| 2004年05月10日(月) |
高橋祥友『自殺のサインを読みとる』講談社★★★☆☆ |
付箋貼りまくりになりました。
心に残ったところ。 わ、もう2時。
続きは明日。おやすみなさい。
やっと書ける!今から書きますよう。
「幼児期に身体的・性的・心理的な虐待を受けた経験のある人は、自尊心が健全に発達することが妨げられて、容易に抑うつ的・事故破壊的になりやすく、自殺に傾きやすい。要するに、 幼児期に繰り返し受けた虐待が、「自分は守るに値するだけの存在ではない」「人から愛されるはずがない」といったメッセージとしてその人の心の奥深くに焼き付けられてしまうのだ。」(p104)
↑ 私、自分だけじゃなく、みいんなそう思っていると思っていたよ。
「なお、直接虐待を受けていなくても、次のような体験のある人についても注意が必要になる。幼小時期に父、母、家族の誰かが重病で入院していたり、仕事で長期的に不在であったことはないだろうか。」(p104)
いわゆる「機能不完全な家族」とか、結果「アダルトチルドレン」とかいうやつですね。
母は、とにかく今の私どころじゃない目の回る忙しい日々に忙殺されてました。家事、夫の世話、姑の指示、こどもたちの世話。 会社の仕事の雑事もあったことでしょう。 兄に私、そして3人の妹たちの世話。父は遅くまで仕事で不在。 30年も前の「子どもの世話は母親がするのがあたりまえ。男親の出る幕はない」だったのでしょう。
ただ、少ない子どもの頃の記憶の中で、小一の授業参観に来てくれた喜びを今でも鮮明に思い出せるくらいだから、基本的には不在だったんだと思う。
「したがって、自殺の危険の高い人の超自我は、情け容赦なく批判的である。超自我は無慈悲で厳格であり、容易に自己嫌悪をもたらし、すべての失敗について罰を求める。何かよくないことが起きれば、その災難をもたらしたものが必ず探し出され、そしてその悪者とは普通は患者自身であるのだ。」(p125)
「患者の超自我は非常に批判的であると同時に、愛情に乏しい。」(p128)
犬、飼えませんでした。 とりあえず救ってはみたものの、終世かわいがることはできなかった。しなかった。おしつけた。やっかいばらいした。
それは愛情に乏しいからなのでしょう。 愛情ってどんなものなのか、よくわからない。ほんとうに。 申し訳ないです。
この本ですが、著者は真剣に、自殺者を減らしたいと努力なさってます。 そして、マスコミに対して提言もしています。
岡田由希子さんの自殺の後の群発自殺も、防げたはずだと。
芸能人や政治家、こどもの自殺など、マスコミの取り上げ方は「場所、死に方、周囲の状況、責任追求、時には美化まで」といったもので、自殺防止を呼びかけることがあまりにない、と。
アメリカで著名人カート・コバーンが自殺した後、追悼コンサートが開かれた。未亡人はファンに対し、「自殺などしないで、強く生きていってください」と呼びかけた。 マスメディアも自殺報道だけでなく、うつ病の症状、自殺の危険をあらわすサイン、危機介入の方法等も報道した。 追悼集会にはシアトル危機介入センターの所長が数千人のファンに向けて、彼の自殺で心の傷を負った人への乗り越える方法、カウンセリングの紹介などをした。
そして、彼の自殺がきっかけとなったと思われる自殺は、7週間後に一件だけだった。
自殺予防学会の協力もあり、群発自殺を予防することができたのだ。
話はかわり、自殺が起き、遺された人が病的になることもある。 それに対する適切なケアも日本ではまだまだ不十分だ。 私の親しい人にも対象になる人がいる。
誰でも、助けてほしい時に、助けが求められて、助けが与えられる、そんな世の中になるといい。 していかなくちゃ、ね。
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