TWILIGHT DIARY
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2002年11月29日(金) |
普通に存在するということ。。 |
今日は結婚記念日で、よくよく数えてみると、結婚して何と二十年経った。
いやはや、月日の経つのは早いものではあるが、 その二十年の間には、実家の父が倒れて逝去したり、娘が病気になったりと、 結構色々とあり、普通に家族が揃っているのが一番良いとつくづく思う。
さて、今日いらした方で、数年前、勤めていたところが破綻し、 その当日の朝、TVのニュースを見て初めてわかったそうで、 本当にとてもショックだったというお話を聞いた。
ある一つの出来事で、人の心がいかに深い傷を負うかというのは、 なかなか誰にも予測のつかない事ではあるが、 その当事者になって見なければわからない事は、世の中に無数にあると思う。
まるで映画やテレビの中のような出来事が、 何の前触れもなく、突如として自分の身に降りかかるというのは、 カフカの小説のように、それこそ超現実的で、不条理で、悪夢である。
これが夢であればいい、朝が来たら目覚めないか。 または、どうにかして、何事もなかった頃に時間を戻せないか。 当事者になった時、人はそう願うが、残酷にもそれは現実であり、 目覚めた後であり、時間は誰にも戻せない。
「審判」の主人公のように、いわれのない罪で、ある日突然連行されるのと、 その悪夢のような当事者になることは、その不条理な感覚には何の変わりもないと思う。
「何故?」と思っても、理由なんかないのである。 厳しい現実を突きつけられるだけなのである。
とても深い心の傷を癒すには、 非常に長い時間の流れや周囲の暖かい愛情が必要であったりする。
いかに、普通に存在することが難しいか。 だが、その普通というのは曲者で、 実は、これこれこうで、という定義は、世の中のどこにもないのである。
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