not ready

2003年05月13日(火) 4.15

・・・すっかり春と言っていいんだろう。
朝寒くて起きることもなくなった。コタツを点けたまま寝ることもなくなった。
暖かくなった証拠なのだろう。
もう一つ変わった・・・。隣にいるハズのいつも隣で寝ているハズの赤畑志紀がいなかった。何度呼んでも何処にもいなかった。二人で迎えるハズの2度目の春が別れという形で訪れようなんて考えもしなかった。桜を見に行こうと約束した翌日のことだった。

約束の時間になっても来ない。昨日サークルの飲み会だと言っていたので、もしかしたら二日酔いでまだベッドの上なのかもしれない。いや・・・もしかして他の男と・・・よぎらない訳ではなかったけど、敢えてそう言うことは考えないようにした。しかし、今になってみるとその考えはあながち間違ってはいなかったのかもしれない。約束の時間を30分過ぎた頃、ようやく着信音が鳴った。さっきから気になって何度も携帯の待ち受け画面を眺めては、メールの問い合わせなどして待っていた。携帯に弄ばれている様に感じた。しかし、現実とはいつも残酷だ。
 題名は無題のままだった。いつもなら何かしら題名も入れてくるのに今日は無題のままだった。急いで打ったのかと思い本文に目をやる。
「ごめんなさい。もう会えない。」
冷たく、そして機械的な文章だった。画面に映る文字は感情さえ届けてくれない。ただ事実を、冷酷さを伝えてくれるだけだった。

気候はどんどん暖かくなっていく。ぬくもりはどんどん消えていく。一人の夜が多くなった。後ろを振り返ることが多くなった。
−何もしてやれなかったな−
心残りだった。
2年という長い付き合いの中で居心地のいい場所でずっと安心していた。志紀がいたから志紀だからここまで二人でやってこれたんだ。涙は出せない。今泣いてしまうと心の中でせき止めているモノが全て溢れてしまって、いつ泣きやむか分からない。誰の為に流す涙かも分からない。もし自分の為に流す涙ならばここで死んでしまった方がまだましだ。自分に同情するのは一番やってはいけないから。

何の連絡も来なくなった。当然だが、その事実が二人の関係が終わったと言うことを如実に表した。訪れる者のいないこの部屋を一人で生きていくにはあまりにも広すぎる。洗面所の歯ブラシも洗い桶の箸もまだ二本ずつ置いてある。律儀に志紀と書いてある。必要ないと一度は捨ててしまおうかと思ったが、いつでも帰って来てもいいように、そのまま置いておくコトにした。ある種の願いだった。希望だった。僕には待つことしかできないから・・・。今の事実を受け入れる程、賢くはない。想いがそこに残っている。

「出会いは偶然、別れは必然」と誰かが言っていた。確かに結婚してもいつかはどちらかが先に死んでしまう。別れはしかるべきモノだ。でもそんなコトを思いながら付き合うのは間違っている。それを気付かせてくれたのが志紀だった。真正面から僕のことを見てくれるのは志紀しかいなかった。志紀が初めてだった。愛とか恋とか信じていなかった自分が志紀にはそれを素直に伝えることが出来た。唯一の存在だった。大事なモノは失ってから気付く。・・・が遅い、遅すぎる。そんなことは分かっていた。どうすることも出来ない。僕は手紙を、手紙に想いを、願いを込めて書くことにした。拙い文章を。

赤畑志紀様
「志紀を失ってから日にちが過ぎた。一人になるときに隣にいない淋しさを感じる。志紀の存在が大きかった。時間を戻せるとしたら、少し針を逆に回しにできたらと、願ってみるモノの余計淋しさがこみ上げ来てしまう。何もしてやれないけど戻ってきてくれないか?志紀だけは失いたくない。気付いたんだ、大切さに、重要さに。もう一度二人でやっていこう。戻ってきてくれ。まだ志紀のことを大切に想っているから。 時田基弘」    
 二百字にも満たない拙い文章を志紀に伝えたかった。ただそれだけだった。返事など期待していない。想いをここでちゃんと伝えることさえできればいーんじゃないかって。自己満足で構わない。・・・ペンを握っていた右手が汗でべっとりとしていた。

二週間ほど経った。手紙を出してから。届いたのかも、読んだのかも分からない。窓を開けた。春の匂いがした。厳しい冬を越え柔らかな風を運んでくれる。桜はもう散ってしまって葉桜になってしまった。代わりに地面に桜が綺麗に咲いている。また来年美しい花を咲かせるための準備に入ったんだ。
僕もそろそろ新しい道を歩んでいくのが良いのかもしれない。新しい花を咲かせるために、前を向くしかない。
−前を向くんだ−
桜は無言で僕の背中を押した。全てを洗い流すのではなくて、今まで目を逸らしてきた自分と向き合ってサヨナラを言うんだ。ラジオからBUMP OF CHICKENの「ロストマン」が流れていた。
”強く手を振って君の背中にサヨナラを叫んだよ”

それから何日か経った後ポストを見たら合鍵が落とされていた。取り出して手の上に乗せてみた。思い出が詰まったオモミがあった。目をつむってゆっくりなぞってみた・・・。想いは想いと交差しいつしか一つになった。そしていつか元に戻ってしまった。二人で過ごした長い年月がこの鍵の錆が証明してくれていた。それと同じくらいの思い出を頭の中で反芻した。戻って来てくれないという事実をまだ受け止めたくはなくて、まだ拒否していた。
「元気かな?」誰もいない部屋で君に言ってみる。笑顔の志紀が後ろにいる気がして振り返ったけどいるはずもない。
「愛していた」という想い出をゆっくり胸に落とした。それから静かに涙を流した。本当のサヨナラするための涙を。そしてようやく前に進めそうな気がした。

君のいない部屋に少し慣れてきた。もう朝も迷うこともない。窓を開けて空気を吸ってから一日を始める。
「よし!」と言って靴を履いて春の日差しの下へ飛び出した。



     


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