活字中毒のワタシの日記

2003年04月01日(火) エイダン・チェインバーズ著こだまともこ訳『みんなで話そう、本のこと』★☆☆☆☆

みんなで話そう、本のこと―子どもの読書を変える新しい試み
みんなで話そう、本のこと―子どもの読書を変える新しい試み
エイダン チェインバーズ Aidan Chambers こだま ともこ
柏書房 (2003/02)

副題『こどもの読書を変える新しい試み』。

帯より。
『国際アンデルセン賞作家賞受賞(2002年)の著者がみつけた
”最強の「ブックトーク」とは?”
いますぐ役に立つ15のワークショップとオリジナル作家別ブックリスト付き」

えーっと…。
読みました。ざっくりと。一通り。
わかるような、わからないような。わかりたいような、わかりたくないような。
そんな気持。

今は「語り」の時代。
だからよく(自分の考えを明確に)語る能力を磨く必要がある、と。
で、この本は読んだ本についてよりよく語れるように手助けをするヒントとノウハウを教えてくれる。のだそうだ。

子どもが本についてよりよく語ることができるようになる、ということは、彼等のこれからの人生で出会う様々な事象についても、自分の頭と心で考え、感じ、語ることができるようになる。
それは、語りの時代である現代を生き抜くために、役に立つ、と。

「生きてる時代に必要とされる能力は身に付けた方がいいだろうこと」
「自分の言葉で語れることは重要」
というのは、わかる。
わからないのは、もとい、わかりたくないのは、その手段が本である必要があるのかということ。

子どもに対して、本の面白さを伝えるのに、感想を聞くな、という鉄則がある。
本嫌いにするには、感想を聞き、質問をして、確認をすればいい。
その立場からすると、この本は、この方法は噴飯もの。

と思ったけれど、違うんだろうね。

「子どもの読書」を変える新しい試み、とあるくらいだもの。
変える「子どもの読書」がすでにある国の話だもの。
「子どもの読書」がそもそもない(非常に少ない、深刻なほど少ない)国の人にとっては、ちょっとすすみすぎててついていけないのかもしれない。
もちろん「子どもの読書」ができてる国でも、この”Reading & Talk”の鉄則やタブーはある。たとえば「どんなことでも発言でき、どんな発言でも尊重する」。
私はこの本、つまんない!嫌い!と言えるかとか。

もひとつ消化不良なのでまた機会があれば読んでみたいと思う。
ただ、本について語ることは、「教育的効果」を考えてってのは好きじゃないけれど、実際楽しい。
最近夫婦でミステリーを読みまくっててそれについて話すのがとても楽しい。
自分の言葉で自分の感じたこと、考えたことを語ること、相手の言葉を理解すること、そういうのが楽しい。
そうだね、小さな頃からこういう経験を積むのもいいことなんだろうね。
この本は


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2003年03月29日(土) なだいなだ『どうでもいいようで、やっぱりどうでもいい話』毎日新聞社★★☆☆☆

どうでもいいようで、やっぱりどうでもいい話
なだ いなだ
毎日新聞社 (1989/10)

帯より。
『心の栄養になる、おとなのおやつ!!
一読すると、目からうろこが落ちたように、新鮮で上等な常識が、くっきりと見えてくる。ユーモアをまじえながら、さりげなく穏やかに語られる、示唆に富んだ大切な話。』

他の本と横並びで、3週間ほどかけて読んだ。
なので最初の方の話はもう覚えてないのだけど、好きだなあ!と思ったセリフとスタンス。

「そんなことはどうでもよろしい」

これがやたらめったら出てくる。
脱線も多くて、その最後に「そんなことはどうでもよろしい」。
妙なこだわりも、「そんなことはどうでもよろしい」。
だいたいタイトルが『どうでもいいようで、やっぱりどうでもいい話』だもの。

自分なりのおまじないの言葉を持っている人っていると思うけど、この

「そんなことはどうでもよろしい」

もけっこういけるな、と思った。

ついつい焦ったり、イライラしたり、許せなかったり、こだわってしまったり、気に病んでしまったり、悔やんだり。
そんな毎日だけど、これを歌うようにつぶやいてたら、心が軽くいられそう。
な、気がする。
気がするだけでやっぱり何も変わってないかもしれないけれど、そんなことはどうでもよろしい。
そんなことに関わってる間に、素敵な本が読めるもの。
そだね、時間がもったいない!昨日届いた『ゲド戦記5 アースシーの風』読まなくては!
ああでも嬉しくって眺めるだけでまだ満足なの。嬉しすぎて開けられないの。
いったいいつ読めるのか。




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どうでもいいようで、やっぱりどうでもいい話



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2003年03月28日(金) モーリス・センダックさく・え/わきあきこやく『まどのそとのそのまたむこう』福音館書店★★★★☆

まどのそとのそのまたむこう

まどのそとのそのまたむこう
モーリス・センダック わき あきこ
福音館書店 (1983/01)

素敵な絵本。
そんじょそこらの絵画集よりいいかも。
外(装丁、絵、大きさ)も、中(おはなし、その世界)も。
紹介してくれた福音館書店、ありがとー!って感じ。

子どもに読み聞かせして、私の方が興奮してしまった。
子ども2歳11ヶ月の「もっかい!」コールも嬉しかったりして。
でもなぜか「自分で読む」と言われてしまい、「まどのそとの…むこう!」とパラパラとめくられた。読ませてくれぇ。

絵の色合いも、緻密なところも、表情も、構図も、最初のひっぱり方も(お話が始まるまでが長い。どきどきしちゃう)、たまらなくいい!
あやしげなオバケ、モグリンじゃなかったゴブリンたちがこわそーで、実は…ってのがまたいい。

パパは船でおでかけ、ママはあずまやで憂鬱そうに沈んでいる。
そしておねえちゃんのアイダ(6、7歳?)は妹であるあかちゃんのお守。
あかちゃんの方を見ないでホルンをふいてあげてたら、あかちゃんがゴブリンにさらわれた!
かわりにおいてかれた氷の人形を抱えて「だいすき」とやったら解けてしまってアイダは激怒!
さあ救いに行くぞ!まどわくをこえて、『まどのそとのそのまたむこう』へ。

さらわれてく妹がちょーど1歳になったばかりのうちの娘に、似てること似てること。なので余計にどきどきしながら楽しめた。
ゴブリンがかわりにおいていった人形ってのが、またかわいくないのって。

でもなんだろう、絵がすごいのよ。
あかちゃんのやわらかさ、もちもちとしたふともも、ぷりっとしたおけつ、アイダのふくらはぎ、母親のダルい様子、妹の表情、そういった描写がとにかく美しい。
これぞ「絵」「本」。

購入を決めて、価格を見たら、先日の「泣いた赤おに」と同じく2000円。うっ、高い…と思ったが、この「絵」だもの。安いくらいだ。(と思おう)




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小さなアイダガがあかちゃんとママを見るってなんか奇妙。
パパの帰宅も「そのうち」って、深く考えると恐い。
ゴブリンの恐さも加わって、不思議でちょっと恐く美しい世界へ旅できる、
とても素敵な一冊でした。

まどのそとのそのまたむこう



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