活字中毒のワタシの日記

2006年05月05日(金) 司馬 遼太郎『関ヶ原〈上〉』★★★☆☆

関ヶ原〈上〉
関ヶ原〈上〉
司馬 遼太郎
新潮社 (1974/06)

天下分け目の、関ヶ原の合戦。

日本史の成績はよかったけれど、全く疎い、おバカな私。
でも最近は歴史ものが面白いと思うようになり。

初、司馬遼太郎作品が、この『関ヶ原』となった。
上巻を読み終えて…

面白い!続きが読みたい!

歴史モノといえば、すでに結果がわかっているのに、それをドキドキさせて読ませる力。司馬センセイってすごいお方です。
余談がまた面白く、架空の人物である初芽の目から見た「へいくわい者」(横柄者)石田三成の実直、潔癖、秀才ぶりもそこかしこから感じられてよい。

石田家の重鎮となった島左近、彼のスーパーマンぶりもまた楽しく、家康の腹黒ぶり、その腹心の正信の黒幕ぶり、歴史というのは勝者の視点で作られていくこと、視点を変えるとこうまで変わる、という面白さが満載。

世は秀吉の天下。
幼い秀頼の行く末を案じながら、没する秀吉。

天下をとるチャンスと策を弄する家康、正信。
彼らが描いた通りに駒(光成、清正、他「義」ではなく「利」で動く人間たち)は動き、要だった前田利家も亡くなり、戦の足音がひたひたと近づき始める…。
奉行職を解かれ、蟄居中の光成は、家康の横暴を見かねどう動くのか。

というところで上巻は終わり。
続きが家に見つからないので図書館で借りねば!

この時代の人々が、おのおのの立場で何を大事と考え、何を生き甲斐にして、どう生きたのか、どう戦ったのか。そんなことを考えると閉じていた目をひらかれる思いがする。
織田信長なんて、会ってみたかったなぁと思う。

とにかく、下巻が楽しみです。

関ヶ原〈上〉
司馬 遼太郎



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2006年05月01日(月) 三崎亜記『バスジャック』★★★☆☆

バスジャック
バスジャック
三崎 亜記
集英社 (2005/11/26)

となり町戦争』の著者による、7つの短編集。

期待は裏切られませんでした。満足。

面白かった順に並べると。

「二階扉をつけてください」
「動物園」
「バスジャック」
「二人の記憶」

面白かったとまでは言えないのは、
「送りの夏」
「雨降る夜に」
「しあわせな光」

とある町内に妻とともに2年前に引っ越してきた僕。
この町は、どの家にも二階に扉がついていた。
近所のおばさんにもうるさく言われ、いざつけることにしてみたが…。

『二階扉』のラストには、いたたたっという気持ちにさせられる。

『二人の記憶』では、記憶がすれ違う彼女と僕。
壊れて行く彼女。
もしかしたら、壊れているのは彼女ではなく、僕なのかもしれない。
足下が突然揺らぐ怖さ。

なさそうでありそうなちょっと妙でちょっと怖い世界を描かせたら三崎亜記さん、抜群。

他の作品も読んでみたい!

バスジャック



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2006年04月23日(日) 三崎 亜記『となり町戦争』★★★☆☆

となり町戦争
となり町戦争
三崎 亜記
集英社 (2004/12)

静かな、戦争。

見えない戦争の形。実感のなさ。
平和ぼけといわれても、生まれてこのかた戦争の脅威にさらされた(と実感させられた)経験もなく、今も世界の各地で行われている戦争も、遠く、感じることが難しい。
本を読んでも、なんてむごい、大変な、と思ったところで自分の身にふりかかることはちら、とでも考えたことがなく。

だから驚いた。
読み終えて、初めはぴんとこなかった役場の職員香西さんの言葉が振り返ってみれば実感されることに。

「『戦争というものを、あなたの持つイメージだけで限定してしまうのは非常に危険なことです。戦争というものは、様々な形で私たちの生活の中に入り込んできます。あなたは確実に今、戦争に手を貸し、戦争に参加しているのです。どうぞその自覚をなくされないようにお願いいたします。』」(p39)

となり町との戦争が始まった。
それを広報で知った「僕」。

となり町を通り通勤する「僕」が最初に心配したのは、道路の閉鎖などで無事に会社に行けるかどうかだった。
どこで戦争が起きているのかわからないまま日常生活を送る「僕」が、実際に起きていることに気づかされたのは、それも広報によって。
町政概況の死亡者が「23人(うち戦死者12人)」とあったこと。

そして「僕」は役場から「戦時特別偵察業務従事者」に任命され、見えない戦争に参加らしきものをさせられていく。

すべてが役所仕事ですすめられていく戦争。
戦闘地域への地元説明会。
なぜ戦争をするのか、反対しないのか、といった意見を持つものはほとんどおらず、「もう決まったことはしょうがない」「もう始まっているのだから今からそれをいったところで」と切り捨てられ、全体が戦争肯定へ流れて行く。

いや、肯定ですらないのだ。

鎮守の森と同様に、それは「ある」ものとして受け入れられていく。

反対するものも、疑問に感じるものもゼロではない。
「総務課となり町戦争係」の香西さんの弟がそうだった。

そして「僕」も。

戦争を終えて感じた「僕」の言葉が重い。

「確かに僕は、誰かを意志を持って殺しはしなかった。しかし僕を助けるために、確実にこの戦争で、佐々木さんという一つの命がなくなっている。僕はもしかしたら、そのことを一生知らないままに、無自覚に、イノセンスに、生涯を終えたかもしれないのだ。
考えてみれば、日常というものは、そんなものではなかろうか。僕たちは、自覚のないままに、まわりまわって誰かの血の上に安住し、誰かの死の上に地歩を気づいているのだ。」(P193)

架空のお話とは思い切れないリアルさと、現実ではありえなさそうな描写に、軽い酩酊感を覚える作品だった。

この話は架空でありながら、起きていることはリアル。
今も戦争はこの世のどこかで起きており、そしてそれをリアルに感じられないリアル。

何か、残るものがあるお話だった。

となり町戦争



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