PARANOID DIARY  海野  
 
攻め不在の構造 / 2005年10月21日(金)
 

いわゆる特定「キャラ萌え」ではなくて「作品全体萌え」の場合、よく攻め様不在という状況に陥ったりします。(※作品全体萌え≠キャラ萌えではなく、キャラ萌えというとなんとなく特定1,2キャラに限られると思ったので)

なんでかというと腐女子の思想的に、好きなキャラはどうしても受けにしたがる傾向にあるからじゃないかなと昔から思っています。全部が全部、好きなキャラ=受けキャラにするというわけじゃないですが、ここでまた問題となるのが「カプ萌え」か「キャラ萌え」という分け方なんですが、カプ萌えの場合、そのカプで1セット、その設定やシチュエーションに萌えるというのが多いのに対し、キャラ萌えの場合だと特定の相手(受攻にかかわらず)にこだわることはなく、いろんなキャラと組み合わせられるので、この場合はどうしてもその好きなキャラを受けにしたがるんじゃないかなと思ったのでした。もちろんこのキャラに萌えるけど相手は○○じゃなきゃ嫌だという人もいると思うので絶対そうなるとは言えないですが…。

そもそもBLっていうのはどっちかっていうと受主体のことが多く、これは受けに読者である私たちが感情移入しているだとか、男でありながら受けるという立場にあることに意義があるとかいろいろ考えられると思うんですが、突き詰めていくと「好きなキャラをアンアン言わせたい」という結論に至りました。だから攻め様への愛が過ぎると、気付いた時には受け受けしくなってたりするのであります。

あと受けを好きになるのは受けキャラが好きでアンアン言わせてー!(攻めに感情移入というか投影) という感情からで、攻めを好きになるのは攻めに愛されてー!(受けに自己投影) という感情からくるのかなと思うので、根本的に違うのかもしれない。でもやっぱり好きになるとどっちにしろアンアン言わせたくなるんですが、これって過激派なんだろうか。


まとまらない話で申し訳ないんですが、言いたいことはガンソにしろおお振りにしろ全部受けにしたいので攻め様成分が足りんぞ! ということでした。おお振りに至ってはアベミハ、アベハルが好きだというのに誰か阿倍のバックを狙ってくれないかなと毎回期待するほどです。最低だ。


 
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