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哀しい薬指 2001年12月20日(木) | 結婚してから、平日昼間にひとりで映画を観たりカフェに入る事ができるようになった。ファーストフードにもひとりで入る事ができなかった私にとっては非常な進歩である。お店にひとりで入る時、嫌なのは、周りの人達の話声や話題が次々と耳に飛び込んで来て混乱してしまうからだ。 自分とは関係ない話だし、関係ない人なのだから気にする必要はない、と思っても何だか落ち着かない。多分、留学先から帰って来た時に賑やかなお店に入って、日本語の氾濫に混乱してしまった経験があるからかもしれない。必要以上に大きい声で話す人たちの言葉は、暴力のように私の脳を駆け巡った。自分の言葉と他人の言葉がちゃんと区別できなくなってしまって、耳を塞いだ。気分が悪くなって、お店を出てしまった事がトラウマになっていたのであろう。 今は、もうその呪縛から解き放たれて、周りの人の会話を聞いてしまう癖を楽しんでさえいる。生意気なコドモとか、老いた母親と娘とか、色んな人の色んな世界。私とは関係ない世界。 たまたま隣のテーブルに途中から入って来た客は、あきらかにカジュアルなお店にはそぐわない雰囲気の熟年夫婦だった。男性は50歳前後で女性への贈り物らしい大きなシャネルの紙袋を抱えている。女性は30代後半といった感じだろうか、ゴージャスで身なりの良い婦人といった雰囲気。男性はブレンドコーヒーを、女性はアイスティーを頼んで、会話をあまり交わさない。 「良かった。プレゼントがクリスマスまでに届いて。」というような事を男性がぼそぼそと言うと、女性は不機嫌そうに「クリスマスには会えないものね。」と自嘲的に呟く。あああ、かわいくないなあ。きれいな人なのに、なんでもっと優しくご主人に接してあげれば、もっと感じが良いのに。 なんて、余計な事を考えつつ、ふと彼女の飲み物のストローに添えられた華奢な左手が目に入った。 たくさんの指輪がはめられたその手指の中で、くすり指に、指輪がない。 ほとんど会話らしい会話もなく、飲み物を飲み終えたふたりは、お店を出ていった。 それは、たまたま結婚指輪をしてなかった、喧嘩中の夫婦だったのかもしれない。それとも訳あって、恋におちてしまった不倫の恋かもしれない。 彼女は、あの紙包みを受け取るのだろうか、ちゃんと「そんなものより、あなたに会いたい」と言うのだろうか、ついつい色々と想像してしまった。 いつか、あのきれいな婦人のくすり指に幸せな輪がはめられる日が来るといいな、と思った。 |