた。 「むかし死ぬほど食った記憶があるが、瀬戸内海でカニが採れたのかい」 「山陰産なんですけど、ことしはじめて志ほや名物の“塩むし桜鯛”の 伝統技術で、ズワイ蟹を蒸したんです。お値段もお得です」 敬愛する諸先生が、人生の秋に「これは旨い!」と舌鼓を打たれる姿 を想像して、たちまち「日付よりも旬が大事」と思えたので、その場で 予約してしまった。一週間のち(20040303)、5枚の発送伝票を送る。 この店の担当者は才気煥発、当意即妙の受けこたえをするので、つい 長話をしてしまう。ほんとうに面白い会話は、結婚式のスピーチ同様に、 短いほどすぐれているのだが。 さっきの理髪店での話や、このあとの旅館でのもてなしを自慢して、 最後にこう云ってみた。 「これで、あんたがバイオリンでも弾けると、三題噺にオチがつく」 「娘が、アルト・サックスを吹いてます!」 「フーン、そんなもの吹いてると、ヨメのもらい手がなくなるぞ」 (つい昔の口癖が飛びだす。最近もっぱら自粛しているのだが) 人がよくても食いものが不味い土地に住むか、食いものが旨くて人が 悪い土地に住むか。 人が良い、というのもいろいろで、必要以上の親切は迷惑である。 利口な人が多いと、理が通って住みやすいが、物価は高くなるだろう。 岡山に移り住んだころ、地元の人々が口々に土地の悪口を言うことが 不思議だった。とくに「人が悪い」という。 そのわけは、むかしから災害がなく、海幸山幸の食いものに恵まれて きたから、助けあいの精神が育たなかったという。みんな、ひとりでに 生きているので、誰かが困っても手を貸さないという。 そういえば思いあたることがある。 岡山県の自家用車保有率は日本一だという。そのわけは公共交通機関 が普及していないからである。県内の「岡山駅前行き」と書かれたバス に乗ると、ようやく岡山駅が見える地点で、なぜか大きくカーブする。 さきに「バス・センター」というところに着けるためだが、何のことは なく、地元デパートの玄関口なのである。 第二副都心の倉敷駅も、駅を降りてすぐ目の前に、手をのばせば届く ほどのところに「バス・センター」があるのに、かならずや、いったん 地下道をくぐらないとバスに乗れない。この地下道もまた、デパートに 通じているのである。 こういう不合理な交通行政は、おおくの地方都市に共通しているはず だが、他にもっと問題があるので目だたないのであろう。 そこで、与太郎は考える。 人がよくて食いものが不味い土地に住むか、人が悪くても食いものが 旨い土地に住むべきか。 若いときは、自分を引きたててくれる人に会うことも大切だが、年を 老いてはその望みもなくなり、いずれ誰とも口を利かずに暮せるのだ。 まったく災害の心配もせずに、日々山海の珍味を口に運んでいると、 ときには申しわけない気がして、居心地がわるいこともある。 (Day'20040305) >> 【賦】●は俗字 漢呉 フ �\廼癲I蠕猫∪犬泙譴弔�。天賦。賦性。 賦質��わける。わけ与える。賦与�い靴�=布�ゼ茲蠅燭討襦�とる「−納」 �Υ岨輅犬琉貘劉Я燭諒験悗料深�から出て漢代に流行した、散文化した 韻文(イ)特に、叙事体のもの詩経の詩の作法の一、ありのままを歌っ たもの�┿蹐鬚修蘰匹澆垢覘�詩を作る。賦詠��兵、昔は田賦によって兵 を出したからという「兵−」 ── 長沢 規矩也《新明解漢和辞典 19740410 三省堂》P492 <<
| 2004年03月01日(月) |
《初演366年譜 20040301-0331 Awa Library》 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040301
178203.. 作曲 スカルラッティ《ソナタ イ短調》 178903.. 作曲 モーツァルト《ヘンデルの「メサイア」編曲》 180703.. 初演 ベートーヴェン《交響曲第4番変ロ長調》 180703.. 初演 ベートーヴェン《序曲「コリオラン」》 181703.. 作曲 シューベルト《音楽に寄せてOp.88-4》 187003.. 初演 チャイコフスキー30《幻想的序曲「ロメオとジュリエット》 Rubinshtein,N 188203.. 初演 チャイコフスキー42《ピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の思い出のために」Op.50イ短調》 190603.. 初演 ドビュッシー44《影像1》→《映像第1集》“水の反映”ヴィエニス44 192203.. 初演 バルトーク41《ヴァイオリン・ソナタ第1番》ダラニー 193403.. 初演 モーツァルト《ヴァイオリン協奏曲第7番ニ長調》メニューヒン 17770716 作曲 194503.. 初演 プロコフィエフ《交響曲第5番変ロ長調Op.100》 ──────────────────────────────── 18240301 作曲 シューベルト《八重奏曲ヘ長調Op.166》18270416 初演 18730301 初演 シュトラウス 2《喜歌劇「ローマの謝肉祭」》 18870301 作曲 ヴォルフ《銘記�供� 18880301 作曲 ヴォルフ《ある婚礼にのぞんで》 19490301 初演 メノッティ39演出《歌劇「領事」》 19500301 初演 プロコフィエフ《チェロ・ソナタ ハ長調Op.119》 ──────────────────────────────── 17860302 作曲 モーツァルト《ピアノ協奏曲第23番イ長調》1786032. 初演 17920302 初演 ハイドン《交響曲第 98番変ロ長調》 17950302 初演 ハイドン《交響曲第103番変ホ長調「太鼓連打」》 18730302 初演 ビゼー《小組曲「子供の遊び」》 18870302 初演 シュトラウス,R.《交響的幻想曲「イタリアから」ト長調Op.16》 19100302 初演 ドビュッシー《管弦楽のための「映像」春のロンド》 ──────────────────────────────── 17910303 作曲 モーツァルト《幻想曲ヘ短調》 17940303 初演 ハイドン《交響曲第101番ニ長調「時計」》 18110303-0326 作曲 ベートーヴェン《ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調「大公」》19140411 初演 18700303 初演 ブラームス《アルト・ラプソディ》 18750303 初演 ビゼー37《歌劇「カルメン」》オペラ・コミック 18990303 初演 シュトラウス,R33指揮《交響詩「英雄の生涯」》ヘス 19180303 初演 バルトーク36《弦楽四重奏曲第2番》 ──────────────────────────────── 17460304 初演 グルック《歌劇「アルタメーネ」》 17880304 作曲 モーツァルト《アリア「ああ、情け深い星たちよ、もし天にいて」》 18770304 初演 チャイコフスキー37《バレエ「白鳥の湖」Op.20》リャーホフ 18920304 初演 ショーソン《コンセールOp.21ニ長調》 18950304 初演 マーラー35指揮《交響曲第2番ハ短調「復活(Auferstehn)」[S,A,cho,Orch][5楽章] F.G.クロプシュトック,G.マーラー,「子供の魔法の角笛」詞 》 19130304 初演 フォーレ《歌劇「ペネロープ」》 ──────────────────────────────── 17880305 作曲 モーツァルト《ドイツ軍歌「われはカイザーたらん」 》 18180305 初演 ロッシーニ《歌劇「エジプトのモーゼ」》 18830305 初演 サン=サーンス《歌劇「ヘンリー8世」》 19330305 初演 マリピエーロ51《ヴァイオリン協奏曲》ミッチェル 19320222 作曲 19420305 初演 ショスタコーヴィチ36《交響曲第7番ハ長調Op.60“レニングラード”》サモスード ──────────────────────────────── 17850306 作曲 モーツァルト《アリア「数知れぬ悩みの中で」》第6曲 17910306 作曲 モーツァルト《5つのコントルダンス(田園舞曲)》 17910306 作曲 モーツァルト《ドイツ舞曲「ライエルひき」ハ長調》 18250306 初演 ベートーヴェン《弦楽四重奏曲第12番》 18310306 初演 ベリーニ《歌劇「夢遊病の女」》 18530306 初演 ヴェルディ《歌劇「椿姫(トラヴィアータ)」》 18820306 初演 ラロー《バレェ組曲「ナウムナ」》 18880306 作曲 ヴォルフ《4月の黄色い蝶》 18880306 作曲 ヴォルフ《苦悩から癒えて希望に寄せる》 19060306 初演 ビゼー《喜歌劇「ドン・プロコーピオ」》 19440306 初演 ハチャトゥリャン41《交響曲2》ガウク51 ──────────────────────────────── 18870307 作曲 ヴォルフ《兵士�機� 18880307 作曲 ヴォルフ《庭師》 18880307 作曲 ヴォルフ《妖精の歌》 19340307 初演 プロコフィエフ《映画音楽「キージェ中尉」》 ──────────────────────────────── 17910308 作曲 モーツァルト《アリア「この美しい手と瞳のために」》 17910308 作曲 モーツァルト《シャックの「女ほど素敵なものはない」による8つの変奏曲ヘ長調》 18880308 作曲 ヴォルフ《別れ》 18980308 初演 シュトラウス,R32《交響詩「ドン・キホーテ》Wullner,Frang 66 19020308 初演 シベリウス36指揮《交響曲第2番ニ長調Op.43》 ──────────────────────────────── 17920309 初演 ハイドン《協奏交響曲変ロ長調》 18420309 初演 ヴェルディ《歌劇「ナブッコ(ナブコドノゾル)」》 18440309 初演 ヴェルディ《歌劇「エルナーニ」》 18490309 初演 ニコライ《歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」》 18860309 初演 サン=サーンス51指揮《組曲「動物の謝肉祭」》“白鳥” ──────────────────────────────── 17860310 作曲 モーツァルト《シェーナとロンド「もうよい、すべて分かった…恐るるな、愛する人よ」 17860310 作曲 モーツァルト《二重唱「私には言えません」 》 17910310-0311 初演 ハイドン《交響曲第 96番ニ長調「奇跡」》 18880310 作曲 ヴォルフ《思いみよ、おお心よ》 18880310 初演 フランク《交響詩「プシシェ」》 ──────────────────────────────── 17780311 作曲 モーツァルト《ヴァイオリン・ソナタ第24番ハ長調》 17850311 作曲 モーツァルト《アリア「暗い、不吉な闇の中から」 》第8曲 17870311 作曲 モーツァルト《ロンド イ短調》 18300311 初演 ベリーニ《歌劇「キャピュレット家とモンターギュ家」》 18390311 初演 メンデルスゾ─ン《序曲「ルイ・ブラス」》 18510311 初演 ヴェルディ《歌劇「リゴレット」》 18670311 初演 ヴェルディ《歌劇「ドン・カルロス」》 18880311 作曲 ヴォルフ《旅先にて》 19170311 初演 レスピーギ38《交響詩「ローマの噴水」←ローマの泉》グァルニュリ 19370311 初演 オネゲル《歌劇「鷲の子」》 ──────────────────────────────── 17260312 初演 ヘンデル《歌劇「シピオーネ」》 17850312 初演 モーツァルト《ピアノ協奏曲第21番ハ長調》 18350312 初演 ドニゼッティ《歌劇「マリーノ・フェリエーロ」》 18570312 初演 ヴェルディ《歌劇「シモン・ボッカネグラ」》 19050312 初演 レスピーギ《喜歌劇「エンツォ王」》 19430312 初演 アイネム25《管弦楽のためのカプリッチョ》ボルヒャルト 19540312 初演 シェーンベルク《歌劇「モーゼとアロン」》 ──────────────────────────────── 17970313 初演 ケルビーニ《歌劇「メデア」〜あなたの子供たちの母親が/ともに泣くだけでなく》 18320313 初演 ドニゼッティ《歌劇「パリのウーゴ伯爵」》 18450313 初演 メンデルスゾ─ン《ヴァイオリン協奏曲ホ短調Op.64》18440916 作曲 18860313 作曲 ヴォルフ《戴冠式にのぞむ王》 18880313 作曲 ヴォルフ《隠棲》 18880313 作曲 ヴォルフ《祈り》 18970313 初演 シュトラウス 2《喜歌劇「理性の女神」》 ──────────────────────────────── 17780314-0612 作曲 モーツァルト《ヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調》 18240314 初演 シューベルト《弦楽四重奏曲第13番イ短調Op.29「ロザムンデ」》 18470314 初演 ヴェルディ《歌劇「マクベス」》 18520314 初演 シューマン《劇音楽「マンフレッド」Op.115》 18850314 初演 サリヴァン《歌劇「ミカド」》 18880314 作曲 ヴォルフ《Lied eines Verliebten》 19440314 作曲 バルトーク63《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ》メニューイン28 19441126 初演 ──────────────────────────────── 17700315 作曲 モーツァルト《弦楽四重奏曲第1番ト長調》 18500315 初演 グリンカ《幻想曲「カマリンスカヤ」》 18650315 初演 リスト《死の舞踏S.126,R.457》 18870315 作曲 ヴォルフ《ジプシーの娘》 ──────────────────────────────── 18870316 初演 サン=サーンス《歌劇「プロセルピーヌ」》 18910316 初演 マスネ《歌劇「東方の三賢人」》 18940316 初演 マスネ52《歌劇「タイース」》パリ・オペラ 19320316 初演 レスピーギ《歌劇「エジプトのマリア」》 ──────────────────────────────── 17840317 初演 モーツァルト《ピアノ協奏曲第15番変ロ長調》17840315 作曲 18300317 初演 ショパン《ピアノ協奏曲第2番ヘ短調Op.21》 18330317 初演 ドニゼッティ《歌劇「パリジーナ(パリジーナ・デステ)」》 18460317 初演 ヴェルディ《歌劇「アッティラ」》 18670317 初演 ブラームス《ワルツ集》 18880317 作曲 ヴォルフ《打ち明け話》 19000317 初演 ドビュッシー《ビリティスの3つの歌》 19450317 初演 ミャスコフスキー《チェロ協奏曲》 ──────────────────────────────── 17870318 作曲 モーツァルト《アリア「アルカンドロよ、私はそれを打ち明ける。どこから来るのか私は知らない」》 18830318 作曲 ヴォルフ《愛のたより》 18970318 作曲 ヴォルフ《しばしば私は考える》 19020318 初演 グラズノフ35《吟遊詩人の歌》 ──────────────────────────────── 17880319 作曲 モーツァルト《アダージョ ロ短調》 18590319 初演 グノー《歌劇「ファウスト」》 18640319 初演 グノー《歌劇「ミレイユ」》 18920319 初演 チャイコフスキー52指揮《組曲「くるみ割り人形」Op.71a》 19100319 初演 バルトーク29《弦楽四重奏曲第1番》ケルペーイ四重奏団 19150319 初演 カーペンター39《組曲「乳母車の冒険」》ストック43、シカゴ交響楽団 ──────────────────────────────── 18870320 初演 ダンディ36《フランス山人の歌による交響曲》ペーヌ29、ラムルー53 18880320 作曲 ヴォルフ《乙女の初めての恋の歌》 18970320 作曲 ヴォルフ《この世に生を享けたものはすべて滅びる》 19270320 初演 ベルク42《室内協奏曲》シェルヘン36 192307.. 作曲 ──────────────────────────────── 18260321 初演 ベートーヴェン《弦楽四重奏曲第13番》 18600321 初演 ブラームス《バラード ニ長調Op.10-2》 18600321 初演 ブラームス《バラード ロ短調Op.10-3 》 18660321 初演 スッペ《喜歌劇「軽騎兵」序曲》 18880321 作曲 ヴォルフ《散歩》 18900321 初演 サン=サーンス《歌劇「アスカニオ」》 19040321 初演 シュトラウス,R.《家庭交響曲Op.53》19031231 作曲 19250321 初演 ラヴェル《歌劇「子供と魔法」←「子供と呪文」》 19290321 初演 ヴォーン=ウィリアムズ《歌劇「恋するサー・ジョン》 19350321 初演 ミヨー《春の小協奏曲「春のコンチェルティーノ」Op.135》 19380321 初演 シューベルト《交響曲第9番ハ長調D.944「ザ・グレイト」》 ──────────────────────────────── 17830322 初演 モーツァルト《グルックの「メッカの巡礼」の「愚かな民が思うには」による10の変奏曲ト長調》17840825 作曲 17830322 初演 モーツァルト《ピアノ協奏曲第13番ハ長調》 17830322 初演 モーツァルト《交響曲第35番ニ長調「ハフナー」》1782073. 作曲 17840322 作曲 モーツァルト《ピアノ協奏曲第16番ニ長調》 18820322 初演 ドニゼッティ《歌劇「アルバ公爵」》 18880322 作曲 ヴォルフ《Begegnung》 18880322 作曲 ヴォルフ《老女の忠告》 18970322-0328 作曲 ヴォルフ《私の魂は、私を創った神の憧れの光を感じる》 ──────────────────────────────── 17780323-033. 作曲 モーツァルト《協奏交響曲変ホ長調》 17870323 作曲 モーツァルト《アリア「おお、娘よ、お前と別れる今」》 17920323 初演 ハイドン《交響曲第 94番ト長調「驚愕》 18280323 初演 ベートーヴェン《弦楽四重奏曲第16番》 ──────────────────────────────── 17780324-0610 作曲 モーツァルト《バレエ「レ・プティ・リアン」》17780611 初演 17860324 作曲 モーツァルト《ピアノ協奏曲第24番ハ短調》1786032. 初演 18240324 初演 ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス ニ長調》 18680324 初演 ブラームス35《ピアノ五重奏曲ヘ短調Op.34》 18880324 作曲 ヴォルフ《捨てられた娘》 ──────────────────────────────── 17240325 初演 バッハ《カンタータ第182番「天の王よ、よくぞ来ませり》 17250325 初演 バッハ《カンタータ第1番「輝く暁の星のいと美わしきかな》 18770325-0412 作曲 ヴォルフ《セレナード》 18960325 作曲 ヴォルフ《私は乾いたパンを食べることはないでしょう》 19040325 初演 ドヴォルザーク《歌劇「アルミーダ」》 19460325 初演 ストラヴィンスキー64《エボニー協奏曲》ハーマン楽団 19950325 初演 加古 隆《パリは燃えているか》NHK“映像の世紀” ──────────────────────────────── 17850326 作曲 モーツァルト《歌曲「結社員の道」》 18270326 初演 ロッシーニ《歌劇「モーゼとファラオ、または紅海への道」》 18280326 初演 シューベルト《弦楽四重奏曲第15番ト長調Op.161》18260620-0630 作曲 18940326 作曲 ドヴォルザーク《歌曲集「聖書の歌」Op.99》 18960326 作曲 ヴォルフ《あたしの恋人があたしを食事によんでくれたの》 19220326 初演 オネゲル《歌劇「聖女スザンナ」》 19450326 初演 メシアン37《おさな児イエズスへの二十のまなざし》ロリオ19440323-0908 作曲 ──────────────────────────────── 17450327 初演 ヘンデル《オラトリオ「ベルシャザール」》 17870327 作曲 モーツァルト《アリア「お前と別れる今、ああ娘よ」》 18190327 初演 ロッシーニ《歌劇「エルミオーネ」》 18740327 初演 スメタナ《歌劇「2人のやもめ」》 18880327 作曲 ヴォルフ《Storchenbotschaft》 19140327 初演 ヴォーン=ウィリアムズ42《交響曲第2番“ロンドン”》トーイ 19170327 初演 プッチーニ《歌劇「つばめ」》 ──────────────────────────────── 18010328 初演 ベートーヴェン《バレエ「プロメテウスの創造物」》 18590328 初演 ブラームス《セレナード第1番ニ長調》 18710328 初演 チャイコフスキー31《弦楽四重奏曲第1番ニ長調Op.11 “アンダンテ・カンタービレ”》 18900328 作曲 ヴォルフ《愛をあてにしちゃいけないわ》 18960328 作曲 ヴォルフ《私に話してくれたことには》 18960328 初演 ジョルダーノ《歌劇「アンドレア・シェニエ」》 19080328 初演 ラヴェル32《スペイン狂詩曲》コロンヌ管弦楽団 ──────────────────────────────── 17950329 初演 ベートーヴェン《ピアノ協奏曲第2番変ロ長調》 18060329 初演 ベートーヴェン《「レオノーレ」序曲第3番》 18360329 初演 ワグナー《歌劇「恋愛禁制、またはパレルモの修道女」》 18790329 初演 チャイコフスキー39《歌劇「エフゲニー・オネーギン」Op.24》 18880329 作曲 ヴォルフ《問いと答え》 18900329 作曲 ヴォルフ《泣くんじゃないの、お目々さん》 18900329 作曲 ヴォルフ《苦しい喜びと、喜びの苦しみ》 18960329 作曲 ヴォルフ《ぼくはもう床の中で疲れた手足を伸ばしていた》 19490329 作曲 マルタン《7つの管楽器とティンパニ、打楽器と弦楽合奏の協奏曲》19490602,0809 作曲 ──────────────────────────────── 17840330 作曲 モーツァルト《ピアノと管楽のための五重奏曲変ホ長調》 18900330 作曲 ヴォルフ《ああ、それは5月のことだった》 18960330 作曲 ヴォルフ《あんたは言うのね、私が女王様じゃないって》 18960330-0331 作曲 ヴォルフ《勝手にさせておくさ》 19410330 初演 ブリテン《シンフォニア・ダ・レクィエム》バルビローリ ──────────────────────────────── 17450331 初演 ラモー《オペラ「プラテー」》 17940331 初演 ハイドン《交響曲第100番ト長調「軍隊」》 18830331 初演 フランク64《交響詩「呪われた狩人」》ディエメ43 18880331 作曲 ヴォルフ《Lebewohl》 18900331 作曲 ヴォルフ《恋人は誓うと言ったけれど》 19010331 初演 ドヴォルザーク《歌劇「ルサルカ」Op.114》
| 2004年02月29日(日) |
ハーメルン 〜 はてしない物語 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040229 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040229 Ex libris Awa Library;写生する少年 by Awa, Masatoshi ── 《素描・第一号 19520401 さヾなみ同人会》 ハーメルンが街かどに立ってから、数時間のちに一日が暮れた。 翌日、ハーメルンが街かどに立つと、ひとりの子供が通りかかった。 ハーメルンは、バイオリンを取りだして弾きはじめた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ 子供は、はじめて聞くふしぎな音色に、しばらく耳をかたむけていた が、翌日おなじころに、もうひとりの子供を連れてきた。 そこでハーメルンは、昨日とおなじようにバイオリンを弾きはじめた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ つぎの日、またつぎの日には、数人の子供たちが集まってきた。 一週間がすぎると、ハーメルンはバイオリンの代りにスケッチブック を取りだして、何やら描きはじめた。 子供たちは、何が描かれるのかと、みんながスケッチブックをのぞき こんだ。 ハーメルンは最初の一枚に「くも」を描いた。 子供たちが「くもだ!」と叫ぶと、つぎの一枚に「りんご」を描いた。 子供たちが「リンゴだ」と叫ぶと、つぎの一枚に「くじら」を描いた。 子供たちは、こんどは顔を見合わせた。彼らは鯨を見たことがない。 そこで、ハーメルンは最後に「?」と書いて、どこかへ立ち去った。 ハーメルンが街かどにあらわれてから数週間後、ひとりの男の子が、 ポケットから「石ころ」を取りだして、ハーメルンにさしだした。 ハーメルンは「石ころ」を自分のポケットにしまうと、バイオリンを 取りあげ、男の子に向かって一曲弾いた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ 翌日、ひとりの女の子が、ひとひらの花をもってきた。ハーメルンは、 だまって胸のポケットに刺したまま、スケッチブックを取りだし、その 花を描きはじめた。女の子は花と絵を交互にのぞきこんだ。 ハーメルンは、花の絵を描きおわると、そのページを破いて、女の子 に手わたした。女の子は、歌いながら帰っていった。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ つぎの日、またつぎの日から、十数人の子供たちが順番にプレゼント を持ってきた。パンを持ってきた子には、半分切りとって残りを返した。 親の金を盗んできた子供もいたが、コイン以外は受けとらなかった。 ハーメルンが街かどに立ってから数ヵ月目のある日、ひとりの少年が 倒れているハーメルンを発見して、大人たちに知らせた。 ハーメルンは、皆の見ている前で、バイオリンを少年に渡してから、 目を閉じた。そして死んだ。青年たちが老人を葬った。 バイオリンを贈られた少年は、ひとりでバイオリンを弾いてみた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ バイオリンを弾く少年は、青年になり、大人になり、やがては老人に なると、街を出ていった。 ひとりの老人が、見知らぬ土地の街かどに立っていた。 老人は、そばを通りかかった子供に、バイオリンを弾いてみせた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ 子供は、はじめて聞くふしぎな音色に、しばらく耳をかたむけていた が、翌日おなじころに、もうひとりの子供を連れてきた。 そこで老人は、昨日とおなじようにバイオリンを弾きはじめた。 ♪〜♪♪〜♪♪♪ つぎの日、またつぎの日には、十数人の子供たちが集まってきた。 誰かが「お前は誰だ」と聞くと、老人は「ハーメルンだ」と答えた。 「どこから来たのか」」と聞くと「ハーメルンから来た」と答えた。 「これからどこへ行くのか」と聞くと「ハーメルンへ」と答えた。 「ハーメルンは、どこにあるのか」と聞くと「わからない」と答えた。 (20040229 初稿 0320 改稿) この創作童話“無限伝説”は、与太郎の処女童話である。 ハーメルンは地名(ドイツの小都市)、人名をハーメルと呼ぶ。 HAMELN → http://www.visit-germany.jp/default.asp?ID=320 長岡京室内アンサンブルのヴァイオリン奏者・森 悠子のステージに 啓示を受けて、一気に書きあげた。ヴァイオリンを弾く青年の姿には、 本宮先生のイメージがあり、路上の老人は俳優・天本英世に重なる。 絵を描く姿は、金谷先生兄弟と与太郎自身がオーバーラップしている。 (リンゴは、少年期以来のセザンヌのゾラへの友情をもとにしている) 下記の諸作品を合成している。
Petros《クオ・ヴァディス Domine Quo Vadis ?(主よ、何処へ)0064-0067》 Grim,Jacob Ludwig Carl & Grim,Wilhelm Carl《ドイツ伝説集》 12840626 ── 阿部 謹也《ハーメルンの笛吹き男 19881201 ちくま文庫》 Melville,Herman《白鯨 Moby Dick,or The White Whale 185110.. London》 Dehmel,Richard/森 鴎外・訳《海の鐘 19150905 阿蘭陀書房》 Stern,Isaac 独奏《屋根の上のヴァイオリン弾き 1971 America》映画 他に、ゲームソフト《ハーメルンのヴァイオリン弾き》もあるらしい。 ──────────────────────────────── 天本 英世 俳優 19260102 佐賀 北九州 20030323 77 /異説(籍)19261220 福岡 ?
東京大学法学部(中退)。映画では岡本喜八監督「暗黒街の対決」の殺 し屋役をはじめ、ほとんどの岡本作品に出演。細身の長身で、あくの強 い役柄を演じた。「ファンタスティックス」「天守物語」などの舞台や、 人気テレビ番組「仮面ライダー」の死神博士役で知られた。「平成教育 委員会」などバラエティー番組でも活躍。スペイン通で、長年詩人ロル カの詩を舞台で朗読した。著書に「スペイン巡礼」など。 ── 《長岡京室内アンサンブル 20040227(金)19:00 倉敷市芸文館》 http://www.musicinfo.com/kuracon/concert/040227krgb/040227krsh.html ── 初老の男がみすぼらしい身なりで堀の縁に立って森に向かって一 心にバイオリンを弾いていた。堀の横にはリヤカーが置いてあってこれ が彼の住居であった。── 西村 眞悟《僕の生い立ち 10 疾風怒濤前夜》 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20080109 クロイチェルの残響 〜 東儀家と西村家の人々 〜 ── 少年時代の与太郎は、道端で絵を描く人を見つけると、その背後 から何時間も眺めつづけた。たいがいの大人は振りかえって、こうたず ねる。「きみは、絵が好きかい?」 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20060606 絵空事 〜 ダゲール以後の画家たち 〜 (20040320-20111010)
| 2004年02月28日(土) |
自作自演 〜 デーやんの処女稿 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040228 折も折、数日前から未整理の資料を点検して、いまいちど捨てがたい ものを抜きだす。ほとんど《月刊・アルペジオ 196904.. 〜 197003.. 》 関連で、すでに使命を了えた生原稿の一部があらわれたのである。 出谷 啓《自作自演のレコード》他(稿了年月日*印は遺失) 19690308*ブラームスがお好き(編集帖に寸稿) 19690308*雨の中のサラサーテ 19690510 リヒャルト・シュトラウスかく語りき 19690616 ラフマニノフの遺産 19690717*弦楽四重奏あれこれ(巌本真理弦楽四重奏団特集号) 19690812*クライスラーの偽証 19690915*死せるラヴェルのためのオマージュ 19691117*バルトークの宇宙 19691217*火の男・ストラヴィンスキー 19700303 プロコフィエフ/ガーシュウィン/ショスタコーヴィッチ 19700303 ジャズを読む(別稿) 最終号の別稿《ジャズを読む》は、与太郎がデーやんに依頼した最後 の原稿にあたる。そこで与太郎は日記に、つぎのようにメモした。 「デーやん宛に、ことしの誕生プレゼント(20040604)として返却?」 35年前の自筆原稿を受けとったデーやんは、昔の口癖で「ギャッ」 とのけぞるのではないか。 デーやんの文章を読むたびに、いまも与太郎の右手は、朱筆を握った ときのように反応する「この表現は生硬すぎる、この文体は不自然だ、 この結論は独善的だ」などなど、人一倍不満がつのってくる。 率直にいえば悪筆悪文である。しかし達筆美文なら、読者がよろこぶ とはかぎらないのだ。 たとえば、太 安万侶《古事記》の序文は達意の名文だが、気宇壮大 にして格調高いのは、文体や文章の技法よりも歴史的権威が背景にある からである。このような筆の運びで連載しても、読者やファンが増える とはかぎらない。 そもそも、デーやんの処女原稿が、はじめて世に出るのは、その前年、 《音楽100年表 19680801 十字屋楽器店》においてである。 すでにして彼は「今世紀最大の音楽評論家になる」と吹いていたが、 よくよく聞くと、中学時代に「評論家になると、レコードがタダになる」 ことを知って、それ以後の願望らしい。 そこで与太郎は、彼を励まして、こう教えた。 「いまから君は“センセイ”と呼ばれたとき以外は、返事するな」 しかるのち《音楽100年表》の「ジャズ年表」を依頼したものの、 原稿料は出さず、ときどき酒でも呑ませればよい、と考えていた。 (署名もないが、彼の手になることは、まえがき・あとがきに記した) 当時は、原稿用紙に書かれた文章の形態だけが“玉稿”や“お原稿” であった(これらの業界用語は、いかにも卑屈で不愉快きわまるが)。 いまなら“データ・レコード”と呼ばれる計算表や資料が評価される ようになったはずだが、当時は怪文書まがいだったのだ。 しかるに、これぞデーやんの面目躍如たるところだったが、数ヶ月も たってから(真顔で猛然と)与太郎に抗議したのである。 「ぼくはいずれ今世紀最大の音楽評論家になる。イッパイ呑むなら自前 で飲むよって、原稿料は別に払うてくれんか」 与太郎は「なるほど」と感心した。 いわんとするところは(同世代の青年には)痛いほど伝わってくる。 『たとえ走り書きでも、心血そそいだ原稿を、タダで渡したくはない』 と云いたかったにちがいない。 「わかった、こんど頼むときから“センセイ”と同額を払う」と約束し、 翌年春に創刊する《月刊・アルペジオ》の連載を依頼した。 このごろ“自作自演”といえば、なにやらキナくさいイメージだが、 本来の趣旨はまっとうで、作曲家自身が自作を演奏することである。 とくに与太郎は、前年に“初演年表”というオリジナル企画を開発し ていたので、デーやんのデビューにふさわしい斬新なタイトルだったと、 いまも自負している。素人編集者と新米筆者による処女連載の、最初の 副題は《ブラームスがお好き》で始まった。 もちろん、Sagan,Francoise《Aimez-vous Brahms ? 1959 》にかけて いるが、デーやん自身は(この種のダジャレに)乗り気ではなかった。 処女稿《ブラームスがお好き》を手にしたデーやんと与太郎は、近く の喫茶室リプトンの片隅に向きあった。 当時の与太郎は、花森安治《暮しの手帖》を信奉するあまり、編集者 が(後輩記者の原稿を)朱筆で真赤にするエピソードを思いだしながら、 一言一句について検証しはじめた。 「ここは、こう云いかえたほうが、ええんとちがうか?」 「そやな、そうしょう」 「ここも分りやすく、ひらかなで送ったほうが、ええんとちがうか?」 「そやな、そのほうがええな」 「ここは、思いきって削ったほうが、ええんとちがうか?」 「そやな、そうしょう」 「そのかわり、ここを詳しく説明したほうが、ええんとちがうか?」 「そやな、そのほうが分りやすいな」 いまだかつて、かくも恭順なデーやんの姿を見た者はいないはずだ。 のちに与太郎は、女房だけに打ちあけている。 「あの頑迷なデーやんが、あれほど真剣におれの意見を聞くとは、予想 せなんだ。もし彼が、一人前の評論家になれなかったら、おれ一人でも 読者になろう」 デーやんの処女稿が、与太郎の手もとに残っていないのは残念だが、 このたび発見された“古文書”は、印刷結果と寸分たがわない。 印刷のための写植指定や、無関係なメモまで書きこまれてはいるが、 編集者によって削除・加筆された部分は皆無である。 生原稿が残っていれば、どの部分がどのように削除・加筆されたかが 明らかとなる。しかし生原稿がなければ、印刷された結果だけが、彼の 作品たりうるのだ。 かくて与太郎は、デーやんのファン・ゼロ号となったのである。 (やしき・たかじんもまた、しかりである)。 (20040302 last updated) http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19690320 読み返した本 〜 デーやんの寸稿 〜 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19660209 いつの日か 〜 ソフィの死 〜 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030129 訃報 〜 南 喜久雄の逡巡と十年 〜 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19960606 くたばれ!たかじん (つづく)
| 2004年02月27日(金) |
白暦曜日表 〜 20040229 Sunday 〜 |
┌─────────┐ │ │ adlib/20040229 │ │ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040229 │ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 │ https://tx696ditjpdl.blog.fc2.com/?q=00000000 │ │ https://note.com/adlib20210301/all │ https://booklog.jp/users/awalibrary/ │ https://q.hatena.ne.jp/adlib/ │ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19011215 │ https://twilog.org/awalibrary │ https://twitter.com/awalibrary │ https://www.facebook.com/masatoshi.awa │ │ https://jp.quora.com/profile/%E9%98%BF%E6%B3%A2-%E9%9B%85%E6%95%8F │ └─────────┘
白暦曜日表 〜 20040229 Sunday 〜 20040101(Thu) 0102(Fri) 0103(Sat) 0104(Sun) 0105(Mon) 0106(Tue) 0107(Wed) 0108(Thu) 0109(Fri) 0110(Sat) 0111(Sun) 0112(Mon) 0113(Tue) 0114(Wed) 0115(Thu) 0116(Fri) 0117(Sat) 0118(Sun) 0119(Mon) 0120(Tue) 0121(Wed) 0122(Thu) 0123(Fri) 0124(Sat) 0125(Sun) 0126(Mon) 0127(Tue) 0128(Wed) 0129(Thu) 0130(Fri) 0131(Sat) 20040201(Sun) 0202(Mon) 0203(Tue) 0204(Wed) 0205(Thu) 0206(Fri) 0207(Sat) 0208(Sun) 0209(Mon) 0210(Tue) 0211(Wed) 0212(Thu) 0213(Fri) 0214(Sat) 0215(Sun) 0216(Mon) 0217(Tue) 0218(Wed) 0219(Thu) 0220(Fri) 0221(Sat) 0222(Sun) 0223(Mon) 0224(Tue) 0225(Wed) 0226(Thu) 0227(Fri) 0228(Sat) 0229(Sun) 20040301(Mon) 0302(Tue) 0303(Wed) 0304(Thu) 0305(Fri) 0306(Sat) 0307(Sun) 0308(Mon) 0309(Tue) 0310(Wed) 0311(Thu) 0312(Fri) 0313(Sat) 0314(Sun) 0315(Mon) 0316(Tue) 0317(Wed) 0318(Thu) 0319(Fri) 0320(Sat) 0321(Sun) 0322(Mon) 0323(Tue) 0324(Wed) 0325(Thu) 0326(Fri) 0327(Sat) 0328(Sun) 0329(Mon) 0330(Tue) 0331(Wed) 20040401(Thu) 0402(Fri) 0403(Sat) 0404(Sun) 0405(Mon) 0406(Tue) 0407(Wed) 0408(Thu) 0409(Fri) 0410(Sat) 0411(Sun) 0412(Mon) 0413(Tue) 0414(Wed) 0415(Thu) 0416(Fri) 0417(Sat) 0418(Sun) 0419(Mon) 0420(Tue) 0421(Wed) 0422(Thu) 0423(Fri) 0424(Sat) 0425(Sun) 0426(Mon) 0427(Tue) 0428(Wed) 0429(Thu) 0430(Fri) 20040501(Sat) 0502(Sun) 0503(Mon) 0504(Tue) 0505(Wed) 0506(Thu) 0507(Fri) 0508(Sat) 0509(Sun) 0510(Mon) 0511(Tue) 0512(Wed) 0513(Thu) 0514(Fri) 0515(Sat) 0516(Sun) 0517(Mon) 0518(Tue) 0519(Wed) 0520(Thu) 0521(Fri) 0522(Sat) 0523(Sun) 0524(Mon) 0525(Tue) 0526(Wed) 0527(Thu) 0528(Fri) 0529(Sat) 0530(Sun) 0531(Mon) 20040601(Tue) 0602(Wed) 0603(Thu) 0604(Fri) 0605(Sat) 0606(Sun) 0607(Mon) 0608(Tue) 0609(Wed) 0610(Thu) 0611(Fri) 0612(Sat) 0613(Sun) 0614(Mon) 0615(Tue) 0616(Wed) 0617(Thu) 0618(Fri) 0619(Sat) 0620(Sun) 0621(Mon) 0622(Tue) 0623(Wed) 0624(Thu) 0625(Fri) 0626(Sat) 0627(Sun) 0628(Mon) 0629(Tue) 0630(Wed) 20040701(Thu) 0702(Fri) 0703(Sat) 0704(Sun) 0705(Mon) 0706(Tue) 0707(Wed) 0708(Thu) 0709(Fri) 0710(Sat) 0711(Sun) 0712(Mon) 0713(Tue) 0714(Wed) 0715(Thu) 0716(Fri) 0717(Sat) 0718(Sun) 0719(Mon) 0720(Tue) 0721(Wed) 0722(Thu) 0723(Fri) 0724(Sat) 0725(Sun) 0726(Mon) 0727(Tue) 0728(Wed) 0729(Thu) 0730(Fri) 0731(Sat) 20040801(Sun) 0802(Mon) 0803(Tue) 0804(Wed) 0805(Thu) 0806(Fri) 0807(Sat) 0808(Sun) 0809(Mon) 0810(Tue) 0811(Wed) 0812(Thu) 0813(Fri) 0814(Sat) 0815(Sun) 0816(Mon) 0817(Tue) 0818(Wed) 0819(Thu) 0820(Fri) 0821(Sat) 0822(Sun) 0823(Mon) 0824(Tue) 0825(Wed) 0826(Thu) 0827(Fri) 0828(Sat) 0829(Sun) 0830(Mon) 0831(Tue) 20040901(Wed) 0902(Thu) 0903(Fri) 0904(Sat) 0905(Sun) 0906(Mon) 0907(Tue) 0908(Wed) 0909(Thu) 0910(Fri) 0911(Sat) 0912(Sun) 0913(Mon) 0914(Tue) 0915(Wed) 0916(Thu) 0917(Fri) 0918(Sat) 0919(Sun) 0920(Mon) 0921(Tue) 0922(Wed) 0923(Thu) 0924(Fri) 0925(Sat) 0926(Sun) 0927(Mon) 0928(Tue) 0929(Wed) 0930(Thu) 20041001(Fri) 1002(Sat) 1003(Sun) 1004(Mon) 1005(Tue) 1006(Wed) 1007(Thu) 1008(Fri) 1009(Sat) 1010(Sun) 1011(Mon) 1012(Tue) 1013(Wed) 1014(Thu) 1015(Fri) 1016(Sat) 1017(Sun) 1018(Mon) 1019(Tue) 1020(Wed) 1021(Thu) 1022(Fri) 1023(Sat) 1024(Sun) 1025(Mon) 1026(Tue) 1027(Wed) 1028(Thu) 1029(Fri) 1030(Sat) 1031(Sun) 20041101(Mon) 1102(Tue) 1103(Wed) 1104(Thu) 1105(Fri) 1106(Sat) 1107(Sun) 1108(Mon) 1109(Tue) 1110(Wed) 1111(Thu) 1112(Fri) 1113(Sat) 1114(Sun) 1115(Mon) 1116(Tue) 1117(Wed) 1118(Thu) 1119(Fri) 1120(Sat) 1121(Sun) 1122(Mon) 1123(Tue) 1124(Wed) 1125(Thu) 1126(Fri) 1127(Sat) 1128(Sun) 1129(Mon) 1130(Tue) 20041201(Wed) 1202(Thu) 1203(Fri) 1204(Sat) 1205(Sun) 1206(Mon) 1207(Tue) 1208(Wed) 1209(Thu) 1210(Fri) 1211(Sat) 1212(Sun) 1213(Mon) 1214(Tue) 1215(Wed) 1216(Thu) 1217(Fri) 1218(Sat) 1219(Sun) 1220(Mon) 1221(Tue) 1222(Wed) 1223(Thu) 1224(Fri) 1225(Sat) 1226(Sun) 1227(Mon) 1228(Tue) 1229(Wed) 1230(Thu) 1231(Fri) https://tx696ditjpdl.blog.fc2.com/?q=%E6%9A%A6 〔White Calendar〕 2020-2027 ↑ 暦 ↓ 曜日周期 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%CD%CB%C6%FC%BC%FE%B4%FC%C9%BD ┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐ ↓=Non-display><↑=Non-display └┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘ YMDay(20240620)last up dated.
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040226 プロローグ この物語は、わずか三日間の出来事だが、例によって30数年の話と 交叉するために、叙述の手腕を試されるような気がする。 《チボー家の人々》や《ユリシーズ》のように、何年もかけて大作に 仕上げることも夢みたいが、いますぐ登場人物や関係者が読んでくれる ことにもWeb日記の面目があるので、いそいで(数日のうちに)書き とばすことにする。 (誤植や勘違いを恐れないことを、あらかじめ断わっておく) 距離的にも時間的にも、はるかなる知人が《与太郎文庫》を知って、 ようやく発信したメールを、与太郎は一週間も見逃していたのである。 彼が到着する前日に発見したため、めでたく30数年ぶりに再会する ことができたが、あと三日遅れていたら、与太郎は「不実な人」として 彼の記憶に再入力されたかもしれないのだ。 はてなQ&A このたびの大切なメールを、一週間も見逃したことを反省して、つぎ のような質問を公開したところ、たちまち十数通の回答が寄せられた。 なかには質問をとりちがえた例もあるが、メール・ユーザーにとって、 かならずしも絶対確実な方法があるわけではないことが判明した。 (それぞれの回答は、ここでは略す。20040226 14:07-0228 ) >> 数十年ぶりの友人から来たメールを、あやうく見逃すところでした。 大量の配信メールの中から、見なれない差出人だけを発見する方法は ありませんか。「着信拒否」より「受信諾否」のようなチェック機能で、 複数の受信トレイに振分できれば、と思うのですが。 http://www.hatena.ne.jp/1077772020 << 遠来のメール Mail'20040218 (水) 20:24 from Mr.Monji,Takeshi 与太郎さん宛てにメールが届きました。 件名:阿波さん 覚えてますか >> 前略 阿波 雅敏 さん、お元気ですか? 久しぶりに先日 梅田で 出谷 啓 氏と一杯飲みながら(略)ホーム・ ページを教えてもらい、早速メールを。 小生も 4年前にジュージヤを定年退職し その後ご縁があり、今は 「長岡京室内アンサンブル」というクラシック弦楽合奏団のマネージャ ーを務めて、早や4年。 今月の27日(金)午後7時から倉敷芸文館にて「くらしきコンサート 第69回」に出演いたします。(略)都合が付く様なら 連絡ください。 Mail'20040225 05:08 to Mr.Monji,Takeshi メール拝見 ミスター・大文字くんへ! たったいま、メールを発見したので、いそいで返信を。 ぜひ会いたいですね。 当日の演奏は(君が弾くわけではないのだから)聴かなくともよいが、 ゆっくり話したいので、(前日か当日の夕食を)ご馳走しましょう。 (ぼくは十数年前に断酒しましたが、お相手できます) きみの都合を優先したいので、もういちどメールをください。 小文字くんは元気ですか? チェロの白石 将 氏も、松永クヮルテットで健在らしいですね。 与太郎こと 阿波 雅敏 Mail'20040226 (木) 00:13 from Mr.Monji,Takeshi Re: メール拝見 電話ありがとうございます。お元気のご様子何よりです。 (略)お会いできるのを 楽しみにしています。では又。 文字 武 << 彼の苗字がめずらしいだけでなく、クラリネット奏者の弟が存在する ので、同僚や友人たちは兄弟を区別するため“大文字・小文字”と呼び ならわしていた。 夏の京都に「大文字焼き」という行事があり dai-Moji とも発音する が、彼らの英文名刺や、このたびのメールでは dai-Monji & ko-Monji と読むのが正しいらしい。 「覚えてますか?」という相手に「覚えているとも!」というかわりに 「大文字くん、小文字くん」と答えたのは、はじめに兄弟いずれだった か戸惑って、古い名刺台帳で確認したためである。 (弟の清君についても、いずれ書きとめたいエピソードがある) ともあれ、からくも30数年ぶりの再会が実現することになった。 まずは一席設けなければならない。前日のうちに予約をすませたが、 このことついては、いささか不本意な不手際があったので、あらためて 詳述することにする。 (不手際を叱るのが目的ではない。「内田 百�痢�山口 瞳」の項を参照) → http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040203 いまさら凡庸だが、「京の着だおれ、大阪の食いだおれ」というのは、 与太郎にとって重要な命題である。いまでも外出する夢を見るときなど、 洋服ダンスを開くシーンから始まるほどである。 人によっては「身なりに気をつかうのは男らしくない」とか「うわべ を取りつくろうのは不正直だからだ」という非難もあるが「服装ごとき 配慮できないような相手は信頼できない」との反論もある。 つい昨日も「はてな問答」で、与太郎はつぎのような美学論を述べた ばかりである。(2004/02/24 07:58) >> アルコールの禁断症状に苦しむ元刑事の枕元には、頭の天辺から爪先 まで、選りぬきの逸品が収められた、大きな衣裳ケース……その翌日、 さっそうたるファッションで登場する伊達男(イヴ・モンタン)……こ れぞ「ルイ・ヴィトン」の名を(男たちに)知らしめた名場面でした。 映画《仁義 19701212 France》(略) 私の(40年来の)ダンディズムは「一ヶ月の月収で身なりを整える」 ことが基本でした。それ以下ではみすぼらしく、それ以上だと分不相応 に見えるので、経済学であるよりも男の美学にかかわると考えたのです。 → http://www.hatena.ne.jp/1077554197 << 遠来の客を迎えるには、まず身を清め、髪を梳き、お気に入りの服を 選ぶ。新しいシャツと、古くても愛着のあるスーツを、かならず前日に 点検しておく。いささか季節にそぐわない場合には「もはや人生の秋を 過ぎたのだから」と自分に言いきかせる。 いまもって難しいのは、ベスト・コンディションにもっていくための 睡眠確保である。できることは、当日の時間割を作って、用意するもの を書きだし、会ってからの質問と、予想される質問を、なるべく綿密に リスト・アップしておく。さらに、すべて他の雑用をカットする。 いまでこそ、こんなことを云えるのだが、若い頃には、あれもこれも やりのこした雑用が山積していて、何事につけ万全を期すことは不可能 だったのだ。 さいわい、前日はハイ・テンションながら、眠ることはできた。 炭屋の客 いよいよタクシーを呼んで倉敷駅前に向う。 京都からの友人を30年ぶりに迎えて、夕食をともにすることを自慢 したが、おもしろいことには翌日も、おなじ運転手にあたった。30人 ちかい数のなかでの確率らしい。彼は話の内容をよくおぼえていたので、 ふしぎな偶然の符合(昨日からのつづき)を理解できたはずだ。 駅前で降りて、三越うらの理髪店に入ると、モダン・ジャズが流れて いる。マイルス・ディビスの映画《死刑台のエレベーター 19580926 仏》 だったかな。 前に来たときには気づかなかったが、待合席の本棚には数十枚のLP レコードとが関連書籍が並んでいた。 「マスターは、ジャズ・ファンですか?」 「ええ、クラシックも聴きますが」 「楽器をやるんですか」 「いや、オーディオが好きなんです」 「なるほど。ぼくはオーディオもジャズも不案内だが、クラシックには うるさいんだ。なにしろ、これから会うのも30年ぶりの友人で、京都 の室内オーケストラを連れてくるマネージャーでね」 数年前「悪友再会」の朝も、この店に立ち寄ったのを思いだし、今日 は京都時代の友人を30年ぶりに迎えることを自慢する。 「わたしも、若いころ京都へ行ったことがあります」「あぁ、そう」 「炭屋旅館の堀部さんという方の、当時日本一といわれたリスニング・ ルームを、たずねて行ったんです」 「えっ? 堀部さんに会ったんですか」 「ええ。当時《レコード芸術》の記事を読んで、そんな立派な設備なら、 ぜひいちど聴かせてほしいと手紙を出したら、それじゃいらっしゃいと 返事が来たんです」 「おやおや。その記事は、炭屋旅館のリスニング・ルームの工事経過を、 写真入りで紹介してたでしょ。その撮影者は、わたしの名前が印刷され ていたはずだ」 「へえ、そうだったんですか」 「出谷 啓 という音楽評論家は、知ってますか」 「会ったことはありませんが、読んだことはあります」 「当時、評論家になりかけのデーやんが、指一本シャッターに触れない のに、なんでアンタの名前が載っとるんや云うたが、実際のカメラマン は上野 比紗緒氏で、ぼくは撮影ディレクターという役割だったからね」 ここで理髪師と客は、おたがいの偶然について情報交換をする。 完成後に投宿した村田 正雄氏の部屋に、若き日のデーやんと与太郎 が招かれ、主人の堀部 公允氏の前で酒盃を受けたのである。 「聴かせてあげる、というから汽車に乗って出かけたんです」 「それで、泊めてくれたんですか?」 「えぇ、まぁ」 なんと、メシまで食ったにちがいない、たいした度胸だ。 「おどろいたなぁ、そもそも炭屋は、イチゲンを泊めないのに」 炭屋、柊屋、俵屋を京都の「三大老舗旅館」と称するが、料金はとも かくとして、敷居が高いので有名である。いまでこそ円高のおかげで味 をしめた日本人の旅行客が、札束をふところに世界中を旅行しているが、 30年前は、ナイフとフォーク、ましてや会席膳の作法におびえていた はずである。 あらためて与太郎は、たずねてみる。 「マスターも、この店の二代目ですか」 「いいや、初代ですよ」 「つまり30数年前のマスターは20代そこそこで、云っちゃぁ何だが、 見ず知らずの青年に、どうぞいらっしゃいと云った堀部さんも、さすが お大尽だな」 「裏千家の幹部で、京都きっての文化人ですからね」 「その雑誌《レコード芸術》を、ぼくは失くしちゃったけどね」 「わたしは、いまでも大切に持っています。よかったらカラー・コピー して送ってあげますよ」 「そりゃありがたい。せめて掲載年月日だけでも知りたかったのでね」 (つづく)
| 2004年02月20日(金) |
18470220 椿姫の臨終 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040220 >> 二月二十日、午後五時。もう何もかもおしまいです。 マルグリット様は昨夜二時ごろから臨終のお苦しみが始まりました。 いかにも苦しそうなお声を聞いていますと、どんな殉教者だってこれほ どまでにお苦しみにはならなかったろうと思われるくらいでございまし た。二、三度寝台の上に起き上がって、神様のみもとへ昇って行く御自 分の生命を取り戻そうとするような様子をなさいました。 それからまた二、三度あなた様のお名前をお呼びになりましたが、や がては何もおっしゃらなくなり、寝台の上にがっくりたおれておしまい になりました。目から静かに涙が流れました。こうしてマルグリット様 はお亡くなりになったのでございます。 そこでわたくしはおそばへ近づいてお呼びしてみましたが、もうお返 事はございませんでした。わたくしはお目を眠らせてから、額に接吻い たしました。 おかわいそうないとしいマルグリット様、わたくしはどんなに聖女の 身になりたかったことでございましょう。さすれば、この接吻があなた を神様のみもとへお送りいたすこともできますものを。 それから、かねてあの方に頼まれておりましたとおりお召物をお着せ して聖ロック寺院へお坊様をお迎えにまいりました。そしてお蝋燭を二 本上げ、一時間ばかりお寺でお祈りをいたしました。 残ったお金は貧しい人々に施しました。(ジュリー・デュプラの記) ── アレキサンドル・デュマ・フィス/吉村 正一郎・訳《椿姫 1934 岩波文庫》 << http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=1903758 No.1903758 質問:椿姫 ラ・トラヴィアータについて 質問者:lolicat このカテゴリでは初めまして!質問させてください。 先日、小説の「椿姫」を読みました。椿姫は、ラ・トラヴィアータと いうタイトルでオペラになっていると思うのですが、そのオペラについ てご存知の方いらっっしゃいましたらお知恵を貸してくださいませ。 ●原作とオペラには、どういった違いがありますか? (オペラ特有の演出など) ●また、小説をオペラにするということについて、どういった箇所が難 しいと思われますか? よろしければお教えくださいませ。 06-01-18 02:17 困り度1:暇なときに回答ください 回答件数:1件 この質問に対して回答します ◆ 事実を虚構のように描く場合、生没年月日(享年)が混乱します。 ご質問の趣旨から逸れますが(わたしのノートを)ご参考までに。 (テキスト・エデイタにコピー&ペーストしてご覧ください)
♀デュプレシス ペルゴー伯爵夫人 文政 6.1215 〜 弘化 3.1207 ♀デュプレシ(ス) “椿姫”実在の娼婦 18240115 France 18470123 23(誤=1848) ♀ローズ・アルフォンシーヌ・プレシ 18240115 France 18470203 23(本名) Du-plessis,Marie Alphonsine 18460202(外出)18470203 23(病没) ──────────────────────────────── Gauthier,Margarita / Gautier,Marguerite / Gauthier,Marguerite ♀ゴーチェ “椿姫”架空の娼婦 1821‥‥ Paris 18470220 25 ♀ゴーチェ “椿姫”架空の娼婦 1823‥‥ Paris 18470220 23〜小説《椿姫》 ──────────────────────────────── デュマ “Dumas Pere”の私生児 18240727 Paris 18951127 71 Dumas,Alexandre files 作家 18240728 France 18951127 71《椿姫 1848》 ──────────────────────────────── ヴェルディ 作曲 18131009 Italy 19010127 87〜歌劇《椿姫》 Verdi,Giuseppe Foutunio Grancesco 18131010 Italy 文化10.0917 ──────────────────────────────── Verdi,G. 《歌劇 La traviata 椿姫 18530306 Venice 18520202 Paris 初演》 ゼフィレッリ 《映画 Traviata 椿姫 1982‥‥ 制作 1985‥‥ Itary》 ──────────────────────────────── Zeffirelli,Franco 映画監督 19230202 Italy /異説19230212〜
(↓)国本 静三《salone di musicadal 6 novembre 1997》 http://homepage2.nifty.com/pietro/storia/verdi_traviata.html
| 2004年02月18日(水) |
19300218-0219 梅之助の出生届 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040218 生きているうちに、ぜひ会って話を聞きたい役者の一人。 いままで舞台を見る機会がなかったが、テレビで観るかぎり、見事な 口跡によって、虚構の世界に観客を引きずりこむのである。その演技は、 古典様式と現代感覚が渾然とオーバーラップしている。
前進座の人々は、もともと共産主義を信奉したところから、いまでも 原則として共同生活をしている。たんに集団で同居するだけではなく、 私有財産をもたないそうである。 たとえば、彼らは他の座員の前ではタバコを吸わない。ふところ具合 に差があってはならないので、わずかな贅沢にも配慮するらしい。 したがって、劇団代表と新入座員の給料が、ほとんど同額であるなど、 いまなお終戦直後のきびしい経済感覚が、一座をたばねているのである。
創立の前年に、創立者の長男として生まれた劇団代表は、俳優である まえに経営者でもあるのだが、もう一つの才能にもめぐまれていた。 テレビ対談となれば、これでもかというくらい面白いエピソードを、 愛嬌たっぷりに聞かせてくれるのである。 以下は、座談の名手が語る出生のいきさつ。絶妙の語り口につられて、 よく分らないうちに終ってしまったので、不完全な記憶のまま再録する。
19300218 実際の出生日。 0219 戸籍上の誕生日。父が出生届に一日おくれたため、いったん 戻そうとしたこともあるが、戦時旅券にも誤って記載された ので、現在も(この日付で)通している。 19310522 前進座(命名=村山 知義)創立 ── 《スタジオパーク 19980414 13:20 NHK》 ──────────────────────────────── 村山 知義 前進座劇作 19010118 東京 19770322 76/清洲 すみ子の夫 中村 翫右衛門 3 前進座代表 19010202 東京 19820921 81/梅之助の父 河原崎 長十郎 4/2 前進座創立 19021213 東京 19810922 78/19680728除名 中村 梅之助 4 前進座代表 19300218 東京 /翫右衛門の長男 中村 梅雀 前進座俳優 19551212 東京 /梅之助の長男 ↓ http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20030215 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20031128
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