浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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鈴鹿で日本GPもあった10月だったっちゅーに、ちっとも日記書いてまへんがな。GPの録画ビデオ見てフテ寝したり(こらこら)、DVD見て恋に落ちて(をいをい)睡眠不足になったり、風邪をこじらせて衰弱したり、とまあいろいろあったんだけど、あまり理由にはなりまへんね。 日づけ変わるまで、10月31日が何の日だったか忘れてたし。 オレって、ダメじゃん。(−−;) ...うん、忘れちゃあかんのだ。
1999年10月31日。私は、大切なドライバーを失った。 あれから、6年がたつ。 あの日、F1では鈴鹿でエディがタイトルを得る事が出来なかった。 ミハエルは骨折から復活を果たしたばかりだった。 あの年、ミハエルの骨折ですべては終わってしまうかと思ったんだ。 フェラーリがタイトルを得る機会があるとは思えなかった日々があった。 その後やってくるフェラーリの黄金の日々がこれほど長く続くと予想した者はいなかった。 あの日、私のレースを見る視点は、否応なくかわってしまった。 大好きなレースで、大切な人を失うかもしれない。それが私をたじろがせた。 グレッグと同い年だったラルフは30歳になる。 ドライバーとしては、もうベテランって年だよな。 あの時、マシンが芝で挙動を乱さなければ...。 何度そう思ったことだろう。
大切な人がいて、その人が全力を尽くして戦うことができること。それを見つめていけること。 それがどんなに大事なことか。 どんなに嬉しいことか。 わしらは知っている。
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