活字中毒のワタシの日記

2004年09月11日(土) 岩崎 峰子『祇園の教訓―昇る人、昇りきらずに終わる人』

祇園の教訓―昇る人、昇りきらずに終わる人
祇園の教訓―昇る人、昇りきらずに終わる人
岩崎 峰子
幻冬舎 (2003/07)

レビューではどうもけちょんけちょんみたい。
だってビジネス作家じゃないんやからあんなもんちゃうの、と私は思うけど。

第1章 お座敷で知った、一流になる人の共通点
第2章 祇園で通じる一流の人のお金の使い方
第3章 祇園で出会った一流の生き方、考え方
第4章 人の心を引きつける接待術・会話術
第5章 座を盛り上げるための芸妓の会話術
第6章 常にお客様に気を配る芸妓の仕事術
第7章 ツーカーでわかる祇園のチームワーク

タイトルはうまいことつけてますけんど、なんや京都らしいぼやかし方で、ポイントは読む人が気合いいれて読まはれへんと気ぃつけへんのやないでっしゃろか。
学ばれへん人は所詮それまでのお人でしたちゅうことやあらへんか思いますねんけど。

ちょっと祇園風にしてみました(*^-^*)。
全然違う?

彼女が自信満々才能に溢れた人であれば、ここまで上り詰めることはできなかったでしょう。5歳で見込まれて花柳界の祇園甲部の跡継ぎになったのだからやっぱり天性の「おもてなしの才」はあったのかもしれません。

でも実は人見知り、とかだからこそ努力した、とか大変でしたでっしゃろなぁと言いたくもなるのです。

世界8ヶ国でベストセラーというは?ですが、日本の「オーゲイシャ、ビューティフル」以上の深い物を知ってもらえたというのは評価したい。
そういう私も芸妓、舞妓の区別も知らなかったので勉強になりました。

祇園の教訓―昇る人、昇りきらずに終わる人



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2004年09月10日(金) 肥後 紀子『パソコンでできた おうちdeおしごと大図鑑』 ★★☆☆☆

パソコンでできた おうちdeおしごと大図鑑
パソコンでできた おうちdeおしごと大図鑑
肥後 紀子 パソコン主婦の友編集部 SOHOコンピューティング編集部
サイビズ (2002/11)

入院中に読んだ本なので、印象に残ったところだけ。

紹介されている成功者たちは、パソコンでなくても成功してたんでは?と思う程の情熱と実力を持ってる人たちだなぁ、ということ。
花のネット通販も、センスが評価されてだし、建築パース制作も絶対、私にはできないし、DTPデザインも知識よりもデザインセンスが重要だと思う。

もちろん、お客さま商売だから、お客様を大事にできるココロ、これがきっと一番大事。

在宅ワークやSOHOスタイルで活躍する12人の主婦の姿を見てみたい方、読んでみられてはいかがでしょう。

第1章 「好きなこと」を仕事にできた!
第2章 家事も育児も。マイペースで働く
第3章 夫婦でがんばる仕事と生き方
第4章 ひょんなことから仕事は見つかった
第5章 「パソコン仕事」始める前のお役立ち情報
第6章 相談から登録まで 仕事を始める第一歩

パソコンでできた おうちdeおしごと大図鑑



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2004年09月09日(木) 鳥山敏子『居場所のない子どもたち アダルト・チルドレンの魂にふれる』★★★☆☆

居場所のない子どもたち―アダルト・チルドレンの魂にふれる
居場所のない子どもたち―アダルト・チルドレンの魂にふれる
鳥山 敏子
岩波書店 (1997/02)

入院中に読んだ本なので、心の琴線に触れたところだけ。

「子どもが自分の身の危険を感じたり、自分がいいたいことがいえなかったり、したいことがどういうことかわからななくなったりということでは、その子にとっては親はいなかったことになります。子どもが子どもとして受け入れられる、また、無条件に、その存在を肯定される、生まれてきたことが祝福され、その存在がとても大切に思われて、そこにいる。そういう居場所があってはじめて子どもが子どもとして存在できるのです。親とは、そういう居場所を保証することのできる人のことだと思います。」(p29)

いいたいこと、いえなかった。
なにがしたいのか、今も模索中。
なにを感じているのか、わからない。
(親や世間体と違うようには)感じてはいけない。
(親や世間体と違うようには)考えてはいけない。

私の育った環境って「親」いなかったってこと?
今書き写しながら、ありゃーそういうこと、とびっくりだ。
まぁこれも理想、であって親も当時それなりに必死なわけだし、現在親の自分の非常に重い課題であるのですが。

「子ど時代を記憶していない人というのは、つらすぎて記憶を消しているんです。」(p143)

このクセは今もついていて、グザっとくることを言われた時も、流そう流そうとして、「なんかつらかったことがあった」というぼんやりした記憶はあるのに、何を言われたのか忘れてる。でないと毎日その言葉に傷つき続けるから。

入院中も、「平日はこなくていいよ」って言いたかった。
毎日来てくれて、談話室で晩ご飯食べて(私は済ませてる)、その間も漫画読んで(確かにハマるよ『カムイ伝』は)それにぼーっとつきあってる無言の時間に、幸せを感じられなかった私は愛情がもうないのでしょうか。

その間にもなんかスゴイこと言われた。
変えられないことについて、とか。それってルール違反じゃない?

それすらも、言えない。

終わってる?

居場所のない子どもたち―アダルト・チルドレンの魂にふれる

親に居場所を用意してもらえなかった皆、自分で創ろうね。
居心地のよい場所を。
一人じゃないから。きっとできるから。
と、自分に言い聞かせつつ。



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