あたろーの日記
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旧暦4月27日。 今朝、そろそろ自宅を出ようかなと思っていると、アパートの前の道で女子中学生か女子高生が数名、きゃあきゃあとか、ぎゃああとか、悲鳴を上げながら、笑い転げているのが聞こえてきた。何やら道で見つけて騒いでいるらしい。 ってことは、あいつしかいない。 なんでしたっけ?ウチの近所に住んでいるでかい図体のくせに子犬のような鳴き声するカエル・・・・・うーんと、えっと、ヒキガエル君?
←こいつ(2月に撮った写真です)。 朝から若い女の子達をコー奮させるとはたいした奴だ。 ちょっと可哀相だけど。 カエル君の、そういうマイペースなところが好きだ。 でも夜道の真ん中でぼけーっとしている時があるので、それだけはほんとにやめたほうがいいと思うよ。 いつまでも生きてて欲しいし。 ある日帰宅して近所でカエル君がひっくり返っていたりしたら私はかなりショックを受けるし哀しくなるから。
夕方は雷雨。雷が鳴ると、頭の中も放電するらしくて、仕事がはかどらない。頭が疲れる。どうやら私だけのようですが。従って、本日は残業そこそこに帰ってくる。自宅から近い場所にあるマクドナルドで、コーヒー飲みつつ1時間半ほど読書。別に自宅でもいいのだけど、すぐ眠くなってしまいそうなので。・・・でも、マックでも十分眠くなり途中うとうと。隣で女子高生がテーブルに突っ伏して爆睡してる。むちむちしてるよなー、と、感心する。
ここからはちょっと変わった話です。たぶん、なんだこいつおかしいんでないの?と思う人のほうが多いかも。と言いつつ書きます。 子供の頃から、たぶん物心ついた頃から、ちょっとした迷いごととか考えごとの時に、心の中で自分自身に対して問いかけをして、答えが返ってくるのを静かに待つ、という癖というか習慣があって、それを当たり前のようにやってきた。いつからか、それって私の「ハイヤーセルフ」なのかなあ、と漠然と思うようになりました。 先日の朝、出勤前に自宅で静かに眼をつむっていたら(6年くらい前から、毎朝心を静かに過ごす時間を作るようにしています)、暑い朝だったのに、突然、全身が総毛立つような寒さにぞぞぞっと襲われて、閉じた瞼の内側に、クリーム色の砂嵐のような背景と、テロップのような縦書き文章が次々と現れて、すぐにそれが優しくて力強い感じの女性の声に代わった。「ハイヤーセルフ」がはっきりと自分に語りかけてきたのだと分かりました。初めて名前を教えてもらい、会話の中から元気をもらった。 「ハイヤーセルフ」は、高次の自己、とも言われますが、簡単に言うと、自分自身について表面の顕在意識以上に深く知っている、奥深いところにある自分、ではないかと思います。この社会に生まれて36年間生きてきた私という表面的な存在よりも、もっともっと、私の魂についていろいろ知っている「核」のような存在?誰にでも、どんな人にも「ハイヤーセルフ」の部分はあると思う。現代のような情報に溢れていてあたふたした毎日、世の中の価値観に振り回されて自分の立っている位置が分からない、と思ったら、もっともっと静かな場所にいるもう1人の真実の自分(顕在意識もまた真実の自分と思いますが)と接触を持つのは、かなり実りのあることじゃないかという気がします。 こういうこと書くと、こいつおかしいんじゃないのかと思われそうだから書かないでおこうかなー、って考えたのですが、これから同じような経験をする人が確実に増えていくだろうから(今はそういう時機なので)、これを読んで、「へー」って思ってくれる人が1人でもいれば、と、書いてみました。これは国とか宗教とか人種とかには全く関係がなくて、医学的なことでもなくて、ただ個人的な経験なんだけど、大切だと思う人には大切なことではないでしょうか。だから、今日のあたろー日記を読んでくださって、なにバカなこと書いてるんだ?と思った方は、どうか今日の分は忘れてください(^^;)たぶん、「それって分かる分かる私も同じー」という人も、「そんなことあるわけないじゃん」という人も、両方正しいと思います。っつうか、正しいということ自体、ナンセンスなのかもしれないです、こういう件に関しては。
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