あたろーの日記
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旧暦8月23日。 昨日の続きです。 熊沢田代を去りがたく、何度も振り向きながら再び木道を歩き始める、と、しばらく行くとまた樹林や熊笹が続く。所々木々が途切れて展望がひらけ、辿ってきたコースを振り返ると遠く湿原地帯が見えたりする。ちょっと懐かしい思い。戻りたいけどもう戻れない。足元は相変わらず大きな岩がゴロゴロ、その間はぬかるみ。岩や周りの幹に手を掛けて、滑らないように登っていく。間違って沢に入り込まないように、登山道に沿った木に目印のリボンがぶら下がっているので、それを確認しながらルートを外れないように進む。燧ヶ岳でも登山ルートを外れて遭難する人がいるらしく、注意書きの看板もある。リンドウが沢山咲いていて、ちょっと心がなごむ。やがて大大大嫌いなガレ場に出る。小さいのから人間の頭大のもの、もっと大きいものと、岩礫がえんえん続く。足元をしっかり踏みしめながら、泣き泣き登る。来るんじゃなかった、こんなところ嫌だー、と心の中で叫びながら、それでもガレ場を見下ろすように咲いているアザミの紫色に見とれたりする。この辺りで登山口付近で私を追い越していったツアーの団体からぽろぽろこぼれてマイペースで登っている人達と一緒になる。みんなも相当へばり始めているので、私だけじゃないんだと思うとちょっとだけ元気が出た。途中、ゼーハーゼーハー言いながら必死に登っていると、前にいたおっさんが振り向いて「お姉ちゃん、自分のペース掴むんだよ。自分のペースだよ」とアドバイスくれた。が、自分のペースが私の場合ゼーハーゼーハーなんであるからして、はっきり言って自分でもよく分からない。と、おっさん、「それにしても今日の天気は儲けもんだよなあ!」と空を見上げている。ほんとだ。こんなに晴れるとは予想せなんだ。日頃の行いだなこりゃ。 燧ヶ岳のツアー登山に参加した人達は、なんと、早朝御池から登山を開始して、登頂後再びもとの登山道を御池に降り、そこから帰るとのこと。ひゃー、なんともタフです。ついていけーん。と思ったのもいっとき。後で思い返すと、自分もその後相当タフ、というか、無謀バカな行程になってしまったのだけど。。。 再び大きな岩がゴロゴロ現れる。今度は今までより大きい岩。よじのぼる。とにかくよじのぼる。これでもかの岩攻撃。頂上はまだなのか、木々に遮られてよく分からない。と、休憩中に会話したツアー参加のご夫婦が、前方でこちらに叫んでいる。「ついたぞー!頂上だぞーっ!」「頂上だそうですよ〜っ!!!」・・・ひゃ〜っと、全身に力がみなぎり、最後の岩場を這い上がると、にゃんと、岩だらけの頂上が登場、祠があって、みんなその周囲にごろごろしたり座ったりして、東北一の眺望を満喫中だった。ちなみに、燧ヶ岳は東北地方の最高峰(標高2356m)。これまでの疲れがいっぺんに吹き飛んで、私も祠近くの岩に座って、360度大パノラマを見渡して、大泣きした・・・かったけど、恥ずかしいので汗を拭く振りをしてそっと涙をぬぐった。この時点で10時。6時に登山開始して4時間でようやく。    燧ヶ岳の山頂部は5つのピークから成る。御池から登って辿り着くのは俎�堯覆泙覆い燭阿蕁法c�が写った写真はここ。標高2346mで実は燧ヶ岳の最高地点ではない。でも、ここからは眼下に尾瀬沼、遠くに日光連山、そして他方には尾瀬ヶ原を見渡すことができ、眺めは最高。しばし何もかも忘れて山頂の穏やかな風に身を任せ、尾瀬沼の美しさに見とれる。 実は以前燧ヶ岳に登ったときは、この俎�瑤泙罵茲董△修里泙淅�瀬沼に降りたので、最高地点である柴安嵒(しばやすぐら)へは、行っていない。が、今回は、沼ではなくまず尾瀬ヶ原のほうへ降りたいので、柴安嵒まで登り、そこから尾瀬ヶ原への下山道を行かなければならない。もとい、せっかく来たのだから最高地点にも立ちたいので、最後の(この時点ではそのつもりだった・・・・)力を振り絞って、俎�瑤隆箴譴�らそろりそろりと降りて、2つのピークの間に広がる鞍部を下り、再び登りに向かう。柴安嵒もガレ場が結構怖い。大きな岩が眼前に立ちはだかって、「いったいどうやって登ればいいんだ〜っ!」と思わず叫ぶ。だってほんとに叫びたくなるほど岩が怖かったので。それでもなんとかしがみついて登っていると、さっきのおっさんが前から降りてきて、すれ違う時に「お、お姉ちゃん、自分のペースが掴めたかい?」と笑う。「はあ、なんとか、でももう限界です」ほんとに限界だった。元気な女子学生達も降りてきた。思わず、「え、もう登ってきたの?」と聞くと、「はい!」とやっぱり元気。「若いねえ・・・」と言うと大笑いされる。その若さ、体力、ちと分けてください。。。 ともかく、ここまで来てやっぱり引き下がるわけにはいかないので、なんとかなんとか柴安嵒を登り切る。これでほんとの最高地点。俎�瑤曚俵垢�なく、みんな散らばってごはんを食べていた。 こっちは祠じゃなくて石碑。 柴安嵒に来れば尾瀬ヶ原はさらに近く眼下に見えるはずだったのに、いつの間にかガスが出始めて、視界を遮るようになった。時間も11時。遅くとも11時前には下山を開始して、昼食は尾瀬ヶ原でカレーライスかお蕎麦を食べるつもりだったので、見晴新道から下山開始する。ところがこれが・・・ やっぱり泣きたくなるほどの岩だらけ。写真は下山ルートの岩ゴロ。登りも嫌いだけど、下りも嫌いな私。しかも岩だらけは一番嫌い。嫌いなくせに懲りないのだけど、今回ばかりは懲りた。うっそうと続く樹林帯の中を、所々沢の水が染み込んで滑りやすくなっている岩をひたすら、転ばないように、滑らないように注意しながらひたすら下る。2時間半、ずっとゴロゴロの岩が続いて、また涙がちょちょ切れる。眺望なし。この道を使って下山する人は少なく、また登る人もほとんどいない。双方合わせて10人ちょっとしか出合わなかった。こういう時は、1人だとさすがに心細い。特に燧のこちら側を下った麓ではツキノワグマの目撃もあるそうなので、周囲の物音にも敏感になる。リュックにぶら下げた熊よけのチタンカップをわざと強く揺らしてカラカラ音をさせながら進む。後ろからおじさん2人組が追いついた。「こんにちは」と追い越しざまに互いに挨拶をすると、「お、また会ったね」と言われる。たしか、広沢田代で撮影していたおじさん達。東京から深夜車で走って来たそうだ。「へえ、尾瀬夜行なんてあるの、それいいねえ」と、しばし立ち止まって休憩がてら会話。「ゆっくりでいいから、慌てないで自分のペースで降りるんだよ。怪我しないようにね。それから熊には気をつけてね」とアドバイスをもらう。そして2人、あっという間に前方の視界から消えて行った。・・・なんであんなにすたすた下れるわけ!?まるで天狗のよう。っつうか、私が遅いのか・・・。 と思っていたら、後ろで荒い息が聞こえる。この人にも追い抜かれるかな、じゃあ先に行ってもらおう、と立ち止まるも、どうも相手も私と同じペース。追い抜いてもらってはすぐ追い越し、結局私が彼女の20メートルくらい前を歩き、2人会話はせねど(そんな余裕ないから)、呼吸が一致しているような感じでしばらく間隔を保って歩く。途中、巨木の根元に美しい苔がみっしり貼り付いて、なんだか森の神様の住み処のようなところがあったので、素通りすることが出来ずにとうとうカメラをリュックから出していた時、前後が逆転。2人で顔を見合わせてほとんど泣き笑いの笑顔で、この歩きづらい岩場がえんえん続く悪路の感想を言い合い、「あとどれくらいなんでしょうねえ」と半ば絶望と諦めの会話。それでも、私より少し上くらいのこの女性が、自分と同じペースで同じように参ってしまっていることに勇気づけられる。 写真を撮り終えて再び歩き始める。まだまだ続く岩道。脇の細い幹や枝につかまって、時々ターザンのまねごとをしながら(そうしないと足が届かなかったり)、心の中で泣き続ける。いつまで続くんだろこの道。2回ほど足を滑らせてこけた。尻餅ついた。前につんのめって膝を打った。歩くの下手だなー、自分でも呆れる。と、後ろから韋駄天のように私を追い越していったお兄ちゃんが、前方でさっきの女性に何か聞かれている。しばらくすると彼女が私を振り向いて、「あと4分の1だそうですよ!」と。あ、あと4分の1ですかっ。そんなにあるんですかっ!また泣く。大声でお礼を言うが、ほんとは辛くて泣いた。ふえ〜ん。。。お腹空いたよー。カレーライスが食べたいよー。つか、この道、「○○まであと○キロ」とかそういう標識が全然ない。2本くらい途中に立てて欲しい。なにか目安があれば心強いのだけど。。。 ようやく岩場が終わり(嬉しくて叫んだ)、今度は林の中を急ぎ足で歩く。傾斜もなくなって、とにかく急ぐ。お腹空いたし、前も後ろも誰もいない。熊が怖い熊が。相手も私が怖いかもしれないけど、熊と人間が出合ってしまうような不幸は避けたいので、カラカラ音をさせながらひたすら尾瀬ヶ原を目指す。そしてようやく、木道が始まって、嬉しくて涙をまき散らしながらカレーライスの幻影を追い求める。湿原はまだ現れない。 木道の途中、やっと尾瀬ヶ原の入り口を示す立て札のところに、さきほどの女性が座って休憩していた。この人も単独なのかなあと聞いてみたら、下山途中で他の友達がゆっくりになったので、先に降りてきたから、友達を待っているのだそう。そうだったんだ。ということは、まだ後ろに人がいたんだ。そう思ったら、またほっとした。ただなんとなく、自分の後ろに熊じゃなくて人がいたんだと。 そして私は再び歩き出した。頭の中に充満しているのは今や尾瀬ヶ原ではなくて、黄色いカレールーであった。とにかくカレーライスが食べたくて、ぶっ倒れそうだった。 (再び明日へ続く)
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